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クリスティ再読さん
平均点: 6.42点 書評数: 1248件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.30 5点 毒のたわむれ- ジョン・ディクスン・カー 2023/09/14 03:19
バンコラン物番外編みたいな本作だから、語り手のジェフ・マールくんは「バンコランがいてくれたら...」なんてよくボヤく。しかし、舞台は花の巴里じゃなくて、アメリカ・ニューイングランドのどこか(っぽい)。今更ながらカーはイギリス人じゃなくてアメリカ人だということを想起させる。
旧家の狭い家族関係の中で毒殺(未遂を含み)が連続することで、家族が疑心暗鬼に駆られて...という設定から、評者はクリスティの「ねじれた家」とか「無実はさいなむ」といった作品をどうしても連想してしまう。前半そんな陰鬱な雰囲気が素敵なんだよね。「毒殺」というのは、どこに何が入っているかわからない、という面で、実はかなり「怖い」ものなんだ。この「毒の怖さ」と家族の誰かが殺人者の「怖さ」が、結構よく出ていると思う。
けどまあ、後半は話が動かなくなって退屈する...と思ったら超展開みたいな事件も起きて??となるし、納得度の低い心理学的動機とか、無理して作った探偵像とか、後半になってまとまりを欠いてしまうのが大きな問題。クリスティのように「事件で解体する家族のドラマ」がしっかり描かれるというものでもないしなあ。
「残念な作品」でいいと思う。
(そういえば、「魔女の隠れ家」で、ロンドン警視庁の「ロシター総監」への言及がチラっと出る。カー的にはブリッジ的な作品なんだけど、前後に少しづつ重なり合っているわけだね)

No.29 6点 魔女の隠れ家- ジョン・ディクスン・カー 2023/09/11 15:49
バンコランものはもちろん豪華絢爛系怪奇スリラーだし、「プレーグコート」もゴチャゴチャしすぎだし、とカーって胃もたれしやすい作家...
でも、フェル博士第一作の本作はというと、ラブロマンスと怪奇、それに執事のバッジくんやらフェル夫妻が醸し出すユーモア感がバランスが取れていて、同時期の他作品と比べ圧倒的にリーダビリティがいい。いや、カーもそろそろ肩の力が抜けた来たんだな(苦笑)

で、事件も本筋は結構シンプル。トリックも王道。ちょっとした手違いがフーダニットに結びつくあたり、やはり本作がカーのターニングポイントになっているのは間違いのないところだろう。
難をいえば、事件が小ぶりで地味。被害者の描写が少ないから、被害者の性格が真相での「動き方」を説明をするに、やや説明不足になっているあたりかなあ。
本作で初めてカーもスタティックな「パズラー」というものをしっかりと意識するようになった、と見るのが穏当なあたりじゃないのかしら。本作を「第二のデビュー作」と捉えるべきだ。6点つけたけど、ご祝儀込み。

(いやフェル夫人、のちの作品でも言及はあるけど、本作はしっかりとキャラがある。意外にキャラ好きだから、本作だけで事実上退場しているのは何かもったいない)

No.28 6点 四つの兇器- ジョン・ディクスン・カー 2023/08/29 14:49
評者、探偵役としてバンコランって好きなタイプなんだよね。悪魔的なダークヒーローっていいじゃない?さらにベルエポックのパリで、キャバレーやら秘密クラブやら「頽廃の巴里」といった舞台を、怪奇色豊かに描いたのが、初期の4作になるわけだ。これを「本格ミステリとしてはいかがなものか?」と評するのは、いささか方向違いのようにも感じていた。「妖女の隠れ家」でカーはパズラーに方向転換したんだよ。

とはいえ「バンコラン最後の事件」である本作は、そういう初期の「頽廃的な怪奇ミステリ」のカラーがあまり再現できてなくって、チェスタートンの「三つの凶器」に張り合う「多すぎる凶器の謎」を巡る話になる。元ネタがうまく逆説を絡めてキレイに「多すぎる凶器の謎」を説明したのに対して、カーらしいというのか「ごちゃごちゃと偶然と計算違いが重なった真相」になってしまう。うん、まあこれがカーと言えばカーなんだけども(苦笑)

