一瞬の敵
リュウ・アーチャーシリーズ

作家 ロス・マクドナルド
出版日1972年01月
平均点8.40点
書評数5人

No.5 8点 人並由真
(2023/01/22 08:52登録)
(ネタバレなし)
 銀行のPR業務担当者キース・セバスチャンが、「私」こと私立探偵リュウ・アーチャーを呼び出し、仕事を依頼した。彼女の娘で17歳のサンディ(アレクサンドリア)が、行方不明らしい。サンディは、そのBFで前科がある19歳の若者デイヴィ・スパナーと一緒で、しかも父親セバスチャンの銃器を持ち出したようだ。サンディの部屋、そして訪ねたデイヴィのアパートの私室を調べたアーチャーは、若者たちが大それた事件を起こすかもしれない兆候を認め、その阻止に動くが。

 1968年のアメリカ作品。アーチャーシリーズの長編第14作目。

 大昔の少年時代に初訳の世界ミステリ全集版で一度読んでいる作品なのだが、内容については、読みごたえがあった、なんとなく面白かった、こと以外、その後、全く忘れていた。
 今回は、数か月前にブックオフの100円棚で入手したHM文庫版(嬉しい事に、パンフや書店用のスリップまで残っている完本だった・笑)で、数十年ぶりに再読した。

 アーチャーが、デイヴィの部屋で、十か条のタブーを見る場面だけは初読のときから覚えていたが、記憶に間違いなければ、世界ミステリ全集版からポケミスからこの文庫になるまでに、どこかの段階でさらに訳文は推敲されているようである(全集版では、タイトルの表意「一瞬の敵」についての叙述が、文庫版と違うように覚えている)。
 小鷹信光のお別れ会で拝見したが、故人は自分の著作や訳書に刊行後によく赤字を入れ、再版や改版の際に逐次文章をデティルアップしていたので、これもそういう例の一つだったのであろう。

 しかし本作の登場人物の人間関係のややこしさは、アーチャーシリーズの中でも屈指のハズで? たぶんジョン・L・ブリーンがパロディミステリ短編集『巨匠を笑え』の中で茶化したロスマク風というのは、正に本作のようなものを前提に揶揄したものだったのだろう。
(こんな複雑な内容、時間が経つにつれて細部やそれ以上、忘れてしまうのは、仕方がないよな?)

 ただしそれでツマらないとか、訳がわからない、ということは、この作品の場合、ほとんど無く、例によって自分の手で登場人物一覧を作り、さらに人物相関図を作成しながら読み進めていくと、その人物関係の入り組み具合そのものが、ホントーに、最高に、面白い! 正に円熟の境地。

 その上でちょっと不満だったのは、アーチャーのこれまでのプロ探偵の経歴からすれば、事件の渦中にいて、自ずと想像できそうなポイントになかなか行き着かない部分があったりするコト。いや、あんた、前に似たよ……(以下略)。

 とはいえ、舐めてかかると最後にかなりの大技、サプライズが用意されており、しかもそれはある程度は、読者の読みを(以下略)。
 いや、ややこしさが破綻しないギリギリのところで寸止めし、その分、読み手をストーリーテリングの妙で良い意味で引き回す、これは確かに晩期の優秀作だ。さすがは本サイトで、現時点(このレビューが投稿される寸前の時点)で、平均点1位のロスマク作品だけのことはある。
 
 ただまあ、(リフレインになるが)先に書いた、わかってもよさそうなハズのアーチャーの思考が意外に緩慢なこと、あと、メインゲストヒロインとアーチャーとの描写が今回の場合はいささか、なんだかなあ、なのがちょっとキズ(アーチャーと女性との異性関係って、出版社との契約かなんかで、必ずノルマとして入れなきゃならなかったのかね?)。

 それでもお話そのものとミステリ的な興味では、再読ながらほぼ初読の気分で、十二分に面白かった。シリーズベストワンとするにはちょっと気が引けるが、五指には絶対に入る出来ではあろう。
 
 ちなみに13章、文庫版で139ページのアーチャーの、あの思わせぶりなセリフ(別の人物への返答)。あれって、あの事件のことなんだよね?

