皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1325件 |
No.1165 | 6点 | 四つの兇器- ジョン・ディクスン・カー | 2023/08/29 14:49 |
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評者、探偵役としてバンコランって好きなタイプなんだよね。悪魔的なダークヒーローっていいじゃない?さらにベルエポックのパリで、キャバレーやら秘密クラブやら「頽廃の巴里」といった舞台を、怪奇色豊かに描いたのが、初期の4作になるわけだ。これを「本格ミステリとしてはいかがなものか?」と評するのは、いささか方向違いのようにも感じていた。「妖女の隠れ家」でカーはパズラーに方向転換したんだよ。
とはいえ「バンコラン最後の事件」である本作は、そういう初期の「頽廃的な怪奇ミステリ」のカラーがあまり再現できてなくって、チェスタートンの「三つの凶器」に張り合う「多すぎる凶器の謎」を巡る話になる。元ネタがうまく逆説を絡めてキレイに「多すぎる凶器の謎」を説明したのに対して、カーらしいというのか「ごちゃごちゃと偶然と計算違いが重なった真相」になってしまう。うん、まあこれがカーと言えばカーなんだけども(苦笑) 引退したバンコランも「かかし」と呼ばれるくらいに颯爽としたところがない...けども、中盤で3章使って中間決算みたいに状況を整理するあたりは、カーらしさはある。まあ、バンコランだとそもそもこういう「中間説明」が駆け引きだったりするから、真に受けちゃいけないんだけどもね。で、終盤は秘密カジノでの大勝負の話になって、これはこれで面白い。この話のフリ具合って、後期の歴史ミステリの味わいに近いようにも感じる。 うん、バンコランものってファンタジー増しマシな時代劇なんだよ。 |
No.1164 | 6点 | メグレとリラの女- ジョルジュ・シムノン | 2023/08/22 09:35 |
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メグレ、ヴィシー温泉に湯治に行く。
ヨーロッパだとお風呂に入るわけじゃなっくて「飲む」のが温泉利用の中心のようだ。タルコフスキーの「ノスタルジア」が温泉地が舞台で、屋外プールみたいなのに水着で入っていたけど、日本の温泉とは大きく違うのが面白い。 過労と歳で何となく体調が悪いメグレのために、医者は2種類の源泉を毎日飲むように処方される。こんな利用法らしい。もちろんメグレ夫人と...でもメグレだから事件も追っかけてくる。 湯治場で出会う、特徴的なファッションにより「リラの女」とメグレが秘かに読んでいた中年女性が自分が経営する下宿で絞殺された!ヴィシーを管轄するルクール警視はメグレの旧部下。殺された女性の不思議な佇まいに関心があったメグレは、ルクールに乞われて事件に関わる...この殺された女性の過去とは一体? こんな話。だから湯治と捜査が並行するようなもので、普段以上にメグレ夫人の出番も多い。旅先のクセに、ほのぼのアットホームな雰囲気が漂う。メグレはアウェイな事件は多いけど、温泉町でも皆メグレを知っていて、リスペクトされているのが、さらに「ゆるめ」の雰囲気を醸し出している。 ミステリとしては..うん、とっても気の毒な犯人。それなりにミスディレクション風の仕掛けもあるんだが、その仕掛けと被害者の「自立した女性像」とミスマッチしている感が強くて、何かね~という印象もある。 まあだけどさ、こういうのはシリーズものでしかできない世界でもあるよ。メグレというシリーズを続けてきたご褒美みたいな作品と思うのがいいんじゃないかな。 (tider-tiger さんもご指摘だけど、訳者伊東守男氏による解説がなかなかヒドい。いやさあ、こういうシリーズものによって、読者とキャラとの間の継続的で親密な関係性を築いてきたことで、はじめて立ち現れる「空気感」というというか、個人を越えた集合的な「世界」もあるとと思う。単発の「作品主義」も、読者と作者が一対一で対峙する「作家主義」も文芸創作のすべてではないし、ジャンル小説としてのジャンルと作者の相克など、エンタメが持つ「文芸論的な論点」というのも非常に興味深いものだと評者は思っているよ) |
No.1163 | 7点 | 十二人の評決- レイモンド・ポストゲート | 2023/08/20 00:38 |
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このポケミス、本当に例外的な本だったりする。
