空さんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:1515件 |
No.675 | 7点 | 第八の地獄 スタンリイ・エリン |
(2014/01/11 12:28登録) エリンというと異色短編作家としてのイメージが強いですが、長編も10冊以上あり、特に本作は1959年のエドガー賞を受賞した代表作です。 ニューヨーク現代社会(1958年当時)の腐敗ぶりをダンテの描く第八の地獄になぞらえているわけで、テーマ的にも、主役が私立探偵社の社長であることからしても、正統派ハードボイルド系という感じがします。ただし、エリンの文章は古典文学の素養をちりばめていて、ハメット等の簡潔な文章とはかなり違います。ストーリーは平の巡査が賭博師から賄賂を受け取った事件について、理想主義の弁護士からの依頼で、主人公が冤罪証明調査に乗り出す(冤罪であると信じないまま)というもので、地味な内容ですが、最後まで飽きさせません。 ただし訳文は、小笠原豊樹にしては、同じ人物の会話の調子が丁寧だったりぞんざいだったり統一されていなくて、気になるところもありました。 |
No.674 | 3点 | 心地よく秘密めいた場所 エラリイ・クイーン |
(2014/01/07 22:25登録) マンフレッド・リーの死去によって結局クイーン最後の長編となった本作、構成は凝っていますし、最初のうちは、左右の問題とそれに対する解答など、なかなかおもしろく読ませてくれます。 ところが、最初の殺人事件が疑念を残したまま「一応」片付いた後、しばらくして第2の殺人が起こってからが、どうにも冴えません。パターン的には『最後の一撃』と似た、ミッシング・リンク的な謎なのですが、それほどと思えなかった『最後の一撃』と比べても、謎そのものに魅力がありませんし、その解決にも説得力がないのです。元々登場人物が少なすぎて、犯人には『真鍮の家』『最後の女』のようなそれなりの意外性もありませんし、かといって犯行計画もそんなに巧妙と思えません。そんなたいしたことのない計略にひっかかるエラリーの論理ミスも、ちょっといただけないものです。 どうも残念な出来の最終作でした。 |
No.673 | 5点 | 黄金流砂 中津文彦 |
(2014/01/04 15:59登録) 高木彬光の『成吉思汗の秘密』でも扱われていた、源義経は平泉では死んでいなかったという言い伝えの紹介から始まるミステリです。盛岡で起こった歴史学者殺害事件を、新米新聞記者と、その学者の弟子だった高校教師が探っていきますが、義経北行説よりもむしろ、義経を匿った藤原家にまつわる歴史的謎の方が、現在の殺人事件と重要なつながりを持ってきます。 第28回乱歩賞を岡嶋二人の『焦茶色のパステル』と分け合った作品。前半が退屈だという審査員の意見もありますが、個人的にはむしろ前半の地味な展開を最後まで続けてもらいたかったように思いました。半ばで藤原家関係の、判読不能文字文書が出てきてからは、高木彬光のような歴史考証から虚構世界に移行していき、最後の現在の事件の全貌が明かされるシーンは、もう伝奇冒険小説と言ってもいいほどです。全体的なバランスを失していると思えます。 |
No.672 | 6点 | わが兄弟、ユダ ボアロー&ナルスジャック |
(2013/12/29 22:45登録) 殺人者の視点から描かれた犯罪心理小説です。それにもかかわらず、連続殺人の動機を隠すことでホワイダニットにもなっているのは、謎解き要素も忘れない作家らしいところと言えるでしょうか。ただ、クイーンのショートショートにちょっと似たアイディアを謎ではなく基本設定として使っているものがあり、そのため早い段階で動機の見当はついてしまいました。 もちろん、その謎だけの作品ではありません。タイトルのユダはもちろんイエスを裏切った弟子なわけですが、最後の方になってある登場人物によってユダに対する新解釈が語られます。それでタイトルの意味も明らかになるわけで、宗教団体に題材を採った理由もわかります。初期には心理ホラー的な要素が強かったコンビ作家ですが、本作は強烈なサスペンスよりも、自らが属する宗教団体の発展のためを思う犯罪者の苦悩を描いた作品として評価できる作品だと思います。 |
