空さんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:1530件 |
No.1110 | 5点 | 海の墓標 水上勉 |
(2019/07/29 23:29登録) 北海道根室半島の突端にある珸瑤瑁の村に住む男が、コンブ採りに出てソ連に拿捕されるという事件がプロローグに置かれています。地方の村、特に海浜の寒村を描くのが巧みな水上勉らしい雰囲気のある作品です。昭和37年11月から翌年12月まで雑誌掲載されたもので、この時期は作品内容と密接な関係を持っています。ソ連との間に漁業協定が結ばれたのが昭和38年6月で、連載中だったわけです。犯人逮捕に向かうラストはこの協定を受けて、当初の予定に変更を加えたものでしょう。小説のテーマとしてはうまく結びついていますが、そのため警察が多少間抜けな感じになり、また警察に協力した被害者の友人の存在意義が希薄になってしまっているとも言えます。 真相の大まかな部分は途中で見当がつくものの、証拠不足がネックという展開ですが、十善警部補がいつの間にか事件全容を解明してしまい、捜査過程が描かれていないのはいただけません。 |
No.1109 | 5点 | マクシム少佐の指揮 ギャビン・ライアル |
(2019/07/25 23:17登録) ライアルが1980年台になって始めたマクシム少佐シリーズの第2作です。 マクシム少佐がSAS(空軍特殊部隊)時代の部下から、困った事件の処理について依頼を受ける前、第1章で正体不明の女性ピアノ教師のことがちょっと描かれます。で、この人の持つ秘密が最終的には本作の謎の中心部分にあることになります。 まあその秘密は意外ではあるのですが、不満もあります。特にマクシム少佐が依頼の件を上司に報告した後開かれる会議は、出席者が多くて誰が誰やらわからなくなります。その会議もそうですが、最初のうちテンポが遅く、読みにくさを感じました。 冷戦時代、東西ドイツを話の中心にしたスパイ小説と言えば、ル・カレ等シリアスなものは大好きですし、逆に荒唐無稽なものも楽しめます。しかし本作は最後には派手なアクションを見せてくれるものの、全体的なバランスは今一つといった感じでした。 |
No.1108 | 6点 | 運のいい敗北者 E・S・ガードナー |
(2019/07/21 23:33登録) 冒頭に工夫を凝らしてくれることの多いシリーズですが、今回最初の依頼は、ひき逃げ事件裁判を傍聴して、意見を聞かせてくれというもの。ところがそれが実は殺人事件だったことが後でわかるというのは、まあよくある展開と言えるでしょう。 殺人事件裁判が始まった直後にメイスンが提示する法律上の問題点には、死体再調査の時点で疑問を感じたのですが、メイスンに指摘されるまで法律の専門家である裁判官や検事がそれに気づかないのは、あり得るのかなと思ってしまいました。これは他にも例があるアイディアですが、なかなかおもしろい使い方です。最終的な真相は、これも有名アイディアのヴァリエーションですが、手順にちょっと煩雑すぎるところはあるものの、かなり鮮やかに決まっています。 それにしても今回のバーガー検事は、ただ間抜け役を演じるために裁判の最後の方で登場するだけ。この人初期には厳格さが好感の持てる検事だったんですが。 |
No.1107 | 7点 | てのひらの闇 藤原伊織 |
(2019/07/18 23:06登録) 飲料会社の宣伝部課長堀江が六本木のバーの前の道で、酔いつぶれて寝ていたのが雨で目が覚める、というシーンから始まる作品です。その日、彼は部長と一緒に、会社の会長に呼び出されてある依頼を受けるのですが…という展開で、最初のバーがある建物も実は会長の依頼と関係を持っていることがわかってきます。このバーをやっているナミちゃんとマイクのキャラが実に楽しいのです。堀江の人物像も、彼の過去をかなり早い段階から少しずつ明かしていくことで、鮮明にしていきます。 しかし印象に残る登場人物と言えば、最初の方で会長の通夜に姿を見せた坂崎組長です。なんともクールで礼儀正しくかっこいい。もう1回、最後に彼は顔を見せなければならないはずと思っていたら、こういう登場の仕方でしたか。 しかし事件そのものは解決した後、翌日の最後の数行は、あまりにもベタに抒情的すぎるかなあ。 |