同じ作品なのに、二重に番号が振られたんだよね。たしかにハヤカワ、改訳はするんだけど、ポケミス→文庫で改訳されることが多いから、ポケミスに二重に番号が振られることはない。昔ポケミスの上で改訳したケースが「幻の女」「ユダの窓」「時の娘」「災厄の町」などあるけど、番号同じで改訳されている。本作はNo.179(黒沼健訳 1954)→No.1684(宇野輝雄訳 1999)と番号を変えて改訳された珍しい例になる。 そんなこともあって、旧訳の江戸川乱歩の解説も同時収録。実はこの乱歩の解説を読むと??となる部分もあるのだ。いや、本作、いかにも乱歩が好きそうな作品でもある。第二部「事件」の、少年と伯母の確執を「奇妙な味」と捉えているのもそうだし、第一部「陪審」では、かつて完全犯罪を達成した女性がこの裁判の陪審に選ばれる趣向がトップで語られて、こんな皮肉な話も乱歩は好きそうだ。 しかし乱歩は本作を「英新本格派」と捉えている。実際には合理的な推理で解決される作品でも何でもない本作、である。本作はかなりエキセントリックなキャラの相克や確執を辛辣に描いたあたりに面白味があるんだが、別に意外な真相でも何でもなければ、最後に告白で真相が語られるだけ。おおよそ「本格」という概念からは外れた作品だとするのが適切だろう。 まあ確かにイネスやらアリンガムやらクリスピンやら、どこまで「本格」と呼んでいいのか?と思う部分もある。しっかり割り切れるスタティックな「パズラー」というよりも、ダイナミックに話が転がっていくあたりに評者は特徴と魅力を感じるんだがなあ...そう考えてみると、乱歩ですら「本格」概念をかなり恣意的に使っているようにも思われる。実際にはイギリスではアメリカで発祥した「パズラー」はあまりしっかりと定着せず、イギリス固有の「スリラー」と習合して独特の「渋み」のあるこういった作品が書かれて行った、と概観する方が評者は納得できる。 (あと言うと、旧訳の訳者の黒沼健氏って、初期のポケミスだと乱歩肝煎りの大名作の訳者として活躍したのだけど、すべて早いうちに改訳になっている。いや読んだ限りたとえば西田政治や村崎敏郎みたいに悪評が高い訳者、という印象はないんだがなあ...それでも協会では理事していたり、1985年没で長生きした方でもある。何か大人な事情があるのでは?とも思われるのだが、どなたかご存知の方がいらっしゃらないかしら) 後記:弾十六さまよりご示唆を頂きました。掲示板 No.35098「黒沼健さんの謎について」をご参照ください。ありがとうございました。 |
No.1162 | 6点 | 死が二人を- エド・マクベイン | 2023/08/16 20:46 |
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今日はキャレラの妹アンジェラの結婚式!その朝キャレラは花婿のトミイからの電話にたたき起こされた。トミイの元に送られた小包の中には猛毒の黒後家蜘蛛が....この日、トミイを狙ったと思しい怪事件が次々と起きていく。キャレラは参列者にコットンとクリングを混ぜてトミイの警護に当たらせた。トミイを恨む元戦友がいるらしいので、その捜査をマイヤーに頼んだ...結婚式は無事に終わるのか?
という話。だからシリーズ内でもかなりの変化球。キャレラのプライベートの描写が多いから「日常回」といった印象。「何が起きるのか」というスリラー的な興味で引っ張るので、「謎解き」的側面はほとんどない作品。 でなんだけど、これたとえば「真昼の決闘」とか「終着駅」「十二人の怒れる男」といった、いわゆる「リアルタイム劇」、劇中時間と上演時間とが一致して展開する映画や演劇を意識して模した作品みたいだ。小説だから厳密にどうこうじゃないけども、時間経過を飛ばしたいときには、同時進行のたとえばマイヤーの捜査に話を振り、あるいはキャレラの父親の視点に振ったりとか、そんな振り合いで小説が進行していく。「ドキュメンタリタッチ」とか言っているが、そういう叙述技法である。 まあでも評者、日常回が好きなタイプでもある。面白く読めた。 あ、ちなみにラストでは、キャレラの妻ティディが双子をご出産。おめでとうございます。 |
No.1161 | 5点 | 落ちる男- マーク・サドラー | 2023/08/15 18:53 |
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論じにくい作品。ダン・フォーチュンの「恐怖の掟」なら、ハメット的なリアリズムで「今」なストリート感覚を出そうとしたという狙いがわかるんだが、ポール・ショウは狙いが判りにくいよ。風俗的背景に左派のヒッピーコミューンがあるから、フォーチュンよりもハイソな話。