No.671 | 6点 | 酔いどれの誇り ジェイムズ・クラムリー |
(2013/12/22 23:49登録) 巻頭に短い引用を置く小説は多いですが、本作は、リュウ・アーチャーの言葉を載せています。しかし、ロス・マクと同じハードボイルドといってもタイプはずいぶん違います。 ストーリーの骨格そのものは非常にシンプルですが、主人公のミロが自分の過去を語る部分が多く、そこが読みどころでもあると同時に、複雑な構成を期待するミステリ・ファンには物足らないところでもあるのでしょう。実際、真相はあまりに地味すぎて、ダミー解決ではないかと疑ってしまったほどでした。 また、本作はクラムリー最初のミステリということで、後の作品に比べるとクラムリー節が未だ確立されきっていないと感じました。まず各シーンの印象が、後年ほど強烈ではないのです。ミロを始めとする酔いどれぶりにも今ひとつ説得力が感じられません。登場人物たちは魅力的ですし、ラストの意外性もチャンドラーには及ばないものの、衝撃力はあると思うのですが。 |
No.670 | 5点 | シーラカンス殺人事件 内田康夫 |
(2013/12/18 22:32登録) 巻末解説によると、作者が「最も愛着の深い作品」の一つとしている作品だそうです。実際シーラカンス捕獲を題材にした事件転回は、なかなかおもしろく読ませてくれます。 とは言え、気になる点があったのも確かです。岡部警部シリーズ作ですが、岡部警部以外の警察官がみんな間抜けというのは、名探偵役が警察官であるだけに、浅見光彦もの以上に好ましくないと思われるのです。何より、凶器のバットについていた指紋が現場状況からして犯人のものでない可能性がかなり高いと捜査本部が最初は認識していながら、その指紋の人物を犯人だと思い込んでしまうのは、いただけません。 この指紋に関する岡部警部の推理はクロフツ1930年台の某作品とよく似ていて、警察としては当然検討すべき問題のはずですし、死体処理トリックも海外古典的作品そのまんまということで、謎解き的にはたいしたことはありません。 |
No.669 | 7点 | 混戦 ディック・フランシス |
(2013/12/15 18:31登録) 今回の主人公はフランシスには珍しく、競馬にはほとんど興味がないと明言する男です。彼-作中の「私」の職業はエア・タクシーのパイロットということで、専ら航空アクションを引き受け、競馬関係は常連客である他の登場人物たちに任せています。 3つのヤマ場が非常にはっきりした作品です。1つめは多少不安感を与えておいた後で突然意表をつく派手な事件。その事件の犯人を主人公が推測するに至る穏やかな部分の後、2つ目が緊迫した飛行機サスペンス。そして3つ目が最終対決部分、ということになります。 事件と恋愛との絡め方もなかなかいいですし、動機を中心とした謎解き興味もあります。フランシスの中でベストの1つと推す人もいるようですが、ヤマ場と平坦な部分とが明確に分かれすぎているのが、多少リズム感を崩しているようにも思えました。 |
No.668 | 7点 | 夜の終り ジョン・D・マクドナルド |
(2013/12/10 22:40登録) 4人の若い男女の電気椅子による死刑執行の模様を、死刑執行人が友人に書き送った手紙で幕を開ける犯罪小説。通常の三人称小説形式に、死刑になった若き犯罪者たちの弁護士の覚書や、犯罪者の一人が留置所内で書いた手記を取り混ぜる手法は、効果を上げていると思います。 読んでいて、何となく『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を連想してしまいました。若者たちの「理由なき」凶悪犯罪を描いたということでは、むしろカミュの『異邦人』やシムノンの『雪は汚れていた』が近いのかもしれませんが、やはりアメリカらしいハードボイルドっぽい雰囲気が、ケインとの類似性を感じさせるのでしょうか。ただし、本作では弁護士の覚書を通して、グループであるからこその犯罪であることが強調されています。 また、犯罪者の手記により、最初の殺人に至る彼等の心理状況が説得力を持って描かれているのが、本作の特徴と言えるでしょう。 |
