home

ミステリの祭典

login
空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1515件

プロフィール| 書評

No.435 6点 蒼ざめた礼服
松本清張
(2011/08/07 19:46登録)
その評論家はなぜそれほどまでにその廃刊になってしまった古い雑誌を欲しがっているのか? その雑誌を評論家に提供しようとした人が、時計と一緒に雑誌も盗まれてしまったことを主役の片山が知ったことから、事件は転がり始めます。
些細な疑問から始まって、殺人と思われる水死、さらに新型潜水艦建造にあたってのアメリカからの技術提供会社決定をめぐる政治的駆け引きへと、問題は大きく膨らんでいきます。社会派というよりスパイ小説系と言ってもいいようなスケールを持ったかなり長大な作品ですが、それを平凡な一個人の視点から追及していくのです。
そういった大風呂敷の広げ方とその全体的なまとめ方は、今回再読してみると、展開の意外性はあまり感じられない書き方なのですが、やはりなかなかおもしろく読ませてくれると思いました。ただし、死体処理のトリックだけは取ってつけたような感じで、そんなトリックをわざわざ使う意味がないのは、減点対象です。


No.434 7点 魔の淵
ヘイク・タルボット
(2011/08/04 21:27登録)
本作がカーの『三つの棺』に続いて第2位にランクされたという、ホックの『密室大集合』まえがきは読んでいないのですが、本書あとがきによると「不可能犯罪ものの長編のベスト」となっていて、「密室」とは限ってないんですよね。読んでいて確かにオカルト雰囲気たっぷりの不可能犯罪ものではあるのですが、これのどこが密室なんだと思っていたので、なるほどと納得。勝手に幻の密室傑作などと宣伝しないでもらいたいものです。
いや、途中で密室に閉じ込めたはずの人物の消失という謎も出てはくるのですが、これは窓の釘について矛盾がありますし、本作の最大の不可能興味は、なんといっても空中浮遊です。何度も、本当に人間が飛翔したとしか思えない現象が繰り返されます。
トリックが肩すかしだという意見も多いようですが、それはあまり気になりませんでした。それよりも、最終章での謎解きがもたついているのが不満です。事件の全体的構造は、あとがきにも書かれているとおりうまくできているので、推理さえもっと手際よく、伏線を先に揚げておいてその意味を劇的に解き明かすとか、説明の順番を工夫していれば、読後のすっきり感はかなり変わっていたのにと思います。


No.433 7点 青の寝室 激情に憑かれた愛人たち
ジョルジュ・シムノン
(2011/08/01 20:46登録)
シムノンは「私の小説の筋はひどくお粗末なこともある」と自分で言ったこともあるくらいで、純文学系作品のプロットは単純ストレートなことが多いのですが、本作は珍しく技巧派ミステリ的な構造をもっています。もちろん純文学系作品ですから、主人公トニーの行動や心情がじっくり描かれていて、むしろそこが読みどころではあるのですが。
冒頭から、トニーが逮捕され尋問を受けることは読者に知らされます。しかし何の罪で? この疑問に対する答が明らかになるのは、終盤になってからです。それまでは罪状を隠したまま、主として予審判事による尋問が描かれていくのです。誰が殺したのかはフーダニット、どうやってはハウダニット、ではこんなタイプは何と呼べばいいのでしょう。
ただ残念なことに、本書カバーやWEB等に書かれているあらすじ・作品内容は、その謎に対する答の重要部分をばらしてしまっているのです。ネタバレしているからといって読む価値が半減するような作品では決してないのですが、それでも。


No.432 6点 悪魔の紋章
江戸川乱歩
(2011/07/28 20:57登録)
タイトルの「紋章」とは、作中では触れられていませんが、犯人がこれ見よがしに残していく三重渦指紋のことでしょう。
戦前の通俗長編の中でも後期に属する本作は、全体的にかなり前に書かれた某明智ものを思わせます。悪く言えば二番煎じ、良く言えば、その某作品を中心にこれまでの集大成的な感じを狙ったということになるでしょうか。
最初の探偵助手毒殺事件については、なぜ殺されたのかというところが、最終的な解決を見た後では疑問ですし、ある人物のアリバイは犯人のアリバイと表裏一体なはずですし、まあ例によって適当なところはいろいろあります。自殺か他殺かという点についての最後の推理はなかなか論理的でしたけれど。
作者も特に真犯人の正体を隠すつもりはなかったのだろうなと割り切って読めば、お化け屋敷の騒動(まともに考えれば犯人がそんな騒動を起こす理由など全くないのですが)、川手氏の視点から描かれた動機が明かされる部分など、なかなか楽しめました。