引退したバンコランも「かかし」と呼ばれるくらいに颯爽としたところがない...けども、中盤で3章使って中間決算みたいに状況を整理するあたりは、カーらしさはある。まあ、バンコランだとそもそもこういう「中間説明」が駆け引きだったりするから、真に受けちゃいけないんだけどもね。で、終盤は秘密カジノでの大勝負の話になって、これはこれで面白い。この話のフリ具合って、後期の歴史ミステリの味わいに近いようにも感じる。

うん、バンコランものってファンタジー増しマシな時代劇なんだよ。

No.27 4点 震えない男- ジョン・ディクスン・カー 2023/06/27 23:58
創元の新訳で。
出だしとか意外に雰囲気がいいんだけども、幽霊屋敷に訪問してからは話が終始グダグタ。なんか間伸びしている。トリックはねえ、どうこう論評するようなものじゃないように思う。お約束みたいなものとして笑って済ますべきだろう。で、問題は終盤の真犯人をめぐるプロットの綾なんだけども...

17章で物理トリックが解明、19章末尾でドンデン、20章でさらに...で終わり。
本当に最後の最後で波乱があるんだが、いやこういう仕掛けをするんなら、もっと書きようがあるだろう?というのが正直な感想。ネタとしては「ミステリの宿題」みたいなものなんだから、大いにやるべきネタだと思っている。
しかし、カーは何でこんなもったいない使い方をするんだろうね。定型的なミステリの書き方この時期妙にこだわりすぎて、つまらなくなっているとしか思いようがない。

最後の真犯人の件、タイミングが難しいから無理筋だと思う...そういうあたりの粗さが、思いつきっぽく感じられるのが敗因じゃない?

No.26 5点 疑惑の影- ジョン・ディクスン・カー 2023/05/22 17:05
フェル博士登場作なのに主人公は熱血弁護士バトラー。
どうも皆さんこの設定に面食らわられているのかな。いやこれカーの「プレ歴史ミステリ」ではなかろうか。バトラーのキャラ設定には「ニューゲイトの花嫁」のダーヴェントや「火よ燃えろ!」のチェビアト警視の面影があり、確かに「歴史ミステリのカー」好みの主人公だ。
そしてやや時代がかった黒ミサの話とか書いていて、「時代設定を一世紀ほど遡らせた方が絶対面白いじゃん!」とカーが思わなかったわけがない。だから翌年には「ニューゲイトの花嫁」を書くわけだ。

ただし、全体の構成がうまくいってない感がある。いやミステリ的な骨格は大変面白いんだけど、「作者が読者に対してメタに仕掛けたもの」という感覚のものなので、ミステリ的な見地でのデテールの無理があると興ざめる。
その他、面白い場面を描こうとするために、やや状況に無理を感じるとか、「もっと丁寧に書けばいいのに...」と残念なところが多い。オカルトの扱いも中途半端にしか感じない。

移行期の失敗作だと思う。

No.25 6点 不可能犯罪捜査課- ジョン・ディクスン・カー 2023/01/18 10:43
昔から思ってたことだけど、カーって因縁話を語らせると筆が乗るんだね。

前半のマーチ大佐探偵役の6編は、悪い意味で「推理クイズ」風。評者はフィージビリティがすべて、とか全然思わないのだけども、不可能犯罪を解明するクイズ、というとやはりそもそもHOWの真相が「無理筋」になりやすい。そうすると短い枚数だと説得力がでなくて、どうも「魔法」がかからない。

いやだからこそ、後半のレトロな因縁話の方がのびのびと書いている印象になるんだな。「目に見えぬ凶器」なんて確かにネタは推理クイズなんだけども、王政復古期の時代がかった描写と因縁話がトリックを自然にみせる効果をあげている。この本は1940年の出版だけども、戦後の歴史ミステリ路線を予告したようなにも感じられた面白い。「もう一人の絞刑吏」も奇譚として面白いな...あれ、この2作って世界大ロマン全集の「髑髏城」に収録された作品だ。訳者は宇野利泰で同じだからね。本格系作家で大ロマン全集収録がカーのみ、というのに何か納得する。

(それでも真珠密輸に関する小ネタはユーモラスで面白い。いいなあ)

No.24 6点 ハイチムニー荘の醜聞- ジョン・ディクスン・カー 2022/12/09 22:41
時は1865年。ヴィクトリア朝も中期になろうかという頃。すでに王配アルバートは死去し女王は長々とした服喪中。ディズレーリはまだ首相になっていない。ディケンズが大作家として君臨していた時代である。コリンズは「白衣の女」は発表済みだが、「月長石」は3年後....

