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ミステリの祭典

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恐怖の谷
シャーロック・ホームズシリーズ

作家 アーサー・コナン・ドイル
出版日1953年08月
平均点7.00点
書評数16人

No.16 9点 蟷螂の斧
(2024/06/18 11:17登録)
「緋色の研究」、「バスカヴィル家の犬」の両作品は東西ミステリーベスト100に入っていますが、読後感はイマイチであった。それにひきかえ本作にはビックリ。この時代に放された二大トリック。トリック好きにはたまらない(笑)。小難しい理屈は抜きで、楽しめる作品。よって9点献上します。

No.15 8点 虫暮部
(2022/03/01 12:41登録)
 悪漢小説になる第二部が面白い。リスク管理の重要さを説く、含蓄に満ちたエンタテインメントである。
 コナン・ドイルは、書きたいもの・上手く書けるもの・書くよう期待されているもの、の齟齬に苦労したんだろうな。そのへんがあからさまになる長編のホームズは罪作り。

No.14 7点 クリスティ再読
(2020/11/06 09:26登録)
1915年のホームズ最終長編。例によって二部構成で、第一部はいわゆる「バールストン・ギャンビット」の話。とはいえ「ノーウッドの建築業者」をひねったもの、みたいにも読めるようにも思うんだ。ドイルという人は、トリック面ではいろいろとバリエーションを試みる傾向が強いから、短編+モリアーティを再登場させてその影を投影する...という狙いで見た方が適切じゃないかな、なんて思う。
で、問題は第二部。ピンカートン探偵の話で、ギャング秘密結社が支配するアメリカの炭鉱町が舞台。だから「赤い収穫」みたいなもの。評者は前から書いているように、ホームズとコンチネンタル・オプを直結して理解した方がずっと有益だと思っているわけだけども、一番それを強く感じさせるのがやはり本作なんだよね。ちなみに本作が出版された1915年は、ハメットがピンカートン探偵社に就職した年だ。

ハメットはその後第一次大戦の兵役による中断があるけど、戦後に探偵に復帰して体を悪くして作家に転身する。探偵稼業の経験を生かして書いた最初の作品は1922年。「恐怖の谷」のたった7年後である。それこそ、「「恐怖の谷」を読んでピンカートンに就職しました!」とか「ピンカートンは「恐怖の谷」みたいなヒーローじゃないって書きたかった」とかハメットが言ったとしても(言ってないが)、全然不思議じゃない時間間隔だ、ということが、どうも皆さんの理解から抜け落ちているようだ。
つまりね、いわゆる「ミステリ史」というものは、特に「日本でのミステリ受容の歴史」を暗に密輸した、イデオロギッシュな「概念史」であって、時系列を反映したものではほとんど、ないというのが見過ごされていると評者は思っているんだ。
1920年代って実は混沌である。ドイルはまだホームズを書いているし、チェスタートンはブラウン神父を書いている。1920年にはクロフツとクリスティがデビューしているし、「ブラック・マスク」創刊は1922年で、その初期からハメットは活躍して「ハードボイルド」を確立し、その総仕上げが1929年の「赤い収穫」ということになる。「ホームズ→短編黄金期→長編パズラー黄金期→ハードボイルド」の時系列で捉えていては、実態を把握し損ねるだけだろう。現実は「すべて同時に起きている」に近い混沌である。

ただし、「恐怖の谷」と「赤い収穫」を直接比較した印象に強い「断絶」があるのは確かである。それは第一次大戦で起きた大きな変化に起因するものだと捉えた方がいいようだ。ヨーロッパ世界の根底が崩れるような惨禍によって、それまでの「正義」や「秩序」も崩壊して、ピンカートン探偵は「正義の騎士」ではなくて、ポイズンヴィルの毒に当たったアンチヒーローに成り代わり、鉱山を乗っ取ろうとするギャングたちは、そもそも労働運動を弾圧するために経営者たちによって導入されたのが、「軒を貸して母屋を取られる」ハメに陥った自業自得。警察は完全に腐敗して、ピンカートン探偵に協力して街の浄化を助けるどころか、そのギャングの勢力の一つみたいなものである...と、この「恐怖の谷」と「赤い収穫」の違いには、第一次世界大戦が引き裂いた世界の現実と、それによって変化した「世界の捉え方」の違いである。かくも短い期間に、これほどにまで「世界の見え方」が変化したことに、驚きの目を瞠るべきなのだろう。

No.13 7点 Kingscorss
(2020/10/09 00:33登録)
コナン・ドイルのホームズシリーズの長編はなぜかいつも2部構成。今作も例に漏れず完全に二つの物語が別個で入ってます。内容は第一部がホームズの事件簿、第二部が犯人?の過去物語。あれ?これ『緋色の研究』や『四つの署名』でも見たような構成じゃあ…

