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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.41点 | 書評数: 1326件 |
No.326 | 6点 | 恐怖へのはしけ- エリオット・リード | 2018/04/26 13:29 |
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「スカイティップ」「危険の契約」とイマイチな作品に当たって少し心が折れかけたが、本作はまあまあ面白い。以前「あるスパイへの墓碑銘」について、クリスティ「NかMか」と大まかなプロットが同じことを指摘したけど、意外かもしれないがアンブラーとクリスティってテイストが似ているところがあるんだよね。ぽっかりと予定の空いてしまった主人公が田舎に戻って奇怪な事件に遭遇するとか、地方色の丁寧な描写とか、ボーイミーツガール的なロマンス要素とか...そう特殊なものではないが、悠揚迫らざるのんびりした語り口と合わせて、共通点が意外なほど多い気がする。訳者だってクリスティの訳が多い加島祥造である。さらにそういう印象が強まる。
本作は飛行機で乗り合わせた美女とおせっかいな男から、主人公の医師がトラブルに巻き込まれる話である。おせっかい男は主人公と無理やり同宿した夜に、謎の失踪を遂げる。主人公はおせっかい男が封筒を隠したのを目撃していたので、その封筒を回収するのだが、失踪した男はフランスで死体となって発見された。主人公は尾行されているようだ... うん、本当に標準的なスリラーで、特色とか感じない平凡なプロットである。しかしね、舞台となるロンドン近郊の沼沢地帯の描写とか、主人公たちが立てこもる風車小屋の情景とか、そして何よりヒロインのツンデレさがいい。 日本だとどうも「アンブラー=墓碑銘orディミトリオス」という捉え方をされがちなんだが、実際のところ戦後のアンブラーは作家として進化を遂げてしまって、戦後の作品の方が戦前のそれと比較にならないくらいに、いい。だから「戦前みたいなスリラーを」と書肆から要望されたときに「アンブラー名義じゃあ...」となって「エリオット・リード」が誕生したのでは、という推測を巻末解説の都筑道夫が書いているが、まあそれも当たってるだろうね。 |
No.325 | 6点 | 地中の男- ロス・マクドナルド | 2018/04/21 23:23 |
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後期ロスマク、ということになるのだが、どうも「別れの顔」以降は進歩というよりも、今まで登場した要素が複雑化してバロックなほどに肥大化の途を辿っているような印象だ。
作中で「大人子ども」というような言い方をされているが、これは一時流行った「アダルト・チルドレン」といった方がわかりやすいのだろう。まあこの概念も意味があるのかないのか微妙なものと感じるのだが、殺人を目撃するなど深いトラウマを抱えたまま成長した「大人子ども」が4人も登場して、さすがに食傷する...「大人子ども」たちとその親たちの間を、アーチャーが往復するので「誰がどの...」と読んでいて混乱するんだよね。ふう。ちょっとした描写でキャラを性格付けするのが上手なチャンドラーと比較すべくもなくて、ロスマクってキャラ造形はそう上手と思えない(すまぬ)。ロスマクのキャラで印象に残るのはあくまでもプロットが割り当てた役割が印象的だ、ということの結果ではなかろうか。 まあそれでも二人の逃避行を軸に読者を引っ張る「読ませる力」みたいなものはあるけどねえ。袋小路な印象の方が強いかな。背景でずっと燃えている山火事があくまで雰囲気作りだけで、プロットに直接絡まないのも若干不満である。 |
No.324 | 6点 | 蒸発- デイヴィッド・イーリイ | 2018/04/15 21:06 |
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銀行の上級幹部の主人公は、死んだと聞いている友人からの電話に耳を疑った...それは、地位も家族も捨て、別人として新しい人生を歩むことへの誘いだった。社会的成功とは裏腹に、満たされない思いを抱いていた主人公は、その誘いに乗ってしまった。至れり尽くせりで「会社」が用意してくれた新しい自分は、別天地カリフォルニアでの画家としての生活だった。そこは同じような「転生者」たちの村なのだが、「転生者」たちが相互に監視しあっているように主人公は感じた....
