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[ サスペンス ]
落ちた仮面
アンドリュウ・ガーヴ 出版月: 1964年01月 平均: 6.00点 書評数: 2件

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早川書房
1964年01月

No.2 6点 クリスティ再読 2024/08/08 09:05
「ヒルダ」に続く第2作。若書きというのもあって、後年の芸風とは少し違う。

舞台はどうやらカリブ海に浮かぶ英領植民地(現在独立準備中)のようだ。人並さんはイネスを連想したようだが、評者は舞台のつながりで、A.H.Z.カーの「妖術師の島」とか、ストリブリングの「カリブ諸島の手がかり」に近い肌触りを感じた。ましっかりとローカル色を描写してリアルなのは、これもガーヴらしさであるのは確かだ。幕開きがハンセン氏病患者を隔離する島の話で「陰惨な話だと嫌だな~」とは思うが、そんなにこれは突っ込まれないから安心しよう。

で本作で強烈な個性を発揮するのは、この植民地の衛生局局長である。ブルドーザーのような実行力と、聖者のように無私の道徳的規律を誇る男。この植民地の医療に絶大な力をふるうわけだが、シュヴァイツァー博士のように原住民(黒人)のために献身する...でもさ、シュヴァイツァーだって結構人種差別したって話があるようだよ。白人って厄介だなあ。今パリ五輪真っ最中でこんな白人の尊大な差別意識の話題が良く出てるから、困ったものだね。

この植民地都市が「フェスタ」で盛り上がる夜に、いかがわしいクラブで黒人の行政官が刺殺された。この殺人を巡る話で、ガーヴにしては珍しく多くの登場人物の視点を飛び回る構成。ガーヴって一人称だったり、三人称でも視点限定してたりして、読者の感情移入を誘うのが上手なんだが、本作は自由に人物の内面に侵入して語る。

というわけで、これは人並さんもバラしているからバラすけど、一種の倒叙。殺人者の内面をしっかり描いて、だんだんバレていくプロセスを楽しむ話。ガーヴってちょっと「異常」な殺人者を外側から描いてスリルを盛り上げる作家だけど、本作はまだ試行錯誤かな。

で...なんだが、ガーヴと言えばあれ。うん、しっかり最終盤で大爆発。ほとんど「爽快!」とっていいくらいに、素敵。本格的な〇〇で、少しも臆せず犯人と渡り合う。このキャラのファンになりそう(苦笑)

異例の扱いはあるけども、それでも「ガーヴらしさ」はしっかり発揮されている。「ヒルダ」よりずっと素直に資質が花開いていると思う。話に例の要素以外あまりヒネりがないのに、不満な人もいるだろうけど、評者は結構気に入っている。

No.1 6点 人並由真 2021/04/19 04:19
(ネタバレなし)
 英国の植民地である南国のフォンテゴ。いまだ民度が低く、衛生的にもよくない土地だが、ここで奮闘しようと青年医師マーチン・ウェストが新任した。現地では近く新設のレプラ患者治療収容施設が、なぜか立地的に不適当なタクリ島に予定されている。実はその裏には、建築請負業者が島のとある要人に贈った賄賂の効果があった。だがその事実を知った土地の黒人青年が、祭事(フェイスタ)の日、仮面をつけた一人の人物に刺殺された。やがて殺人者の魔手は、マーチンの恋人で植民地参事官の娘スーザンにも迫る。

 1950年の英国作品。
『ヒルダよ眠れ』に続くガーヴの第二長編で、別の翻訳ミステリ書評サイト(クリスティー研究家の数藤康雄氏による、英国作品専科の私評サイト)では、星5つで満点のところ星1つとケチョンケチョンの評価である。
 さらに翻訳が福島正実でなくよく知らないヒト、ポケミスの巻末に解説もない……と、なんかあまり良い印象もない一冊だったのだが、まあ何はともあれ、読んでみる。

 でまあ、一読しての感想だが、とにかくこれがガーヴか? いやそうなんだろうが……と思いたくなるくらいに、南国のエキゾチックな自然描写、異国描写がすごい。もうしばらくするとガーヴの諸作では、そういう自然派スリラーの要素はよい感じにこなれてきて、作者の売りとなる小気味よいサスペンススリラーの興味と溶け合ってくる。そこにガーヴという作家の個性が固まるのだけれど、この第二長編では、大先輩ハモンド・イネスあたりの作風を、まだ愚直に継承しようとしている感じ。もしかしたらもともとご本人としては、こういう方向にもっと没入したかったのかな、とさえ思ってしまった。

 とにかく前半はエキゾチックな叙述にかなりの筆が費やされ、その分、後年のガーヴらしいサスペンススリラーの躍動感は希薄。勝手な想像だが、数藤康雄さんはこの辺の自然描写、海外描写の肉厚さに戸惑ってつまらない、と思ったのかもしれない? まあそういう気分はよくわかる、わかるんだけれど、一方で英国自然派冒険小説の正統派の大きな系譜であるイネス的な方向に、初期のガーヴの足のつま先が向いていた、と考えれば、こういう路線にさらに傾倒していく可能性もあったんだろうな、とも思えた。
 実際に中盤のフォンテゴ、タクリ島を襲う嵐の描写は、紙幅的にはそれなりながら、かなりの迫力で、その後の島の荒廃ぶりも後半のストーリーに密接に結びついていく。
 こういうところにも、初期ガーヴのやりたかったこと、または試行錯誤の道筋がいろいろ見えるようで、とても興味深い。

 あとはマーチン以上に本作の実質的な主人公といえる、<仮面をつけた犯罪者>の描写とキャラクター性がポイント。この悪役が誰かはとりあえずここでは書かないが、読んでいくとリアルタイムで殺意の発生と犯罪計画の始まりからが語られる。マーチンとその恋人のスーザン視点からすれば通常の巻き込まれサスペンスだが、その悪役を実質的な主役とするなら、本作はほとんど倒叙クライムサスペンス(悪人が犯罪の露見におびえる意味でのサスペンス)といってもいい内容だ。その上でその悪役主人公と某メインキャラの関係性など……うん、やっぱりいろいろとガーヴっぽい。

 といったもろもろの意味で、いつもの<とてもオイシイ塩せんべい>的な、サクサク楽しめるガーヴの作風を予期すると、まるで裏切られるんだけれど、これはこれで作者らしいファクターは相応に備えられており、その上でのちのちの諸作からは薄れていった作法なんかもいっぱい見出せる長編。そういう言い方をするなら、ガーヴ好きなファンなら、ちょっと興味深い一冊でもある。終盤のヒネリもまあ先読みできないこともないが、1950年なら結構洒落たオチだったともいえるか。

 初期作品で、しかももしかしたら『ヒルダ』よりも、もっともっと以前から自分が書きたかったものを出しちゃった分、勢いあまって胃にもたれるところもあるが、力作だとは、思う。秀作とはいいにくいが、佳作といえるかも? と悩む余地はあり、だな。

 原書は英国の方の「クライム・クラブ」から刊行された、あるいは収録されたらしいが、ジュリアン・シモンズはどこかのタイミングで<叢書としてのクライム・クラブのなかのベストダズン>の一冊にこれを(クリスティーの『ABC』やP・マクドナルドの『迷路』、クロフツの『ヴォスパー号』などとかと並べて)選んでいたらしい。
 まあこのエキゾチシズムとかが日本人以上に、英国人のシモンズとかにはピンときたのかもしれないね。 


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