No.667 | 7点 | 大庭武年探偵小説選Ⅰ 大庭武年 |
(2013/12/06 22:57登録) 作者はむしろ純文学を志していたそうですが、坂口安吾や福永武彦みたいなわけにはいかず、現在知られているのはほとんどミステリ系作品のみのようです。ただしミステリはこの第1集を読む限り、その2人の文豪以上とも思える厳格な謎解き派。ディケンズの『二都物語』が卒論テーマだったのも、ミステリ好きであることを窺わせます。 それにしても、これにはかなり驚かされました。最初の『十三号室の殺人』は中編ですが、作者が住んでいた大連を舞台に、異国的雰囲気のホテルで起こった密室殺人で、トリックはカーをも思わせるアイディアなのです。1930年雑誌『新青年』の懸賞募集に投稿した作品ですから、カーのデビュー年ですよ。さすがにフェアプレイは完全に守られているわけではありませんが。 他の作品もホームズものを元にかなりひねりを加えたり、笹沢左保の某長編と同一原理トリックとか、ほとんどバカミス系など、それぞれに読みどころがありました。 |
No.666 | 6点 | 火刑法廷 ジョン・ディクスン・カー |
(2013/12/02 23:29登録) miniさんの意見に賛成。miniさんは、カーに対する評価は私と近いと書かれていたことがありましたが、ホントにそうなんですね… この評価になったのは、写真の件から始まる怪しげな雰囲気に加え、何と言ってもその雰囲気があるからこそのごく短い最終章のさりげなさが好きだからです。新聞が床に落ちてめくれ…なんて、この感覚がいいのです。この部分は、説明すればするほどバカバカしくなってしまいます。そのいい例が本作の最終章を意識したという高木彬光の某作品。 最終章がなくて、謎解き要素だけに関して言うならばその高木作品の方がむしろよくできているぐらいです。墓場からの死体消失トリック説明は、そんなものかというところでした。またもう一つの魔術的現象は、まず部屋周辺の見取図があるべきですし、カー自身が以前に書いた某作品のネタの使い回し、しかもその作品に比べて工夫が足りないとしか思えないのです。 |
No.665 | 7点 | 偽証するおうむ E・S・ガードナー |
(2013/11/29 22:14登録) ペリー・メイスン・シリーズの中でもおもしろかったと記憶していた作品ですが、今回再読してみると、冒頭部分から少々驚かされました。例によって依頼人の登場から始まるわけですが、本作ではすでにメインの殺人事件が新聞記事に載っていて、しかも依頼人はその容疑者と目されているわけではないという状況なのです。そして依頼人は、警察には言っていないが殺人現場にいたおうむは被害者が飼っていたものではないと主張します。 殺人事件についての手がかりはそのおうむを始め豊富で、真相は単純ながら鮮やかですし、真犯人判明後にもう一つ意外で爽やかな結末を用意しています。実はこの最後の意外性は検死法廷の1~2日後には警察にも知られるはずで、そうなるとメイスンの犯人指摘推理も必要なくなるだろうというところはありますが、欠点というほどでもないでしょう。短い作品ですがきれいにまとまった秀作だと思います。 |
No.664 | 7点 | 白と黒 横溝正史 |
(2013/11/24 22:10登録) 岡山ものでなくても旧家の屋敷等で起こる暗い事件が多い作者にしては珍しく、新築の団地を舞台として現代的(1960年当時の)な明るい雰囲気を意識したことが明らかな作品です。顔のない死体も、新棟建設用のタールをかぶせられるという凄惨ながらも現代的手法です。そのことがいわゆる「社会派」と直接結びつくとは思いませんが、時代に即したリアリティを持つことは間違いありません。ラスト近くなるまではじっくり型であり、ハウダニット要素がないことも含め、カーよりもむしろクイーンを思わせる構成になっています。『犬神家の一族』と何となく共通する事件構造ですが、本作の方が犯人は意外だと思います。 ところで、匿名の手紙に書かれた「どんぐりころころ」の歌詞が間違っているのは、手がかりなのではないかとも思ったのですが、単に作者の勘違いでした。ただし、この手紙については別の点でちょっとした意外性があります。 |