と、こういう話、当然主人公は転生に「失敗」する。読んでて「会社」の「営業」は薄々気がついてくるので、会社を困らせる馬鹿なことばっかりしている主人公への同情の余地も、あまりない。それこそ星新一だったらショートショートで終わらせるのでは?という話なのだが、プロセスをしっかり書き込んであるので、怖い描写はゼロでも、「本当は...」の想像から徐々に怖くなっていくあたりがこの人の芸というものか。 |
No.323 | 7点 | アシェンデン- サマセット・モーム | 2018/04/13 17:02 |
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モームの実体験に基づいたスパイ小説である。とはいえ、本作ではプロットはさほど重要ではなく「スパイという視点からのスケッチ」という雰囲気の連作である。まあ小説家というのも、「人生というものをスパイの視点から見る」ような職業のわけで「劇作家を隠れ蓑にスイスに駐在するイギリス情報部員」なんだけど、ついつい小説家視点で関係者を観察するあたりがいろいろ面白い。
だが正直のところ、彼のような雑魚にとっては、特務機関の一員であることも、一般に考えられているほど冒険心を満足させるものではなかった。アシェンデンの仕事は市役所の事務と同じように、整然として単調だった。一定の期間ごとに、自分のスパイと出会い、給料を払う。新しい人間を手に入れると、スパイとして契約し、指図を与えてドイツに送り込む。 なので本作では明確なオチやはっきりしたプロットがあるわけでもなく、アシェンデンがスパイ活動を通して出会った人々の運命が綴られる。ただの中間管理職だから作戦の末端で全貌もわからず人の手配をするだけのことだ。スリーパーらしい老嬢の臨終に居合わせるが、情報らしいものが手に入るわけではないし、結果的に暗殺を指示することになるが、誤殺に終わることもあるし...とスパイ管理職のルーチンワークを淡々とこなしていく。身元を偽るスパイ、というのもあり、感情移入を一切排したカメラアイ的な描写が続く。不条理さの漂う上等のハードボイルド小説を読んでいるような印象である。焦らずじっくり読んで楽しむべし。 |
No.322 | 7点 | 超男性- アルフレッド・ジャリ | 2018/04/08 11:23 |
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「わけの分かる」ものだけを面白いと感じる読者もいるのだろうが、評者とかは「わけが分からないがそれでも抜群に面白い」というのを積極的に面白がろうと思うのだ。というわけで本作。白水社のuブックスでは「小説のシュルレアリスム」で纏められたシリーズに入っていて、シュルレアリストに愛された作品なのだが、ブルトンの「ナジャ」とかヘンリー・ミラーみたいな「シュルレアリスム小説」ではないし、SFなのかポルノグラフィーなのかヒーロー小説なのか、なんとも分類できないヘンテコ小説である。だが、それがいい。
本作の主人公マルクイユは、一見冴えない鼻眼鏡・猫背の有産階級の男である。しかしその姿は擬態であって、彼こそは実は「超男性」だった。彼のパーティでマルクイユは2つの挑戦をすることを公にする。「永久運動食」によって強化された5人乗り自転車チームと機関車とのパリ~イルクーツク往復競争を出し抜いて、両者に自転車で勝つこと。それと「テオスフラトスの称賛する、ある種の植物の力を借りて、一日に70回以上(性交を)行ったインド人の記録」を破ること。この2つの肉体的偉業である。 ..まあだから、本作はマンガみたいな話なのである。5人乗り自転車と機関車に対しては、幽霊のような乗り手としてそれに並走してついには抜き去るし、この競争の発案者のアメリカの実業家の令嬢と、医師立ち合いのもとに一日70回を超えた82回の記録を樹立してしまうのである...最終的には1万ボルトの電流にも勝利し「機械の方が人間に恋をしている」状態に至る。 そういう超人の話である。もちろんこの超男性には内面などという曖昧なものは一カケラもなく、機械の厳しい正確性があるばかりだ。そういう意味で、本作もたとえばハードボイルド・ヒーローたちとともに、特にフランス20世紀の広義のノワールの原型の一つと言えるだろう。評者は「超男性」をゴダールの「勝手にしやがれ」の主人公の祖父くらいにいつも感じるんだよ。 誰も信じないからあたしは信じるのです...馬鹿げたことだから信じるのです...ちょうど神を信じるように! 本作は 1902年という20世紀の本当にトバ口で書かれた小説なのだが、本作こそが、ある意味「20世紀」を体現した作品のように感じるな。(機械の精神が骨の髄まで入っているせいか、本作はナルシスティックだけど全然エロくないですよ。ミョーな期待はしないでくださいね) |
