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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1505件

プロフィール| 書評

No.905 6点 伯母殺人事件
リチャード・ハル
(2016/09/26 22:30登録)
久々に再読してみると、意外に倒叙していたんだなと思いました。ここで「倒叙」というのは、もちろんただ犯人の視点から書かれた小説ということではありません。それだけなら、たとえば本作の前年1934年に発表された『郵便配達は二度ベルを鳴らす』だってそうですし、その手の犯罪者の肖像を描いた小説はJ・ケイン以前にもずいぶんあります。ジャンルとしての「倒叙」は謎解きミステリを通常とは逆の犯罪者の立場から描いたものということなわけですが、ただ本作では、最終章で主人公がどんな犯行の証跡を残していたかということを語るのはソーンダイク博士やコロンボのような名探偵ではありません。読者にその結末を悟られにくくするためには、目次はない方がよかったでしょうね。
主人公のエドワードだけでなく、伯母もまたあまりお近づきにはなりたくない人物ですが、巻末解説によれば、そのような人物を描くのが作者の好みだそうです。


No.904 4点 餌のついた釣針
E・S・ガードナー
(2016/09/22 09:41登録)
ペリー・メイスンにはさまざまな依頼人がありますが、本作の依頼人は仮面をつけていて一言もしゃべらず、正体が全く不明という状態(実際に話をするのはその仮面の女に付き添う男ですが、彼もまた最初は偽名でメイスンを真夜中に呼び出します)、さらに依頼内容さえ明かされないままの依頼なんていう、とんでもない話です。メイスンがそれを受諾したのも、怪しげなところに興味を持ったからでしょう。
で、当然のごとく殺人が起こるわけですが、今回はなかなか逮捕者が出ません。そのうち謎の依頼人が誰であるかも判明し、8割近くになって、やっと逮捕が行われます。その後が目まぐるしい展開になり、恒例の法廷場面はないまま決着を迎えるのですが、さすがに急ぎすぎ、詰め込みすぎで、全体のバランスを崩しているとしか思えません。メイスンが逮捕されそうになる証言は省いた方がすっきりしてよかったのではないでしょうか。


No.903 5点 ハンプティ・ダンプティは塀の中
蒼井上鷹
(2016/09/18 13:05登録)
塀の中と言っても刑務所ではなく留置場、つまり起訴前の人が入れられる所です。ハンプティ・ダンプティはもちろん、『僧正殺人事件』以来ミステリには縁の深いマザー・グースからの引用で、一応の探偵役マサカさんのこと。この人、他の被留置者からはゆでたまごみたいと言われているのです。
5編からなる連作短編集で、レギュラーは4人、そこへ他の人が同じ留置室に入ってきて、というのが第4話までのパターンです。最初の『古書蒐集狂は罠の中』は4人目のレギュラー(「おれ」)と前の人との交代ということになるのですが。
第4話が特に意表を突く結末でおもしろく、第2話の叙述形式も全編読み終えてからなるほどと思える構成で、なかなか楽しく読めたのです。しかし最終話は、その冒頭で明かされる設定もあまり好きになれませんでしたし、推理がごちゃごちゃしすぎで断定に論理的欠陥もあり、がっかりでした。


No.902 4点 大いなる賭け
ロジャー・L・サイモン
(2016/09/14 22:54登録)
ユダヤ人私立探偵モウゼズ・ワインのシリーズ第1作。
最後の方、事件全体の整理がよくできていないと思いました。事件を決着させるある人物の登場など唐突すぎますし、そこにいた経緯も不明瞭です。黒い影になっていたその人物の名前はすぐに書かれますが、彼の顔を、ワインは知らないはずですしね。その後の警察での収拾も、結局事件をどう取り扱うことになるのかあいまいなままです。砂漠の中の緑地にまで行ってくる部分も、そこを読んでいる間はハードボイルドらしい雰囲気でおもしろかったのですが、後から振り返ってみると、そんな遠くに設定する必要はなかったのではないかと思えます。だいたい、悪役もその動機なら重罪の犯罪などしなくても、効果的な手段はあったでしょう。
複雑な事件を手際よくまとめ上げる緻密さはなさそうな作家なので、むしろパーカーみたいに事件をシンプルにした方がいいのではないでしょうか。


