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クリスティ再読さん
平均点: 6.39点 書評数: 1419件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.459 7点 モンマルトルのメグレ- ジョルジュ・シムノン 2019/01/14 11:36
訳題が「モンマルトル」と付いているので、ボヘミアン画家とかムーラン・ルージュみたいなおのぼり喜ぶショーキャバレーが舞台?と思うとさにあらず。舞台はダンサーが3人しかいないストリップ小屋だというのが、シムノンらしさ全開。ミステリ色の薄い「ストリップ・ティーズ」も併せて読むといいかも。
じゃあどこがシムノンっぽい?というと、被害者になるストリップ嬢は仕事のあと、警官に犯罪計画を立ち聞きした...と密告しに行って、メグレの元まで送られるのだけど、いざ酔いが醒めてみると急に証言が曖昧になって...とグズグズなあたりかな、とも思うのである。小説って意外に目的志向が強いものだから、「勢いで何かしちゃって、腰砕ける」とか書きづらいものなんだけども、こういう「あるある的リアル」が「シムノン、書けてる!」感の原因かな。
でこの嬢、証言翻して帰宅したらその自宅で絞殺されていた....曖昧な証言は裏を取ると、全部でっちあげのようだ。しかし、予告されていた犯罪らしきものは、起こった!
というこの展開は、まさに「ミステリとして、うまい」という感じ。なぜストリップ嬢はそんな密告をしようと思ったのか?背後にどんな男がいるのか?というあたりを巡って、メグレの捜査が続く。ご贔屓ロニョン君も活躍するし、メグレが気分転換に外の捜査に出たがるワガママとか、ここらへんのニヤリとなるあたりも鉄板の面白さである。
で終盤、メグレとこの嬢をよく知るストリップ小屋の店主と、改めて嬢の性格などを検討し直すシーンが、なかなか「女が分かってる」感が強く出ててスゴイな、と思わせる。女性を描かせて最強の男性作家なんだろうな。
最後はうまく罠をかけて犯人を釣り出すし、ここらへんパズラーじゃない「警察小説」の良さが体現できている。過不足なく中期メグレの面白さを紹介するんだと、本作が一番ニュートラルにわかりやすい作品かもしれない。

No.458 6点 チャーリー・チャンの活躍- E・D・ビガーズ 2019/01/14 10:58
評者チャーリー・チャンって読んだことなかった。創元オジサン印の古典なんだが、どうもここに至るまでに高校生の頃の本格愛が尽きたようだった(苦笑)。ビガーズ自体完全な初読である。
で読んでみると、世界一周旅行ツアーの中で起きる殺人、という設定がなかなかナイス。大勢のツアー客を書き分けるのがポイントだけど、これがちゃんとできてる。そうそう「誰だっけ?」にならないので、小説の腕は確か。
としてみればさ、最初のロンドンでの殺人をパズラーとしての導入にして、中盤をフランス~イタリア~横浜のスリラーで繋いで、終盤で真打ちのチャーリー・チャンによるパズラーの解決、とする構成の良さが、こりゃ立派なものだ。後からツアーに参加したチャンと、読者が改めて同じ情報を見ながら推理できるのがフェアでねえ。だから少々犯人特定に無理があるけども評者は許せちゃう。あっちこっちに細かくミスディレクションも振れてるし、地味かもしれないが、なかなか良い作家じゃん、というのが一番の感想である。
けど評者はチャーリー・チャンというキャラはそう好きじゃないな。妙な格言とか、ピジン英語調とかはあまり感心しない。それでもダフ警部の友情に対して、チャンが「侠気」みたいなものを見せるのが、いい。
エンタメとしてはしっかり良心的に出来てるとは思うが、キャラが古くなってる?ということかもしれない。

No.457 5点 ウィチャリー家の女- ロス・マクドナルド 2019/01/14 10:46
さて「ウィチャリー家」。「さむけ」と並ぶツートップ、って誰が言い出したんだっけ?わざわざ本作を評者は終盤に持ってきた理由はねえ、この「ツートップ」にどうも納得しづらいものを感じてたからなんだよ。
まあトリックに無理があるよね、は結城昌治の「暗い落日」が本作の不満から...でほぼ周知のことと思われる。「暗い落日」は無理なく入れ替える工夫をしたわけだからオッケーだけど、元ネタ本作はそれを考えに入れると厳しいと思う。
多分本作の一番ヘンなところは、フィービの失踪からマゴマゴしすぎていることのように感じる。何か別の逃げ方なかったのかい?と問い詰めたくなるような不手際ぶりのように感じるんだね。悪党もケチな連中じゃん。ああいう悲劇を回避する手段がいくらでもあったような気がする....だからさ、本作の「悲劇度」は本作執筆あたりでのロスマクの家庭的な悲劇が強く反映しすぎて、

「命取りになった病気は?」「人生です」

になっちゃった結果のように思うんだよ。そういうロスマクの「鬱」は気の毒には思うけども、小説にしちゃうと不幸自慢にしかならないから、評者はどうもノれない。どうだろう、皆さんこういうの、好きなんだろうか?
この時期ロスマク良い作品目白押しなんだから、本作をわざわざツートップとか呼ぶ理由は、評者はわからない。もっといろいろな作品、読もうよ。