No.431 7点 闇の中から来た女
ダシール・ハメット
(2011/07/26 10:38登録)
集英社から出版された中編1編だけの本書については、ロバート・B・パーカーによる序文と、その序文だけでなくチャンドラーまで批判する、船戸与一氏の大上段に振りかぶった訳者解説がおもしろいという評をWEB上で目にしました。
2つの説に対して、個人的には、パーカーと同意見ではないのですが、ハメットには珍しく、ご都合主義的(悪い意味ではなく)に最後をまとめていて、とりあえずハッピー・エンドには違いないのかなと思えます。将来については、「そんな先のことはわからない」かな。ルイーズ・フィッシャーの最後のせりふについては、原文はどうなのだろうと思いました。
原文といえば、この翻訳には違和感を覚えて、原文がどうなっているのか疑問に感じたところがかなりあったのです。ところが訳者解説最後を読んで、唖然。答は、原文にはそんなことは書かれていなかった、というものだったからです。三人称多視点で書かれた原文を、訳では「ルイーズ・フィッシャーの一視点に統一した」ということで、その理由は「読みやすさを考えてのうえ」だそうです。個人的にはそのため逆に気になって読みにくくなっていたと思われるのですが。


No.430 8点 ウィチャリー家の女
ロス・マクドナルド
(2011/07/22 13:35登録)
一見平凡なタイトルに思えますが、読み終わった後でその意味を考え直してみると、様々に暗示的だと納得させられます。
結城昌治の某作品が、本作のトリックに対する不満から構想されたというのも、今回再読して記憶がある程度よみがえってくると、ああそうだったと思えました。それにしてもこのトリック、作者はアンフェアにならないよう慎重な書き方をしています。一人称形式なのですから、そこまで気を遣わなくてもよかったのではないかと思えるほどです。
しかしロス・マクもこの時期になると、確かにハードボイルドと呼ぶのがためらわれる作風になってきますね。一方「本格派」でないと言う人は、たぶん手がかりがあらかじめ提示されているわけではないところが引っ掛かっているのではないかと思えます。
また、『人の死に行く道』から間をおかずに読むと、文章の変化にも気づかされました。細かい外観描写が減って、ロス・マク独特とも言われる比喩を用いることにより、簡潔な表現になってきているのです。


No.429 4点 百人一首殺人事件
山村美紗
(2011/07/18 20:47登録)
キャサリン・シリーズ第2作。
前作『花の棺』では、キャサリンが日本人でないことが密室解明の発想に寄与していましたが、今回はタイトルどおり百人一首についての(外国人にもわかる)基礎講座になっています。ただしそのミステリ的扱いは、過去の事件でその3枚の札をある人物が持っていた理由は何かというところが完全に抜け落ちています。
トリック的には、密室もアリバイも前作に比べると平凡ですし、密室にする理由はやはり貧弱です。また密室に傘があった理由は、これでいいのならどんな不可解な状況でも考えられるというしろもの。病院の問題も、本当にこれを中心にして構成を立てれば、怖い系統のミステリになりそうなのですが、適当に妥協してしまった感じです。
結局欲張って詰め込んだという域にまで達していないというのが、どうにも不満な作品です。


No.428 6点 メグレと無愛想な刑事
ジョルジュ・シムノン
(2011/07/15 22:37登録)
4編の長めの短編(文庫本ならたぶん60ページぐらい?)が収められていて、最初のが表題作です。『メグレと生死不明の男』など1950年台の長編いくつかに顔を出す「無愛想な刑事」ロニョンは、たぶん本作が初登場でしょう。事件としてはわざわざメグレが乗り出すほどのものでもなく、不運をもぐもぐ愚痴るロニョンに、メグレが気を使っているところがおもしろいような話です。
次の『児童聖歌隊員の証言』は、タイトルの少年だけでなく、少年の証言と矛盾する証言をする元判事やメグレ自身も子どもっぽいところを見せるのが楽しい作品。ただしこれも真相は説得力が今ひとつです。『世界一ねばった客』はタイトルどおりの出来事が謎となっていて、なんとなくユーモラスで陽気な雰囲気。『誰も哀れな男を殺しはしない』は、被害者の秘密が少しずつ明らかになっていく構成で、カナリヤに餌をやるメグレが微笑ましい作品です。
ミステリ的な事件のおもしろさということでは、後半2作がよくできている(「本格派的」ではありませんが)と思います。


