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[ ハードボイルド ] 憑かれた死 私立探偵スティーヴ・シルク |
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J・B・オサリヴァン | 出版月: 1957年01月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1957年01月 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2016/07/20 04:36 |
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(ネタバレなし)
その年の10月25日に自宅で射殺された「私」こと、地方紙の有名コラムニストであるピーター・パイパーは、その後も幽霊となって地上に留まっていた。ピーターは自分の魂が近く霊界に行くことになると予見しながら、自分を殺した殺人者が捕縛されるのを待つが、誰が実行犯かの確証はなく、一方で旧知のタルボット警部もまた真犯人を検挙していなかった。だがピーターの妻マリオンの愛人で、ラジオのDJフォウセットが最大の容疑者と目される流れになり、ピーターはその見解を納得する。一方、マリオンはフォウセットの無実を立証するため、亡き夫の友人でもあった私立探偵スティーヴ・シルクに調査を依頼。事件はまた思わぬ方向へ転がってゆく…。 1953年のアメリカ作品。世代人には有名な(いろんな意味で)ミステリガイド本=藤原宰太郎の「世界の名探偵50人」の本記事の最後の項目で(50番目の名探偵として)同じ年に原書が刊行されたガイ・カリンフォードの『死後』とともに<最も異色の名探偵キャラクター=幽霊探偵>として紹介された作品。あの本(「世界の~」)で初めて本書の存在を知ったミステリファンも、多かったことのではないか(もちろん筆者もそのひとり)。まぁ21世紀の昨今では国内新本格の諸作もふくめて幽霊探偵なんて趣向はそれほど新鮮でもなくなったが、50年代当時はそれなりに虚を突いた発想だったのは異論ないだろう(C・B・ギルフォードの短編とかもあったけれど)。 とはいえ巻末の都筑道夫の解説も参考にしながらここで説明すると、本書『憑かれた死』の本来の探偵役(レギュラー名探偵)は、殺害されて冒頭から幽霊となる文筆家ピーター・パイパーではなく、途中から登場する私立探偵スティーヴ・シルクの方であり、そしてこの本書こそシルクの長編デビュー作品だったという(商業作家としてはかなり若手のデビューだったらしいオサリヴァンは、ずいぶん以前からシルクを短編作品で活躍させていた。その後もシルクのシリーズは書き続けられた模様)。 しかしそんな大事な自分のレギュラー探偵の本格的な長編デビュー作なんだから、最初はもっと普通のミステリで勝負して、人気が定着したのちの何冊目かでこういう変化球の作品を放ればいいじゃないかとも思うが、その辺は書き手それぞれというヤツか(考えてみればいきなり「最後の事件」や「最大の事件」でデビューした、先駆の名探偵だっていたわけだが)。 というわけで物語は、そういった一種の複数主人公形式(ピーターが自在に空間を行き来しながら事件の流れを語り、かたやレギュラー探偵のシルクが現実世界で事件の調査を進める)で進行。さらには前述のタルボット警部や作品終盤に登場する辣腕弁護士ベネディクトも、それぞれの立場から事件の真相に迫っていく。 しかし込み入った展開自体はよいが、これじゃあまり幽霊探偵(幽霊主人公)の意味はない? 普通に三人称でもいいじゃん!? と思っていると、実はその辺もちゃんと作者の計算のなかにあったようで、最後まで読むとなかなか巧妙な形でこの設定は活かされる(ちょっとだけツッコミたい部分もあるが)。 異色の幽霊探偵(幽霊主人公)ミステリーとして、この形質に意味がある作りだったのは最後で実証されるわけだ。 ちなみに本書の邦訳(ポケミス版)の刊行から半世紀以上、21世紀の現在までシリーズの異色編であるこの作品しか日本に紹介されていない私立探偵スティーヴ・シルクだが、都筑は彼をハードボイルド派名探偵の一人と認定。 実際、現物を読んでみるとシルクのキャラクターは、かのマイケル・シェーンやポール・パイン、ジョニー・リデルあたりを連想させる、ほぼ正統派ハードボイルド系列の私立探偵である。本書のヒロイン格のマリオンやその妹ベティなどから思いを傾けられても絶妙な距離を保ち、終盤の事件の逆転劇にもきちんと貢献する。公的には私立探偵のライセンスを持ってない自由人ぶりも特色で、その割には遊民的な裕福さとは無縁で暮らしは質素。かつて女性関係で心に傷を負った過去もさりげなく語られる。幽霊となったピーターが覗き込んだ際、自宅在住のシルクが他人には見せられないわびしさに悶々とする図(ポケミス版の205ページ)なども妙に心に沁みる。もしかしたらオサリヴァンはずっと短編で活躍させてきた自分の大事な探偵キャラクターの意外な一面を長編デビュー編の中でそっと読者に語るため、もうひとりの主人公ピーターが幽霊でその私生活を、心象までを覗き込む、というアイデアを思いついた…ということはないだろうな…。たぶん。 そんなわけで未訳のシルクシリーズのなかで面白そうな正統派の私立探偵ハードボイルドミステリでもあれば、今からでももう何冊か紹介してほしい。 まぁあのケンドリックのダンカン・マクレーンだって再上陸した昨今だもんね、論創さんあたりに期待しておこう。 |