No.456 6点 沙漠の古都- 国枝史郎 2019/01/11 06:29
何というか、面妖な小説である。本当に行き当たりばったりで、作者に鼻面掴まれて引き回わされるような読書体験を味わった(苦笑)。最初はマドリッドの「民間探偵」レザールが「燐光を放つ怪獣」の出没を調査することろから始まる。「バスカヴィル家の犬」だ。その先輩に当たる探偵ラシイヌとの探偵合戦みたいな趣向があるのだが、怪獣の正体は動物園長の着ぐるみであることが判明する....がそれは、マドリッド市長が「支那新疆の羅布(ロブ)の沙漠」に住む回鶻(ウイグル)人の秘宝を奪ったことに対する、回鶻人の復讐だった!
なんて始まるんだよ(苦笑)。これだけで40ページほどで、軽い導入くらいのウェイト。およぞZ級の味わいにあっけに取られるんだが、袁世凱から別な秘宝の手がかりを託された「支那の貴公子」張教仁と、死去した袁世凱の生まれ変わりを自称する秘密結社の主袁更生、謎を知る土耳古美女紅玉といった面々と、冒頭で登場したラシイヌ&レザールの探偵コンビが、三つ巴の秘宝争奪戦を上海で繰り広げ、秘宝のありからしいボルネオの奥地に探検に赴く。スパイ小説風の味わいから、秘境冒険小説に化けてしまう....まあ、何というか、ジャンルが迷子の小説である。
それでも「神州纐纈城」みたいな陰惨さがなくて軽妙で脳天気な展開なのと、国枝一流の流麗な美文から、ついついクセになる面白さはある。小栗虫太郎の西洋伝奇モノってさ、こういう国枝史郎の後継者みたいな感じだったんだね...と思わせる。虫太郎の鋭さとか陰鬱さはなくて、もっと軽くてマンガっぽいが、それでもヴェルヌとかハガードとかドイルの「面白小説のエッセンスを自分なりに再調合してやろうじゃないの」という意欲はよく窺われる。
困惑はするけど、それでも読んでいるうちは少なくとも面白い。だから本当に、困る。けど本作、翻訳小説みたいな名義で書かれたけども、国枝史郎バリバリのオリジナル作。しかも1923年。乱歩がようやく「二銭銅貨」書いた頃なんだよ!欧米風ミステリ創作では、国枝の方がハッキリ先行しているね。

No.455 7点 妖魔の森の家- ジョン・ディクスン・カー 2019/01/06 12:00
クリスティ、クイーン、ロスマクとやってきたわけだが、じゃあ今年の軸は...というと、困った、カーしかもうないのか。評者あまり得意じゃないんだよ。カーってつまらない作品はトコトンつまらないからねえ。
新春で古本屋めぐりをして、カー3冊仕入れたがどれも本サイトで平均5点以下のもの...まあそういうめぐり合わせかね。申し訳ないが愚痴言いながら書いていくことになりそうだ。
しかし本作は、カーでも一番評判のいい短編集である。定評通りに「妖魔の森の家」はタイトな秀作といった感じのもの。「妖魔」ってゴブリンなんだね。「お手本」と言われるのはその通りの出来。例のロンドン塔の話と似たブラックでシニカルな状況がナイス。要するに本作、ムダがなくて筋肉質なあたりがいい。
で「軽率だった野盗」「ある密室」「赤いカツラの手がかり」もちょっとした不思議状況を手がかりに真相を解明するもので、軽妙な感じがいい。まあカーでフィージビリティ云々するのは無粋だと思うよ。短編だからこその、不思議状況をひっくり返す逆転の切れみたいなもので楽しむべきだと思う。
そうしてみるとねえ「第三の銃弾」は凝りすぎのようにも思う。ただでさえややこしい状況の短い長編を、雑誌掲載のために真相にかかわらない細部を詰めて中編にしたものだから、何かと忙しい。そもそもの最初のプランにあまり説得力がないから、それが更に状況によって複雑化するとしても、危なっかしく土台が揺れてるような印象である。「三つの棺」がそうであるように、複雑なものを視点を変えたらシンプルに説明がつく、というのが本当はミステリで一番の醍醐味のような気がするんだよ。

No.454 8点 日本探偵小説全集(8)久生十蘭集- 久生十蘭 2019/01/03 21:46
ミステリというのは不祝儀の極みのジャンルなので、「おめでたいミステリ」って語義矛盾なんだけども、顎十郎の1編「丹頂の鶴」はというとね、

そもそも鶴は凡禽凡鳥ならず。一挙に千里の雲を凌いで日の下に鳴き、常に百尺の松梢に住んで世の塵をうけぬ。泥中に潜してしかも瑞々。濁りに染まぬ亀を屈の極といたし、鶴を以て伸の極となす。

「いや、目出度いの」。公方様お手飼いの丹頂鶴の死因を「捕物吟味御前試合」の場で、ライバルの南町奉行所の同心を向こうに回し、見事に目出度いオチを付けてみせるわけだ。まさにお正月に読むべきミステリはこれを外してないでしょうよ。
とまあ新年なので洒落てみせたのだけど、「半七」を別格にすれば、ミステリファンが読むべき捕物帳はやはり「顎十郎」ということになる。創元「日本探偵小説全集」の久生十蘭の巻で顎十郎を全作収録しているのはダテじゃない。トリックもあり、ロジックもあり、意外な犯人、不可能興味のミステリの精髄を、比較的短い紙幅(文庫20ページくらい)で切れ味鋭く繰り出されるのは、これちょっと快感、というのものだよ。
でしかもねえ、小説としての洒落っ気もさることながら、文章が実にリズミカル。江戸情緒溢れる日本語が、名調子に乗って繰り広げられる。まあ半七の江戸のリアリズムには及ばないにせよ、「粋」を愉しむエンタメとして秀逸なシリーズである。ミステリとしては、両国の見世物小屋から鯨が消失する不可能興味の「両国の大鯨」がとくによく出来ていると思うよ。
三編収録されている「平賀源内捕物帳」は顎十郎ほどの楽しさはないが、雪の上の足跡密室、一種のアリバイトリック、江戸・大阪・長崎で同一人物に刺殺される不可能興味など、趣向のハッタリの掛け方のうまさではこっちのが上かもね。
「日本探偵小説全集」の名に違わず、本書は捕物帳でもとくにミステリらしい作品が詰まった作品集になっているからね。もちろん、「湖畔」「ハムレット」は十蘭短編の最高峰みたいなものなので、こっちも読んでないと....
うんだから「捕物帳だから」で敬遠するのは、間違ってるよ(あと評者は城昌幸の「若さま」も捨てがたいな...これは「隅の老人」もかくやのアームチェア・デテクティブをカマす捕物帳なんだよ)。