というわけで、それまでの「喉切り隊長」や「ニューゲイトの花嫁」「火よ燃えろ!」よりも少し下った時代が舞台。歴史ミステリでは前作に当たる「火よ燃えろ!」でスコットランドヤードが設立された時代を扱ったわけだが、「火よ燃えろ!」に登場する2人の警視総監のうちメイン氏はまだ在任中。というわけでその続編みたいに読んでもいいのかな。
この1865年というのは、この事件で参照される「コンスタンス・ケント事件」の真犯人が自白した年。カーはこの現実の事件をなぞるかのように本書の事件を設定している。そして「コンスタンス・ケント事件」で真犯人を指摘しながらも、「冤罪!」という声に抗しきれずに辞任したウィッチャー元警部が本作の事件に当たる。

たとえば「月長石」のジェントリー一家から見れば、名探偵カフ部長刑事だって「雇人」扱いだったりするわけで、紳士と庶民の間の階級差というのはかなり大きい時代でもある。本作でもウィッチャー元警部は主人公の紳士クライブにすごく気を使っている。実際、犯人に対する罠がややこしく縺れるのは、紳士であるクライブにウィッチャー警部が真相を率直に打ち明けたら、いろいろ面倒、と懸念したせいじゃないだろうか? クライブとケートの間の恋愛に、事件に絡んでクライブがいろいろ妄想するから話が縺れている...
まあ、本作は活発なヒロインのケート、その姉でエキセントリックなシーリア、快活な継母のジョルジュエット、堅苦しいペネロープ、とカーにしては女性の書き分けが成功している作品だったりする。オマケみたいにだがチェリーというなかなか怪しいお姉さんも登場するしねえ。その代りに主人公のクライブの短慮が過ぎるのが、シラケやすい部分でもある。小説としては一長一短、かな。

ミステリとしては、登場人物の間では率直な意見が交換されて手がかりがでているのを、わざとカーが端折って伝えなかったりするのに、アンフェア感がある。とはいえ、伏線回収はしっかりしているし、トリックの現実性が強いのがいいあたり。不可能犯罪じゃなくても、いいじゃない?

いやカーって、歴史ミステリの方がずっとリーダビリティがいいのは、何でかしら? リーダビリティの高さに好感してギリギリ6点。

No.23 7点 火よ燃えろ!- ジョン・ディクスン・カー 2022/11/25 22:13
さてこれはカー時代ミステリの佳作という評判があるのでどうかしら?

シンプルな話である。殺人事件は1件だけ。それでも事実上の決闘が2回、大捕物もあって、前半ややもたつく印象があるけども、後半に向けてドライブがかかってくる作品。「ニューゲイトの花嫁」が前半が面白いのとちょうど逆。

ミステリとしてのトリックは、タイムスリップ物でないと成立しない話、かもね。やや小粒感はある。恋愛描写はヒロインのフローラが、時代柄仕方ないとはいえワガママに男を振り回すタイプなので、あまりノレない。
一番の面白味は、出来立てホヤホヤのスコットランドヤードに主人公が志願する話、というあたり。「民主警察のお手本」みたいなスコットランドヤードでも、出来たときにはまったく信用がない組織。それまでのボウ・ストリート・ランナーズのような「お金を貰って捜査する」私立探偵というか岡っ引き風の組織に代わって、軍隊風の規律を持った警官隊として組織されたという背景がしっかり描かれる。

そこに現代のスコットランドヤードのCIDの警視の主人公がタイムスリップ。同じ立場で出来立てのスコットランドヤードに奉職する。「紳士は働かないもの」だから、主人公の現代風の職務に対する忠誠心を、愛人のフローラは意外に感じたりする。で主人公のチェビアト警視、実力で部下の警官隊を掌握し、現代の科学捜査をいろいろ工夫して実現しようと奮闘するし、この出来立てのスコットランドヤードの活躍を社会にアピール。こうやって近代警察に対する市民の信頼が築かれていった...という話。

