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ミステリの祭典

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メグレと首無し死体
メグレ警視

作家 ジョルジュ・シムノン
出版日1977年02月
平均点6.25点
書評数4人

No.4 6点 クリスティ再読
(2020/01/08 01:04登録)
皆さんのおっしゃるように、狭義のミステリの観点だと「何だこれ」になるタイプの作品である。他のメグレ物だと「火曜の朝の訪問者」とか近いかなあ。それより意外性の方向がトンデモない方を向ている感じ。
ビストロの女将として火の消えたような生活を続けるカラ夫人の、特異なキャラクターがすべての作品である。メグレは第一印象で奇妙な違和感を感じて、まるでカラ夫人に恋するかのように、カラ夫人の元に通い詰めるのだが、妙な転調の気配が見えるのは、やはりカラ夫人がしっかり身なりを整えて別人のように参考人として連行される場面だろうか。
メグレ夫人がこのメグレの心の揺れを敏感に感じるのがさすが。

「お前がおれを面白がっているみたいだ。それほどおれが滑稽かい?」
「滑稽ではないわ、ジュール」
彼女が《ジュール》と呼ぶのはまれだった。彼に同情したときしか、こういういい方をしない。

そして本作では宿敵コメリオ判事との軋轢を、一種の「階級対立」みたいに描いているのだけど、メグレというのは「庶民の名探偵」なのは言うまでもない。本作は、若い日のメグレが「運命の修理人」になりたい、と思った、と直接書かれたという点でも重要な作品なんだけど、そうしてみるとこの「運命の修理人」に、あまり形而上的な神秘性を求めない方がいいような気がするのだ。水道のパイプを、時計を修理するかのように、「運命」を修理する職人、という味わいでメグレを見たら、それらしいように思う。

No.3 6点 tider-tiger
(2018/11/21 01:57登録)
~サン・マルタン運河を航行する船のスクリューには男の腕がひっかかっていた。運河の底を洗うと他の部位も次々と発見された。だが、首だけがみつからない。
厄介な事件になりそうだったが、早々に糸口がみつかった。メグレは捜査の途上、電話を借りるために立ち寄った居酒屋の女主人のことが気にかかり、やがて彼女は事件に関係しているのではないかと考えはじめた。

1955年フランス。
かなり特異なミステリです。そうはいっても良い意味で、ではありません。首無し死体とくれば被害者が誰なのかが肝となります。まずは被害者が誰なのかを解き明かし、続いて容疑者の特定がはじまるのが通常でしょう。なのに、本作はとんでもない偶然から早々に容疑者が浮かび上がってしまい、必然的に被害者も特定されてしまいます。物語の序盤~中盤でほぼ事件解決のメドが立ってしまうのです。なのにメグレだけがわからないわからないと悩む。
雪さんは最初に読んだ時「なんやこれ」と思われたそうですが、かくいう私も初読時にはほぼ同じ感想でした。メグレシリーズをある程度読み込んでから再読して目から鱗が落ちるように面白さがわかった作品です。
読みどころはミステリ的な事件解決を完全に度外視して、メグレにとっての事件解決に異常に拘っている点でしょう。そこに興味が湧かなければただの駄作で終わる作品でしょう。採点は6点としますが、ミステリとしては4点以下です。
メグレは容疑者の顔が浮かんでこないことに苛立ちます。メグレと容疑者のぶつ切りの会話、なにも隠そうとしていないように思える容疑者、自分の行く末すら無関心に見える容疑者、その異常性に気付き、この容疑者に興味が湧けば、かなり愉しめる作品ではないかと思います。
最終ページや以下の文章などから、メグレの容疑者に対する畏敬の念すら感じられます。
~転落する人たち、とくに好んで自分を汚し、たえず下へ下へと転落することに夢中になる人たちは、いつの場合でも理想主義者なのだと~

邦題が原題の直訳なのかどうか私にはわかりませんが、メグレと首無し死体なるタイトルはダブルミーニングのように思えてしまいます。首無し死体とは被害者と同時に容疑者をも指す言葉ではないのかと。
「首無し死体」=「顔のない死人(も同然の女)」
名作だと思いますが、メグレ警視シリーズをある程度読み込んでから読むべき作品だと思います。

No.2 6点
(2018/07/20 13:33登録)
 サン・マルタン運河から上がったばらばら死体を検視した後、メグレはふと目に留まった居酒屋に立ち寄るが、その店の痩せた褐色の髪の女主人が彼の注意を惹く。司法解剖の結果は「五十過ぎの男性、長時間立ったまま過ごす職業で、湿った地下室に出入りし、ぶどう酒を扱う者」だった。メグレはそのまま酒場に居付き、女主人と幾日も短い会話を交わし続けるが・・・。
 メグレ警視シリーズ第75作。「メグレと若い女の死」「メグレ罠を張る」等の秀作に挟まれた、人によってはシムノン最盛期に挙げる時期の作品です。けれど大筋でも分かる通り、しょっぱなにメグレが入った店で事件の解決が皿に乗せて差し出されるといった、かなり無茶な展開を見せます。類似の展開は部分的に他のメグレ物にもありますが、この作品はそこが極端。ストーリーも基本的に動きが無く、平板な会話が続くだけ。初読の人間は「なんやこれ」と思っても仕方ないでしょう。現に私がそうでした。
 この作品の真価はメグレと女主人のぶつ切りの会話にあります。答え辛い質問をされても殆ど躊躇わず、最小限度の回答だけを平然と口にする。
 メグレは次第に、彼女が自分とほとんど同じほどの人生経験を持つ相手だと認識し始めます。この辺のやり取りや会話の意味は、シリーズを熟読していないと分からないでしょう。ジュール・メグレという人物を知っていないと、まず表面上の平穏さの裏にある異常さが理解出来ないのです。全てが終わった後でメグレ夫人は夫に呟きます。「わたしはねたましかった」と。一連の遣り取りが女主人にも何かを残したのは、最後に飼い猫の世話を託したことで分かります。
 ラストで彼女の過去が判明するのですが、それを考慮に入れても全てを汲み取れたとは思えません。やはり名作ではあるのでしょう。初メグレがこれでいったんシリーズを投げ出してしまったせいか、今でも苦手な作品の一つです。

No.1 7点
(2011/06/30 21:42登録)
首無し死体と言っても、例の手とは関係ありません。運河から発見されたバラバラ死体の首だけが見つからなかったという事件で、ごく普通に身元確認を困難にするために首は別に処分したというだけの話です。
訳者あとがきの中で長島良三氏はメグレもののベストの一つと推奨していますが、読んでいる途中は、さすがに5点はかたいかな、という程度にしか思えませんでした。しかし最終章に至って、訳者の高評価にもなるほどと納得しました。同じようなテーマをシムノンはメグレものに限らず何度か扱っているのですが、ここまで徹底したのは今までのところ他に知りません。運河べりにある居酒屋のおかみさんの人物像が問題なのですが、この哀しみは確かに特筆すべきものです。
ただしそれまでが、メグレがいつになく自信なさ気でとまどっているせいもあってか、特におもしろいというほどではなかったので、この点数どまりといったところでしょうか。

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