No.901 5点 人形の夜
マーシャ・マラー
(2016/09/10 09:33登録)
1977年に発表された、シャロン・マコーン・シリーズの第1作です。講談社文庫では作者名がマーシァ・ミュラーとなっていますが、たぶんこれが本来の発音には近いのではないでしょうか。
真相への伏線を張るためにかなり無理やりなことをしていて、その部分を読みながら、シャロンのこの行動は後で何か意味を持ってくるのだろうかと疑問を持ったものでした。しかしグレッグ・マーカス警部補に妙な場所で出会うところは、ご都合主義的な偶然だなと思ったのが、これまたクライマックスである事実が明かされるための伏線になっていたのは、意外でした。そんなわけで、不自然さがあるという意味では完成度は決して高くないのですが、瑞々しさは感じられ、それなりに楽しめました。
それにしてもどちらも頑固なシャロンとグレッグ、キスはしたものの、今後つきあっていくのは大変そうだな…


No.900 8点 悪魔の手毬唄
横溝正史
(2016/09/06 21:54登録)
言わずと知れた横溝正史の代表作のひとつ。久々に再読したところ、最初に読んだ時以上に楽しめました。いや、楽しめたというより、じっくり味わえたという感じがします。
プロローグで放庵による「鬼首村手毬唄考」を紹介し、読者にだけは連続殺人の見立ての意味をあらかじめ知らせておくという構成がとられています。以下、少々乱暴な私見ですが…その古い唄に出てくる3人の娘がちょうど犯人が殺したかった3人に一致したというのは、あまりに偶然すぎるように思えます。しかし、これは放庵が書いたものですから、途中で五百子婆さんが歌うものと違った部分があることを考えると、3番は実は1・2番で歌われる娘の偶然を利用した、放庵の創作かもしれず、だとすると偶然性はかなり軽減されます。五百子婆さんは実際には放庵の文章全体を自分では読んでいないのですから、この説も否定できないと思われます。


No.899 6点 検屍官の領分
マージェリー・アリンガム
(2016/09/02 21:44登録)
タイトルにもかかわらず(原題 "Coroner' s Pidgin"。pidginは仕事のこと)、検屍官が登場する場面は最後の方5ページもないぐらいです。
本作ではキャンピオンが最初から活躍しています。彼が風呂に入っている時、偶然彼の家に死体が持ち込まれるという冗談みたいな冒頭から、話はもつれていき、戦時下、ドイツが裏で糸を引いている大規模な連続文化財盗難事件も絡んできて、検屍官が登場する最終章の前までは、実におもしろかったのです。
しかしその最終章での解決はあっけなく、もうちょっと盛り上げられなかったのかなという気もしました。その検屍官のセリフによる解決はキャンピオンが演出したはずですが、それも前章の終りからそうであると推測できるだけで、直接的な描写は全くないというさりげなさです。事件解決後に明かされるカラドス侯爵の不可解に思えた行動の理由については、なるほどと思わせられました。


No.898 6点 水晶の鼓動
麻見和史
(2016/08/29 23:07登録)
殺人の起こった家の各部屋の壁や床がラッカースプレーで赤く塗りつぶされていたという発端の謎は、なかなか魅力的ですが、その解決はというと、犯人の条件に着目した点は評価したいものの、これでは犯人が警察の鑑識能力を見くびりすぎです。その他にも「麻布図書館2北」の手がかりは、被害者が単なるメモに自分がよく心得ていることをそんなに詳しく書くはずがない(「麻布」だけでも十分)ですし、「T→K」も当人たちには当然のことなので、これらは警察にわざと見せるために残されたものではないかと疑ったのですが、普通に本当の手がかりでした。
そんなわけで、論理的精密さには不満もありますし、決定的手がかりを読者に明示していないのですが、連続殺人と連続爆弾テロ事件とを組み合わせた(モジュラー型ではない)派手な警察小説としては、ユーモラスなところもあり、なかなか楽しめました。