No.453 8点 東京探偵団- 細野不二彦 2019/01/02 16:39
新春乱歩三連発の〆は本作。「乱歩と東京」の主題である「都市論としてのミステリ」をバブル初期の東京を舞台に、「少年探偵団」して実現するという、これほどクレバーな戦略のマンガがあるの?というくらいの名作である。
少年探偵団、というと、父性&分析的理性を象徴する明智先生と、誘惑者であり倒錯者である怪人二十面相との間で、小林少年を巡る恋の鞘当ての物語として読まれるべきなのだが、本作ではもはや超自我である明智は存在し得ない。自立したゲイの少年としての小林少年=ジャッキーが、怪人二十面相=黒男爵との間で繰り広げる機智の闘争=ラブゲームの物語なのである。
なんて固いこと書いちゃったが、正直言ってさ、ゲイの少年をヒーローにした少年向けマンガなんてそもそもあったっけ?(相方も守銭奴の女の子と力仕事担当のマゾヒストで苦笑)。掲載誌がマイナーな「少年ビッグ」だったから知名度は低いけど、当時から細野不二彦の隠れた大名作として有名だった作品である。まあこの人、そもそも結構ミステリタッチは多いね。作者は絶対「乱歩と東京」を読んでると思うよ。
明智先生がいないかわりに、ジャッキーを支えるのは「シティ・ジャッカー・カード」と呼ばれる王道コンツェルンのVIP専用の「魔法の」カードだ。バブル初期の経済的高揚感を反映して、マンガなので奇想天外な「お金の使い方」で事件を解決する。これがなかなか突き抜けていている。ビルをまるまる買い占めるなんて当たり前、たとえそれがサンシャイン60であってもさ。マンガのホラ話感をうまく使えているのが、いい。
新書だと全6巻になるが、後半に秀逸なエピソードが多い印象がある。首都高の渋滞をネタにした「虹が渡る橋」、JR民営化に絡めて環状線の東京からの「脱出」を描いた「MEBIUS EXPRESS」、第一生命館のマッカーサー執務室が舞台の「星条旗の幻」、皇居に潜入して「あの人」と蛍狩りをする「無影燈下の蛍」、「東京タワーとモスラ」を再現してみせる「TOKYO-WAR」など、奇想に満ちた冒険譚を連発している。狭義のミステリ色は薄いが、「都市を巡る冒険ファンタジー」としての完成感は抜群である。けどねえ、このバブル期の風景ももう消えているものが多いわけだ....感慨。

No.452 7点 乱歩と東京- 評論・エッセイ 2019/01/01 22:56
さて新春は乱歩三連発としよう。二番手は1985年度協会賞評論部門も獲った、乱歩をモダン都市論の中で論じた名著である。バブルのトバ口にかかった1985年というこの時代でなければ書かれなかった評論、という印象を評者は強く持っている。出版も西武カルチャーを担ったPARCO出版、「超芸術トマソン」「建築探偵」といった流れの中で、自分たちが暮らす都市を一つのテキストとして捉え、もう一度別な視点で眺めよう、という知的流行のさなかで本書が出たわけである。ミステリというジャンルが「都市小説」という色彩をホームズの昔から湛えているわけなのだが、乱歩の小説の中に反映した都市の像を社会的に検証しているのが本書である。
評者だと本当に、ここらが青春だったね。80年代にはかろうじて窺うことのできた、本書が扱う建築の名残も今やすべて取り壊され、乱歩都市の記憶は本書の写真たちの中に色あせて「ある」だけのことだ。本書の評論の秀逸としては、「陰獣」を同潤会アパートと絡めて論じた箇所、「怪人二十面相」を少年たちの生活空間として論じた箇所、「二銭銅貨」と貨幣価値の話など、独立して楽しめる話題が多い。「屋根裏の散歩者」を論じてこんな感じである。

部屋を戸締りできるということは、探偵小説の主要なモチーフである密室が誕生したということである。翻ってみれば、登場人物のプライバシーを推理する小説が探偵小説であり、プライバシーが具体性を帯びたことこそ、探偵小説を生み出す基盤となったといえる。

