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弾十六さん
平均点: 6.10点 書評数: 446件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.406 7点 灰色の部屋- イーデン・フィルポッツ 2022/08/11 21:37
1921年出版。創元推理文庫(1977年6月初版)で読了。橋本さんの翻訳は上質で安心です。
実にサスペンス充分なストーリー展開。特に第六章までの流れが素晴らしい!
この先どうするの?と着地点が心配でしたが… 結末に至るストーリー展開を事前に知ってしまうのは、この作品にとって全く本望ではなかろうと思うので、厳重な情報遮断が吉です。本書のジャンル分けすらも知らない方が良い。作者もそういう風に読んでもらいたかったのでは?
現代では時代遅れと思われるネタに関する議論風の物言いが多いので、ちょっと疲れますが(私のように当時の空気感を知りたいヒトには非常に興味深い)、まあそこは我慢していただいて、フィルポッツさんの文章のいろんな欠点、①会話ベタ(大抵の場合、遊びが無くて窮屈)、②地の文でざっくりとまとめちゃうので小説的ふくらみが少ない、③ときどき出てくる先回り文(この後恐ろしいことが起こるなど知る由もなかった、という感じで少し先の事を予め書いちゃう)なども相変わらずですが、でもそんな作風もこの作品をコンパクトにしてくれていて、本作ではあまり欠点とはなっていないような気がします。
最後のほうでフィレンツェが舞台になるので、BGMにはイタリア・バロックの声楽(Giovanni Paolo Cima “Concerti Ecclesiastici”(1610) 原盤Dynamic)をかけたら、なんか非常に良い雰囲気でした。後で調べたらCimaはミラノの人。フィレンツェ人ならカッチーニの方が良かったかなあ。
以下トリビア。原文はGutenbergやWikisourceで簡単に入手出来ます。基本的にGutenbergを参照しました。
(2022-8-13追記) 作中現在が絞り込めた。まず英国狩猟シーズンの獲物の種類(p18)から10月〜1月。p187の記述から1920年10月以降。p260の日付の少なくとも2か月以上前。あとは作中の雰囲気から受ける印象では、あまり寒そうな感じではないので11月か12月上旬じゃないかなあ。その辺りの新月(p8)に近い日曜日(p60)を探すと1920年12月10日(金)が新月。という事で作中現在は1920年12月11日(土)が冒頭シーンだと思われる。Web「月齢カレンダー」koyomi8.comが便利でした。(2022-8-14追記: 12月のNewton Abbot(p89)の平均気温は最高10℃、最低4℃。天体シミュレーションStellariumで1920年12月16日Newton Abbotでのオリオン座の位置(p204)を確かめると4時57分ごろに西の地平瀬に沈みはじめ、ベテルギウスが完全に見えなくなるのは6時59分、本書の記述と一致すると言って良いだろう。なお月は前日22時17分に既に没している。念のため11月と1月の新月の頃のオリオン座の位置を試してみたが、本書の記述と全く合わなかった。QED)
英国消費者物価指数基準1920/2022(49.68倍)で£1=8049円。
p8 鎌のような形の新月(the sickle of a new moon)
p8 狩猟に出かけていた者たち(guns)◆英国のgunsは米国のhuntersと同意。
p11 黒点つきの白玉(the spot ball)◆ Historically, the second cue ball was white with red or black spots to differentiate it (Wiki “Carom billiards“)
p13 ハロー私立大学予備校(Harrow)
p13 全国私立大学予備校のヘヴィ級拳闘選手権(the heavy-weight championship of the public schools)
p13 当時大流行だった詩作病(the epidemic of poetry-making)
p17 百点勝負(a hundred up)
p17 雑用役をした(fagged)◆「訳注 パブリック・スクールの習慣で下級生が上級生の雑用をする」
p17 山奥育ちの人間(backwoodsman)
p18 ヤマウズラ… 兎… 雉子(partridges, a hare… pheasants)◆英Wiki “Hunting and shooting in the United Kingdom”によると、この獲物から狩猟時期はOctober 1からFebruary 1まで。(2022-8-13追記)
p21 自尊心のない(without pride)
p22 降神術(Spiritualism)
p23 リューシテイニア号(Lusitania)
p27 『フォレスター看護婦』(Nurse Forrester)と呼んでほしい◆その前のところでメアリが”Nurse Mary”と呼ばれていた描写がある。普通は名前呼びだったのかも。
p36 二十年前にわしが自家発電所を設けた… 親父は… 電灯が大きらいで、あんなものは眼を老化させると(when I started my own plant twenty years ago. My father … disliked it exceedingly, and believed it aged the eyes)
p37 プラクシテレス作の半人半獣像(the Faun of Praxiteles)◆英Wiki “Resting Satyr”参照。
p38 千ギニ(a thousand guineas)◆やはり骨董品の値段はギニ単位のようだ。
p42 生気説(the theory of vitalism)
p46 銅貨(a coin)◆銅貨などの形容はこの後にもなかった。当時のPenny銅貨(直径31mm)かHalf Crown銀貨(直径32mm)あたりがちょうど良い大きさに感じる。暗がりの勝負なので銀貨を推したいところ。
p47 軍隊用の拳銃(service revolver)◆英国なのでWebley一択。
p54 不沈艦(インドミタブル)(Indomitable)◆ HMS Indomitable was one of three Invincible-class battlecruisers built for the Royal Navy before World War I and had an active career during the war。就役1907-1919。
p60 日曜日
p64 プロレタリアート◆ここら辺は当時の保守階層の感覚なのだろう。
p64 朝食のしらせのゴング(the gong sounded for breakfast)
p71 幻想的な屈辱感(fancied affronts)◆訳語は「想像にすぎない屈辱感」が適当か。ここら辺のビターな洞察がフィルポッツさんの真骨頂だと思う。
p73 日曜日には利用できる乗物がなかった(no facilities existed on Sunday)
p75 黒のネクタイをし、黒の手袋を…(put on a black tie and wore black gloves)◆ここらあたり数ページの人物スケッチは非常に良い。
p77 ネルソン◆ Horatio Nelson(1758-1805)はサン・ビセンテ岬の海戦(1797)で上官の命令に従わず大勝利のきっかけを作った。
p80 もはや海はなくならん(there will be no more sea)◆黙示録21:1(KJV) And I saw a new heaven and a new earth: for the first heaven and the first earth were passed away; and there was no more sea. (文語訳)我また新しき天と新しき地とを見たり。これ前の天と前の地とは過ぎ去り、海も亦なきなり。
p82 手紙より電報のほうが
p89 法医学の政府機関(State authorities on forensic medicine)
p89 ニュートン・アボット(Newton Abott)◆南デヴォンの町。チャドランズ屋敷に一番近いようだ。
p95 市場が開かれる町からなら、日曜日でも営業しているタクシーが呼べる(the Sunday service from the neighboring market)
p98 三文新聞(halfpenny papers)
p101 私立探偵になっていたら(acting independently)
p102 葬儀社(the undertaker)
p108 検死審問… めったに聞いたこともないような評決(The coroner's jury brought in a verdict rarely heard)
p112 海軍葬… 砲車を引いて来て… 葬送の一斉射撃(the naval funeral… drawn the gun-carriage fired)
p130 『この家に平和あれ』(Peace be to this house)◆ルカ伝10:5(KJV) And into whatsoever house ye enter, first say, Peace be to this house. (文語訳) 孰の家に入るとも、先づ平安この家にあれと言へ。
p137 魔法条例(Witchcraft Act)◆ The Witchcraft Act 1735 (9 Geo. 2 c. 5) 英国の法律。1951年廃止。
p145 通常2時に昼食をとる(at two we usually take luncheon)
p149 暗黒の力(the powers of darkness)
p150 水晶占い者… 霊媒者… 易者など… あの連中は今のところ稀にみる収入をあげている(crystal gazers, mediums, fortune tellers, and the rest. They are reaping a rare harvest for the moment)◆原因は戦争のため(direct result of the war)と述べている。
p150 第二軽罪犯人として六カ月ぶちこんでやる(get six months in the second division)
p162 ブロマイド(bromide)◆ Potassium bromideのことらしい。20世紀の初めまで鎮静剤として使用されていた。
p169 席を外してもらえないか◆この配慮には感心した。p172参照。
p171 わがなすこと、今は汝らは知るよしもなし(What I do thou knowest not now) ◆ヨハネ伝13:7(KJV) Jesus answered and said unto him, What I do thou knowest not now; but thou shalt know hereafter (文語訳) イエス答へて言ひ給ふ『わが爲すことを汝いまは知らず、後に悟るべし』
p176 その夜の嵐は… イングランド南部に大きな被害をもたらした有名な暴風雨だった(It was a famous tempest, that punished the South of England from Land's End to the North Foreland)◆英国の暴風雨記録を1918-1921の範囲で探したが、該当は1920年5月の中部リンカーンシャーLouthに洪水をもたらしたものだけのようだ。ここの記述は架空?
p186 オリヴァ・ロッジ卿(Sir Oliver Lodge)◆1851-1940、英国の世界的物理学者。降霊術の擁護者。末の息子Raymondを第一次大戦で失い、霊媒を通じてその息子から聞いた死後の世界を記したRaymond or Life and Death (1916)はベストセラーとなった。(2022-8-13追記)
p187 去年の十月の出来事や批判… マンチェスターの地方執事… ステイントン・モージズ… (incidents and criticisms of last October... the Dean of Manchester… Stainton Moses) ◆当時のDean of Manchesterは James Welldon(就任1906-1918)又はWilliam Swayne(就任1918-1920)、William Stainton Moses(1839-1892)は英国の霊媒師。(2022-8-13追記: spiritualismとDean of Manchesterが出てくる記事を見つけた。“CHURCH TO INVESTIGATE SPIRITUALISM.” 13 January 1920 GISBORNE TIMES ニュージーランドの新聞だが、国教会のニュースなので関心があったのだろう。要約すると、ライチェスターのChurch Congressにおいて、初めて心霊主義(spiritualism)が議題に上り、もう国教会としても無視できない時期に来ている、との意見がSwayne(マンチェスターDean)などからあり、今年のLambeth Palace Conferenceで議題に取り上げる、とArchbishop of Canterburyが宣言した、というもの。そのConferenceについてはWiki “Lambeth Conference”に記載があり、1920年は第6回目の開催。252人のbishopが出席し、Rejected Christian Science, spiritualism, and theosophyとの結論に至ったようだ。別の記録によるとこの大会は7月5日から8月7日までの開催とある。とすると本書で「last October」(この前の十月、としたいですね)と言っているのはまた別の出来事なのだろうか。いずれにせよ、このランベス会議の結果を受けていることは間違いなさそうだ。Lambeth Conference(1920)はYouTubeにも2分ほどの動画があるので興味ある方は是非)
p187 レーモンド(Raymond)◆上述のオリヴァ・ロッジ卿の息子のこと。(2022-8-13追記)
p191 エンドーの魔女たち(the Witch of Endor)◆サムエル前書28:7に登場する。(KJV) Then said Saul unto his servants, Seek me a woman that hath a familiar spirit, that I may go to her, and enquire of her. And his servants said to him, Behold, there is a woman that hath a familiar spirit at Endor. (文語訳) サウル僕等にいひけるは口寄の婦を求めよわれそのところにゆきてこれに尋ねんと僕等かれにいひけるは視よエンドルに口寄の婦あり
p197 五ポンド賭けてもいい(bet… an even flyer)◆wikisourceでは“fiver”になっていた。Gutenbergは誤植と思われる。
p198 ベレー帽… 白衣(サープリス)… 肩からストラを下げて(donned biretta, surplice, and stole)◆ここはwikisourceでは“baretta”
p202 蒸気脱穀機(a steam-threshing machine)
p203 警報解除(All's clear)
p204 猟師(Hunter)◆「訳注 月のこと」辞書には「オリオン座」とあるのだが。Hunter’s Moon(米国の言い方らしい)を誤解したのかも。(2022-8-14追記: 地の文で曜日は記されていないが、推移を読み取って曜日で示すとp106が月曜、p113が火曜、p133が水曜、一夜明けて、この時点で木曜の朝)
p205 長い法衣(カソック)(cassock)
p215 ドイツ医学週刊誌(Deutsche Medizinische Wochenschraft)
p225 のろ(whitewash)◆「訳注 石灰水にご粉やのりを混ぜた溶液」水しっくい。
p230 日刊新聞(daily Press)
p238 ガスマスク(gas masks)◆当時ものはuk gas mask 1920で。The Mk III General Service Respirator(c1921-1926)が適切か。
p238 サルヴァトール・ローザかフュースリの画いている奇怪な悪魔(fantastic demons of a Salvator Rosa, or Fuselli)◆ Salvator Rosa(1615-1673)のLa Tentazione di Sant’Antonio(1645)やJohann Heinrich Füssli (英名Henry Fuselli)(1741-1825)のThe Nightmare(1781)あたりのイメージか。
p248 三週間
p249 降霊術者(spiritualists)
p249 赤い紐もついにとけ(The red tape… was thus unloosed at last)◆訳注の通り「官僚主義の形式的で煩雑な規制」というような意味。
p250 あと二週間たつと
p253 ピッティ… フラバルトロメーオの大きな祭壇上の絵… チチアンのイッポリート・ディ・メディチ枢機卿の肖像画(Pitti… Fra Bartolommeo's great altar piece… Titian's portrait of Cardinal Ippolito dei Medici)
p254 あの『コンサート』、演奏者のたましいの渇望がその顔にも表現されて◆ ティツィアーノの名作。1543–1564年ごろ。
p254 アンドレア・デル・サルト… ヘンリー・ジェームズは二流の画家だといってるけど、ジェームズ自身が二流の作家だからでは(Andrea del Sarto… but Henry James says he's second-rate, because his mind was second-rate, so I suppose he is)◆ここの代名詞(he, his)は常にデル・サルトを指すのでは?試訳「ヘンリー・ジェームズは二流の画家だと言う、了見が二流だからと。そうかもしれない」(2022-8-13追記)
p254 アローリの『ジュディス』(Allori's 'Judith')◆ Cristofano Allori(1577-1621)の作品(1610-1612) こちらはPitti宮のもの。英国ロイヤル・コレクションにも1613年作のがある。同一構図なんだが、ユディットの顔が全然違うんだよね… 男の顔(画家自身、と言われている)はほぼ同じなんだけど。
p257 イタリアの悪口
p258 先週の『フィールド紙』(last week's 'Field,')◆ Field: The Country Gentleman's Newspaper、英国の週刊誌。1853年創刊。country matters and field sportsに関する専門誌のようだ。
p260 四月九日
p269 ゴビノー伯爵(Count Gobineau)◆ Joseph Arthur Comte de Gobineau (1816-1882) 「白色人種」の優越性を主張… ゴビノーの思想はヒトラーとナチズムに多大な影響を与えたものの、ゴビノー自身は取り立てて反ユダヤ的ではなかった。(Wikiより) フィルポッツは随分と高く買ってるみたいで、マキャベリ、ニーチェ、スタンダールと同列の最高の思想家(p272)と登場人物に言わせている。
p272 本気でかかっている(out to kill)
p275 知識人(intellectuals)
p275 彼の侍僕(his man)
p293 プリンス・ジェム… トルコの皇帝バジャゼットの弟(Prince Djem, the brother of the Sultan Bajazet)◆WebにGeorge Viviliers Jourdan作“The Case of Prince Djem: A Curious Episode in European History” (The Irish Church Quarterly 1915) という論文があり、どうやらこの物語のようだ。
p293 へだたりは心を優しくする(Distance makes the heart grow fonder)◆初出はFrancis Davison’s “Poetical Rhapsody”(1602) に収められた”Absence makes the heart grow fonder — of somebody else!” 無名氏の詩の最初の行だという

No.405 7点 世紀の犯罪- アンソニー・アボット 2022/08/07 16:21
1931年出版。サッチャー・コルト第2作。電子版(dブック)で読みました。翻訳はきびきびしたリズムが良かったです。なお電子本アプリ「dブック」は非常に使い勝手が悪かったので全くおすすめしません。
アボットといえばリレー長篇『大統領のミステリ』(初版1935) 当時、雑誌Liberty編集長(1932-07-30号以降)だったAbbot(本名Fulton Oursler 1893-1952)がFDRから主題をもらったもの。英Wikiの略歴を読むと、1920年代にはフーディニのインチキ心霊術撲滅活動に協力して作品を発表しているようだ。無神論者だったが、カトリック教徒へ(1943)ここら辺、ちょっと興味深い。
さて、本作はヴァンダインの影響がかなり明らか。実際の事件を下敷きにしている(ホール、ミルズ殺人事件(1922-1926); リンドバーグ誘拐殺人事件(1932-1934)以前で、史上最も多く報道された事件だという、なのでこのタイトルになったのだと思われる。なお『ベラミ裁判』(1927)もこの事件が元ネタ)、作者=作中の「わたし」、ドキュメンタリー・タッチの話の進め方。ヴァンダインや初期EQと違うのはロジック・パズルではないこと。アボット流は、いろいろな捜査を同時多発的に行なって、数々のバラバラな手がかりをラストであっという間にジグソーパズルを上手くはめる感じ。スピード感は初期ペリー・メイスンに似ている。
推理味は薄めで、中心となる謎が弱い(結局は実在事件の辻褄合わせになってしまう)が、私にとっては1920年代のネタ(特に科学捜査に関するもの)が非常に多くて満足。意外な事実もたくさん教わったので、点数はおまけです。コルト第1作はリジー・ボーデン事件が元ネタらしいので、こちらも読んでみたい。
以下トリビア。原文は入手出来ませんでした。dブックにはページ数が表示されないので全体比の位置をパーセント表示します。
作中現在は、出版時の数年前で、p(5%)、p(31%)、p(92%)から「1925年6月初旬」のはずだが、p(79%)の日付だと作中現在が1931年(つまり出版時)になってしまう。そこ以外は1925年でほぼ問題無い(弾道試験を除く)。
その弾道試験についてp(71%)にかなりの記載があるが、そのような状況になったのは出版時くらいの頃ではないかと思う。詳細はWeb記事「カルヴィン・H・ゴダードが語る発射痕鑑定の歴史」に詳しい情報があるので是非一読いただきたい。
米国消費者物価指数基準1925/2022(16.93倍)で$1=2285円。
銃は「スミス・アンド・ウェッソン22口径、ブルーバレル」p(71%) が登場。.22 Long弾を使用するMフレームのLadysmith(1902-1921)だろうか。
p(2%)主要登場人物
※サッチャー・コルト(Thatcher Colt)… ニューヨーク市警察本部長(New York City Police Commissioner)
※マール・K・ドアティ(Merle K. Dougherty)… 地区検事長(District Attorney)◆「地方検事」が定訳だが…
p(4%) ドット・キング◆ Dot King、本名Anna Marie Keenan(1894-1923)、芸名Dorothy King、Broadway女優。1923年に殺害されたが犯人不明。ヴァンダイン『カナリア殺人事件』の元ネタ。
p(4%) エルウェル◆ Joseph Bowne Elwell(1873-1920)米国のブリッジの名手で、当時はオークション・ブリッジが主流だったが、ルールの新案をいろいろ提案していたという(コントラクト・ブリッジはVanderbiltによる1925年のルール制定以降「ブリッジ」の代表となった)。1920年6月11日に45口径で何者かに射殺された。有名な未解決事件。ヴァンダイン『ベンスン殺人事件』の元ネタ。
p(4%) ロススタイン◆ Arnold Rothstein(1882-1928) 米国の実業家、ギャンブラー、ギャング。組織犯罪の元祖。1928年11月4日にマンハッタンのホテルで撃たれ死亡、犯人不明の未解決事件。
p(4%) クレーター判事◆ Joseph Force Crater(1889年生まれ) ニューヨーク州最高裁判所判事。1930年8月6日午後9時半ごろ、ニューヨーク西45番街のレストランを出て、二人の連れと別れ、一人タクシーに乗り込んだ後、行方不明となった未解決事件。
p(5%) 数年前の6月初旬◆作中現在
p(5%) タクシー運転手に上着の着用を強いる規則◆New York Times 1925-6-4記事によると、警察第二本部長代理がtaxicab driversに命じた規則。全てのドライバーは、新案デザインの庇つき帽子、リネンの白collar、ネクタイ、coatを勤務中に必ず着用すること、とされた。1925-6-15から適用。
p(5%) ムラージュ… 証拠を蝋や石膏で型取りし、犯罪を解決に導く画期的な手法◆Moulageのことか。
p(8%) 事件から数年経過した
p(8%) 米国聖公会◆ Episcopal Church in the United States of Americaのことだろう。
p(10%) グリマルキン◆ Grimalkin 詳細は英Wiki (2022-8-8追記)
p(10%) 検死官◆ ここはmedical examinerのこと。 「監察医」が定訳のようだ。p(14%)参照。(2022-8-8追記)
p(10%) ミュルジェール… デュ・モーリエ◆Henri Murger(1822-1861)とGeorge Du Maurier(1834-1896)か。どちらもボヘミアン生活を描いた小説で有名。
p(12%) 顕微鏡写真用カメラ◆ Photomicrographicか。顕微鏡だと大袈裟すぎる気がする。拡大写真用カメラか。
p(13%) ベルティヨン
p(13%) 指紋を見つけるには、懐中電灯よりも蝋燭の炎のほうが有効
p(14%) アーセナル◆五番街65丁目、当時は警察署だったようだ。
p(14%) 検死審問の廃止◆ ニューヨーク市では1918年1月1日以降、検死官coronerではなくmedical examinerが検死を取り仕切ることとなり、インクエストは廃止された。(NYC以外のニューヨーク州は検死官制度のままだったようだ)
p(14%) 洗濯屋のマークを網羅した台帳
p(16%) ライトアップされたタイムズ・スクエア
p(17%) 天国の木… ニワウルシ… エイランサス・グランデュローサ(学名)… アボイナ語◆この学名は見当たらず、ニワウルシ(庭漆)又はシンジュ(神樹)はAilanthus altissima。ailanto(アンボン語)はtree of heaven, tree of godsという意味のようだ。
p(22%) レヴェレーション(訳注 英国の老舗ブランド)◆Revelation luggageは1923年創業のロンドンのスーツケース・ブランド。創業時の正式名称は“The Revelation Expanding Suitcase Co Ltd”だろうか。厚みの可変対応が特徴で、当時の広告(1935 UK Revelation Advert)に「どんどん幅が広がる」イラストがあってわかりやすい。24インチ型が£4-2-6(52700円)。別の広告(1928)で値段は「布張りは19/6(11000円)から、革張りは69/6(39200円)から各種サイズがありますよ」他の広告(1932)では「英国皇太子御用達」を謳い「高級Morocco dressing caseが£22(276000円)」いずれも会社の表記は“Revelation Suitcase Co. Ltd.” 170 Piccadilly London。(円換算は各年の英国消費者物価指数基準によるもの)
p(22%) バーロング… ミンダナオ島のモロス族やスールー諸島の原住民◆ナイフ。英Wiki “Barong (sword)”参照
p(23%) モージェスカ(訳注 女優)の写真◆ Helena Modjeska(本名Helena Modrzejewska)(1840-1909)ポーランド生まれのシェークスピア悲劇女優。1876年米国に移住。英語は不完全だったが人気を博した。
p(27%) アルブレヒト・アルトドルファー『光輪の聖母子像』の複製◆ Albrecht Altdorfer “Maria mit dem Kinde in der Glorie”(1526)
p(27%) アンドレア・デル・サルト『聖家族と聖エリザベツと幼児聖ヨハネ』のカラー・エッチング◆ Andrea del Sarto “Madonna and Child with St. Elizabeth and St. John the Baptist”(1529)
p(27%) ホール博士、リケソン、シュミット神父◆ Edward Wheeler Hall(1922年の事件), Hans Schmidt(1913年の事件)、リケソンは調べつかず。(2022-8-8追記: 序文に書いてある「ウエストニュートンのリチェソン」と同じかも、と調べたらClarence Virgil Thompson Richeson (1876-1912)と判明した)
p(30%) 二人の陽気なジャマイカ人が家事全般を取り仕切り
p(31%) 指紋採取… ボーメスが導入した法律… ドアノブを用いるやり方◆ Baumes Lawsはニューヨーク州上院議員Caleb H. Baumes(1863-1937)を議長とするニューヨーク州犯罪委員会により提案され1926年7月1日に成立した数種類の州刑法令。本書にある通り、指紋採取についての規定も含まれているようだ。英Wiki ”Baumes law“参照。
p(36%) インドのサンゴ色の糸
p(36%) うちの夕食は6時半… 使用人たちがまっとうな時間に食事◆そういう気遣いのある家庭もあったのだろう。
p(36%) 国際司法裁判所◆当時の時事ネタらしい。1920年創設のPermanent Court of International Justiceのことか。
p(37%) ジャズ◆当時の有名曲はWiki “List of 1920s jazz standards”参照
p(37%) 電波を空けておく◆このような対応があったんだ
p(39%) 速記ができる
p(41%) 電話会社が自動システムを導入… 現在は発信元を突き止められない◆交換手の時代には色々と記録が残りやすかったのだろう。
p(42%) 風呂が五つ
p(42%) 朝食… オレンジ・ジュース、シリアルと生クリーム、目玉焼き、ラムチョップ
p(42%) 朝の調べ(アルボラーダ)◆alborada(スペイン語)
p(42%) 殺人者の目◆ Murderer's Eye
p(42%) パトリック・マホン◆ Patrick Mahon、1924年5月逮捕
p(42%) ロールパン… オムレツ
p(44%) 狭いレッジ◆ledge
p(45%)️ 彼女のことを心配するアボット◆ここら辺は一切プライヴェートを明かさないヴァンダインと違う
p(45%)️ 新聞記者の守護聖人フランシスコ・サレジオ◆ Francesco di Sales (Salesio)(1567-1622) Wiki「フランシスコ・サレジオ」参照。
p(45%)️ 犯罪発生率が最も高いのはセントルイス…
p(47%) 悪い噂を流す女(キャッティ)◆catty アボットは猫派と見た
p(48%) 自分の秘書に隠し事は不可能
p(49%) 高級取りで、週に45ドル稼ぐ◆秘書の給与。月給換算で44万6千円
p(50%)️ チョックフル・オーナッツ・ショップ◆ Chock full o'Nuts Shopは1926年、ブロードウェイ43丁目にWilliam Black(1902-1983)が開店したコーヒーショップ。
p(50%) 流行りの少年のようなボブカット
p(53%) 航空隊◆本書では、グローヴァー・A・ウェイレン(Glover Aloysius Whalen 1886-1962) NYC警察本部長在任(1928-12-18〜1930-5-21)が導入したように書いているが、英Wiki “NYPD Aviation Unit”によると、創設は1919年のことらしい。ウェイレン自伝“Mr. New York”(1955)にも警察航空隊に関する記載はなかった。
p(54%) ジョセフ・フィールズ判事◆調べつかず
p(55%) ニューヨークの老舗社交クラブ<プレイヤーズ>◆1888年創設。英Wiki “The Players (New York City)”参照。
p(58%) パウルス・シレンティアリウス◆ Paulus Silentiarius、ギリシア6世紀の詩人
p(59%) ドレスデン美術館所蔵の≪システィーナの聖母≫◆ラファエロ作Madonna Sistina(1514)、指は誤りではない説もある。
p(60%) マーク・トウェインの“ストマック・クラブでの講演”◆ "Some Thoughts on the Science of Onanism" a Speech by Mark Twain in Paris at the Stomach Club in spring, 1879. 際どいネタのため、ずっと秘匿されていたが1943年に謄写版で活字化され、初の印刷版は100部限定(1952)だった。ちょっと古いが『四畳半襖の下張』事件(1972)を思い浮かべていただければ…
p(60%) ロータス・クラブ(訳注 ニューヨークの老舗クラブ)◆ Lotos Club、1870年創設。
p(62%) およそ三十年前のロンドン… チェルシー・オールド教会◆ Chelsea Old Church、1941年4月にドイツ軍の空襲を受け、かなり破壊されたがThe Thomas More Chapelにはほとんど被害がなかった。
p(63%) 粗羅紗(ベイズ)張りのドア
p(63%) ホット・アンド・コールド◆Hot and Cold、英Wiki “Hunt the thimble”参照。
p(64%) 指紋採取の技法◆当時の手法がかなり詳細に書かれている
p(69%) グリーニー邸… 当時ニューヨーク市立博物館… 博物館は現在、五番街の新しいビルに移転… ◆ Museum of the City of New Yorkは1923年にHenry Collins Brown(1862-1961)により設立され、当初の住所はEast End Ave. at 88th St.の旧Gracie Mansionだった。その後、1930年に五番街の新築の建物に移転した。
p(69%) メイシーとギンベル… オヴィントンとウールワース◆いずれも米国の百貨店。Macy’s: Rowland Hussey Macyにより1851年創業、NYC店は1858年。Gimbel Brothers(Gimbels): Adam Gimbelにより1842年創業、NYC店は1910年開業。Ovington’sは元々陶器やガラス製品の販売店として1846年創業。WoolworthはFrank Winfield Woolworthにより1879年創業。
p(69%) 寄席芸人(ボードビル)
p(71%) 昨今、弾道試験の信頼性が著しく低下… 専門家の力不足◆ FBI資料(1941)に旋条痕比較を含む銃器鑑定が各州法廷でどのように受け止められたか、の便利なリストあり。否定的だったのはケンタッキー州1928年、マサチューセッツ州1928年だけだったのだが… (FBIの銃器鑑定テキスト1941)
p(71%) ブローニング、ウェブリー、スミス・アンド・ウェッソン、モーゼル、パラベラム◆最後のParabellumはLuger P08のこと。米国最大メーカーの「コルト」が入っていないのは本部長名と紛らわしいから?
p(71%) 発射された銃弾に刻まれた撃鉄ややすりや研磨装置によってついた細かな傷跡◆これは「銃弾(bullet)」ではなく「薬莢(cartridge)」のことでは?少なくとも銃弾は撃鉄と直接接触しない。「やすりや研磨装置」はejectorやextractorのことだろうか。
p(73%) とうもろこしのかき揚げ(コーン・フリッター)と同じくらいアメリカじこみ◆Corn Fritters、米国南部のが有名らしい。
p(73%) ツィンガロ… クワドルーン◆ zingaro(イタリア語)、quadroon
p(73%) カード占いの手法… マザー・シプトン… マドモアゼル・ルノルマン… クリスクロス・エースイズ◆Mother Shiptonは英国の伝説的予言者。本名Ursula Southeil(c1488-1561)、Marie Anne Adelaide Lenormand(1772–1843)はフランスの占い師。クリスクロス・エースイズは調べつかず。
p(78%) 手袋の内側のイニシャル
p(79%) イタリアのオペラ… 14丁目… フォン・スッペの「ボッカチオ」◆ Franz von Suppé作Boccaccio, oder Der Prinz von Palermo(1879)
p(79%) 一九二七年一月◆ここでは明言されていないが、後の情報に基づき再構成すると、これは四年前のことだと思われる
p(79%) [眠りは]人生を少なくとも1/4に減じてしまう◆ここは誤訳か。「人生の1/4を減じてしまう」が正解だろう。
p(81%) わたしはホテルに住むことにして、あの家は家具つきで賃貸に
p(82%) わたしが人生から得た唯一の喜びは、推理小説を読むこと… 完全犯罪ものに目がない◆この熱狂的な情熱はどこから?でも当時は大不況真っ只中でこういう人が結構いたのだろう。そして探偵小説の黄金時代だった。バーナビー・ロス四部作やJDC/CDのフェル博士やHM卿もまだ世の中に現れていないのだ。羨ましい!
p(82%) 長距離電話… 電話会社が警察に提供する高速サービス
p(86%) フェルトのつばなし帽(トーク)◆toque
p(86%) スカートの丈は膝が隠れるくらい◆当時の主流はふくらはぎあたりか。「流行より高い」という意味かも。
p(87%) 五年前の八月
p(92%) ニューヨークでは目下、記録的な暑さが続いている… 気象局開設以来、六月にこんなクソ暑い日が続いたのは初めてだ◆ ブログ“Heat - New York City Weather Archive”によると、NYCで90℉(=32.2℃)以上の日が6月中に9回以上あったのは史上四回だけ: 1943 (11), 1966 (10), 1925 & 1991 (9)。この記事によるとNYCは八月が一番暑い月で、最高気温記録は94℉(=34.4℃)