No.1106 | 6点 | ディミティおばさまと古代遺跡の謎 ナンシー・アサートン |
(2019/07/12 22:45登録) ディミティおばさまはミス・マープルの幽霊版みたいなものかしらと思って読んでみたのです。もちろんクリスティーみたいな大胆な欺しのテクニックは全然期待していませんでしたが。 ところがディミティおばさまは少なくとも本作については、全く探偵役ではないのです。双子が生まれて、育児にてんてこ舞いのロリの優しい相談相手ではああるのですが。おばさまは目に見える幽霊らしい幽霊ではなく、青い日記帳に文字を現すという方法で生きている人間とコンタクトするという設定は、楽しいとも言えますし、なんとなく物足らない気もします。 起こる事件は、村の牧師館からの古い図録盗難。あと、ロリが盗難事件について調査していると、宇宙人を見たという目撃者も出てきますが、これはどうでもよろしい。それより遺跡発掘にまつわる村のトラブルが最後にはすべて円満に解決するほのぼのした雰囲気を楽しめれば、それでいいのでしょう。 |
No.1105 | 7点 | ブラック・リスト サラ・パレツキー |
(2019/07/08 22:49登録) ハメットの名前が何回か出て来る作品です。ただしハードボイルド・ミステリの始祖としてではなく、1950年台前半「赤狩り」によって投獄までされた作家として言及されるのです。 発表されたのは2002年。前年9/11の同時多発テロに対して制定された「愛国者法」の考え方が、そのかつてのマッカーシズムと同じなのではないか、というのが今回の主要テーマで、タイトルも、容疑対象者リストの意味なのです。事件関係者の多くは「赤狩り」の告発者、被告発者両サイドにいた人たちで、その時代の秘められた過去が、現在の殺人事件を引き起こすという展開です。ゴールド・ダガーを受賞したのも、二つの時代を関連付けるテーマ性のゆえでしょう。 今回はヴィクの友人の医者ロティの出番はごくわずかですし、隣人ミスタ・コントレーラスもほとんどヴィクの身を案じるだけの役割(最後には彼の人柄が役に立ちますが)なのが少しもの足らないでしょうか。 |
No.1104 | 6点 | 迷路荘の惨劇 横溝正史 |
(2019/07/03 20:03登録) 原型の中編『迷路荘の怪人』を読んでいないので、どこをどのように膨らませたのかはわかりませんが、確かに最初の殺人のアイディアを中心にして、さらに様々な要素を継ぎ足していったという感じのする作品でした。いかにも作者らしい要素の詰め込み方は、なんとなく自己模倣的にも思えます。それでも抜け穴や自然にできた洞窟の探検など、やはりおもしろく読ませてくれるからいいのですが。 時代設定は1950年秋。作中ではフルートに絡んで『悪魔が来りて笛を吹く』が何度か言及されています。本作でもフルートの音が「重要な決め手」になることは予告されていて、最後の「大団円」章でその所以が明かされます。 前半、殺人が起こった後は関係者からの事情聴取が延々続くところが、その手順で状況を少しずつ明らかにしていく手際のうまいクイーンやクリスティーに比べると、退屈でした。 |
No.1103 | 6点 | ハリウッドに別れを アンドリュー・バーグマン |
(2019/06/29 22:59登録) 作者のバーグマンをWIKIで検索してみると、まず監督・脚本家として紹介されていて、グレゴリー・マクドナルド原作の『フレッチ/殺人方程式』の脚本も担当しています。ハリウッドを舞台にした小説を書くのも当然と思われますが、他の作品は翻訳されていないので、映画との関係は不明。 映画ではコメディを得意とした作者らしく、ユーモラスな面もかなりある軽快なハードボイルドで、時代設定の1947年、アメリカの「赤狩り」というシリアスに扱えばいくらでも重くできるテーマも、あっさりと扱われています。リチャード・ニクスン議員(もちろん後の大統領。本作はウォーターゲイト事件後に書かれています)も登場して、巻末解説では「悪役」とも書かれていますが、真面目に共産主義に危惧を抱く人物としては描かれています。もう一人、これは私立探偵ルヴァインを助ける実在の俳優の活躍は、実に痛快でした。 |
