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人並由真さん
平均点: 6.36点 書評数: 2338件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.58 4点 孤獨な娘- ケネス・フィアリング 2016/07/28 04:06
(ネタバレなし)
「音響界の鬼才」と称されるヴォーン電子工学の社主アドリアン・ヴォーン(68歳)が、家族とともに長らく住んでいた高級ホテル<エンヴォイ・ホテル>の30階から転落死した。アドリアンは、墜落しかけた自分の長男オリヴァ(40代)を救おうとしてしくじり、ともに事故死したのだった。後には二度の結婚歴があるが今は独身の長女エレン(31歳)と放蕩者の次男チャールズが遺された。だが2人には残された会社を運営する才覚はなく、しかも世間からは富豪と見做されていたヴォーン家も、実はヴォーン電子工学が提携する企業ナショナル・サウンドとの確執の中でほとんどの財産を失っていた。かろうじて自宅のホテルの居住権と今後の最低限の生活費のみ確保したかに思えたエレンだが、彼女にはまだ父から遺されたもうひとつの遺産があった。それは「ミッキー」。電子工学と音響の才に長けたアドリアンが組み立てた、自分の心と膨大なデータアーカイブを持ち、人間との会話も可能な「精神を持った機械」だった。

 1951年のアメリカ作品で、気になるツンドクの古書を消化しようと手に取った一冊。地味な題名からは想像もつかないSFチックな趣向(ミッキーの設定はズバリ黎明期のAIというかスパコン)を認めて「これは意外な掘り出し物かも」と思いながら読み進めたが、う~ん。結局のところ、何をやりたかったのかイマイチ。

 そもそも巻末の解説で乱歩も<これは自分が未読なうちに、編集部が「世界探偵小説全集」にセレクトしてしまった一冊。多忙で最後まで作品の現物は読めなかったが、「タイム」の評を読むと「探偵小説とは言いにくいように思われる」>という主旨の事を書いている。
 いや「探偵小説」じゃなくっても、広義の面白いミステリならこちらはいいのだが、登場人物の内面も筋立ても楽しみどころがわからない(メモを取りながら読み、ストーリーの流れそのものは理解したつもりだが)。

 まぁそれでも前半はなかなか面白く、エレンがホテルの自宅にホテルの善良な支配人クレーンを呼び出し、ヴォーン家の秘密だった「ミッキー」を初めて見せて驚かせる場面や、拳銃を握ってそのミッキーの生殺与奪の権利を実感するところなんか、かなりゾクゾクさせられた。しかし後半はそのミッキーの存在もキャラクターもすっかり希薄化してしまう(物語の上ではある形で活用されるのだが、とても設定を活かしきったとは言えない)。
 前述の「タイム」の評では<産業革命にまで遡る機械化文明の暗部>的なことが語られているみたいだけど、いや、それはあんまし関係ないのでは? という感じ。 むしろ世間との関わりに目を向けず、閉塞・没落していった上流家庭を見据えてその主題をエレンと「ミッキー」の関わりを通して描こうとした観念小説、ならまだ何となくわかる、というか。
 なお題名は、ミッキーがこっそり録音した陰口などを再生して聞いて、付き合っていた男性や父の仕事関係の人間の裏の顔を知っていくエレンの意味。それだけに後半に登場した男性ジェームズ・ケルの扱いが…これはムニャムニャ。
 
 翻訳はさすがにすさまじく古いが、まぁ訳者はミステリ関係の仕事も多い長谷川修二なので、我慢すればなんとか読める。
 むしろ雑に思えるのは当時の早川編集部の仕事の方で、人物紹介の一行目「エレン・ヴォーン/大ホテルの37階に一人で住む女」とあるが、本文を読むと実際は30階だし、父と兄の生前は家族4人で、現在も弟と住んでいる。さらに言えば表紙の女性はエレンのイメージなんだろうけど、ピンクの髪の毛が特徴で作中で何回も「ピンキー」と呼ばれてるヒロインなのに、黒髪で描かれている。勝呂画伯の絵そのものは例によって良い雰囲気だが、ちゃんと発注してほしいわ。

 ところで当時、誰がこれをポケミス(世界探偵小説全集)に入れたんだろ。やっぱ田中潤司か植草甚一あたりか? その意図や事情を知りたい。

No.57 6点 憑かれた死- J・B・オサリヴァン 2016/07/20 04:36
(ネタバレなし)
 その年の10月25日に自宅で射殺された「私」こと、地方紙の有名コラムニストであるピーター・パイパーは、その後も幽霊となって地上に留まっていた。ピーターは自分の魂が近く霊界に行くことになると予見しながら、自分を殺した殺人者が捕縛されるのを待つが、誰が実行犯かの確証はなく、一方で旧知のタルボット警部もまた真犯人を検挙していなかった。だがピーターの妻マリオンの愛人で、ラジオのDJフォウセットが最大の容疑者と目される流れになり、ピーターはその見解を納得する。一方、マリオンはフォウセットの無実を立証するため、亡き夫の友人でもあった私立探偵スティーヴ・シルクに調査を依頼。事件はまた思わぬ方向へ転がってゆく…。

 1953年のアメリカ作品。世代人には有名な(いろんな意味で)ミステリガイド本=藤原宰太郎の「世界の名探偵50人」の本記事の最後の項目で(50番目の名探偵として)同じ年に原書が刊行されたガイ・カリンフォードの『死後』とともに<最も異色の名探偵キャラクター=幽霊探偵>として紹介された作品。あの本(「世界の~」)で初めて本書の存在を知ったミステリファンも、多かったことのではないか(もちろん筆者もそのひとり)。まぁ21世紀の昨今では国内新本格の諸作もふくめて幽霊探偵なんて趣向はそれほど新鮮でもなくなったが、50年代当時はそれなりに虚を突いた発想だったのは異論ないだろう(C・B・ギルフォードの短編とかもあったけれど)。