ジャンルが「警察小説」でもいいくらい。タイトルの「火よ、燃えろ!」がマクベスで意味深なのに、あまり機能しない。これは残念かな。

No.22 5点 ニューゲイトの花嫁- ジョン・ディクスン・カー 2022/11/23 08:30
カーの歴史モノって評者「喉切り隊長」と「ビロードの悪魔」しか読んでいなかった...なので全体像は全然わかってない。ちょっとまとめてやろうかと思う。これが後期歴史モノシリーズの最初の作品になる。

時代はいわゆる「摂政時代」。ナポレオン没落あたりの時期で、本作にもワーテルローの勝利が背景になっている。国王ジョージ3世の発狂から遊び人の皇太子が摂政を務めた(のちに即位、ジョージ4世)ことから「摂政時代」と呼びならわされる時代。摂政皇太子(作中でも「プリニー」って愛称?で呼ばれている)の派手好きからイギリス上流階級の花が開いたのだが、風俗もまた乱れた時代でもある。「紅はこべ」の舞台もほぼ同時期。
面白いことには同時代の日本も家斉の「大御所時代」でいわゆる化政文化が花開いた時代でもある。この時期の風俗が時代劇のデフォルトになっていることもあるから、本作なんて「カー流、時代劇」のまさにど真ん中、と見たらいいんじゃないかな。

カーの歴史ミステリ、というと考証は正確、ミステリ的な謎や仕掛けもある肩の凝らない活劇調、というもので、そのスタイルは第1作の本作でも確立されている。
無実の罪による絞首刑寸前を助かった主人公ディックが、冤罪のリベンジのために犯人を追及する大筋。この主人公、獄中で「祖父の遺産を相続するために何としても結婚しなければならない(でも夫は不要!)」なクール美女キャロラインと結婚するなんて導入。このキャロラインがツンデレでねえ。身分違いでディックをナメてかかるんだけども大逆転。それでもキャロラインが正ヒロイン。

「わたし、ぜったいばらさない。だから、一緒に食事をして」
「わかるけど、毒物に対する知識がなさすぎるんだよ。それに明日の朝は三時に起きて(決闘の)準備をしなくちゃならん。おやすみ」

とハードボイルドみたいな味が出るところがある。これが面白い。

前半、モンテクリスト伯か!というくらいに面白い。でもね、ヒロインはすぐデレるは、敵方?みたいに主人公と決闘する紳士たちにも、何か受け入れられちゃうわ...と話のテンションが下がってくるんだね。ミステリ的な謎も小粒。

トータルでは失敗作の評価。イイ線いっていたのにね。

No.21 7点 囁く影- ジョン・ディクスン・カー 2022/11/21 12:25
カーでもホラー要素は吸血鬼ネタ。中期にしてはドタバタ要素を排し、ロマンチックな女性像が印象的な作品。トリックよりもそっちの方に魅かれる。

ある意味、人間関係に「謎」を巧妙に隠すクリスティっぽい作品だと思う。中期のカーって「皇帝のかぎ煙草入れ」みたいなクリスティ趣味の作品もあることだし、そう見るのも不自然じゃないように感じるよ。まあだからカーのもう一つの軸の不可能興味が大したことないのを咎めるのは、トリック至上主義というものじゃないかな。

現代の事件が起きるまでの動きが少なくて、ややジレるところもあるけど、ロンドンへ向かう追っかけなど、「動」の要素が出てきてからは本当に一気に読ませる。ヒロインが問題を隠しすぎ、というのはあるんだけども、人の出し入れで「すれ違い」な作劇がそれを目立たせない。これはカーが読者に積極的に仕掛けていることでもあるから、「消極的なミスディレクション」とでも言ったらいいのかしら?

