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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1505件

プロフィール| 書評

No.705 5点 夜に目覚めて
ブレット・ハリデイ
(2014/05/18 22:33登録)
本作は日本で初めて翻訳されたブレット・ハリデイだそうですが、早川書房、よくもこんな異色作を1回目に選んだものです。まあずいぶん前に『死の配当』を読んだだけの作家なので作風を把握しているとは言えないのですが、
マイケル・シェーン・シリーズ第25作記念で、ハリデイ本人が登場して殺人事件に巻き込まれる話であることは前から知っていたのですが、設定の意外性はそれだけではありませんでした。作中のハリデイに作家志望の女性が書きかけの原稿を見てもらうのですが、その内容が実際に自分自身経験した事件を基にしているというのです。で、その作中作は心理サスペンス調で、全体の1/3近くもあります。
全体の6割ぐらいでマイケル・シェーンが登場してからは、やっとハードボイルドな捜査が開始されますが、前半の作中作では文体を変えるなど、全体的にはあまりハードボイルドらしくありません。


No.704 4点 ウインター殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2014/05/14 23:49登録)
ヴァン・ダインの第12作は創元推理文庫版で150ページぐらいですが、「まえがき」にも書かれているように、小説としての体裁だけは整えているものの完成形ではなく、登場人物の性格付けや情景雰囲気を描きこむ前の段階です。
今回久々に再読してみると、犯人の意外性とか全体的な事件構造は悪くないと思いました。ただしこの段階では、小説としての盛り上げ等の面白さに欠けるのはともかく、ミスディレクション用登場人物の扱いも、本来の目的を達成できていません。まだ小説としての体裁もできていない梗概段階だったクイーンの『間違いの悲劇』がそのような効果をすでに意識した作りだったのと比較してみると、ヴァン・ダイン流の小説作法が窺えます。
有名な20則と、本名で1927年に発表された「推理小説論」が付いていますので、これらの主張と上述の小説作法を考え合わせてみるのも、一興でしょう。


No.703 6点 橋本五郎探偵小説選Ⅰ
橋本五郎
(2014/05/10 11:20登録)
1926年のデビュー2作『レテーロ・エン・ラ・カーヴォ』(英訳すればLetters in the Cave)・『赤鱏のはらわた』からは、アイディア、ブロットよりも語り口で読ませる作家かなという印象だったのですが、その後は様々なタイプの作品が並んでいて、全16編、楽しませてくれました。
『青い手提袋』が構成的には最も正統的な謎解き系ですが、論理的不備が多いのが気になりました。トリック小説としてなら『疑問の叫び』、『撞球室の七人』がまとまっていますが、この2作も全体的構成は古典的作法から逸脱したところがあります。
奇妙な味系『地図にない街』、心理サスペンス『眼』等も悪くありませんが、『探偵開業』、『ペリカン後日譚』の2編のとぼけたユーモアがこの作者の持ち味を最も発揮できていると思えました。歴史もの『美談の詭計』の皮肉な結末も印象に残ります。
巻末の解題にも書かれていますが、大下宇陀児と多少の共通点も感じさせます。


No.702 7点 沈黙のセールスマン
マイクル・Z・リューイン
(2014/05/07 00:09登録)
次作『消えた女』では間近な問題となっていた事務所兼自宅のある建物取り壊しは、本作でもすでに予定されていたんですね。今回の話に華を添えるのはサム。アルバート・サムスンの娘(の愛称)です。12年ぶりの再会という設定で、私立探偵の認可も受け(簡単に受けられるものなんですね)、助手を務めることになるのですが、なかなかチャーミングに描かれています。
そういった華だけでなく、本作では事件そのものも病院の研究施設を舞台に、おもしろく仕上がっています。悪役はほとんど最初からわかっているのですが、事件の蔭に隠されていた秘密は意外で、途中でその一端を明かしてみせた後のひねりなど、良くできていると思いました。
むしろソフトボイルドな探偵サムスンが、自分自身でその行動に「愕然としていた」というほど彼らしからぬ無茶なことをしてくれるシーンもあります。


