青の寝室 激情に憑かれた愛人たち シムノン本格小説選 |
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作家 | ジョルジュ・シムノン |
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出版日 | 2011年02月 |
平均点 | 7.50点 |
書評数 | 2人 |
No.2 | 8点 | クリスティ再読 | |
(2025/08/24 10:06登録) 河出のシムノン本格小説選もこれでコンプかな。「本格小説」とはいえ、内容はミステリ寄りから自伝っぽいものまで、かなりのバラエティがあるわけで、シムノンという作家の幅を示すんだが、本作は「準ミステリ」と言っていい内容。さらにいえば本作は1964年作品で、時系列では自伝系2大名作の「ビセートルの環(63)」と「ちびの聖者(65)」に挟まれて書かれている。「準ミステリ」としては、シムノンの集大成みたいな作品じゃないのかな。 「あんた、痛かった?」と「青い部屋」での情事のさい、主人公トニーは愛人のアンドレとのキスで唇を噛まれる。そして、このシーンはまさに最終盤でも回想される、象徴的なシーンになっているのだが、この行為は、ケインの「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の同様な場面を連想させるのだ。そしてケインのカップル同様に、配偶者殺しの容疑で裁判にかけられる...そこで裁かれるのが男女の愛欲のアナーキーというべきものだったりする。大きな枠組みとして意識的に「郵便配達」を借りているものだと思うんだ。まあ不倫から殺人という流れは、シムノンのお得意設定でもあり、さまざまな類作のシチュエーションも連想しつつ読み進めることになった。 そして、この裁判話を予告させながら、延々と「どんな事件」なのかが明らかにならない。この展開は「判事への手紙」でも採用された手法だったりする。これがさらに「ミステリ」的な興味と見ることもできるのだろうな。そして主人公はイタリア系移民であり、異邦人の小市民としての孤立感も「妻のための嘘」で描かれてもいる。シムノンの準ミステリの集大成という印象なんだよね。 しかし、とりあえず裁判での決着はつくのだが、本当にトニーが毒殺者なのかは明言されるわけではない。そこに読者がいろいろと想像をめぐらす余地もある。真相を保留することでミステリとしての奥行きをだすというのも「ベルの死」や「証人たち」を連想させる。 本当にシムノンが「自分らしい、オリジナルな形式のミステリ」を構築しようとして書いた作品である。ある意味代表作としてもいいのかな。(いや真犯人は実は...とも思う、外れてるかな?) |
No.1 | 7点 | 空 | |
(2011/08/01 20:46登録) シムノンは「私の小説の筋はひどくお粗末なこともある」と自分で言ったこともあるくらいで、純文学系作品のプロットは単純ストレートなことが多いのですが、本作は珍しく技巧派ミステリ的な構造をもっています。もちろん純文学系作品ですから、主人公トニーの行動や心情がじっくり描かれていて、むしろそこが読みどころではあるのですが。 冒頭から、トニーが逮捕され尋問を受けることは読者に知らされます。しかし何の罪で? この疑問に対する答が明らかになるのは、終盤になってからです。それまでは罪状を隠したまま、主として予審判事による尋問が描かれていくのです。誰が殺したのかはフーダニット、どうやってはハウダニット、ではこんなタイプは何と呼べばいいのでしょう。 ただ残念なことに、本書カバーやWEB等に書かれているあらすじ・作品内容は、その謎に対する答の重要部分をばらしてしまっているのです。ネタバレしているからといって読む価値が半減するような作品では決してないのですが、それでも。 |