ミステリもただ読んで愉しむだけでなく、さまざまな「楽しみ方」があることを示した「ミステリをどう論じるか」の方法論として画期的な評論だと思う。

No.451 10点 日本探偵小説全集(2)江戸川乱歩集- 江戸川乱歩 2019/01/01 17:10
新年ということで、初心に帰って乱歩を取り上げよう。評者の世代だったら当たり前なのだが、小学生時代にポプラ社子供向けを読んでファンになり...なんだが、評者マセてたから、小学生高学年で平気で大人向けを読み出して、中学時分にゃ「盲獣」「闇に蠢く」あたりまでコンプしちゃってたよ。自分で言うのも何だが嫌な中坊だな。
でその後何回も思い出したように再読はしている。今回読んでみて、大正期~昭和初期の名作たちって、実に読みやすい!というのが改めての感想。戦前の小説とは思えないくらいの滑らかで普遍性のある語り口だと思う。だから70年台の中学生でもこれほどハマれたというものだ。全盛期の乱歩はやはり稀代のストーリーテラー(語り手)だったように思うよ。評者もともと「押絵」「人間椅子」「鏡地獄」「芋虫」「目羅博士」が五大名作だと思ってた(ごめん評者明智クン要らないんだ)が、今回の再読では「鏡地獄」がやや出来上がり過ぎに感じる。「鏡地獄」を落として、「パノラマ島」の千代子との道行きの佳さ(「青ひげ公の城」だよ...)に入れ替えたい。ここらの短編定番大名作たちは名状しがたい哀しみがあるのが本当に、いい。意外に上に挙げた6作が1冊に効率よくまとまってる短編集が少ないんだな。
でこの創元「日本探偵小説全集」のセレクションだと一番異論があるだろうのはもちろん「化人幻戯」だ。たとえば「孤島の鬼」か「怪人二十面相」+「赤い部屋」くらいに差し替えても悪くはなかったんだろうが...今回「陰獣」と「化人幻戯」を連続して読むことになったわけで、そのための面白さみたいものを感じたので、このセレクションもアリか、と思うようにもなった。比較すると非常に面白いし、ある意味「化人幻戯」が「陰獣」のリライトである面がよく見えるんだよね。
まあ「化人幻戯」は、戦後の気の抜けた乱歩の文章なのでどうにも飽きてくるのがあるのと、大河原侯爵も庄司クンも探偵小説ファンで、乱歩の名前も出てくるファンアート風の部分が妙に気恥ずかしい部分もあって、評者昔からかなり苦手作品だった。まあそういう部分は今更仕方がない。「陰獣」も実は、乱歩の本格ミステリ作家の「理知」を抽出した部分を主人公の作家として、幻想作家としての部分を仮想犯人である大江春泥に託してあるという、内輪ネタな要素があるわけだ。「陰獣」の作中で真相は「一人三役」だ、となるんだが、これは実は乱歩のわざと仕組んだ韜晦で、「主人公=春泥」の「一人四役」なのだ、という真意に今回気づいたのだ。「陰獣」のラストでは、主人公こそが鞭打たれて悦楽の叫びを上げるべきなのだろうね。だがそれを「良心が許さない」と決着をつけたわけである。
トランスジェンダー、というわけではなくても、同性愛の場合に「自身が男なのか女なのか?」と惑い、あるいは積極的に「異性の気分になって」愉しむこともある。そういう「性別の揺れ」を「陰獣」や「化人幻戯」に積極的に読み込むべきなんだ。
「化人幻戯」は更に構図を複雑化して、ウケの男(庄司)と理知の人(明智)の分裂がさらに加わる。このような乱歩の内面の劇として「化人幻戯」を読むと、実に面白いのだ。本当にあからさまに、内面を暴露しているんだよね。ここに還暦を迎えた乱歩の諦念みたいなものを評者は感じて、ラストシーンにしんみりとしたものだ。

人間大多数の性格や習慣が正しくて、それとちがったごく少数のものの性格は病気だと決めてしまうことが、わたしにはまだよくわからないのです。正しいって、いったい、どういうことなのでしょうか。多数決なのでしょうか。

これを「カミングアウト」と正当に捉えよう。そうすれば乱歩を今読む意味もあるというものだ。良心が許さない「陰獣」からここまでたどり着いたのである。

No.450 7点 カッコウはコンピュータに卵を産む- クリフォード・ストール 2018/12/27 08:33
本書のサブタイトルは「コンピュータ諜報の迷宮の中でスパイを追って(Tracking a Spy Through the Maze of Computer Espionage)」なので、スパイ小説であることは、まず間違いないよね?90年代始めによく売れた本なんだけども、作者が体験した実話を小説仕立てにしたものである。
作者は天文学者でカリフォルニアはバークレーのローレンス・バークレー研究所のコンピュータ管理者兼任の研究職にありついたばかりだった。1986年に着任したストールは小手調べに、コンピュータの使用時間とその請求金額との不一致の原因を調査することになった。誰かがコンピュータをタダで使っているらしい....というと「?」な方も多かろう。このコンピュータはPCではなくて、いわゆる「ワークステーション」で、多くの利用者が端末から同時に1台にログインして使う「タイムシェアリング」の時代である。でバークレー、80年代、と来たらコンピュータに詳しい人なら「BSD?」となるよね。ストールの管理するワークステーションは、BSD UNIX と VAX/VMS で動いているマシンたち、という時代だ。しかもインターネットは商用利用が認められない草創期で、大学や研究機関の「ネットワークとネットワークを結んだ」時代、牧歌的でセキュリティは無警戒なほど甘い。ハッキングなんて?と警戒もしていないわけだ。ちなみにね、メールやftpはあっても、まだ http がないから、ブラウザも www もホームページもなにもない、そんな時代である。
ストールが気がついた不一致は、謎の侵入者によるもので、バグを突いてスーパーユーザになって侵入の痕跡を消していたようだ。そして侵入者は研究所のマシンを踏み台に、米軍のコンピュータに侵入しようとしていたのだった。容易ならざる事態にストールは気づくが、通報しようにもまだ「ハッキング」の重大さを分かってないFBIは「損害微小」として取り上げてくれない...ストールはガッチリと証拠を揃えて、この侵入者を「研究」しようと考えた。ストールは侵入者を監視しつつ、他のネットワーク管理者の協力を受けて侵入者の逆探知、監視、でっち上げ情報の提供を続ける。しかし、CIA,NSA,空軍省特別調査課、エネルギー省など諸官庁も興味は示すが、縄張り外のハッキング案件には及び腰だった。そんな官僚組織の迷宮の中でストールは奮闘する(考えてみればこれほど大量の職業スパイたちが登場する小説も珍しいね)。
まあそんな話。最終的にはハッカーはドイツの「カオス・コンピュータ・クラブ」という悪名高いグループの周辺にいた人物で、KGBに情報を売っていることまで解明されることになるのだから、本作って異色のスパイ小説であると同時に、「実話のサイバーパンク」でもあるわけだ。
サイバーパンクっていえばね「ジャックイン」でサイバースペースに飛び込むイメージなんだがね...もちろん技術的には今でも実現できているような代物じゃない。本作は80年代のUNIXのリアルな技術によって「サイバーパンクしちゃった」小説だと読むと面白いだろう。結構テキスト画面のスクリーンショットも入っているので、UNIX(もちろんLinuxでも)の知識があると臨場感が味わえる。評者とか本書が出たときに「これが真のサイバーパンクじゃないの?」なんてイヤミを言った記憶があるよ(苦笑)。
まあいま読むと、技術的にもやたらと懐かしい。「技術の記憶遺産」みたいな本、となるかもしれないね。実際、ネットワーク屋さんだと新入社員研修で本書を読ませるところがあるらしいよ。技術面を丁寧に解説して、エンタメとしても面白いから、いいねえ。