No.427 6点 海のオベリスト
C・デイリー・キング
(2011/07/12 21:17登録)
オベリスト・シリーズの第1作には、第1作らしい仕掛けがほどこされています。その仕掛け(殺人事件の真相とは関係ない)部分は、先に『空のオベリスト』を読んでいたので、なるほどと思えました。
4人の心理学者が次々に仮説を披露しては、反証が出てくる2~5章については、それなりに楽しめました。まあ4つ目はさすがに苦しまぎれというか、あまり意味を感じなかったのですが。
それより、偶然の出来事で事件が複雑になるという筋立ては個人的にはむしろ好きなのですが、本作の銃弾の扱いは、そうなる条件を考えていってみると、いくらなんでもねえと思えるのが難点です。2個の銃弾の謎も、巻半ばで答は明かされるのですが、拍子抜け。真犯人指摘の根拠は、いくら手がかり索引を付けてみても、弱すぎるように思えます。
と、悪口を書いてはいますが、意外な展開になっていく全体構造はなかなかおもしろいと思いました。


No.426 6点 黒後家蜘蛛の会1
アイザック・アシモフ
(2011/07/10 14:13登録)
久しぶりに再読してみたら、影響を受けたクリスティーの『火曜クラブ』については途中でちゃんと言及していたんですね。「アクロイ…」がネタバレにならないよう、途中でさえぎられているのには笑えました。
皆さんに評判のいい第1作『会心の笑い』は例外作でもあります。この作品については、何を盗んだのかというメインの謎に対する答よりも「意外な犯人」指摘部分の方が個人的には気に入っています。
『会心の笑い』もそうなのですが、何となくこんなところじゃないかと想像できる解決の作品もかなりある一方、後半になってからは懲りすぎのもの(『何国代表?』『不思議な省略』)も出てきます。『ヤンキー・ドゥードゥル都へ行く』は日本人にはわかりっこないと言われそうですが、歌詞に関する発想はおもしろいと思います。『死角』は古典的名作のヴァリエーションですが、こういう使い方もありますよ程度かな…


No.425 5点 殺してしまえば判らない
射逆裕二
(2011/07/06 21:25登録)
解決の意外性を重視した、軽いタッチのモジュラー型パズラー(!?)。3つの事件(その1つに関連した自殺も入れれば4つ)が起こりますが、それぞれは独立して解決してしまいます。1つはニュースの中で語られるだけの事件です。それぞれがWho、Why、Howを中心の謎にしているあたりを見ても、なかなか凝ったことを考える作家ではあるようです。モジュラー企画が成功しているかどうかは別問題ですが。
3つのうち中心となるのは、1年前に起こった語り手の妻の死で、バカミスっぽい(あくまで「っぽい」程度)密室トリックが最後、犯人指摘の翌日になって明かされます。まあ、こういう偶然の使い方は嫌いではありません。しかし語り手が、部屋の何かが変わっているように感じた、という点に対する答は、肩すかしでした。
結局本作で一番気に入ったのは探偵役のキャラクターで、嫌う人もいるかもしれませんが、なかなかユニークです。


No.424 7点 人の死に行く道
ロス・マクドナルド
(2011/07/03 11:11登録)
妙に堅苦しい直訳タイトルですが、ひらたく言えば「ある連中の死に方」、ハードボイルドっぽいタイトルです。
本作の中では結局5人の人間が死にますが、そのうち最後の1人は本当に自殺なのかどうか、はっきりしません。ただその人物が死ぬことによって、一つの新たな生活が始まることになります。中心となる事件の真相に限らず、そういったストーリーのまとめ方、他にもアーチャーが途中でギャングのボスから受け取る500ドルの使い道なども含めて、すべてが収まるべきところにきれいに収まっていく収束感はTetchyさんも指摘されているとおりで、チャンドラーはもとよりハメットにもなかなか見られない構成作法です。ギャングの事件へのからめかたも、後から考え直してみるとうまくできています。
事件解明後の最後の場面が後年の作品への萌芽を見せてくれているとは言え、中期以降の家庭の悲劇を期待していると、不満があるかもしれません。しかし謎解き度の高いハードボイルドとしては、過不足ない作品だと思います。