 とはいえ巻末の都筑道夫の解説も参考にしながらここで説明すると、本書『憑かれた死』の本来の探偵役(レギュラー名探偵)は、殺害されて冒頭から幽霊となる文筆家ピーター・パイパーではなく、途中から登場する私立探偵スティーヴ・シルクの方であり、そしてこの本書こそシルクの長編デビュー作品だったという(商業作家としてはかなり若手のデビューだったらしいオサリヴァンは、ずいぶん以前からシルクを短編作品で活躍させていた。その後もシルクのシリーズは書き続けられた模様)。

 しかしそんな大事な自分のレギュラー探偵の本格的な長編デビュー作なんだから、最初はもっと普通のミステリで勝負して、人気が定着したのちの何冊目かでこういう変化球の作品を放ればいいじゃないかとも思うが、その辺は書き手それぞれというヤツか(考えてみればいきなり「最後の事件」や「最大の事件」でデビューした、先駆の名探偵だっていたわけだが)。

 というわけで物語は、そういった一種の複数主人公形式(ピーターが自在に空間を行き来しながら事件の流れを語り、かたやレギュラー探偵のシルクが現実世界で事件の調査を進める)で進行。さらには前述のタルボット警部や作品終盤に登場する辣腕弁護士ベネディクトも、それぞれの立場から事件の真相に迫っていく。
 しかし込み入った展開自体はよいが、これじゃあまり幽霊探偵(幽霊主人公)の意味はない? 普通に三人称でもいいじゃん!? と思っていると、実はその辺もちゃんと作者の計算のなかにあったようで、最後まで読むとなかなか巧妙な形でこの設定は活かされる(ちょっとだけツッコミたい部分もあるが)。
 異色の幽霊探偵(幽霊主人公)ミステリーとして、この形質に意味がある作りだったのは最後で実証されるわけだ。

 ちなみに本書の邦訳(ポケミス版)の刊行から半世紀以上、21世紀の現在までシリーズの異色編であるこの作品しか日本に紹介されていない私立探偵スティーヴ・シルクだが、都筑は彼をハードボイルド派名探偵の一人と認定。
 実際、現物を読んでみるとシルクのキャラクターは、かのマイケル・シェーンやポール・パイン、ジョニー・リデルあたりを連想させる、ほぼ正統派ハードボイルド系列の私立探偵である。本書のヒロイン格のマリオンやその妹ベティなどから思いを傾けられても絶妙な距離を保ち、終盤の事件の逆転劇にもきちんと貢献する。公的には私立探偵のライセンスを持ってない自由人ぶりも特色で、その割には遊民的な裕福さとは無縁で暮らしは質素。かつて女性関係で心に傷を負った過去もさりげなく語られる。幽霊となったピーターが覗き込んだ際、自宅在住のシルクが他人には見せられないわびしさに悶々とする図(ポケミス版の205ページ)なども妙に心に沁みる。もしかしたらオサリヴァンはずっと短編で活躍させてきた自分の大事な探偵キャラクターの意外な一面を長編デビュー編の中でそっと読者に語るため、もうひとりの主人公ピーターが幽霊でその私生活を、心象までを覗き込む、というアイデアを思いついた…ということはないだろうな…。たぶん。

 そんなわけで未訳のシルクシリーズのなかで面白そうな正統派の私立探偵ハードボイルドミステリでもあれば、今からでももう何冊か紹介してほしい。
 まぁあのケンドリックのダンカン・マクレーンだって再上陸した昨今だもんね、論創さんあたりに期待しておこう。

No.56 7点 彼の求める影- 木々高太郎 2016/07/18 04:42
(ネタバレなし)
 34歳の独身の大学教授・相生浅男は、病身の実父とまだ若く美しい継母から、ある日相談を乞われる。それは浅男と腹違いの18歳の妹・夏子のもとに来た縁談の件で、しかもその相手とは、かつて浅男がラテン語を教えた青年・柿岡初雄(25歳)だった。相生家の面々が見守る中、当初は夏子と初雄の交際は順調に進むと思えたが、やがて初雄の挙動に奇妙な影が宿る。それは初雄が数年前に死別した年上の恋人・芳川ひえいを今だ忘れられないためであり、さらにくだんの女性ひえいは、浅男にも夏子にとっても意外な間柄の人物だった。そして…。
 それから時が経ち、高名な精神医学者・大心地先生は、自分が教えるプラクチカント(実習学生)たちの前で、現実のある事件に基づいた己の見識を語り出す…。

 作者が昭和26年(1951年)に完成させた長編。いやとても面白かった。読者を捉えて離さない起伏豊かな展開ながら、これはどうも普通小説っぽいな…と思いつつ読み進めていると、終盤には物語はちゃんとミステリのジャンルへと転調し、我らが「名探偵」大心地先生をクライマックスに招聘する。
 人の心に潜む切ない暗闇をミステリの「謎」とする趣向はシムノンや現代の国内新本格派の一部とかに通ずるものもあり、その普遍性が豊饒な精神的快感をもたらす。『文学少女』などでは名探偵役でありながら傷ついた人の心を慈しむ役割も負った大心地先生(和製メグレのひとりみたいだ)が、ここではハードボイルドにズバズバと、事件の主要人物の心のあやを自分の学識でぶったぎっていくのもカッコイイ。

 それにしても本書の木々高太郎の文章は会話が多いこともあり、今でも非常に読みやすい。ただし浅男と夏子の関係=父親が同じで母親のみ違う、血の繋がった妹を「義妹」と叙述するのは今の語感でヘンだ。昭和20年代の当時には、そういう用法もあったのでしょーか。

