皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ クライム/倒叙 ] 完全主義者 |
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レイン・カウフマン | 出版月: 1959年01月 | 平均: 5.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1959年01月 |
No.1 | 5点 | 人並由真 | 2016/07/29 16:55 |
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(ネタバレなし)
ニューヨーク周辺の高級住宅地アルデン・パーク。43歳のマーチン・プライヤーは、仲間とブリッジに興じたり、知事だった祖父の評伝を綴ったりしながら、遊民的に日々を暮らす。そんな彼はおよそふた月前に、結婚6年目の倦怠期でしかも相当に固有の資産を持っていた妻グレースを交通事故死に見せかけて殺害した秘密があった。完全主義者を自認するマーチンは犯行を完璧に行い警察や周囲の眼も欺いた自信があったが、ある日、おまえの妻殺しを知っている、金を払えという匿名の脅迫状が届く。謎の脅迫者がパーク周辺に潜むと見当をつけたマーチンはその容疑者を友人知人の中から5人にまで絞るが、一方で彼はその対象者のひとり、美人の女流陶芸家サリイと惹かれ合っていく。 1955年のアメリカ作品で、翌56年度のMWA新人賞受賞作品。 この作品については、大昔(70年代)の「ミステリマガジン」の翻訳ミステリ月評ページで書評子(たしか瀬戸川氏)が<MWA賞受賞作イコール秀作とは限らない>という主旨の記述で例としてあげ、「あほらしいサスペンス」とか、けなしていたような記憶がある。ずっと長い間、その短評がなんとなく気になっていたが、家のなかでツンドクの本がたまたま見つかったのでこの機会に読んでみた。 でもって一読後の感想はそんなに悪くはなく、水準的な面白さのクライムサスペンス。主人公マーチンを初めとしてアルデン・パークに暮らす住人たちはそれぞれくっきりとキャラクターが描き分けられており、そんな個性の絡み合いのなかでマーチンの反撃が企てられていく筋立ては、物語のベクトルとして実に明快だ。 ただし問題はタイトルロールといえるマーチンの「完全主義者」ぶりが冒頭のグレースの殺害のとき以外ほとんど描かれていないことで、5人の脅迫者容疑者の中から真犯人を絞り込んでいく段取りもかなり思い込みがはげしい。まぁそんな一方でサリイにほれ込んでいきながら、同時になかなか彼女を容疑者の枠組みから外さないあたりは、マーチンのクレバーさを一応は最後まで保ったが。 ちなみに作り方によっては「脅迫者捜し」という一種のフーダニットにもなりえた内容だが、作者はその辺は興味なかったのか、謎解きを進めるための事前の手掛かりや伏線などはほとんど用意されていない。容疑者が除外される直前にその事由がいきなり語られ、読者はそれに付き合う。この流れの繰り返しだ。 話術が達者だから読み物としては楽しめるが、この設定からもしかすると…と、期待できるような広義のパズラーではなかったのがちょっと残念。 ある種の文芸性を感じさせる物語のクロージングは、なかなか良かったね(ちょっと唐突感もあるけれど)。 最後に、本書は1955年の原書刊行のようだが、邦訳のポケミスでは裏表紙と解説でこの作品が1954年のものという主旨で記述。それだけなら編集者の人間臭い勘違いといえるが、巻頭の「日本版飜訳権所有」ページでも1954年のコピーライトと誤記してある。こういうことってあるんだな~。 【2021年5月8日追記】 上記の瀬戸川氏? が悪評を書いたMWA新人賞受賞作品は本作ではなく、リチャード・マーティン・スターンの『恐怖への明るい道』だったような気もしてきた。このレベルのことは、ちゃんと確認してから書かなければいけない。カウフマンさん、ごめんなさい。 【2021年11月17日追記】 先日、同人出版で、1970年代当時の瀬戸川氏の時評&レビューほかが一冊にまとめられて、そのなかの一つ「ミステリ診察室」(これは未訳の海外の新刊紹介)の、当該の文章にウン十年ぶりに再会できた(蔵書のミステリマガジンの該当号は、ついに発掘していない)。 で、元の文章になんて書いてあったかというと、瀬戸川氏は『完全主義者』も『恐怖への明るい道』も、どちらともケナしていた、というオチだった(笑)。 前者(本作『完全主義者』)は「出来そこないのサスペンス小説」、後者『恐怖への』は「アホらしいメロドラマ」だそうである。うーん、なんか『恐怖への明るい道』が読みたくなってきた(笑)。 |