No.701 5点 ちがった空
ギャビン・ライアル
(2014/05/02 13:48登録)
ライアルの第1作はやはりパイロットを主人公にした航空冒険小説、というかこれまで読んだ3冊の中では最も冒険小説らしい作品でした。ラストに向けての嵐の中の飛行など、さすがに迫力があります。また整理があまりよくないとはいえ、様々な意外性も用意されていて、ミステリ要素も盛り込まれています。ただし主人公自身も含めて、登場人物たちの思考・行動にどうも納得できないところがあるのです。大量の宝石を巡る争奪戦というのがストーリーの骨子ですが、その正統な持ち主であるパキスタンの藩主にしても、資産に比べて考え方がけちくさすぎて、リアリティーが感じられません。
邦題は、最後の方で主人公の「空のまちがった側にいた」という台詞が出てきて、これが基になっているわけですが、タイトルとしては意味不明でしょう。思い切って「違法空域」とでも訳せば、わかりやすいのですが、それでは森村誠一っぽくなってしまうかな。


No.700 9点 白昼の死角
高木彬光
(2014/04/29 17:03登録)
ある意味困ったことに、最初に読んだ高木彬光作品が本作でした。名作であることは間違いないのですが、この作家としては特に例外的な作品ですので、しばらくは作風に対する誤解をしていたのです。
確かに様々なジャンルへの挑戦を続けた巨匠ではありますが、少なくとも有名な他の作品は社会派であれ歴史ものであれ、基本的には論理的な謎解き要素を持ち、真相を明らかにしていくという構図を保持していました。ところが本作は詐欺師の視点から描かれた戦後の経済状況変遷史とも言えるほどで、ほとんどドキュメンタリー的な迫力を持った大作です。その意味では犯罪者を主人公とはしていても、作中でも比較されるルパンなどの冒険小説系とは一味違います。松本清張の『眼の壁』をミステリとしては絶賛しながらも、はるかに巧妙な詐欺の手口をお見せしようと宣言するプロローグも、リアリティーを演出する手段でしょう。


No.699 6点 クロフツ短編集1
F・W・クロフツ
(2014/04/24 22:55登録)
殺人犯人のミスに「事前に気づけば読者の勝ち、気がつかなかったら、著者の勝ち」と作者前書きに記された、21編の短編集です。この前書きからもわかるとおり、ほとんどが倒叙もの。ただし『新式セメント』だけは通常の謎解きになっていて、実は個人的に最も気に入ったのもこの作品です。1編がほぼ14~5ページ程度の掌編に近い作品ばかりですが、動機や犯人の心理描写もそれなりに描かれていて、なんとか推理パズルというだけではないレベルには達しています。語り口も、犯人の一人称形式にしたり、フレンチ警視の回想形式だったりと変化をつける工夫もしています。また前書きにもかかわらず、そんなミス、わかるわけないと思えるものもありますし、特に読者に挑戦した形になっていないものもあり、なかなか楽しめました。
犯人の「ミス」についての出来栄えでは、『薬瓶』、『写真』『ブーメラン』あたりがいいと思いました。


No.698 7点 スピレーン傑作集1/狙われた男
ミッキー・スピレイン
(2014/04/20 23:18登録)
5編を収めたスピレインの中短編集ですが、マイク・ハマー登場作はありません。
最初の『狙われた男』は140ページ近くある中編で、マイク・ハマーものよりも正統ハードボイルドに近い印象で、『赤い収穫』と似たところがあります。恋愛劇は通俗的ですが、最後のひねりもうまく決まっていて、傑作と言っていいでしょう。
次の70ページ程度の『死ぬのは明日だ』も同じようなタイプですが、冒頭にクライマックス部分を置いて、その場面に至る事件の顛末を語っていくという手法がとられています。これも相当な出来栄え。
他の3編は短い作品で、まず『最後の殺人契約』は伏線が露骨すぎてオチの丸見えなのが冴えませんが、『高嶺の花』は逆に意外なオチを用意した「奇妙な味」系と言ってもいい、ハードボイルドとは無縁の作品。犯罪実話『慎重すぎた殺人者』は地味なドキュメンタリーと、スピレインの意外な作風の幅を堪能させられました。