No.55 4点 古寺炎上- 司馬遼太郎 2016/07/18 03:53
(ネタバレなし)
 表題作と『豚と薔薇』の、単発ミステリ二作を収録した中編集。

『古寺炎上』
 曾根崎の酒場「S」で働く女給・福家(ふくいえ)葉子は、パトロンのように毎月の手当をくれる店の中年客「池沢」と、この一年、自宅のアパートで肉体関係を結んでいた。その葉子は池沢とは別に、本来は育ちの良い青年ヤクザ・桧垣純一という情人とも付き合っている。そんなある日、洛西の延喜寺の庫裡から出火。焼け跡から寺の重職である門跡代務官・沢柳隆寛権僧正の死体が見つかるが、新聞に報道されたその男の顔はあの「池沢」のものだった。池沢は以前にSで「寺田」なる男との面談を求め、その際に不審な挙動を示していた。桧垣と葉子は池沢=沢柳の周辺に何やら金の匂いを感じ、新聞記者と偽って火事場の延喜寺を訪れるのだが…。

『豚と薔薇』
 大阪の文化団体「古墳保存協会」に務める30歳の田尻志津子。その彼女が五か月前に別れた情事の相手・尾沼幸治が、大正橋の下で変死体で見つかった。死ぬ前に尾沼は旅先の高知から、志津子宛に復縁を願う手紙を書きかけていたことが警察の調査でわかる。折しも志津子は、実兄の友人で今は大阪の新聞社の社会部次席となった中年・那須重吉と12年ぶりに再会。那須と彼の部下の社会部記者たちと連携しながら、素人探偵となって尾沼の怪死事件を探るが…。

 今さら紹介の要も無い『坂の上の雲』『燃えよ剣』そのほかの巨匠作家が、生涯で本当に例外的に手を染めた、単発の現代ミステリ2本を収録した中編集。
 本書への収録は上記通りの順番だが、実際には『豚と薔薇』が1960年の「週刊文春」に連載、表題作が61年の「週刊サンケイ」に連載された(『豚と薔薇』を表題作にした別の書籍もあるようである)。
 当時から時代・歴史小説の分野では評価の高かった作者自身が、本書刊行当時から畑違いのジャンルへの挑戦とその結果の不出来を認めたこの2作。今後もう推理小説は書かないとも公言したこともあり、この両編は後年に刊行された司馬遼太郎全集にも未収録という、現在ではほぼ幻の作品となった。それゆえか文春の司馬ガイドブック『司馬遼太郎の世界』(1996年)の巻末資料「司馬作品全ガイド」などでも黙殺されている。

 それで実際のところ、どんなかな~と思って読んでみると、うん…まぁ、確かにそれぞれしょぼい出来(苦笑)。
 特に表題作の方は、先に作者自身が取材した現実の金閣寺の火災事件の話題などもちゃんと盛り込み、さらにそこに持ち前の寺社や武家社会の歴史観などを加えて独自のミステリの方向を築こうとした気配もあるが(そういうものを書いてほしいと、編集部が依頼した可能性もアリ)、実際の完成作品は、迷走する筋立て、最後の<ミステリ的な決着>のためデウスエキスマキナ風に引っ張り出される<意外な犯人>など、ほぼ全体的になんだかな、な感じである。まぁこれまでの人生の軌跡がかなり細かく描き込まれた主人公の男女コンビには、ちょっとだけ惹かれる部分もないではないのだが。

 それに比べると『豚と薔薇』の方は、登場人物も筋立てもわずかながらいくらかマシな感じで、肝心の殺人劇の真相(もろもろのトリックも含めて)ももう少し練って書けば、クリスティーとかの諸作あたりに近いものになりえたかもしれない、そんな印象はある。
 正直なところ『豚』の方が若干手慣れた感じだからこっちが後発だろうと思っていたら、書誌を確認すると前述の通り『古寺』の方が執筆が後で、少し驚いた。高知県の製紙業界の歴史に踏み込んでいくあたりとか、『豚』の方も作者の持ち前の素養を活かそうとした雰囲気はあるんだけれど。 

No.54 7点 ネ・メ・ク・モ・ア- 渡辺啓助 2016/07/16 11:38
(ネタバレなし)
 20世紀全域を通じての日本探偵小説(推理小説/幻想浪漫小説/空想科学小説)文壇の名だたる重鎮たちとの交流があり、2002年に101歳で大往生された文字通りの巨匠・最後の作品集。

 それで本書『ネ・メ・ク・モ・ア』は作者の信奉者にして最高級の研究家・小松史生子の編纂による大部の労作で、400ページ以上・二段組みの上製本の中に全20本の中短編、ショート・ショートが、緻密な作品解題、年譜、書誌研究などとともに収録されている。
 作者の代表作は一般には戦前のものとの定評があるそうだが、本書はあえて戦後作品の収録にも傾注。時代のなかで推移した作者の多彩な作風を意識的に打ち出した方向の一冊のようだ(ちなみに本書の巻末に所収の各作品の解題については、作者とその作品への編纂者からの敬愛の念も深い文章に圧倒され、一見の読者としてはただただそれに頷き、感嘆するしかない!)

