皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ 本格 ] 謎解きのスケッチ ダン・パードウ警部 |
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ドロシー・ボワーズ | 出版月: 2018年06月 | 平均: 5.33点 | 書評数: 3件 |
![]() 風詠社 2018年06月 |
![]() 学術研究出版 2022年03月 |
No.3 | 5点 | 弾十六 | 2025/04/12 05:03 |
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1940年出版。kindle版で読みました。翻訳は結構問題あり。後で細かく指摘するが、一番ガッカリしたのは『ダンサーの冒険』(the Adventure of the Dancing Men)、ミステリ関係者でこれを知らないの?と驚いた。
他にも「停電」(blackout、正しくは「灯火管制」)とか、「管理人」(warden、灯火管制を破っていないか見回る人、罰金あり)とか、今は戦争が始まってるんだか、戦争間近なんだか、不明瞭な表現が混じってるのだが、原文では明白で、作中現在は英国が宣戦布告した後の1939年10月である。 数ページに一度は首を傾げる表現があり、ストレスを覚える人がいるはず。 まあ大体の内容はちゃんと把握できるのだが… 細かいところが気にならない人向けの翻訳だね。 なので解決篇が薄ぼんやりしてるのも、翻訳のせいかなあ… と疑ってしまった。 なかなか面白そうな作品なんだけど、翻訳で損してるかも。(まだ詳しく分析してません。読むなら原文もkindle版があるので入手した方がイライラしないだろう、と思いました。) 以下、トリビア。 原題The Deed Without A Name、マクベス第4幕 第1場より。マクベスが魔女たちに会って「お前ら何してる?」に対する返事。「名前の無いワザじゃよ…」 翻訳されていないが献辞あり。To May◆ 誰でしょうね? こちらも翻訳されていないが注意書きあり。「Chelsea 地域で変な空想してごめんなさい。もちろん Pentagon Square, Rossetti Terrace, Hammer Street & Mulberry Fountain は過去にも現在にも存在しませんよ」と書いている。 p(1%) お茶のカップを四つ持ってきて… 暖炉のそばにゆったりと座ってから同意を示した(He was finding it agreeable after four cups of tea to lounge by a good fire)◆ 試訳「あたたかい暖炉のそばで、お茶を四杯飲み、すっかりくつろいで座っていた」 p(2%) 今後は、手紙でやりとりしよう(Hence an attempt through the post, I suppose)◆ 試訳「したがって、郵便での試みとなったんだろうな」 p(2%) 素人探偵のまね事(amateur snooping) p(3%) まだ明るいから、車の運転も大丈夫だ(I’d like a run while it’s still light)◆ 夜になると照明が無く、ヘッドライトもつけられないから自動車は使えないのだろう。 p(3%) 円熟するような過程(mellowing process)◆ 試訳「角が取れるような時間経過」 p(3%) 六十代の頃、ダウニング・ストリートのガードレールの設置に再三にわたって力を尽くした(in her sixtieth year she had repeatedly attached herself to the railings of Downing Street)◆ 試訳「60歳の時には、首相官邸前の抗議運動に何度も参加した」 p(3%) このような骨折りで、肉体的な面では男にかなわないことを、夫人は自覚した(Such exertions had at least expressed her sense of masculine inferiority)◆ 試訳「そのような過激な活動は、少なくとも彼女が、男性は劣等種であると思っていることを示していた」 次の文もちょっとヘンテコだけど、ここでは省略。 p(4%) 明かりが街をぼんやりと照らし、ネオンサインが火の小川のようにロンドンの街を彩っていた(Then the lamps might prick it, the sky signs burn it with rivulets of fire 以下略)◆ 原文では、ここら辺は動詞の前にmightがついてるので、「かつて、灯火管制前なら、明かりが灯ってネオンサインギラギラだったよなあ」という主人公の想像。 p(4%) 二回目の停電の日(the second month of the blackout)◆ 試訳「灯火管制二か月目」 p(4%) タクシーを運よく拾う(he had the luck to pick up a taxi)◆ 灯火管制下、夜走ってるタクシーは稀だったろう。夜八時半でもまだぼんやり明るさが残っているようだ p(5%) 裏口のドアも他と同じように施錠されているが、鍵がついたまま(That door, locked like the rest, had its key... on the inside)◆ 「内側に」が抜けている p(6%) おばが戦時中の規則に従って取り付けた黒いカーテン(the black curtains his aunt had provided in compliance with the rule)◆ 戦時中って補い訳してるのにblackoutが灯火管制だと気づかない… 残念。 