No.663 | 5点 | メグレ最後の事件 ジョルジュ・シムノン |
(2013/11/20 22:27登録) 邦題は、結局シムノン最後の小説(その後も回想録なんかはかなり書いていますが)だからというだけであって、内容とは関係ありません。原題を直訳すれば「メグレとシャルル氏」ですが、事件の発端となる失踪した公証人の名前は全然違うし、どこでシャルル氏は出てくるんだろうと首をかしげさせられます。まあ捜査を始めてみると、すぐにそれは判明するのですが。 半分ぐらいのところで死体がセーヌ川から発見されますが、その時期に発見されるのは完全な偶然で、これだけはご都合主義的な展開かなあという感じ。メグレに調査依頼に来た公証人夫人が個性的な人物として描かれ、事件に何らかの関わりがありそうだということは最初から予想がつきます。結末の意外性を期待すべきタイプの作家ではないので、それはそれでいいですし、夫婦間の葛藤はさすがですが、真相には少々安易なところが感じられました。 |
No.662 | 7点 | 暗闇の終わり キース・ピータースン |
(2013/11/17 17:45登録) ハードボイルド系だと思って読み始めたので、この手には驚かされました。と言っても真相ではなく、p.58あたりのことで、映画『キャリー』の有名ショッキング・シーン('76年オリジナル版の!)をも思い出していたのですが、まさかそっくりな出来事を、今度は最後の方で本当に起こしてくれるとは… この作者、本名のアンドリュー・クラヴァン名義ではサイコ・サスペンスも書いているそうですが、本作にも映画では初期デ・パルマ監督なんかが好きなのかなあと思えるところがあります。編集長ともけんかするタフな新聞記者の主人公一人称形式ということで、ハードボイルドと見なされているのかもしれませんが、やはり本作の死神の仮面をかぶった人物や古い教会も出てくる怪しげな暗い雰囲気は、サスペンスと見るべきでしょう。 自分自身の過去が事件とテーマ的に絡んでいるこの主人公、シリーズ化されるとは思えないのですが。 |
No.661 | 5点 | 白魔の歌 高木彬光 |
(2013/11/12 22:53登録) 半分ぐらい読んだところで、さて犯人は誰かと考えてみると、明らかにこの人物以外ありえないと思える作品です。しかし、だからと言って真相見え見えの駄作かと言えば、そうでもありません。中心となる謎は、被害者は誰になるかということなのです。動機をも含めて、この真相はおそらく簡単には見破れないでしょう。 ただし、全体的には謎解きの観点からするとバランスが悪く、中途半端な感じに終わってしまっていると思います。かなり短い作品なのですが、第1の殺人が起こるまではもう少し短くして、屋敷での警察の捜査、登場人物たちへの尋問をじっくり描きこんでいれば、意外性もより出ていたのではないでしょうか。 毒殺した死体に対する「悪戯」の理由は、海外のある古典短編を思わせますが、最初に書いた中心となる謎と絡めた工夫があり、単なる二番煎じに終わっていないのはさすがです。 |
No.660 | 7点 | 地中の男 ロス・マクドナルド |
(2013/11/08 22:19登録) 読み始めてすぐ、ロス・マクらしい世界が広がっていくのを感じます。やはり語り口が何とも言えない味わいを出しているのです。このさりげなくも気の利いた文章、会話はさすがに巨匠の技です。 これも久々の再読で、最終解決部分がかろうじて記憶に残っていただけだったとはいえ、複雑に絡み合った人間関係は途中で何が何だかわからなくなってきてしまいました。読書中に登場人物の関係をメモったのはたぶん初めてです。 若い二人の逃避行については、そこまでするかなあという感じも受けましたし、メモを吟味すると、その二人が一緒になったということ自体、ストーリーを組み立てるためのご都合主義じゃないかとも思えましたが、残り3割を切ったあたりから、過去に何が起こっていたのか、次々に明らかにしていく作者の手際は鮮やかです。悪い意味でまさかと思うダミー解決の後の真相も、この作者らしいテーマ性を含んでいます。 |