 自分が今回本書を手にした最大の目的は、中島河太郎などが日本推理小説史上の主要作の年表などにも記載している中編『オルドスの鷹』(昭和18年の直木賞候補作品)を読むためだったが、このたび初めて実作に触れてその実態を知った。亜細亜植民地化の国策に沿った内容だが、同時に浪漫性とドラマ性のある大陸冒険小説で、この姉妹編といえる中編『埼西北撮影隊』とあわせて重厚感では本書の中での核となる。
 ただし自分が素で初読してさらに感銘したのは『魔女物語』『黒衣(ブラック)マリ』などのどこかウールリッチを思わせるペーソス感とセンチメンタリズムが漂う戦後の短編ミステリ作品。ほかにも印象的な作品は多く、都内にエジプトミイラと暮らす下宿が主舞台となる異色譚『ミイラつき貸家』、日本でも早期に海外の戦後SFに目を向けた作者らしいユーモラスな導入部の『空飛ぶエプロン』や庶民派の艶笑譚風ミステリ『山猫来たりなむ』などもとても良い。この辺はストーリーテリングの面白さと、いかにも昭和風俗ミステリらしい語り口の妙味、その双方の要素が溶け合っている。
 中にはごく数本だけ、愛情あふれる編纂者の巻末の解題ほどには作品の良さがいまいちピンと来ないものもないではないが、一週間~十日強ほどかけて眠る前にちびちび読み進め、本書収録の大半の作品のおかげで幸福な読書の時間を過ごせた。末端の読者ごときが不遜ではあるが、改めてこの大家の膨大な実績に敬意を表させて頂きます。

 なお本書のタイトル『ネ・メ・ク・モ・ア』の出典は、昭和56年の短編『ピエロの勲章』(本書には未収録)の中の一節から採ったそうで、意味はフランス語で「私だけを愛して」だそうである。こういう題名の中短編が収録されて、それが標題になっているのではない。ところで解説ではこの本書の書名を『ネメクモア』と濁点抜きで表記しており、この齟齬がちょっとだけ気になる。Amazonや東京創元社のサイトでも『ネメクモア』表記なのだが、今回のレビューは書影からの標記どおり『ネ・メ・ク・モ・ア』にした。こっちの方がダンディーに思えるし。

No.53 7点 二月三十一日- ジュリアン・シモンズ 2016/07/15 06:28
(ネタバレなし)
 第二次大戦終戦から数年後のイギリス。ヴィンセント広告会社の企画部長で40代の男アンダソンは、元雑誌編集者の28歳の妻ヴァレリイ(ヴァル)と二人暮らしだった。そのヴァレリイがある夜、自宅の地下室に降りる階段の下で死体で見つかる。夫の故殺あるいは謀殺の可能性も取りざたされたが、結局はヴァレリイが転落事故で頭の骨を陥没させたということで落着した。上役や同僚が不幸を気遣う中、元の仕事に復帰するアンダソンだが、そんな彼の周囲で、生前の妻からのかなり日数が経った手紙が届いたり、卓上の組み換え式のカレンダーがいつのまにか妻の命日を表示していたり、ささやかな、しかし奇妙な事態が続発する。そんな折にアンダソンの前に現れたクレス警視は、匿名の密告書がアンダソンが妻殺しの殺人者だと訴えていると語るのだった!?

 気になる未読の旧刊を消化しようと思い立って読み始めた一冊だが、これは予想以上に面白かった。 
 奇妙な怪事が続く中、少しずつ精神の均衡を失っていく主人公アンダソンの叙述と併行して、当時のイギリス広告界の職場での猥雑な人間模様が語られ、これが一種の「業界もの」風な興味を醸し出す。その辺の普通小説(サラリーマンもの)的な部分も面白いが、決してそれだけではない。当時の英米の雑誌の書評はミステリとしておおむね好評な反応を寄せたようだが、それもうなずける。
 ミステリの流れが最終的にどういう方向に行くかはもちろん書けないが、小説の後半はもろもろの要素が絡み合って強烈な加速感を増し、終盤の真相に驚き、そして(中略)には掛け値なしに慄然とさせられた。なるほどこういう作品だったのか! と個人的にはかなりスキなタイプの一冊である(笑)。全体の印象としては、マーガレット・ミラーか初期の日下圭介、あのあたりに通じるものがある。

 ちなみに本書ポケミス版の翻訳の悪さはよく囁かれるが、当初からそのつもりで若干の気構えを込めて読むなら、筋立てや描写がわかりにくい個所は実のところそんなにはない。読む前は自分もそうだったのだが、初版では作者の和名が周知のとおり、本邦初紹介ゆえ「サイモンズ」表記だったのも、訳文そのものがかなりダメという悪印象をなんとなく与えているのではないか。実際にはそんなこともないのだけれど。
 とはいえ出来れば平明な現代の訳文で多くの人に読んでもらいたいなぁ、コレ。いまの創元あたりが版権切れを狙って新訳で出すとか、出来ないかな。

 ところで題名の意味は、作中の事象としては、ある時アンダソンの卓上カレンダーに表示されていた、もちろん現実にはありえない架空の日付のこと。作中ではその具体的な含意は語られないが、読者の観念や想像力を刺激するタイトルだ。

No.52 6点 葬られた男- ミルドレッド・デイヴィス 2016/07/14 04:44
(ネタバレなし)
 アメリカの田舎町リットルフォーク。地方紙の記者として最近、転居してきた20代前半の若者ガーナード(ガニィ)・カーは、一年前に交通事故死した土地の名士について調査を始める。その者の名は、享年44歳の薬剤師セルウィン・ボーマン。街の誰からも敬愛される博愛の人物だったが、そんな彼には過去一度だけ大きなスキャンダルがあった。それは22年前に起きた、土地の銀行家で初老の資産家アーネスト・ラブジョイ毒殺事件の犯人という容疑だった。セルウィンの嫌疑はほどなく解消し、彼はその後も街の人気者として生涯を終えたが、事件の真犯人は不明なままだった。迷宮入りした毒殺事件に強い関心を抱いたガニィは、親しくなった街の人々から証言を得て回るが。