No.897 6点 ミッドナイト・ブルー
ロス・マクドナルド
(2016/08/25 18:13登録)
『ロス・マクドナルド傑作集』のタイトルで出ていた時に買って読んだのを、このたび再読しました。中短編5編の他に、評論『主人公(ヒーロー)としての探偵と作家』、さらに訳者の小鷹信光による20ページ以上もの解説が付いています。
ロスマクはハードボイルドの中でも本格派っぽいとされることが多いようで、実際真相は論理的に構築されていて意外性もあります。しかしハメットが、真相を示唆する手掛かりをあらかじめ用意しているのに対して、ロスマクは捜査を進めていくうちにもつれた謎が自然にほぐれてくるという構成になっています。このほぐし方が、長編の場合だと最後の方で鮮やかに決まるのですが、短い作品だと性急な感じになってしまうのです。
収録作品の中でも、特に『追いつめられたブロンド』はこの欠点が目立つ作品で、当然逆に中編の『運命の裁き』(長編『運命』の原型)が最もよくできていると思いました。


No.896 6点 ウィッチフォード連続殺人
ポーラ・ゴズリング
(2016/08/21 14:24登録)
初期はスリラー、サスペンス系を書いていたゴズリングですが、本作はイギリスの田舎町を舞台にした連続殺人を警察が捜査するという、いかにもイギリス謎解きミステリらしい作品です。
登場人物の一人がミステリ・ファンという設定ですが、ポアロとかH・M卿の名前がちょっと出てくるくらいです。ミッシング・リンク・タイプとも言えますが、ABC理論を引き合いに出すような読者への目配せもありません。アボット主任警部も、犯人はすべて同一人物なのか、模倣犯なのか決めかねています。
実のところ、真犯人を示す伏線は不足していますし、最後はジェニファーが犯人に襲われて辛くも助かり、そこで犯人の正体がわかる推理不要の段取りになっています。しかし、コージーやサスペンスに分類するには警察による捜査が主ですし、犯人の意外性、トリックにも気を配っているので、とりあえず本格派ということで。


No.895 6点 内海の輪
松本清張
(2016/08/17 16:16登録)
表題作と『死んだ馬』の犯罪小説2編を収録。
連作『黒の様式』第6話として最初『霧笛の町』のタイトルで書かれた表題作は文庫本で200ページぐらいの短めの長編です。瀬戸内の町を巡る半分ぐらいまでは、こんなに長くする必要があるのかなと思っていたのですが、その後主人公にやっと殺意が芽生えてきてからは、ここまで引き延ばしているからこその作品だなと思えました。『古代史疑』等を著した作者らしく、遺跡発掘もストーリーに絡んできて、そこから(当然そうなるんでしょうねという感じではありますが)ある偶然が警察の疑惑を引き起こすことになります。最終的な証拠については、最初の方に出てくるのが鮮やかに決まりますが、その部分を読んだ時何となく伏線じゃないかと予測できました。
中編『死んだ馬』は悪女と、彼女に翻弄される才能ある建築設計家を描いた犯罪小説で、まあまあといったところでしょうか。


No.894 6点 死体は沈黙しない
キャサリン・エアード
(2016/08/13 23:43登録)
エアードは、訳者あとがきでは、アガサ・クリスティーの後継者という評価のある作家とされているとのことですが、本作を読む限りでは、むしろ違いの方が目立つ感じを受けました。基本的にフーダニット作家であるクリスティーに対して、本作では犯人の意外性にはこだわっていません。それよりも、糖尿病で死んだ老婦人に莫大な遺産があったのはどうしてなのかということが、最大の謎になったミステリです。事件の全体像は全然見えないままに、何となくこんなこともありそうだとは思っていたのですが。その老婦人を「糖尿病で殺す」アイディアもありますが、これは途中で明かされます。
作者の特徴とされているユーモアは文章表現にかなりの部分を負っていますが、ちょっと鼻につきます。クロスビー刑事の天然キャラは現実にはあり得ないだろうと思えるものの、結構気に入りました。