No.404 7点 溺死人- イーデン・フィルポッツ 2022/08/01 23:06
1931年出版。橋本さんの翻訳はいつものように端正でした。
政治談義が非常に多くてちょっとげんなり。フィルポッツがゴリゴリの保守なので、まあこういうのは小説ではやめて欲しいなあ、と思ったら、結構、ラストで上手くまとまる。ああ、この時事(ジジイ)放談(フィルポッツ、当時69歳)の積み重ねも全くの無駄では無かったのだなあ、とちょっとだけ(本当にちょっとだけだが)感心した。この頃は労働党政権が誕生してみんな不安だったのだろうし、と大目に見たい気もする。ここら辺の議論が保守派の本音だったのだろう、とも思う(今度の戦争では英国なんて負けちまった方が良いのだ!と無茶苦茶を言っている)。
ミステリ的には本作の傷は大きく二つ。一つ目は第5章p116あたりの登場人物の行動。二つ目は第6章p136あたりの反応。まあここを越えれば後はスルスル行くはず。
私は素人探偵をいかに成立させるか、という工夫が気に入って、その二つの傷も、ここでうるさく言っちゃうとオハナシが盛り上がらんべえ、と雑に心を納得させました。欧州ではつい先日大きな戦争で非常に傷ついた訳だし、主人公と見守る友人は戦火をくぐり抜けた中なのだから、ドライな現代の人間関係では押し測れないものがあるはずだ。
論理で解決ではなく、流れで進んでいくのがロジック派には不満だろうが、構成は非常に良いと思う。
ただし小説の腕は全然感心しない。フィルポッツさんが若きアガサさんの習作小説を読んで、その会話を褒めた、というエピソードが知られているが、自分が不得手だったから、特にそこが気に入ったのだろう。
トリビアに行く前に、しばらく調べてやっと気づいたタイトルの意味を解説しておこう。“Found Drowned” 初版をみると引用符付きである。実はこの表現、水死のインクエストの結果を知らせる時の新聞の決まり文句で『評決は「溺死と認定」された』ということ。動詞findはインクエストの陪審員が「事実として認める、宣告する」の意味。辞書には「評決する, …と判決を下す」とある。インクエストの性質上、本来は自殺なのか、他殺なのか、事故なのか、を評決しなければならないのだが、「死んでいるのは」確実だが、その死に至る経緯が提出された証拠や証言から判断できなければ(特に溺死体はそういう事が多いのだろう、検索するとverdict of “Found drowned”という用例はかなり多かった)、ただ死んだことだけをもって評決とする場合がある。(verdict of “Found dead”という例もあり) つまりこれはopen verdictの一種なのだ。
以下、トリビア。原文は残念ながら入手出来ず。
作中現在はp201、p13から1930年10月初旬から始まる。
英国消費者物価指数基準1930/2022(72.65倍)で£1=11752円。
p8 ロンブローゾ◆時代遅れの科学。
p8 集団テスト
p11 殺人物やミステリ
p12 ダレハム◆いろいろ探したが、架空地名のようだ
p13 海軍の軍人ふうの顎ひげ
p13 十月初旬
p14 バンジョー
p14 砂絵描き
p14 かつて非常に有名だったミュージック・ホールの俳優--「白い眼のカフィル人」といわれたチャーグィン◆ G. H. Chirgwin(1854-1922)“the White-Eyed Kaffir”のこと。英Wikiに写真付きで項目あり。「白い眼」ってこういう事か!
p17 検死審問(インクエスト)
p22 リヴァートン◆いろいろ探したが、架空地名のようだ
p25 「溺死体で発見さる」という評決
p26 検死審問のあいだに、こっそりあの死体を調べてみた◆検死審問では傍聴者が死体を観察する機会もあったようだ。
p41 ロープ◆これは何だろう。二度と言及されないのだが…
p41 九月の時刻表◆作中現在は10月。本当は8月下旬の鉄道時刻表を調べたいところだが、手近にあった前月のでとりあえず確認した、という事か。
p42 三マイル先の有名な海水浴場◆南デヴォンらしいのでExmouth BeachかBlackpool Sands Beachあたりか。よく調べていないので適当です…
p43 自動車の出現
p46 八月二十七日◆事件の日
p47 正面に国旗をつけたとんがった帽子◆イメージがさっぱり湧かない…
p47 レッドチェスター◆いろいろ探したが、架空地名のようだ
p48 一等の切符代は10シリング◆おそらく距離15マイルの運賃
p48 ブラッドベリ紙幣◆「訳注 1ポンド紙幣」財務省の当時の事務次官John Bradburyのサインが入っていたことから。作中現在の紙幣は1928年以降なので£1 Series A (1st issue)、緑色、サイズ151x84mm
p52 独力で出世した男◆ここら辺、全く同意
p52 ペーシェンス◆トランプの一人占い。
p55 ヨット乗り用のひさしつきの帽子
p59 色の浅黒い◆多分dark(黒髪の)
p60 電話室◆屋敷内の
p61 どなたにおかけですか◆相手の名前を聞いていない。これがマナーだったのか。
p69 一ペンス半◆切手代。Three halfpence、当時の封書の郵便代の最低額(2オンスまで)
p69 パンを水の上に投げると、ずっと後になって、それを得る… 「伝道の書」の教え◆ (KJV) Cast thy bread upon the waters: for thou shalt find it after many days (Ecclesiastes 11:1) 文語訳「汝の糧食を水の上に投げよ 多くの日の後に汝ふたたび之を得ん」
p76 お古のオーバー… 5ポンド
p79 プリマス… 三つの町の合併◆訳注 1914年にプリマス、デヴォンポート、ストーンハウスの三つの町が合併してできた
p81 二ポンド十シリングくらい◆バンジョーの値打ち
p87 ジェイムズ・マクラレン… アーチボールド・トムキンス… ダンテ・ロセッティ… ベートーヴェン・スミス◆James McLaren, Archibald Tomkins, Dante Rossetti, Beethoven Smith… 綴りは適当だが、思い当たるのはDante Gabriel Rossetti(1828-1882)くらいか。
p88 マウント・エッジカム・ホテル◆Mount Edgecombe Houseはプリマスの史跡。ホテルは架空のものだろう。
p88 新たに建設されたエディストーン燈台◆Eddystone Lighthouse、1882年に建てなおされたもの(四代目)。
p88 スミートンの旧燈台◆ John Smeaton(1724-1792)がデザインしたエディストーン燈台の三代目で、1884年に移築されプリマスの史跡(Smeaton's Tower)となっている。
p98 ホルストの『惑星』◆1916年発表。私の世代だと冨田勲ヴァージョン(1976)を思い出してしまうよね。
p115 一ポンド十シリングにあたる六枚の紙幣◆これは誤訳だろう。話の流れから少なくとも二枚の1ポンド紙幣があったはず。当時の少額紙幣(英国財務省発行)は1ポンドと10シリングしかない。高額紙幣は5ポンド以上で英国銀行発行の白黒印刷。原文は「1ポンド紙幣や10シリング紙幣が合計六枚あった」だろうか。高額紙幣とは明らかにサイズが異なり、印刷もカラーなので、ハッキリ区別できる。
p115 十ポンド紙幣◆英国銀行発行のWhite Note、裏は無地。サイズ211x133mm
p117 紙幣にはナンバーが
p128 成り上がり者… ダイヤの指輪… 派手な靴下
p138 ロージェイ◆Peter Mark Roget(1779-1869)英国人の辞書編集者。現在ではロジェで通用しているが、Wikiの発音記号を見ると英国式では「ロジェイ」が正しいのだろう。
p147 グレート・ウエスタン・ホテル◆鉄道会社が建てたロンドンの有名なホテル。
p148 ユダヤ人らしかった
p149 一ギニー◆骨董屋の値段の単位はギニーなのかな?(贈り物に使われるから?)
p149 放送
p156 前の大法官と今度の大法官◆1929年6月に交代。Douglas Hogg, 1st Baron Hailsham(1872-1950)からJohn Sankey, 1st Baron Sankey(1866-1948)へ。大法官も内閣の一員なので、この交代は保守党政権から労働党政権に変わったことによるもの。
p165 合法的に離婚
p172 普通の人たちはリューマチの痛みを痛風と言うことが多い
p193 一ドル賭けても◆ここは「1ポンド」の誤りだろうか。
p195 五シリング
p201 一九三◯年
p203 五パーセントの利息◆当時の普通の利率なのだろう。
p261 ルカ伝の伝道者たち
p273 貴族の方々の消息は新聞に載る
p293 ヴィクトリア女王… われわれはおもしろがってはいないのだ◆このセリフは『キャッスルフォード』(1931)にも出てきた。原文は“We are not amused” 王宮での夕食の席で、いささかスキャンダラスで不適切な話を聞いた後、女王が言ったとされる言葉。出典はCaroline Holland “Notebooks of a Spinster Lady”(1919)

No.403 6点 フレンチ警部とチェインの謎- F・W・クロフツ 2022/07/21 04:41
1926年出版。フレンチ警部第2作。井上勇さんの翻訳は端正。「めっかる」が微笑ましい。
つぎつぎと不思議な事件が起こる物語。冒頭に「わたし」が唐突に出て来るのですが、これは作者の事なんでしょうね(登場するのは冒頭だけ)。推理味は薄いです。
物語後半に登場する「モーリス・ドレイクのWO2のすてきな物語(p336)」フレンチ警部も「いちばん面白い本」という”WO2”(1913) (「2」は二酸化炭素CO2のような小さな下付き文字)は英国エドワード朝冒険スリラーの先駆的作品で、チルダース『砂洲の謎』(1903)とともにクロフツの愛読書だったらしい。私は二作とも読んでいませんが、研究者によると『製材所の秘密』はこの二作の影響を受けており、本作の主人公の名前は“WO2”の登場人物から採られ、ヒロインの造形も似ているようだ。Maurice Drakeの作品は英国冒険小説の一つの潮流を作り、後年のガーヴにも繋がるという。
クロフツさんが鉄道業を辞めるのは1929年になってから。それまでは仕事をしながらのパートタイム作家だった。本作の最初のほうに出てくる評価(「まるで商務省の報告のような文章」とか「低級雑誌」とか)はクロフツさんの自虐ネタだったのかも。
以下、トリビア。
作中現在はp9から明白のようだが、実は問題あり。p279の記述で『フレンチ警部最大の事件』が先に発生しているようなのだが『最大の事件』は日付と曜日から1924年のはず。さらに作中のポンド/フラン交換レート(『最大の事件』が£1=70フラン、『チェイン』が£1=80フラン)と近いのは、それぞれ1923年と1924年。だが、本作ではウェンブリー競技場が影も形も無い(p171)という描写があり、いろいろスッキリしないがやはり『チェイン』は1920年の事件なのだろう。
英国消費者物価指数基準1920/2023(49.68倍)で£1=8225円。
p8 白ウサギ… ジャックの裁判◆『不思議の国アリス』風味はここだけ。
p9 わたしは…◆一般論を述べているので作者が登場してもおかしくはない。
p9 一九二◯年三月(March, 1920)
p10 ハロウやケンブリッジに入学する夢
p11 プリマス
p11 モーターバイク
p13 すてきなアメリカの調合飲み物(a wonderful American concoction)
p14 短編小説
p15 まるで商務省の報告(It reads like a Board of Trade report. Dry, you understand; not interesting)
p16 十二編くらいの
p17 ザ・スタンダード(The Strand)か、どこかの月刊誌に◆井上先生にしては珍しい誤訳。
p17 低級雑誌(inferior magazines)… りっぱな新聞雑誌(good periodicals)
p18 うまくいけば一編50ポンドか100ポンドで売れる… 出版権や映画などで◆短篇小説一作なら結構な儲け。
p22 手ぎわのいい手品使い
p24 自分の電話はなかったが、一番近い隣家の… 取次◆昔は電話の取次ネタが落語でもありましたねえ。でも英国人の電話普及率の低さを考えると、やはり個人の生活に遠慮なくズケズケ入ってくる電話が嫌いだったのだろう。それが許される有閑な生活環境(急ぎの用事に振り回されない)というのもあったのだろうし…
p26 私立探偵を
p29 かつて読んだことのある小説
p32 保険
p35 紙幣の小さな束
p35 インデアンの手細工の小さな金の置時計(a small gold clock of Indian workmanship)◆英国なので「インドの」だろう。
p37 スペクテーター◆若い女性が読むの?と思ったが場違い(小笑い)の場面なのかも。
p64 フールズキャップ
p77 燻製ハムと卵の皿、かぐわしいコーヒー、トースト、バター、マーマレード
p79 小さな自動拳銃(a small automatic pistol)◆型式なし。いつものようにFM1910がお薦め。
p86 二シリング
p92 一等の食堂車(the first-class diner)
p92 小説ちゅうの探偵(the sleuths of his novels)
p93 ようがす、だんな(Right y’are, guv’nor)
p94 タクシーZ1729(Taxi Z1729)◆タクシーのナンバー
p94 料金のほかに10シル(Ten bob)
p99 大きな写真機
p104 たったの1シリングで
p108 イングランドは各人がその義務をはたすことを期待する
p117 町(ロンドン)に滞在している(was staying on in town)◆定冠詞なしの場合は英国では「ロンドン」のことらしい。
p120 労働者アパートの団地(a block of workers flats)
p122 お茶のしたく(I was just about to make tea)
p124 六シル六ペンス◆タクシー代5s.6d.と手間賃1s.
p128 矛盾は当今のはやり(since contradiction is the order of the day)
p129 “アラビアン・ナイト”の話(Why, it’s like the Arabian Nights!)
p132 小型カメラとフラッシュライト(having photographed them with her half plate camera and flash-light apparatus)
p132 雑誌の口絵やポスター(for magazine illustration and poster work)
p133 十の階段(the ten flights of stairs) ◆五階なのでひとつながりの階段が一階につき2つあり、合計10回階段を登った、という意味。試訳「階段を十回登って」
p145 五シリング
p153 四月五日
p155 二百ポンド
p157 天罰覿面
p171 ウェンブリ・パーク… 当時はまだ博覧会の開催は考えられていず、後年、世界のあらゆるところから、何十万という訪問客が押し寄せることになった地所は、まだまっくらで人気もない野っ原だった(at that time the Exhibition was not yet thought of, and the ground which was later to hum with scores of thousands of visitors from all parts of the world was now a dark and deserted plain)
p176 アンクレット… 鱶がが噛みつくのを防ぐため… “白の騎士”(アーサー王物語)
p177 夏期時間(this daylight saving)… 一時間はやく◆燃料節約のためにSummer Time Act 1916で定められた夏時間。1920年は3月28日(日)から9月27日(月)まで。
p180 サッシ(sash)… 掛け金(catch)
p181 ポケット尺(a pocket rule)
p184 うなぎのように
p191 コロナ(訳注 キューバ葉巻)(Try one of these Coronas)
p191 コーヒーとロール
p215 ありきたりの銀のポケット壜
p221 小さなハンドバッグ(purse)◆上着のポケットに入るくらいのもの。
p222 駅の食堂(the refreshment room)
p223 一等食堂(the first-class refreshment room)
p232 ひとかたまりのパン、バター、ニシンの罐詰、卵
p248 お礼として2ポンド
p262 ネルソンの言葉… 歌の替え文句(‘England expects every man to do his duty’ was amateurish…. In his mind the words ran ‘England expects that every man this day will do his duty,’ but he rather thought this was the version in the song)
p266 ゴールズワージー フォーサイト家物語
p271 古いナピヤー(an old Napier)… 五座席… 三つうしろで、二つが前… りっぱなカンバスのカバー… 黒◆1909年のfive seaterか。
p272 黄いろいアームストロング・シッドリ(Armstrong Siddeley)◆1921年の広告で29.5 hp 6 Cylinderが£875というのがあった。
p278 大陸版ブラッドショー(a continental Bradshaw)
p279 フレンチ警部最大の事件◆日付と曜日から1924年の事件と判断していたのだが…
p279 フランは80(訳注 1ポンドあたり)が相場だった(With the franc standing at eighty)◆金基準1920だと£1=52フランだが… この換算だと1フラン=158円。同じく金基準で1922年£1=54フラン、1923年75フラン、1924年85フラン。『最大の事件』では「1ポンドは70フラン相当」と書いてあった。なおベルギーは当時ベルギー・フランを採用。レートはフランス・フランと同じだったようだ。
p279 二十四フランはシングルの部屋としては相当の値段◆3792円。ずいぶんと安い。
p279 プチ・デジュネ4フラン50はかなり上等なホテル… おそらく中の上◆711円。
p279 ロンドンのサボイとか、パリのクリヨンまたはクラリッジ(like the Savoy in London or the de Crillon or Claridge’s in Paris)◆超一流ホテルの例
p282 ベデカ案内書
p285 ゼーブリューゲの海岸(Zeebrugge)◆クロフツさん得意の観光案内
p286 ブリュジェ(Bruges)
p289 フラマン語
p291 アントワープ◆クロフツさん得意の観光案内
p299 コーヒーとロールと蜂蜜の朝食
p306 五フラン◆情報料
p308 ベルリッツ学校
p315 カード遊び(to play cards)
p330 船首に十八ポンド砲(an 18-pounder forward)
p336 モーリス・ドレイクのWO2のすてきな物語(Maurice Drake)… テルノイゼンのようなやつ… わたしがめぐり会ったなかでも、いちばん面白い本のひとつ(like those chaps in that clinking tale of Maurice Drake’s, WO2.’ / ‘As at Terneuzen?’ said French. ‘I read that book—one of the best I ever came across)
p357 六ポンド砲(the six pounders)
p361 軍用拳銃(all armed with service revolvers)◆こちらはウェブリー回転拳銃か。