まあでも、ヒロインのキャラクター性が何よりの成功材料。カーのロマンスの数少ない成功例(残念なことに...)。こういうやや時代がかったヒロインへの、カーの憧れが反映しているのかな。だからか、狂言回しの歴史学者の「個人的」な決着の付けかたも何かイイ。評者好感の作品でした。

No.20 7点 連続殺人事件- ジョン・ディクスン・カー 2022/02/24 23:25
「連続自殺事件」の新訳ゲット。誰もがツッコむ訳題がオカシい件がこれで解消し、めでたい。
昔読んだ旧訳はもちょっとおどろおどろしい印象があったけども、今風に読みやすい訳文で読むと、軽妙なコメディ路線といった方がいいんじゃないかなあ。ファースじゃないよ、弾十六さんがビリー・ワイルダーを引き合いに出されているけども、そんなスクリューボール・コメディだよね。だからなかなかゴキゲンなもの。自家製のスコッチウィスキーで酔っぱらってバカする話。女性の強さの前に、オトコが情けない(笑)

(ややバレるかな?)
ミステリとしては、やはり「密室って何のために作るのか?」というあたりをカーが自覚して書いた、というのがポイントじゃないのかな。密室状況で自殺に見えるのならば自殺なんだろう...が世の中のジョーシキ。でもこれがミステリだとその成立上、意図的に無視されることだったりする。
だったら、ミステリがそれを逆手に取る発想をすれば、微妙な状況下なら、自殺と他殺の解釈の出し入れで読者を幻惑できることになる。
それだから本作、リアルとフィクションの狭間でうまいあたりを突いている作品なんだと思う。密室の実現手段は単なるオマケ。ちょっとだけある「怪奇」も小技程度。そういう風にカー本人が「割り切って」書いた作品のように思われる。ちなみにアシモフの指摘の件は新訳では訳注で反映している。気にしなくても成立する話だとは思う。

あと、弾十六さんじゃないけども、トリビアで面白い個所があった。

行儀を知っていると見せつけるような、貴婦人めいたおしとやかな手つきで、エルスパットは注意深く受け皿に紅茶を注いで飲んだ。(新訳p112)

...誤訳じゃないですよ。紅茶はカップに口をつけて飲むのではなくて、受け皿に注いで、受け皿から飲むもの。小野二郎の「紅茶を受皿で」という感動的なエッセイがあるけども、この古臭いマナーをカーの小説の中で発見。スコットランドの田舎の老刀自だから、時代遅れなマナーもキャラ描写になっているわけである。

No.19 7点 蠟人形館の殺人- ジョン・ディクスン・カー 2022/01/15 10:42
いや「面白いスリラー」を読んだ、という感想。バンコランといえば頽廃感、なんだから、蝋人形館に秘密乱交クラブに加え「狂乱の20年代」のパリのナイトクラブ全盛期。イケナイ夜遊びのワクワク感がある作品なのが重畳。
作品中にもムーラン・ルージュでショーを見るとか、ミスタンゲットも名前だけだけど出るし、パリ遊学のカー本人も随分遊んだことだろうね(苦笑)。だからナイトクラブが得意な、たとえばチャンドラーとの同時代性みたいなものも、結構感じるんだよ。要するにジョセフィン・ベーカーとかモーリス・シュヴァリエとか活躍した時代だし、シャンソンだって花盛り。この華やかさがバンコラン物の一番のお愉しみ、と評者は感じている。

でまあ、ミステリとしては状況の解明が推理じゃなくて、当事者の告白で明らかになりすぎるとか、真犯人がやや隠しすぎてて意外だけど面白味は感じない....それよりも蝋人形館オーナーの娘マリーがなかなか楽しいキャラで、いいな~~でも「このおいぼれ父さんを頼りにしておくれよ」とトンチンカンな父親の愛情が、沁みるぜ。

まあバンコラン、策略が過ぎる方でもあるから、真犯人の指摘でも評者実は「それ自体バンコランの罠なのでは?」なんて深読みしすぎたのは(苦笑)。でも皆さん違和感を感じる運命のカードの件は、あれ「自殺クラブ」へのオマージュじゃないかしら。

頽廃的なバンコラン大好きな評者は少数派だけど、うん、構わないさ。

No.18 4点 盲目の理髪師- ジョン・ディクスン・カー 2022/01/12 08:33
時代柄から言えば、マルクス兄弟風の陽気なドタバタを狙ったんだろうけどもね...カーのユーモアって今一つ洒落たところがなくて、どうも泥臭い。

汚らわしい酔っ払いのけだもの!