(´ε`;)ウーン… コナン・ドイルはミステリーのネタ1本で純粋に長編を書ききるのが苦手なのだろうかと思ってしまう。それをおけば、ちょっと長めの短編が2つあると思えば気にならないです。内容の方も傑作とは言わないまでも高水準の出来。ミステリー的にみればトリックや展開がベタで確かに薄味ですが、話としてはどちらも面白いです。ただ、ファンサービスなのか、無理やり有名キャラクターのあの人を絡ませるのはどうかなぁと思いました。別にいらないのに…

まぁファンじゃないとそこまで面白くないですが、佳作ぐらいの出来じゃないでしょうか…

No.12 6点 レッドキング
(2019/05/18 23:37登録)
首(顔)の無い死体ミステリの初出って、これではないかと密かに思ってた。子供の頃、ホームズ長編で唯一馴染めなかったのがこれで、多分、唯一「本格」のニオイがしたんだろう。でもこれ1915年の小説で「ビッグボウ」はおろか「黄色い部屋」や「ブラウン神父」よりも後なのね。顔の無い死体=死体入代りネタの元祖ってどの小説なんだろう。
ところでホームズていうかドイル、「モリアーティ」にこだわり過ぎじゃないか? 昔、コカイン中毒からノイローゼになったホームズが、フロイト(!)の診療を受けた結果、「モリアーティ」ってホームズの母親の愛人の名前で、そこからくるホームズの被害妄想と判明する・・ってな映画があった。

2022/1/1 訂正・追記 ハッキリしないがどうやら「顔の無い死体」物の源流(ディケンズにそんなのあるとか・・乱歩は紀元前からあるとまで書いてる)としても良さそうなので、「仮特許権」として6点に加点変更。

No.11 7点 tider-tiger
(2016/12/23 10:44登録)
恥ずかしながら、最近まで未読でした。
面白いは面白いのだが、採点するに迷う。これは果たして長編と言えるのか。また、ホームズものといえるのか。
第一部は相変わらず掴みがうまい。ミステリ的にも不倫騒動の意味など、細部がある一つの事実によってひっくり返っていくのが気持いい。とてもいい作品だと思う。
第二部もよかった。街を牛耳る悪党集団にすんなりと受け入れられる主人公。それでいて嫌な印象は抱かせない不思議な人物。ラドラムの『暗殺者』を読んだ時のような感覚が甦った。霧が一気に晴れるような爽快感がなんともいい。
ハードボイルドとはまったく思えないのだが、ハードボイルドと同じ根っこを持つリアルを追及した作品のようには思える。これならチャンドラーに馬鹿馬鹿しいだのなんだのとは言われないでしょう。
一部と二部の食い合わせの悪さはいかんともし難いものの、どちらも高水準のエンターテイメント。ただ、あの終わり方はないでしょう。下手すると一部、二部と読んできたことが徒労に感じられてしまう。最後の最後でベルトサタンがニーナをかっさらっていくような感じか。※参考 ポールのミラクル大作戦
あの三者が一堂に会する第三部を設けて、彼に花道を飾らせてやって欲しかった。

No.10 8点 itokin
(2016/11/03 12:39登録)
このような2部形式になている作品は初めてなのでまず驚いた、1部で主人公の過去を明らかにしないほうが読者へのインパクトが強いのは納得できる。このような書き方の発見はドイルなのかな?
しかし、さすがドイルですね、1部の謎解きはそれはど難しくないのだが物語の展開、構成と人物のキャラでつい引き込まれました。2部は、主人公生い立ちがスピードのあるタッチで明らかにされるが闇社会での勝ち残りと最後の展開はなるほどです。

No.9 5点 nukkam
(2016/08/29 00:24登録)
(ネタバレなしです) 1915年に発表されたホームズシリーズ第4長編です。ジョン・ディクスン・カーは高く評価していますがおそらく本書が4つの長編の中で最も本格派推理小説らしく書かれているからだと思います。一方で評価が分かれるのは「緋色の研究」(1887年)と同じく二部構成の形式を採っていて後半部がホームズ不在の物語になっていることでしょう。しかし(好き嫌いはともかくとして)注目すべきなのは(Tetchyさんがご講評で評価されているように)この後半部の舞台がハードボイルド小説風の世界になっていることです。悪の組織の隆盛とその組織の一員となった(後半部の)主人公の半生が実にサスペンスたっぷりに描かれています。ハードボイルドの始祖ダシール・ハメットのデビューよりもはるかに早い時期にこういうのが(しかもドイルによって)書かれたことには驚かされます。

