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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] ドクトル・マブゼ 怪人マブゼ博士 |
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ノルベルト・ジャック | 出版月: 2004年07月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 2004年07月 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2016/08/02 07:29 |
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(ネタバレなし)
第一次大戦後のドイツでは、疲弊した国民の魂を癒し、そして堕落させる、賭博という背徳の文化が蔓延していた。そんななか、とある賭博場で遊民エドガー・フルが大敗するが、彼を負かせた相手には変幻する容貌など、数々の不審な点があった。フルの友人カルスティスから情報を得た40歳前後の検察官ヴェンクは、隠密捜査に乗り出す。それこそがヴェンクと、欧州各地で暗躍する犯罪王マブゼとの長い戦いの幕開けでもあった! 1921年にドイツで刊行され、翌年のフリッツ・ラングの映画版のヒットもあってこの分野ではすでに名作として殿堂入りした、大犯罪者もののスリラー。ちなみにポケミス巻頭に記された原書刊行年は1921~22年と2年に跨っているが、その辺の事情は解説を読んでもよくわからない。映画の公開に合わせて内容が一部改訂でもされて、それゆえのややこしい表記だろうか? マブゼのキャラクターを記すと、年齢は60歳前後。ただし変装は自由自在で、外見上の年齢はほぼ不詳。体力は若々しく頭脳も明晰で、殺人やテロなど種々の犯罪に関わるが、最大の資金源は、その家族まで入れれば構成員4000人に及ぶシンジケートを活用した密輸。賭博で緊張感を満喫しながら財産を増やすのも好き。当人は精神分析医としても優秀で、催眠術で人心を操り、自殺に追い込むことも可能。ブラジルの原始林の中に理想郷「マイトポマル王国」の建国を夢想し、資金はそのためにも貯められる。当人の性格は冷徹で酷薄なれどときに激情家。作中では美貌のヒロイン・トルド伯爵夫人に心を奪われるが、同時にそれが自分の弱点になると冷静に考え、排除を検討する描写もある。自らを「人狼」とも「魔王」とも呼ぶ自意識の高さ。 …日本の犯罪者キャラクターでいえば、①その変装の変幻ぶり②地に足がついた犯罪組織網の構築③内に秘めた残忍性を自らの殺戮行為で解消…など、小林信彦のオヨヨ大統領がもっとも近い。ラングの映画を経た影響が小林信彦にあったのか、たまたま悪役の造形がほぼ同じ着地点になったのかはよくわからないが。 それでかんじんのお話の方は90年以上前の旧作ながら、実にハイテンションな怪人対名探偵ものの秀作スリラー。 マブゼに挑むもうひとりの主人公ヴェンクの方も丁寧にキャラクターが描きこまれており、公的な捜査機関の十全な活用はもちろん、マブゼの犠牲者の遺族である資産家に応援を頼み、大枚の金を使って捕り物作戦を展開するあたり、彼のなりふりかまわぬ闘志を実感させる。ドイツ国内の刑務所に収監される全犯罪者をすべて解放してもあの宿敵ひとりを捕まえたい! と語るその内面描写も熱くていい。さらにそんなヴェンク自身が終盤で彼自身とマブゼとを相対化し、これは正義と悪の戦いではない、違う種類の人間と人間との能力の拮抗なのだという主旨の文句を語るのも、この作品の本質を端的に打ち出している。 そんな2人の主人公の起伏に富んだ戦いのシーソーゲームは最後の最後まで気が置けず、いやこれはなかなか楽しい一冊であった(クライマックスは小説独自のもので映像化はされなかったようだが、ここもまた非常に映画的)。 なお前述のとおり本書は1921年の刊行、第一次大戦後の時制の物語だが、その精神的な背景には国民みんな頑張ろう、的な教条的な意識も込められている。 その辺は、今後マブゼの組織が壊滅した際には多数の元犯罪者が生じるので、彼らの社会的更生を前向きに画策。そのために資産家の老富豪に財政的な支援を求め、相手の快諾と感嘆を得るヴェンクの言動などからもうかがえる。 そしてもちろんそれ自体は作中のヴェンクの非常に健やかな言葉であり思惟だったが、現実の次の世界大戦に至る歴史の中でドイツがどういう道を歩んだかを考えると、複雑な思いにも駆られてならない。 |