ってことか。風刺性がないからね。フェル博士の安楽椅子っぷりは悪かないんだが、でも推理自体にあまり面白味がないのが難。結局海に放り込まれたのはどっちなんだっけ?

船長の部屋で殺虫剤が...のギャグが、臭いかなんかで手がかりになるのかな~なんて予想したんだけども、これは外れ。殺虫剤セールスマンは、ギャグというよりもイヤな奴度が高すぎて笑えない。
陽気なお笑いのためにはちょっとした「人の良さ」みたいなものが必要なんだけど、カーはあまり「人が良くない」のかな。

1934年のカーは「黒死荘」「白い僧院」「剣の八」に本作とロジャー・フェアベーン名義での歴史小説と5作出版した超絶の忙しい年。カーター・ディクスン側で忙しすぎた反動なのかしら。1930年代のカーは両名義で年4作の新作を書いている。凄いっていえば凄いけど、濫作ってものだろう。

No.17 6点 死者はよみがえる- ジョン・ディクスン・カー 2021/03/28 11:08
アンフェアと言えばその通り。犯人分かるわけないじゃんと言えばその通り。けどね、本作はミスディレクションの妙味みたいなものが、強く感じられる作品だから、いろいろ目をつぶって、こういう評価にした。まあ、相当に無理のある真相なんだけど、ミスディレクションという面では、なかなか放胆なアイデアがあって、何か「憎めない」。
で、本作怪奇趣味も薄くて、「上機嫌なカー」といった雰囲気が何か妙に素敵。今回読んだのは昔からの旧訳なんだけど、新訳が出てるね。たぶん新訳で読んだら印象が随分違うのでは...なんて感じる。まあでも創元の邦題は意図しない妙な怪奇色がついちゃうので、「死人を起こす(ような大きな音)」とか、そういう原題のニュアンスと逆方向だから、考慮した方が良かったのかな。
あと本作17章の「なぜに」講義は、「三つの棺」の「密室講義」、「緑のカプセル」の「毒殺講義」と併せて、フェル博士三大講義、なのかも(苦笑)。いや意外にミステリの本質、突いてると思う。

No.16 8点 緑のカプセルの謎- ジョン・ディクスン・カー 2020/04/11 22:19
「目の前に起きた事実を、正確に証言できるやつはひとりだっておらぬ」というテーゼのもとに、罠だらけの実験をする...という趣向にカーらしい手品趣味が横溢していてこれが本作の最大の魅力。その実験がすべてムーヴィーカメラで撮影されていて、クライマックスではそれを殺人現場で上映して犯人を指摘する...なんだから、まあこれくらい「映像的な」ミステリもないものだ。ぜひぜひ映像で見てみたい。透明人間みたいな仮装をした殺人者が、3人の観客の面前で実験の主催者に公然と毒を飲ませた殺害する、まさにその映像が、ありあわせの揺れる白い布に投影されて、ドイツ表現主義映画さながらの効果をあげたに違いない...と思うんだよ。
それに比べると、やや謎の構成に不自然なあたりもないわけじゃない。それでも実験に仕掛けられた謎がきわめて魅力的なために、そこらの瑕瑾が気にならない。まあこの映像性に比べたら、毒殺講義なんてどうでもいいくらい。「三つの棺」の密室講義は密室の「改め」みたいな側面があったから、これはこれで必要要素だと思うけど、本書の毒殺講義はただのペダントリの部類。
何といっても、本作は「魅力的な謎」でうまくカーが押し切れた成功作だと思う。心理の間隙を突く手品の原理をうまく使い切ったトリックなので、ミステリ固有の味わいもよく効いているうえに、映像の使い方にやはり憧れるし...名作じゃないかな。