 50年代のアメリカ女流作家ミルドレッド・デイヴィス(喜劇俳優ハロルド・ロイドの、同じ和名表記の奥さんとは全くの別人)が1953年に著した長編第二作。
 全18章の小説は主人公かつ狂言回し(探偵役)のガニィ、そして彼が出会う街の人々の述懐で章ごとに区分けされ、ポケミス解説担当の乱歩はそのスタイルを『月長石』に例えているが、自分が読んだ印象ではフランスのクラシック映画『舞踏会の手帳』なども思わせる。物語の冒頭で死亡した人物が全編のキーパーソンとなる趣向は、先に刊行された英国作品『ヒルダよ眠れ』(1950年)の影響などもあったかもしれない。
 派手なケレン味などはまるで無いが、二十人弱の主要な登場人物はほぼくっきりと描き分けられ、ページをめくるにつれて人間関係の交錯と過去の事件の露呈が少しずつ進行していく手際は鮮やか。翻訳も60年前のものとしてはおおむね読みやすい。
 タイトルロールの「葬られた男」セルウィンという人間の実像、そして意外な事件の真相が明かされる終盤はじわりと読む側の胸に沁み込む感慨があり、小説的な完成度も含めてなかなか良く出来た50年代ミステリ。特に前者の面では、21世紀の今、あらためて訴えるものも多いかとも思える。
 ちなみに作者の未訳の処女作『The Room Upstairs 』(1948) はMWA処女長編賞を受賞。当たりはずれのある賞だとは思うけれど、本書『葬られた男』の手ごたえなら今からでも読んでみたい。
 なお本書の評点は、本当に惜しいところで7点に届かず6点。読ませる一冊だとは思うが、もうちょっとサスペンスやストーリーの起伏があってもいいとも感じるから。

No.51 6点 アルザスの宿- ジョルジュ・シムノン 2016/07/13 04:12
(ネタバレなし)
 シムノンの非メグレもの。普通小説に近い内容のものを予期していたが、山荘のホテルからの現金盗難事件、国際的詐欺師を追うパリ警視庁の警部、そしてレストラン兼宿泊宿「アルザス亭」の謎の長期宿泊客セルジュ・モローの正体…!? とちゃんとミステリ要素も盛り込まれている。
 ホテルでの盗難事件、逆境の未亡人とその娘とセルジュ氏のからみ…と物語が分断されていく中盤はちょっとだけかったるかったが、終盤には、ある登場人物の人生からもうひとつの顔が覗く、いつものシムノンのロマンと小説を読む快感がある。
 主人公はシリーズ化してほしかった気もするが、そうなるとこの作品のような魅力はもう出なかったろうなぁ。シムノンファン、メグレファンなら一読はお勧めする佳作~秀作。

No.50 5点 樹液少女- 彩藤アザミ 2016/07/10 02:26
(ネタバレなし)
 幼少時に生き別れた妹・蓮華(れんか)の消息についての情報を得た25歳の消防士・森本。彼は、妹が今もそこにいるかもしれない、藍ヶ岳にあるビスクドールと陶芸の鬼才・架神千夜の山荘に向かったが、吹雪のために遭難しかけた。そんな森本は山荘の住人である美少女・碧(あおい)に救われるが、雪に閉ざされた山荘で彼を待っていたのは奇怪な殺人劇であった。

 クローズドサークルものに暗号の謎の要素を加えた犯人捜しのパズラー。森本の妹の行方と、女流芸術家・千夜の奇妙な言動の方も謎となり、それなりの求心力はある。また中盤の殺人において死体がある状態で発見されるが、そこで浮上する謎<山荘にある陶芸用の高熱窯なら死体の焼却もきわめて簡易に行えるのに、なぜ犯人はそれをしなかったのか?>もなかなか面白い。
 
 とはいえ最後まで読み終えると随所に才気を覗わせながらも、謎解きミステリとしては全体的に踏み込み不足、あるいは中途半端な部分も感じさせ、その辺の長所と短所はデビュー編である前作『サナキの森』といっしょ。特に暗号の底の浅さや、一番ショッキングな部分が予想の範疇というのはどうも……。

 ただ今回の方が、ミステリというジャンルそのものへの食らい付きは上達している印象もある。具体的には、五日目~後日談の、物語の流れの上でのひっくり返しなど悪くない。下手な作家なら最後の最後まで<そのネタ>で引っ張ってドヤ顔しちゃいそうだし(ただしその一方、それはそれで新たな説明不足な箇所を生じさせてしまったような気もするが…)。

 まだ生硬な感じは抜けないが、もう数冊書いていくうちにやがて一皮むけるのではないか、そんな可能性を感じさせる新鋭だとは思う。

No.49 5点 稀覯人の不思議- 二階堂黎人 2016/07/09 18:33
(ネタバレなし)
 今年の3月頃に読んだ一冊だが、気づいたらまだどこにもレビューを書いてなかったと思うので、備忘録も兼ねて感想を。

 密室トリックの方はシンプルな技術系で、そういうことできるんだ、という説得力はあるがその分インパクトは薄い。事件の真相(真犯人周辺の設定)もこれを許すかどうかはミステリファン次第だとは思うが、今回は悪い意味で自由度に寄った印象で個人的にはあまり好ましくない。
 作者があとがきでも触れている死体を消すトリックだが、これが一番印象に残る。やはりシンプルな創意だとは思うが、現実の世界でも実際に悪用されていそうな気さえする。

 ちなみにコレクター描写の方は、作者自身の若き日の体験を反映したものだろうし、その意味で時代設定が80年代の事件になったのはいたしかたない。
 ただできれば手塚作品の需要度や評価がその頃とは大きく変わった、またWebなどでの古書検索~取引も普遍化された21世紀現在での、同じネタの物語を読みたかった気もする(ちなみに、このレビューの筆者はそれなりに年季の入った手塚作品ファンのつもり)。
 二階堂先生、できましたらいつかこの続編的な2010年代を舞台にした手塚作品ファン&コレクターネタの新作を書いてください。 