No.1102 | 5点 | ダイヤル911 トマス・チャステイン |
(2019/06/24 23:29登録) 911は、アメリカの緊急通報用電話番号(日本の110と119を兼ねたようなもの)で、1968年に開設されたことが最初に書かれています。 カウフマン警視シリーズ第2作で、前作の奇想天外な窃盗計画に比べると、クリスマス・シーズンの爆破魔ということで、派手ではあっても特に驚かされる話ではありません。それでも犯人の視点部分を数か所挿入しながら、サスペンスを盛り上げてくれます。しかしかなり初めの方の爆破事件の1つが他の事件とは明らかに異質で、これは何かあるなと疑ったのですが、結局その異質性には何の説明もありませんでした。 まあ読んでいる間は楽しめ、特にラス前の爆破事件には感心したのですが、その後がいけません。最後の犯人の行動は、警察の前に姿をさらすための作者のご都合主義としか思えませんし、カウフマン警視の作戦は警察として根本的におかしいですし、上記説明放棄もあり、なんだかなという感じでした。 |
No.1101 | 6点 | 煙とサクランボ 松尾由美 |
(2019/06/20 20:22登録) ジャンルとしてはSF/ファンタジーにしてみましたし、実際主役の墨津は幽霊という設定ですから、ファンタジーには違いないのですが、プロットは完全にミステリです。ユーモアという言葉の蘊蓄を披露してくれたりする最初の部分では、これはミステリと呼べる話になるのかなと思わせられ、次にバーテンダー柳井と墨津とが出会った過去の窃盗事件が語られる部分では、連作短編的な構成なのかなと思わせられ、ところが全体としてはやはり過去に起こった放火事件の謎に対する解答を与える作品になっていました。 動機の根本については、最初に動機についての議論が行われたところですぐ見当はついてしまいましたが、伏線は丁寧に張ってありますし、語り口はすっきりと心地よいですし、最後まで楽しく読んでいけました。本作における幽霊の基本設定には、細かく考えれば無理がありそうですが、まあいいでしょう。 |
No.1100 | 8点 | 探偵コンティネンタル・オプ ダシール・ハメット |
(2019/06/16 18:13登録) 収録5編中、同じ早川書房のミステリ文庫から出ている『コンチネンタル・オプの事件簿』とは『メインの死』だけが重なっています。チャンドラーだと早川も創元も、大系的に(ほぼ)すべての中短編を網羅する形にまとめているのに、ハメットの方は計画性がないのは、少々不満なところではあります。 しかしその意味で編集的には不満があっても、個々の作品は充分楽しめます。最初の『シナ人の死』は最も長く、最も複雑。それにしても1975年時点の再販で、タイトル等の表記手直しを全くしていないんですね、翻訳者砧一郎の没年は不明だそうですが。『金の馬蹄』は、トリックは早い段階で可能性には気づいていたのですが、上手く決着をつけてくれています。『だれがボブ・ティールを殺したか』には、実際の事件とは関係者の名前が違う云々などと書かれているのが、珍しいところ。『フウジス小僧』のクライマックス・シーンは迫力満点でした。 |
No.1099 | 5点 | ブルー・シティ マイクル・コリンズ |
(2019/06/13 00:14登録) ブルー・シティと言えば、ロス・マクドナルドの『青いジャングル』(別題『憂愁の街』)の原題ですが、本作の原題は実は “Blue Death”。最後近くで、「もう死んだも同然さ。憂鬱な死だ」というセリフが出てきます。 国際金属精製株式会社(IMR)の担当者が、ガレージの土地貸借契約更新手続で面会を求めても会おうとしない、という事件ともいえないようなことで、ダン・フォーチューンは昔知っていた女から依頼を受けることになります。しかし当然それだけで終わるはずもなく、依頼人の夫が瀕死の重傷を負わされ(病院で数日後死亡)、さらにIMR内部のトラブルが少しずつ明るみに出て来ることになります。 人間関係や過去の事件とのつながりなどがかなり複雑で、その収拾は今一つ鮮やかさに欠けるように思いました。またフォーチューン自身、何度も襲われることになるのですが、その襲撃者の正体も理由も、拍子抜けでした。 |