No.697 5点 浅草殺人風景
中町信
(2014/04/16 23:23登録)
中町信の作品というので、冒頭1行目、いや第1章見出しから疑いの目を持って読み始めたのでしたが、本作にはそんなお得意の叙述トリックは使われていませんでした。中心となるのは第2の事件のダイイング・メッセージで、最後に解説されてみると、なるほど、さすがにそのような形にした理由には説得力がありました。もう1つ手紙のトリックは、作中で披露された時点ではフェアな書き方とは言えないのですが(その時点で手がかりを読者に示す書き方もできなくはないでしょうが、不自然になるでしょうね)、最終解決の前に解説してしまうという手で批判をかわしています。
過去の事件とのつながりや動機もきれいにまとめていて、謎解き要素は小味ながらもなかなかのものだと思いますが、ストーリー展開はあまりおもしろさを感じさせませんし、舞台となる浅草の風物紹介も少々わざとらしく、小説としては平凡な印象でした。


No.696 5点 大いなる幻影
カトリーヌ・アルレー
(2014/04/13 10:39登録)
実はアルレー初読。この作者の、あらすじを読む限り典型的な二時間サスペンスっぽい印象に、今まで食指が動かなかったのでしたが、まあそれでも食わず嫌いのままでもいけないかなと、読んでみたのでした。
しかし、本作はアルレーにしてはどうやら珍しいタイプだったようで、完全にクライム・コメディーです。しかもクライム-犯罪と言っても殺人や強盗等の凶悪犯罪ではなく、遺産の不正取得というだけ。アメリカの伯父さんが残した遺産というのですから、ベタな設定もいいところです。文章も明らかに笑わせを意識した書き方で、最初に読むべきアルレー作品でないのは確かなようです。
そんな本作、思いがけない障害や、遺産取得作戦などユーモラスな展開はなかなか楽しめたのですが、最後5ページぐらいで突然訪れるオチだけは、いくら何でも平凡すぎました。もうちょっと意外な締めくくりはなかったのかなあ。


No.695 7点 レイクサイド・ストーリー
サラ・パレツキー
(2014/04/06 21:59登録)
サラ・パレツキー第2作の原題は”Deadlock”。普通の訳だと「行き詰まり」で、ピンときませんが、半ば過ぎで起こるド派手な事件の舞台である五大湖で大型船を通すための閘門(Lock)の意も持っています。その閘門がしばらくは使えなくなるほどの事件ですから、Dead の言葉にも納得。
今まで読んだこの作者の4冊の中では、そんな大事件の他にも何件もの殺人が連続する最もスケールの大きい話です。ただし最初のうちは、ヴィクのいとこの事故死として片付けられようとしていた死について、そのいとこのマンションが荒らされ警備員が殺される事件が起こったことで疑念が生じる、というかなり地味なすべり出しです。そこから派手に盛り上げていくプロットは、充分楽しめました。
ただ、連続する事件の関連を否定してすべてを偶然で片付けようとするボビー・マロリー警部補にだけは、今回は登場を控えてもらいたかったですね。


No.694 5点 倉敷・博多殺人ライン
深谷忠記
(2014/04/01 23:53登録)
トラベル・ミステリーと言えば西村京太郎や内田康夫がまず思い浮かびますが、本作を読む限りでは、深谷忠紀の方がそう呼ぶにふさわしい内容になっていると思いました。
タイトルの地名のうち博多の方は、事件の発端に多少関係があるという程度ですが、殺人現場となった倉敷については大原美術館を中心とする美観地区が何回かに分けてかなりじっくりと描かれていますし、他にも事件に関係する西多摩郡檜原村、青梅市の御岳渓谷などの風景にも筆を費やすことのできる話の運びにしていて、ほとんど観光案内的とも言えそうです。
かなりの数にのぼるらしい壮と美緒シリーズの1冊で、美緒には「宇宙人」と言われるかなり茫洋とした名探偵役黒江壮の推理はなかなかていねいです。殺人事件とミステリの盗作疑惑との関係はちょっと肩すかしな感じがしなくもありませんし、謎解き的には特筆すべき点はありませんが、そこそこ楽しめました。