No.321 | 7点 | シロへの長い道- ライオネル・デヴィッドスン | 2018/04/05 09:14 |
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本作の主人公は文献学者で、死海文書などの研究者だったりする。だから本作は「文系冒険小説」とでも言うべき作品。ナグ・ハマディ文書とか近いところではユダの福音書を巡る騒動を見ても、学者の功名争いと投機的な古文書ブローカー、それに国家遺産として所有権を主張する出土地の文化機関が三つ巴四つ巴となって、スパイ小説まがいの暗闘を現実に繰り返してきたあたりを見るにつけ、本作の世界はリアリティが結構、ある。
七肢の燭台メノーラはユダヤ教を象徴する聖具だが、西暦70年のユダヤ戦争の結果、ローマに略奪されたとされている。しかし奪われたのは偽物で、本物はその最中に地下に埋められて隠蔽されたのだ、とする記録文書が出土した。イギリスの文献学者の主人公はその「勘の良さ」を買われてイスラエルの某筋に、メノーラの捜索に雇われた。その記録文書の記述は曖昧で、いろいろと矛盾もしている。同じ文書がほぼ同時にヨルダン側にも渡ったようだ。主人公にも妨害の手が伸びてくる... という話である。主人公は学者だが、ヨルダン側のメノーラ捜索隊の侵入を撃退する戦争小説風の部分もあり、巻き込まれスリラー並みの肉体アクションもあり、暗号解読の妙味あり、荒涼たるユダヤの地の物珍しい風土描写あり、といろいろな興味を詰め込んだお買い得な作品。死海にぷかぷか浮かびながら主人公が逃亡するのがクライマックスで、これが印象的。 キャラ造形・デテール描写の上手な作家なので、大学教授の知性もきっちり小説の中に再現できている。イギリスでのゴールド・ダガー受賞は納得の出来だが、日本でも多少ユダヤ・キリスト教の知識があると面白く読めること間違いなし。 |
No.320 | 8点 | ギャルトン事件- ロス・マクドナルド | 2018/04/02 18:13 |
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本作とか「運命」とか、ロスマクの転回点として重要作になるのだけど、なぜかポケミスでしか出なくて文庫にならなかったんだよね。「さむけ」とか「ウィチャリー家」とかがミステリ文庫の初期の目玉の扱いだったのと、なんでこんなに差のある扱いなんだろうか....というわけで、ちょいと判官びいきの点をつけます。
文庫にならなかった理由は本当に不明。一応本作は70年代あたりだとロスマク代表作級の扱いを受けてた記憶がある。文庫になるならないで知名度に差が出ちゃった...としか言いようがない出来。巨額の財産を継承すべき20年前に失踪した息子を探せ、という依頼を受けたアーチャーが、その息子?の死体が発見された件、依頼をした弁護士の使用人殺し、そしてその息子の息子が見つかるが、その身元に疑念が...というあたりの謎を解いていくことになる。 本作の一番いいのは、その孫息子の身元疑惑とその解決なんだよね。これ意外に小説として難しい「謎」で、「ほんもの」だと周囲の事件と絡ませにくいし、「ニセモノ」だと小説としての捻りがないし...とこの隘路を小説としてかなり上手に処理できていること。パズラーじゃないので殺人が結構行き当たりばったりで、ワルい奴らが右往左往しているけども、かえってそのくらいの方がハードボイルドらしくてイイように感じるよ。「一瞬の敵」みたいな家族・血統の中だけの話になると、因果話みたいになって閉塞した感じになるから、このくらいのオープン感が評者は好きだな。 (あれ、今 amazon で何となく検索したら、ボッタクリな高額出品以外ひっかからないや...そんなに入手性が今悪いのかしら。もったいない) |
No.319 | 7点 | 悪徳警官- ウィリアム・P・マッギヴァーン | 2018/03/31 23:07 |
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マッギヴァーンお得意の警官モノ。主人公がギャングに買収された悪徳警官だったのが、弟のトラブルをきっかけにギャングたちに反逆する話である。ただし道徳的に悔い改めるとか、弟の復讐で...とか、そういうウェットな話にしないのが一番いい点。