No.1098 | 5点 | 伊集院大介の新冒険 栗本薫 |
(2019/06/07 23:41登録) 伊集院大介の活躍する短編7編を収録しています。全体的な印象をまず書かせていただくと、なんだか古めかしいなという感じでした。1970~80年台前半のイメージがあるのですが、実際の発表年は1992~94年です。「新冒険」というとクイーンの短編集をも思い出しますが、『神の灯』やスポーツ・シリーズを意識した感じはありません。 『顔のない街』と『ごく平凡な殺人』の2編は同じ少年の一人称形式で語られています。前者については、越して間もないわけでもないのに間違えた点には疑問を感じました。後者は、この事件が平凡なものなんてないという考え方の元になるとは考えられないと思っていたら、最後には何とかこじつけてくれました。『事実より奇なり』は「奇」の意味の捉え方が変です。そんな感じでもう一つ好きになれない作品が多いのですが、『盗癖のある女』は意外に気に入りました。 |
No.1097 | 7点 | 囁く谺 ミネット・ウォルターズ |
(2019/06/03 23:42登録) ウォルターズの第5作で中心となる事件は、浮浪者の餓死事件です。それが実は殺人だったというオチもなく、その意味では、雑誌記者がその裏事情を探索していく話は非常に地味です。開幕早々に挿入される本からの抜粋など構成に工夫は凝らしていますが、意外にスムーズに楽しく読んでいけました。途中、最後までその正体が明確に書かれない人物が登場するシーンが2か所出てきますが、これも最後まで読めば、推測は簡単につきます。 登場人物たちの描き方もさすがですし、最後近くまでは非常に満足できる内容だったのです。ただ最初に死体を発見するミス・パウエルの人物像だけは、この作者にしては今一つはっきりしないかなとは思っていたのですが。 で、最後上記謎の人物以外はすべて説明される部分に突入するわけですが、ここは記者の憶測が大部分で、特に意外というわけでもなく、多少不満は残ってしまいました。 |
No.1096 | 6点 | 黄色い恐怖の眼 ジョン・D・マクドナルド |
(2019/05/30 18:28登録) 本作を読んでいてふと思ったのが、ジョン・D・マクドナルドって抄訳しやすい作家だなということでした。冒頭の飛行機がシカゴ・オヘア空港に着陸する部分からして、2ページ中1ページ半はカットしても全く問題ありません。特に本作はストーリーや全体テーマとは無関係なことをマッギーが考え、解説する部分が多いように思いました。 今回シカゴにやってきたマッギーが引き受ける財産消失事件の調査で、脅迫という言葉はごく早い段階で出てきますが、どんな脅迫かがなんとなくわかってくるのは半分あたりです。しかし本当にそんな脅迫がうまくいくのだろうかと疑問も感じてしまいました。で、さらに7割を過ぎてから殺人も起こり、タイトルの言葉はこの殺人現場で出てきます。 最後の犯人と対決しに行くシーンは、なぜ呑気な二人ドライブでって感じだったのですが、これはその後の最終章のためには必要だったわけなんですね。 |
No.1095 | 5点 | アルタの鷹 河野典生 |
(2019/05/26 17:45登録) 今回初めて読んだ河野典生は後期の私立探偵田沢汎太シリーズ第3作で、妙な作品でした。 大陸書房のカバーには、ユーモアハードボイルドと謳っていますが、当然ハメットの代表作のパロディでも、荒唐無稽スパイ・スリラーと言った方がいい内容になっています。ただ普通のパロディは作中で元ネタについては触れず、読者に「わかるだろ?」と目配せする感覚があるわけですが、本作の場合『マルタの鷹』を登場人物が読んでいて、それによく似た展開になっていきます。そんなところは見立てっぽい感じもあり、実際見立ての理由まで最後にはちゃんと説明されます。いや、作者がパロディしているのはむしろ「笑っていいとも!」の方でしょうね。さらに「キョトンとした目の―ちょっとレレレのおじさんにも似た―やはり小柄な日本国首相」なんて表現が笑えます。 登場人物が入り乱れてごちゃごちゃして、結末が明確さに欠けるのが難点でしょうか。 |