No.449 5点 技師は数字を愛しすぎた- ボアロー&ナルスジャック 2018/12/24 23:54
ボア&ナルにしては、登場人物のツッコミが今ひとつなパズラー風の作品。ここは人間消失の「不可能性」に翻弄されたマルイユ警部が、どんどんと妄想の深みにハマって、正気を失いつつもたまたま真相に頭をブツけてしまって、茫然自失する...というのをボア&ナルだから期待するんだけど、そういう風でもない。ここらが惜しいあたりかな。どうも上層部に信用してもらえなくて..というあたりが淡白になってしまうあたりを、もう少し「らしく」扱えたらいいのにね、と評者は思う。
不可能興味の人間消失とは言っても、第一感で「こんな真相だったらヤだな」と思うようなのが真相。解明されてもあまり大して嬉しくないのが正直な気分である....要するにね、「不可能」を連打しても、その「改め」が甘いから「どうせ抜け道あるだろ」と期待値が上がらないんだよね。まだからいいのはタイトルだけ。「技師は数字を愛しすぎた」ってカッコいいけど、深読みする必要は全然ない。残念。

No.448 10点 神州纐纈城- 国枝史郎 2018/12/24 23:39
雨村不木正史といった面々は、乱歩の先輩/後輩といった見方はできても、「ライバル」とはちょっと呼び難い人々だ..と言ってもそう不当ではないと思うのだが、「乱歩のライバル」っているのか、というとある意味国枝史郎がそうなんだね。この人も独自に「探偵小説」を実現したけども、不木を巡って乱歩と確執してたりして、不仲だったために乱歩中心の「日本探偵小説史」からは抹殺されたという経緯がある。
しかも、最良の乱歩がエロ・グロの絶頂でそれが漆黒の美に反転するさまを実現できたのと同様に、国枝史郎の本作も、グロテスクの極みでそれが宗教的で荘厳な美に転じる瞬間を実現できている。戦前の暗黒文学の頂点の一つと呼ぶべき、唯一無二の傑作である。乱歩のライバル、と呼ぶ資格は十分だと思うよ。
本作の登場人物は、すべて極端に情念を突き詰めた異形の者ばかりである。一方に聖の極みでそのために常に自己を恥じざるを得ない光明優婆塞がいて、不浄の極みとして人の生き血を絞って纐纈布を製造する纐纈城主は、「人恋しさ」のために甲府を訪れて、自身が罹患する奔馬性癩を城下に猖獗させる...がそれは

神聖とは「二つ無い」謂いであった。それは「無類」ということであった。神が「唯一」でなかったなら、決してそれは「神聖」ではない。(略)仮面の城主の癩患は、世界唯一のものでった。

とされる「神聖病」でもあり、癩者たちによる「列外のアナーキズム」と呼べるような「逆説的なユートピア」さえ示唆するような光景すら描かれているのである。極端に突き詰められた情念が、ここではすべてが裏返しになる、戦慄すべき価値転倒の小説なのだ。
それゆえ、登場人物たちはそれぞれの情念に因われつつ、実に熱く自らの生き様を探っていく。

懺悔しろとは餓鬼扱いな!これ売僧、よく聞くがいい。懺悔は汝の専売特許ではない。ありとあらゆる悪人は皆傷しい懺悔者なのだ。懺悔しながら悪事をする。悪事をしながら懺悔する。懺悔と悪事の不即不離、これが彼らの心持ちだ。同時に俺の心持ちだ。懺悔の重さに耐えかねてのたうち廻っている心持ちが、汝のような偽善者に易々解って堪るものか。

この魂の熱さ、燃焼力が本作の最大の動力である。本作を読むと「ああかがやきの四月の底を/はぎしり燃えてゆききする/おれはひとりの修羅なのだ」と歌った宮沢賢治の同時代を感じるのは評者だけだろうか?
本作は実のところ未完である。しかし、当初主人公のように見える土屋庄三郎が無意識のまま地底の河に流されるあたりから、物語は不思議と静止にむかって「徐々に止まって」いくかのようだ。だから、本作が纐纈城主の遅れ馳せな死で中絶するのは、何かここで時が凝結するかのような印象を与える。すべてが投げ出され、あらゆる問いは一時に氷結し、世界と人間の謎はそのまま残される。それが「悟り」?
三大奇書とは言うけれど、アンチミステリならば(お望みなら「匣」を加えて)四大名作でいいいんじゃない?と評者なんぞは思うわけで、暗黒文学の奇書、と呼ぶのならば評者ぜひとも「家畜人ヤプー」と本作、そして「死霊」を加えて六大奇書、と呼びたいと思っているよ。本作の熱量値は、それほど高い。
(そのうち作品社の「国枝史郎探偵小説全集」を何とかしたいと思ってます...)