No.48 7点 嵐の館- ミニオン・G・エバハート 2016/07/09 05:14
(ネタバレなし)
 資産家だった父を亡くした若い娘ノーニは、カリブ海の孤島ビードン島の農場主ロイヤルと数日後に結婚する予定だ。相手のロイヤルは、ノーニの父の友人で初老の男性。年の差はあるが、ノーニは子供時代からの長い付き合いで親しみを感じていた。だがノーニは式の直前に、島の青年ジムと本心での自分が相思相愛なのに気づいた。ロイヤルとの婚約解消を考えるノーニだが、そんな矢先、ジムの伯母でロイヤルと並ぶ島の農園主ハーマイニーが何者かに銃殺される事件が起きる! 島に嵐の気配が迫るなか、殺人事件はやがて次の事態へと…。

 1949年の長編。程よいエキゾチシズムの中にメロドラマはたっぷり、サスペンスもなかなか。疑わしい登場人物が入り乱れるフーダニットの興味もそれなりにあり、犯人捜しとしても普通に楽しめる。なお解説で書かれるように、伏線というか手掛かりがかなり大胆に張ってあり、その辺は国産ミステリでいえば仁木悦子あたりの手際に近い印象。
(とはいえ筆者はそっちの手掛かりとは別に、小説の流れの方で終盤の展開を予想。その場合、犯人は…だろうな、と推察したら、その通りだった。)

 手慣れた作家の安全株という感触でまとまり良く、リーダビリティも高い一冊だが、タイトルロールの「嵐」がもう一つ効果を上げてないのだけはナンだった。この辺は、我が国の『風花島殺人事件』のクライマックスの臨場感とかの方が、はるかに印象深かったりする。
 いずれにしろエバハートも、もっと紹介してもらってもイイね。

No.47 6点 ラメルノエリキサ- 渡辺優 2016/07/07 04:10
(ネタバレなし)
 正義とか良心とかとは無縁の部分で、幼少の頃から復讐という行為に病的なまでに執着し、16歳の現在、己を「復讐の申し子」と自認する「私」こと美少女高校生・小峰りな。そんな彼女はある夜、何者かに路上で斬りつけられ、胴体に裂傷を負う。素性不明の犯人が逃げる前に言い残したのは「ラメルノエリキサ」という謎の言葉。りなはそのキーワードを手掛かりに、決然と復讐の対象としてその犯人の正体を捜すが、やがて第二の事件と思しき事態が発生して…。

 第28回小説すばる新人賞の受賞作で、腰巻には「“復讐”をモットーに生きる少女が失踪する、痛快青春ミステリ!」とあり、宮部みゆきも賛辞を寄せている。

 ジャンルをあえて分類するなら、一応のフーダニットとホワイダニットの要素をそなえた青春小説で悪漢小説とも呼べる広義のミステリ。本の体裁は大きめの級数で180ページ前後の文芸本だから、読了までにそんなに時間はかからない。ただ紙幅がその程度、登場人物も名前が出る者だけで15人程度と少なめながら、その割にはなかなかこってりした感触を残す。その意味では悪くなかった。
 相応の求心力とインパクトはある主人公だが、一方でシンクロできない読者も多いんじゃないかな、と思う。筆者はもうちょっと続編でも付き合ってみたい、という程度には魅力を感じたけれどね。
 しかし作者が一番描きたかったのは、終盤に明らかになるお姉ちゃんの心情じゃないかな。そのかなり微妙な心持ちのありようは、個人的にもストンと落ちるわ。

 でもって肝心のミステリとして総評するなら、惜しくもその点においてはやや薄味…とも一度は書こうと思ったが、このweb時代に<検索してもわからない言葉「ラメルノエリキサ」の謎>というネタをひとつの柱にしたのは、ちょっとした創意かもしれない。あと犯人の動機の謎も真相がわかったのち、主人公のキャラクターにうまいことからんできてもいる。そう考えていくと、そんなに悪くないね。
 評点はほんのちょっとだけおまけして6点。同じ主人公の続編が数年後に出たらまた読んでみたい、とも思う(少し間を置いて書いてほしい。劇中時間そのものは、そんなに経過しなくてもいいけれど)。 

No.46 7点 厚かましいアリバイ- C・デイリー・キング 2016/07/06 08:02
(ネタバレなし)
 洪水で混乱する町、ややこしい設計の館での殺人劇、館の亡き主人の遺産の古代エジプトの文化資産、密室、そして主要人物を一覧表で検証する各人のアリバイ……と絢爛たる幕の内弁当のようなクラシックパズラー。
 さらには話に立体的なケレン味を託すためか、ちょっと黎明期ハードボイルド風味での政界の黒幕の顔出し&そのライバルの地方検事とのやりとりなんて糠味噌サービスまで盛り込まれ、とにかく読者を饗応しようとする作者のエンターテイナーぶりに本気で感動した。
 解決が「まぁそっちの方向でのトリックだろうな(でも普通の読者にはわからんよ)」とアレな感じなのは、前作『意外な遺骸』と同様。でもおそらくは、当時の作者が目に付いたか見知ったばかりのネタを、うぉぉおおと猛然と作中に取り込んだような感じが実にほほえましい。(密室の謎の方の真相は、単純にしょぼいけど。)
 個人的には、全体の完成度がどうとか、魅力的な謎の提示に比べてこの解決かぁという、ありきたりの不満はあんまり無い。どんなに勉強してもなかなか優等生になれない学生の、とにかくぎっしりと書き込んだテストの筆述答案が放つようなある種の熱量というか男らしさがこの作品にはある。
 こういうミステリは嫌いになれないよな。

No.45 6点 無実- ジョン・コラピント 2016/07/05 03:20
(ネタバレなし)
 元弁護士ながら十代後半の女性にしか欲望を覚えないという悪癖のため、社会的な立場を失った31歳のラッセル・デゾリット(デズ)は、教師稼業時代の教え子で恋人のクロエ・ドワイトと同棲していた。デズはクロエの亡き母ホリーが、時の人のベストセラー作家であるジャスパー・ウルリクソンと一時期つきあっていた事実に着目。ある奸計を思いついた……。