No.893 7点 非情の街
トマス・B・デューイ
(2016/08/09 23:18登録)
デューイが最初の作品 "Hue and Cry" を発表したのは1944年だそうですから、まさにハードボイルドの巨匠ロス・マクドナルドと同年デビューです。そしてシカゴの私立探偵マックのシリーズが始まるのは巻末解説では1953年となっていますが、英語版Wikiによれば1947年。
この探偵の名前については、本作には、「あなたの名前はそれだけなの?…ただの『マック』なの?」「どうも、たいへん個人的なことを質問するんですね」というセリフが出てきます。そんなことまできっちり書くのは、正義感あふれる社会派要素が強い固ゆでな作風のデューイらしいところかもしれません。それだけにロスマク等に比べると、文学的香りはさほど感じられません。
原題は "The Mean Streets"(最後にsが付きます)ですから、非情というより卑しいといった感じでしょうか。Theのないスコセッシ監督の映画とは無関係ですが、描かれる世界は同じです。


No.892 5点 ダウンタウンの通り雨
都筑道夫
(2016/08/05 23:14登録)
私立探偵西連寺剛を主人公とした収録3編のうち、表題作は中編で、他の2編は短編です。3編のうち最もハードボイルドっぽい感じがするのは表題作で、ハワイで失踪人探しをする話。途中で主人公が殴られたり、その後殺人まで起こったりと、いかにもな展開です。失踪事件の真相は長さのわりに3編中最もあっけない感じで、殺人の経緯も納得はできるものの特にどうということもないのが、不満でした。
『油揚坂上午前二時』は西連寺探偵の近所で起こったちょっとした出来事に彼が関係したことから始まります。結末のつけ方に味わいがある作品ですが、途中でタイトルの油揚坂についての蘊蓄が、この作者らしいところで、そこも楽しめます。
蘊蓄と言えば最後の『首くくりの木』では、この言葉についての歴史的考察だけでなく、チャンドラーの映画シナリオ『ブルー・ダリア』(そんなのがあるとは知らなかった)なんてことまで語られます。


No.891 6点
ボアロー&ナルスジャック
(2016/08/01 23:31登録)
中編2編が収録されています。最初の『譫妄』の方が長く、原書ではこちらの “Delirium” 方が本のタイトルになっています。殺人を犯してしまったほとんどアルコール中毒の建築家の一人称形式で語られる話です。その酩酊感とでもいうか、タイトルどおりの意識の混濁状態が独特な味わいを出しています。最後の方は、多少意外な展開になっていくとも言えますが、隠されていた真相は平凡でした。
『島』の叙述は三人称形式ながら、ほとんどが、生まれた島に久しぶりに帰ってきた男の視点から、『譫妄』とも共通する疑心暗鬼が描かれています。ただし本作の方は3/4近くまでは、ほとんど何も起こりません。最後になって突然このコンビ作家らしいミステリ的な展開になり、さらに意外なオチをつけています。ただ、真相の明かし方は不自然と思えますが、ではどうすればいいのかとなると、難しいでしょうね。


No.890 7点 狂った殺し
チェスター・ハイムズ
(2016/07/27 22:50登録)
チェスター・ハイムズ初読です。特に暴力的なイメージをなんとなく持っていた作家だったのですが、実際に読んでみると、そんな先入観とはかなり違った印象を受けました。最初の方の捜査部分は、ブロディ部長刑事の尋問に墓掘りと棺桶も立ち会い、普通に警察小説っぽい感じです。だいたいその主役コンビが刑事で、しかも警察組織の中で特に一匹いや二匹狼的存在というわけでもないのですから、ハードボイルドの基本パターンからは外れています。
少なくとも本作では墓掘りと棺桶の側からよりも、他の登場人物の視点から描かれた部分の方が多く、今一方の主役とも言えるジョニーの視点からの部分の方が、ハードボイルドな雰囲気です。20世紀半ばのニューヨーク市ハーレム地区に住む人々の生活感がたっぷり味わえるのが魅力的です。いや、謎解き的にもすぐその疑念を持ったとは言え、クリスティーあたりをも思わせる意外性がありました。


