home

ミステリの祭典

login
空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1509件

プロフィール| 書評

No.669 7点 混戦
ディック・フランシス
(2013/12/15 18:31登録)
今回の主人公はフランシスには珍しく、競馬にはほとんど興味がないと明言する男です。彼-作中の「私」の職業はエア・タクシーのパイロットということで、専ら航空アクションを引き受け、競馬関係は常連客である他の登場人物たちに任せています。
3つのヤマ場が非常にはっきりした作品です。1つめは多少不安感を与えておいた後で突然意表をつく派手な事件。その事件の犯人を主人公が推測するに至る穏やかな部分の後、2つ目が緊迫した飛行機サスペンス。そして3つ目が最終対決部分、ということになります。
事件と恋愛との絡め方もなかなかいいですし、動機を中心とした謎解き興味もあります。フランシスの中でベストの1つと推す人もいるようですが、ヤマ場と平坦な部分とが明確に分かれすぎているのが、多少リズム感を崩しているようにも思えました。


No.668 7点 夜の終り
ジョン・D・マクドナルド
(2013/12/10 22:40登録)
4人の若い男女の電気椅子による死刑執行の模様を、死刑執行人が友人に書き送った手紙で幕を開ける犯罪小説。通常の三人称小説形式に、死刑になった若き犯罪者たちの弁護士の覚書や、犯罪者の一人が留置所内で書いた手記を取り混ぜる手法は、効果を上げていると思います。
読んでいて、何となく『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を連想してしまいました。若者たちの「理由なき」凶悪犯罪を描いたということでは、むしろカミュの『異邦人』やシムノンの『雪は汚れていた』が近いのかもしれませんが、やはりアメリカらしいハードボイルドっぽい雰囲気が、ケインとの類似性を感じさせるのでしょうか。ただし、本作では弁護士の覚書を通して、グループであるからこその犯罪であることが強調されています。
また、犯罪者の手記により、最初の殺人に至る彼等の心理状況が説得力を持って描かれているのが、本作の特徴と言えるでしょう。


No.667 7点 大庭武年探偵小説選Ⅰ
大庭武年
(2013/12/06 22:57登録)
作者はむしろ純文学を志していたそうですが、坂口安吾や福永武彦みたいなわけにはいかず、現在知られているのはほとんどミステリ系作品のみのようです。ただしミステリはこの第1集を読む限り、その2人の文豪以上とも思える厳格な謎解き派。ディケンズの『二都物語』が卒論テーマだったのも、ミステリ好きであることを窺わせます。
それにしても、これにはかなり驚かされました。最初の『十三号室の殺人』は中編ですが、作者が住んでいた大連を舞台に、異国的雰囲気のホテルで起こった密室殺人で、トリックはカーをも思わせるアイディアなのです。1930年雑誌『新青年』の懸賞募集に投稿した作品ですから、カーのデビュー年ですよ。さすがにフェアプレイは完全に守られているわけではありませんが。
他の作品もホームズものを元にかなりひねりを加えたり、笹沢左保の某長編と同一原理トリックとか、ほとんどバカミス系など、それぞれに読みどころがありました。


No.666 6点 火刑法廷
ジョン・ディクスン・カー
(2013/12/02 23:29登録)
miniさんの意見に賛成。miniさんは、カーに対する評価は私と近いと書かれていたことがありましたが、ホントにそうなんですね…
この評価になったのは、写真の件から始まる怪しげな雰囲気に加え、何と言ってもその雰囲気があるからこそのごく短い最終章のさりげなさが好きだからです。新聞が床に落ちてめくれ…なんて、この感覚がいいのです。この部分は、説明すればするほどバカバカしくなってしまいます。そのいい例が本作の最終章を意識したという高木彬光の某作品。
最終章がなくて、謎解き要素だけに関して言うならばその高木作品の方がむしろよくできているぐらいです。墓場からの死体消失トリック説明は、そんなものかというところでした。またもう一つの魔術的現象は、まず部屋周辺の見取図があるべきですし、カー自身が以前に書いた某作品のネタの使い回し、しかもその作品に比べて工夫が足りないとしか思えないのです。