No.8 6点 斎藤警部
(2016/03/16 12:00登録)
飽くまで私の好みで言えば。。 緩やかな失速ラインを描いた短篇と逆に、後に行くほど面白さを発揮するホゥムズの長篇、って思います。(少なくとも短篇については大方と同じでしょうか)
さてさてやはり、ホゥムズ四長篇の中では最後のコイツが一番のお気に入り。 例の「第二部:過去の因縁話」も物語全体の構成要素としてしっくり嵌っているし興味も深い。「緋色」よりはずっと好きだ。
思えば幼い頃も、「バスカヴィル」ほどのワクワクはないものの、結構好きな冒険物語だった。ただ「第二部」を置く意味がさっぱり分からず、おかげで作品全体としての印象はちょっと落ちた。今は「犬」より「谷」がいい。

No.7 6点
(2014/04/09 14:51登録)
第一部は、殺人事件とその種明かし。
第二部は、ある男のスパイ・ストーリー。こんな話だったとはね。「赤い収穫」風の話で、国内の時代小説を読んでいるような気分にもなれた。
それぞれ独立した話として楽しむことはができるが、2つの話がどのようにつながるのか、そこも楽しむための要素だ。

2つの独立したストーリーを作っておけば、あとでそれら2つをつなぐことはどうということはない、ということがよくわかった。「緋色の研究」「四つの署名」も同じような2部構成となっている。うまく考えたものと感心した。
最後の長編である本作についても同じ様式を採用したということは、結局、ドイルはこのスタイルからは脱しきれなかったということだろう。

嗜好からすれば悲劇性のある「緋色の研究」のほうがすこし上だが、ミステリー性を加味すれば両者は同格か。

もう1つの長編「バスカヴィル家の犬」だけは2部構成ではないらしい。これは子どもの頃にも読んでおらず、まったくの未読なので、楽しみにしている。
それにしても本作の記憶は5%ぐらいだろうか。かなりひどい。

No.6 5点 ボナンザ
(2014/04/08 21:20登録)
四つある長編の中では目立たないが、中々楽しませてくれる。
例のあの人が登場するのもファンには嬉しい。

No.5 9点 おっさん
(2013/02/22 11:53登録)
筆者的不定期連載w光文社文庫の<新訳シャーロック・ホームズ全集>を読む、その第七回にあたるわけですが――今回は、遅まきながら、昨2012年11月に逝去された「石上三登志氏追悼エッセイ」のスタイルを採らせていただきます。

石上さん、一度もお目にかかることはできませんでしたが、ご著書をとおして、エンタテインメント小説や映画の楽しみかたを教えていただいた者の一人です。
出会いは「家にはなぜ顔があるのか」(『別冊幻影城』1976年11月号、掲載)でした。横溝正史とロス・マクドナルドが並べて論じられているのを読んだときの、あの衝撃は忘れられません。
そしてもうひとつ、とりわけ感銘の大きかった石上さんの文章に、「緋色と赤の距離」(東京創元社『名探偵たちのユートピア』――2007年刊――所収)があります。

コナン・ドイルの『恐怖の谷』(1914-1915)の第二部が「まるでハメット・ハードボイルドの具体的な出発点じゃあないのか?」と指摘されたうえで、ドイルとハメットの作家的姿勢、その意外な共通性を浮き彫りにする論調には、「家にはなぜ顔があるのか」以来の、一見、相反するジャンルのアレとコレが“読み”で結びつく快感をおぼえました。
本サイトの Tetchy さん、空さん、E-BANKER さんの『恐怖の谷』評などを見ても、今後は同作が、そうした視点から新しい読者に再評価されていくであろうことは、間違いないと思います。

ただ。
私見では、ドイルのそうした先見性と二部構成の成功・不成功とはまた別問題で、つまるところ面白いふたつの中編を並べただけ、という不満はぬぐえないのではないでしょうか?
あの狙いを“長編”として効果的なものとするには、現在パート(ワトスンの手記)と過去パート(某作中人物の「ひと束の原稿」をもとに、ワトスンないし出版代理人のドイルが小説化)を章ごとに切り替え、そのふたつがどう結びつくかを謎とする、のちのビル・S・バリンジャー式の小説技法が必要だったはずです。
そしてフェアプレイをたもつためには、過去パートの主人公の内面描写を完全に排した、それこそ『マルタの鷹』形式にする必要も。