No.447 6点 メグレと深夜の十字路- ジョルジュ・シムノン 2018/12/23 22:07
初期のポケミス「深夜の十字路」で読了。No.119で本作がポケミスのシムノンでは最初のものである。著者名が「シメノン」のくせに乱歩の解説は「シムノン小論」である(苦笑)。途中でシメノンよりシムノンの方がより正確な発音だとなって、変えたんだよね。この「シムノン小論」が日本のシムノン受容をフォローしていて一読の価値がある。戦前の映画「モンパルナスの夜」が特に日本ではがっちり人気を掴んで、春秋社「シメノン選集」まで出たことが思い出話になっている。「シムノンを理解し、これに心酔したことでは、日本の方が英米よりも早かったと思う」
tider-tiger さんがうまくポイントを纏めているので繰り返さないが、シムノンらしいキャラ造形の上手さが味わえる作品だ。登場人物は3家各2人の男女計6人がメインでそれぞれが個性的。落魄した上流階級出身のデンマーク人、自動車修理工場を経営するボクサー上がりの男、保険代理店を営む吝嗇なプチブル、とそれぞれ出自が異なる人々の只中に、車に乗った死体が登場して彼らの隠された関係が?となる。とくにデンマーク人の兄妹の関係が不思議で、これが一番初期シムノンぽくて印象に残るだろう。
事件自体はかなり荒っぽいものなので、メグレ本人が銃撃されるなど、なかなか派手な展開を見せる。そこらへんあまり初期っぽくない。名作とかそういう感じはまったくないのだが、それでもたまに本作のキャラのことが頭に浮かんだりしそうな作品である。こういうあたり、日本人好みなのかな。

No.446 4点 鏡よ、鏡- スタンリイ・エリン 2018/12/22 22:05
いいか?これ。どうも評者はノレないなあ。
幻想的な内的独白、はまあいい。けどね、幻想だとそこに辻褄があるのかないのかが、ホント作者のさじ加減だけで決まっちゃうので、そこに謎を隠しても出来レースみたいにしか評者は感じないんだな。一時サイコスリラーの映画が流行った時に、登場人物の幻想をしっかり絵にしちゃって、評者は「だったら何でもアリじゃん?」とシラけたのと同じようなものだよ。反則だらけの大味なプロレスを見たような気分とでも言えばいいのか。
「信頼できない語り手」ってね、「だったらお前の言うことなんて信じる必要ないじゃん?」とならないようにする芸が必要なんだと思うよ。今回妙チクリンな精神分析まがいなのが嫌い。けどエロいなあ...成人指定である。要するにスエーデン、ていうとポルノだった時代だね。

No.445 4点 十人の小さなインディアン- アガサ・クリスティー 2018/12/22 21:45
さて今年の新訳クリスティとして論創社から出たもの。小説に原作がある戯曲3つにおまけとしてパーカー・パインものとして既訳がある「レガッタ・デーの事件」の初出がポアロものだったのを収録している。戯曲はそれぞれ「そして誰もいなくなった」「死との約束」「ゼロ時間へ」が原作。もちろん「そして誰もいなくなった」の戯曲版は新訳ではなくて評者もすでに論評済なのでそちらに譲る。そっちのが訳が良いように思うのだが...でオマケの「ポアロとレガッタの謎」はパーカー・パインの方とあまり変わらない。なので特にありがたみはない。
「死との約束」「ゼロ時間へ」は2つとも原作をシンプルに仕立て直したような雰囲気の戯曲化である。このため小説では強調されていない作品的な狙いが直接露わになっているが良いところ。ただし、芝居なんでパズラーにコダワる意味がないのはクリスティ承知の上なので、小説みたいなフェアな推理にはならない。仕方ないでしょ。「死との約束」はボイントン夫人を「異教の偶像のよう」と形容して、子供を貪り食うモロク神に見立てているあたり、小説よりも狙いがはっきりするが、真相に改変がある。まあこれは読んでのお楽しみ。ちなみにポアロは出ない、というか芝居だとクリスティが「イメージ違う!」となっちゃってクリスティ本人が出したくないようだ。
「ゼロ時間へ」はセットがトレシリアン邸1つの室内劇として再構成。なのでトリーヴズ弁護士は死なずに最後まで事件に立ち会う。話の中心が分かりづらい小説よりも、この戯曲の方が整理されている印象がある。
けどねえ、本書戯曲だから字面はスカスカだけど600ページあって、定価は4500円。とてもじゃないが、お値段だけの価値がある本とは呼べない。マニア相手のコレクターズアイテムくらいに思っておけばよろしい。評点にはこの定価が結構響いてるよ。せいぜい3000円で出ないのかね。
しかしね、数藤康雄氏が巻末に「解説」として「劇作家としてのクリスティ」という研究を載せていて、これがちゃんとした上演がされていないものまで網羅した力作である。ほぼこの値打ち、と思うしかないな。評者と同じく数藤氏も「蜘蛛の巣」がお気に入りとわかって嬉しい。

