空さんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:1505件 |
No.1245 | 6点 | トラブルメイカー ジョゼフ・ハンセン |
(2021/01/30 22:39登録) このブランドステッター・シリーズ第3作では、彼が保険調査員であることが事件の捜査になかなか有効になっています。事件そのものには、最初の被害者を始めとして同性愛者がかなり登場し、ブランドステッターにとってはなじみの世界です。被害者と書きましたが、容疑者はすぐ逮捕されたものの、自殺の可能性もないとまでは断言できず、また保険金受取人が犯人という可能性も全く無視はできないということで、ブランドステッターは事件担当の日系警部補とも協力して、調査を進めることになります。最後には彼は空手の心得もあるという意外な一面も見せてくれました。 登場人物数が多く、少々混乱してきますし、真犯人もその大人数の中に埋もれてしまっていて登場時に印象が薄く、最後の意外性があまり決まっていないように思えます。また、本作は翻訳のせいもあるかもしれませんが、情景描写の細かさが少々うるさい気もしました。 |
No.1244 | 5点 | 熱く冷たいアリバイ エラリイ・クイーン |
(2021/01/26 20:42登録) 原書房から出版されたクイーンの外典コレクションでは3冊目ですが、原書の出版は本作が最も早い1964年なので、まずこれを読んでみました。作者のフレッチャー・フローラは全く知らなかったのですが、調べてみるとかなりの短編が雑誌やアンソロジーに翻訳されています。 巻末解説にはリーがプロット作りにかなりアドヴァイスしたから、これほど巧妙な作品として完成したのではないかと書かれていますが、読んでみた限りではどうなのか、よくわかりません。確かに人間関係を軸にした意外性の演出に工夫を凝らしてはいますけれど、それはクイーンに限らず、フーダニット系の作家であれば誰にでも当てはまりそうです。いずれにせよ外典のペーパーバック・シリーズは、書いた本人が基本的なプロットを考えたものでしょう。 邦題が意味するエアコン利用については、死亡推定時刻を大幅に狂わせるのはちょっと無理があると思いました。 |
No.1243 | 5点 | 魔の首飾 高木彬光 |
(2021/01/23 07:43登録) 江戸時代末の実在の侠客大前田英五郎の子孫と称する私立探偵大前田英策もの6編を収録した角川文庫の短編集。そのうち『掌は語る』と『飛びたてぬ鳥』は立風書房の長編『断層』にも併録されていました。 「私立探偵というものは人生の溝さらい、その事務所は社会のはきだめのようなもの」(『飛びたてぬ鳥』)と考える大前田英策は、個人営業ではなく何人もの探偵助手を雇う興信所を営んでいます。巻末解説には、神津恭介が天才的すぎ人間性に欠けるという批判に答えた一つの試みだとか、ある種のハードボイルド的な要素も持つとか書かれています。ただ、神津恭介の対極的な設定ではあっても、百谷弁護士などのようなリアリズム系ではありませんし、作者の文章はハードボイルドとは全く異なった、地の文で主観をむしろ大げさに表現するものです。冒頭の中編『暗黒街の密使』には暴力団や殺し屋は登場しますが。 |
No.1242 | 7点 | チャイナタウン S・J・ローザン |
(2021/01/17 23:39登録) 1994年に発表されたリディア・チン&ビル・スミスのシリーズ長編第1作。英語版Wikipediaによれば、以前にもこの2人の探偵の短編はいくつか発表されていたそうです。 本作段階では、リディアは28歳、私立探偵稼業を始めて6年ということで、かなりキャリアも積んできています。にもかかわらず、彼女は感情を隠しておくことができず、人がかけている電話の内容を知りたくて、「思わず足を踏み鳴らした」りするのです。リディア一人称の作品は、ビル視点作品ほどハードボイルドでないという説は、事件云々より、感情を表に出さないハードボイルド探偵らしくないところに由来しているように思えます。実際ストーリー自体は美術館に寄贈された中国磁器の盗難に中国ギャングが絡んできて、いかにもハードボイルドな感じです。 原題は "China Trade" ですから、直訳はむしろ「磁器の取引」でしょうね。 |