No.402 6点 キャッスルフォード- J・J・コニントン 2022/07/03 12:12
1932年出発。論創社の電子本で読了。翻訳はちょっと気になるところがありましたが全く許容範囲内です。大きな誤りだけはトリビアで記載しました。
人並由真さまからお声をかけていただいていることに遅まきながら気づいて、本書に興味を持ち、読んでみると結構面白い。銃器関係の翻訳は、ベテラン翻訳者でも問題があることが多くて難しく、本書では健闘しているのですがやはり良く判っていない部分も見受けられました。まあマニアじゃないから仕方ないと思います。
最初の数章など、上手な小説家なら本人が語る説明ではなく、関係者の会話の情景でじわじわ状況を読者に知らしめるはず。そういう資質が欠けている理系っぽい作家なのだと思いました。
ミステリとしては当時の科学捜査のレベルが興味深い。お話の進め方はややぎこちないが上手く構成されています。ちょっと意外な展開もあり、手紙で整理する手法が気に入りました。
さて、ここからはガンマニアの時間です。
本書に登場するのは、まず「鳥撃ち用のライフル(a rook-rifle)p13」小口径の単発ライフルで、軽量で短め(1mほど)のものが多いようです。アガサ・クリスティの短篇「マースドン荘の悲劇」(1923)に登場していました。
続いて「A32 (A .32)」口径の自動拳銃二挺(p52)、この「A」は不定冠詞です。『貴婦人として死す』(ハヤカワ文庫)にも同じ過ちがありましたね。本書では他にも大きなポカがあって、この拳銃はコルトだと原文には明記されてるのですが、翻訳では抜けちゃっています。「三十二口径の二挺の拳銃は左巻き螺旋(The two .32 Colt automatics…have left-hand twists) p361」この拳銃はColt Model 1903 Pocket Hammerlessだと思われます。コルトの創始者サミュエル・コルトは左利きだったのか、S&Wなどとは異なり、コルト社の銃は全部左旋回のライフリングです。ところで本書で「その銃は銃弾に左巻き(又は右巻き)螺旋の施条痕を残す」となっている部分は、原文では全て「銃のライフリングが左巻き(又は右巻き)」という表現です。施条痕に統一した方が分かりやすいと思ったのかな?翻訳としては不正確だと思いました。本書に登場する捜査官は、弾頭に残る施条痕より薬莢に残った痕を重要視しています。いろいろ調べると、米国でも施条痕分析が注目されたのは1929年聖バレンタインの虐殺で施条痕分析が大成功をおさめた後、シカゴで研究者が育成され、1932年にFBIが分析ラボを設立してかららしく(それでも各地の警察で分析部門が設置されるには時間がかかっている)、当時の英国ではまだまだ当てにならない科学捜査の一つだったのでは?という感じです。(英国での本格的な研究書は1934年出版。本書でも「同じ銃から撃たれた弾でも、まったく違う施条痕が残ることがある(Sometimes bullets from the same rifling are marked quite differently from others) p272」との発言あり) 分析官の経験も必要ですし、一目でわかるものではないので陪審員への説得力もイマイチだったのかもしれません。薬莢に残された痕のほうが個体差が出やすくて素人目にも分かりやすいですから。なおp398「一、二発撃って、施条痕を比べてみる(we can fire a shot or two from it and make comparisons)」は誤訳。ここは文脈から「薬莢に残る痕を」比べてみようか、ということ。
もう一つ、コルトの.22口径の自動拳銃が登場します。グリップ・セイフティありの型式なので1931年製造開始のColt Aceのようですね。
ところで22口径という銃弾にはいろいろ種類がありますが、最もポピュラーで本書でも登場しているはずなのは.22 Long Rifleという銃弾。この弾丸を撃てるライフルや拳銃が豊富にあるので、安価であり射撃入門用として広く普及しています。
銃器関係の表現上の問題は以下の通り。
p53 弾を込めるには、どうやって弾倉をあけるの?(How do you open it up to load it?)◆open upは「使い始める」というような意味。試訳「弾を込めて使うにはどうすればいいの?」
p53 銃尾部分を器用に操作するローレンスの手元を見つめた(watched him manoeuvre the breech-mechanism)◆私なら、まずマガジンを抜いてからスライドを引きストップレバーを上げ、排莢口を見せますね。原文のbreechは大砲なら「砲尾」で良いのですが、自動拳銃なら薬室の後ろの部分。意味としては「銃弾を入れるところ」、スライドを引く=銃弾一発を弾倉から薬室に移動させる、という動作です。これがbreech-mechanismの意味。試訳「給弾機構を操作する彼の手元を見つめた」
p53 砲身のカバーを一、二度音を立てて戻し(snapped the jacket back once or twice)◆jacketは機関銃などの銃身の「(放熱用、やけど防止用)カバー」という意味が辞書には載っていますが、ここでは「スライド」のことでしょう(jacketという語は普通使いませんが…)。スライドをカチャカチャ言わせている場面が目に浮かびます。試訳「スライドジャケットを一、二回後ろに引き」
p200 銃が発射されたときにエジェクターからはじき出された薬莢… 銃が撃たれた場所の右側に飛び出したはず(the cartridge case which must have been jerked out after the shot by the pistol’s ejector. It’s flung out to the right of the firing-position)◆「エジェクターで」が正しい。ejectorは薬莢を拳銃から弾き出すための部品。訳者はejection port(排莢口)と間違えた?
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人並由真さまからご紹介いただいたネタは、本書の記述の通りだと思うのですが、作者が25口径を全く考慮に入れていないのがちょっと気になりました。そういえばヴァンダイン 『僧正殺人事件』でも「小さな銃」と言えば32口径でした… .22や.25はオモチャ同然なので、殺すには心もとない武器なのかも。なおリボルバーでは無理、というのは、リボルバーの場合、構造上薬室と銃身の間が必ず空いているので、そこから必然的に多くのガス抜けがあって小口径の場合は自動拳銃よりかなり低速になっちゃうから、という事だと思います。
以下トリビア。
作中現在はp29から1931年。英国消費者物価指数基準1931/2022(72.58倍)で£1=11881円。
p7/422 第一陣営(The First Camp)◆このcampは「仲間、同盟」というような意味。意訳して「内輪の相談その1」くらいの感じか。
p7 話し相手(コンパニオン)
p9 ブリッジ(bridge)◆当時の流行
p10 サッカリン(saccharin)
p11 身支度合図のベル(the dressing-gong)◆食事の時間にドラが鳴る場面が、探偵小説黄金時代の英国にはよく出てくる。
p12 新聞の挿絵(from the pictures in the illustrated papers)◆当時なら既に「写真」だろう。
p16 ゴルフ◆当時の流行
p26 二十二歳… 年に百ポンド
p27 年に数百ポンドの年金(that couple of hundred a year behind us)◆試訳: 我々二人で二百ポンドほどの年金
p28 コンパスカード(compass-card)
p28 それには結構な費用がかかる──一回につき四百ポンドから五百ポンドだと人から聞いたことがあるな──当然のことながら、軍はそんな費用などかけたくない(That paint was worth a small fortune, you know—between £400 and £500 per ounce, someone told me once—so naturally they didn’t want to waste it)◆ここは明白な誤訳。訳文を読むと前後で意味が通らないからすぐわかるはず。試訳: その塗料は非常に高価で---1オンス(28g)あたり四、五百ポンドと聞いた---だから当然無駄遣いは避けたい
p29 一九一九年、あのスペイン風邪(in 1919, came that Spanish influenza epidemic)◆この時ヒラリー8歳、今は20歳なので作中現在は1931年
p30 あの莫大な税金(taxation enormous)
p35 ツーリングカー(a touring car)
p42 持参人払い債券(bearer bonds)◆「無記名債」というのが定訳のようだが…
p44 デイリー・スケッチ(Daily Sketch)
p45 スカートの丈が長くなってきている(Skirts are to be longer)◆長いスカートならば階級差を示すことが出来る、という考え方が新鮮だった。当時のスカート丈の流行はVintage Fashion - The History of Hemlines (glamourdaze.com)にわかりやすいグラフがある。
p48 キルヒナー… 『ラ・ヴィ・パリジェンヌ』(Kirchner… La Vie Parisienne)
p49 バウンティフル夫人(Lady Bountiful)
p51『恋人よ、今すぐ甘い口づけを』シェイクスピア(‘Come and kiss me, sweet and twenty.’ Shakespeare)◆コニントンさんは理系の人なのだろう。文系なら引用後に「シェイクスピア」なんて絶対に言わない。
p57 相続税は十四パーセント(The death duty was fourteen per cent)◆当時の税率なのだろう
p62 ヴィクトリア女王(“Sometimes I feel like Queen Victoria... ‘We are not amused.’)
p66 ベンガル花火(Bengal lights)
p68 「色とりどりの光や星明りは、また別の機会にしない?」フランキーは頑として譲らなかった(“We’ll let him see coloured fires and starlights while we’ve got a good chance, shall we?” Frankie suffered himself to be persuaded)◆ここも前後のつながりが悪いので、なんか違うとわかる。試訳: 「ちょうど良い機会だから、お父さんに花火や星明かりを見せるといいわね?」フランキーは説得に応じた。
p70 良家のお作法(a genteel fashion)
p79 あの不文律で(with the unwritten law in force . . .)
p82 無遺言死亡者の遺産(Intestacy. Inheritance)
p82 ドロシー・セイヤーズの『不自然な死』(Dorothy Sayers’s Unnatural Death)
p83 犯罪性のある投球やバッティングに疑惑が持たれるクリケットの試合のようだ。球場に出張った捜査班が、どんな不注意な発言にも飛びつこうと待ち構えている。第一声が死者発見の声明に変わる(It was like a cricket-match, with questions for the bowling, the criminal batting, and the police organisation in place of the field, alert to pounce on any careless answer. The first ball would be the announcement of the discovery of the death)◆ここら辺、登場人物の夢想だろうと思うが、1930年のテスト・マッチでオーストラリアのDonald Bradmanが(英国にとっては)犯罪的な打撃記録を打ち立て大活躍をしたことと関係ある?(なんか違う気がするが)
p85 ジャム瓶用の紙シール(the paper jam-pot cover)… ジャム瓶用シールの糊部分を丹念に舐め、星型に割れた窓ガラスに貼り(She licked the gum of the jam-pot cover thoroughly, and then pasted the disc neatly over the starred glass)◆gum=切手の裏糊。自家製瓶詰めの内容を書いておくために使う、舐めて貼るタイプの白紙のラベルがあって、それを割れたガラスの修繕用に使ったのだろう。
p87 「お疲れ様です、お嬢様」人づき合いが薄く細々とした礼儀にうるさいハッドン夫人は、そう声をかけた(“Good afternoon, miss,” began Mrs. Haddon, who was a stickler for the minor ceremonies of social intercourse)
p94 スピリット・ケトル(spirit kettle)
p97 こうるさい男(fussy)
p97 お巡りさん(The policeman)
p97 聖ギルバートの格言(Gilbert’s dictum)◆訳注では修道士のこと、とあるが、ここはW. S. Gilbertの有名曲A policeman's lot is not a happy one(警察官の生活は楽しくなんかない)のことでは?
p98 <警察法>の手引きと安っぽい犯罪小説(a manual of Police Law and the cheaper type of crime stories)
p98 ずんぐりとした拳銃(a stubby automatic)
p100 郵便局の電話ボックス(the post-office telephone box)
p102 おれはホークショー刑事だ(I am Hawkshaw, the Detective)◆「訳注 トム・テイラー著『仮出獄の男』(1863)の一節」この戯曲では変装を取って“Hawkshaw, the Detective”と主人公に正体を見せ安心させる場面ならある。むしろGus Mager作のシャーロック・パロディの米国新聞漫画“Hawkshaw the Detective”(1913-2-23〜1922-11-1)ならば”I am Hawkshaw, the Detective“が決めセリフなので、そのイメージなのでは? なお、このセリフはベントリー『トレント最後の事件』(1913)、フィル・マク『鑢』(1924)、セイヤーズ 『不自然な死』(1927)に登場する。
p106 伝達だな。つまり──兵士たちが言うところの(That’s hearsay, that is— like what the soldier said)
p107 ゴルフスカート(a golfing-skirt)
p107 わたしにはキッチンにかかっている時計しかないんです。それだって一週間も前から止まったまま(The kitchen clock’s the only one I’ve got, and it stopped last week)◆時計なんて無用の生活なのだろう。教会の鐘が15分おきに鳴るのだから…
p108 その子は小火器免許やガン・ライセンスなんかを取得している(has he a firearm certificate and a gun licence?)
p114 ちょうど十四歳になっていました(He’s just over fourteen)◆14歳が許可年齢だったのだろう。多分現在ではもっと厳しいはず。
p119 五時十八分
p120 シリンダー錠の鍵(a Yale key)◆「イェール錠」のほうがいいなあ。
p121 純正の鉛製(All lead)◆弾頭は金属で覆われたものもあるので、全部鉛だよ、ということ。
p121 射的場にあるような銃から発射されたものかもしれない(Might have come from one of these bulleted breech caps they sell for saloon guns)◆ Bulleted Breech Capとは”.22 BB“弾のこと(英Wiki参照)。威力は非常に小さく、屋内射的場の銃(saloon guns)に最適。
p122 指紋がうまく取れる(does take fingerprints nicely)◆当時の鑑識技術ではものによって指紋採取にも限界があったのだろう。
p122 ロシアンティー(Russian tea)◆ミルクの代わりにレモンのスライスを入れるのを当時の英国ではロシアン・ティーと呼んでいたのか!
p122 ヴァージニア煙草のクレイヴンA、コルクチップつき(Craven A, Virginia, cork-tipped)◆ Carreras Ltd, Arcadia Works, London, England, 1920-1950. コルク・チップが入っているので、喉がいがらっぽくならない、と宣伝していた。
p128 〇×ゲーム(games of Noughts and Crosses)
p137 シャーロック・ホームズ
p139 検死解剖(P.M.)
p139 仮置場(mortuary)
p144 くだらない少年新聞(a twopenny boy’s paper)◆ジョージ・オーウェルの記事Boys’ Weeklies(1939)参照。新聞というより週刊紙のようだ。
p157 トムやらディックやらハリーやらに(Tom, Dick, and Harry)◆誰でも彼でも、という決まり文句。名前の順番は固定しているようだ。
p160 数年前に施行された相続に関する法律(under the Administration of Estates Act which was passed a few years ago)◆1925年の改正法。セイヤーズ『不自然な死』(1927)にも登場していた。
p164 週刊の評論紙(the weekly reviews)
p167 ホークショー警部(Hawkshaw the Detective)
p170 六ペンス硬貨(sixpence) ◆少年への駄賃。ジョージ五世の肖像、1920-1936鋳造のものは .500 Silver, 2.88g, 直径19mm。297円。
p178 自由恋愛、秘密のハネムーン、お試しセックス、友だち結婚(Free love, unofficial honeymoons, trial unions, companionate marriages)◆当時の若者の風潮。
p179 ゴルフやテニスやバドミントン(with golf, tennis, badminton)
p179 ラジオ(a wireless set)
p183 検視陪審(a coroner’s jury)
p189 厄介な事件は持ち上がるのだ。国中の新聞で騒がれ、警察によるまっとうな調査に支障が出てしまうほどの厄介事が(there had been an awkward case not long before which had filled the newspapers of the country and focused attention on the limits to which police questioning could reasonably be carried)◆「少し前に国中の新聞で、警察の質問が適切な範囲で行われたかについて非常に注目を浴びた件があった」という事だろう。何か具体的な事例があったような書き方で気になるが調べつかず。
p191 いかした娘(こ)(A pretty girl)
p194 生活のためなら何でもする男(That fellow would do almost anything for a living)
p197 専門的な検査結果が出るまで、審問を先送りにしていた(had then adjourned his inquiry until a later date when the results of fuller expert investigations might be available)◆この章の検死官の態度(警察の捜査の邪魔をしないよう努めている)が非常に興味深い。
p200 一九二六年に施行された修正検視官法第二十二章における自分の権利を行使(exercise my powers under the Coroners (Amendment) Act of 1926, Section 22)
p205 キャッスルフォード殺人事件(the Castleford murder)
p210 ホイペット(whippets)
p210 新聞に出ているグレーハウンド競争の掛け率とその結果だけです。関心があるのは、ホイペットと馬(the starting prices and the results in the newspaper, nothing else. Whippets and horses)◆グレーハウンド、どこから来た?馬とあるから「競馬」のことだろう。
p214 サンダーブリッジ教会の十五分刻みの鐘の音(the church clock in Thunderbridge chime the quarter)
p231 プラス・フォアーズ(plus-fours)
p287 十シリング紙幣(ten-shilling note)◆英国銀行紙幣の10 Shilling Series A (1st issue)。赤茶、サイズは138x78mm。
p297 傷つければ憎まれる(First injure, and then hate)
p303 ゴルフ… 女の子の遊び(It’s a girls’ game)◆少年の感想
p313 シェイクスピア(Shakespeare’s Henry V. He calls the air a chartered libertine somewhere in the first Act)
p315 電話室(The telephone box)
p324 シェイクスピア『ハムレット』、第三幕第四場(“‘I must be cruel, only to be kind,”’ he quoted. “‘Thus bad begins, and worse remains behind.’ Shakespeare, The Tragedy of Hamlet, Act Three, Scene Four,”)
p326 輸血のためのドナー登録(I’m on the list of donors there, for blood transfusion)
p340 ドイツ歌謡…一人はキスを楽しむため / もう一人は愛するため / 三人目はいつの日か結婚するため(that German song about the fellow who knew three fair maidens?
“Die eine küss’ i’,/ Die and’re lieb’ i’,/ Dritte heirath’ i’ einmal.”)◆ドイツ語は全然ダメなので調査はパス。
p344 スティーブンソン型百葉箱(a Stevenson thermometer screen in the grounds outside)
p344 ジョルダン日照計、最高・最低気温測定器、風力計、晴雨計(Jordan sunshine recorder, maximum and minimum thermometers, anemometer, barograph)
p346 血液型のグループ◆この表はIVとIVの凝集反応が+になっていて誤りだろう。同種の血液なら絶対擬集しないはず。この表からグループIはO型、IVはAB型だと判断出来るが、この表記法はチェコのJanskyのもの。英国で当時主流だったのは米国人MossのI=AB、IV=Oという表記らしいのだが… (英Wikiによる。グループIIはA、IIIはBというのはどちらの表記でも共通) 英Wiki参照。
p347 グループⅠの割合は約42%。グループⅡの割合もほぼ同じくらいで約41%。グループⅢは約12%で、残りのわずか5%がグループⅣ◆英国の現在の統計ではWikiによるとO35%、A30%、B8%、AB2%、ここら辺の記述の感じでは、血液型というのは当時の英国ではまだまだ新しい知識だったようだ。
p350 現場に戻って捜査を開始します。その就任式を見逃す手はありませんよ(I’m starting a Back-to-the-Land movement, and you mustn’t miss the inaugural ceremony)◆Wiki “Back-to-the-land movement”参照。試訳:「大地に還れ」運動をやってみるつもりです(後略)。
p353 安っぽい恋愛小説… シェイク系(訳注 英国の小説家、E・M・ハルの映画化された作品で、女好きのする男が登場) (some cheap sex novels and a few of the Sheik brand of thing)
p355 クリッペン事件… メイブリック事件(Crippen case… Maybrick case)
p361 ニッケルメッキの二十二口径の弾(two nickel-covered .22 bullets)
p363 〝証拠不十分〟というスコットランド人の評決… 陪審員たちも被告人が罪を犯したことはわかってはいるのですが、法律的には完全に起訴することはできないという意味です(
the Scots verdict “Not Proven”? It generally means that the jury are morally sure that the accused committed the crime, but that legally the prosecution has not established its case up to the hilt)◆スコットランドではNot Guilty以外にNot Provenという評決も許されていた。
p398 自動拳銃というのは、吐き出した薬莢にそれぞれ固有の跡を残すものなんです。薬莢抜きの爪痕、撃針痕、銃尾の欠陥によるもっと小さな傷(Each automatic leaves its own peculiar marks on an ejected cartridge-case: the mark of the extractor-hook, the impression of the striker-pin, and some smaller marks due to imperfections in the breech)◆薬莢が銃尾にガス圧で強く押し付けられ、ピストル個体に特有の銃尾の傷などが転写される。銃尾の「個体差」と意訳したいところ。

No.401 6点 スタンブール特急- グレアム・グリーン 2022/06/26 13:41
1932年出版。早川のグレアム・グリーン全集版(北村 太郎 訳、1980年改訳版)を電子本で読みました。翻訳は細かいところでちょっと気になるところはあるもののイイ感じ。ふるめかしい言葉遣いが私には心地よいのだが、若い読者には受け入れられないかも。
米国ではOrient Expressのタイトルで出版され、評判も良かったため、アガサさんの『オリエント急行』(1934)のタイトルが米国ではMurder in the Calais Coach(初出Saturday Evening Post 1933-9-30〜1933-11-4)と変えられたほど。
作者は当時28歳、若いねえ。でも全体から感じられる、人生を皮肉っぽくとらえ、斜に構えた態度が、そんな背伸びをしなくても良いんだよ、と言ってやりたくなる。
物語が列車に乗ってるような雰囲気で進むのが非常に良い。登場人物も上手に配置されていて、構成もうまい。まあでも、いまいちずっしり来ない話。作者が内奥に降りて来ないで、僕なかなかやるでしょ?と軽さを気取っている。本人にも自覚があってan entertainment という副題なんでしょうね。
以下トリビア。
作中現在はp185の事件から約五年なので1932年。
英国消費者物価指数基準1932/2022(74.37倍)で£1=12365円。(2022-6-28訂正: ポンドとドルを間違えて計算していたので換算を全て訂正しました!)
ポンド=フラン換算は1フラン=0.0114ポンド=141円。
ポンド=マルク換算は1マルク=0.0684ポンド=846円。
ポンド=ディナ(ユーゴスラビア)換算は1ディナール=0.0050ポンド=62円
p9 バス・ビール
p11 寄席の(Variety)
p13 「寝取られた男(コキュ)」という卑猥な歌(an indecent song of a ‘cocu‘)
p13 六フラン◆846円
p13 十フラン◆1410円
p17 ワイド・ワールド・マガジン(Wide World Magazine)◆ジョージ・ニューンズの月間誌、1898年創刊。世界のビックリ事件や秘境の旅行記などをイラスト付きで紹介する雑誌のようだ。表紙は結構安っぽいイラスト。1932年当時の値段は1シリング。
p19 ラ・ヴィがご入用でも、どうぞ遠慮なく(Don’t mind me if you want La Vie)◆「訳注 雑誌ライフをフランス語で言った」とあるが、米国雑誌は1936年創刊。La Vie で思いつく有名な雑誌はLa Vie Parisienne(1863創刊の週刊誌)だろうか。ちょいエロの男性用雑誌なので「遠慮なく」なのかも。(2022-6-27追記: 1924年創刊の週刊誌La Vie catholiqueのことかも。話し手は牧師(clergyman)だから「カトリックの雑誌だけど気にしないよ」という事でセリフの意味も通る)
p71 二十マルク◆16920円
p87 十ポンド
p91 サニー・ボーイ(Sonny Boy)◆アル・ジョルスン”The Singing Fool”(1928)の挿入歌。Ray Henderson, Buddy De Sylva & Lew Brown作。
p93 八シリング節約◆4946円
p111 ゴールド・フレイク(Gold Flake)◆ブリストルのW.D. & H.O. Wills社のタバコ銘柄(1901年から)
p111 週給を4ポンド上げる
p117 チャールズ・リード
p139 讃美歌
p141 ディーリアス
p145 一ヤール、8シリング11ペンス◆約5500円
p145リング・ビロード、10シリング11ペンス◆約6700円
p157 ピストル◆多分、小型のオートマチック。
p183 数シリング
p183 二ポンド以上
p185 一九二七年
p187 ロレンスやジョイス
p191 口笛… 軽い、肉感をそそるような曲
p195 ギネス
p201 天使が頭上をすぎる(an angel passes overhead)
p207 銃口のちょっとした傷から(from a scratch on the bore)◆試訳「銃腔内のひっかき傷から」英国でも施条痕の知識が普及しているようだ
p207 手袋をはめていても、指紋を検出できる新方法の噂(rumours of a new finger-print stunt, some way by which they could detect the print even when the hand had been gloved)
p211 ゴーロワ年代記(an Almanack Gaulois)◆仏ebayでこのタイトルのエロ雑誌(1931)を見つけたが…
p211 ハンガリア人… クリケット
p217 消えかかる空中広告の煙幕(like the dissolving smoke of an aerial advertisement)◆ 英国で最初に飛行機を使って広告文字を大空に書いたのはCyril Turner(The Derby1922-5-30、書いた文字は"London Daily Mail")
p221 ブルジョワ
p223 婦人と美… 家庭の友(Woman and Beauty… Home Notes)
p225 クラウン貨幣◆=5シリング=3091円。ジョージ五世の肖像(1927-1936) .500 Silver,  28.4g, 直径38mm。
p231 五ポンド
p237 ウィケットは8人アウト… 50ランは、どうしてもとらなきゃ(eight wickets have fallen; fifty runs must be made)◆相手がクリケット用語を知らないのでwicket, runという単語に戸惑っている場面。試訳「既に8ウィケット(10ウィケットでゲーム終了)、50ラン(得点)が絶対必要(かなりの強打者なら実現可能な点数)」
p249 ヴァイオリン
p253 一人あたま2ポンド
p257 ラキア酒
p259 銅貨(copper coins)
p259 ダイヤのジャック(the knave of diamonds)
p259 勘定を間違えた(he lost count of the cards)
p269 銃弾20発(serve out twenty rounds of ammunition per man)
p271 『あたしはとても幸福なの。あたしは気ままもの』(I’m so happy, Happy-go-lucky me)◆“Livin' in the Sunlight, Lovin' in the Moon Light”の歌詞。Al Sherman & Al Lewis作。モーリス・シュバリエ主演映画“The Big Pond”(1930)の主題歌。ここら辺はこの歌の歌詞(及びもじり)が続く。
p273 ことわざ「海にはたくさん魚がいる」(There’s as good fish in the sea)
p275 銀行の計算機(the auditing machine in a bank)… 自動計算機(The automatic machine)
p283 トースト二切れとオレンジ・ジュース
p315 五十パラ(fifty paras)… 1ディナ(One dina)… 1ファージングにもならない取引◆1パラ=1/100ディナ。1ファージング=13円=22.2パラ
p317 この国では、憂鬱な曲より明るい歌の方が高い料金をとられる習し(It was the custom of the country to charge more for light songs than for melancholy)
p325 ユダヤ人… 金をもうける以外、何も教わってこなかった
p343 古い唄◆調べつかず
p345 車の中では / マイケルと一緒だった…(I was sitting in a car With Michael; I looked at a star With John; I had a glass of bitter With Peter In a bar; But the pips went wrong; they never go right./This year, next year(You may have counted wrong, count again, dear),/Some day, never./I’ll be a good girl for ever and ever.)◆歌。調べつかず
p417 ゴルフ
p427 あなたのお祖母さんに電話しなさい(telephone to your grandmother)
p429 寄席芸人(Variety)
p431 ラフマニノフの協奏曲
p437 『わたしの伯母さん』の歌… スピネリが五年以上も昔に、パリではやらせた(singing a song about ‘Ma Tante’, which Spinelli had made popular in Paris more than five years before)◆調べつかず
p441 ペラ・パレス(Pera Palace)◆1892年建築の高級ホテル
p441 冷めた時でも、のぼせた時でも(If you want to express That feeling you’ve got, When you’re sometimes cold, sometimes hot)◆歌。調べつかず

No.400 6点 フレンチ警部最大の事件- F・W・クロフツ 2022/06/19 13:22
1925年出版。クロフツ長篇5冊目でやっとフレンチ警部初登場です。ただし作者自身はシリーズ・キャラとして続けるつもりはなかった、と何処かで読んだ記憶あり。本作を読んでみても前四長篇の刑事と際立った違いもなく、たいしてキャラ立ちがしていない。出版社としてはシリーズ探偵の方が販促上有利だよ、という事だったのだろう。
本作はフレンチ警部がロンドンを離れて大陸のあちこちに行くのだが、どこも短い滞在で(スイスへの旅に作者の憧れが感じられる)、旅行ものではない。捜査のため、とは言え、こんなに簡単に出張出来るのかなあ。
作品としては、いろいろな謎がてんこ盛り。登場人物のキャラは地味で、事件の進展で面白く読めるタイプの作品。途中で重要な物証の手がかりが忘れられていたり、当然疑うべき筋を全く検討していなかったり、という手抜かりはあるが、1920年代の香りが興味深く、結構起伏に富んだ筋立てで面白かった。
以下、トリビア。
作中現在はp46、p68から1924年(p155は曜日の誤りだろう)。英国消費者物価指数基準1924/2022(64.78倍)で£1=10690円。
p11 ミルナー金庫(Milner safe)◆1814年ごろ創業のロンドンの金庫メーカーThomas Milner and Sonの製品。
p17 ジェラルド局の1417B(Gerard, 1417B)◆電話番号なのだが、最後に英文字がつく例を見たのは初めて。
p18 フレンチ初登場の描写
p19 お世辞のジョー(Soapy Joe)◆フレンチ警部のあだ名だと言う。辞書には「人当たりの良い」とある。
p29 給仕◆この小説には少年給仕が数人登場する。当時の会社組織には当たり前の存在だったのだろう
p34 アイルランド人の言う『仲間といっしょ』(‘keeping company,’ as the Irish say)
p35 紙幣の番号… 銀行にきけばわかるかも◆ここで言っている紙幣はイングランド銀行券のこと。
p45 女子クラブ(a girls’ club)◆ Maude Stanley(1833-1915)が主催していたような青少年健全育成のための場のことだろう。
p46 火曜日(the Tuesday, the day before the murder)◆殺人のあった前の日
p46 五十ポンド紙幣… 十ポンド紙幣◆ £50 Whiteも£10 Whiteもサイズは211x133mm。印刷は白黒で片面のみ。
p48 検屍審問(インクエスト)は夕方の5時
p52 年額400ポンド◆支配人の俸給(地位からすれば不当なものではない(his salary was not unreasonable for his position)p55) 約400万円は安すぎるようにも思うのだが、当時の税金や社会保障の負担率を考えると相応なのかも。
p57 盗難紙幣に関する一般的な告示が各銀行へ(a general advice was sent to the banks as to the missing notes)
p68 二十六日水曜日(Wednesday, 26th)◆手紙に記された日付。11月26日のこと。1924年が該当。だがp155では「木曜日」だと言う。
p87 シュピーツ…トゥーン湖… この湖が本当にあの信じられない色をしている(… Spiez, where he found the Lake of Thun really had the incredible colouring…)◆ロンドンで見たポスターと比べている。当時もののポスターを探したが、見つかったのは普通の色に見える。
p91 十ポンド… 約七百フラン相当◆金基準1924だと10ポンド=847フランだった。手数料込みの為替レートか。
p117 エミリー(Emily)◆フレンチ夫人の名前が初登場。
p123 大衆食堂(a popular restaurant)
p129 半クラウン貨◆当時はジョージ五世の肖像。1920-1936鋳造のものは.500 Silver, 14.1g, 直径32mm。
p131 伝声管(the speaking tube)◆タクシーの座席に設置されていて、客がドライバーに指示を出せたようだが、画像が見つからない。かつて何かのサイレント映画で使ってるのを見たのだが、メモし忘れ、後で探してもタイトルが判らない。その映像では後部座席二人乗りの間にチューブがあってそれを持って口元に当てて指示していた。Web上の記事によると自動車の音がうるさいので聞き取りにくくあまり実用的ではなかったように書いてあった。
p147 電話… 盗み聞き(You can never tell who overhears you)◆電話の黎明期なので、混線や交換手の盗み聞きを警戒したものか。
p148 オリンピック号(the Olympic)◆大西洋横断航路の大型旅客船。RMS Olympic(英Wiki)参照。
p148 二十ポンド紙幣(a twenty-pound note)◆ £20 Whiteはサイズ211x133mm。印刷は白黒で片面のみ。
p155 十一月二十六日木曜日(Thursday, 26th November)◆語り手は、日記を見ながら言っている。
p156 取り引きのない人に紙幣を両替えすることはゆるされていない(the cashier politely informed her he was not permitted to change notes for strangers)◆銀行の出納係の説明。犯罪予防のためか?
p157 五ポンド札◆ £5 Whiteはサイズ195x120mm。印刷は白黒で片面のみ。
p161 ホワイト・スター汽船(the White Star)◆オリンピック号を運行していた会社。White Star Line(1845-1934)
p181 おい、お若いの(Now, young man)◆男の子を叱るときに用いる、と辞書にあった。
p188 小額紙幣で受けとったので、紙幣の番号はわからなかった(She had taken her money in notes of small value, the numbers of which had not been observed)◆商店では、普通の商売取引ならばいちいち小額紙幣の番号は記録しないのだろう。この書き方だと高額紙幣なら記録するのか?
p190 米国なまり◆といってもいろいろあるだろうが、ここでイメージしてるのはどんな感じなのだろう。
p193 コダック(Kodak)
p219 ごきげんさん(a good twist)
p220 ユダヤ人めいたところのある(rather Jewish looking)
p232 オランダ岬(フック)(the Hook)◆オランダ語でHoek van Holland、英国とオランダを結ぶ航路のオランダ側の連絡港。古くはcape(岬)という意味で使われた言葉。
p238 ジレットの安全剃刀の刃(a Gillette razor blade)
p243 長男をなくした(Lost my eldest)◆第一次大戦で、という事はフレンチ警部は40代くらいか。
p246 イライザ(Eliza)◆女中と訳されているが、原文に相当する語はない。フレンチの娘だと言う説があるようだが、この場面の感じは女中っぽい扱いに思える。
p250 議事堂の大時計が九時半をうった(Big Ben was striking half-past nine)◆毎時30分には小さい鐘が八回鳴る。鳴り方の詳細は英Wiki “Westminster Quarters”参照。
p257 絨毯だけでも120ポンドをくだるまい
p257 コローナ・コローナ(Corona Coronas)◆葉巻のDouble Coronaのことか。
p257 コンサイス・オックスフォード辞典(The Concise Oxford Dictionary)◆初版1911年、第二版1929年なので、ここにあったのは初版だろう。正式名称はThe Concise Oxford Dictionary of Current English, adapted by H. W. Fowler and F. G. Fowler。1019ページ。
p261 五シリング◆2672円。情報料として。
p269 五ポンド◆召使いへの退職手当として。