No.665 7点 偽証するおうむ
E・S・ガードナー
(2013/11/29 22:14登録)
ペリー・メイスン・シリーズの中でもおもしろかったと記憶していた作品ですが、今回再読してみると、冒頭部分から少々驚かされました。例によって依頼人の登場から始まるわけですが、本作ではすでにメインの殺人事件が新聞記事に載っていて、しかも依頼人はその容疑者と目されているわけではないという状況なのです。そして依頼人は、警察には言っていないが殺人現場にいたおうむは被害者が飼っていたものではないと主張します。
殺人事件についての手がかりはそのおうむを始め豊富で、真相は単純ながら鮮やかですし、真犯人判明後にもう一つ意外で爽やかな結末を用意しています。実はこの最後の意外性は検死法廷の1~2日後には警察にも知られるはずで、そうなるとメイスンの犯人指摘推理も必要なくなるだろうというところはありますが、欠点というほどでもないでしょう。短い作品ですがきれいにまとまった秀作だと思います。


No.664 7点 白と黒
横溝正史
(2013/11/24 22:10登録)
岡山ものでなくても旧家の屋敷等で起こる暗い事件が多い作者にしては珍しく、新築の団地を舞台として現代的(1960年当時の)な明るい雰囲気を意識したことが明らかな作品です。顔のない死体も、新棟建設用のタールをかぶせられるという凄惨ながらも現代的手法です。そのことがいわゆる「社会派」と直接結びつくとは思いませんが、時代に即したリアリティを持つことは間違いありません。ラスト近くなるまではじっくり型であり、ハウダニット要素がないことも含め、カーよりもむしろクイーンを思わせる構成になっています。『犬神家の一族』と何となく共通する事件構造ですが、本作の方が犯人は意外だと思います。
ところで、匿名の手紙に書かれた「どんぐりころころ」の歌詞が間違っているのは、手がかりなのではないかとも思ったのですが、単に作者の勘違いでした。ただし、この手紙については別の点でちょっとした意外性があります。


No.663 5点 メグレ最後の事件
ジョルジュ・シムノン
(2013/11/20 22:27登録)
邦題は、結局シムノン最後の小説(その後も回想録なんかはかなり書いていますが)だからというだけであって、内容とは関係ありません。原題を直訳すれば「メグレとシャルル氏」ですが、事件の発端となる失踪した公証人の名前は全然違うし、どこでシャルル氏は出てくるんだろうと首をかしげさせられます。まあ捜査を始めてみると、すぐにそれは判明するのですが。
半分ぐらいのところで死体がセーヌ川から発見されますが、その時期に発見されるのは完全な偶然で、これだけはご都合主義的な展開かなあという感じ。メグレに調査依頼に来た公証人夫人が個性的な人物として描かれ、事件に何らかの関わりがありそうだということは最初から予想がつきます。結末の意外性を期待すべきタイプの作家ではないので、それはそれでいいですし、夫婦間の葛藤はさすがですが、真相には少々安易なところが感じられました。


No.662 7点 暗闇の終わり
キース・ピータースン
(2013/11/17 17:45登録)
ハードボイルド系だと思って読み始めたので、この手には驚かされました。と言っても真相ではなく、p.58あたりのことで、映画『キャリー』の有名ショッキング・シーン('76年オリジナル版の!)をも思い出していたのですが、まさかそっくりな出来事を、今度は最後の方で本当に起こしてくれるとは…
この作者、本名のアンドリュー・クラヴァン名義ではサイコ・サスペンスも書いているそうですが、本作にも映画では初期デ・パルマ監督なんかが好きなのかなあと思えるところがあります。編集長ともけんかするタフな新聞記者の主人公一人称形式ということで、ハードボイルドと見なされているのかもしれませんが、やはり本作の死神の仮面をかぶった人物や古い教会も出てくる怪しげな暗い雰囲気は、サスペンスと見るべきでしょう。
自分自身の過去が事件とテーマ的に絡んでいるこの主人公、シリーズ化されるとは思えないのですが。