No.15 6点 帽子収集狂事件- ジョン・ディクスン・カー 2019/10/12 20:18
乱歩が褒めた有名作。都筑道夫流でいえばモダン・ディティクティブで評者的には印象がいい作品である。とはいえ、道具立てが、1)陰気な伝説満載のロンドン塔、2)ポー未発表原稿で第4のデュパン物?3)アリスのマッド・ハッタ―で、そりゃ「カー好きそうだね」はわかるんだが、それぞれの関連性が薄いのが難点、というものでしょう。どれも面白いネタなんだから、もっと掘り下げればいいのに。小説としては欲張りすぎて散漫になっていると思う。
というかね、ロンドン塔だけでもちゃんとやれば、異議のない代表作だったかもしれないよ。本作のミステリとしての一番の難点は、地理的関係が日本人にゃよくわからない、ということだからね。それぞれの塔や門の由来を丁寧にやるだけで、雰囲気も盛り上がれば位置関係もよくわかって、うまくトリックを埋め込めれたかも。というわけで、評者は「なんとなく惜しい感の強い作品」というのが結論。
(そういや本作、朝にロンドン到着したランポール君がフェル博士らと一杯やって死体を検分して、その深夜に事件が解決してる、という詰め込み過ぎの時系列なんだよね...いっくらなんでも一日の出来ごとにしちゃ、多すぎないかな。さて、手持ちのカーも尽きた...どっかで補充しないと)

No.14 4点 剣の八- ジョン・ディクスン・カー 2019/06/06 08:31
さて評判の良くない作品である...実際読んでみると何か「ゆるい」ままズルズル続いて山がかからずに終わる作品だと思う。作品で何を面白いと読むのか、ポイントがはっきりしないんだよね。
一番面白い部分が、訪問者の正体に関する推理なんだけど、これが速攻で前半に推理されちゃうという構成のまずさはどうしたものだろう?最後の真犯人絞り込みの推理が内容的にこれに負けているんだよね。小説としても終始グダグダで読みどころがない。登場人物の一人が探偵作家(政界の事件専門の探偵らしい)でメタっぽいことを少しクスグるから、そっちを活かしたお笑いにするとか、手はあるんだろうけどねえ。
考えてみると、カーって結構な濫作家なんだよね。2つのペンネームを使って、1933年から41年まで、最低年3冊、標準年4冊新作書き下ろしを出しているわけだ。特に本作の1934年は「黒死荘」「白い僧院」本作「盲目の理髪師」それにロジャー・フェアベーン名義の歴史ミステリ「Devil Kinsmere」と5冊出している忙しい年である。カーター・ディクスンの当り年のワリを食ったようなものだろうか。

(よく考えたら名作「〇〇の〇」の元ネタだね。訪問者の正体とか、プチ銃撃戦のW構成とか)

No.13 6点 アラビアンナイトの殺人- ジョン・ディクスン・カー 2019/05/26 13:12
さてカーの(狭義の)ミステリでは最長編?な本作、「冗長」とみる方が多いのはまあ、否定しようがないのだけども、それでもね、志だけは結構高いように思うよ。本家の「アラビアン・ナイト」に触発されて、スティーヴンスンが「新アラビアン・ナイト」を書いて、カーは結構これに影響されている(たとえば「赤後家」の冒頭)のは言うまでもないことなんだけど、本作はその一番特徴的な、「複数の語り手が事件を別な角度から叙述する」というアイデアの中に、ミステリとしての謎と手がかりを込めようとしているわけだ。語り手は正直だが、それぞれ事件の一部しか見ていなくて、重ね合わせても全体像をカバーしきれない死角みたいなものが生じて....をうまく書けたら、本当に凄い傑作だったのかもしれない。「間主観性のミステリ」なんてね。
わけの分からない状況が、だんだんと整理されてきて、薄皮が剥がれていくように状況が明らかになっていく...これするには「長さ」は必要だし、うまくファースを織り込んでそれなりに頑張ってるとは思うんだよ。ただ、盲点になるものがあまり魅力的でないし、導き出される真相にも意外性がない。残念でした。
ただこの構想を批判するとなると、本作の作中タイムスパンが短すぎるのが、足を引っ張ってる、という見方ができるのかもしれない。これを時間をおいて...とうまくやったら、あれそれって「五匹の子豚」かな。

(長さなら「ビロードの悪魔」が勝ってるようだ...あっちは実に面白いが、冒険小説味が強いからねえ)