No.399 7点 怪奇探偵・写楽炎1蛇人間- 根本尚 2022/06/18 10:59
2018年出版の漫画短篇集。元は同人誌での発表らしい。初出データはこの電子本に記されておらず、ネットにも落ちていなかったが、第一話の新聞(p45)が2009年(平成21年)7月の日付なので、初登場はその辺りだろう。
絵はちょっと崩した感じが良い。メカのデッサンは大抵歪んでいて得意ではないようだ。刑事のモーゼル大型拳銃もバランス悪い。
トリック重視で名探偵が解決する本格ミステリ。怪奇風味が柱だが、いずれの謎も合理的に解決されます。
漫画ではトリック表現と手がかり描写が非常に難しいと思うが、この連作は上手く工夫して処理していると思う。
以下、各作品について一言。
1)「一つ目ピエロ」: 評価7点
 雰囲気良し。謎の提示が巧み。
2)「血吸い村」: 評価6点
 可能性を潰す描写が良い。
3)「踊る亡者」: 評価5点
 不気味さは一番かな。
4)「蛇人間」: 評価5点
 ちょっとまとまりを欠いた感じだが、そこが良いのかも。

No.398 6点 悪魔に食われろ青尾蠅- ジョン・フランクリン・バーディン 2022/06/12 07:48
ミステリ的には評価点のとおりイマイチ。途中でモードが変わる記述法(ゴチック体は原文イタリック)にオオッと思ったけど中途半端だし、ああいう流れになるなら構成の工夫不足。私はシモンズとは趣味が合わないといつも感じている。
でも個人的にとても興味深いポイントがあったのでご紹介。
「バッハやヘンデル、ラモーやクープラン(p12)」とあって、この並べ方でEarly Music好きなんだな、とわかる。続いて「アンナ・マクダレーナのサラバンド(Anna Magdalena’s sarabande)p13」だもの。このサラバンド、何だろう、と読み進めると、これは『ゴルドベルク変奏曲』のアリアのことだと示される(1曲目と32曲目に弾かれるもの)。なので本書のBGMはバッハ『ゴルドベルク変奏曲』(1750)が相応しい。久しぶりにいろいろな奏者で聞き比べてしまった。(なぜ「アンナ・マグダレーナ」と言われているのか、というとバッハの後妻アンナ・マグダレーナの名前が記されたバッハ家の音楽記録集(1725)にサラバンドのリズムのこのアリアが転写されているから)
本作に出てくる音楽は、このアリアと、冒頭に長々と引用されている『青尾蝿』がメイン。
『青尾蝿』The Blue-Tail Fly(Jimmy Crack Corn)は冒頭に“An authentic Negro Minstrel song of circa 1840”(本物の黒人ミンストレルの唄1840年ごろ)とあり、結構有名な曲。1946年ごろBurl Ives & Andrews Sisters の録音もある(更によく調べると1947年秋の録音だが、AFM音楽家のストで発表は1948年夏だという。とすると本書執筆時に間に合っていない)。 Pete SeegerやBig Bill Broonzyも取り上げており、現在では子供の歌として流通している。(エミネムも引用しているようだ) 英Wiki “Jimmy Crack Corn”に詳しい解説があり、リンカーン大統領が好きだった曲らしい。某Tubeで聴くと意外にも明るい楽しげなメロディなので一聴の価値あり。曲タイトルがわからないと探しづらいので、原タイトルを解説などで補って欲しかったところ。
古楽好きの私にとっては1948年にEarly Musicネタを取り上げてるところなど、この作者って結構なマニア性向なのでは?と思った。当時(も今も)クラシック音楽界でEarly Musicなんて音楽の歴史として、昔はこんなのもありました、珍しいですねえ、的な扱われかた。(まあ現代ではバッハを古楽器で演奏するのは常識になったのだが…)ハープシコード(以下「チェンバロ」と表記)なども現代のような時代に忠実な響きの良い楽器ではなくて、金属音が耳障りなピアノの出来損ないのようなものだったし… (本作で触れられている「ペダル付き」というのも当時のモダン・チェンバロの特徴だ)
この機会に米国におけるEarly Musicの状況を調べると、まず古楽界の開祖Arnold Dolmetsch(1858-1940)が1903年に米国に訪れ、古楽を拡め、ボストン(1905-1911)でたくさんのチェンバロを製造している。最初のスター・チェンバロ奏者Wanda Landowska(1879-1959)の米国デビューは1923年。チェンバロ奏者Yella Pessl(1906-1991)も1931年に米国に移住し、多くの弟子を育てている。(彼女が本書の先生のモデルか?←根拠薄い)
古楽復興のドルメッチはウィリアム・モリスやラスキンにも支持されていて、つまり機械的な物質主義にまみれた資本主義から、素朴な手触りのある「いにしえの時代へ」という精神なのだろう。その精神は米国で1940年代に沸き起こったフォーク・リバイバルにも通じる。(だから「ヴィレッジで大評判(p114)」のフォーク歌手、というわけだ。この土壌からジョーン・バエズやボブ・ディランが出てくる)
というわけで一見無関係に見える『ゴルドベルク』と『青尾蝿』は時代精神の底で繋がっているのだ。
現代ロシアの作曲家D**は、その正反対のものとして示されているのだろう。私は最初ドミートリイ・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチかな?と思ったが、ショスタコさんはちゃんと名指しで本書に出てくるから違うんだね。登場する音楽 “田舎の踊り、ポルカ『黄金時代』から” (A rustic dance, a polka. From “The Age of Gold”(1930)p67)は某TubeでShostakovich polka from the age of goldでピアノ独奏版が聴けます。
さて以下トリビア。音楽関係は余計な情報が満載です!
作中現在は「1944年(p64)」の少なくとも二年後だろう、という事しか確かではない。
p8 献辞To John C. Madden / with respect and admiration◆調べつかず。
p38 一段(one manual)◆チェンバロは二段マニュアル(キーボード)が「通常」とあるが、一段マニュアルのチェンバロも結構普通にある。
p61 グローヴスの全作品、サン・ランベールの『クラヴサンの原理』、クープランの『クラヴサン演奏の技術』、ドルメッチにアインシュタイン、トーヴィにカークパトリック(the set of Grove’s, St Lambert’s Principes du Clavecin, Couperin’s L’Art de toucher le clavecin, Dolmetsch and Einstein, Tovey and Kirkpatrick)◆訳注は煩雑になるのでここではカット。Early Music関連の名前がずらずら。この固有名詞の並べ方を見るとしっかりした知識があることがわかる。
冒頭は誤訳。正しくは「グローヴ音楽辞典一式」(Grove's Dictionary of Music and Musicians) 作中現在から第4版(1940年出版、全五巻)だろう。
次のLes Principes du Clavecin par Monsieur de Saint Lambert (Paris 1702)はフランスにおけるチェンバロの最初期の教則本。
続くL'art de toucher le clavecin (Paris 1716, revised 1717)はフランソワ・クープラン (大クープラン)の超有名な教則本。
ドルメッチは前出。ここにあるのはThe Interpretation of the Music of the XVIIth and XVIIIth Centuries(1915) (昔の音楽奏法についての古典的な書籍)だろうか。
Alfred Einstein (1880-1952)はドイツの音楽学者、モーツァルトの専門家。ここにあるのは音楽史の本か?
Sir Donald Francis Tovey (1875-1940) バッハの演奏用校訂版(平均律1924やフーガの技法1931など)で知られる。
Ralph Leonard Kirkpatrick (1911-1984) は米国のチェンバロ奏者、音楽学者、「ゴルドベルク変奏曲」の演奏用校訂版(1938)を出版している。
p108 ショパンとあのささやかなワルツ(Chopin and his little waltz)◆いうのも野暮だが「子犬のワルツ」だろう。
p109 ウェストミンスター寺院の鐘(A set of Westminster chimes)◆Wiki “Westminster Quarters” ああビッグ・ベンって真ん中の大きな鐘のことなんだね。全体は一つの大きな鐘を四つの小さな鐘が取り囲んでいる。初めて知りました。各時刻の15分には小さな四つの鐘だけが鳴り、30分には四つの鐘がそれぞれ二回、45分には三回、0分には四回とビッグ・ベンが時の数だけ盛大に鳴ります。小さな四つの鐘はローテーションで鳴る順番が5パターンある。
p133 タクシー代と一杯50セントのコーラ代で5ドル近く◆これは10年くらい前の話
p158 五セント◆コーヒー代
p165 古楽器の名手(master of ancient instruments)
p169 ダブル・ベースを叩いている

No.397 7点 巴里の奴隷たち- エミール・ガボリオ 2022/06/04 10:07
ルコックが登場する長篇小説、第四弾。連載Le Petit Journal、第一部B. Mascarot et Co 1867-7-9〜1867-10-22、第二部Le Secret de la maison de Champdoce1867-11-5〜1868-1-9、第三部Le Chantage1868-1-10〜1868-3-26。出版時(1868)には1 partie. Le Chantage, 2 partie. Le Secret des Champdoceの二部構成となっています。
悪い奴らの悪だくみ、でも何をしようとしてるのかがハッキリしない、というストーリーで、何だろう?何を企んでいるのだろう?とグイグイ惹きつけられます。途中でいつもの二部構造が唐突に始まり、ややそこはダレるのですが、関連性(ちょっとやり過ぎ)が分かると、こちらも先が気になってドンドン読めます。最後の方は筋だけになってアッサリ味になっちゃうのですが、悪だくみをすすめている前半部分は肉も肉汁もたっぷり豊富で、当時のパリが眼前に現れるよう。大ロマン小説が堪能できます。
まあいろいろ無理してる点はありますが、強烈なキャラや事件がいっぱい詰まっていて、上手に構成された非常に面白いピカレスク・ロマンでした。謎解き味は全然ありません。
物の値段がけっこう書き込まれているので、当時の物価の資料として使えるかも。
そういうトリビアは後で追加…したいのですが、フランス語が不得手なので昔読んだ『ルルージュ事件』すら投げっぱなしです。ああルパンの初期短篇もやらなくては…

No.396 5点 The Twenty-Six Clues- イザベル・オストランダー 2022/05/28 11:03
イザベル・オストランダー(1883–1924)とは何者?と思った方も多いかも知れません。
現在では全く忘れられた作家で英Wikiにも生涯の略歴さえほとんど掲載されていない作家です。
アガサ・クリスティの『おしどり探偵』で探偵マッカーティと相棒リオーダンのことが言及されていて、Web上で探してみたらほとんど情報が無く、いろいろググっているうちに、本書『二十六の手がかり』が黄金時代のパズラーに引けをとらない!(ただしフェアプレイではない)と評価されていたので、今回、読んでみました。Internet Archiveのファクシミリ版は、ごく僅かですが文字が読めないところがありますが99%は良好。デジタルの文字起こしはWikisourceにあるのですが、若干不正確です(文字が読めないところを全く無視している箇所あり)。
少なくとも1920年代には知られていた探偵作家のようで、34冊の長篇ミステリを出版していますが、現役バリバリの41歳で亡くなっているため、大家扱いされずに埋もれてしまったのかも。
主としてパルプ雑誌を活躍の舞台としていたようで、沢山の変名も雑誌に同時に複数のペンネームで書いていた、ということなのかも知れません。現時点で、作者の発見されている最初の作品"The One Who Knew"は1911年11月初出(長篇の分載)。
当時、著名な私立探偵だったWilliam J. Burnsの最初の探偵小説は、このオストランダーとの共作”The Crevice“(1915)です。業界を知る大物と新人作家のコンビ、というわけでしょう。ということは、実際の刑事や私立探偵の活動についてもしっかり聞きこんでいる、ということでしょう。
長篇"At One-Thirty"(1915)は盲人探偵 Damon Gauntを主人公としたもので、それ以前に埋もれているパルプ雑誌にこの探偵を短篇に登場させているかも、なので、世界初の盲人探偵の可能性もあるという。確認されている情報で言うと世界初の盲人探偵は、これまた『おしどり探偵』に言及されていたThornley Colton(初出1913年2月号)です。二番目はマックス・カラドス(初出1913年8月)、何故この時期に盲人探偵ブームが起きたのか、ちょっと興味がひかれます。
本書の主人公ティモシー・マッカーティを主人公とする初の長篇は“The Clue in the Air”(1917)、本書はシリーズ二作目です。マッカーティものの長篇は全部で5作が出版されています。
『おしどり探偵』で言及されている長篇“McCarthy Incog”はArgosy誌1922-7-15から連載。最初の号の表紙にマッカーティの顔が描かれています。四角い武骨な顔で、アイルランド系の警官っぽい感じ。『おしどり探偵』訳注で「変装の名人」とされていますが、この作品のincog.の意味は、マッカーティがひょんなことから被疑者になってしまい、不貞腐れたマッカーティが「俺は名前を言わないよ!」と地元警察に身分を明かすのを拒否した場面から。『二十六の手がかり』を全部、“McCarthy Incog”をちょっと読みましたが、マッカーティは全然変装なんかしません。メガネキャラでもないので『おしどり探偵』でタペンスが取り出す「アメリカ製の帽子、角縁メガネ」の意味はわかりませんでした。
マッカーティは実直な捜査と閃きで解決するタイプ。叔父が死んで大地主になり警察を辞めたが、その後も事件に巻き込まれて捜査を始める(実は謎解きが好き)、という感じ。警察に知り合いが多いので、情報も得やすい。相棒のリオーダンは現役の消防士なので、非番の時にはマッカーティと行動を共に出来るが、勤務番時にはマッカーティ単独で活動する。何故このコンビなのかは、きっと長篇第一作に書かれているのでしょう。リオーダンは、体力自慢で純真、何気ない発言で閃きを与えるだけなので、厳密には探偵役はマッカーティだけです。
 さて本書『二十六の手がかり』は1919年出版。雑誌掲載は不明。未訳作品の紹介はあらすじを書くようにと本サイトのルールがありますが、ネタバレ大嫌いの私としては、第一章の内容だけ簡単に紹介して、残りは目次のタイトルのみ列記するだけにします。
<第1章 犯罪博物館で>
舞台はアマチュア犯罪研究家ノーウッドの邸宅。有名な科学捜査探偵ターヒン、マッカーティとその相棒リオーダンが招かれ、ノーウッドはターヒンの実施する科学的心理測定方法について議論をふっかける。この議論の主題はチェスタトン「機械のあやまち」(初出1913年10月号)を思わせるもの。ポリグラフの実用化は1921年John Augustus Larson(米国バークレー)とされていますが、それ以前にいろいろな試みがあったのだろうと思われます。
頃合いをみて、ノーウッドは、彼らを私設犯罪博物館に案内し、いろいろな怪しげな展示物を自慢そうに紹介する。博物館には、かつて何人もが殺された手術台があり、その上の何かは大きな毛布で覆われていた。ノーウッドは「連続毒殺事件の被害者ピアトラ公爵夫人の骸骨ですよ」と説明する。「髪の毛は残っているのですか?」と聞くリオーダン。「有名な赤毛が数本骸骨に残っています」ノーウッドが覆いを取ると、そこには何と!
<以下は目次タイトルのみ>
第2章 二房の黒髪、第3章 マルゴ、第4章 別の邸宅、第5章 デニスの活躍、第6章 ノエルと記されたケーキ、第7章 三つの警告、第8章 ジョーン・ノーウッドの帰還、第9章 二つ目の手袋、第10章 暗闇で、第11章 壁の記録、第12章 「死から蘇った」、第13章 黒い財布、第14章 五月二十六日、第15章 たった一人で、第16章 「私がやったんじゃない」、第17章 一つの単語、第18章 探り合い、第19章 二発目、第20章 過去の出来事、第21章 署名 ヴィクター・マーシャル、第22章 マッカーティの交霊会、第23章 裏切る声、第24章 二十六の手がかり

私は1910年代の長篇探偵小説をほとんど読んでいませんが、次々と意外な事実が明らかになり、クライマックスに向かうストーリー構成は、黄金時代を思わせるものです。
リアリティは?な所もありますが、まあ許容範囲。残念ながら、Webサイトの評価通り、手がかりが読者に隠されていて、フェアプレイとは言えません。
まあでも最後に関係者を集めて、畳み掛けるような勢いで説明する探偵マッカーティの場面は結構ドキドキ。タネ明かしの順序もよく考えられており、効果的です。
翻訳に値するか?と言われるとキツイですね。何かコレ!と言うアピールポイントが無いのです(『おしどり探偵』で有名な…というキャッチフレーズでは弱いですよねえ)。
本格ものの骨格は、すでに1910年代には確立していた、と言うのが私にとっては収穫。あとは手がかりをちゃんと事前に示していれば、完全に黄金時代のルールに即した探偵小説と言えるでしょう。

ところで、この小説を読んで、何でここを隠すかなあ、もっと工夫できるよね、と考えていたら、フェアプレイについて閃いたのです。
当時は「驚きが無くなっちゃうから、この手がかりは隠すよ!」と言うのが小説の作法だったのでしょう。そう言う小説はホームズ時代から結構ありました。
でもそう言う構成ばかり読まされると、読者としてはワンパターンに飽きちゃって、フェアプレイって要はネタの前振り効果なのでは?と思うのです。
手がかりの提出と最後の驚きが上手く噛み合った作品がフェアプレイと称えられていますが、でも面白い小説ってフェアプレイのルールを守っただけで成立するわけではない。手品は全くフェアプレイではないけど、上手な手品ってプレゼンの工夫でビックリ倍増ですよね。
小説の効果(驚き)を高めるのが、単純な「隠し、隠蔽」だけではつまらんよ、と言うのが、実はフェアプレイ論の本質だったのでは、と思ったのです…

No.395 5点 クリスマス・プディングの冒険- アガサ・クリスティー 2022/05/14 21:11
1960年10月出版。早川クリスティ文庫で読んでいます。
原著は1920年代から1960年までの統一性のない作品集。
私はアガサさんを初出順に読んでいるので、タイトルは初出順に並び替え。カッコつき数字は単行本の収録順です。初出情報は、英WikiとFictionMags Indexで調べました。
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⑶ The Under Dog (初出Mystery Magazine 1926-4)「負け犬」小笠原 豊樹 訳: 評価5点
ポアロもの。
作者の中篇作品は初めての試みだろう。売れたのは米国雑誌だし、これも新しいリテラリイ・エージェントの助言によるものだろうか。
内容はちょっとゴタついていて、人物描写が軽く、切れ味に乏しい。ミステリ的にも弱い。強いて言えば、依頼人のキャラが面白いのが取り柄か。ポアロは現役バリバリの私立探偵、という設定。
p199 掛け金(a latch-key)
p201 ミラー警部(Inspector Miller)♠️初期のポアロもの(1923年スケッチ誌)にときどき登場する名前。
p202 お金でやとわれた話し相手(paid companion)
p208 従僕(vallet)… ジョージ(George)♠️ポアロの従僕。これが初登場だと思われる。英国人タイプ、背が高く、顔色は蒼く、感情を表に出さない(English-looking person. Tall, cadaverous and unemotional)。ヘイスティングズが使えないので、ウッドハウス調を狙ったものか。
p214 株が大暴落したとき----ときどきあります♠️現代の我々はすぐ1929年を思ってしまうが『ドクトル・マブゼ』(1922)などでもわかるように、資本主義の高度化に伴い、当時、暴落はちょいちょい起きていた。
p232 ラシャ張りのドア(a baize door)
p243 三番目のメイド(The third housemaid)
p277 メイヒュー(Mayhew)♠️戯曲版『検察側の証人』でもソリシタ役で登場している。同一人物か。
p286 これが堂々と出てくる。当時でも結構うさんくさいものだと思うが…
p300 紙の上でする足跡ゲーム(the game of tracing footprints on a sheet of paper)♠️どんなものかは不明。
(2022-5-14記載)
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⑸ The Dream (初出The Strand Magazine 1938-2)「夢」小倉 多加志 訳
ポアロもの。
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⑷ Four-and-Twenty Blackbirds (初出Collier’s 1940-11-9)「二十四羽の黒つぐみ」小尾 芙佐 訳
ポアロもの。
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⑹ Greenshaw's Folly (初出Daily Mail 1956-12-3〜7)「グリーンショウ氏の阿房宮」宇野 利泰 訳
ミス・マープルもの。
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⑵ The Mystery of the Spanish Chest (初出:週刊誌Women's Illustrated 1960-9-17〜10-1, 3回連載 挿絵Zelinksi)「スペイン櫃の秘密」福島 正実 訳
ポアロもの。元は「バグダッドの大櫃の謎」(The Mystery of the Bagdad Chest、初出
The Strand Magazine 1932-1)
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⑴ The Adventure of the Christmas Pudding (単行本初出; 雑誌掲載は週刊誌Women's Illustrated 1960-12-24〜1961-1-7 挿絵Zelinksi as “The Theft of the Royal Ruby”)「クリスマス・プディングの冒険」橋本 福夫 訳: 評価5点
ポアロもの。元はやや短めの短篇The Adventure of the Christmas Pudding(初出The Sketch 1923-12-12別題Christmas Adventure)
ほとんど同じ内容だが、時代に合わせて変えた部分あり。ヘイスティングズへの愚痴がある1923年版の方が良く出来ていると思います。クリスマス・プディングの習慣は1960年版の説明の方が詳しくてわかりやすい。
p63 十シリング金貨(ten-shilling piece, gold)◆英国ではジョージ五世のHalf sovereign 金貨(1926)が最後のようだ。純金,  4g, 直径19mm。
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TVドラマのスーシェ版(1992, 3期9話)はタイトルがThe Theft of the Royal Ruby。1923年版ではなく1960年版に基づく脚本。アラブの王族は現代を反映してかなり傲慢な若者になっていました。プディングを混ぜるシーンとか炎に包まれたプディングを切り分けるシーンがとても興味深かったです。
(2022-5-14記載)