No.693 6点 O探偵事務所の恐喝
ジョルジュ・シムノン
(2014/03/29 12:36登録)
3編を収めたO探偵事務所事件簿の最終巻。
最初の『エミールとミンクのコート』は、事件をほとんどいやいや引き受けたトランス元刑事所長も言うとおり、雲をつかむような話から始まるところに、まず興味を引かれます。これまでにも感じられたグルメ志向が本作では顕著で、ベルギーの名物料理(シムノンはベルギー出身)が次々出てきて、そんな謎解きとは関係ない部分がかなり楽しめる作品になっています。その謎解きは、おいおいと言いたくなるような偶然が契機になって転がりだし、それなりの決着となっていました。
次の『不法監禁された男』は、監禁された人を救出できるかどうかのサスペンスが中心となる作品。
そして最後の表題作は、トランスの涙もろいところがクローズアップされ、O探偵事務所の所員たちみんなに華を持たせる、最後を飾るまさに大団円と言うにふさわしい結末で、鮮やかに締めくくってくれました。


No.692 8点 アシェンデン
サマセット・モーム
(2014/03/23 14:15登録)
本作は1928年にモームが書いたシリアス・スパイ小説の元祖として有名ですが、タイトルの意味は知りませんでした。主役の秘密諜報部員の名前だったんですね。
驚かされたのは、アンブラーやル・カレのような「スパイ・ミステリ」ではないということです。モーム自身『人間の絆』等を書きながらスパイとしても活動した事実を元にした、あるスパイの経験談といったところで、いくつかのエピソードを重ねて、一応長編仕立てにしてあります。そしてそのエピソードの中には、彼のスパイ活動そのものとは関係なくて全然ミステリになっていない話もかなり多いのです。ただ、連作短編集的長編という小説構造は、ほぼ同時期のクリスティーのスパイもの『ビッグ4』『おしどり探偵』と共通します。
ミステリと言えるかどうかはともかく、バラエティに富んだ小説としての味わいは、さすがモームとうならされました。


No.691 7点 天狗の面
土屋隆夫
(2014/03/21 00:06登録)
後年の土屋隆夫を読んだ後では、この人こんな作品も書いていたのかとびっくりします。鮎川哲也の鬼貫警部ものを多少地味にして(ただし時刻表アリバイではありませんが)特に動機に叙情性を加えたようなシリアスな作風というイメージだったのですが、この長編第1作は最初から軽妙ユーモラスな味わいがあるのです。作者が住んでいた長野の小さな村を舞台にして、作者自身が「戯画化」という言葉を使っているそうですが、最初から読者への挑戦めいた文を入れるなど、遊び心のある作品になっています。なんとなく横溝タッチを思わせるところさえありますが、一方で最後の犯人の行動など、後年の作品につながるものも感じられました。
謎解き的な観点からは、手がかりを読者に明確に披露するということでは、クイーン以上とさえ言えるでしょう。特に風の件に関してはいくら何でも丁寧すぎると思いますが、その明瞭さが魅力でもあります。


No.690 5点 丸裸の男
ジョルジュ・シムノン
(2014/03/16 15:54登録)
O探偵事務所の事件簿第3巻に収録されている4編中、事件調査を依頼されて始まるのは最後の『ミュージシャンの逮捕』だけです。それさえ、所長のトランス元刑事の知人であるミュージシャンが逮捕されそうだと緊急の助けを求めてきたものです。この作品の真相は最初から明らかなのですが、証拠隠滅を図ったとしてトランスがパリ警視庁局長に呼び出しをくらい、冷や汗をかくことになるという、サスペンス系な展開です。
最初の表題作は有名な弁護士が一斉取り締まりで検挙された連中の中にいることにトランスが気づく、という出だしは魅力的ですが、解決はまあまあ程度。次の『モレ村の絞殺者』が同名を名乗る二人の老人が同夜に絞殺されるという冒頭の謎も、その謎解きもよくできています。ただし、かなり複雑な事件なので、もっと長くした方がよかったでしょう。『シャープペンシルの老人』は、まあこんなものかな、という程度でした。