No.444 4点 オペラ座の怪人- ガストン・ルルー 2018/12/22 21:13
大時代的ロマン、で思いついたのが本作。もちろん本作はミュージカルでもロイド=ウェーバー版が有名なのだが、宝塚を中心にかかっているイェストン/コピック版「ファントム」もあれば、映画でもロン・チャイニーの昔から当り狂言で翻案でいいならロックオペラの大名作「ファントム・オブ・パラダイス」があり....とこれほど多産な作品はないのでは?と思えるほどの重要作である。
もちろんその理由は、オペラ、という派手な舞台装置に、迷宮のようなオペラ座の幽霊譚、歌姫に執心の仮面の怪人が音楽の天才で...と、「これを音楽劇にしないプロデューサがいるか!」という絶好のポジショニングにあるわけだね。
まあだからミュージカルだってほぼ同時期に作られたのだが、とくに便乗商法というわけでもなく、それぞれ狙いが違っている。ヅカのファントムもロイド=ウェーバーの亜流でなくて、優る部分のいろいろある良作だからね。
でなんだがね、本作の多産さは上記の「設定の良さ」にほぼ、尽きている。今読むと怪人エリックが「悪の天才」すぎて都合よすぎるのがシラケる(まあこれはオペラ座怪異譚を擬似合理的に説明するためかもね)とか、ヒーローのラウル子爵がバカすぎるとか、ビザールなオリエンタリズムから生まれた謎のペルシャ人とか、エンタメとしてはさすがに賞味期限切れとしかいいようがない要素が多すぎる。まあそれでもオペラ座地下巡りではいろいろルルーが薀蓄してくれていて、これがなかなか面白い。
ちなみにロイド=ウェーバー版とコピック版の大きな違いは、怪人造形だね。ロイド=ウェーバーはルルーの原作通りに怪人が誇大妄想的な悪の天才だが、コピック版は改変してあって純粋ゆえにオカシクなった気の毒な人、というニュアンスがあることだ。まあ悪の天才じゃ「清く正しく美しく」ならないからねえ。ロイド=ウェーバーは音楽的なハッタリがよく効いていて、いろいろな音楽スタイルを駆使して「器用だね...」とは思うのだが、オペラ歌唱のあとにフォークソングみたいな歌を歌って、そっちのが「上手い」という話になるのは、評者は違和感が強いよ。「ファントム」は間抜けなラウルの出番は少なくて、三角関係みたいなニュアンスは薄いから、クリスチーヌと怪人に絞ったコンパクトにできている。怪人キャラの改変から今の観客が受け入れやすい話だし、ロイド=ウェーバーにはない音楽的なまとまり感もあって、よくできたミュージカルだ、と評者は思うんだよ。
ミステリの話題にならなくて申し訳ない。

No.443 8点 赤毛のレドメイン家- イーデン・フィルポッツ 2018/12/18 23:07
「闇からの声」がやや古臭く感じたこともあって、大昔読んだなりの本作、今回楽しめなかったらどうしよう?なんて少し構えていたんだが...いや、悠然とした大ロマン、といったあたりが好感!なポイントだったのが評者としても意外なほどである。
たとえばジュセッペ・ドリアの造形なんだけど、イタリア人らしく大仰で芝居がかったあたりが、オペラチック、と言ってもいいくらい。でロマンの化身みたいな未亡人ジェニーと、このドリアとの夫婦仲がブレンドン視点だと本当に幻惑的、といっていいような妖しい煌めきを見せている...これ本当にオトナな趣味の小説だな。
というかね「本格史観」みたいな進歩発展史で見ると「まだミステリとしては不徹底」というようなことになるのかもしれないけど、フィルポッツの狙いは浪漫的な田園小説を書くことの方にあって、そこに20世紀的な新しい「ミステリ」のアイデアを盛り込んで構成してみた、というくらいのものなんだろう。「ミステリ」は本作ではパーツの一つに過ぎなくて、全体の小説としての構成の中で、本来は「ミステリがどう生かされているか?」と問うべきなんだろうね。言い換えると本作はミステリ古典のように見えて、ミステリの視点だけで判断すべきではない小説なんだと思う。
だから最後の犯人の告白なんてねえ、ロマンの極みだよね。殺人の経緯なんてほぼ忘れてたけど、この最後の告白だけはしっかり覚えていた。本作は「読み直して良かった」と思えるよ。

No.442 1点 砂の器- 松本清張 2018/12/16 09:37
今年は山口勝弘も亡くなって、実験工房も遠くなりにけり...と感慨もあるので年内にやりたくて本作。電子音楽をいろいろ試みた作曲家は割といるけど、芸風から見て、ヌーボー・グループ=実験工房、和賀英良=湯浅譲二でいいじゃないかと思うんだ...評者この時期の人だとこの人好きでね。「若い日本の会」ってあれ60年安保の政治団体みたいなものだしね。名家の娘オノ・ヨーコと結婚した一柳慧がモデルに入ってるかな?
先に映画の話をしちゃっておくけど、夕日バックに台の上に乗った「砂の器」に、バーンとタイトルがカブるセンスのベタさに、評者はそもそも互換性がないよ。で現代音楽をクラシックに改変して、過去の悲惨な放浪生活とカットバックして...との有名なシーンが皆さんお気に入りだが、昔ってさ、あれを「交響曲『宿命』」とか呼んでた記憶があるよ。評者そこらへんも強烈な違和感があってか当時からダメだったな。そりゃ宣伝上の問題があるからワカるし、今はさすがに恥ずかしいのかピアノ協奏曲ってシレっと変えているね。というわけで、このベタさは松竹大船の伝統芸なので、今更批判しようとかは思わないが、原作とはほぼ無関係なアレンジである。これに感動したからって「ミステリの祭典」で高評価するのは筋違いだと思うよ。それこそ佐村河内騒動のモデルみたいなものだと思うと、なおさらシラケるものがある....
気を取り直して原作側も...ごめんシラケる要素が多々ある。まずは主人公の今西刑事の周辺で都合よく事件がおきて、手がかりが上げ膳据え膳で手に入りすぎる。ホント今西刑事は、推理推測が百発百中な名探偵だと思うんだ。「えなんでそんな想像ができるの?」と呆れるくらいの薄い暗合に気がついて、それが本線だったりする...
まあだから実は本作長いように見えて、内容が「ご都合」の一本道で結構ペラペラなんだよね。リアルな警察小説って、「ノイズ」でしかない偶然的な線を追って行き止まりになって..を繰り返すのが醍醐味なんだと評者は思うんだよ。ふう。それを刑事の日常生活描写(まあこれは清張お得意でうまい)で膨らましたような小説である。「算盤の掌にひえびえと秋の村」とかね、こういうのは上手いもんだな。
で問題の「音楽殺人」なんだけど、実はね評者、ジャパノイズ界隈とは少々ご縁もあって、本作あまり他人事じゃないんだな。本作だといくつか関川重雄による和賀の作品評が載ってるが、あまり鋭いことを言えているようにも思えない....ジャーナリスティックな感想レベルのもののように思うよ。清張が実験工房の活動や初期の電子音楽、ミュージック・コンクレートに深い理解を持っていたようには感じないや。ただ風俗的なネタとして採用しただけのように思うんだが、ミステリなんでね、これを安易に殺人と絡めちゃうと、結果的にサブカルに喧嘩を売ってることになるわけなんだよ。「奇怪な電子音楽によって精神を惑乱され」ってね。
まあミステリ作家も商売なので、社会的・風俗的なネタを軽い気持ちで取り上げて、「理解不能」を押して小説にしちゃって、その責任がちゃんと取れないこともあるわけである。なので評者とかには僭越ながら、そういう清張の先見の明のなさを嘲笑する権利もあろうというものだ。ちなみにね、本作でも今西刑事が出張して調査する浪速区役所の真ん前に、今はジャパノイズの拠点ライブハウスの一つの「難波ベアーズ」があったりするんだよ(苦笑)。