No.1241 | 7点 | ナツメグの味 ジョン・コリア |
(2021/01/14 22:58登録) 初期から後期まで、まんべんなく17編を集めた短編集で、異色短編作家といってもかなり様々な面を見せてくれる1冊になっています。 最初に収められた表題作は、間違いなくミステリに分類される作品で、偏執狂的で怖いオチになっています。原題は作中に出てくる「ナツメグを一つまみ入れないと完成しない」というセリフ。他にミステリと言えそうなのは、どれも前半に入っている『特別配達』『異説アメリカの悲劇』『魔女の金』『宵待草』『夜だ! 青春だ! パリだ! 見ろ、月も出てる!』ぐらいのものでしょうか。どれもおもしろいのですが、異色といっても能天気にすっとぼけた『夜だ!~』が意外に気に入りました。 後はだいたいファンタジー要素の強いもので、変てこなユーモア作もあれば、ラストで微笑させてくれる冒険小説もありますし、ストレートなホラーも2編。全作中『頼みの綱』だけは以前に読んだことがありました。 |
No.1240 | 5点 | 津軽殺人事件 内田康夫 |
(2021/01/11 17:50登録) 光文社文庫版の作者解説では、39番目の長編だそうです。この解説文の中に、津軽に取材旅行した際、弘前のホテルで『青い山脈』ロケ隊と同宿したことが記されていますが、それがプロットにも生かされています。映画関係者の体質について悪口も書かれていますが。 カッパノベルズ版時の、「殺人事件」は「無印・良品」と題されたあとがきも付いていて、その中で作者が松本清張のファンであって、『波の塔』を読んだ時、ミステリでなかったことに、アテが外れた思いをしたと述べています。本作についていえば、全体的な構成は松本清張を連想させるものがあり、作者は自分では「社会派」といわれるジャンルにも縁がないと言ってはいても、社会悪追及こそないものの、影響は大きいのではないかと思いました。 太宰治の短編から引用したダイイング・メッセージについては、太宰の文章の意味の解釈にもなっている点には感心しました。 |
No.1239 | 8点 | 慈悲の猶予 パトリシア・ハイスミス |
(2021/01/08 23:08登録) 『見知らぬ乗客』も『太陽がいっぱい』も、いやあ本当におもしろいですねと言いたくなる映画でしたが、その原作者の小説は、今回初めて読んでみたのでした。で、その小説はやはり本当におもしろいものでした。まあ本作は、実際には家出した妻を殺したのではないかと疑われる作家を描いた心理サスペンスですので、あまり映画向きではないかもしれません。 読んだ創元版訳者あとがきには、本作は初めて邦訳されたハイスミス長編で、原題 “A Suspension of Mercy” の翻訳として「慈悲の猶予」は不適切だったので『殺人者の烙印』に改題したことが書かれていますが、その部分で結末をほとんど明かしてしまっているのは問題です。 ところで主人公が「アルハンゲリスクを訪れる」ことを考えるシーンが最初の方にあるのですが、これ、たぶん同じ妻殺し疑惑テーマを深刻に扱ったシムノンの『妻のための嘘』(原題直訳:アルハンゲリスクから来た小男)を踏まえているのではないでしょうか。 |
No.1238 | 6点 | ドイツの小さな町 ジョン・ル・カレ |
(2021/01/03 00:13登録) 昨年末に亡くなったジョン・ル・カレの第5作。 ル・カレと言えば長大な作品が多いイメージがありますが、本作はこの作者初の大作です。そして常連スマイリーが登場しない初めての作品でもあります。今回スマイリー的な役割を果たすのは、英国外務省諜報員のアラン・ターナー。彼がドイツの英国大使館での機密書類紛失事件を捜査することになるわけですが、最後の方になると、なるほど、こういう役回りならスマイリーではだめで、悪く言えば青臭い理想主義の若手でなければならなかったことがわかります。 それにしても、長いわりにスパイ小説としては動きが少ない作品です。ほとんど関係者一人一人から、事件の容疑者に関する事柄を聞き出していくだけの前半は、もっと短縮できなかったかなと思わせられました。しかしエピローグを含めたラスト3章は、ル・カレらしい迫力があります。 |