No.394 5点 おしどり探偵- アガサ・クリスティー 2022/05/08 03:25
1929年出版。早川クリスティ文庫の新訳(2004)で読了。私もタイトルは『二人で探偵を』が好み。原題は『犯罪(捜査)の相棒、犯行現場の二人』くらいか。
短篇集の章割がちょっと変テコで、出版時には各タイトルの(第◯章)で示したような全23章(当時のサブタイトルを調べると、例えば第4章はThe Affair of the Pink Pearl (continued)という表記だった。昔「承前」を多用していたような作品集があった記憶があるのだが、本作だったのかなあ) 現在のペーパーバックなどは全17章(何故か第5話と第13話だけ途中で割ってサブタイトルも二つ。下では英語で副題を示した。創元文庫はこの章割)。早川クリスティ文庫だと話のまとまりを重視して全15話にまとめています。
連載はお馴染みThe Sketch 1924-9-24〜12-10の12週連続(全12話)、それに数か月前に発表した第13話と連載4年後に発表した第12話の二作を加えて単行本化。
こういう探偵小説のおちょくりのような短篇集は当時でも珍しいと思うのですが、EQの定員には採用されていない。マニア度は薄いのでEQにしてみれば物足りなかったのかも。
初期アガサさんの肩の凝らない楽天的な作品集。発想はSexton Blakeみたいな探偵スリラーだろうか。(某Tubeで当時もののサイレント映画が見られる。子供の助手も出ていて、こういうのが小林少年のルーツか)
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第1話 A Fairy in the Flat (第1章)「アパートの妖精」(初出The Sketch 1924-9-24 as ‘Tommy and Tuppence I. Publicity’ 第2話も同じ): 評価はパス。
物語の序章。コナン・ドイル先生(1859-1930)をからかっている。その態度が無邪気で良い。
p12 斑の豹(The Spotted Leopard)
p16 アルバート♠️『秘密機関』に登場していた探偵小説好きの少年。この頃には子供が普通に働いていた。14歳未満の労働禁止は英国では1933年に法制化。(同じ法律で死刑適用年齢は18歳に引き上げられた)
p18 デイリー・リー(the Daily Leader)♠️本作に登場する新聞名。ここは誤植。
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第2話 A Pot of Tea (第2章)「お茶をどうぞ」(初出は第1話と同じ、雑誌掲載時はひと続きの話だった): 評価5点
無邪気だなあ!そして甘々のロマンチック。
p25 数年来、離婚が激増している◆イングランド&ウェールズの統計だが、1914年577件、1918年1111件、1921年3522件、1923年2667件(なおアガサさん離婚年1928年は4018件で1921年の数字を初めて超えた) なお米国では1920年の離婚が170,505件で桁違いである。(1920年の総人口は英国4千万人、米国1億6百万人)
p25 ボウ・ストリート(Bow Street)…ヴァイン・ストリート(Vine Street)◆訳注が的を外している感じ。どちらも警察にゆかりのある地名。どちらもちょっと古い時代の話だから、次のセリフの(大昔の古き良き)「独身時代(bachelor days)」を思い出してるんじゃないよ!という繋がりなのか。
p26 ここ十年に出版された探偵小説は全部読んでいる(I have read every detective novel that has been published in the last ten years)◆アガサさんもそうだったのかも。
p28 顎といえるほどのものはないにひとしい(practically no chin to speak of)◆ここら辺の描写は「上流階級(toff)」の特徴なのか。
p28 腕利き探偵たち(Brilliant Detectives)
p30 ご老体の時代は終わりました(The day of the Old Men is over)◆ここら辺は当時言われていた文句なのだろう。
p38 ママは何でも知っている(Mother knows best)◆訳注でヤッフェ(シリーズ開始は1952)を挙げているのはびっくり!このタイトルの米国映画(1928)があるらしいが、もちろん本作のずっと後だ。多分、Father knows best(米国コメディ・ドラマ1949-1960)は、この文句のもじりなのだろう。起源を調べたが出てこない。ことわざみたいな文句だと感じた。
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第3話 The Affair of the Pink Pearl (第3章-第4章)「桃色真珠紛失事件」(初出The Sketch 1924-10-1 as ‘Tommy and Tuppence II. The Affair of the Pink Pearl’): 評価5点
まあ、楽しく行きましょうや。
p48 青いバスの切符(blue bus ticket)♣️London Transport Museum Bus Ticket 1920で当時のロンドンのバスの切符を見ることが出来る。
p51 ブローニー(Brownie)♣️1900年販売開始。当時$1(=4470円)ここで言及されているのはNo.2 Brownie(価格$2の後継モデル、幾つかのマイナーチェンジがありModel Fは1919-1924)だろうか。英Wiki “Kodak Brownie”参照。
p51 スモーカーズ・コンパニオン(Smoker’s companion)♣️ここの訳注もちょっとズレている。ソーンダイク・ファンならお馴染み、助手ポルトンが開発した携帯タバコ掃除具に似た七つ道具、錠前破りも楽々のやつ。初登場は“The Funeral Pyre”(初出Pearson’s 1922-9)のようだ。
p54 アメリカ人がいかに称号に弱いか
p55 家事専門の[メイド](housemaid)
p56 切り札もないのに賭けを二倍に(a redoubled no trump hand)♣️ゲームはブリッジだろう。正しい用語になおすと「ノートランプでリダブルがかかっていた時」no trumpは切り札を定めない勝負、redoubleは四倍。ここは旧ハヤカワ文庫(橋本 福夫 訳)も同様の翻訳。
p56 場札と同じ札があるのに… ♣️revokeという反則。旧ハヤカワ文庫を丁寧にパラフレーズしている。
p61 レックス・V・ベイリー事件(the case of Rex v Bailey)♣️「国王対ベイリー事件」英国裁判の表記。旧ハヤカワ文庫ではちゃんと「レックス対ベイリー事件」と訳してるのに!
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第4話 The Adventure of the Sinister Stranger (第5章-第6章)「怪しい来訪者」(初出The Sketch 1924-10-22 as ‘Tommy and Tuppence V. The Case of the Sinister Stranger’): 評価6点
こういう話は明るく能天気にさらっとゆくのが正解。
p86 ワニ足(Clubfoot)♠️これは次との関係で「カニ足」で良いのでは? (旧ハヤカワ文庫は「がにまた」訳注ではオークウッド兄弟のあだ名だと誤解) (2022-5-8追記: Clubfootは一般的に「エビ足」かも。私はすっかりcrabと間違えていました)
p87 オークウッド兄弟(brothers Okewood)♠️Valentine Williams(1883-1946)作のスパイ・スリラーの主人公。Clubfootは彼らの宿敵のあだ名(本名Dr. Adolf Grundt)、長篇4冊(1918-1924)で活躍する。
p98 カール・ピータースン♠️自信なさそうな訳注… 翻訳当時は詳しいWeb情報がなかったのかも、だが。Carl PetersonはDrummond最初の4長篇(1920-1926)の宿敵、変装の名人。
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第5話 Finessing the King (第7章)-The Gentleman Dressed in Newspaper (第8章)「キングを出し抜く」(初出The Sketch 1924-10-8 as ‘Tommy and Tuppence III. Finessing the King’): 評価5点
Kのフィネッスとはブリッジ用語で、味方のAの影をチラつかせ敵のKを出させないようにして、場を自分のQなどで攫うこと。
まあどう考えても無理なトリックがあるが、細かいことは気にせずに…
p109 スリー・アーツ舞踏会(Three Arts Ball)◆架空かと思ったら有名な実在の仮装舞踏会のようだ。British Pathéに当時もの(Royal Albert Hall開催)の映像があった。
p110 ボヘミアン的な食べ物(for bacon and eggs and Welsh rarebits—Bohemian sort of stuff)◆ベーコンエッグやウェルシュ・レアビットはボヘミアン風なのか…
p112 消防隊員の制服一式
p113 おしのびのマッカーティ(McCarty incog.)◆ Isabel Ostrander作(1922)のタイトル。探偵役はex-Roundsman Timothy McCarty(どうやら遺産を相続して警察を辞めたらしい)とその友人Dennis Riordan(職業がcity fireman、なのでp112の小ネタ)のシリーズ代表作のようだ。作者についていろいろ調べているとシリーズ第2作“Twenty-Six Clues”(1919)がヴァンダイン、EQ、そしてJDCばりの複雑なプロットの作品で1910年代米国本格探偵小説の傑作(ただしフェアプレイではない)と某Webに書いてあった。それなら読んでみるしかないっしょ!(読み終えたら結果はこのサイトで発表します…)
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第6話 The Case of the Missing Lady (第9章)「婦人失踪事件」(初出The Sketch 1924-10-15 as ‘Tommy and Tuppence IV. The Case of the Missing Lady’): 評価5点
わざとらしい雰囲気と結末が、この連作らしくて良い。
p146 デイリー・ミラー
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第7話 Blindman’s Buff (第10章)「目隠しごっこ」(初出The Sketch 1924-11-26 as ‘Tommy and Tuppence X. Blind Man’s Buff’): 評価5点
何故ここはマックス・カラドスじゃないのか? 当時はかなりマイナーだったのだろう。なおミステリ史上初の盲人探偵は第5話に出てくる探偵の作者Isabel OstranderのDamon Gauntだったかも、という説があるらしい。
本作は、まあ何となくそうなるよね、という感じ。
登場するThornley Coltonがどんな奴だか知りたくてWebで短篇集第一話(初出People’s Ideal Fiction Magazine 1913-2 as ‘Thornley Colton, Blind Reader of Hearts. I.—The Keyboard of Silence’ 挿絵J. A. Lemon)をちょっとだけ読んでみました。作者Clinton H. Stagg (1888-1916)は米国人でジャーナリスト、作家、初期ハリウッドの脚本も書いています。ずいぶんと若死に。
p165 鍵盤は静まり返ってる(the keyboard of silence)♠️ソーンリー・コールトンの握手は独特で、人差し指で相手の「静かなる鍵盤--手首」の脈に触れ、相手を読み取るのだ!
p165 問題研究家(Problemist)♠️ソーンリーが冗談まじりに自称している肩書き。「問題主義者」という感じかな。socialistとかnationalistとかの用法がイメージにあるのでは?
p165 河の堤で拾われた…♠️ハンサムだが影のように付き従うソーンリーの秘書Sydney
Thamesは、拾われた捨て子で「有名な川と同じ苗字」と作品中で言及されている。なので今回のタペンスは「ミス・ガンジス」
p165 フィーまたの名シュリンプ(the Fee, alias Shrimp)♠️ソーンリーにはニック・カーターに憧れる子供の助手がいて(当時のニック・カーターの名声って侮れませんねえ)、ある殺人事件を解決した結果、ソーンリーが引き取ることになったので「報酬(the Fee)」とテムズに呼ばれている。ソーンリーは「小海老(Shrimp)」と呼んでいるが本名はわからない。この事件、フィーの母親が被害者で、父親が犯人、という実にメロドラマな設定。
p165 ヒェー(Gee)♠️「ちぇっ」が一般的。
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第8話 The Man in the Mist (第11章-第12章)「霧の中の男」(初出The Sketch 1924-12-3 as ‘Tommy and Tuppence XI. The Man in the Mist’): 評価5点
引き合いに出した探偵小説のムードを良く伝えている作品だが、ちょっとズレた感じ。健闘賞。
p190 私はアガサさんが繰り返し頭の空っぽな美人女優の話を書くので、子供の頃、美人というのは馬鹿なのだ、とすっかり思い込んでしまっていました…
p199 赤、白、青◆この原色の色彩感覚はチェスタトンを意識?
p204 緋色の女(Scarlet Woman)
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第9話 The Crackler (第13章-第14章)「パリパリ屋」(初出The Sketch 1924-11-19 as ‘Tommy and Tuppence IX. The Affair of the Forged Notes’): 評価4点
実は犯罪者のやり口が巧妙だと思えないのですが… 全然深い企みは無い、というのが正解?
p223 デイリー・メイル(the Daily Mail)
p223 一ポンド紙幣(one pound note)♣️連載当時のは財務省(Treasury)紙幣、£1 Third Seriesで1917-1933発行、茶色と緑色、サイズ151x84mm。当時の英国銀行券は金と引き換える、という約束(兌換紙幣)だったから、戦争勃発により緊急に金流出を防ぐ目的で、金貨の代わりの小額金券として使えるよう財務省が発行したのだろう。なお緊急発行だったため、初期(First & Second Series)は稚拙な作りで偽造しやすかったようだ。単行本の時には、金本位制が復活しており、英国銀行が発行する紙幣となっている。£1 Series A (1st issue)で1928-1962発行。緑色、サイズは同じ。
p226 つくりぜに(slush)
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第10話 The Sunningdale Mystery (第15章-第16章)「サニングデールの謎」(初出The Sketch 1924-10-29 as ‘Tommy and Tuppence VI. The Sunninghall Mystery’): 評価6点
この作品集の中で、それっぽいパロディとしては最上の出来。楽しげな雰囲気も良い。オルツィさんとアガサさんの資質もよく似ている感じがする。
p248 チーズケーキとミルク♠️ご存じ、隅の老人の大好物。
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第11話 The House of Lurking Death (第17章-第18章)「死のひそむ家」(初出The Sketch 1924-11-5 as ‘Tommy and Tuppence VII. The House of Lurking Death’): 評価5点
こういうシリアスなムードは、このシリーズにはミスマッチである。
アノーはポアロのモデルなので、真似が難しかったのかなあ。全然冴えていない。友人リカード氏が登場しないのも変。(アガサさんはリカードのキャラをちょっとおとなしめにしてサタスウェイト氏を想像したのでは?と実は私は疑っている。『クィン氏』の感想中に詳しく書くつもり)
p274 偉大なコメディアン◆アノーはしばしば「コメディアンの風貌」と描写されている。
p274 浮浪児(the little gutter boy)◆『薔薇荘』で相棒のリカード氏がアノーを評した言葉。国書刊行会の翻訳では「悪たれ小僧」
p275 ミス・ロビンスン◆「訳注 アノーの秘書」何故こんなトンチンカンな注がついているんだろう。
p281 二十一歳◆成人(保護者の同意不要年齢)になったから、ということなのか。
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第12話 The Unbreakable Alibi (第19章)「鉄壁のアリバイ」(初出Holly Leaves 1928-12 挿絵Steven Spurrier): 評価4点
雑誌Holly Leavesは週刊誌Illustrated Sporting and Dramatic Newsのクリスマス特集号。
アガサさんがコリンズ社に鞍替えしたのは1925年。連載以外で追加した二作品はいずれも当時コリンズ社からミステリを出版している作家のもの。クロフツはコリンズ社お抱え、バークリーは出版社をいろいろ変えているが直近の『絹靴下』(1928)はコリンズ社だ。
本作は工夫が足りないので全くつまらない。きっかけもわざとらしい。これを書いた時には、シリーズ連載時のあっけらかんとした明るさはもう残っていなかったのだろう。
p309 スペルが怪しいのは非常にハイレベルの教育を受けた証拠、というのはウッドハウスの描く貴族階級のズボラさを連想させる。
p327 十シリング攻勢(the ten-shilling touch)♣️終わりのほうで書いているが、これは紙幣のようだ。当時の10シリング紙幣は1918-1933発行の10 Shilling 3rd Series Treasury Issue紙幣だろう。緑と茶、サイズ138x78mm。単行本の時代になると英国銀行紙幣の10 Shilling Series A (1st issue)となる。赤茶、サイズは同じ。
p328 半クラウン♣️こちらは銀貨ジョージ五世の肖像、1920-1936鋳造のものは .500 Silver, 14.1g, 直径32mm。
p335 半クラウン♣️情報料やちょっとした謝礼の額を細かく書くところもクロフツ流を真似ているのかも。
p338 ミュージック・ホールのギャク♣️どれも元ネタがありそう。
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第13話 The Clergyman’s Daughter (第20章)-The Red House (第21章)「牧師の娘」(初出The Grand Magazine 1923-12 as ‘The First Wish’ 挿絵Arthur Ferrier): 評価6点
こういう和む話はクリスマス・ストーリーにぴったり。程よい謎でバランスが良い。
雑誌掲載時にはブラント探偵社の大枠はなかった筈だから、どういう設定だったのだろう。私の妄想では「古新聞の…すこし前の広告(advertisement some time ago… an old paper)」というのは昔『秘密機関』の時に二人が出した「若い冒険家、何でもやります!」の個人広告で、かなり古いその広告を見て依頼人がたまたまやって来ちゃった!という設定だったんじゃないか? 冒頭のシェリンガムのくだりは取ってつけた感じで本筋に入ると全く消えている。「赤い館(Red House)」からの遠い連想でシェリンガムが登場することになったのだろうか。
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第14話 The Ambassador’s Boots (第22章)「大使の靴」(初出The Sketch 1924-11-12 as ‘Tommy and Tuppence VIII. The Matter of the Ambassador’s Boots’): 評価4点
突飛すぎて普通人がついてゆけない発想が時々あるのがアガサ流。
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第15話 The Man Who Was No. 16 (第23章)「十六号だった男」(初出The Sketch 1924-12-10 as ‘Tommy and Tuppence XII. The Man Who Was Number Sixteen’): 評価5点
こういう大団円を盛り上げるのが下手なのが初期の作者。なんとか形をつけている。

No.393 6点 ロムニー・プリングルの冒険- クリフォード・アシュダウン 2022/05/01 00:57
平山雄一先生の貴重な訳業。残念ながら同人誌扱いの出版です。電子本で出してくれないかなあ。カッセル誌連載時のイラストは掲載されていません。(Gutenberg Australia “The Adventures of Romney Pringle”で数枚が見られます) [2022-5-3追記: 後で探したらフチガミさんのブログで「クリフォード・アシュダウン “The Adventures of Romney Pringle”全挿絵」という記事があり、挿絵19葉が掲載されていた!さらに「クリフォード・アシュダウン “The Further Adventures of Romney Pringle”全挿絵」で挿絵13葉も!本書の表紙の絵は第11話「銀のインゴット」からだとわかる。]
作者Clifford Ashdownとはオースチン・フリーマンと医者仲間ジョン・ジェームズ・ピトケアンの合作ペンネーム。フリーマンとしてはソーンダイクものに先立つミステリ作品。戸川さんの解説によると、本シリーズはフリーマンが書いた文章だろう、と本国でも思われているらしい(私には文体解析は無理)ので、共作者John James Pitcairn(1860-1936)の役割って何だったのだろう。ハロウェイ刑務所の医者だった、というから犯罪者から聞いた面白いネタを提供したのかも。
意図を書かずに、主人公の行動で話が進んでゆく作品。読み進めると妙な行動の意味がわかってきます。こういう洒落た書き方は大好き。(2022-5-3追記: ただし、こういう構成になっているのは最初の三作だけ。他の作品は読者の思考の一歩前を行くスタイルから、読者と共に進むスタイルになってて残念。わかりにくいよ!という文句があったのか) 世界を斜めに見ている感じは、いかにもフリーマンっぽい。作者には最初から犯罪者寄りの視点があったのだろうと思う。
まとめて読むと、最終話が力作で、これを読んで初めて全貌が理解できると思いました。
作中現在は、序文から考えて、少し前の過去のようだが、手がかりが少ないので雑に1900年とした(p20から1897年以降、p32からヴィクトリア女王時代)。作中価値の換算は英国消費者物価指数基準1900/2022(130.96倍)で£1=21381円。
以下、タイトルは雑誌発表時のものを優先、といってもサブタイトルが付いているのを除けば、タイトル変更はありません。収録順も本書では初出順を守っているので変更なしです。原文はGutenberg Australiaで全12篇を入手しました。
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(0) 短い序文
単行本に付されたもの。ロムニーという名(name given)の金持ち紳士が今年(the present year)、サンドイッチ(Sandwich)で死に、ちょっとした知り合いだった筆者(the present writers, ここ複数なのには意味がある?)が彼の残した驚くべき物語の原稿を発表しましょう、という口上。
(1) The Adventures of Romney Pringle, (1) The Assyrian Rejuvenator (初出Cassell’s Magazine 1902-6 挿絵Fred Pegram)「アッシリアの回春剤」: 評価6点
既訳は山田 辰夫 訳「アッシリアの回春剤」HMM1975年1月号。
あらかじめ変装の用意がある、という事は昔から悪いことをし慣れている、ということなのだろう。計画的、というより行き当たりばったりなのだが面白い。
多分、Rehuvenatorとは、作品中では明確に表現されてないけど、今で言うバイアグラみたいな効果が期待されていたのだろう。
p6 一回6ペンスの便利なエレクトロフォン(through a convenient electrophone, price sixpence in the slot)♠️ロンドンで1895-1925に存在していたオーディオ・システム。英Wiki “Electrophone (information system)”参照。6ペンスは535円
p7 四月五日
p8 著作権代理人(Literary Agent)♠️A.P. Wattが始めたのは1870年代後半だという。まだまだ胡散臭い業界だったのだろう。
p8 休演中(resting)
p10 収入印紙代を含んで16ペンス(ten and sixpence, including the Government stamp)♠️この書き方だと10シリング6ペンスのこと。(2022-5-3追記、以下の16ペンスの所も修正)
p10 半ソブリンと六ペンス(a half sovereign and a sixpence)♠️10シリング6ペンスは11225円。コインはヴィクトリア女王の肖像、半ソブリン(=10シリング)は純金, 4g, 直径19mm。六ペンスは純銀, 3.1g, 直径19mm。
p14 プリングルはこの情景を興味津々で眺めていた(He had been an interested spectator of the scene)♠️誤訳。このHeは直前のThe cabmanのこと。
p17 十六ペンスというのは、普通の銀行だったら小切手を発行するのを渋る金額だ。だからたいてい郵便為替が送られてくる(Ten-and-sixpence being a sum for which the average banker demurs to honour a cheque, the payments were usually made in postal orders)♠️しつこいが正しくは10シリング6ペンス。こういう知識は他では得られないだろう。
p20 タクシー(モーターキャブ)運転手(the driver of a motor-cab)♠️ロンドンに最初にmotor cabが導入されたのは1897年のことで、電気自動車だった!石油系自動車のタクシーは1903年が最初だというから、ここに出てくるのはBerseysと呼ばれた電気自動車なのだろう。
(2022-4-30記載)
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(2) The Adventures of Romney Pringle, (2) The Foreign Office Despatch (初出Cassell’s Magazine 1902-7 挿絵Fred Pegram)「外務省報告書」: 評価6点
既訳は深町 眞理子 訳「外務省公文書」クイーンの定員II。
こちらはあらかじめ計画があったのか。何かあるかな?と近づいたらたまたま大きな収穫があった、という事なのかも。
Despatchは「通信文、書簡」だと思うし、作品中でも「書類、書簡、公文書」などと訳されていて、タイトルに採用した「報告書」だと意味がズレている感じ。「書簡」の方が内容に合致している。
p23 十二---赤---不成立(Twelve—rouge—manque—pair)◆マンク(manque)はルーレット用語で1〜18、pairは偶数。翻訳はmanque pairと解釈したの?
p23 ディーラー(tailleur)… 親(table)
p23 謎の著作権代理人に変装している◆原文にはない文句。勝手に入れるのは嫌だなあ。
p24 このクラブはそれほど大きくないので… 侮辱されたと思うのがあたりまえだ(The club was not so large that a member need consider himself insulted)◆「侮辱されたと思う必要はない」という解釈が正しそうだ。
p24 ボンド教授(Professor Bond)◆ちょっと調べてみたが架空人名か。
p29 無料送達郵便物(frank)◆「無料送達の署名」のことか。
p32 国王陛下のメッセンジャー(Queen's messenger)◆ここは時代を区別する重要単語なので正確な翻訳をお願いしたいところ。
p38 そうそう、今回の騒動はちょっと行き過ぎだと思いますよ… ◆これ以下のプリングルのセリフは参照した原文に無い。深町訳にもなかった。初出雑誌版には存在していたのかも(となるとp23も初出時にはあったのか?)
(2022-4-30記載)
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(3) The Adventures of Romney Pringle, (3) The Chicago Heiress (初出Cassell’s Magazine 1902-8 挿絵Fred Pegram)「シカゴの女相続人」: 評価6点
既訳は乾 信一郎 訳「シカゴの女相続人」シャーロック・ホームズのライヴァルたち①。
話の流れが巧み。一種の暗号もの?(違います)
p41 六月の末… 誰もかれもがロンドンから脱出♣️ヴァカンス・シーズン、という事?
p42 すり切れた折り目には、郵便切手を貼って裏打ち(backed with postage-stamp edging at the well-worn creases)♣️マーチン・ガードナー注釈の『ブラウン神父の童心』で昔は切手シートの端の白い余り部分(専門用語で「耳紙」というらしい)をセロテープのように使っていた、とあった。切手自体だともったいないので、切手シートの耳紙(edgingがそれを意味してる?)の事じゃないだろうか。
p43 入場券を半分に千切るとデスクの下に捨て♣️大英図書館のマナーなのだろうか。
p46 イギリス貴族とアメリカ人の結婚はいまだに人気♣️この頃からそういう風潮だったのだ。オルツィさんの小説にもよく出てきますね。
p52 彼が国外に退去することが、はっきり確かめられます(You will make certain at any rate that he is safely out of the country)♣️試訳「あなたはいずれにせよ奴が無事国外に出るのを確実にしたいのですね」
p52 現金(cash)♣️ここは次の文の「紙幣」と対比させているので「硬貨」(金貨で良いか)が良いだろう。
p52 紙幣を渡せば、問題なく相手も使えます(and if you give him notes and he had any difficulty in passing them, as he might have, your object would be again defeated)♣️平山先生は難しいと端折っちゃう癖がある。ここは「もし奴に紙幣を渡して、それを使うのに困難があった場合(多分そうなるでしょうが)、あなたの目的は同じく達成されません」ということ。紙幣(5ポンド以上の高額なものしか当時は存在しなかった)は番号が銀行に記録されており、アシがつきやすいのだ。
(2022-4-30記載)
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(4) The Adventures of Romney Pringle, (4) The Lizard’s Scale (初出Cassell’s Magazine 1902-9 挿絵Fred Pegram)「トカゲのうろこ」: 評価5点
ちょっと前三作と違った印象だが、まあそうなるよね、という作品。
こういう手で上手くやった人たちが実際にいたのでしょうね。出てくる若者のセリフは標準語に訳されているが、原文ではかなり訛っている。(Didn't yew iver see himとかSars o' mine! Noo I come te look at yewとか)
翻訳はふらついている感じで、ところどころ微妙。
p63 査問法廷まで開いた(held a crowner's 'quest)♠️インクエストはこういう目的でも開かれるものなのか?調べつかず。
p63 ロックスハムとバートン(Wroxham and Barton)♠️調べつかず。
p73 七月二十五日
p73 小額紙幣で(the cash in small notes)♠️上述(p52)とは違ってcashで「現金」を意味している。その後、10ポンド紙幣を用意しているので間違いない(当時は1000ポンド紙幣もあったから10ポンド紙幣は十分smallなのだろう)。本作の状況だとアシがつく事を心配しなくて良い、ということか。
(2022-5-1記載)
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(5) The Adventures of Romney Pringle, (5) The Paste Diamonds (初出Cassell’s Magazine 1902-10 挿絵Fred Pegram)「偽ダイヤモンド」: 評価4点
前作の登場人物が再び現れる。若干のネタバレありなので順番に読むのがお薦め。
頭をほとんど使わない話なのでつまらない。作者はアムステルダムに行ったことがありそう。
p81 一時間後(an hour later)◆ちょっとわかりにくい文章だが、直前のセリフの後、場所を相手のホテルに移している。原文も同じ。
p82 俺の縄張りで(at my pitch)◆赤帽(porter)の担当は馬車が止まった場所で決まっていたようだ。
p83 朝起きたとき、北海は好天に恵まれていた(The North Sea was in anything but a propitious mood when he awoke)◆どうしてこういう文章になったのかなあ。その後も変テコ。試訳(概略)「目を覚ました時、北海は好天とは程遠かった。「フック・ファン・ホランド」経路は当時まだ存在せず(’Hook of Holland’ route was not then in existence)、普通12時間程度の航海が16時間に延びた。大部分の乗客は長引く苦痛で、朝食には何の興味もなくなった。プリングル他数名以外、濡れた風通しの悪い上甲板に耐えられる者はおらず、船がマース川に入り、ロッテルダムが見えてきたとき、疲弊した行列がサルーンからやっと出てきた。」
このHook of Holland経路とは、従来オランダ行き航路はHarwichとRotterdamを結んでいたのだが、1893年フック・ファン・ホランド(Hoek van Holland)駅が出来てロッテルダムまで陸路が可能になったため英国Great Eastern Railwayが連絡港をフックに変更し、ロンドン=ロッテルダム間が2時間短縮となった事を指しているのだろう。ロンドンを夕方出発したらアムステルダムの朝食時間に間に合ったようだ。(ということは、本作は1893年以前の事件となる)
p85 母国語---すなわち全世界の共通語(in his native tongue the real lingua franca of the civilized world)◆全くもう、思い上がりも甚だしい…
p85 ジョン ・M・ヒュー… 商人に変装するときの名前("John M'Hugh," as a name well in keeping with the commercial atmosphere in which he found himself)◆この表記は「ジョン・マクヒュー」が正解だろう。
p86 現金だな?(Is it cash)… イギリスの紙幣です(bank English notes)
p91 十ポンド札… 二十ポンド札◆当時はWhite note、紙幣サイズはいずれも211x133mm。
(2022-5-1記載)
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(6) The Adventures of Romney Pringle, (6) The Kailyard Novel (初出Cassell’s Magazine 1902-11 挿絵Fred Pegram)「マハラジャの宝石」: 評価5点
原題はスコットランド表現で「ケール畑の小説」? (これについては訳者解説にちゃんとした記載がありました)
成り行きまかせの話なので、つまらない。それに獲物の処分に困ると思うのだが…
p94『飲んだくれの隣人』(Drouthy Neebors)♣️スコットランド訛り。
p110 書斎のドアはほぼ壊れて(The study-door was already tottering)♣️まだ「ぐらついている」くらいの状態。ところどころ日本語の選択が甘いのが惜しい。(2022-5-3追記: 挿絵を見ると「今にもはずれそうだった」が適切か)
(2022-5-1記載)
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(7) The Further Adventures of Romney Pringle, (1) The Submarine Boat (初出Cassell’s Magazine 1903-6 挿絵Fred Pegram)「潜水艦」: 評価4点
いろいろ納得がいかない話。翻訳も大きな手ぬかりがある(p117)。小説家ってネタに困ると活劇に逃げちゃうものなのかなあ。平山先生は解説でモリスン「ディクソン魚雷」(1894)に言及していない。シャーロック「ブルース・パーティントン」は1908年だ。
p112 密封食品(air-tights)♠️缶詰肉(tinned meats)の米国流表現のようだ。プリングルは当時お金に困っていた、という描写なのだろうか。
p112 ちょっとすいませんが(Nous ne vous dérangeons pas)♠️ここは原文フランス語。英語訳は付いていない。続く「イギリス人のブタ野郎…(Cochon d'Anglais…)」「この野郎!鼻をねじ切ってやろうか(Canaille! Faut-il que je vous tire le nez?)」も同じ。
p113 わかりやすいように要約すれば(Freely translated)♠️元の会話はフランス語だった、ということ。
p116 ここらへんの記述によると換算レートは1ポンド=25フラン、実際には金基準1900で1ポンド=25.15フラン。
p116 小額紙幣… 五ポンド札で(in small notes―say, five pounds each)
p117 ウォルポールの有名な法則(Walpole's famous principle)♠️調べつかず。
p117 ブルートン街のことですか?(Bruton Street, n'est-ce pas?)♠️ここからの会話は全部フランス語。それがわからないと話が全くチンプンカンプンになる。平山先生はルビをつけ忘れたのだろうか?
p121 帽子にこびりついた破片を調べた結果、あやういところで命を落とすところだったと知れた!(And as he surveyed the battered ruins of his hat, he began to realise how nearly had he been the victim of a murderous vendetta!)♠️試訳「彼は潰れた帽子の残骸をつくづく眺め、すんでのところで報復殺人の犠牲者になることから逃れたのを思い知った」
p126 ビッグ・ベンが八回鐘を鳴らした(Big Ben boomed on his eight bells)♠️午後4時30分。鳴らし方のルールはきっと何処かに書いてあるはずだが、調べていない。
p126 拳銃(revolver)♠️フランス陸軍の当時の制式はModèle 1892 revolver(MAS製造)だが、型式を示す記述は本文に無い。(2022-5-3追記)
p126 そちらも助けを呼べないご身分のようですな(I can assure you we were under no necessity of calling on you for your help)♠️試訳「我々には、あなたの助けを求めてお呼びする必要など全く無いことをご承知おき願いたいですな」
p127 時計が(Dent’s clock)♠️ビッグ・ベンのこと。大時計の製造者はEdward John Dent(1790–1853)
(2022-5-2記載)
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(8) The Further Adventures of Romney Pringle, (2) The Kimberley Fugitive (初出Cassell’s Magazine 1903-7 挿絵Fred Pegram)「キンバリーの逃亡者」: 評価5点
カラカラで埃っぽい街を自転車で疾走する冒頭が良い。話はまあまあ。ソーンダイク博士並みの行動もある。翻訳の細かいところまでは指摘しないが、訳文にかなりの揺れがある。
p128 その結果を変えさせることはできなかった(without inducing the pointer to travel beyond "change")◆晴雨計の表示は”RAIN”—“CHANGE”—“FAIR”、なのでここは「針は“曇り”から動かなかった」という意味。この用語、辞書には載っていないようだ。
p132 どんどん水が◆ここは雨水ではなく原文blast(突風)のこと。
p133 その後まんまと逃げられるとは、なんというヘマだ!(And how clumsily he made his escape afterwards!)◆訳者はどういう情景を思い浮かべてるのかなあ。試訳「そのあとヘドモドしながら逃げていったなあ!」
p134 くたびれてはいるが… (Physical weariness would not be denied)◆ここら辺、かなり変テコな解釈。試訳(概要)「肉体的な疲れは否めず、それに[涼しくなったので]一晩中眠れる期待もあり、プリングルは、見知らぬ男の企みを暴く今の活動を一時中断することにした。」
p134 この「I・D・B」は違法ダイヤモンド購入禁止条例(Illicit Diamond Buying Act)の略。単純にカッコの場所の間違い。
p139 あの自転車は本来三、四ポンドの価値(a machine intrinsically worth some three or four pounds)◆これで安物だというが6〜8万なら結構な感じ。多分、上モノはかなり高いのだろう。(2022-5-3追記: 当時の広告で£10が普通のようだ)
p142 手荷物預け所… 1シリング◆鉄道荷物の預け賃
p142 彼の日よけが付いている自転車は、もう少し丁寧な扱いだった(his own followed with a shade more consideration)◆a shadeでちょっとした程度を表す。(a littleみたいな感じで合ってる?) 日よけ付きの自転車とはねえ。
p143 ハリッジからオランダのフークまで(from Harwich to the Hook of Holland)◆p83既出。とすると本作は1893年以降の話になる。
(2022-5-3記載)
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(9) The Further Adventures of Romney Pringle, (3) The Silkworms of Florence (初出Cassell’s Magazine 1903-8 挿絵Fred Pegram)「フローレンスの蚕」: 評価5点
こちらもソーンダイクばりの活躍。イースト・サセックス州ライ(Rye)の観光案内っぽい作品。
p145 絞首刑(gibbet)… さらし台(Rye pillory)♣️ライ町庁舎の二大名物。Wiki “ライ(イングランド)“参照。
p145 銀行休業日(Bank Holiday)♣️英国の祝日のこと。
p145 チンク港(Cinque ports)♣️シンク・ポーツ(五港)が定訳らしい。
p156 驚くべき発見♣️翻訳では続く数字があべこべになっている。この数字、実際にwww.ngdc.noaa.gov/geomag/calculators/magcalc.shtmlで試算できる。色々試したが昔の計算方法とは違うらしく、一番近い数字となる1899年が作中現在なのだろうか。(2022-5-3追記)
p157 年に一度のボートレース(annual regatta)♣️実際に当時ライで開催されていたようだが詳細不明。レガッタ・レースは夏に開催されたようだ。
(2022-5-3記載)
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(10) The Further Adventures of Romney Pringle, (4) The Box of Specie (初出Cassell’s Magazine 1903-9 挿絵Fred Pegram)「黄金の箱」: 評価5点
フリーマンは海の描写が巧み。動きに臨場感がある。推理味は薄い。
p163 ティルベリー近くともなれば、テムズ川もきれいな流れになってくる(for nearing Tilbury the Thames becomes a clean)♠️テムズ川が海に出るあたりの港。当時は生活排水などでまだ汚かったのかも。テムズに流れ込む下水整備が始まったのは1860年代から。
p169 五千ソブリンの金貨♠️当時のソブリン金貨はヴィクトリア女王の肖像、純金,  8g, 直径22mm。5000枚なら40キロ。
p172 コールドミートのサンドウィッチ(cold-meat sandwiches)♠️ここら辺の描写にリアリティを感じる。
p177 あの財宝に彼は翻弄されっぱなしだった(he knew that fortune was playing his game for him)♠️試訳「幸運の神は彼の味方になってゲームを進めているようだった」
p177 もろもろの星は軌道を離れて彼と戦った(the stars in their courses were fighting for him)♠️訳注「士師記5:20のもじり」(KJV) They fought from heaven; the stars in their courses fought against Sisera (文語訳)「天よりこれを攻るものありもろもろの星其の道を離れてシセラを攻む」もじりの方は上の文と同様 “for him” なので「彼のために戦った」という訳が良いだろう。
p179 一時間当たり2シリング(at two shillings each)♠️2138円。ちょっとした手伝いの手間賃。
(2022-5-3記載)
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(11) The Further Adventures of Romney Pringle, (5) The Silver Ingots (初出Cassell’s Magazine 1903-10 挿絵Fred Pegram)「銀のインゴット」: 評価6点
あれよあれよ、という感じ。今までとトーンが変わるが実に良い。作者たちは最初から本作と次作を書きたかったのかも。
p181 紋章と頭文字(a crest and monogram)
p188 フロリン硬貨と半クラウン硬貨(the florin and two half-crowns)◆当時はヴィクトリア女王の肖像、フロリン硬貨(=2シリング)は純銀, 11.3g, 直径28.5mm、半クラウン硬貨(=2.5シリング)は純銀, 14.1g, 直径32mm。
p189 サルーン・バーのドア(the door of the saloon bar)◆平山先生の解説にある通り、労働者用のthe public barは別。
p189 試験機(trier)◆どんなのだろう。調べつかず。
p193 自分の金で卵とベーコンとコーヒーの朝食の出前を(the expenditure of some of his capital on a breakfast of eggs and bacon and muddy coffee from "outside")
p194 あの貧乏人は知らねえ… (But the pore chap doesn't know, yer know—E 'asn't bin in London long!)◆歌。調べつかず。
(2022-5-3記載)
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(12) The Further Adventures of Romney Pringle, (6) The House of Detention (初出Cassell’s Magazine 1903-11 挿絵Fred Pegram)「拘置所」: 評価6点
実に生き生きとした描写で怖い。挿絵に二輪馬車(ハンサム)のトラップ・ドアがチラリと見えます。最後のセリフは、そこが寝ぐらに近いんでしょうね。(手続きに行くつもりではないと思います)
p199 絆創膏(a strip of old-fashioned court-plaster)♣️どんなものか画像で見たがよくわからなかった。半ソブリンの大きさはp10参照。
p205 ごちゃまぜの服装(a jumble of costumes)♣️当時は統一されていなかったんだろう。
p214 あの親切な男(the Samaritan)♣️何回か読み返して、病人を助けて運んで行った人のことだとわかりました。
(2022-5-3記載)

