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ミステリの祭典

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メグレの失態
メグレ警視

作家 ジョルジュ・シムノン
出版日1979年11月
平均点5.00点
書評数2人

No.2 6点 クリスティ再読
(2025/07/28 16:20登録)
「失態」とはいえ、そういうほどの手ひどい失敗というわけでもないなんだがねえ。確かにメグレ自身の感じた「ダメージ感」は強めなんだけども、客観的にみれば大したことではない。だって被害者のキャラがホントにイヤな奴だから、たとえ政治勢力があったとしても、「殺されて、ほっとした」と周囲の人々が皆考えるような男。メグレが感じた「ダメージ感」とは、この男が幼馴染だったことでもある。
とはいえ、メグレ物で「幼馴染」「旧友」って扱いが良くないんだよね。「幼な友達」のリセの同級生、「途中下車」の大学の同級生、そして「サン・フィアクルの殺人」の伯爵などなど、メグレが旧知の人々の「今」に反発する姿が頻繁に描かれていたりする。さらに言えば、この男の父親が伯爵の管理人であるメグレの父に、賄賂を渡そうとしたのを目撃して、気持ちが引っ掛かり続けてもいる...「自分の進む道に立ちはだかる人たちや、彼に不安を生じさせる人たちを破滅させるだけではすまずに、ただ自分の力を見せつけ、それを自分で納得するために、誰かれの見さかいもなく人を破滅させていまうのだ」。そういう人間こそが、社会で成功したりするというやるせない矛盾。

しかしこの同級生フェマルの肖像は、あまり褒められた人間とは言えないシムノン自身を露悪的に投影したようにも思えるのだ。社会的に成功を得ながらも、その成功に対して居心地悪く感じる男の肖像を、シムノンは憑かれたように描き続けたのだけど、フェマルだってその一人である。だからもう一人の自己投影でもあるメグレから見た場合に、自己嫌悪の感情が漂っていると見るべきだ。そしてそれを補強するのが、やはり同郷の出身者である、密猟者上がりのヴィクトールということになる。ヴィクトールは過去の「野性」といったものを象徴していると読むべきだろうね。

まあミステリとしては捉えどころのない作品にはなってしまう。とはいえ、シムノンがノッていた時期の中期作。キャラ造形は冷徹な女秘書に「脱げ!」と命じる姿や、愛人の立場に甘んじる「食道楽の娘」やら、印象的なキャラの描写が目立つあたりにも、冴えをうかがわせる。まあ、冒頭からして準レギュラーの「司法警察局の衛司ジョセフはごく軽くドアをノックしたが、それは小刻みに駆け回るハツカネズミの軽い足音ほどにも感じられなかった」と印象的な描写で始めたりするくらい。

成功作とは言い難い出来だが、シムノンという異常な作家の特異性を今更ながらに感じてしまう。

No.1 4点
(2011/08/17 14:32登録)
邦題の「失態」については、短い最終章に、「司法警察局の二重の失態」という新聞記事のことが書かれているのですが、そんな記事見出しは性急過ぎるように思います。「二重」とは、本作ではメインの殺人事件と並行して、パリ・ツアー中に失踪したイギリス夫人の事件も語られるからです。原題では"Un echec"と単数形ですが、これはやはり殺人事件の方の失敗でしょう。ただし、メグレが犯人指摘に失敗するわけではありません。
メグレが子どもの頃の知人から、命を狙う脅迫状が何通か届いているという依頼を受け、翌朝から刑事を護衛につけようとしていた矢先、夜のうちに銃殺されてしまった事件です。この被害者がいやな人物なので、メグレも護衛にそれほど気が進まなかったため、殺される結果的になったのではないか、失敗だったかな、と自問する場面もあります。
本作のテーマは被害者と彼を取り巻く人々の重苦しい生活でしょうが、主副2事件の小説テーマ的関連性があまり感じられず、いまひとつといったところでした。

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