No.689 6点 女の顔を覆え
P・D・ジェイムズ
(2014/03/11 23:18登録)
本作が初読の作家ですが、P・Dがフィリス・ドロシーの頭文字であることを知るためには、疑問を持って調べなければならないでしょう。本作の巻末解説にも書いてありません。
さて、その「ミステリの新女王」の第1作ですが、巻末解説ではロマンス作家クリスティーと比較して、作者がリアリストであることを強調しています。でも、どうなんでしょうね。まあ、世代の違いは感じさせられます。田舎地主の館を舞台にしているとはいえ、まず被害者が住み込みのメイド1人だけだということ、またそのメイドの考えていることがつかみにくいこと等、明らかに古典的パターンから外れています。
謎解き的には、様々な偶然の出来事が重なって真犯人がわかりにくくなっていたことが、最後に明らかにされていくところに、感心しました。また殺人動機は非常に納得できるのですが、明確に分類定義できるようなものでないのも、おもしろいところです。


No.688 8点 罪火
大門剛明
(2014/03/07 23:25登録)
横溝正史ミステリ大賞を獲った『雪冤』はひねり過ぎの感はありながらも、読み応え十分な作品だったので、第2作も期待して読み始めたのでした。ところが非常にシンプルに、殺人者の視点と探偵役の視点を切り替えていく犯罪小説(倒叙とはちょっと違うと思います)になっていて、意外な気がしました。ただし第1作が冤罪を扱っていたのに対して今回は修復的司法という、やはり犯罪者対被害者の関係を多角的に考えていく作者の真摯な態度は健在です。
プロットも一筋縄ではいかない作者であることを意識していると、冒頭章、そして途中に、明らかに伏線だなとわかる記述がありますし、殺人者の視点から書かれたある部分に違和感も覚えるのですが、その意味が分からないままに読み進んでいくと、最後にはこんな意外性もあるのかと驚かされました。ある意味クイーンの某中期作品にも通じる気持ちを味あわせられた作品です。


No.687 6点 老婦人クラブ
ジョルジュ・シムノン
(2014/03/04 23:02登録)
赤毛のエミールが活躍するO(オー)探偵事務所の事件簿シリーズ第2巻には、3編が収録されています。
最初の『むっつり医者と二つの大箱』では、メグレもの常連のリュカ部長刑事がこのシリーズでは初登場して、司法警察での容疑者尋問という、それこそメグレものでは毎度おなじみのシーンも出てきます。この作品は、3編の中では最も正統的な謎解きパターンと言えるでしょう。真相はごく単純ですが、タイトルの医者のキャラクターが際立っています。
『地下鉄の切符』は探偵事務所を訪ねてきた男は既に瀕死の状態で、ダイイング・メッセージを残して死んでしまうという、期待を抱かせる発端ですが、解決は今ひとつでした。魅力的な発端と言えば、『老婦人クラブ』も奇妙な事件で、「犯人」は最初からわかっているホワイダニット系作品です。エミールが過去に会ったことのある人物が登場したりして、展開の意外性があり、なかなか楽しめました。


No.686 6点 真昼の翳
エリック・アンブラー
(2014/02/27 23:01登録)
1964年のエドガー賞を受賞した作品。ただし、アンブラーの代表作の一つとは言えなさそうです。全体的な出来ばえも、特に優れているとは思えないのですが、それよりリアリズムなスパイものを得意とする作者にしては、ポケミス版あとがきにも書かれているように意外な一面を見せてくれた作品だからです。
アンブラーらしい丁寧な文章がなければ、コメディと言ってもいいようなところがかなりあります。特に謎の一味に対する潜入捜査を余儀なくされた小悪党の主人公が最後になんとか窮地を脱するシーンは、こんなことで決着がついてしまうのかとあきれるくらいすっとぼけています。本作の映画化である『トプカピ』は見ていないのですが、一般的にはコメディ・サスペンスと評されているようです。ただし映画では粗筋を読む限り、原作で意外性演出に使っていた一味の秘密計画を、最初から明かしてしまっています。

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