主人公はギャングに買われる悪徳警官を自任しながらも、それでも有能な刑事であり、ヘミングウェイ風な頑固一徹なコードヒーローである。世の中の仕組みが分かってるからこそシニカルになり、利口に立ち回って職務を売るのも、それが独立独歩で他人を信じないタイプの男だからこそだ。そもそも正義と不正・道徳といった観念で動く柄じゃない..だから本作はマッギヴァーンの中でも一番ハードボイルドのテイストが強い作品になっている。 事件の目撃者となったことでギャングに不利な証言をする弟に対し、死なせないためにその証言を翻させようと主人公は躍起になる。マトモな警官である弟はまったく取り合わないので、主人公と組んでいたギャングに殺される。それでも主人公は自分がギャングたちに騙されメンツを潰されたあたりに怒り狂う(弱みなんぞ見せたくもないしプライド高いんだよ)みたいに描かれて、ウエットさなぞ薬にしたくてもないような煮え切った主人公である。 要するに主人公は自分の周囲の、弟を含む善良な警官たちを、多少小馬鹿にしていたのである。しかし周囲の善良な警官たちが「警官殺し」に対して一致団結してギャング壊滅に向けて頑張る姿に、主人公は逆に考えさせられることになる。こういう道徳主義的ではないダイナミズムの設定がなかなか、いい。あくまでもバッドボーイの物語なのだ。 日本だとどうもハードボイルドの名のもとに情緒的な浪花節が横行するのだけども、本当はこういうシニカルでドライなのが、ハードボイルドの真面目なんだよね。作者が自分の作り出したキャラをうまく客観視できている印象がある。こういうあたりが極めてマッギヴァーンという作家の個性を感じるところ、かな。 |
No.318 | 5点 | 危険の契約- エリオット・リード | 2018/03/31 22:34 |
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エリオット・リードはアンブラーの別名義みたいなものだが、ロッダという作家との合作ということもあって、多少テイストが異なる。本作だと主人公は海軍を辞めたあとに、自分でモーター・ランチを所有して船長として雇われ仕事を始めたばかりである。原題の Charter to Danger もチャーター船の話、ということだ。大実業家の秘書を名乗る男にチャーターされてカンヌに持船を回航してきたのだが、打ち合わせのために上陸したのを主人公はすっぽかされて、船に戻ったら、機関士と甥を乗せたまま船が消えていた....雇ったはずの秘書は全く別人で、大実業家もホテルから失踪していたのだった。まもなく主人公の相棒である機関士の死体が漂流するボートの中で見つかった! 大実業家はどうやら誘拐されて主人公の甥と一緒に囚われているらしい。
とまあ、アンブラーというよりも、アンドリュー・ガーヴみたいなノリの話である。良い点は主人公設定で、誘拐事件の道具に使われた船の船長、というわけでどっちか言えば「小説の脇役」みたいなポジションになりがちなキャラをあえて主人公にして、甥の安否と責任感から、積極的に事件に介入することにしている。誘拐も企業合併のウラで進行している株の仕手戦と絡んでいるなど、冒険小説にしては異色なくらいのリアル設定があることだろう。 つるつる読めて、いい点もあるが、標準的なスリラー、といったところ。アンブラー独特のアイロニーみたいなものは窺われない。 |
No.317 | 10点 | 眠りなき狙撃者- ジャン=パトリック・マンシェット | 2018/03/27 22:28 |
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人によって高得点の付け方はいろいろなのだろうが、評者の10点は大傑作・大名作というよりも、「愛の対象」であるかどうか、である。だから今までは再読作品以外は10点を付けれなかったのだが...本作は初読でもその自己ルールを破ります。評者は本作に恋している。
まあ評者マンシェットとは相性がいいのは何となく感じていたのだがね。この遺作は今まで読んだマンシェットのどの作品よりもタイトで凶悪でクールであり、ハードボイルドの鑑、と言っていい作品である。ほぼ散文詩の域に近づいているので、一語一句ゆるがせにできない読書体験を味わったよ。三人称・カメラアイな客観描写という方法論が徹底されているので、大向こうを唸らせる警句も、文学的比喩もここには存在しえない。本作と比較したら、チャンドラーだって気取った自意識の産物であり、ロスマクなんぞ比喩のかたちで主観を密輸し放題である...本作を味わずして、ハードボイルドを語るのはおこがましい、と感じるほどだ。 本作の良さを語るのならば、それは本作自身に語らせよう。 