No.1237 | 4点 | 三毛猫ホームズの恐怖館 赤川次郎 |
(2020/12/31 00:17登録) 恐怖館と言っても赤川次郎のことですから、横溝正史や江戸川乱歩みたいな怖さは当然ありません。舞台は高校で、古いホラー映画を研究する怪奇クラブの会員たちが主要登場人物です。プロローグとエピローグとの間の4つの章は「オペラの怪人」「ジキル博士とハイド氏」「フランケンシュタイン」「ノスフェラチュ」となっています。 途中、ポルターガイストという言葉を片山刑事も石津刑事も知らず、「街頭ポスター」とかボケをかましてくれるのですが、本作が発表された1982年と言えば、スピルバーグ&フーパーの映画『ポルターガイスト』が公開された年ですから、ちょっと感覚を古く設定しすぎな気もします。 まあそんな途中部分の笑いはそれなりに楽しめたのですが、犯人の描き方も密室の理由もおざなりで、解決はどうもいただけません。ホームズも、ナイフの鞘を発見するシーンなんて、もう完全に超能力探偵猫です。 |
No.1236 | 7点 | シルマー家の遺産 エリック・アンブラー |
(2020/12/27 23:18登録) 久々の再読で、渋い味わいがよかったという印象だけが明確に残っていた作品です。 アメリカで10年以上前に死んだ人の遺産相続人を弁護士がドイツからギリシャをめぐり捜し歩く話は、スパイ小説とは言えないでしょう。ただし、後半ギリシャに着いてからの展開は、当時のギリシャ政情が背景になっていて、やはりアンブラーらしいシリアス政治スリラーの味わいです。 多額の遺産を残して死んだ人の名前はシュナイダーなので、その人の先祖がシルマーから改名してはいるものの、なぜこのタイトルなのかと思わせられます。ところがこれが最後に「シルマー」でなければならなかった理由が納得できるようになっているという構成がいいのです。 ところどころ「ゐ」の字がチェックミスで残っていたりという訳文の問題以外では、ギリシャに舞台が移ってからは展開が予想しやすい点が多少不満でしょうか。 |
No.1235 | 7点 | 深夜の張り込み トマス・ウォルシュ |
(2020/12/24 23:19登録) 先入観を覆してくれる作品でした。 読むことにした時点では内容を全く知らず、タイトルから何となくかなり地味目の警察小説かと思っていたのです。ところが粗筋を見ると、「殺人鬼と化していく悪徳警官の心理をヴィヴィッドに描く」ということ。それで犯罪小説的な作品だろうというつもりで読み始めたのです。 なるほど、強盗犯人を殺してその金を奪おうとするあたりまでは確かにそうです。ただ優柔不断な刑事を自分の言いなりにさせようという計画はあまりに危険としか言いようがありませんが。しかしその後は、この悪徳警官の行動は一緒に張り込みをしていた刑事や上司の警部に即座に怪しまれ、半分にも達しないうちに真相は彼等に知られてしまいます。その後は双方の立場を切り替えながら描かれていくサスペンスフルな警察小説展開。 追う者、追われる者の心理描写も悪くなかったのですが、ただ訳文がどうもぎくしゃくしていて。 |
No.1234 | 5点 | 林の中の家 仁木悦子 |
(2020/12/19 07:26登録) 登場人物が多くてごちゃごちゃした印象があるとか、偶然が多いとかいう意見はもっともだと思われる作品でした。 最初に起こる殺人事件に、細かいものまで入れるといったいいくつの偶然が重なっているのか、ざっと数えただけでも7つあります。これら偶然がすべて広い意味では登場人物の行動に関係するもので、天候など人知の及ばない偶然はなしというのですから、いくらなんでもという気はします。さらに幼児誘拐まで起こり、それで話を面白くしてはいるのですが、メインの事件とは基本的には無関係です。そしてその誘拐事件の真相解明部分で明かされるある人物の意外な正体には、同じ町にいるなんてあり得ないだろうと思ってしまいました。 伏線がいろいろ張ってあったことは最後に説明されるのですが、直接真犯人を示す手がかりは、少々弱いと思います。全体としてみれば、そんなに悪くないのですが… |