No.392 7点 検察側の証人- アガサ・クリスティー 2022/04/30 06:59
1953年発表。早川クリスティ文庫で読了。翻訳は堅実で調子が良い。
短篇版(1925年1月、米国雑誌初出)は夫アーチーに裏切られる前に書いたもの。なので、とてもロマンチックな結末だと感じた。短篇を書いた時には想像もしていなかっただろう、アガサさん自身が14歳年下の男と結婚するとは!(戯曲版発表時のアガサさんは63歳)
自伝で、戯曲版のためにバリスタやソリシタからたくさんの助言をもらった、と書いており、法廷シーンは充実している。でも映画ワイルダー版を見た後で考えると、まだまだ法廷もののメリハリの利かせ方になっていない感じ。作者序文では、大勢の登場人物が必要になるので大変ね、と心配している。確かに劇場の舞台で映画の法廷シーン並みの迫力を出すのは大変だろう。
以下トリビア。原文が得られなかったので、主な項目だけ。
作中現在はp29、p120、p131から1949年なのだろう。
p21 アドルフ・ベック◆ Adolf Beck caseのこと。真犯人スミスが捕まってベックが釈放されたのは1904年7月29日。
p23 二、三ポンドの貯金◆英国消費者物価指数基準1949/2022(37.65倍)で£1=6061円。
p25 軍隊に行ったんでちょっと調子が狂った
p29 十月十四日◆金曜日(p86)、1921年、1927年、1932年、1938年、1949年が該当。前述の「軍隊」を考慮すると戦後間もない1921か1949が適切か。
p34 家政婦
p54 きみの今後の発言は…◆英国では昔から米国のミランダ警告っぽいことを言っている(レストレードも言っていた)。Miranda warningは1966年の判例から。
p56 陪審員十二人のうち九人までは、外(よそ)の国の人間は嘘つきだと信じ込んでいる
p75 共産圏
p78 お優しい神父さん
p108 紹介所から来る住み込み家政婦とは違うんです
p115 年下の男
p120 国民健康保険… 毎週4シリング6ペンス… 補聴器◆英国National Health Serviceは1946年創設。4s.6d.=1364円、月額5911円。映画でも同じ金額、こちらはNational Insurance Act 1946による年金と雇用保険を合わせたような給付制度の掛金のようだ。
p129 O型の血液… 42パーセント
p131 一九四六年
p132 証言する資格
p148 ブリッジ
p148 ネコブラシ
p159 イチゴ・ブロンド
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映画(1957)は法廷シーンが素晴らしい。米国と違い、検事職という専門の官職は存在せず、国が検事側弁護士としてバリスタを雇う、という形式(だったと思うが実はよく調べていません…)。ところで私は映画の法廷ものの傑作『ある殺人』(1959)はペリー・メイスンのTVシリーズ(1957年から)が当たったので作られたのかな?と思っていたのだが『情婦』とレイモンド・バーは同年だった。
ロートンは心筋梗塞で入院していた、という設定だろう。私も経験したので凄く親近感。(あんなに太ってはいませんよ…)
原作のキズを納得のいくように補正していますが、ほぼ忠実な映画化。原作の一番大きなキズは戯曲上演時に弁護士たちが一様に異をとなえたという「裁判はもっと長くかかるのです!」というところ。映画ではきちんと三日間にしている。ワイルダーは、ロートンのバリスタ役にスポットを当てていて、これは正解。誰がメイン?が物語では非常に重要だ。短篇のスポットは容疑者の妻寄り、戯曲版ではオバチャンにも当たっていて、だからあの結末なのだろうと思う。
まずは短篇、そして戯曲、最後に映画。この順番でもみんな面白く興味深かった。
(クリスティ再読さまのディートリッヒが襲われるシーンの考察を読んで、流石、と思いました。酒場のシーンにもあって、この繰り返しも意図的なもの?と思ってしまいました…)

No.391 6点 リスタデール卿の謎- アガサ・クリスティー 2022/04/26 03:51
1934年6月出版。1924年から1929年発表のノンシリーズを集めた短篇集。早川クリスティ文庫の電子版で読んでいます。田村隆一の翻訳は、いささか古めかしいけど快調。
アガサさんの短篇をなるべく初出順に読む試み。1923年はスケッチ誌にたくさんのポアロものを書き、続く1924年は『ビッグ・フォー』とトミーとタペンスの『二人で探偵を』を同誌に連載しています。ノン・シリーズはThe Grand Magazineがホームグラウンドの感じ(『二人で探偵を』収録作の一部もここに掲載)。
以下、初出順にタイトルを並び替えています。カッコつき数字は単行本収録順。初出は英Wikiの情報をFictionMags Indexで補正。
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(3) The Girl in the Train (初出The Grand Magazine 1924-2)「車中の娘」: 評価5点
失業から始まる物語。ウッドハウス風の話に仕上げたかったのかな? 初期アガサさんのロマンチックなオハナシ。
p1030 詩を書いて戸口で2ペンスで売る(for writing poems and selling them at the door at twopence)♠️こんな乞食みたいなのが実際にいたのかなあ。
p1071 ディック・ウィッテイントン(Dick Whittington)♠️猫で有名
p1168 バルカン急行(Balkan express)♠️1916-1918運行。当時のスパイものによく登場していたのか。
p1194 昔のサウス‐ウェスタン鉄道はじつに信用できるものでしたよ――スピードはのろかったけれど、時間には正確だったんです(The old South-Western was a very reliable line - slow but sure)
p1281 ジュージュツ(jujitsu)♠️『ビッグ・フォー』にも、この単語は出ていました。
p1436 半クラウン
p1436 ジョージ陛下(King George)
(2022-4-26記載)
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(7) Jane in Search of a Job (初出The Grand Magazine 1924-8)「ジェインの求職」: 評価5点
こちらも失業から始まる物語。戦後のクリスティ家は貧しかったし、英国には困窮していた人が多かった。ロマンチックで危険な冒険のオハナシ。
p2473 二千ポンド◆英国消費者物価指数基準1924/2022(64.78倍)で£1=10548円。
p2511 美人コーラス(A beauty chorus)◆コーラス・ガール、という意味だろうか。
p2615 社会主義者的な気はまったくない(There was nothing of the Socialist)
p2769 ピストル(a revolver)
p2824 レーシング・カー(racong car)
(2022-4-26記載)
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(9) Mr Eastwood's Adventure (初出The Novel Magazine 1924-8 as ‘The Mystery of the Second Cucumber‘ 挿絵Wilmot Lunt)「イーストウッド君の冒険」: 評価5点
作家を主人公にした話は初めてかも。相変わらず能天気なロマンチックさ。
p3188 白ワイン用のグラスの値段… 「半ダースで五十五シリング」♣️(7)p2473の換算(1924)で29007円。
p3245 ごろつき(カナイユ)
p3276 昔のキリスト教徒だってやったことなんだから(The early Christians made a practice of that sort of thing)
p3322 使用人(his man)
p3377 戦後、ぼくも軍服を売ったおぼえがあります(I remember selling my uniform after the war)♣️何となくアーチーが軍服を売っぱらっているシーンを想像してしまった
(2022-4-26記載)
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(2) Philomel Cottage (初出The Grand Magazine 1924-11)「ナイチンゲール荘」: 評価7点
実に素晴らしいサスペンス。主人公の心の動きが過不足なく表現されている。アガサさんの初期の最高傑作です。ずっと1924年発表作品を読んで来ましたが、本作だけ突出した感じ。このあと1925年1月には『検察側の証人』です(この作品がアガサさんの米国雑誌初出の最初。販路を拡げた、ということだろう)。
p468 年に利子が200ポンド♠️(7)p2473の換算(1924)で211万円。元金は6000ポンドのようだから年利3.3%くらいか。
(2022-4-26記載)
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(5) The Manhood of Edward Robinson (初出The Grand Magazine 1924-12)「エドワード・ロビンソンは男なのだ」: 評価6点
いつものロマンチックな話だが、なんとなく地に足をつけたところがある。アガサさんは(2)で短篇小説のコツを掴んだのだろうか。
p1899 四シリング十一ペンスの安もののブラウス(the cheap four and elevenpenny blouse)◆(7)p2473の換算(1924)で2598円。12ペンスで1シリングに繰り上がるので、日本の980円みたいな値付けなのだろう。
p1930 一等賞の500ポンド
p1939 車体前部が長く、ピカピカの、二人乗りの自動車(a small two-seater car, with a long shining nose)◆この車種を特定したくて、いろいろ探したら、1920年台の広告でちょうど同じ値段のWolseley Stellite Ten Two-Seaterのがあった。なおアガサさんの愛車Morris Cowleyは1924年の広告でTwo Seaterは£198、Four Seaterは£225だった。
p1950 映画の最上席(best seats)… 三シリング六ペンス◆=1846円。普通席は二シリング四ペンス(=1231円)のようだ。
p2116 ブリッジの借金(Bridge debts)
p2125 カクテルとは享楽的な生活を象徴するもの(represented the quintessence of the fast life)
p2194 クラパム◆「普通の人」の代名詞
(2022-4-26記載)
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(1) The Listerdale Mystery (初出The Grand Magazine 1925-12 as ‘The Benevolent Butler’)「リスタデール卿の謎」: 評価5点
貧乏生活の描写から始まり、サスペンス小説になる。のんびりとした雰囲気が良い。
p13 モーニング・ポスト
p13 歯を買う(people who wanted to buy teeth)♣️こういう個人広告がよくあったのか。
p14 週二、三ギニー♣️一軒家の家賃、かなり安い。(7)の換算だと月額9〜13万円。
p17 ぞっとするような探偵小説(dreadful detective stories)
(2022-5-15記載)
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(11) The Rajah's Emerald (初出Red Magazine 1926-7-30 挿絵Jack M. Faulks)「ラジャのエメラルド」: 評価5点
Red Magazineは当時は隔週刊行の小説誌、4シリング112ページ。
主人公はジェイムズ・ボンド(James Bond)。当時の海水浴場の情景が楽しい。
p283 定価1シリングの本♠️廉価版。英国消費者物価指数基準1926/2022(65.13倍)で£1=10321円。1s.=516円。
p286 一番小さい貸別荘でも、家具付きだったら週25ギニー(The rent, furnished, of the smallest bungalow was twenty-five guineas a week)♠️観光地の家賃。月額117万円。
p288 着替え用の小屋やボックス(bathing huts and boxes)♠️海水浴場の設備
p297 海岸のカフェのメニュー、ここら辺の描写も面白い。
p299 新聞1ペニー♠️43円。
p304 ある有名な訴訟事件以外には、未開の国の支配者たちについてはまったく何も知らなかった(knew nothing whatsoever about native rulers, except for one cause célèbre) ♠️現在進行中のこの事件のことを指している?(cause célèbreは「訴訟」とは限らない)何か当時有名な事件があったのか。
(2022-5-15記載)
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(12) Swan Song (初出The Grand Magazine 1926-9)「白鳥の歌」: 評価4点
オペラ歌手の話。アガサさんは若い頃、歌手を目指していたことがあるので、こういうネタはお手のもの。再読して『トスカ』のヴィシ・ダルテを私はここで覚えたんだなあ、と感慨深い。作品としてはちょっと工夫不足。
p311 顔色の悪い娘(a pale girl)
p312 十七匹の鬼(seventeen devils)
p314 エラール(Erard)
p321 離婚や麻薬がやたらと出てくる超現代的な芝居(a play of the ultra new school; all divorce and drugs)◆この感想はアガサさんのものだろう。
p327 席はたった2リラ◆引退した歌手の回想。多分20年前ほど。
(2022-5-15記載)
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(8) A Fruitful Sunday (初出Daily Mail 1928-8-11 挿絵画家不明)「日曜日にはくだものを」
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(10) The Golden Ball (初出Daily Mail 1929-8-5 as ‘Playing the Innocent’ 挿絵Lowtham)「黄金の玉」
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(6) Accident (初出Sunday Dispatch 1929-9-22 as ‘The Uncrossed Path’, 挿絵画家不明)「事故」
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(4) Sing a Song of Sixpence (初出Holly Leaves, the annual Christmas special of the Illustrated Sporting & Dramatic News 1929-12 挿絵C. Watson)「六ペンスのうた」

No.390 7点 生きていたパスカル- ルイージ・ピランデッロ 2022/04/14 19:51
1904年出版。雑誌連載Nuova Antologia1904年4月〜6月。福武文庫で読みました。
トリッキーで人工的な設定の戯曲で有名な作家なので、そんな感じなのかな、と思ったら、実に地に足がついた語り口です。作者の長篇小説第三作で、これが成功し、ある程度の国際的評判も得られたようです。革命的設定の戯曲で有名になるのは第一次大戦後。
本作は推理味はありませんが、本書のシチュエーションは探偵小説でも良くあるネタなので、ミステリ・マニアにも興味深いのでは? (私は『大統領のミステリ』の先回りしたある種の回答ではないか、とも考えています) 当時の流行、降霊術も登場し、ちょっとした犯罪も出てきます。冒頭で「私は二度死んだのだ!」と告白してるので、そこ迄はネタバレではないのでご安心を。
原文は伊Wikisourceから入手、イタリア語は超基礎しか知らないのでgoogle翻訳の力を借りました。
作中現在は、語り手が本書を書き始めたのが1902年5月以降(p14)、及び完成まで半年かかった(p420)という記述あり。最初の事件(事件A)は記録を書いてる時点の二年数か月(p394)以上前。p187(事件Aの1年数か月後、事件Aの後の二度目の冬)に1896着工で1901年5月開通の橋が「工事中」として登場するので、事件Aが1895年春〜1899年秋の範囲であることは確定。1000リラ紙幣(p122)は1897年12月以降なので、事件Aは1898年か1899年。「28日土曜日」(p125, 事件Aの日付)は1898年なら5月、1899年なら1月か10月、事件Aの数か月後が「11月」(p162)なので、事件Aは1898年5月が最も適切だろう。(2022-4-15追記: と考えていたが、読み直して、事件Aは1899年10月だと考えるようになった。p165参照)
現在価値は、伊国金基準1898/1901(0.969倍)&伊国消費者物価指数基準1901/2022(9170倍)で1リラ=€4.59=605円で換算。
p9 一日2リラ◆町の図書館員の日給。
p14 アンティーユ諸島のあのちっぽけな災難(quel piccolo disastro delle Antille)◆訳注無しなのだが、年代確定には重要な情報。1902年5月8日、フランス領アンティル(仏Antilles françaises)のマルティニーク島にあるプレー火山(仏Montagne Pelée)が噴火。山頂の溶岩ドームが破壊され、火砕流によって山麓のサンピエール市で約28,000人が死亡、街は壊滅状態になった。
p15 街灯に火を入れない夜(non fa accendere i lampioni)◆満月の夜に、町の燃料代を節約するためか?
p27 ありとあらゆる種類の地口◆例示あり。
p69 月42リラ… 持参金からあがる利息◆月額25410円。
p78 月60リラ◆司書の月給。p9と同じ。月額36300円。
p82 カーチョ(cacio)◆訳注 チーズの一種
p88 五百リラ◆仕送り
p91 アメリカ行き◆イタリア人にとっては希望の国だったのだ
p117 ピストル◆当時のイタリア軍の制式拳銃はBodeo Model 1889(10.35mm口径, 232mm, 950g)だが、民間に流通していたのだろうか。ここに登場しているのはなんとなく米国製の拳銃のような気がする。
p122 千リラ紙幣◆イタリア銀行(Banca d'Italia)が千リラ紙幣を最初に発行したのは1897年12月。
p122 四十チェンテージミ(centesimi)◆リラの1/100の単位centesimoの複数形
p123 二百三十万フラン◆仏国金基準1898/1901(0.993倍)&仏国消費者物価指数基準1901/2022(2744倍)で1フラン=€4.16=548円で換算。230万フランは12億6千万円。
p125 二十八日土曜日
p144 キリストはこのうえもない醜男
p162 まだ三十年ぐらいは生きてゆける◆人生50年くらいと考えると当時二十歳くらいなのか。
p162 十一月◆ここらへんの描写で事件Aから数か月以上、経過していると思われる。
p163 二十五リラ◆犬の値段
p165 二度目の冬◆p162からすぐの時点の描写。ということは、私は勘違いしていたのだがp162の「11月」は事件Aから一冬越した二度目の冬のこと。続けてこの場面は事件Aから「一年の間(in quell’anno)」と書いている(少なくとも一度目の冬から二度目の冬までの一年は経過している)ので、事件Aは5月より10月が適当だろう。(2022-4-15追記)
p181 電車賃の十銭(due soldini della corsa)
p187 すぐ間近には、古いリベッタの橋と、そのわきにこしらえている新しい橋、そしてその先にはウンベルト橋(ponte di Ripetta e il nuovo che vi si costruiva accanto; più là, il ponte Umberto)◆この建築中の橋を探したら、Ponte Cavourが見つかった。1896年着工で、開通は1901年5月25日。橋の名前はCamillo Benson, conte di Cavour (1810-1861)による。
p189 敷金(caparra)◆保証金、手付けの意味らしい。ここは「手付金」で良さそう。敷金というと日本独特の制度のような気がする。
p193 六千リラ◆家財道具を売って得た金
p201 心配と苦労とみじめなことばかりの五、六十年(cinquanta, sessant’anni di noja, di miserie, di fatiche)◆人生の長さを意味しているようだ。当時の平均寿命か。
p217 あなたはなぜ、せめて口髭でもお生やしにならないのか◆当時の成人男性は髭を生やすのが当たり前だったのだろう。
p317 六百リラ◆医者の報酬のようだ
p394 二年数カ月◆事件Aから、この場面までに経過していた時間
(2022-4-15追記: 1921年6月発表の『空想力の周到さにかんする覚え書』が最後についていて、JDCの本文に対する脚注、みたいな感じで面白かった。)