冬で夜だった。凍った風が、北極からじかにアイルランドの海へ流れ込み、リヴァプールを薙ぎ払って、チェシャ―平原を突っ走り(猫は風が暖炉のなかで唸りを上げるのを聞いて寒そうに耳を寝かせ)、風は下げたウィンドウを通して、ベドフォードの小型バンに坐った男の眼を叩きつけにやってきた。男は瞬きもしない。 一種のズームアップの映像感覚が心地よい。それにしても、何とイメージが広がる描写だろう!! これが冒頭で、最後に至るまでこの調子で文章に一切の妥協がない。でしかも、ほぼこの文章のパラフレーズで小説は終わる。そしてその微妙に違う部分に、万斛の感慨が滲み出る。 ハードボイルドの極北、とは本作のことであろう。本作に出会えて、本当によかった。 後記(2018/9/20):Amazon の☆が何か凄いことになっている...☆5が4人、☆1が4人、他はなし! 強烈に評価が割れてるね。面白い! |
No.316 | 8点 | 銀河ヒッチハイク・ガイド- ダグラス・アダムス | 2018/03/22 23:09 |
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「スラプスティックSF」とか「おバカSF」とか言われがちな作品なんだけど、ハッカー・カルチャーに多大な影響を与えた記念碑的名作でもある。Google で「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」で検索したときに「42」と答える元ネタであるし、初期のチェスマシーンが「ディープソート」だったり、nethack の一部のバリアントに「ヒッチハイクレベル」があったりと、強烈なサブカル的影響を残した作品なんだが...モンティ・パイソン風の英国ギャグの渋シュールな感覚にハマる人はハマるけど、?となるだけの人も、というところである。本サイトで言うならば、イギリスの渋いアイロニーのあるミステリが好きな人だったら、意外にいいかもと思う。評者はどっちか言うとSFが苦手な方だが、本作は例外で大好き。
まあお話よりも、独特の脱線的で饒舌な語り口が楽しみどころで、主人公らに向けて発射された2基のミサイルが「無限可能性ドライブ」によってマッコウクジラとペチュニアの鉢植えに置換されて(なぜクジラかとか尋かないこと)しまい、クジラと鉢植えが落下する際に、クジラの主観で出会う世界「しっぽ・風・大地」をその新鮮な出会いとして描写するのに対し、鉢植えは まいったな、またか。ペチュニアの鉢植えがそんなふうに思った理由を正確に理解できたら、宇宙の本質がもっとよくわかるだろう。 と描かれる。こういう韜晦の利いた語り口が「ヒッチハイク」という小説に本質。笑えるというよりも、苦笑とかニヤニヤ笑いを誘う、奇書の部類である。 ...まあこんな小説だから、評者とか「映画..きっとダメなエンタメだろ」と思いながらも、それでも原作好きだから封切で見たんだが、製作途中で亡くなったが原作者が書いた脚本に基づいており、原作の苦笑いなテイストを生かした上出来な映画でびっくりしたものだ。なんせSFのクセにイルカ・ショーから始まって、地球が破壊されることを知ったイルカが人類に警告するのに、それが全部イルカの芸だと誤解されて「さようなら、今まで魚をありがとう」と宇宙に向けて飛び立つさまを主題歌仕立てでタイトルバックにする、というトンデもなさである。原作にないエピソードを若干膨らませてあるのだが、いかにも原作にありそうな内容で違和感がないあたりが流石。原作を若干グレードアップした感もある。価値転換銃、評者も欲しいな(苦笑) というわけで、こういう奇抜な作品にしては珍しいことに、原作も映画もどっちも素晴らしい。イングリッシュ・テイストがお好きなら一度お試しあれ。 |
No.315 | 7点 | 007/ゴールドフィンガー- イアン・フレミング | 2018/03/18 00:32 |
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問答無用に007である。映画の印象だと大冒険アクションなのだが、小説だとフォート・ノックス襲撃は後半1/3ほどで、ボリューム的にはずいぶん小さい。そのかわり、ゴールドフィンガーのカードのイカサマを暴くのと、ゴルフの勝負のウェイトが大きい。なので地味か...というとそういう印象を与えないのが、フレミングの腕の冴えのように感じる。