No.661 5点 白魔の歌
高木彬光
(2013/11/12 22:53登録)
半分ぐらい読んだところで、さて犯人は誰かと考えてみると、明らかにこの人物以外ありえないと思える作品です。しかし、だからと言って真相見え見えの駄作かと言えば、そうでもありません。中心となる謎は、被害者は誰になるかということなのです。動機をも含めて、この真相はおそらく簡単には見破れないでしょう。
ただし、全体的には謎解きの観点からするとバランスが悪く、中途半端な感じに終わってしまっていると思います。かなり短い作品なのですが、第1の殺人が起こるまではもう少し短くして、屋敷での警察の捜査、登場人物たちへの尋問をじっくり描きこんでいれば、意外性もより出ていたのではないでしょうか。
毒殺した死体に対する「悪戯」の理由は、海外のある古典短編を思わせますが、最初に書いた中心となる謎と絡めた工夫があり、単なる二番煎じに終わっていないのはさすがです。


No.660 7点 地中の男
ロス・マクドナルド
(2013/11/08 22:19登録)
読み始めてすぐ、ロス・マクらしい世界が広がっていくのを感じます。やはり語り口が何とも言えない味わいを出しているのです。このさりげなくも気の利いた文章、会話はさすがに巨匠の技です。
これも久々の再読で、最終解決部分がかろうじて記憶に残っていただけだったとはいえ、複雑に絡み合った人間関係は途中で何が何だかわからなくなってきてしまいました。読書中に登場人物の関係をメモったのはたぶん初めてです。
若い二人の逃避行については、そこまでするかなあという感じも受けましたし、メモを吟味すると、その二人が一緒になったということ自体、ストーリーを組み立てるためのご都合主義じゃないかとも思えましたが、残り3割を切ったあたりから、過去に何が起こっていたのか、次々に明らかにしていく作者の手際は鮮やかです。悪い意味でまさかと思うダミー解決の後の真相も、この作者らしいテーマ性を含んでいます。


No.659 7点 おばちゃまはサファリ・スパイ
ドロシー・ギルマン
(2013/11/05 22:09登録)
シリーズ第1作に対するminiさんの好意的な書評があったので手に取ってみたおばちゃまことミセス・ポリファックスもの第5作ですが、タイトルはともかく初版カバー・イラストはどうにも読む気になれないようなものでした。
しかし、これは確かになかなかおもしろくできています。作者は本シリーズ以外にも普通小説、ファンタジー系を書いているようですが、そういった間口の広さが余裕として表れているのかもしれません。クリスティーのスパイものと似た雰囲気も感じられました。まあ、だからといってそんな意外な結末を期待してはいけません。最後のどんでん返しもいかにものお約束事といったところで、特に伏線があるわけでもないですし、少しあっさりしすぎかなとも思います。
しかしそれまでの、サファリ・ツアーから意外な方向に向かうあたりのストーリーは大いに楽しめました。続編が気になるような終わり方も、微笑ましい感じです。


No.658 6点 若狭湾の惨劇
水上勉
(2013/10/31 22:34登録)
表題作は130ページほどの中編で、その他に5編の短編を収録した作品集です。
その表題作は、松本清張と同じく象徴的なタイトルの多い水上勉にしては珍しいタイトルですが、内容はやはりこの作者らしく、生まれ故郷の福井県を舞台に地方色豊かな雰囲気を持った社会派です。それでも、ごく単純とは言えアリバイトリックや死体処理方法の工夫があります。一般人と警察が協力して真相に迫っていく構造は、長編でもよく使っているところ。
短編のうち『人形』が公務員汚職を扱ったまさに社会派な作品である一方、『東京の穽』はそう思わせておいて、肩すかしをくわせています。他の3編は作者自身の一人称形式で、ドキュメンタリー・タッチになっていますが、その中では特に『消える』のブラック・ユーモアが楽しめました。また、あえてタイトルは伏せますが、近年の某本格派長編で使われていた死体処理トリックの原型と言える作品もあります。