No.389 5点 危機一髪君- バロネス・オルツィ 2022/04/10 13:10
邦訳は『博文館世界探偵小説全集21「オルチイ集」』昭和5年?にあり、そこでのタイトルが【危機一髪君】なので、それを採用して登録しました。私はGutenberg Australiaの原文で読んでます。
原短篇集は1928年出版ですが、雑誌連載は1903年に第一シリーズ6篇、1927年に第二シリーズ6篇となっていて、つまり「危機一髪君」の最初のシリーズは、『隅の老人』第二次シリーズ(1902)の次の連載で、オルツィさんの創造した第二のシリーズ・キャラなのです。
短篇集『隅の老人』(1909)収録の12篇を読むと、インクエストとか裁判のシーンが頻繁に収録されていて、実は法廷もののはしりか?という印象を受けたので、この「危機一髪君」ことパトリック・マリガンがアイルランド系の弁護士(lawyer)だと英Wikiの記述で知って、もしかしてペリー・メイスンの先駆的存在なのかも?と期待して読みました。(今のところ1927年の第二シリーズは未読ですが)
さて「危機一髪君」第一シリーズ全6篇を読んでの感想ですが、残念ながら法廷もの、というより、弁護士という職業だが、子分(Alexander Stanislaus Mullins、全篇彼の一人称で語られる)と自分で関係者から聞き取りしたり、犯行現場を捜査したりする私立探偵っぽい活動をする物語。フランスの小説を読むのが好きな「太ったアイルランドの豚みたいな(fat and rosy and comfortable as an Irish pig)」と子分に描かれている男。子分MullinsをMuggins(マヌケ君)と呼ぶ悪癖あり。その代わり子分マリンズはボスのことを地の文では必ずSkin o’ my Teethと書いています。
このskin of my teethというのは聖書的表現でJob 19:20 (KJV)My bone cleaveth to my skin and to my flesh, and I am escaped with the skin of my teeth、ヨブ記(文語訳)19:20「わが骨はわが皮と肉とに貼り 我は僅に齒の皮を全うして逃れしのみ」からきています。英語の意味としては「すんでのところで、間一髪」で危ないところを逃れた、という「ギリギリで避けられた」ニュアンスがある表現とのこと。「歯の皮」って何?と思いますが、変な記述であり、聖書学者でも議論があり、歯のエナメル質のこと、歯が抜け落ちた後に残る歯肉のこと、とかいろいろありますが、実はヘブライ語原文のJob 19:20はMy skin and flesh cling to my bones, and I am left with (only) my skullという意味らしく「痩せて皮と肉が骨に張り付き、私は骸骨だけの存在となった」という趣旨でskin of my teethもescapeも間違い翻訳のようです。(英Wikiによる説)
第一シリーズの作品的には、プロットは六篇とも「隅の老人」と変わらない感じ。ミスディレクションは少なく、厳密な論理展開ではなく、直感で真実に辿り着く探偵もの。窮地に陥った依頼人が「歯の皮」に相談に来る、というのが物語の大枠。
残念ながら探偵「歯の皮」に魅力が無く、子分「マヌケ君」とのやりとりも楽しくない。ミステリ的に面白いネタもあるのですが、全体的には特筆すべき傑作に至らない作品群です。
本短篇集12篇の詳細は以下の通りです。初出順に並べました。カッコつき数字は短篇集の収録順。タイトルは短篇集準拠。
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(1) The Murder in Saltashe Woods (初出The Windsor Magazine 1903-6 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. I.—The Murder in Saltashe Woods’): 評価6点
博文館版は「サルタシ森の殺人」
本作にはインクエストの場面あり。作者の意図かどうかは分からないが、登場人物の心理を考えると、ちょっと興味深い話に仕上がっている。
なおイラストがブログOntos: "Though the Whole Aspect of It Was Remarkably Clear, Instinctively One Scented a Mystery Somewhere"に掲載されている。
(2022-4-10記載)
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(2) The Case of the Sicilian Prince (初出The Windsor Magazine 1903-7 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. II.—The Case of the Polish Prince’): 評価4点
博文館版は「シシリアの貴族」
こういう話、オルツィさんは良くやるんだが、シシリア貴族(雑誌版では「ポーランド」何故変えた?)のこんな風貌で若い娘が惹かれるのかなあ。世間知らずなだけなんだろうか。
(2022-4-10記載)
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(5) The Case of Major Gibson (初出The Windsor Magazine 1903-8 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. III.—The Case of Major Gibson’): 評価5点
博文館版は「ギブスン少佐事件」
「歯の皮」はGerman long-stemmed pipeを愛用しているらしい。
この少佐、金持ちじゃないのでギャンブルはあんまりやらないが… と言ってるくせにバカラの一晩の勝負で8000ポンド負けている。英国消費者物価指数基準1903/2022(129.56倍)で£1=20215円。バカラって怖いねえ、と思うと同時に、ボンボンのバカ息子だとも思う。
「歯の皮」の資格がsolicitorであることが明記されている。まあ今までの各篇でも状況から明らかなのだが。
(2022-4-10記載)
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(3) The Duffield Peerage Case (初出The Windsor Magazine 1903-9 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. IV.—The Duffield Peerage Case’): 評価5点
博文館版は「ダフィルド家爵位事件」
「歯の皮」が名声を得た事件、ということになっている。ミステリ的にはシンプルな話。
(2022-4-10記載)
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(9) The Case of Mrs. Norris (初出The Windsor Magazine 1903-10 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. V.—The Case of Mrs. Norris’): 評価6点
博文館版は「ノリス夫人事件」
素直でない依頼人の事件。「歯の皮」はHollowayで依頼人に面会している。HM Prison Hollowayは1852建設で1903年以降は女性専用刑務所。状況設定が非常に面白い。
(2022-4-10記載)
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(10) The Murton-Braby Murder (初出The Windsor Magazine 1903-11 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. VI.—The Murton-Braby Murder’): 評価5点
博文館版は「マートン・ブレビイの惨劇」
インクエストで検死官が非公開に証言を得る場面が描かれているのが興味深い。
ラストの「歯の皮」のセリフの解釈がよく分からない。字句どおりだと非常に冷たい人に思える… (本短篇集にsooner thanは5例の用法あり、間違い無く字句どおりしか考えられないのが3例、今回の例を含む2例はほぼ同じ文章構造で、反対に取って良いのでは?と思える) (2022-4-11追記: 2例とも主文にwouldが使われているので「〜だろうかねえ」という疑念の意味だと今更ながら気づいた。やはり私には英語がわかっていない)
(2022-4-10記載)
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(6) The Inverted Five (初出Pearson’s Magazine 1927-8 挿絵Oakdale, as ‘The Clue of the Inverted Five’): 評価4点
雑誌の巻頭話。第二シリーズの幕開けは雑誌表紙に「歯の皮のいろいろな変装」14のヴァリエーション。惹句は’New Detective Stories by Baroness Orczy’
1903年の第一シリーズは6000語程度だったが、1927年の第二シリーズは9000語程度、と1.5倍増し。
博文館版は「倒の『五』」
24年ぶりの登場だが、それを思わせる描写は一切ない。(短篇集では、収録順が初出順では無く、第一・第二シリーズを混ぜこぜに並べていて、ひと繋がりの作中年代、という設定だろうから、これで当たり前だが、雑誌版は違う記述があったのかも。ただし雑誌の惹句の感じでは新シリーズ扱いっぽいので雑誌と短篇集で文章の異同はないものと考える方が自然か)
「歯の皮」がVictor Margueritte’s latest French shockerを読む場面がある。フランスの作家Victor Margueritte(1866–1942)のショッキングな問題作La Garçonne(1922)か。自由に生きるお転婆娘が主人公で奔放な性的関係も描写されているらしい。英訳はThe Bachelor Girl(1923 Knopf) その後もDekobra’s latest thrillerに夢中になる場面もある。これはMaurice Dekobra(1885-1973)の代表作La Madone des sleepings(1925)だろう。自由なモラルの若い未亡人Lady D.は無一文になり、秘書のSeliman王子(物語の語り手)を連れて、ベルリンのボリシェヴィキ代表である同志Varichkineの誘惑に乗り出す、という話のようだ。(2022-4-13追記: 「歯の皮」は良い小説(fine ones)は決して読まず、俗悪小説(trashy French novels)が逆の方向に彼の思考を深めるのだ、とある。オルツィさんは良くわかっている)
「歯の皮」がフランス小説を読む場面は第一シリーズにも出てくるが、具体的な作家名が登場するのは初めて。今はすっかり忘れられたフランス系のこういう小説がオルツィの発想の素だったりするのかも知れない。
謎のペンダント「逆さまの5」が登場して本格ミステリっぽい雰囲気で始まるが、最後は子分も巻き込んだ活劇で終わる。謎解きとしては物足りない感じ。
(2022-4-11記載)
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(4) The Kazan Pearls (初出Pearson’s Magazine 1927-9 挿絵Oakdale, as ‘The Great Pearl Mystery’): 評価4点
雑誌の巻頭話
博文館版は「カザン真珠」
これも薄味ミステリで活劇で締め。Coltが活躍。フランス小説は前作に引き続きDekobra。なおSir Arthur Inglewoodが登場していて「歯の皮」シリーズと「隅の老人」シリーズは繋がっていた!
(2022-4-15記載)
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(7) The Turquoise Stud (初出Pearson’s Magazine 1927-10 挿絵Oakdale, as ‘The Mystery of the Gagged Butlers’)
博文館版は「土耳古(トルコ)石のボタン」
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(11) A Shot in the Night (初出Pearson’s Magazine 1927-11 挿絵Oakdale)
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(8) Overwhelming Evidence (初出Pearson’s Magazine 1927-12 挿絵Oakdale, as ‘The Man with the Branded Arm’)
博文館版は「モメリイ家相続事件」、晶文社『幻の探偵小説コレクション「探偵小説十戒」』では「圧倒的な証拠」
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(12) The Hungarian Landowner (初出Pearson’s Magazine 1928-1 挿絵Oakdale, as ‘The Man Who Wouldn’t Sign’)