p(6%) 玄関ドアの掛け金(the latch of the front door) p(7%) 十月十五日の日曜の朝(Sunday morning, October 15) p(7%) 彼女はいつもどおりに、こぼれた塩の後片づけをしたり、カラスを見張ったり、歩道をまたいでいる梯子を確認したりした(It was true that she dutifully observed certain procedures following the spilling of salt, the sight of a single crow or the presence of a ladder straddling the pavement)◆ ここは迷信の列挙。試訳「塩こぼし、単独カラスの目撃、歩道に立てかけた梯子に対して、必ず迷信破りの対処法を行うのが常だった」 p(7%) ヒトラー… ルーズベルト大統領… シャーリー・テンプル◆ 取り合わせが面白い p(9%) 女中は軽んじられてはいなかった。それというのも、女中はいちいち「旦那様」とか「奥様」といった言い方をしていなかった(She was not the less respectful because for the most part “sirs” and “madams” did not figure in her vocabulary)◆ 試訳「彼女に尊敬の念が足りないわけではなかった。「旦那様」とか「奥様」という語が大抵の場合、口から出てこないだけだった」 p(10%) 初めからずっと変なことばかり続いて(There’s something queer, like. I said there was all along)◆ 試訳「何か変みたい。わたしずっと言ってました」 p(10%) 男が倒れていた(There’s a man there)◆ ここでは倒れているはずがない。試訳「男がいた」 p(10%) 「これは自殺だな」◆ 原文の警察医のセリフはもっと長い。“Pretty how-de-do for a soo’cide, ain’t it?” (かわいらしい自殺のやり方じゃねーか)&集まってる警官たちを眺めて “Proper gathering of the vultures, eh?”(お馴染みの禿鷹の集会だな?) p(10%) 取引などには応じない(with the police surgeon’s usual lack of conciliation in his manner)◆ 試訳「警察医によくある全く空気を読まない態度の」 p(10%) 警察医はざっと死体を検査した(the divisional surgeon was carrying out a swift examination preliminary to the autopsy that would follow)◆ 試訳「地区警察の医者は、その後の解剖に先立ち、迅速な検査を行っていた」 p(10%) もっとも若い警部(The youngest chief inspector)... 四十歳(forty years) p(10%) 彼はもはや臆病者ではなかった(He was no more of a sissy than the next man)◆ 昔の事件で女々しかったのだろうか? p(11%) 二本の鍵(two latchkeys)◆ ここは「ラッチキー」と訳して欲しいなあ。 p(11%) 安物の懐中電灯(A torch of the sixpenny-battery size)◆ サイズ、と言っているので、6ペンス貨の直径(19.41mm)の懐中電灯か? 調べつかず。 p(11%) コナン・ドイルの小説... 過労の事務員がずっと以前から漠然と抱いていた殺人の心象が、鏡によって夜ごとはっきりとしていくのだ(Conan Doyle’s fine story in which a mirror had nightly revealed to an overworked clerk the cloudy image it had received of murder long ago)◆ これはThe Silver Mirror(初出Strand 1908-08)のことだろう。 ---------- (以下2025-04-13追記) p(12%) 彼はポケットに玄関のドアの鍵を(he had the latchkey of the front door in his pocket)... 玄関のドアには鍵のほかにかんぬきまでかかっていたので(the front door was found bolted as well as latched)… 庭から入った(got in by forcing the door into the garden)◆ 玄関ドアはlatchkeyで開くlatch&ボルトで二重に施錠されており、ボルトは鍵では開かない。庭ドアはforcedなので「無理に押し破った」と訳さないと後の文がわからなくなる。 p(12%) この場合、外から鍵をかけなくてよいですから。庭のドアは閉まると、外側からは開けられなくなります(he must'a turned the key from the outside, because it was inside when it was forced)◆ 適当訳。前述のforcedに気づいていない。試訳「やつは外から鍵を回したことになっちゃいます。だってドアが押し破られた時に、鍵は内側にあったんですから」 p(13%) 一枚も紙はちぎられていなかった(The top was virgin white and untorn)◆ 試訳「一番上の紙は真っ白で、破られてはいなかった」 p(13%) 二シリングと半ペニーの切手(a two-shilling book of stamps with a single halfpenny stamp remaining)◆ 2シリング切手(1569円)は高額過ぎるよ! 試訳「合計2シリングの切手シートには一枚の半ペニー切手だけが残っていた」 半ペニーだと48枚綴りで2シリング。 