No.423 7点 メグレと首無し死体
ジョルジュ・シムノン
(2011/06/30 21:42登録)
首無し死体と言っても、例の手とは関係ありません。運河から発見されたバラバラ死体の首だけが見つからなかったという事件で、ごく普通に身元確認を困難にするために首は別に処分したというだけの話です。
訳者あとがきの中で長島良三氏はメグレもののベストの一つと推奨していますが、読んでいる途中は、さすがに5点はかたいかな、という程度にしか思えませんでした。しかし最終章に至って、訳者の高評価にもなるほどと納得しました。同じようなテーマをシムノンはメグレものに限らず何度か扱っているのですが、ここまで徹底したのは今までのところ他に知りません。運河べりにある居酒屋のおかみさんの人物像が問題なのですが、この哀しみは確かに特筆すべきものです。
ただしそれまでが、メグレがいつになく自信なさ気でとまどっているせいもあってか、特におもしろいというほどではなかったので、この点数どまりといったところでしょうか。


No.422 5点 野の墓標
水上勉
(2011/06/28 21:30登録)
昭和30年台の繊維業界を舞台にした連続殺人を扱った、いかにも社会派らしい作品です。ただし、殺人動機は社会的背景を持ってはいるものの、企業犯罪と言うには個人的すぎるようです。そのあたり、『海の牙』とも共通するように思いますが、この作者の個人と社会との捉え方なのかもしれません。
事件自体については、冒頭で墜落死する男をやとって看板を描かせた意味がないというところが不満です。そのようなことをしたために、被害者の弟である雑誌記者や警察が疑念を抱くことになるわけですから、ストーリーを成立させるためのご都合主義と言われてもしかたがないでしょう。雑誌記者と刑事との視点を交互に使っていく手法も、それほど効果的とは思えません。
とはいえ、殺人現場の一つである京都嵐山の奥から、綾部の方の情景描写はさすがですし、上述の点を除くと犯罪計画も無理なくできています。いい意味で時代性を感じさせる作品と言えると思います。


No.421 7点 四日間の不思議
A・A・ミルン
(2011/06/24 23:02登録)
―『赤い館の秘密』はA.A.ミルンが書いた唯一の長編ミステリである―
長い間信じられていたこの言葉は、本作を読み終えてみると結局やはり本当だったと思いました。
1933年発表の本作はミステリではなく、ミステリ風味のほのぼのユーモア小説とでも呼ぶべき作品で、いかにもプーさんの作者(『赤い館』のではなく)らしい仕上がりになっています。巻末の解説で警告もなく真相の完全なネタばらしをしてしまうなど、普通では考えられないことですが、本作の場合はそうしても問題ないと解説者は考えたのでしょう。
話の中心は、殺人容疑者にされてしまうと思ったヒロインの逃亡劇です。それに警察の捜査過程を挿入していくという構成だけ見ればサスペンス系統なのですが、雰囲気はひたすらのん気です。ハイキングの荷物を準備したり、干し草の上で寝たりといった場面、とぼけた会話など、もう明らかにプーさんの世界に近い感じです。警察の方でもむしろ彼女は誘拐された可能性が高いと思っているのですから、緊迫感の出る余地がありません。
この点数もそんなタイプの作品としての評価です。


No.420 6点 死の競歩
ピーター・ラヴゼイ
(2011/06/21 21:02登録)
時代設定は1879年ですから、『緋色の研究』が出版される8年前の事件ということになります。途中でクリッブ巡査部長とサッカレイ巡査が、ホームズ風の観察による推理を披露する場面もあります。
殺人が起こるのは全体の1/3近くになってからですが、それまでも、競歩(実際にはウォッブルズという競技は歩いても走ってもかまわないのですが)の駆け引きなど、ミステリであることをほとんど忘れて楽しめます。
事件そのものは、最初に殺されるのが2人の優勝候補選手の一方といっても、展開は全然派手になりません。競技は事件後も滞りなく続けられていきます。また解決の推理も、遺書に関するアイディアを除くと実に地味です。なおこの遺書の件については、犯人指摘の前に明かされてしまうのですが、これは最後までとっておいた方がよかったかなと思えました。
しかし、無理なトリックを不自然にひねくり回すよりも、こういった自然で渋いおもしろさの作品の方が個人的には好みですね。


No.419 5点 蒼ざめた馬の殺人
阿井渉介
(2011/06/19 12:41登録)
この作者は初めて読んだのですが、他の方の書評を見ると、不可能興味に徹しているところは列車シリーズから変わっていないようですね。
しかし解決にはいろいろと不満があります。最初の事件では、衣服に傷をつけないように刃物を刺すところを具体的に考えてみると非常に無理がありますし、なぜ普通に衣服の上から刺してはいけなかったのかという理由も超自然現象に見せかけるということ以外には見当たりません。雨を降らせるのはタイミングの予測がほとんど不可能に思えますし、魂の火は飛んで行った時点でタネがバレてしまわなかったのが不思議なくらいです。さらに最後の殺人方法は、本サイトで私が評を書いた1960年台某国内作品と同じ。
とまあ、トリックに関しては欠陥だらけとも言える本作ですが、選挙戦と超自然現象という異質なものの組み合わせはそれなりにおもしろく読ませてくれましたので、一応この点数。