 450ページ以上の大部をほぼ一気読みさせてしまう、よくできたサスペンス&クライムスリラー。主要登場人物のメンツは少ないが、それぞれの立ち位置が明確かつ役どころをうまく絡ませ合っているため、実際にはシンプルなお話をなかなかの読み応えで楽しませてしまう。
 とはいえいわゆるミステリ的なトキメキは薄く、筆力のある作家が上梓したお楽しみ本…という以上の感興もあんまし湧いてこない。そこが残念といえば残念。
(完全な善人でも悪人でもない何人かのキャラクターは、よく書けているとは思うけれど。)
 キングやクーンツの一流半クラスの長編から、もうちょっと作家の個性や、おのずと筆致ににじんでくるそれぞれの独特のクセを消したらこうなるんじゃないかしら、という感触だった。

No.44 6点 亡者の金- J・S・フレッチャー 2016/07/02 08:38
(ネタバレなし)
 実力派の中年弁護士リンゼーの事務所で事務員として働く「僕」ことヒュー・マネーローズ青年は、幼馴染みのメイシーと2年前に婚約。いつか弁護士になる夢があった。そんななか、自宅を下宿にするヒューの母・マネーローズ夫人と契約した間借り人の老人ギルバースウェイトが、具合が悪いので知人と代りに会ってくれとヒューに頼んだ。大枚の礼金に心動かされて指示された場所に赴くヒューだが、そこには死体が転がり、その直後、ギルバースウェイトは病死する。だがヒューは殺人が起きた現場の周辺で、ある不審な人物を目撃していたのだった。

 1920年とほぼ一世紀前に上梓された、半ば巻き込まれ型のサスペンススリラー。作中で一番のサプライズは現在の読者ならまず事前に見当がつくだろうが、作者も当時からそれだけじゃ作品にならないと分かってたのか、大ネタは半ばでカードを表にひっくり返し、あとは小技のツイストの連続で攻めてくる。その辺はさすがにこの手のクラシックミステリの大御所という感じで、今の眼で読んでもなかなか楽しめる。
 
 まぁ一部、あとあとでそういう展開にするんなら、先にもうちょっと伏線を張っておいてよ、というところもないわけじゃないんだけど。
(あと物語のほぼ全編は、のちのちの時制からの回想形式で語られるのだが、事件時に<2年前に19歳で婚約した>と言っているヒュー~つまり当時21歳が<もう5年も弁護士事務所で経理を全部任されている~P96>というのはあまりにヘン。お前は昭和の中卒就職者の金のタマゴか!)

 それでも最後の最後まで広義のフーダニットの謎を持ち込み、読者の求心力を煽るあたりなるほど上手いねぇ、とは思う。その真相と決着の付け方も、あぁそう来るかとちょっと感心させられた。
 評点は7点にかなり近い6点ということで。フレッチャーはほかにも掴みの面白い作品とかあるなら、もっと紹介してもらいたい。
 あと巻末の横井氏の解説も今回はなかなか。小栗虫太郎のフレッチャー評なんかよく見つけてきたと思う(それとも割合知られているものなのだろうか)。フレッチャーの作風の現代視点での観測なんかも興味深い。

No.43 8点 現代詩人探偵- 紅玉いづき 2016/07/02 03:55
(ネタバレなし)
 プロの文筆家やアマチュアで構成される「現代詩人卵の会」。昔日の会合から10年の時を経った。現在も詩の創作に葛藤している「僕」は会のメンバー9人のうち4人が自殺したらしいと今も健在な会のメンバーから聞かされた。かつての自作の詩に由来して「探偵」との呼称を授かった僕は、他界したメンバーの死の状況をひとつずつ確かめて回るが…。

 ラノベ分野を主体に活躍、すでに相応の実績のある作者らしいが、筆者は本書が初めての出会い。 
 詩の創作で食ってはいけない、でもある種の人間にとってはそれでも書かずにいられないんだ、という世智辛く切なくそして真摯なテーマを物語のすぐ脇に置きながら、話そのものは良い意味で昭和の青春ハードボイルド風に展開。
 短編連作を積み重ねていくような長編の構成ぶりも、ミステリでの捜査・調査というものを主題にしたメタ的な趣を強く打ち出していていく。なかなか味があるねぇ…と思いながら読んでいたら……!
 んー、これもあんまり書かない方がいいね。××××のジグソーが終盤でいったんバラバラになり、同時にきれいにハマっていく良く出来たミステリならではの快感がある。いまのところの今年の国産マイベストワン。

No.42 5点 先生、大事なものが盗まれました- 北山猛邦 2016/07/01 15:23
(ネタバレなし)
 島民が約4万人の島・凪島。そこに三つある高校の一つ・灯台守高校の新入生「わたし」こと神灯雪子は入学式の朝、遅刻しかけたところをひとりの青年に救われる。彼の名はヨサリメグル。雪子とヨサリが運命的な出会いをするのと前後して、彼女は島で20年前から伝説となっていた謎の怪盗・フェレスの情報に触れた。超常的な盗みの能力を持ち、何かを盗んだのは確かだが、その盗んだ標的の正体を気づかせない盗賊の出現に際し、雪子は幼馴染みである2人の男子、「探偵高校」こと美盾高校の学生・千歳圭、「怪盗高校」こと黒印高校の在校生・小舟獅子丸と連携を取るが。

 若者向けキャラクターもの新作書下ろしミステリの叢書「タイガ文庫」の一冊で、おなじみ北山先生の新シリーズ。ラノベ風のケレン味豊かな設定の中に非日常的な物語要素を導入したやや変化球の謎解き青春ミステリ連作で、今回は全3本の中編を収録。