三人でやっている探偵社の2番手、元俳優で成功した女優の妻あり。そりゃ「いそう」という面でリアルなんだけども、「その後のハードボイルド・ディック」という風なことを考えた時に、たとえば「影なき男」のチャールズ夫妻、あるいはリンダと結婚後のマーロウ、というあたりを、オマージュ的にならずに響かせているとみるのがいいのかなあ。一見ハードボイルドな探偵なんだけど、自らの夢と成功した妻との関係など、ちょっとした「危機」にある男の話だと評者は読んだんだ。 まあ舞台設定からしてひねってある。自分の事務所に空き巣していた男を突き飛ばしたら、窓から落ちて死んでしまう...でも、なぜそんな侵入事件を起こしたのだこの男! これがとっかかりの謎であり、自ら「殺してしまった」男の死の真相を明らかにしなければ、どうしても寝覚めの悪い話である。でテーマはやはりショウ自身が抱える「男の夢」といったものが、被害者にも、犯人にも、通底するといった話になってくる。 いやだからこそ、ショウ自身も自身が抱える果たせない夢が、妻との関係とのキーにもなっていて、そういう屈折をまあ、ハードボイルドなので声高に語らない矜持で描いているあたりがポイントなのかな。 けど地味な事件だし、あまり翻訳が読みやすくない。あれ?となるところが何箇所かあった。 まあでも、フォーチュン(マイクル・コリンズ)、ブエナビスタ(ジョン・クロウ)と並んで同一作者別主人公読み比べとかしてもいいのかもね。 |
No.1160 | 6点 | ローズマリーの赤ちゃん- アイラ・レヴィン | 2023/08/13 16:56 |
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「モダンホラー」って何?って正面切って問われると困っちゃうのだが、お約束要素の解体と再構成、といったあたりで捉えるしかないのか、とか思う。
本作、ニューヨークのそこそこ売れている俳優夫妻による、演劇界を中心としたスノッブ日常話に、するりと悪魔崇拝が紛れこんでくる話、と見るのはどうなんだろうか。だから、ホラーかというと、ホラー部分は縦横に張り巡らされた伏線みたいなもの。最後にそれらが繋がって...なんだが、主人公ローズマリーが真相を知って「恐怖のどん底に落とされる」かというと、そうでもないアイロニカルな結末になる。 以前「死の接吻」を「編集感覚」って評者は評したけど、この「怖い」のか「怖くない」のか微妙な匙加減に、作者のクレバーな「抜き差し」の感覚を味わうべきなんだろう。 いやさ、すべてが周産期のローズマリーの妄想だってよかったんだよ。そう思わせるあたりが実は「モダン」な持ち味で、かつ、ある種「奇妙な味」に近い味わいなんだろう。 (余談だが、ローズマリーの夫ガイが、結婚前にパイパー・ローリーと付き合っていた、というのが面白い。キング原作の「キャリー」のお母さんで、「ツインピークス」でゴールデングローブ賞もらっている、「ホラーな女優」さん。キングの「シャイニング」も映画はホラーというより、病んだニコルソンの自滅話とも読める...そのキューブリックも本作名前だけ出る。そんな「ホラー」のネットワークの話なら、また別な面白みもあるのかも) |
No.1159 | 6点 | 鬼警部アイアンサイド 交錯の銃弾- I・G・ネイマン/W・ミラー | 2023/08/01 10:05 |
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パトカーのサイレンを模したクインシー・ジョーンズのテーマ曲も有名だけど、何か気分転換に読みたくなった。そういえば「刑事コロンボ」とほぼ同時期なんだよね。だからTV放送当時にはコロンボ同様にノベライゼーションが出版されていたのが懐かしい。これがノベライゼーションの1作目。