No.418 6点 第三の女
アガサ・クリスティー
(2011/06/18 17:36登録)
自分が誰かを殺したらしい、ということでポアロに相談に来た娘は、しかしポアロが年寄りすぎると言って、詳しいことを話さず立ち去ってしまいます。このポアロが年寄りすぎるという理由には何か特別の意味があるのかと疑ったのですが、それは考えすぎで、単に「被害者を探せ」シチュエーション作りのためでした。
誰がどこでいつ殺されたのか不明な状況を持続させる展開は、ちょっとご都合主義なところもありますが、謎の提示段取はなかなか魅力的です。ビートルズ以降世代の若者ファッションも取り入れながら、ポアロとオリヴァー夫人が調査していくストーリーは、退屈という人もいるようですが、個人的には楽しめました。
最後には、作者晩年のポアロものの中では珍しくかなり鮮やかな大技を見せてくれます。ただ手がかりをはっきり示しすぎて、読者にもポアロと同じように推理できてしまうのが難点でしょうか。もっと読者に対して不親切でもよかったと思います。


No.417 8点 運河の家 人殺し
ジョルジュ・シムノン
(2011/06/11 11:08登録)
※2011年に収録2編とも原書のコメントを書いていましたので、2つをまとめて多少手を加えました。
●『運河の家』
シムノンがメグレもの以外の小説(河出書房の謳い文句では「本格小説」)を書き始めたごく初期の作品です。
都会育ちのエドメが、父親の死により、フランドル地方(フランス北部)田舎の親戚の家で暮らすことになります。タイトルは運河沿いにあるこの家のこと。田舎のいとこ兄弟はエドメに惹かれるのですが、エドメの方は田舎暮らしに何ともいえない嫌悪感を抱いています。
寒々とした田舎の風景、張りつめた人間関係。最初からもう破滅的な結末が予告されているような雰囲気で、実際その予告どおりの結末になっていきます。途中には窃盗、その後殺人と死体遺棄、さらに最後にもう1件の殺人と逮捕で幕を閉じるこの心理サスペンスは、今まで読んだシムノンの中でも最も暗鬱な話のひとつです。
●『人殺し』
シムノンの犯罪心理小説の中でも特に緊迫感のあるすぐれた作品です。ただしオランダを舞台にしているせいか、本国フランスでは映画化されたことがないようですので、翻訳が遅れたのはそのせいかもしれません。『倫敦から来た男』新訳、『猫』、『仕立て屋の恋』等どれも映画がきっかけですからね。
匿名の密告状で妻の不倫を知らされた医者が、妻とその愛人を殺害して死体を運河に捨てる。医者は確実に犯跡を隠すつもりもなかったのですが、運河に氷が張って死体を隠してしまい、二人は駆け落ちしたものと見なされます。しかし春が近づいて死体が発見されると、医者を犯人とする証拠はないのですが…
後の『ベルの死』と共通点はあるもののある意味逆の設定で、殺人者とその周囲の人々との関係が、殺人者の視点から苦渋に満ちたタッチで描かれています。特にこの結末のつけ方はすごいと思います。


No.416 7点 殺人鬼
浜尾四郎
(2011/06/07 20:54登録)
皆さんが言及されている『グリーン家』については、むしろミスディレクション的な使い方がされていて、その本家よりこっちの方が犯人の意外性はあると思います。それでも現代では使い古された手とは言えるでしょうが。
一方ヴァン・ダインお得意の衒学趣味については、名探偵の藤枝が事件を交響曲にたとえて、第1楽章はアダージョだとか言っているくらいのものです。文章も平易で読みやすいのはいいのですが、ヴァン・ダインのような深い味わいはありません。語り手の小川がかなりでしゃばりな点も、ヴァン・ダインとは正反対です。
それにしても、いかにも古めかしい一家連続殺人フーダニット。
最後の藤枝による説明がまた非常に丁寧です。伏線になっている部分(章・節)をその都度明示するなど、カーやデイリー・キングにも例はありますが、本作の方が少し早いという世界的にも先駆的作品です。さらに中盤でもさまざまな推理・仮説が述べられ、「推理小説」という言葉が生まれるよりはるか以前に書かれた、まさに推理小説です。

1515中の書評を表示しています 1081 - 1100