ボンドというと、例の「ウォッカ・マティーニを。ステアせずにシェィクで」が有名なように、イギリス紳士らしい奇矯で偏頗なコダワリがあって、それをいつでもどこでも押し通すのだが、実はこれはダンディズムというものなのだ。というのも、内容が奇矯でしかも実にトリビアルなコダワリであればあるほど、コダワることはたかが恣意、ということになる。しかしそれが恣意であればあるだけ、それを押し通すことは「奪われざる自由意志」といったものの象徴となる...ウオッカ・マティーニへのコダワリも拷問への抵抗力も、ボンドにとってはまったく等価なものなのだ。ここらの事情をカードやゴルフで「命がけで遊んでいる」ボンドの姿を介して、魅力的に描けているように思う。それこそボー・ブランメル以来のイギリスのダンディズムの最後の後継者というべきだろう。こういうボンドの美意識を一番まったりと楽しめるのが、たぶん本作。 映画はそういう意味じゃ別物。評者はオッドジョブ(ハロルド坂田)への愛が深すぎて、見ていて苦しくなるほど萌えに萌え狂っていた...ハロルド坂田やゲルト・フレーベだけじゃなくて、この頃のボンド映画ってキャスティングのセンスが神がかっているなぁ。 |
No.314 | 4点 | 別れの顔- ロス・マクドナルド | 2018/03/12 19:25 |
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さすがに本作マズイだろう...というのは、本作はその前作である「一瞬の敵」の書き直しみたいなもので、「一瞬の敵」をずっと地味にしたようなものである。本当に「一瞬の敵」が「ああだったこうだった」が読んでてカブる...アイデアが枯渇したのか?と疑うくらいの再利用ぶりである。
真相も「一瞬の敵」ほど派手なものではないが、サイコな真相になるので、ミステリとしてのフェア感はない。バタバタと終盤に真相が関係者の告白で解かれていくようなもので、謎解きの妙味は薄い。 それでもいいところはいくつかあって、最終盤に昔のホームムーヴィーを見るシーンがあるけど、これが結構ウルっとくる。あと、精神科医の妻とアーチャーの関係がなんとなく、いい。それからラストは「さむけ」みたいな結末を決めている。努力の跡もあるわけで、無下に否定するのも何か...とは思わなくもないが、やはりどうも釈然としない。まあ評者、アメリカ人の大好きなフロイトがらみのサイコ系は、興味本位なセンセーショナリズムとしか思えなくて、そもそも嫌いなんだよね。 だから本作はロスマクの退歩、といったのがトータルな印象。いい点はつけられない。 |
No.313 | 8点 | Xの悲劇- エラリイ・クイーン | 2018/03/11 21:59 |
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今更言うのは本当に気が引けるくらいのものなのだが、本作は面白い。今回ほぼ半日でツルツルと読んでしまった。本作の面白さというのは、モダン都市の面白さであって、市電、渡し船、汽車と交通機関を殺人の舞台としたスピード感を感じさせる舞台設定の妙、都市の交響楽としての都市小説の良さである。
国名だって「オランダ靴」や「エジプト十字架」が、ブルジョア家庭の相克みたいな要素がまったくなくて、クリアな面白さがあったのと、本作は似ている。日本のファンは妙にブルジョア家庭の悲劇ベースの家モノが好きなんだけど、実はそういう要素は、クイーンの中でも退嬰的な部分であって、本当のいい部分はこういう都市小説の良さなのだと思うなぁ。(そういう意味だと後期で都市小説にちゃんと取り組んだのが「九尾の猫」くらいしかない...これは残念なことかも) 評者前から言ってることだが、ドルリー・レーンというキャラは嫌いだ。特に本作とは、合ってない。エラリイでもよかったのでは? まあ評者のレーン嫌いは、どうもキャラとして大げさで、アメリカ人の文化コンプレックスが凝ってできたようなキャラだから..というあたりから。ハムレット荘って「ドルリーランド」だな。 うんこれでクイーン真作長編はコンプ。「新冒険」は絶対やるけど、「恐怖の研究」とか「間違いの悲劇」は気が向いたら、くらいにしたい。あそれでも「国際事件簿」はしたいなあ。 |
No.312 | 5点 | 恐怖の背景- エリック・アンブラー | 2018/03/11 18:12 |
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さてアンブラーもほぼコンプに近づいて、残るは本作と「夜来る者」になった。アンブラーの長編2作目だが、処女作の「暗い国境」はあまり「らしくない」作品なので、批評的にも敬遠されがちなんだが、本作はアンブラーらしい巻き込まれ型スパイ小説を確立した作品で、そういう意味では重要なんだけどね....