No.4 9点 クリスティ再読
(2018/01/03 22:22登録)
クイーン・アンブラー・マッギヴァーンがほぼ終わりつつあるので、クイーンに代わる2018年度のメイン作家は...というと評者はロスマク、ということにしようと思う。それにボア&ナル、ル・カレを適宜加えて、シムノンは継続、というので今年の軸を作る予定だ。ロスマクなんて最初からその狙いで今まで1作もやらずに大事に取っておいたんだよ。
で本作だが、本サイトでのロスマクの作品の中、採点平均でトップじゃん。ただし採点数が少なすぎるの問題なんだが、採点平均に違わぬ名作です。要するにね「ツートップ」なんて言い方がとっても罪作りなわけで、そんな言い方聞いたら「さむけ」と「ウイチャリー家」以外読まなくなる副作用があるわけだよ。そういうの間違ってると思うので、平均点を上げる方向での採点とします。
まあ、本作よくできてるよ。ロスマク、意外に話の展開が地味なひとで、後で振り返ると作品の区別が付きづらいこともあるんだけど、本作はデイヴィ&サンディの逃避行から、デイヴィによる誘拐が話の軸になって、ただの人探し小説ではない「現在進行形の事件」としてうまく印象に残る結果になっている。それに過去の殺人2件、アーチャーが出くわす殺人2件が絡んで、ある家系の悲劇が浮かび上がる。でしかもクリスティを連想させるような大技も決めて見せるわけで、評者にいわせりゃ本作が代表作にならないのが不思議なくらいのものだ。
真相がわかったあとで振り返ると、父母の業・過去の姿・現在の姿が多重に重なり合った姿を登場人物たちが見せるのがなかなか凄いところ。この家系の業をデイヴィは一身に背負ってしまったわけなのだ...と大河ドラマ風の家族史をぎゅっと濃縮したような面白みがある。

No.3 8点
(2011/08/15 16:38登録)
後から考えてみると、なるほどこういったところから構成を立てていったのだろうなと思える仕組みになっています。人間関係がそうとう複雑なのですが、だいたいのところは読者にも予想できるように展開を考えている感じです。ただ最終章では意外な秘密が明かされることになります。
元保安官補フライシャーの扱いが若干はっきりしないところは不満といえるでしょうか。デイヴィが結局どうなるかという点については、難しいところですね。この落ちのつけ方はショッキングではありますが。後期ロス・マクのいわゆる「家族の悲劇」ということでは、彼が結局一番の被害者なんですね。アーチャーが事件にかかわるきっかけになった、失踪したサンディの方の扱いについては、もう一つ最後に何か欲しい気もします。
テーマ性と謎解きとがきれいに噛み合っているところが、ロス・マクの手腕でしょうが、本作ではテーマ性以上に、複雑な謎解き構成の方におもしろみを感じました。

No.2 8点 こう
(2010/07/14 23:57登録)
 ロス・マクドナルドお得意の家族(家系)の悲劇を扱っている作品です。
 真相は結構予想しやすいですが最後の部分は予想外で楽しめた覚えがあります。読みながら家系図をメモして真相を予想した記憶があります。
 ただ不満点としてはアーチャーに依頼した人物一家特に失踪した娘のこの作品での役割は何だったのだろうという点と人物が多すぎてあまり登場意義のない人物もいることです。 

No.1 9点 Tetchy
(2009/05/26 23:09登録)
家庭内の悲劇を描く作者の本作も、最後は後味の悪い、重く苦しい結末を迎えた。
よく「エディプス・コンプレックス」を作者の作品のテーマに挙げられることが多いが、今回も同様。

物語は複雑だ。
登場人物の成り代わり、偽名行為の連続で、登場人物の色合いががらりと変わっていき、その二転三転する流れに頭が追いつかず、考え込むことしばしばだった。
物語の核となるデイヴィは実は単なるデコイに過ぎなく、終盤320ページ辺りで迎える彼の幕引きは驚くほど呆気ない。寧ろ本当の悪は被害者だったという裏返しは買える。

しかし、登場人物が多過ぎ、悪趣味なまでにプロットをこねくり回しているのも確かである。ともあれ、不可解だった逃走者の行動が、最後論理的に明かされる手並みは見事の一言。

5レコード表示中です 書評