(Amazonにないみたいなので書誌補足。グロービジョン出版の新書本・昭和50年1月29日初版・訳者は梶龍雄で見返しに氷川瓏の推薦文) 今時は一応設定の説明が必要かな。ペリー・メイスンを演じて人気絶頂だったレイモンド・バーのもう一つの当り役で、サンフランシスコ市警の敏腕刑事部長だったアイアンサイドは、卑劣な犯罪者に撃たれて半身不随の身になった。不屈のアイアンサイドは車椅子を駆って「嘱託警部」の立場で3人の部下を与えられて、再び犯罪に戦いを挑んだ! ペリー・メイスンの頃からすれば随分太っていて、車椅子に乗ったアイアンサイドに映像的な説得力があるんだね。腕っぷしはそれでも鍛えて強いから、車椅子のままでもみ合いを制するとか、そんな描写もあるけども安楽椅子探偵風の「推理」も大事な作品。 でこのノベライゼーションでは、部下として可愛がっていた刑事が射殺死体で見つかった。その家には不審な札束が...暗黒街の大物を標的とした捜査に携わっていたことから、汚職容疑が死んだ刑事にかかる。それに憤ったアイアンサイドは、ハイソ雑誌出版社社長の妻が殺された事件とのつながりを探り出す。刑事はこの社長の愛人だった女性と結婚を考えていた...刑事殺しと社長夫人殺しはどうつながるか?暗黒街の大物の役割は? というあたりの興味の作品。アリバイ工作にちょっとしたミスディレクションが仕込んであって、リアルな仕掛けだけどミステリとしてもナイスだと思うよ。そういやマクベインがシナリオに関わってた話もあるそうだ。 そのうちジム・トンプスンが書いた新作もやろうかな。 |
No.1158 | 7点 | ルパン、100億フランの炎- ボアロー&ナルスジャック | 2023/07/30 11:44 |
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さてボア&ナル贋作ルパン4作目は入手困難なこの本。出版事情などは人並さんのご講評に譲ります。
シリーズでも出来のいい作品だと思う。「ウネルヴィル城館」と双璧かな。「ウネルヴィル城館」が「続々813」みたいな真面目な続編調だったのと比較すると、4作目というのもあって「ボア&ナル流のルパン」として完成している。「水晶の栓」がそうなんだけども、今回もなかなか敵が手強い。そして連続殺人自体に、ボア&ナルらしいミスディレクションが混ざっていて、さらにそれが敵との駆け引きのネタになって、ルパンが連続してしてやられたりする。スーパーヒーローとはいかないあたりがどっちか言えば評者は好き。 こんな逆転・再逆転の面白さと、ルパンも最後まで見抜くのが難しかった敵の狙いなど、上出来作なのは間違いないや。もちろんルパンだからヒロインを巡って一肌脱いだり、巨額のお宝を目にしながらそれを「盗む」のを拒んだりと、ルパンの義侠心がボア&ナルが憧れた「ルパンのヒーロー性」なんだよね、としっかりと腑に落ちる。 だから本作だと本家では避けているような、リアルな第一次大戦戦後描写などあったりして、ボア&ナルの狙いが「リアルなルパン像」といったあたりに向いているとも思うんだよ。そこらへんの面白さを評者は感じたな。 (でもシリーズ最終作の5作目は、完訳がなくてポプラ社「ルパン危機一髪」。乗りかかった船だもの...) |
No.1157 | 7点 | 殺人は広告する- ドロシー・L・セイヤーズ | 2023/07/29 14:47 |
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本作嫌い、という人の声もわかるんだよ。
実際、これパズラーじゃなくて、スリラーだしね。広告業界の内幕話をふんだんにちりばめて、時代の花形で浮ついた(評者ならホイチョイとかね)ギョーカイのギョーカイ人の生態を、軽妙でブンガク的な引用過多の洒落(過ぎた)会話で綴りつつも、麻薬取引と殺人を絡めて描いた大作... まあ今回、階段から落ちて亡くなった社員の死の真相と裏で起きている事件を探るために、「デス・ブリードン」という仮名で広告会社に潜入したピーター卿がねえ、何というかな、とってもカッコイイんだな。「働いてお金を稼ぐのが初めて」な貴族の次男でも、しっかりコピーライターとして仕事をしつつ、怪しげなパーティに出席して、謎の人物「ハーレクイン」として暗躍する、とかね。ファンタジーといえばそうなんだけども、やはり今から振り返れば、ホイチョイ全盛期のバブル期って、ファンタジーみたいなものって言えばまさにそうだった。 ファイロ・ヴァンスもそうだけど、そんなバブルな名探偵ヒーロー像というのは、やはり戦間期の経済的繁栄の産物だったようにも感じるんだよ。でもさ、ピーター卿の衒わない品の良さがイイんだな。ウォシャウスキーの「白馬の王子様」がピーター卿ってのも、素直に同意できるところもあるさ。 で、だけど、この作品のメッセージ(笑)って、「広告って麻薬みたいなもの」ってあたりにあるんだと思うんだ。そんな悪徳に手を染めながらも正義のミカタであり続けるピーター卿のヒーロー性が極めて興味深い。 |
No.1156 | 6点 | 麻薬密売人- エド・マクベイン | 2023/07/23 09:39 |