No.1094 | 5点 | クレアが死んでいる エド・マクベイン |
(2019/05/21 23:20登録) 87分署シリーズ第14作ですが、ストーリーの方はともかく、書き方には少々うんざりしたところもありました。舞台の都市アイソラについて、その名前の由来などを延々説明していて、今までそのことについて書いたことがなかったのかなと思ってしまいます。「都会とはときにこんな妙なことをしでかすものだ。」とか「何とか月曜日を廃止する法律でも作るべきではないか。」とか、登場人物の視点からならともかく、客観視点から書かれるとばかばかしくなってしまいます。 で、話そのものは第2作『通り魔』以来のクリング刑事の恋人クレアが被害者の一人になる銃乱射事件ということで、衝撃的であり、捜査小説としてもおもしろく読めていけます。診療所の待合室にファッショナブルな雑誌と一緒にEQMMが置かれていたなんて遊びもありますが、もしエラリーが登場していたら10分で解決していたかも、という気がする事件でした。 |
No.1093 | 5点 | 縄張りをわたすな ミッキー・スピレイン |
(2019/05/17 23:00登録) スピレインは1952に『燃える接吻』発表以来、長編をしばらく書いていませんでしたが、1961年の本作をきっかけに、翌年には『ガールハンター』でマイク・ハマーもの第2期を開始し、さらにタイガー・マン・シリーズなどもコンスタントに発表していくことになります。 その、ハードボイルド・ファン(文学派にこだわる人は別として)にとっては待望の本作、発表当時期待して読み始めた人には肩透かしだったかもしれません。アウトローな世界を描いてハードなシーンも多いのですが、主役ディープの感情がちょっとセンチメンタルになりすぎているのです。原題は “The Deep”。定冠詞がついていることからしても、旧友が殺されたことで故郷の街に帰ってきた主人公の名前というだけではなさそうです。 旧友殺しの真犯人の正体はかなり意外ですが、ラスト1行で明かされる事実は、簡単に予測できるでしょう。 |
No.1092 | 6点 | 孤狼の血 柚月裕子 |
(2019/05/13 23:58登録) 第69回(2016年)日本推理作家協会賞受賞作。 柚月裕子初読ですが、まずは作品のハードさ、男くささに驚かされました。広島県呉原市(呉市がモデルだそうです)の暴力団抗争を警察の視点から描いた作品で、やくざ映画的な感じがあり、実際映画化もされています。ハメット等本来の意味のハードボイルドとは違いますし、警察からの視点ではあっても、警察小説とは呼び難い感じもするということで、ジャンル分けには困る作品です。 各章の初めに置かれた日誌の奇妙な点、暴力団に顔のきく大上刑事が犯人だという投書が途中で飛び出す過去の暴力団幹部殺害事件の真相、叙述トリック系の仕掛けなど、意外性面にも工夫が見られます。どれも小粒ではありますが、本格派ではないので、文句はありません。 ただ、最後近くまでは迫力充分だったのですが、終わり方はちょっと拍子抜けな感じもありました。 |
No.1091 | 5点 | 怯えるタイピスト E・S・ガードナー |
(2019/05/08 20:19登録) メイスン、ついにバーガー検事に敗れる? 今回ガードナーがやりたかったのは、これでしょうね。普通だと裁判の途中でメイスンによって真犯人が明らかにされ、告訴が取り下げられることになるのですが、本作では陪審員の評決まで出て、その後裁判長による判決言い渡しの場で真相が明かされることになります。この最後のどんでん返しは、シリーズ中でもおそらく最も意外なのではないでしょうか。 その意外性はいいのですが、そのためずいぶん無理をしているのが難点です。バーガー検事が密かに握っている事実は、もっと早くわかっていて当然のことなのですが、この事実を警察が厳密に調査すれば、ネタが割れてしまいます。だからと言って、読者に隠しておきさえすれば不自然さがなくなるというわけではありません。タイトルのタイピストのオフィスでの事件への関わり方も不自然ですし、共犯者が多すぎるのも減点対象です。 |