皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ その他 ] 孤獨な娘 |
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ケネス・フィアリング | 出版月: 1954年08月 | 平均: 4.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1954年08月 |
No.1 | 4点 | 人並由真 | 2016/07/28 04:06 |
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(ネタバレなし)
「音響界の鬼才」と称されるヴォーン電子工学の社主アドリアン・ヴォーン(68歳)が、家族とともに長らく住んでいた高級ホテル<エンヴォイ・ホテル>の30階から転落死した。アドリアンは、墜落しかけた自分の長男オリヴァ(40代)を救おうとしてしくじり、ともに事故死したのだった。後には二度の結婚歴があるが今は独身の長女エレン(31歳)と放蕩者の次男チャールズが遺された。だが2人には残された会社を運営する才覚はなく、しかも世間からは富豪と見做されていたヴォーン家も、実はヴォーン電子工学が提携する企業ナショナル・サウンドとの確執の中でほとんどの財産を失っていた。かろうじて自宅のホテルの居住権と今後の最低限の生活費のみ確保したかに思えたエレンだが、彼女にはまだ父から遺されたもうひとつの遺産があった。それは「ミッキー」。電子工学と音響の才に長けたアドリアンが組み立てた、自分の心と膨大なデータアーカイブを持ち、人間との会話も可能な「精神を持った機械」だった。 1951年のアメリカ作品で、気になるツンドクの古書を消化しようと手に取った一冊。地味な題名からは想像もつかないSFチックな趣向(ミッキーの設定はズバリ黎明期のAIというかスパコン)を認めて「これは意外な掘り出し物かも」と思いながら読み進めたが、う~ん。結局のところ、何をやりたかったのかイマイチ。 そもそも巻末の解説で乱歩も<これは自分が未読なうちに、編集部が「世界探偵小説全集」にセレクトしてしまった一冊。多忙で最後まで作品の現物は読めなかったが、「タイム」の評を読むと「探偵小説とは言いにくいように思われる」>という主旨の事を書いている。 いや「探偵小説」じゃなくっても、広義の面白いミステリならこちらはいいのだが、登場人物の内面も筋立ても楽しみどころがわからない(メモを取りながら読み、ストーリーの流れそのものは理解したつもりだが)。 まぁそれでも前半はなかなか面白く、エレンがホテルの自宅にホテルの善良な支配人クレーンを呼び出し、ヴォーン家の秘密だった「ミッキー」を初めて見せて驚かせる場面や、拳銃を握ってそのミッキーの生殺与奪の権利を実感するところなんか、かなりゾクゾクさせられた。しかし後半はそのミッキーの存在もキャラクターもすっかり希薄化してしまう(物語の上ではある形で活用されるのだが、とても設定を活かしきったとは言えない)。 前述の「タイム」の評では<産業革命にまで遡る機械化文明の暗部>的なことが語られているみたいだけど、いや、それはあんまし関係ないのでは? という感じ。 むしろ世間との関わりに目を向けず、閉塞・没落していった上流家庭を見据えてその主題をエレンと「ミッキー」の関わりを通して描こうとした観念小説、ならまだ何となくわかる、というか。 なお題名は、ミッキーがこっそり録音した陰口などを再生して聞いて、付き合っていた男性や父の仕事関係の人間の裏の顔を知っていくエレンの意味。それだけに後半に登場した男性ジェームズ・ケルの扱いが…これはムニャムニャ。 翻訳はさすがにすさまじく古いが、まぁ訳者はミステリ関係の仕事も多い長谷川修二なので、我慢すればなんとか読める。 むしろ雑に思えるのは当時の早川編集部の仕事の方で、人物紹介の一行目「エレン・ヴォーン/大ホテルの37階に一人で住む女」とあるが、本文を読むと実際は30階だし、父と兄の生前は家族4人で、現在も弟と住んでいる。さらに言えば表紙の女性はエレンのイメージなんだろうけど、ピンクの髪の毛が特徴で作中で何回も「ピンキー」と呼ばれてるヒロインなのに、黒髪で描かれている。勝呂画伯の絵そのものは例によって良い雰囲気だが、ちゃんと発注してほしいわ。 ところで当時、誰がこれをポケミス(世界探偵小説全集)に入れたんだろ。やっぱ田中潤司か植草甚一あたりか? その意図や事情を知りたい。 |