No.889 5点 奥上高地殺人事件
梓林太郎
(2016/07/23 13:18登録)
梓林太郎は、トラベル・ミステリ等によくある「○○殺人事件」のタイトルには必ずしもこだわっていないようですが、本作は死体発見から始まるパターンではないにもかかわらず、あえてこのようなタイトルにしたのは、なぜなんだろうと思ってしまいました。実際の内容は、北アルプスでの遭難らしき事件から、東京に住む女の誘拐へ、そして身代金要求の後、やっと起こる殺人で殺されるのは意外なことに…というものです。
そのようなストーリー展開はなかなかおもしろく読ませてくれます。文章力も手軽なエンタテインメントとしてはまずまずでしょう。しかし2つの殺人とも都合のいい偶然を利用し、さらにある登場人物が重要事実を隠していたのは、いただけません。結局、読み終えてみると、これは捜査側である道原刑事の視点よりも、他のある登場人物の視点を中心に書いた方がよかったのではないかと思えてしまいました。


No.888 6点 影の護衛
ギャビン・ライアル
(2016/07/19 22:50登録)
原題は “The Secret Servant”。明らかに secret service を思わせる言葉ですが、servant は公務員の意味。1980年に発表されたライアル8作目の本作は、前作『裏切りの国』以来5年ぶりに書かれた作品です。かなり寡作な作家であることは間違いありませんが、これほど間をおいたのはこれが初めてです。
それまで毎回主人公を変えていた作者が、マクシム少佐のシリーズを開始したということでも、注目すべき作品と言えるでしょう。作者初のスパイ小説とも言われ、確かにスパイも登場しますが、読み終えてみるとちょっとどうかなという気もしました。さらにこれまた作者として初めてなのが、三人称形式で書いた小説だということだそうです。実際のところ本作は一人称形式では無理なところがあります。 その無理な代表的部分が、第二次大戦中のアフリカでの戦争小説的部分です。この部分の迫力が最も印象的でした。


No.887 5点 とむらいは俺がする
ハドリー・チェイス
(2016/07/13 23:21登録)
タイトルの言葉は、主人公ニック・イングリッシュによって語られます。自殺とみられていた私立探偵だった弟の死が、次の事件が起こって殺人らしいとわかるのですが、その背後関係についてニックは公にしたくない事情があるため、警察には知らせずに「とむらいはおれがやる」ということになるのです。
チェイスらしく、殺人は次から次へと起こりますが、本作ではほとんどが悪役の単独犯です。この悪役には手下が2人いるのですが、どちらも殺人に直接手を貸すことはありません。主役のニックが成り上がりの金持で、さらに名声を求めているのに対し、悪役が徹底して冷酷であるが故の悪知恵を武器にするというのは、このタイプの小説の通常設定とは逆パターンなのが工夫でしょう。そんなこともあって、ジャンル的には、ハードボイルドとするかスリラーと見るか、迷うところですが、一応後者にしてみました。


No.886 7点 ペトロフ事件
鮎川哲也
(2016/07/09 15:50登録)
作者が子ども時代を過ごした戦前の満州を舞台としたこの長編第1作は、最初本名の中川透名義だったそうですが、現在読めるのはその後かなり改稿したもののようです。3人の容疑者全員にアリバイがあり、それらを次々に崩していく趣向は、参考にしたというクロフツの『ポンスン事件』との共通点を確かに感じさせます。
3人目の時刻表利用は作者の得意とするところです(というより本作がその第1弾)が、1人目と2人目のアリバイの絡み合い具合もなかなかうまくできていると思いました。角川文庫版で230ページ程度という短さの中に、それだけのトリックをつめこんでいるのもたいしたものですが、さらに満州の雰囲気もよく出ていますし、戦争批判を鬼貫と容疑者の一人とが語り合う(日露戦争を話題にしているのですが、)ところが書かれた時代の重みを感じさせるなど、小説としてもかなり充実した内容になっています。

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