でまあ、本作はまだアンブラーがソ連について幻想を抱いていた時期でもあって、主人公のジャーナリストとソ連のプロスパイが組んで、直接にはイギリスの石油会社がルーマニアの利権のために、ルーマニアのナチシンパと組んで工作するのを請け負った、本人によれば「プロパガンディスト」、要するにディミトリオスの原型のような国際関係のはざまで暗躍する非合法活動屋のロビンソン大佐(サリッツァとか...名前はどうせ適当だ)の一味と対決する。 ソ連のスパイであるザレショフ兄妹は、サリッツァに買収されてソ連の軍事計画の写真を盗んだ裏切り者を、ついつい手下が殺してしまって、その容疑が主人公にかかることから、成り行きで主人公を救うことになって行を共にする。だから、まるっきりの善玉、というわけでもない。しかし、主人公が妙にスパイ活動というか、サリッツァへの仕返しに積極的なあたりが、なんとももにょる。困った。アンブラーらしさってのは、スパイ活動なんてロクでもない非合法活動だ、という妙に醒めたあたりだと思ってたのだが、本作のアマチュアの主人公は妙にノリノリだ。 「恐怖への旅」とか「裏切りへの道」とかだと主人公がカタギの技術者、というのもあって、スパイ活動に対する嫌悪感がイイのだが、本作の主人公はやくざなジャーナリストである。アンブラーも一夜にしては成らず、か。 |
No.311 | 8点 | テレーズ・デスケールー- フランソワ・モーリアック | 2018/03/11 17:49 |
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シムノンの「ペペ・ドンジュの真相」なんてやったからは、関連作品のこれ。
評者高校生の時に本作は読んで、強烈にテレーズにあこがれちゃったんだよね。20世紀フランス文学最凶の萌えキャラである。あの遠藤周作だってオトしたファム・ファタルである。 話はほんと「ペペ・ドンジュ」とあまり変わらない。まだから本サイトで取り上げてもよかろうよ。フランスのボルドーの田舎の上流階級の娘テレーズは、家の都合もあったが、平凡な男ベルナールと結婚する(デスケールーは結婚後の姓)。結婚後は家の因習に縛られて、自分の心が死んでいくような痛みを感じていたテレーズは、火事のニュースに気を取られた夫が毒性の高い薬を多く飲んだのを知っていて見過ごす...体調を崩す夫、テレーズはどうしようもない感情に駆られて、再度夫に毒を飲ませていった...しかし、医者の告発でテレーズは裁判にかかる。家名を重んずる婚家も実家も、夫に偽証をさせることで事態を収拾するが、釈放されたテレーズを待っていたのは、世間体の維持のための軟禁だった。 「森も、夜の闇も怖くありません。森も闇もわたしを知っています。わたしはこの寂寥とした土地に似て作られた女」であり、メディアやイゾルデといった地母神的な不思議な力を備えた一種の「魔女」である。夫も周囲も、そういうテレーズを恐れてはばかるようになる。「この女はすべての調子を狂わせる天分がある」と。しかしテレーズは周囲の敵意に対して「わたしは生きるわ。でも、わたしを憎んでいる人たちの手の中で、生きる屍のように生きるわ」と「当たる前に砕けた」ような心で対抗するのである.... 評者なんぞ、若かったから、本当にこのキャラにヤられたよ。そんな青春の記念碑、かな。ミステリとして読むならば、一種のホワイダニットである。最後に夫がテレーズに尋ねるので、一応の真相は、ある。本作では夫は事件後テレーズを忌み嫌うから、「ペペ・ドンジュ」とはテイストが正反対になるわけで、どっちか言えば「ペペ・ドンジュ」よりも悲劇的で、ミステリっぽいかもしれない。 |
No.310 | 5点 | チェルシー連続殺人事件- ライオネル・デヴィッドスン | 2018/03/11 17:27 |
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ライオネル・デヴィッドソンというと、CWAゴールドダガーを3回も受賞した大家といっていい作家なのだけど、日本での人気は全然出なかった人である。日本とイギリスのセンスの違いみたいなものを、いつも実感するエピソードである。
で、本作も受賞作で3回のうち最後の受賞。それまでがスパイ・冒険小説のくくりになる作品だったのだが、これはミッシング・リンクもの風な連続殺人を、捜査を指揮する警視の視点で追う作品。被害者がイギリスの詩人と同じイニシャルを持っていて、犯行を示唆する詩を引用した手紙が届く、というのがポイント。某連続殺人事件モノにちょっと近いトリックもある。 とはいえ、ポイントは当時最新のファッションと芸術の街だったチェルシーが舞台だ、ということ。主要人物として、アングラ映画を撮影するグループ(うち一人はアフロヘアの黒人)が登場するし、楽器の修復業者はドイツ人で、ジーンズショップの経営者は華僑、その黒人はもちろんインテリで、アルバイト先のレストランでは見た目が黒人でも丁寧かつ完璧なフランス語で、名物給仕だ...というあたり、丁寧なキャラ描写が命。アングラ映画はどうもケネス・アンガーっぽいものみたいだな。 というわけで、ミステリ色よりも風俗小説としての面白みが勝る。まあ、前の受賞作もデテールの書き込み力が印象的だから、まあこういう作風、ということか。ハッタリ感は薄いから、日本じゃ受けづらいのも仕方がないかなあ。 |