No.657 7点 マギル卿最後の旅
F・W・クロフツ
(2013/10/28 22:25登録)
ずいぶん以前に1回読んだきりだった作品ですが、今回再読して意外に思ったのが、アリバイ崩しにはさほど重点が置かれていないことでした。失踪していたマギル卿の死体が発見されるのは殺されてから1週間ぐらい経ってからなので、解剖結果からは死亡日時は明確にならないというところもあるのですが。
それよりも、アイルランドへのマギル卿最後の旅の理由や行程を追っていったり、謎の訪問者の正体をつきとめたりと、あいかわらずの緻密な捜査過程を描くことで読者を引っ張っていきます。最初の内はともかく、途中からは読んでいて地理的な部分が混乱してきたのですが、それでも充分楽しめました。
部下の刑事からの、犯人の行動が必要以上に複雑なのではないかという指摘に対して、フレンチ警部が反論するところにも、クロフツらしいきめの細かさを感じました。


No.656 6点 血の痕跡
スティーヴン・グリーンリーフ
(2013/10/24 22:26登録)
70年台からのハードボイルド系私立探偵小説作家は、作中でハメットやチャンドラー、時にはスピレインの名前を挙げることがありますが、一人称探偵がロス・マクを読むと書いているのは、今まで読んだ限りでは本作がたぶん初めてです。いわゆるネオ・ハードボイルド作家の多くはロス・マク風の謎解き重視型だと思えるのですが。
ただし本作に関して言えば、基本的に家族の悲劇を描くロス・マクとはかなり違った感じを受けます。血液銀行や輸血の問題が扱われていて、時事的なテーマを取り上げた社会派な話なのです。
ほとんど最後になって、タナーが医者から血についての最新知識を得るのですが、おそらく作者自身そのことを知ってこの作品の構想を立てたのでしょう。解決部分が、それでこの後どうなるのかという部分で今ひとつすっきりしないのが気になりますが、登場人物たちもそれぞれ印象深く、なかなか重厚な仕上がりでした。


No.655 5点 天女の密室
荒巻義雄
(2013/10/21 22:49登録)
荒巻義雄は初期の幻想的なSF『神聖代』を読んだことがあるだけで、80年台後半からの架空戦記シリーズには興味を持てず、といったところでした。本作は「伝奇推理小説」と銘打たれていますが、浦島伝説をアナロジー的に使っているとはいえ、伝説が現実と混ざり合うわけではなく、純粋なミステリです。美術に詳しい作者らしく、本作の主人公は画家で、画商や美術のパトロン的存在など、なかなか説得力があります。
2つの密室トリックとその関係には面白い発想があるのですが、事件解明部分の書き方がさりげなさ過ぎて、印象が薄くなっているのが惜しいと思いました。
途中でディクスンの『誰が蛇を殺したか』なんていう作品について登場人物たちが論じているのですが、これは『爬虫類館の殺人』で、原題直訳は「彼がペイシェンス(蛇の名前)を殺すはずがない」。読んだのは初版なので、後の版では修正されているのでしょうか。


No.654 8点 事件屋稼業
レイモンド・チャンドラー
(2013/10/16 22:12登録)
チャンドラーの短編集で最初に買ったのが本書なのですが、その理由はやはり最後に収められたエッセイ『簡単な殺人法』です。「小説はどんな形のものにせよ、つねにリアリスティックであることをめざしてきた」という冒頭の断定(偏見)から導き出される評論ですから、ミルンの『赤い館の秘密』のトリックを、警察が見破れないわけがないといった点から批判していて、再読してみるとこのあたりは特に楽しめました。またハメット礼賛に続く最後の探偵について論じた部分は、ハメットよりチャンドラー自身にあてはまるような気がしました。
中編4編のうち、『事件屋稼業』と『指さす男』(原題は”Finger Man”で、finger は俗語の密告の意味ではないでしょうか)はマーロウもの。『ネヴァダ・ガス』とは青酸ガスのことで、なかなか派手な展開の作品。『黄色いキング』はハードボイルドな展開の最後をかなり意外な論理でまとめていました。