かくいう小生も、『恐怖の谷』を高く評価する一人ですが、その理由は、「第一部」の謎解きが、ドイル流本格ミステリの達成点だということにあります。
そして石上さんが、その部分を比較的あっさり流されていたのが、個人的には大いに不満なのです。
散弾銃で撃たれ(深夜、脱出を困難にするリスクの大きい、そんな凶器でコトに及んだ犯人の意図は?)書斎に転がった死体の指からは、結婚指輪が消えていた――という“負の手掛り”とその解釈の見事さ。ダンベルをめぐる、ホームズの心憎い暗示。真相を知って読み返すと、“不倫カップル”の言動の意味が一変する、まさに本格ものならではの小説作法。
そのあたりの魅力を中心に、いずれは小生がそちらにお邪魔したとき、もしお話させていただく機会があれば、くわしく申し述べたいと思っています。

あ、あともうひとつだけw
「緋色と赤の距離」で石上さんは、『恐怖の谷』にドイルが犯罪王モリアーティを持ち出した意味を、「現実」的に解釈されていますが・・・
本格ミステリ読みの観点からは、あれはもう、完全にミスディレクションなんですよ。
導入部で暗号文が提示され、それをホームズが解読する。浮かび上がる、巨悪と狙われた被害者の存在。直後にもたらされる、事件発生の一報・・・どうです、ストーリーが動き出すまえに、仕掛けてきているじゃありませんか?
え、牽強付会ですか? でもですね・・・ああ、早くそちらで続きを語り合いたい。いましばらくお待ちくださいwww

No.4 7点 E-BANKER
(2011/03/26 23:11登録)
S.ホームズもの最後の長編。
ストーリーは「現在の事件」と「過去の回想」の2部構成。
~モリアティ教授の組織にいる人物から届いた暗号文。その謎を見事に解いたホームズだが、問題の人物はすでに館で殺されていた。奇怪な状況の殺人を捜査する謎解き部分と、事件の背景となったアメリカの「恐怖の谷」におけるスリルとアクションに満ちた物語の2部構成による長編作品~

いやぁ、前評判どおりで、ホームズものの長編4作品の中では抜群に面白い! ホームズもの長編の代表作といえば、今まで「バスカヴィルの魔犬」かと思ってましたが、それは大きな間違いでしょう。
他の方の書評にもありましたが、第一部で起こる現在の殺人事件については、正直たいしたことない。ラストで若干アッと思わされるくらい・・・
ということで、本当に面白いのは第2部。
「緋色の研究」や「四つの署名」も同じような2部構成でしたが、いわゆる「事件の背景」部分は付録的な位置付けに近い感じでした。でも本作は面白いよ。
何だか、昔のB級洋画のような雰囲気なのですが、ラストはなかなか唸らされること請け合いです。
コンパクトなところもGood!
(モリアティ教授を持ち出す必要性はほとんど感じませんでした。まぁ、作者のサービス精神ってところですかね?)

No.3 7点
(2011/02/25 21:28登録)
このホームズもの最後の長編の執筆は1914~15年。すでに『トレント最後の事件』等も出版された後ですので、ドイルもミステリに対する新しい考え方に対応してきたということでしょうか、ホームズの推理論拠は、なかなかフェアに提示されています。
しかしそれより、本作が高く評価される理由は後半部分にあると言われています。約20年前に起こったという設定のこの出来事、実際の事件をモデルにしているそうですが、アメリカの炭鉱町を舞台に無法者たちの世界が描かれていて、Tetchyさんも指摘されているように、ハードボイルド的なシチュエーションです。ただ書き方は全然ハードボイルドとは違いますけれど。この後半部分のからくりは推測がつくのですが、それだけにかえってサスペンスが感じられ、おもしろく仕上がっています。
ただ、モリアーティ教授を持ち出してきたのはドイルのサービス精神かもしれませんが、これはむしろない方がよかったのではないかと思えるのですがね。

No.2 5点 堀木正雄
(2009/01/18 15:40登録)
延原謙の解説が面白かったりする。

No.1 10点 Tetchy
(2008/06/20 20:08登録)
数あるホームズシリーズの中でもさほど名の知られていない本書。しかし、私はこの作品が一番好きである。

今回も第1部は本格ミステリパートになっており、本件で明かされる事件の真相は、ミスディレクションがなされてはいるが、現代ミステリを読んだ者達にとってみれば、さほど目新しさを感じないだろう。

しかし、本作における魅力は第2部の加害者のバックストーリーにある。
これはシリーズ中、白眉の傑作である!
なんとハードボイルドなのだ。
しかもこのパートにもどんでん返しが用意されており、逆にこっちの真相に驚いた。
これもよく考えるとよくあるパターンなのだが、もうすっかり騙されてしまった。

本作を読むと、本当にドイルが書きたかった小説が何なのかというのが解る。

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