No.1233 | 6点 | もう一人のアン スーザン・ジャフィー |
(2020/12/14 23:16登録) 作者は、巻末解説によると出版社の編集責任者兼副社長だそうですが、その人のデビュー作は異常心理サスペンス。同姓同名(ミドルネームにNが付くかどうかだけの違い)の人物への嫉妬というアイディアを突き詰めていった作品です。最後近くなるまでは、この2人の女を巧みに描き分け、非常に面白かったのです。 しかしクライマックスに向かうあたりからが、不満になってくるのです。同姓同名の2人と関係することになった弁護士アーサーが、加害者が誰であるかに気づく段取りがあっけなく、またその後の「罠」の部分も、何が起こったかを明確に書かない手法は、成功しているとは思えません。そもそもこのアーサー、現在証拠がないから行動しないなんて、依頼人に有利な証拠を見つける(あるいは事実を解釈し直す)のが仕事である弁護士としては失格です。まあ彼の職業設定を変えていれば済む話ではありますが。 |
No.1232 | 6点 | おれはやくざだ! ミッキー・スピレイン |
(2020/12/11 22:53登録) 中編の表題作と2編の短編を収録。この表題作はつかみの部分から真相が明かされるラストまで、いかにもスピレインらしい作品で、安心して(?)楽しめます。 『ドラゴン・レディとの情事』のドラゴン・レディとは第二次大戦中の爆撃機B-17の名前で、彼女を愛おしむ「十人の夫ども」の話です。全くミステリではありませんが、ヘミングウェイ的な意味でハードボイルドな感じはあり、「おれたち」のノスタルジックな思い入れと現代における彼女の意外な活躍が実に楽しめます。 『蹴らずんば殺せ』は、巻末解説には、宿屋の女主人が主役の男の症状を麻薬中毒と勘違いして薬を捨ててしまうところだけを取り上げて「ある種のドタバタのファルスで、これも変わっている」と書かれていますが、それは軽い味付け部分に過ぎません。全体としては最後が慌ただしすぎるきらいはありますが、主役が町を牛耳る悪党どもをやっつけるハードボイルドです。 |
No.1231 | 4点 | 箱根路、殺し連れ 太田蘭三 |
(2020/12/08 20:49登録) 相馬刑事が活躍する北多摩署純情派シリーズ第3作。 太田蘭三は初めてで、登録された作品のタイトルからしてもトラベルミステリ系かと思っていたのですが、少なくとも本作は違っていました。そもそもこの作家の文章は非常に単純、直接的であり、旅情を感じさせるような味わいのある風景描写などには向かないと思います。会話にはユーモアがありますが、流れがちょっと不自然。 で、プロットの方ですが、まず新宿の駐車場に停めていた相馬刑事の自動車に死体が入れられ、その殺人事件の重要参考人の死体を、相馬刑事が芦ノ湖への旅行で釣りをしていて針に引っかけて上げ、さらにその旅行で知り合った女性二人が別の殺人事件に関係することになり、という展開は、いくらなんでも偶然を重ねすぎです。古典的アイディアが犯人の意図したものではなかったという部分はよかったですけれど。 |
No.1230 | 6点 | クロイドン発12時30分 F・W・クロフツ |
(2020/12/03 23:32登録) 凡人探偵の創始者による、凡人犯人の殺人物語。 しかし犯人が伯父に殺意を抱き、殺人計画を練っていく部分には、探偵が少しずつながら着実に捜査を進めていく過程ほどのおもしろさはありません。同じ本格派巨匠でもクリスティー、クイーン、カー、セイヤーズ等だと、もっと犯罪小説的な緊迫感も出せたでしょうが、クロフツの淡々とした平易な文章では、のんびり感が先立ちます。でもまあ、これはこれでいいでしょう。 クロフツ初の倒叙長編として有名ですが、むしろ真犯人である被告人の視点から、有罪判決を受けるまでを描いた法廷ミステリでもあるという点が新鮮ではないかと思われます。70ページほどの裁判シーンはさすがにおもしろいのですが、検察側の主張が少々根拠薄弱で、たとえ有罪にならなくてももう一つの殺人の証拠は十分あったという言い訳が後から付くのは、フィクションの構成としては不満です。 |
No.1229 | 5点 | レティシア・カーベリーの事件簿 M・R・ラインハート |