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87分署3作目。シリーズとして続けていく上ではとっても大事な回だったんじゃないかな。本作のラストが悲劇だったら、シリーズ終わってたかも。「冬はまるで爆弾をかかえたアナーキストのように襲い掛かってきた」で予告されるシビアな「冷たさ」が、時節柄のクリスマス・ストーリーに雪崩れ込んでいくことで、この人気シリーズのロングランが決まったんだろう。
それまでが警察制度への挑戦・通り魔事件と激ハデ事件だったのとは一転した「日常回」。ジャンキー少年の自殺事件?から、ストリートで地味に起きていく事件。今回の「主役」は珍しくバーンズ警部で、子供の問題に頭が痛い。まあだから裏表紙にあるような「麻薬と人種問題」を扱った社会派作品、という感覚はそんなに強くない。 なにげに「二度殺された被害者」ネタだし、そのWHYに秘められた罠とか、地味ななりには考えられた作品だとは思う。「ウェルメイド」を維持し続けることができたのって、作者の力量なんだよね、と改めて実感する。イベント回じゃないから埋没しがちな作品だけど、こういう回こそがシリーズの生命線なんだと思うよ。 で中田耕治氏の訳。スラングを日本語の隠語に置き換えて訳すスタイルだから、評者とかとってもレトロで懐かしい。嫌いな人は多いだろうけどもねえ。 |
No.1155 | 6点 | 青列車は13回停る- ボアロー&ナルスジャック | 2023/07/21 15:42 |
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さてボア&ナルの短編集。パリとコートダジュールを結んで走る特急豪華寝台列車「トランブルー」。その停車駅が13駅あることにちなんで書かれた連作短編集...とはいうものの、具体的に車内で事件が起きるのは最初の「パリ」だけ。あと「青列車に乗らなきゃ」とか多少の関りがつけられることもあるが「ご当地」のミステリが13本。
...しかしね、パリから南仏最初のマルセイユまで停まるのはディジョンとリヨンだけ。あとは南仏の紺碧海岸沿いを走るだけなので、どっちかいえば浮ついたリゾート気分がキートーン。作風もいつものボア&ナル心理主義ではなくて、ヒネリのあるコントといった感覚のものが多い。ギャングやら手の込んだ詐欺やら、騙し合いやら、を小粒でピリりと辛い話としてまとめている。中にはちょっとした不可能興味がある「奇術」「十一号船室」とかね。 個々の作品の水準はわりと高いんだが、突出したものがあるというよりも、平均点の高さとバラエティで楽しむような短編集。ボア&ナルの器用さもさることながら、「いかにもフランス好み」といったフランスの短編エンタメ小説のエスプリがいろいろと味わえる作品集と見るのがいいと思う。 |
No.1154 | 5点 | Xに対する逮捕状- フィリップ・マクドナルド | 2023/07/18 16:42 |
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これも国書刊行会・世界推理小説全集の目玉として期待された作品で懐かしい。
...「幻の黄金期作家」としてマニア内では有名だったわけだけど、「本格」かというとずいぶん違って戸惑った人が多かろう。うん、改めて読んでみると「警察小説」だよこれ。 場末の喫茶店で漏れきいた会話に、犯罪の企画が進行中だと気がついた劇作家ギャレットが、名探偵ゲスリンの協力を得て「まだ実行されていない犯罪を止める」ことを目的として奮闘する話。謎の派出婦紹介所を追っていると、ギャレットは1日に3回も殺されかかる。そんなスリラーだから「なんで警察小説?」と評者の判断に疑問を持たれるかもしれない。 ゲスリン大佐は元諜報部員というのもあるけども、陰で警察を動かす力もあれば、配下の新聞記者を使って調査させたり、意外なくらい「組織力」の捜査の指揮を取るわけ。で、細い細い手がかりの連鎖をしつこく追いかけていく。このマンハントのプロセスが、それこそ「警察小説」の味わい。 いやだからさ、イギリスのスリラーってかなり多義的なものだと思っている。その後のミステリのいろいろな側面が未分化のままに成立していると見るべきなんだろう。クロフツだって多くの作品がスリラーだし、だからガーヴが「クロフツっぽい」と言われたりする。本作みたいに黄金期名探偵の一人とされるゲスリン大佐作品でも、使われ方は警察小説。 けどね、本作スピード感がないんだな。描写はカメラアイ的なリアリズムだし、カットバックを意識した場面切り替えとか、とても映画的なんだよ。しかし、細かい描写にこだわりすぎちゃって、これが冗長にしかなってない。映画なら一瞬で理解できる「絵」を一生懸命文章で絵解きすることになるから、読んでいてイライラしてくる。 悪い意味で「映画的」というのもあるんだな。ハメットとかヘミングウェイなんてセンスの塊のわけだ。 (本作の有名な冒頭、乱歩好みだと思う。「妖虫」もこんな始まり方だよね。本作の方が少し後だが) |