No.441 6点 地下鉄サム- ジョンストン・マッカレー 2018/12/10 22:43
「新青年」って探偵小説誌というよりも、モボ御用達の総合娯楽雑誌でかなり「雑食」の雑誌だった、というのがどうも見逃されがちのようにも思うよ。カシコキあたりで愛読されて何か最近人気みたいなウッドハウスもそうだし、本作みたいな洒落た都会派ユーモア小説も「新青年」名物だったわけでね。まあイマドキ「地下鉄サム」なんて言っても誰も知らなくて、「新青年」も遠くになりにけり、やね。
で本作「怪傑ゾロ」の原作者として知られるマッカレーのもう一つの人気作だった。ニューヨークの名人スリ「地下鉄サム」を主人公として、サムを追いかけて腐れ縁の探偵クラドックとの、軽妙なコントのような短編集である。のんびりと落語を聞くように楽しむのが吉。「江戸っ子だってね!」なんて合いの手を入れたくなるような、サムのべらんめえな職人気質が楽しい。ここらへん戦前でウケた要素だろうね。
マッカレーというと、早い話最初期のパルプマガジンの人気作家だったわけで、いってみりゃハードボイルド以前のハードボイルドみたいなものだ。ゾロもそうだが、ブラック・スターのような「マスクト・ヒーロー」がお得意でね。それこそグリーン・ホーネットやバットマンの原型みたいなキャラのわけだよ。こういうパルプ・マガジンのヒーロー物やウェスタンの中から、ハードボイルドな探偵たちも育ってきたわけで、そういう連続性みたいなものを、タッチは違えども「地下鉄サム」の中に窺うこともできるのかもしれないよ。
軽く読んで楽しめて、往にし方に思いを巡らせるネタに事欠かない本作はいかがかな?

No.440 7点 007/わたしを愛したスパイ- イアン・フレミング 2018/12/09 22:02
「サンダーボール作戦」以降は映画のための仕事みたいになって、007の余生みたいなものだ...というと言い過ぎかしらん?でその中で書かれた本作は「007外伝」なんだけど、逆に言えば「カジノ」も「ロシア」も本当はヒロイン視点でもよかったのでは?という作品なことを考え合わせると、やはり本作はフレミングが「書きたくて書いた」作品なんだと思う。そういう作者の思いがあってか、映画化にあたって「小説に書かれた内容を使用することを禁止する」という異例の契約をしたらしい。ま、およそ映画向きじゃない作品だが、ボンドガールの名前にさえ、本作のヒロインのヴィヴ・ミシェルは採用されていないくらいだ。
でね、本作、エロい。女性視点での「セックス」が大きなテーマだ。「わたし」「彼ら」「あの人」の三部構成で「わたし」はヒロインの生い立ちと男性歴で、およそミステリとは無関係なんだけど...しかしね「女性から見た(神話的な)ボンドという男」を描くテーマからすれば、これは絶対必要なパートなんだろう。スクーター(時代を感じる)でアメリカ大陸縦断旅行に出たヒロインは、旅費稼ぎにモーテルの臨時の留守番役に雇われた。一人で留守を預かったヒロインは嵐の晩を過ごすが、2人のギャングの侵入を許すことになる。ギャングの狙いはモーテルを火事にして、保険金を詐取するために雇われたようだ...絶体絶命のピンチに、偶然モーテルに車の故障によって立ち寄った男がいた。その男はジェームズ・ボンドと名乗った!
で、見事にボンドはギャングを退治してヒロインを救う。そしてヒロインはボンドとのベッドシーン....となるわけだが、本作の最大の眼目はこのベッドシーンを描くこと以外にあるわけがない。ここでのヒロインの述懐が、フレミングの「ジェームズ・ボンドについての結論」みたいなものなのであろう。本作を読まずして、007を語ってはいけないね。
まあそういう経緯の作品なので、映画とは「タイトル以外は無関係」という関係にある。「ミステリの祭典」的には触れる必要はなかろう。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.39点   採点数: 1419件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(105)
アガサ・クリスティー(97)
エラリイ・クイーン(48)
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ロス・マクドナルド(26)
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