No.653 6点 メグレ激怒する
ジョルジュ・シムノン
(2013/10/12 16:59登録)
メグレ第3期の開始作。原則未訳作品を集めた(絶版久しい作品の新訳本数冊あり)河出書房のメグレ・シリーズ50巻のうちには、なぜか収められないままになり、後に雑誌『EQ』(光文社)に初めての翻訳が掲載された後、河出文庫で出版されたという、妙ないきさつを持つ作品です。
今回のメグレは、退職して2年後、田舎でのんびり暮らしていたところを、個性的な老婦人から依頼を受けて事件の捜査を始めることになります。この老婦人、自己中心主義的でずいぶん勝手な思い込みもあるのですが、自分の間違いをあっさり認める冷静さも持っていることが依頼の段階で表現されています。
全体としてはちょっと珍しい事件で、メグレ自身は事件の最終的決着に関与しません。というか関与できないのです。それでも確かにメグレがいた方が話として収まるし、こういうミステリもあるのか、という感じでした。


No.652 6点 建築屍材
門前典之
(2013/10/09 22:14登録)
第11回鮎川哲也賞受賞作。
選考委員の笠井潔・島田荘司両氏は「地味」だと言っていますが、どうでしょう。建設中のビルの一室で3人のバラバラ死体を浮浪者が目撃する、というプロローグに続いて、その数時間後には謎の人物がその建物の密閉された別の1室から消失し、しかもバラバラ死体も消えていたという展開で、さらに殺人は続くのですから、事件自体は派手です。またトリックやその理由を議論するところなど、知的なおもしろさは持続します。ただ、建築の専門用語を並べ立てる最初の方は、わかりにくくて固い感じがしますが。
専門的でわかりにくいのは、足跡トリックもそうです。一方バラバラ死体処理の方はかなり早い段階で見当がついてしまいました。それより事故に見せかけられるのに殺人であることを誇示した理由とか、秘書の殺害動機(これはバカミス系)といった論理がおもしろくできています。


No.651 6点 矢の家
A・E・W・メイスン
(2013/10/04 23:25登録)
フーダニット系であるにもかかわらず、犯人の意外性がほとんどないという不満もあるようですが、個人的にはこの犯人の人物設定と最初のミスディレクションは悪くないと思います。またメイントリックは、犯人にとって都合の良い偶然による証言で、これもからくりはすぐ見当がつくでしょうが、解決部分を読むと、その証言部分での犯人の行動など、うまく考えられています。まあ毒殺事件前からの匿名の手紙にも関わる真相は、もっと単純化できなかったのかとは思いましたが。
それにしても、アノー探偵は今回もファースト・ネームやパリ警視庁での役職を明かしていないんですね。「このアノーが間違うわけがない」といったような自信満々のセリフは、ポアロにも通じるものがありますが、それをクリスティーのようなユーモアでくるんでいないので、いやみな感じがするのが欠点と言えるでしょうか。


No.650 6点 死への旅
アガサ・クリスティー
(2013/09/30 23:45登録)
『葬儀を終えて』『ポケットにライ麦を』等ほとんどがポアロ、ミス・マープルものだった時期にしては珍しい、ノン・シリーズのエスピオナージュです。
ヒロインは人生に絶望して自殺をしようとしていたところを、スパイになることを勧められるという、どう考えても無茶な設定で始まり、どうなることかと危ぶまれたのですが、その後はなかなかおもしろくできていました。もちろんアンブラーやル・カレみたいなシリアス派ではなく、嘘っぽさが楽しい娯楽スパイです。ほとんど最後までは、いかにもなパターンの「意外性」連続で、黒幕だのある登場人物の正体だの、やっぱりねという感じで、にやにやしながら気楽に読んでいったのですが…
最後の最後に、クリスティーらしいとんでもない意外な結末を付け加えてくれていました。しかも、パズラー系のフェアさとまでは言えなくても一応伏線は張ってあるのです。

1509中の書評を表示しています 841 - 860