「何を盗んだかわからない怪盗」という謳い文句から事前には、アシモフのブラックウィドワーズクラブかホックの怪盗ニック、それぞれのシリーズでの某初期編みたいな内容を想起したが、実際の本作はもっとぶっとんだ、良く言えば自在な、悪く言えば「なんでもありすぎる」中身のものだった。
 その設定にとりあえず付き合うなら、それぞれの3編、それなりにバラエティ感があってまぁまぁ面白く、特に2話の作中人物と読者が「何を盗まれたか」を探り合う内容は今後のこのシリーズのスタンダードっぽい感じだ(ちょっとフレドリック・ブラウンの某作品を思わせる部分もある~こういっても絶対にネタバレにならないだろうし、双方読んでる人には筆者の言いたいことが何となく通じてもらえると思うけれど)。

 ちなみにまだまだ今回の一冊のみでは特殊な物語の場の舞台設定も多彩な文芸の登場人物たちも使い切っていない感は強いので、今後に期待。本数が増えていけば秀作が飛び出してくる可能性はあるシリーズかとも思える。 

No.41 5点 屋上の道化たち- 島田荘司 2016/07/01 03:41
(ネタバレなし)
 およそありえない連続怪死事件(自殺? 殺人? 事故死?)という魅力的な謎を提示。やがて種々の多様な伏線の果てに、バカミス的な大技で真相を豪快に割り切ってしまう流れは、なかなか好ましい(まぁ短編ネタのトリックを、むりやり長編化しているという批判もうなずけないでもないのだが)。

 しかし一方、本作の主要登場人物と言えるメインゲストキャラ複数の叙述があまりにくどく、その割には該当の連中にほとんど感情移入の類もできない。そういう部分で、一冊の作品としての評価が下がってしまうのも正直なところ。
 まぁ作者がそういった種類の作劇に込めた狙いは<最後にキーパーソンとして浮上してくるある劇中人物>にも、きっとメインキャラの彼らと似たようなシンドく生臭い事情があったんですよ、と暗に感じさせるためなのだとは思うんだけれど。

 ところで本書は、タイトルロールにある「道化」のキーワードがあまり意味を持ってないよね? なんか計算違いがあったんでしょうか。  

 新人か、まだ新鋭と呼べる領域の作家がこれを書いていたのなら、評価はもう1点上がるんだけれど、ベテランなら、まぁ良くも悪くも期待の範疇・・・ということでこの評点。 

No.40 6点 女學生奇譚- 川瀬七緒 2016/06/30 03:09
(ネタバレなし)
 34歳のフリーライター・八坂駿は、都市伝説ものを看板とする弱小出版社の編集長・火野正夫から次の仕事の相談を受ける。それは、読んだ人が破滅するという主旨の紙片が挟まれた一冊の古びた書籍「女學生奇譚」の呪いについて、その真偽を確かめるものだった。相棒である27歳の体育会系女性カメラマン・篠宮由香里とともに依頼を受けた八坂は、本の所有者だったが行方を断ったという青年の妹・竹里あやめに対面。あやめを含めた3人はそのまま書籍にまつわる怪異の謎に踏み込んでいくが、やがて浮かび上がるのは書物の内容に呼応した昔日の戦慄の事実だった…。

 書籍「女學生奇譚」の本文を随所に織り込みながら、現実の主人公トリオの動向を叙述。手慣れた筆致でリーダビリティは申し分ないが、物語後半に明かされる大ネタのひとつは、多分大方の読者には察しがつくだろう。
 たださすがにそれだけじゃ21世紀の新作ミステリにはならないとして、終盤にさらに複数の仕掛けを設けてあるのは一応の評価の対象。一息に楽しめる、変化球系の佳作。

No.39 7点 僕のアバターが斬殺(や)ったのか- 松本英哉 2016/06/30 02:27
(ネタバレなし)
 仮想世界と現実空間がリンクするアプリゲーム「ジロウパ」。そこにアバター「クロム」として参加する高校生アキラこと日向明は、ある日とある過去の因縁からゲーム内で口論となった別のアバター「セルパン」を、正当防衛のような流れで倒してしまう。だがそのゲーム内の戦いの場とリンクする現実の空間で、セルパンの実体と思われる死体が見つかった! しかも現場は密室? 仮想世界「ジロウパ」のゲーム内の行動が現実に影響したのか!? アキラは同じ学校に在籍する高校生名探偵として名を馳せる美少年・御影雫に、事件の真相究明のための協力を求める。

 第8回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作。
 もはや珍しくも無くなった電脳世界ものの犯人捜しパズラーだが、ゲーム側から現実への事象の投影の流れはちょっと面白いかも。文体はほとんどラノベのように平明、しかも登場人物も本当に衒いのない筆致で描かれる。良くも悪くもこってりした作品が少なくない昨今の国産ミステリシーンにあっては、逆にそこらへんが良い意味でフツーで好ましかった。
 密室や犯人捜しの謎は小味な創意を組み合わせた感じでそれほどのインパクトはないが、ミステリとしてのパーツは総じて丁寧にまとめあげられている(個人的には、最後に明かされる、ある犯行場面のビジュアルイメージが印象に残る)。
 ただし作中での登場人物の配置や役回りの割り当てを読み取っていくと、真犯人は途中でおおむね推察がつくだろうし、実際に自分もそれで当てた。
 とまれ今後シリーズキャラクターとして活躍するであろう御影の肖像(過去の事件簿の存在など)もラノベかコミック風に入念に描き込まれているし、そういう直球的な作風もなかなか微笑ましい。
 主人公のアキラが思いのほか等身大の高校生キャラクターなのもいいし(警察沙汰になって心配する両親にきちんと罪悪感を覚える)、評点はメインヒロインの漫画チックな可愛らしさも踏まえて1点おまけ。

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人並由真さん
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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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