No.1153 | 6点 | ドーヴァー1- ジョイス・ポーター | 2023/07/16 20:45 |
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ポーターもやらなきゃ。というわけでシリーズは最初から読もうか。
「世界の名探偵50人」とかその手の本でも「ドーヴァー警部」は大概最後の方で「迷探偵」枠みたいにして紹介されるわけだけど、いや本サイトでもよく指摘されるように、実はパズラーの骨格があるために意外に推理が当たるんだよね。でも性格は実にお下劣で絵に描いたような嫌なやつ。本作でも最後は真犯人に拷問まがいのことまでするくらい。 でまあなかなか奇抜な動機などで有名な本作、言ってみれば「バカミス」なんだけども、そういう声はほとんどない。これが面白いところで、やはり「作者が狙って書いたブラックな真相」というのは、「バカミス」にはならないわけだ。言ってみれば「バカなことで成功している」わけ。 だから逆に言えば、作者がこの「バカさ」によって際立てたかったこと、というのも気になる。実はそれ、本作で縦横無尽に描かれる「強〜い女性たち」の群像なのではないのだろうか。オトコたちは情けない。しかし、女性陸軍大佐やら女性探検家、あるいはイカツい婦人警官、100キロ超のマシュマロ女子でありながら、奔放なsexをエンジョイする被害者...こういう「濃い女性たち」の暴れっぷりこそが、この本の隠れた生命線なのでは?なんて思う。 逆に嫌われ者ドーヴァー警部の造形というのも、「オトコの嫌な面」を誇張して造形した、という見方もできるんだろう。だからフェミ小説的な読み方がガチでできる小説。 |
No.1152 | 5点 | ヒルダよ眠れ- アンドリュウ・ガーヴ | 2023/07/14 13:20 |
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さてヒルダ。改めて読み直すと「ヒルダって言うほど悪女だったのか?」と疑問に感じ始めちゃうのが、なかなかに厄介な話。今でいえば発達障害とか実はそういう「思い込みが強くて、周囲に気が使えないキャラ」で、勝手に周囲がヒルダを嫌うようになっていた....なんていうマギレが今では起きてしまっているのかもよ。
もちろん時代柄もあって、ガーヴはそんなこと考えてない。 どちいかいえば「幻の女」の被害者も「悪女」系だったから、それにヒントを受けて、調査が進むにつれ「証人が消える」話を「被害者のキャラが変わる」話にしてみた、というあたりなんじゃないかと思う。 でも、ホント皆さんご指摘の通りで恐縮だが、後半のメロドラマが退屈なんだよね。しかしだ、このメロドラマ調にガーヴっぽさを感じないわけでもないのが、痛しかゆし。困っちゃう。 まあシニカルな結末が好きなら、マックスと結婚したステファニーがどんどんと「ヒルダ化」するとかね、そんな不謹慎な想像もしてしまう。 そのくらい読んでいてモヤモヤし続けだった話である。 |
No.1151 | 8点 | 八点鐘- モーリス・ルブラン | 2023/07/10 16:44 |
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その昔って「ルパンは子供向け!」なんていう本格マニアに「八点鐘だけは読んでおけ」と勧めるタイプの作品だったのだけど、最近では読んだことない人が増えたのかな。
トリック至上主義の「教祖」の乱歩がこのオムニバス長編を高く買っていたからね。「類別トリック集成」の密室類型第三パターン(一番興味深いもの)の代表作が含まれていたり、乱歩自身が「オリジナル!」って自負したトリックの別パターンがあったり、足跡トリックの有名作、さらには今でいう「プロファイリング」の先駆作だってある。ルブランはトリックメーカーなのは間違いないんだよ。 でも大乱歩の威光もそろそろ薄れてきたから、それほど本作が読まれなくなってきた...と思うと淋しいものもある。 しかしね、改めて読み直すと、そういう乱歩の「読み方」が一面的だったようにも感じられるのだ。短編集ではなくてオムニバス長編である、と見た方がいいわけだし、全体を通じる「ロマンの香り」(女を口説いてるだけ、って言うんじゃない)の濃厚さにヤられるわけだ。けして「有名トリックの元ネタ集」ではなくて、そういう「トリック主義」に縛られないうまい使い方、ドラマの絡ませ方を楽しむのがいいと思うんだよ。 実に洒落た、ロマンチックな冒険(アヴァンチュール)譚。いくつもの宝石を埋め込んだ豪華なブローチのような。ルブランの筆が一番ノっていた時期だと思う。 |