(2020/11/28 13:01登録) ティッシュ(レティシアの愛称)・シリーズの第1作で、3編が収められています。ティッシュの他にアギーと語り手のリジーのオールドミス・トリオが巻き起こす大騒ぎのユーモアが持ち味。 キャロリン・G・ハートの『ミステリ講座の殺人』の中では、ミステリじゃないと書かれていた本シリーズですが、最初に収められた約150ページもある『シャンデリアに吊された遺体』は、病院でのタイトルどおりの不思議な事件に始まり、殺人まで起こるという筋で、パズラーでこそありませんが間違いなくミステリです。 他の50ページぐらいの2編は、どちらも若い人の恋の手助けを結局3人がすることになるコメディで、とんでもないことは次々起こっても、確かにミステリとは呼べません。 前述ハート作に登場してアニーを悩ませる義母たち3人組は、ティッシュのトリオを意識しているんでしょうね。 |
No.1228 | 6点 | 地獄の道化師 江戸川乱歩 |
(2020/11/25 23:39登録) 長めの中編、あるいは短めの長編という長さの本作は、石膏像の中から死体が発見されるという乱歩らしい発端ですが、偶然踏切での事故が起こらなかったら犯人はどうするつもりだったのか、少々疑問はあります。もちろんなんとかして死体が発見されるようにできなくはありませんが。 その後もいかにも乱歩らしい展開は続きますが、全体としては皆さん書かれているとおり、謎解き的興味の強い、犯人の意外性を工夫した作品に仕上がっています。ただあい子が誘拐されるシーンについては、犯人はあい子に道化師の扮装をしていない顔を見せ、会話もしているように書かれているのは問題ありで、これも説明がつかなくはないのですが、明智の推理だけでははっきりしません。 最初の事件の死体の偶然要素については、その偶然があったからこそ、犯人はこんな計画を立てたわけだとは思うのですが、それでもいくらなんでもという気はします。 |
No.1227 | 7点 | マッキントッシュの男 デズモンド・バグリイ |
(2020/11/23 23:13登録) タイトルはアップル・コンピューターとは無関係で、登場人物の名前です。 このタイトルで検索してみると、出てくるのはほとんどジョン・ヒューストン監督、ポール・ニューマン主演の映画ばかりです。小説原題が "The Freedom Trap" なのに対し、映画は原題も "The Mackintosh Man"。有名監督・俳優の映画ですが、映画サイトの投稿レビューではあまり評判がよくありません。わけがわからない、説明不足だという意見が多いのですが、まあもっともだと思えます。原作で半分近いあたりでのどんでん返しには驚かされ、最初の方を読み返してみたくなったのですが、そんな叙述トリック系の仕掛けは、映画の場合拒否反応を引き起こす可能性の方が高いでしょう。読了後確認してみたところ、筆が滑ったと思われる個所もありますが、概ねフェアプレイが守られていました。 ラストは映画よりも原作の方が、はるかに派手なスペクタクル・シーンで締めくくってくれます。 |
No.1226 | 7点 | 名無しのヒル シェイマス・スミス |
(2020/11/16 23:15登録) 「名無しの探偵」なんかじゃないんですから、明らかに矛盾した邦題です。「おれ」ことマイケル・ヒルが冒頭で、「名前は?」と訊かれて「自分のケツでも掘ってろ」と答えたことを元にしているんでしょうけれど。原題の意味は「モグラの檻」です。なお、作者のファースト・ネームは Seamus ですから、シェイマス賞のようなShの発音ではないはず。 前2作は未読ですが、かなり過激な犯罪小説だったようです。しかし本作は「獄中青春小説」と宣伝され、巻末解説には「広義のミステリとも言い難い」とも書かれています。じゃあなぜミステリ文庫で出版されたのだと言いたくもなりますが。実際のところ、アイルランド人である作者の自伝的な作品だそうで、当然作者も収容所生活を送ったことがあるのでしょう。まともな裁判もなく入れられた拘置所でも監獄でもない捕虜収容所でのひどい生活が、ユーモアも交えた語り口で描きあげられていて、読みごたえがあります。 |