No.12 9点 火刑法廷- ジョン・ディクスン・カー 2019/04/25 20:13
本作早川ミステリ文庫発刊時の目玉の一つだったね。懐かしい、というか今回読んだのもその時に中坊の評者が小遣いで買ったものだよ。あくまで旧訳(苦笑)。そりゃあねえ、伝説の作品だもの、古本屋でポケミスがウン万円してたとか、盛り上がろうものだよ。
逆に言えばね、今回読み返して、そういう「有名さ」が本作はちょっと仇になってるかな?という気がしなくもない。「密室パズラーが解かれたあとに、驚きの仕掛けが?」という風な予断が、ある意味本作の面白さを損ねているようにも感じるのだよ。本作では不可能興味が2つあるけども、本当は両者とも正確な意味での「密室」ではないし、パズラーとして見た時には小説としての構成がいかにもいびつなんだよね。驚くべきことは、エピローグを別にして本作の日時経過は、金曜日の夕方に始まって、日曜日の午後にカタがつく超短期戦である。その間を視点人物のスティーブンスは連続して起きる怪異に追われ続ける。なので tider-tiger さんがおっしゃっているように、本作は実質上ホラー・サスペンスの形式だと読んだほうがいいのだろう。
「ミステリが最後に反転して」とか「ミステリともホラーともとれるリドル・ストーリー」とか本作はよく呼ばれるのだけども、これは作品内容というよりも「作品解釈・作品受容」が入った呼び方だろう。だから読み方の軸を少し動かして、ホラー・サスペンスの中で、一見合理的な解釈がある作品、と反転して読むのはどうなんだろうか?
そう読んでみた時に「解明がショボい」と評される低評価の皆さんの評価も反転するのではないのだろうか。ゴーダン・クロスの推理はあくまでも間に合わせの煙幕・目眩ましのヘリクツで、ヘリクツがそれなりに辻褄が合って強引にでも納得されてしまうこと自体が、「ミステリの真相」というもののパロディであり批判である....なんてね、アンチ・ミステリな「読み」が成立するようにも評者は思うのだよ。
ミステリが真相の解明で終わるのは、ミステリという小説ジャンルの「真相の解明で終わる」お約束に過ぎない。そのタガを外してしまえば、理性によって発見されるべき「真相」の正当性は、ただそれが「ミステリという小説だから」保証されているだけのことなのかもしれないや。これちょっと「虚無への供物」が入った評価もしれないけどね。
(超短期戦は「三つの棺」とも共通する要素でね...カーの狙いは一瞬だけ成立するような大仕掛けなイリュージョンにあるのだから、フィージビリティとか言っても仕方がないんだと思うよ)

No.11 5点 テニスコートの謎- ジョン・ディクスン・カー 2019/04/11 07:29
原題だと「The Problem of...」で揃えた同年の作品だから、「緑のカプセル」とペアにする意図があったんだろうか。怪奇味を抑えた「純パズラー」みたいな志向の共通性を感じるが、細かい趣向を凝らした名作「緑のカプセル」と比較するとこっちはヤッツケみたいに見えるのが難点だな。
とはいえ、中盤のヒュー&ブレンダが証拠偽装を図って、他人の介入で偶然うまくいったけど、ハドリー警視にお見通し、というあたりはちょっとしたサスペンスでうまく書けるような雰囲気がなくもない。キャラがありきたりでなくて、ブレンダとか「現代っ娘」に造形できてたらアリだったのかも...とは思うんだよ。ここらはカーの弱点だな。
で問題の「足跡のない殺人」トリックは、「これ長編でやるの?」というようなネタ。二番目の殺人の不可能興味なんて強いていえばくらいのものだし、ハウダニットとしてはがっかりするような腰砕け。犯人が意外、との声があるけども、本作の設定の特殊性からは十分読める範囲じゃないかな。そういえば本作のネタは横溝正史の例の作品と共通するね。正史が研究してても不思議じゃなくて、あっちは1/3のネタだから弱さを補う上等のアレンジ。
(けどさ、中盤で否定される「逆立ちして...」はある意味ナイス。絵を想像して笑える)

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.42点   採点数: 1248件
採点の多い作家(TOP10)
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