No.388 5点 隅の老人 完全版- バロネス・オルツィ 2022/03/27 23:23
平山先生の労作。隅の老人シリーズは、第二短篇集『隅の老人』が最初に雑誌連載されたものの集成であり、有名な「最後の」短篇を含むので、連載時の姿はどういうものだったのか?、第一短篇集は後の連載をまとめているにも関わらず先に出版されたが、どういう経緯だったのか?、第三短篇集での復活劇はどういうものだったのか?という謎があり、その原初の姿を確認出来るように、全篇、雑誌掲載版による翻訳となっているのが嬉しい限り。第一、第二短篇集の作品は、初出誌の全挿絵も収録してくれています。
私は初版第五刷(2019-1-31)を入手。重要な付録として「初版第三刷追記」があり、(7)「グラスゴーの謎」がなぜ単行本未収録なのか?の謎を解いています。(戸川安宣さん情報、とのこと)
でも、この【完全版】には第三短篇集の初出データや挿絵が全く掲載されておらず、第二短篇集の一部の初出データにも誤りがあるので、FictionMags Index(FMI)により補正しました。なお、FMIには‘The Most Baffling Mystery’ by Baroness Orczy (初出Metropolitan[米] 1924-3 挿絵Charles Andrew Bryson)が「隅の老人もの」として挙げられており、同時期にメトロポリタン誌に掲載された‘The Affair of the Vanished Masterpiece’ (初出Metropolitan Magazine 1924-7 挿絵Charles Andrew Bryson)も怪しい(多分(27)The Mystery of the Ingres Masterpieceの別題じゃないか?)
前者はMost Bafflingなどという抽象的な題名で、どの作品の改題としても当てはまるのだが、編集部が“Being the Return of the Man in the Corner”と宣伝してるのを見ると、二十年ぶりの復活のことを詳しく書いている(26)The Mystery of the Khaki Tunicの可能性が高そう。実際には冒頭などを確認しないと判らないのですけど。
以下、各篇を初出順に並び替え、カッコつき数字は本書【完全版】の収録順。●数字は原著短篇集の番号(枝番は原著短篇集の中の収録順)、タイトルは初出準拠としています。
いずれ、第三短篇集の挿絵も収録した【完全決定版】が出ると良いですね…
原著短篇集は次の三冊です。
❶ The Case of Miss Elliott (Unwin, London, 1905)『ミス・エリオット事件』
❷ The Old Man in the Corner (Greening, London, 1909)『隅の老人』
❸ Unravelled Knots (Hutchinson, London, 1925)『解かれた結び目』
なお参照した原文は原著短篇集もので、初出雑誌の原文は確認できませんでした。
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(1) The Fenchurch St. Mystery by Baroness E. Orczy (初出The Royal Magazine 1901-5 挿絵P. B. Hickling)❷-1「フェンチャーチ街駅の謎」: 評価5点
雑誌の巻頭話。著者名は第一次シリーズ全6篇ともBaroness E. Orczy表記。
隅の老人デビュー作。男の語り口が強烈。自伝(1947)によると、作者はシャーロックとは全く似つかないキャラを設定した、とあるが、実に成功している。ピアソンとの契約は各篇10ポンドだったようだ。英国消費者物価指数基準1900/2022(130.96倍)で£1=20434円。(特にミステリ好きでも無かったらしい作者が探偵小説の連続ものに手を出した動機が興味深い。自伝では、ある展覧会でヴェラスケスの絵を見た帰りに、橋の下の濁った水と霧に覆われた暗闇を見て、このような場所で多くの犯罪が行われたのだろうと、ふと想像したのがきっかけだった、と書いているが、多分ピアソンの編集者からのプッシュもあったのでは?)
平山先生が解説に書いているとおり、雑誌掲載時には、婦人記者の名前も記されず、ABC喫茶店(実在のチェーン店)という名称も記されていない。短篇集とは異なり、一人称なのが良い。
婦人記者の設定などの記述がないので、実にシンプル。ぐいぐい自説を語る男にはモデルがいたのではないか、と思うくらい、生き生きしている。アレも変テコ過ぎてミステリ的な傷を隠している印象。まあ呆れた、という感じですけどね。
p8 婦人記者(the lady journalist)◆この設定も、雑誌掲載時に短篇の前に記された「登場人物表(Dramatis Personae)」にしか出てこない。本篇の文章だけから判断すると、世間知らずのお嬢さんが、やな感じで乱暴なジジイが勝手に話し出した独り言を聞いてあげている、という感じ。なお、英国での婦人記者は1850年代から活躍し始めているので、無理な設定ではない。
p8 去年だけでも少なくとも六件の犯罪◆第一次シリーズ6作は全て去年の犯罪、という設定なのかも。とすると1900年が事件発生年か。
p12 来週の火曜日、すなわち十日◆事件発生時。多分12月10日、1901年が該当。p19も同じ。
p13 ホテル・セシル◆ストランド街に面した大ホテル。
p16 十二月十日水曜日◆事件発生時。直近では1902年。その前は1890年。p12と矛盾。
p22 ミルク一杯とロールパンの代金2ペンス◆上述の換算(1900)で170円。安い!
(2022-3-27記載)
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(2) The Robbery in Phillimore Terrace (初出The Royal Magazine 1901-6 挿絵P. B. Hickling)❷-2「フィルモア・テラスの盗難」: 評価4点
雑誌の巻頭話。本作もちょっと変テコな設定で、まあ呆れた、というネタ。巡査が番号で呼ばれてるのは新聞の通例だったのか。本作で初めて<A・B・C喫茶店>(A.B.C. shop; Aerated Bread Company、英Wiki参照)という固有名詞が登場。
p24 土曜日の午後♣️隅の老人との最初の出会いが土曜日だったという裏設定で、彼に確実に出会いたいがために一週間待ったのだろうか?
p28 A・B・C鉄道案内(A.B.C. Railway Guide)♣️正式にはピリオド不要 ABC Rail Guide。こちらのABCはAlphabeticalの意味。1853年創刊の鉄道時刻表。ブラッドショーより分かりやすい、との評判。詳細はWikiで。
p36 案山子のような男(the scarecrow)◆いつから「案山子」呼ばわりされてたのかが気になって調べると、ここが最初だった。(2022-4-9追記)
p38 企業総覧(Trades’ Directory)♣️お馴染みKelly’s Directoryのことだろう。
(2022-3-27記載)
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(3) The Mysterious Death on the Underground Railway (初出The Royal Magazine 1901-7 挿絵P. B. Hickling)❷-4「地下鉄怪死事件」: 評価5点
ミステリ的にはありふれた感じだが、最後に降りた人の扱いが変だ。当時の地下鉄はコンパートメント式だったのがわかる(一等車だけかも)。有能弁護士アーサー・イングルウッドが(1)に続き再登場する。
p41 君は小説家なのだから♠️平山先生の注釈や解説の通り、設定と齟齬がある記述。小説自体の元々の構想は「登場人物表」(編集部で付けた?)の設定と違っていたのだろう。ジャーナリスト兼作家、という説明も可能だが…
p53 女流作家♠️上記と同様。
(2022-3-27記載)
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(4) The Theft at the English Provident Bank (初出The Royal Magazine 1901-8 挿絵P. B. Hickling)❷-7「〈イギリス共済銀行〉強盗事件」: 評価5点
シンプルな話。でも支店長がショック受けすぎ。
聴き手が大好物の紐を猫じゃらしのように与え、隅の老人が飛びつくシーンが可愛い。
(2022-3-27記載)
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(5) The Regent’s Park Murder (初出The Royal Magazine 1901-9 挿絵P. B. Hickling)❷-10「リージェント公園殺人事件」: 評価5点
依然として、聴き手の記者らしい言動は無し。ミステリとして、この解決は好きじゃないなあ。すごい大金を失ったロクデナシが、その後、平気でブリッジをしている(きっとこれも賭けているはず)… まあ呆れた行動ですねえ。
ところで隅の老人が関係者の写真にこだわるのは何故だろう。というか我々にも同様の傾向があって、犯罪者や被害者がどんな面構えか、ぜひ見てみたくなるのは何故だろう。
なお「拳銃」は原文では一貫してrevolver。時代的に回転式拳銃一択だが、一箇所くらい「回転式拳銃」と表記してくれると嬉しい。文中に型式などの記載は無いが、携帯に便利なBulldog Revolverを推す。
p69 一八九九年二月六日♣️事件の日付が明記されている。
p70 鉄輪絞首刑(garroting)♣️garrotingは1860年代ロンドンで恐れられた「首絞め強盗」という意味だろう。Webサイト“Today I Found Out”の記事THE LONDON GARROTTING PANIC OF THE MID-19TH CENTURY参照。
p72 二十五ポンド札(‘pony’)♣️£25札は1765-1822発行のWhite note(白地に黒文字、裏は白紙)、サイズ203x127mm。発行が古すぎるので、紙幣のことではなく「合計25ポンド」という意味かも(5ポンド札、10ポンド札、20ポンド札のいずれかの組み合わせ)。ただし当時でも£25札は通用した?(イングランド銀行のHPでは公式通用が終わった年は不明、と記されている。なお£10札以上のWhite noteは1943年発行終了、1945年4月に通用中止)
p74 フランスの刑事も『犯行で得する人間を探せ』と言っている(‘Seek him whom the crime benefits,’ say our French confrères)♣️フランス語だと À qui profite le crime? か。該当するフランスの「同業者」を探したが見当たらなかった。
p75 背が低く色黒で(short, dark)♣️しつこいようですが「黒髪の」
p76 ブリッジに興じていた(playing bridge)♣️当時は1920年代流行のコントラクト・ブリッジではなく、ホイストから派生したbridge-whistというものだったようだ。
(2022-3-27記載)
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(6) The Mysterious Death in Percy Street (初出The Royal Magazine 1901-10 挿絵P. B. Hickling)❷-12「パーシー街の怪死」: 評価5点
決め手に欠ける話。まあ本作に限った事ではないが。それより管理人の行動の変化がちょっと面白い。
作者は元々6作で打ち止めのつもりだったのだろう。作者は自分の周りにいた怪事件好き、推理好き、探偵小説ファンの姿を見て、しょーもない変テコな人達、と感じて「隅の老人」として結晶化させたような気がした。だからプロットは大したことが無いにも関わらず、ミステリ・ファンの心に突き刺さるキャラなのかも。
p83 週十五シリング(fifteen shillings a week)♠️管理人の収入。ちょっと違うが1900年の物価で換算して月収6万6千円。家賃無し、当時は社会保険料や税金もかからないので、まあ生活出来るレベル。
p83 一八九八年一月♠️事件発生年月を明記。
p83『けちんぼ婆さん』(lady of means)♠️「資産のある女性」という意味では?皮肉っぽく逆の意味をとったのか。
p86 死因不明の評決(an open verdict)♠️当時のインクエストの評決には陪審員12人の意見が一致することを要するが、時間をかけても結論が出ない場合、陪審員はopen verdictを選択することが出来る。「可能性の高い選択肢が複数あり死因の特定には至らなかった」という意味。なので「死因不明」とはちょっと違う。「死因特定に至らず」という評決、くらいが適訳か。Wiki “Inquests in England and Wales”によると2004年の統計だが37%が事故死(death by accident/misadventure)、21%が自然死(natural causes)、13%が自殺、10%がopen verdict、19%がその他の評決(殺人など)
(2022-3-27記載)
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(7) The Glasgow Mystery by Baroness Orczy (初出The Royal Magazine 1902-4 挿絵P. B. Hickling)「グラスゴーの謎」: 評価4点
雑誌の巻頭話。表紙もP. B. Hickling画の「隅の老人」の大きな肖像画に「誰でしょう?」のキャプション。第二次シリーズは全7篇連続掲載。著者名は、この回だけBaroness Orczyで、残りはBaroness E. Orczy。作者紹介のコラム≪E・オルツィ女男爵(Baroness E. Orczy)≫は本作掲載号(1902年4月号)に書かれたもの(p95の掲載年月は誤り。平山先生はp588以降で第二次シリーズの初出を間違っている)。
本作だけ短篇集未収録。スコットランドにはインクエスト制度が存在しないので、読者から抗議の手紙が数百通来たという(このエピソードは逆に結構人気があるシリーズだった、ということか)。スコットランド以外なら問題ないのだから、都市名だけ変えれば短篇集に収録出来たのに、とも思う。さしてグラスゴー色があるわけではないし… オルツィはこの失敗に懲りず、同年8月号ではエジンバラを舞台にしている。
ミステリとしては分かりやすい話。ミスディレクションは不足気味。平山先生は死亡時刻がこの時代に確定できないのは変だ、と言ってるけど、後のペリー・メイスンものでも死亡時刻の推定は非常に厄介だ、と何度も強調しているから不思議ではないと思う。
なお、本作で聴き手が初めて自分を「婦人記者(p96)」と書いている。
(2022-3-27記載)
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(8) The Mysteries of Great Cities: The York Mystery (初出The Royal Magazine 1902-5 挿絵P. B. Hickling)❷-3「ヨークの謎」: 評価6点
雑誌の巻頭話。シリーズもので二回連続巻頭話というのはかなりの推しを意味するのでは? ヨーク競馬を背景にしたご当地ものとしての工夫があり、メロドラマ要素も充分。ミステリ的にはシンプルだが効果的。警察が無能に描かれすぎなのが本シリーズ全体の特徴。ところでこの時代はまだ指紋の知識が普及していなかったようで、少し後のミステリなら必ず凶器などから指紋を探しているはず。まあまだ検出手法が未熟で、壁にべったり付いた血の指紋とかじゃないとダメだったのかも。ここら辺の検出手法の発展史は要調査ですね。
p109 ミルク二杯、チーズケーキおかわり♣️隅の老人が機嫌の良い時の贅沢。
p110 グレート・イーボール障害レース(Great Ebor Handicap)♣️ヨーク競馬場で毎年8月に開催されるヨーロッパ有数の平地障害競走。「イボア」が定訳のようですよ…
p119 ブリッジの自分の番が終わったので(I had finished my turn at bridge)
p120 ベックフォンティン(Beckfontein)♣️平山先生も調べつかず。「一年前に」大砲による戦いがあった地名のようだ。架空かも。
(2022-3-27記載)
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(9) The Mysteries of Great Cities: The Liverpool Mystery (初出The Royal Magazine 1902-6 挿絵P. B. Hickling)❷-5「リヴァプールの謎」: 評価5点
楽しいイカサマの手口が見られるか、と思ったら…
p129 十二月十日水曜日(Wednesday, December 10th)♠️直近では1902年。その前は1890年。オルツィさんはこの日付が好きみたい。
p129 百ポンド紙幣(Bank of England notes of £100)♠️White note、サイズ211x133mm。
p135 家賃は年に250ポンド♠️月額42万円。当時の家賃は現代日本より低めなので、大した高級マンションなのだろう。
(2022-3-27記載)
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(10) The Mysteries of Great Cities: The Brighton Mystery (初出The Royal Magazine 1902-7 挿絵P. B. Hickling)❷-9 as “An Unparalleled Outrage”「ブライトンの謎」: 評価6点
ミステリ的には、気に入らない点もあるけど、話の流れが好き。そう言えば、隅の老人シリーズって、ほぼ全ての犯人が大手を振って自由を満喫してるんだよね…
p136 〈ミンストレル・ショー〉(nigger minstrels)が行われ、参加費三シリングの遠足に来た連中(three-shilling excursionists)… 値段だけは高いアパートでは… 廊下の照明代として日曜は一シリング、他の日の晩は六ペンスが請求される(charge you a shilling for lighting the hall gas on Sundays and sixpence on other evenings)◆英国の海岸リゾートの情景描写。
p137 〈亭主のご帰還用列車〉で(by the ‘husband’s train’)◆当時は通勤族が利用する列車をこう表現してたのか。Webでは用例を拾えなかった。
p137 三月十七日水曜日(Wednesday, March 17th)◆該当は1897年。
p140 予算は週に12シリング(twelve shillings a week)◆月額5万3千円。家具付きの部屋で、滞在中は食事付き(不在にすることあり)、という条件。
p140 ソヴリン金貨◆当時のソヴリン金貨はVictoria Sovereign "Old Head" (鋳造1893-1901)で純金,  8g, 直径22mm。
p146 色黒で背が高く痩せていて(He was dark, of swarthy complexion, tall, thin, with bushy eyebrows and thick black hair and short beard)◆ここはちょっと問題あり。まあでも「黒髪で、肌は浅黒く、背が高く…」で良いはず。文の後にthick black hairとあるが、これはblackではなくthickを強調しているのだろう。
(2022-3-27記載)
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(11) The Mysteries of Great Cities: The Edinburgh Mystery (初出The Royal Magazine 1902-8 挿絵P. B. Hickling)❷-6「エジンバラの謎」: 評価4点
メロドラマ的な要素がふんだんにある良いネタなんだけど非常に残念な出来。かなりの謎を放り出して終わっている。上手くまとまればとても面白くなりそうな素材なんだが…
今までシリーズを読んできてみての感想だが、隅の老人シリーズは法廷もののハシリでもあったのか。
p154 傍聴席の最前列を確保… たいていいつもうまくやるのだ(I succeeded—I generally do—in securing one of the front seats among the audience)♣️隅の老人の特技。
p159 スコットランドでは、証人が証言をしている間、他の証人が法廷に同席することを許していない♣️ 作者はここでグラスゴーの仇を取りにいった。
p161 判決は『証拠不十分』(a verdict of ‘Non Proven’)♣️上記同様、お勉強の成果。これはスコットランド法独自の評決。イングランドでは“Guilty or Not Guilty”だが、スコットランドでは”Proven or Non Proven”、後者のほうが言い方としては正確だ。
(2022-3-27記載)
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(12) The Mysteries of Great Cities: The Dublin Mystery (初出The Royal Magazine 1902-9 挿絵P. B. Hickling)❷-8「ダブリンの謎」: 評価5点
なかなか楽しげなムードが良い。ラストのセリフが効いている。ミステリ的にはシンプル。
(2022-3-27記載)
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(13) The Mysteries of Great Cities: The Birmingham Mystery (初出The Royal Magazine 1902-10 挿絵P. B. Hickling)❷-11 as “The De Genneville Peerage”「バーミンガムの謎」: 評価4点
双子の話は好きですが、これではねえ… 面白い伝承もあって冒頭は良いムードなんですけど。これも上手くまとめると… って駄目っぽい。変テコな話。
p179 神様は破産者と子猫と弁護士をごらんになっている(Providence watches over bankrupts, kittens, and lawyers)◆ことわざ?調べつかず。
p181 九月十五日木曜日(Thursday, September 15th)◆該当は1898年。
p186 半クラウン◆ホテルのポーターへのチップ。
(2022-3-27記載)
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(14) The Old Man in the Corner, I: The Case of Miss Elliott by The Baroness Orczy (初出The Royal Magazine 1904-4 挿絵P. B. Hickling)❶-1「ミス・エリオット事件」: 評価4点
雑誌の巻頭話。第三次シリーズは全12篇連続掲載。著者名はいずれもThe Baroness Orczy表記。第三次シリーズの12篇には、雑誌掲載時、編集部による「読者への挑戦」が挿入されている。この工夫、誰が始めたのでしょうね。
実際にこんな事件が起こったら、警察はきっとキモの事実を調べているはず。でも検死審問だからスルーしたのだろう。到底誤魔化せるネタではない。
p195 ミス・ヒックマン事件(Miss Hickman)♣️1903年8月15日に失踪した29歳の女医Sophia Frances Hickman、結局10月19日にひとけのない森で死体が発見された事件。失踪後、父親と病院が報奨金200ポンドで行方を探し、遺体発見までに多くの憶測をよんだ。死体のそばにはモルフィネ入りの注射器があり、インクエストでは「一時的な精神異常で(temporarily insane)自ら摂取したモルヒネ中毒死」との評決(11月12日)となった(多分、この表現だと教会埋葬可能のはず)。死体発見の場所Sidmouth Wood, Richmond Parkは自殺の名所となったようだ。報奨金のポスターがWebにあり(Miss Hickman 1903 poster)。本作はこの事件に大きな影響を受けているものと思われる。
p195 デイリー・テレグラフ(Daily Telegraph)
p196 素人探偵連中が嗅ぎ回った(a kind of freemasonic, amateur detective work goes on)♣️「フリーメイソン的な」のニュアンスは「秘密結社的な、ちょっとマニアックな」という感じ?
p198 検死審問の法廷には(on the day fixed for the inquest the coroner’s court was)♣️インクエストは裁判ではないので「法廷」というのには違和感がある。でも「審廷」っていうのもピンとこないかなあ。直訳「インクエストの日になると、検死官の審廷には」
p200 十一月一日日曜日♣️事件の日。該当は1903年。という事は上述のヒックマン事件の直後、という設定。
p204 読者への挑戦「ここで雑誌を閉じて、この事件を自分で解明してごらんなさい---編集部」(3と4の間)
(2022-4-9記載)
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(15) The Old Man in the Corner II. The Hocussing of Cigarette (初出The Royal Magazine 1904-5 挿絵P. B. Hickling)❶-2「シガレット号事件」: 評価5点
このタイトルは「シガレットに一服」だと原意っぽくない?
サー・アーサー・イングルウッド弁護士が(3)以来、久しぶりの登場。法廷での証人たちの証言の感じがドラマチックで良い。ミステリ的には難しくない話。
p209 百ポンドの報奨金♠️少なくとも事件から六か月以上経過しているので、事件発生は1903年と推察される。英国消費者物価指数基準1903/2022(129.56倍)で£1=20215円。
p213 半クラウン♠️2527円。メイドが給料から馬に賭けた金額。
p219 夜明けまでブリッジ… 二回行なった三番勝負(played Bridge until the small hours of the morning, that between two rubbers)
(2022-4-10記載)
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(16) The Old Man in the Corner III. The Murder in Dartmoor Terrace (初出The Royal Magazine 1904-6 挿絵P. B. Hickling)❶-3「ダートムア・テラスの悲劇」: 評価4点
第三次シリーズは、今までと異なり隅の老人が苦労して入手した関係者の写真を得意げに見せびらかすことがほとんどなくなる。印刷技術が向上して新聞でも写りの良い写真が掲載されるようになったからだろうか?
本作のネタはわかりやすい気がする。変な遺言で遺族が困る、という話が英国には多いようだが、遺言の効力がかなり強力なんだろうか。
p226 ブロッグス… あんまりいい響きの苗字じゃないな(Bloggs— it is not a euphonious name)◆平山先生の解説(p594)にあるとおり、苗字の代表例として使われるらしい。日本の「山田太郎」的な名前のようだ。
p226 年収200ポンド
p229 二十七日木曜日◆これは三月。該当は1902年。
(2022-4-11記載)
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(17) The Old Man in the Corner IV. Who Stole the Black Diamonds? (初出The Royal Magazine 1904-7 挿絵P. B. Hickling)❶-4「誰が黒ダイヤモンドを盗んだのか?」: 評価4点
実際にこんな事件が起こったら、誰でもそっちを疑っちゃうよねえ。発想がおおらかな感じ。
p239 本名を口にするのは控えておこう(Of course I am not going to mention names)♣️この配慮の意味がわからない。あまりに高貴すぎて気がひけるのか。
p239 一九〇二年の社交シーズン… 深い悲しみと大きな喜びに沸いた、記憶に残るシーズン(during the season of 1902— a season memorable alike for its deep sorrow and its great joy)♣️訳注がピンとこないなあ、盲腸くらいで騒ぎすぎ、と思ったが、当時、盲腸の手術は死の危険が大きかった。エドワード七世の成功事例で、この後、盲腸の治療は手術が主流になったという。
p239 七月六日日曜日♣️該当は1902年。
p243 フェリックス製のドレス(the dress from Felix)♣️ Maison Félix、パリの服飾店(1846–1901) 創業者Joseph-Augustin Escalier(1815ごろ生)のニックネームに由来。後の社主Émile Martin Poussineau(1841-1930)のニックネームも同じくFélixだった。1870年代から1890年代が最盛期。1900年パリ万博の展示に費用を注ぎ込みすぎて店を閉めることになったようだ。(2022-4-17修正)
p246 サー・アーサー・イングルウッド♣️チラリと登場。
p247 フランス紙幣で(in French notes)♣️英国銀行の紙幣ではなく、フランス紙幣などが登場する場面が他にもあった。フランス紙幣だと出所を追跡できないので安全、という事なのか。
(2022-4-14記載)
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(18) The Old Man in the Corner V. The Murder of Miss Pebmarsh (初出The Royal Magazine 1904-8 挿絵P. B. Hickling)❶-5「ミス・ペブマーシュ殺人事件」: 評価4点
英語では Miss Pebmarsh と表記されるのは年長者(Miss Lucy Ann Pebmarsh)の方、というルール。若い方(Miss Pamela Pebmarsh)は Miss Pamela と表記される。
この作品は「危機一髪君(Skin o’ my Teeth)」シリーズのある作品の焼き直し。構成は本作の方が劣る。
p254 写真♠️ここでは関係者の写真を取り出している。
p256 週に1ポンド♠️p209の換算で約二万円
(2022-4-14記載)
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(19) The Old Man in the Corner VI. The Lisson Grove Murder (初出The Royal Magazine 1904-9 挿絵P. B. Hickling)❶-6「リッスン・グローブの謎」: 評価4点
なんだか安易な話。騙されるかなあ。イラストの自動車(p270)の車種が気になる。(調べてません)
p266 先だっての土曜日、十一月二十一日◆1903年が該当。
p268 週7シリングの給料◆p209の換算で月給30659円。
p271 オーストラリア銀行発行の紙幣(Bank of Australia notes)◆オーストラリア銀行が独自の紙幣を発行したのは1910年からのようだ。とするとこの記述はオルツィさんの誤りなのだろう。
(2022-4-14記載)
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(20) The Old Man in the Corner VII. The Tremarn Case (初出The Royal Magazine 1904-10 挿絵P. B. Hickling)❶-7「トレマーン事件」: 評価6点
なかなか面白い話。良く考えると結構無茶苦茶だが。
p180 小さなのぞき窓の蓋を開け(through the little trap)♣️二輪馬車(ハンサム)は御者が客の座席の後ろ側上部に座っている。乗客が座席から御者に指示を与えるには、屋根のトラップドアを開けて伝える。写真を探したがトラップドアが開いているのが見つからなかった。私が見た中ではTVシリーズRaffles(1977)第三話にハンサムのトラップドアを跳ね上げて御者に指示するシーンがあってすごくわかりやすかった。
p282 マルチニーク島… 二年前の火山の爆発♣️1902年5月8日、フランス領アンティル(Antilles françaises)のマルティニーク島にあるプレー火山(Montagne Pelée)の噴火。山頂の溶岩ドームが破壊され、火砕流によって山麓のサンピエール市で約28,000人が死亡、街は壊滅状態になった。ピランデッロ『生きていたパスカル』(1904)にも登場していました。翻訳は時間が前後している感じ。原文では「故トレマーン伯爵の次男…(second son of the late Earl of Tremarn)」の前にBut I must take you back some five-and-twenty years(翻訳では訳し漏れ)があり「次男は当時(25年前)、マルチニーク島に行ったが、その地は二年前に火山の爆発でめちゃくちゃになったなあ」という感じ。
p284 五ポンド紙幣(a five-pound note)♠️ずいぶんな奴だと思うが…
(2022-4-15記載)
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(21) The Old Man in the Corner VIII. The Fate of the “Artemis”(初出The Royal Magazine 1904-11 挿絵P. B. Hickling)❶-8「アルテミス号の運命」: 評価4点
秘密が世間にバレバレの諜報戦ってレベルが低すぎる。1904年2月、日露戦争開戦後の日本の旅順閉鎖作戦に題材を得ているらしいが、開戦前の同港に日本軍が機雷を敷設した史実は無いようだ。(そんなことしたら宣戦布告前の攻撃となっちゃうのでは?) 著名弁護士Sir Arthur Inglewoodも登場します。
p295 勇気ある極東の小さな我らが同盟国は、秘密諜報というやつがかなりお得意なのだ(our plucky little allies of the Far East are past masters in that art which is politely known as secret intelligence)◆隅の老人の評価。
p295 十二月二日水曜日◆1903年で正しい。
p299 三文小説に夢中になっている素人探偵どもが(by the crowd of amateur detectives who read penny novelettes)
p303 二十年ほど前に起きた(some twenty years ago)… 事件◆話のなかに当然のように出てくるので、こういう事件が実際にあったのかも?と一瞬思って調べたが、やはり架空のようだ。
(2022-4-17記載)
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(22) The Old Man in the Corner IX. The Disappearance of Count Collini (初出The Royal Magazine 1904-12 挿絵P. B. Hickling)❶-9「コリーニ伯爵の失踪」: 評価4点
オルツィさんお得意のネタだというのは、冒頭からわかりますよねえ。
本作も(18)同様、年長者の兄(Reginald Turnour)がMr Turnerと呼ばれ、弟(Hubert Turnour)がHubertと呼び分けられている(弟の方はMrをつけていない)。本作でMr Turnerと言えばReginaldに限られる。どうしても区別したいときにはthe elder Mr TurnourとかMr Turner seniorと表現している。このルールを知らないと「ターナー氏ってどっちのターナーだよ?」と思ってしまうだろう。
p307 去年の秋の事件
p307 警察裁判所の審理(police-court proceedings)♣️police courtはmagistrate's courtのことで、軽微な事件を扱ったり、大事件の容疑者の事前取り調べを行う。
p307 おままごとをしてお互いに『パパ』、『ママ』と呼び合って(had called each other ‘hubby’ and ‘wifey’ in play)
p308 その仕事は『仲介業』とかいうよくわからないもの(by profession what is vaguely known as a ‘commission agent’)
p309 カールトン・ホテル(the Carlton)♣️The Carlton Hotel はロンドンの豪勢なホテル(1899-1940)。
p310 成人して(had attained her majority)♣️当時、両性21未満で結婚は保護者の承諾が必要だった(コモンローとカノン法では結婚可能年齢は男14、女12だったようだ。Age of Marriage Act 1929で両性16に引き上げ、ただし21まで保護者の同意がなければ無効は変わらず; The Family Law Reform Act 1987で同意不要年齢が18歳に引き下げ)
p311 結婚式は、宗教の違いがあったので、登記所で行なわれることになった(The marriage, owing to the difference of religion, was to be performed before a registrar)
p311 ワーデン卿ホテル(Lord Warden Hotel)♣️ドーヴァーのホテル(1853-1939)
p312 グランド・ホテル(Grand Hotel)♣️ドーヴァーのホテル(1893-1940)
(2022-4-18記載)
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(23) The Old Man in the Corner X. The Ayrsham Mystery (初出The Royal Magazine 1905-1 挿絵P. B. Hickling)❶-10「エアシャムの謎」: 評価4点
Mr という呼称の性質を理解していないと変テコ解釈となる。事件の決定的証人がいるのだから、警察は簡単に犯人をひきずりだすことが出来る事件だろう。
p319 千立っての十月の夜(one evening last October)♠️事件は1904年10月発生か?隅の老人の発言時期は不明だが…
p321 大きな小銃製造会社(the great small-arms manufacturers)♠️small armsは「小火器」ピストルやライフル銃など兵士が一人で携行可能な武器の総称。
p342 検死審問は、宿泊設備が必要だった都合上、地元警察署で開かれたが(The inquest, which, for want of other accommodation, was held at the local police station)♠️ここのother accommodationとはベンチとかの審廷を開くために必要な設備では?インクエストに宿泊設備は不要だろう。
p323 端に銀の石突… イギリス製ならばあるはずの検印が刻まれていなかった(a solid silver ferrule at one end, which was not English hallmarked)♠️有名な立ち上がったライオンの検印(2022-4-20訂正: よく調べず勢いで書いたがsilver hallmark ukと検索すると色々な種類がある。知ったかぶりはダメですね)
p323 弟のほう(young)♠️本作では一貫してyoung、youngerを「弟」と翻訳しているが「若い」が適切だろう。
p327 回答を拒否(refused to do so)♠️インクエストでは証言を拒否しても、法廷のように侮辱罪には問われない。
p329 身元不明の単独犯もしくは複数の犯人による故殺(wilful murder against some person or persons unknown)♠️探偵小説でインクエストの評決といえばこれが定番。試訳「未知の単独犯または複数犯による故殺」
(2022-4-19記載)
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(24) The Old Man in the Corner XI. The Affair at the Novelty Theatre (初出The Royal Magazine 1905-2 挿絵P. B. Hickling)❶-11「〈ノヴェルティ劇場〉事件」: 評価4点
楽屋泥棒が少ないのは何故?と冒頭の謎が提示される。
ブツが残っているのだから、実際にこんな事件が発生すれば警察の捜査は簡単だろう。
p334 七月二十日◆事件の日
(2022-4-20記載)
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(25) The Old Man in the Corner XII. The Tragedy of Barnsdale Manor (初出The Royal Magazine 1905-3 挿絵P. B. Hickling)❶-12「〈バーンスデール〉屋敷の悲劇」
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(26) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Khaki Tunic by Baroness Orczy (初出The London Magazine 1923-8 挿絵S. Seymour Lucas)❸-1「カーキ色の軍服の謎」
第四次シリーズはロンドン誌に移って全7篇連続掲載。著者名はBaroness Orczy表記。雑誌の巻頭話になった作品は無し、という事はあんまり期待されていなかったのか。ソーンダイク博士も描いていた挿絵画家ルーカスが描く隅の老人を見てみたい。
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(28) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Pearl Necklace (初出The London Magazine 1923-9 挿絵S. Seymour Lucas)❸-3「真珠のネックレスの謎」
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(30) The Old Man in the Corner: The Tragedy in Bishop’s Road (初出The London Magazine 1923-10 挿絵S. Seymour Lucas)❸-5 as “The Mysterious Tragedy in Bishop’s Road”「ビショップス通りの謎」
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(29) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Russian Prince (初出The London Magazine 1923-11 挿絵Charles Crombie)❸-4「ロシアの公爵の謎」
これ以降、毎回挿絵画家が変わっている。
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(31) The Old Man in the Corner: The Mystery of Dog’s Tooth Cliff (初出The London Magazine 1923-Christmas 挿絵E. G. Oakdale)❸-6「犬歯崖の謎」
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(33) The Mystery of Brudenell Court (初出The London Magazine 1924-1 挿絵W. R. S. Stott)❸-8「〈ブルードネル・コート〉の謎」
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(32) The Tytherton Case (初出The London Magazine 1924-2 挿絵J. Dewar Mills)❸-7「タイサートン事件」
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(27) The Case of the Duke’s Picture (初出The London Magazine 1924-3 挿絵Frank Wiles)❸-2 as “The Mystery of the Ingres Masterpiece”
「アングルの名画の謎」
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(34) The Mystery of the White Carnation by Baroness Orczy (初出Hutchinson’s Magazine 1924-11 挿絵Albert Bailey)❸-9「白いカーネーションの謎」
雑誌の巻頭話。第五シリーズはハッチンソン誌に移動して、全5作連載(1925年1月号を除く)。著者名はBaroness Orczy表記。
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(35) The Mystery of the Montmartre Hat (初出Hutchinson’s Magazine 1924-12 挿絵不明)❸-10「モンマルトル風の帽子の謎」
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(36) The Miser of Maida Vale (初出Hutchinson’s Magazine 1925-2 挿絵不明)❸-11「メイダ・ヴェールの守銭奴」
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(37) The Fulton Gardens Mystery (初出Hutchinson’s Magazine 1925-3 挿絵不明)❸-12「フルトン・ガーデンズの謎」
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(38) The Moorland Tragedy (初出Hutchinson’s Magazine 1925-4 挿絵不明)❸-13「荒地の悲劇」

No.387 6点 ある詩人への挽歌- マイケル・イネス 2022/03/26 15:58
1938年出版。教養文庫で読了。翻訳は読みやすいものでした。(語り手の主語を変える工夫は教養文庫でもやってます)
乱歩さんの評価が非常に高いので、いろいろ期待して読みました。なかなか工夫された作品、でもそれほどの傑作かな、という感じ。乱歩さんはあの変テコなキャラが気に入ったのだろうか。
スコットランド好きな私としては導入部の語りが良かった。JDCやマクロイのような旅行者の視点ではなく、地元民の目線。エジンバラ生まれの作者だから描ける世界なのだろう。イングランド人?アプルビイの関わらせ方も上手。
皆さまの評価を読むと、非常に高い… ああ、私にはブンガクっぽいのが合わないのかも、と思った次第。元ネタの詩「詩人たちへの挽歌」を読み込んだ上で、本作を読んだのですけどね。私の評価が低くなったのは程良いファンタジーのあるリアルっぽさをぶち壊す終盤の詰め込み方。JDC作品ならきっと許しちゃうんでしょうけど。そういう風に楽しめば良いのか。(雪が奪う体力を舐めてるんじゃないの?という思いもある。まあそれも野暮でしょうね)
作中現在はクリスマスなので、その頃に読むのがおすすめ。出来れば豪雪地帯で嵐の吹き荒れるクリスマスがベスト。
以下トリビア。
重要な日付がp313に明記されている。1936年11月30日。展開から考えて、この日以降のある日付の数か月後がクリスマスのはずなので、1936年のクリスマスなら日数不足。という事は1937年のクリスマスあたりの話、で確定だろう。英国消費者物価指数基準1937/2022(72.58倍)で£1=11325円。
p10 スザンナが年寄りたちにもたらしたもの(Susannah afforded the elders)◆聖書外典『ダニエル書補遺』の「スザンナ」のことだろう。
p18 今年の冬は大変きびしかった(It was a hard winter)◆これは書き込み過ぎ、「その冬は」で良いだろう。
p27 ニキティ・ニキティ、ニック・ナック(Nickety-nickety, nick-nack,/Which hand will ye tak’?)◆調べつかず。
p45 からすが猫ちゃん殺しちゃった(The craw kill’t the pussy-oh,/The craw kill’t the pussy-oh,/The muckle cat/Sat doon and grat/At the back o’ Meggie’s hoosie-oh…)◆調べつかず。
p54 エディンバラのマッキーやギブソンやその他二、三の有名店からの(from Mackie’s and Gibson’s and two-three other great shops in Edinburgh)
p58 紅茶ポット(teapot)◆ここには受け皿から飲む人はいなかったのかな。
p58 離婚法廷(Divorce Courts)◆スコットランドとイングランドの法律は異なることが多いので、離婚法も多分違うのだろう。
p62 色の黒い奴(dark chiel)◆「黒髪の奴」
p78 ペパーの幽霊(Pepper’s Ghost)◆Wiki「ペッパーズ・ゴースト」参照。英Wikiの方が詳しい。
p82 高地(ハイランド)では、人々の組織は昔から氏族(クラン)によって分けられてきた。(…) 低地(ロウランド)においては全然ちがっていて、その単位は家(ファミリー)である◆ふむふむ。知りませんでした。
p95 文机(bureau)
p96 フィリップ五世の頃のスペインの四倍金貨(a Spanish gold quadruple of Philip V)◆ 8エスクード金貨のようだ。重さ27.06g、直径36-37mm。
p96 ジェノヴァの23金の(a genovine twenty-three carats fine)◆13世紀のほぼ純金(23・2/3カラット)のフローリン金貨(Florin d'or)のことか。直径20mm、重さ3.48g。
p96 ジェームズ五世の冠を被ったの(a bonnet piece of James V)◆スコットランド王ジェームズ五世(在位1513-1542)がボンネットを被っている横顔が刻印されたデュカット金貨(鋳造1539-1542)、重さ5.73g、直径23mm。
p96 大モンゴルのコイン(the coinage of the Great Mogul)◆「ムガール帝国の」だろう。金貨は数種類あるようだ。
p107 カーリング◆日本でこんなに有名なスポーツになるとは…
p110 ティモール・モルティス、コントゥルバトメ… (Timor Mortis conturbat me)◆「詩人たちへの挽歌」の第四行目は、全てラテン語のこの文句の繰り返し。第一〜三行目はスコットランド方言の英語で記されている。
p118 十シリングの損(having put me back … ten shillings)◆多分、助けてくれた手間賃。
p118 ロールス(the Rolls)◆翻訳ではp118とp120に出てくるが、原文p118は the car で the Rolls は一回だけの登場。奥ゆかしいねえ。
p135 おお、アメリカよ、我が新しき土地よ!(Oh my America, my new-found land !)◆ Elegy XIX: To His Mistress Going to Bed(1654) by John Donne からの引用だろうか。
p137 十二月二十四日、火曜日(Tuesday, 24th December)◆直近は1935年。p313とは明白に矛盾する。英国人作家は日付と曜日に無頓着だから驚きはしないのだが。
p177 この家には運がない(There’s nae luck aboot the hoose,/There’s nae luck at a’,/There’s nae luck aboot the hoose/When our goodman’s awa…)◆スコットランドのフォークソング。Jean Adam(1704-1765)作。某Tubeでも聴ける。
p196 シグネット社に属する作家たち(Writers to the Signet)◆リーダース英和「Writer to the Signet [スコ法] 法廷外弁護士」、まあ南條さんでも間違えるネタなので仕方ない。イングランドの事務弁護士(ソリシター)に当たるのかなあ。良く調べていません。
p207 麦芽乳(malted milk)◆英国人James Horlick(1844-1921)が開発し、弟Williamとともにシカゴで製造、英国でも人気だった飲み物。ミロみたいなもの? ペリー・メイスン『不安な遺産相続人』(1964)にも登場していました。
p216 ウィルキー描くところの、スコットランドの教会の太柱(some pillar of the Kirk from the pencil of a Wilkie)◆ウィルキーはスコットランドの画家、と訳注にあり。具体的にどの絵のイメージなのかは不明。鉛筆のデッサンか。
p221 ジョン ・コトン(John Cotton)◆「訳注 パイプ煙草の銘柄」18世紀後半からのブランド名。エジンバラのメーカー。ヴィクトリア女王御用達(1840)で有名になった。
p264 スコットランドの検死について◆スコットランドにはインクエストが無い、という事実が、オルツィ『グラスゴーの謎』のお蔵入りの原因だった、ということを『隅の老人【完全版】』でごく最近に知りました。

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弾十六さん
ひとこと
気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
採点基準は「趣好が似てる人に薦めるとしたら」で
10 殿堂入り(好きすぎて採点不能)
9 読まずに死ぬ...
好きな作家
ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
採点傾向
平均点: 6.10点   採点数: 446件
採点の多い作家(TOP10)
E・S・ガードナー(95)
A・A・フェア(29)
ジョン・ディクスン・カー(27)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(19)
アガサ・クリスティー(18)
カーター・ディクスン(18)
アントニイ・バークリー(13)
G・K・チェスタトン(12)
ダシール・ハメット(11)
F・W・クロフツ(11)