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ミステリの祭典

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殺戮の天使

作家 ジャン=パトリック・マンシェット
出版日1996年12月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 9点 クリスティ再読
(2018/09/24 21:50登録)
さて翻訳のあるマンシェットでは評者はラストになる...実はあまり期待してなかった作品なのだが...いや、これ凄いよ。文章がちょっと鬼気迫ってる。「殺しの挽歌」→本作→「眠りなき狙撃者」の執筆順だから、最後から2つ目の作品になるのだが、文章は本作でもう「眠りなき狙撃者」のソリッドさが実現されていると思う。削ぎ落とし、という面ではもう完成していて、「眠りなき狙撃者」では「削ぎ落としたあとに何が広がるか?」だったわけだが、本作では削ぎ落とした単語の間から、マンシェットのヒロインへの愛が噴出する、というトンデモない作品である。
文章のハードさに負けないくらいに、お話もハード。主人公の女性エメは殺し屋。ただし鉄砲玉としてただ殺す、という道具ではなくて、「殺し」の自営業者みたいなものだ。その「営業」はリアルで、身なりを変えては田舎町に滞在して、町の有力者たちのいざこざを陰で煽って、「殺し」を持ちかけて金を頂く、というビジネスだ。「チャップリンの殺人狂時代」に近いテイストを感じる。
もちろんマンシェット。一切の妥協のない客観描写で、プロセスを機械の眼で見つめていく。ここには美化が一切ない。気取りも皮肉もない。あくまで目的に向けて駆動する冷徹なマシンと自らを律し、自らを使いこなしてみせるヒロインがいるだけだ。だからこそ、そのターゲットとなる町の旦那衆方は、お気楽で低俗で曖昧な連中にしか見えないのだ。ヒロインは新しい魚市場の冷蔵装置が壊れていたことから起きた食中毒事件を利用して、港町の有力者たちのいざこざを仕掛けていく...
さあ、狩りの時間である。しかし想定外の事件が起きて、ヒロインは旦那衆と正面衝突することになる。

エメの姿は闇に沈んで見えなかった。もし見えたとして、美しい姿とは言えなかった。いや、あるいはむしろ、これこそ美しい姿だというべきか。それは趣味の問題である。

クライマックスのさなかで突如ギアが切り替わる。読者はその突然のギアの切り替えで頭をブツけるだろう。作者が乱入して正面衝突するのだ。この作者はヒロインに負けないくらいに、狂っており、愛に満ちている。だから本作はこの破調において真に感動的なのだ。そして「聖テロリズム」としか言いようもないラストを迎える。

ハイヒールを履き真紅のイブニングドレスを着たエメは、傷一つない驚くべき美しさを湛えて、モンブランの山塊の斜面にも似た雪の斜面を足取りも軽く登っていった。「淫蕩にして冷徹な女たちよ、この書物をあなたたちに捧げる」(カッコ内ゴシック)

追記:マンシェットは訳が出てるものはコンプ。6冊だから楽なものだけど、いや評者総ツボで本当に大好き! 「危険なささやき」以外は全部オススメですが、わかんない人は死んでもわかんない、というタイプの作家だと思います。

No.1 5点
(2014/02/13 23:41登録)
フランスのミステリは、メグレ・シリーズを始め短めのものが多いですが、本作は中編と言っていいでしょう。女殺し屋を描いた作品だというので、全編にわたって次から次へと冷血に殺人を繰り返していく話かと思っていたら、全然違っていました。第1章こそ、突然獲物の前に現れてあっさりと撃ち殺すという、非情なクライム・ノベルらしいオープニングですが、その後しばらくは、過去における殺人が説明されはするものの、彼女が新しく来た町で、町の「金持ち」たちが紹介され、仕事のあたりをつけていく過程が描かれていくのです。そして2/3ぐらいのところでやっと起こる殺人の顛末とその直後の彼女の行動は、予想外で困惑させられます。
しかしその後はまさにタイトルにふさわしい急展開になってきます。救いのない結末で、それは最初から当然だろうとは思っていたのですが、それにしても最後の1ページの文章には、また困惑させられてしまいました。

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