No.659 | 7点 | おばちゃまはサファリ・スパイ ドロシー・ギルマン |
(2013/11/05 22:09登録) シリーズ第1作に対するminiさんの好意的な書評があったので手に取ってみたおばちゃまことミセス・ポリファックスもの第5作ですが、タイトルはともかく初版カバー・イラストはどうにも読む気になれないようなものでした。 しかし、これは確かになかなかおもしろくできています。作者は本シリーズ以外にも普通小説、ファンタジー系を書いているようですが、そういった間口の広さが余裕として表れているのかもしれません。クリスティーのスパイものと似た雰囲気も感じられました。まあ、だからといってそんな意外な結末を期待してはいけません。最後のどんでん返しもいかにものお約束事といったところで、特に伏線があるわけでもないですし、少しあっさりしすぎかなとも思います。 しかしそれまでの、サファリ・ツアーから意外な方向に向かうあたりのストーリーは大いに楽しめました。続編が気になるような終わり方も、微笑ましい感じです。 |
No.658 | 6点 | 若狭湾の惨劇 水上勉 |
(2013/10/31 22:34登録) 表題作は130ページほどの中編で、その他に5編の短編を収録した作品集です。 その表題作は、松本清張と同じく象徴的なタイトルの多い水上勉にしては珍しいタイトルですが、内容はやはりこの作者らしく、生まれ故郷の福井県を舞台に地方色豊かな雰囲気を持った社会派です。それでも、ごく単純とは言えアリバイトリックや死体処理方法の工夫があります。一般人と警察が協力して真相に迫っていく構造は、長編でもよく使っているところ。 短編のうち『人形』が公務員汚職を扱ったまさに社会派な作品である一方、『東京の穽』はそう思わせておいて、肩すかしをくわせています。他の3編は作者自身の一人称形式で、ドキュメンタリー・タッチになっていますが、その中では特に『消える』のブラック・ユーモアが楽しめました。また、あえてタイトルは伏せますが、近年の某本格派長編で使われていた死体処理トリックの原型と言える作品もあります。 |
No.657 | 7点 | マギル卿最後の旅 F・W・クロフツ |
(2013/10/28 22:25登録) ずいぶん以前に1回読んだきりだった作品ですが、今回再読して意外に思ったのが、アリバイ崩しにはさほど重点が置かれていないことでした。失踪していたマギル卿の死体が発見されるのは殺されてから1週間ぐらい経ってからなので、解剖結果からは死亡日時は明確にならないというところもあるのですが。 それよりも、アイルランドへのマギル卿最後の旅の理由や行程を追っていったり、謎の訪問者の正体をつきとめたりと、あいかわらずの緻密な捜査過程を描くことで読者を引っ張っていきます。最初の内はともかく、途中からは読んでいて地理的な部分が混乱してきたのですが、それでも充分楽しめました。 部下の刑事からの、犯人の行動が必要以上に複雑なのではないかという指摘に対して、フレンチ警部が反論するところにも、クロフツらしいきめの細かさを感じました。 |
No.656 | 6点 | 血の痕跡 スティーヴン・グリーンリーフ |
(2013/10/24 22:26登録) 70年台からのハードボイルド系私立探偵小説作家は、作中でハメットやチャンドラー、時にはスピレインの名前を挙げることがありますが、一人称探偵がロス・マクを読むと書いているのは、今まで読んだ限りでは本作がたぶん初めてです。いわゆるネオ・ハードボイルド作家の多くはロス・マク風の謎解き重視型だと思えるのですが。 ただし本作に関して言えば、基本的に家族の悲劇を描くロス・マクとはかなり違った感じを受けます。血液銀行や輸血の問題が扱われていて、時事的なテーマを取り上げた社会派な話なのです。 ほとんど最後になって、タナーが医者から血についての最新知識を得るのですが、おそらく作者自身そのことを知ってこの作品の構想を立てたのでしょう。解決部分が、それでこの後どうなるのかという部分で今ひとつすっきりしないのが気になりますが、登場人物たちもそれぞれ印象深く、なかなか重厚な仕上がりでした。 |