No.1150 | 6点 | 丘の屋敷- シャーリイ・ジャクスン | 2023/07/08 08:31 |
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翻訳タイトルがバラバラで厄介だけど、原題「The Haunting of Hill House」に一番近くて最新の刊行がこの題だから、「丘の屋敷」にしておこう。この作品はマシスンの「地獄の家」やキングの「シャイニング」に影響を与えたことで有名なモダンな「幽霊屋敷モノ」の古典。怪異を外的な怪異というよりも、幽霊屋敷に滞在するチャレンジャーの精神に食い込んでくるような存在として描くあたりに「モダン」があるのかなあ。確かに「モダン・ホラー」っていったい何?と改めて聞かれると言葉に窮するのだが、本作あたりがその先駆作とは言っていいんだろう。
で...いやホントになかなか超常現象が起きないホラー。札付きの幽霊屋敷にチャレンジする4人の男女。その一人のエレーナの視点で、知らず知らずにこの屋敷の「何か」に精神がシンクロしていくさまが描かれる。まさに本人の主観が徐々に蝕まれていくわけ。ジャクスンの丁寧な心理描写を通じて「フィルター」がかかった状態で、読者は「怪異」に導かれていく。 そんな解読力がかなり要求されるホラーだから、「怖くない!」という声も大きいんじゃないかな。ポルターガイストくらいは起きるけども、あまり派手な事件が起きるわけではないし、怪異の謎解きがある、というほどでもない。 ジャクスンらしい心理主義で、「くじ」所収の短編に登場するような「主人公の神経を痛めつける無神経キャラ」も後半に登場。ラストにちょっと「くじ」風の味わいがあるかな。 というわけで相当地味な作品。本作を派手なエンタメに書き直したのがマシスンの「地獄の家」だと思う。タイトルだって「ヘルハウス」「ヒルハウス」と語呂が合っているじゃん? |
No.1149 | 7点 | キス・キス- ロアルド・ダール | 2023/07/05 14:40 |
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「あなたに似た人」の次の短編集。いや読んでの感想は
ダールって男性的な作家だなあ というあたり。男性から見た女性の不思議さ・不可解さが大きなテーマになっているわけで、それがたとえば捕食者的な「女主人」というかたちをとったり、夫への復讐譚「ウィリアムとメアリー」(SF仕立て)、「天国への道」(オーソドックスな日常の悪意)、ガチの男女闘争譚を、策士策に溺れるの洗練された騙し合いに持って行った「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」、やはりSF仕立てにした「ロイヤルゼリー」「勝者エドワード」、今でいうインセルの奇想小説の「ジョージ―・ポージー」と、手を変え品を変え同一テーマに固執しているわけだ(だから「おとなしい凶器」もそう読むべきなんだって!)。 だから逆に「クロードの犬」からのボンクラ三人組活躍譚(「牧師の愉しみ」「世界チャンピョン」)はカラー違いのホモソーシャルな「男らしさ」の小説になってくるのだろうな。結構ヘミングウェイの世界に近いと思っているよ。 というわけで本当は「あなたに似た人」の路線をさらに純化・強化した短編集が「キス・キス」ということになるんだろうと思う。 ごめん「来訪者」とか読んでない。そのうちやろう。 |
No.1148 | 8点 | 死体をどうぞ- ドロシー・L・セイヤーズ | 2023/07/02 13:47 |
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文庫600ページある大長編なんだけども、つるつる読めて楽しめる。