No.309 | 6点 | 山師トマ- ジャン・コクトー | 2018/03/08 23:15 |
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フランスの「前ハードボイルド小説」といった態の作品って、実は結構いろいろあるように思う(そのうち「超男性」したい...)のだが、これもその一つ。舞台は第一次大戦中のフランス、本作の主人公ギヨムは天性の冒険家であり、まだ子供でありながら年齢と身の上を偽って、軍隊に紛れ込んだ...赤十字活動を主宰する公爵夫人のみならず、その娘まで手玉にとって、ギヨムは熾烈な戦場を全速力で駆け抜ける、といった内容である。
ギヨムにとって「嘘」は自身の「自然」以外の何物でもない。だからその内面は、どこまでいっても仮面に過ぎない。そういう意味でこの作品の登場人物たちには、一切の内面がないのである。ハードボイルド、というのはそういう意味だ。 ただ、本作、全編これ警句、といった体裁 あらゆる人間は、その左肩には猿を、右の肩には鸚鵡を持っている。 やや作者自身が語りすぎているので、本作のハードボイルド性はかなり分かりづらいものに留まっている。それでも自らの死ですら「死の真似」と意図的に混同するようなギヨムの像こそが、内面をまったき外面として捉えるハードボイルドの先駆的な例となっているように評者は感じるのだ。 「弾丸だ」と彼は思った。「死んだ真似をしなければ殺されてしまうぞ」だが彼に在っては、架空と現実と二にして一であった。ギヨム・トマは死んだ。 |
No.308 | 7点 | ベベ・ドンジュの真相- ジョルジュ・シムノン | 2018/02/25 23:28 |
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本作読んでの感想は、やはり空さんと同じく「テレーズ・デスケールー」のシムノン版、というところ。フランス文学には「女の一生」とか「ボヴァリー夫人」とか「人妻話の伝統」みたいなものがあるわけで、そういうもののシムノン流、ということになるのだが、人妻話としてもシムノン一般小説としても、かなりミステリ寄りの作品だ。しかし、シムノンらしい夫婦の心理の綾(他人同士が一緒に暮らすことになる不思議と恐ろしさ...)が主眼なので、分かりやすさみたいなものはない。シムノンで言えば「ベルの死」のような説明不能な「こころ」の話だが、テレーズや「ベルの死」とは違って、妻ペペによって毒殺されかけた被害者の夫が、あくまでもその行為に及んだ妻の、孤独なこころと漠然とした殺意を理解し赦そうとする話である。なので、テレーズや「ベルの死」のような鬱屈感はなくて、突き抜けたような清澄な雰囲気がある。罪を犯すことによる逆説的な救いみたいなものを感じるのがいいのだろう。
シムノンという作家が「人を殺す」という究極の行為について、いろいろと解釈を試みるヴァリエーションの広さは、本当に敬服に値する。逆にカトリック文学らしく「罪と罰」の視点がシムノンよりも強い、モーリアックの「テレーズ・デスケールー」も久々に読んでみたくなったなぁ。 |
No.307 | 4点 | スカイティップ- エリオット・リード | 2018/02/25 00:01 |
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アンブラーがチャールズ・ロッダという作家と合作で発表したエリオット・リード名義は5作あるが、これがその第一作。「航空冒険小説の決定版!」なカッコいいタイトルである...嘘です。「スカイティップ」というのは採掘跡にできる排石の山「ズリ山」のことである。主人公の建築家は仕事のしすぎでノイローゼ気味になったことから、医師のすすめでコーンウォールの田舎で静養することになった。そこで知り合った政治評論家は何かに怯えているようだ....果たして政治評論家はロンドンに用事がある、と言って出たまま失踪した!
まあそんな話で、その背景にはアーサー王気取りの、右翼泡沫政党の党首の過去のナチ協力歴を巡る恐喝事件があった。怪しげな政治ゴロたちが暗躍する中で、主人公はその証拠書類の争奪戦に巻き込まれていく。クライマックスはその「スカイティップ」、ズリ山のトロッコでのアクションで終わる...というわけで、リアルって言えばリアルなんだが、右往左往する連中のほとんどがイギリスのナチの(元)シンパたちで、早い話がヤクザまがいの卑小な政治ゴロどもである。おおよそチンケな連中ばっかりだ。陰謀のスケール感もまったくないし...でカッコ悪いこと甚だしい。 舞台となるコーンウォールの地方色とか出てるが、およそロマンには程遠いというか、そういうロマン性の下らなさを強調したような、反ロマンな小説である。読んでて盛り下がって、何か、困る。今一つ真相解明感もなくて、すっきりもしない。「アンブラーにハズれなし」と思ってきたけど、こういうのもあるか(「反乱」はもっと面白い)。 |