p(16%) パン屋とガス会社がくれた何の変哲もないカレンダー(the innocent calendars a thoughtful baker and gas company had provided) p(17%) 二冊の安物のスリラー小説(two sixpenny thrillers)◆ 英国thrillerなら「ミステリ小説」と訳した方が適切かも p(22%) 小人閑居して不善をなす(Satan finds some mischief for) p(23%) いつ戦争が始まってもおかしくありません(none of us knew there was going to be a war)◆ こういう文章が混じってるので、作中現在は戦争前?と誤解してしまう。試訳「誰も戦争が始まるなんて知りませんでした」 p(34%) 悪評の高い検視… 検視官は自分が全能の神だと思っている(a notorious inquest and a coroner who thought he was the Almighty)◆ 検死官は終身制で、インクエストの進行では全権を握っている。そして監督官庁がないからねえ… こういうことが起こりうるのよ。 p(35%) 去年、試験勉強で共に苦労しました(were co-sufferers in the last year we swotted in the Sixth)◆ 話者はもう就職する年頃なのに、去年? 試訳「高校(Sixth)最後の年は、二人とも猛勉強で共に苦労しました」 p(37%) 最近は、灯火管制が敷かれるようになりました(the fresh habits the blackout)◆ なんだい、ちゃんとわかってんじゃん! ---------- まあこんな感じで、ちょいズレの翻訳がたっぷり。これ以上は長くなり過ぎるし、疲れたので、ここでやめておきます。 謎解き部分がどうなってるかは、ネタバレになるので控えます。まあでも、ざっとみたところ、今まで示したようなちょっと外した文章がチラホラでした。 小説自体は、1939年10月前後の英国の日常生活が細かに描かれていて、非常に良かった。ミステリとしては、展開が面白いし、大ネタ、小ネタもなかなか良い感じ。これで翻訳がちゃんとしてればなあ、という感じです。 |
No.2 | 5点 | 人並由真 | 2021/01/12 03:06 |
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(ネタバレなし)
1930年代の末~1940年頃の、第二次世界大戦の緊張が本格化し始めた時局のイギリス。新人外交官の青年アーチー・ミットフォールドがある夜、何者かに殺害された。ミットフォールドはその少し前から、何者かに繰り返し殺されかけていると表明。かたや彼は生前、種別もよくわからない鳥のスケッチを、なぜかいくつも描き残していた。スコットランドヤードのダン・パルドー警部がこの事件の捜査に乗り出すが、それと前後してアマチュア探偵を気取るミットフォールドは、いま英国で話題になっている<富豪サンプソン・ビックの失踪事件>に関心を見せていたことが明らかになってくる。 1940年の英国作品。 初読みの作者で、論創で先に出た同じシリーズの既訳の分は読んでいない。 マイナーな出版社からクラシックミステリの新訳発掘がかなり安い値段(ソフトカバーで1300円+税)で出たので、これは買っておかなければあとで後悔する? と思って、書籍版を3年前の刊行時に購入した。それで買って安心してそのまま昨日まで積読にしていたが、そろそろ読んでみるかと手にとってみる。 内容は、すごい地味な作風。第二次大戦の影が迫る時代の空気は非常によく書けており、1940年に刊行という原書がその年の年初に出たのか、年末の発売だったのかしらない。が、1940年といえば、ナチスドイツが欧州の各国に侵攻、占領していた時期で、数か月単位で戦局もかなり変わってくる。実際、作中でも英国国内の有志・親独グループが解散したなどという話題も出てきて、さぞ微妙な時期だったのだろうと窺える。 一方で肝心のミステリとしては、ミスリードを狙う手掛かりや伏線が豊富に準備され、それが相乗的に効果を上げればいいのだが、逆に謎の興味への訴求を相殺しあっている感じ。 正直、前半、中盤、後半と、全体的に、平板というのではなく、それなりに高い物語の山脈が起伏も無く続いていくようで、緊張感が生じずに退屈であった。 クライマックス、真相が明かされてからはちょっと面白くなったが、一方でそうなるとまた<その事実>に至った状況が説明不足で、なんかモヤモヤ。 ……結局(中略)の(中略)って? 題名になった鳥のスケッチの要素もふくめて、もっと面白くなりそうな気配はいくつもあったのだけれど、話の整理と演出に失敗した一冊。 同じ英国のクラシック系でいえば、ロラックの諸作あたりに近いかも。 |
No.1 | 6点 | nukkam | 2019/05/06 18:11 |
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(ネタバレなしです) 1940年発表のダン・パードウ警部(本書の風詠社版ではパルドー警部と表記されてます)シリーズ第3作の本格派推理小説です。控え目な描写ながら第二次世界大戦の影響が滲み出ています。謎解きが好きな若者が登場するのでパードウ警部とアマチュア探偵の推理競演になるかと思っていたらこの若者は早々と殺されてしまいます。既に何度か生命の危機を潜り抜けていた被害者は用心したのでしょう、残された言動や手掛かりは非常に謎めいていて容易に真相が掴めません。鳥のスケッチが手掛かりの一つというのもユニークで(残念ながらイラスト紹介はなし)、この謎解きはマニアックな知識が必要なので一般読者には難易度が高過ぎると思いますが決してダイイングメッセージ一発の謎解きではなく、それ以外の手掛かりもちゃんとパードウ警部が説明してくれます。 |