それでいて冗長じゃないし、しっかり「謎の解明」に焦点の当たった小説で、ある意味「これぞ本格」と言いたいくらいの作品。イギリスの「パズラー長編」というものを考えたときには、モデル的な作品としてもいいかもしれない。 セイヤーズの犯人は、決して超人的な悪の化身でもないし、犯行プラン通りに奇抜なトリックを決めてみせることもない。平凡な悪意をもって綿密なプランを立てたつもりでも、いろいろな偶然に翻弄されて、その結果「きわめて異常な状況」に陥る。それをピーター卿とハリエットが、あーでもないこうでもない、といろいろな方面からこねくり回して見せる「ミステリ」であり、実際その推理も一瀉千里とはいかずに、試行錯誤とミスや誤解の集積だったりする。 このリアルで平凡なあたりに、セイヤーズの筆が冴える。ピーター卿もハリエットも犯人も被害者も、それぞれ想像が絡み合った世界に生きていて、それぞれの「想像」がリアルとズレながらも、時にはヘンな構図を取りながらも次第に噛み合っていく....そんなプロセスの小説。だから真相が極めてアイロニカルなものになるのは当然。 だからこそ、そんな中に光る人間性をうまく掬い取り、さらにはアイロニカルな状況に置かれた人々の醸すユーモア、そしてツンデレなハリエットとピーター卿の恋の駆け引きが、長い小説を彩って飽きることがない。 (個人的には被害者の同僚のジゴロが「僕たちが売り買いされる人間だからといって、眼も耳も持たないと思ってはなりません」という人間の矜持が、実は真相に照応しているあたりとか、素晴らしいと思う) |
No.1147 | 4点 | 震えない男- ジョン・ディクスン・カー | 2023/06/27 23:58 |
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創元の新訳で。
出だしとか意外に雰囲気がいいんだけども、幽霊屋敷に訪問してからは話が終始グダグタ。なんか間伸びしている。トリックはねえ、どうこう論評するようなものじゃないように思う。お約束みたいなものとして笑って済ますべきだろう。で、問題は終盤の真犯人をめぐるプロットの綾なんだけども... 17章で物理トリックが解明、19章末尾でドンデン、20章でさらに...で終わり。 本当に最後の最後で波乱があるんだが、いやこういう仕掛けをするんなら、もっと書きようがあるだろう?というのが正直な感想。ネタとしては「ミステリの宿題」みたいなものなんだから、大いにやるべきネタだと思っている。 しかし、カーは何でこんなもったいない使い方をするんだろうね。定型的なミステリの書き方この時期妙にこだわりすぎて、つまらなくなっているとしか思いようがない。 最後の真犯人の件、タイミングが難しいから無理筋だと思う...そういうあたりの粗さが、思いつきっぽく感じられるのが敗因じゃない? |
No.1146 | 6点 | アルザスの宿- ジョルジュ・シムノン | 2023/06/26 15:07 |
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さて評者は国会図書館デジタルコレクションで本作。
創元で出たが、メグレ物ではない単発のエンタメ。メグレ夫人の出身地がアルザスの設定で、よく「妹の出産」だなんだで帰省するし、名物シュクルート(ザウアークラウトだな)はメグレも好物。そんなアルザスの観光地ミュンスター(仏語だとマンステールと発音した方がいいようだ)の、シケた宿屋に寄宿する冴えない中年男、セルジュ氏。 セルジュ氏はぶらぶらしているくせに金欠のようで、宿の女主人に下宿代を請求されて「待ってくれ」とお願いする始末。でも、宿の雑用を気よく手伝って...と「居残り左平次」みたいなキャラでなかなか、いい。向かいのホテルに投宿したオランダ人銀行家の手元から、金が盗まれる事件が起き、容疑が身元不詳のセルジュ氏にかかった! セルジュ氏はその容疑を晴らすが、銀行家夫人がセルジュ氏を謎の詐欺師ル・コモドールだと指摘する....ル・コモドールと対決するパリ警視庁ラベ警部がこのセルジュ氏に貼り付いて監視するが、セルジュ氏は詐欺師か?盗難事件の真相は? というような話。セルジュ氏のキャラとその謎、それから宿の奥にある別荘に住む未亡人とその娘との間のロマンス含みの関係など、「セルジュ氏の謎」として小ぶりながらうまくまとまった作品。 考えてみたら、ホテル探偵居残り左平次って、結構いいネタだと思う。「幕末太陽伝」のフランキー堺のイメージでミステリだったら素敵だな。 シムノン版ルパンみたいな味わいがあって、フランス人のルパン好きと、シムノンらしさとがうまく拮抗して補いあっている。結構な珍味作。 (あ、マンステールって地名、何で聞き覚えがあるんだろう?って思ってたが、ウォッシュタイプのチーズで有名なのがある) |