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[ ハードボイルド ]
ペキン・ダック
モウゼズ・ワイン
ロジャー・L・サイモン 出版月: 1981年02月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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早川書房
1981年02月

No.1 8点 クリスティ再読 2019/03/07 21:03
モウゼズ・ワインって実は探偵像として画期的だったのでは?と思うのだ。確かに、70年代のネオ・ハードボイルド探偵たちって、スペードやマーロウやアーチャーと違って、「トモダチにできる」探偵なのだが、それは古典ハードボイルド探偵が担っていた「ヒーロー性」が、トモダチにするには重すぎるからなんだけど、ワインの場合には、さらにもう一捻りも二捻りもあるのだ。
ブランドステッターでも名無しでもフォーチュンでも、地に足の着いたキャラなのだが、その扱う事件が「この年でないと起き得ない」ような事件ではなくて、普遍的なキャラと普遍的な事件として、時代に縛られていない。しかしね、ワインは違う。ワインだけは、時代の中で生きており、その事件も明白にその時代の刻印が押されている。歴史の中を生きている探偵なのだ。
本書の舞台は四人組追放に揺れる時代の中国である。古参コミュニストの叔母ソニアの主催する第五次米中友好調査旅行団に、叔母に強制されてワインが紛れ込む。旅行団は香港、広州、上海、北京と移動していくが、トラブル続きである....広州では死体を目撃するし、上海ではチンピラの襲撃を受けるし、果てはメンバーが新聞社に潜入を図ったという難癖をつけられて、北京に着いた日には翌日には国外退去処分になる...というその日に訪れた紫禁城の秘宝館から「漢朝の鴨」と呼ばれる秘宝を盗んだ廉で、逆に秘宝が見つかるまでホテルに軟禁されるハメに陥った! 叔母に尻を叩かれてワインは重い腰を上げるが...
という話。昔懐かしの共産中国である。で特に毛沢東というと今で言うポピュリズム傾向が強いから「専門家を疑え」というアマチュアリズムの体質があるんだよね。だから「探偵」なんて仕事は、

「ブルジョワ個人主義の純粋な形だ....おれはひとりで働き、ひとりで暮らす..."こんな卑しい街を一人の男が歩かなくてはならない(チャンドラーですよ!中略)彼こそは英雄なのであり、彼こそはすべてなのだ"」
「かわいそうな人ね!」「どうして?」「どうやって、一人の男がすべてでありえるのよ?」

と完膚なきまでにやっつけられる(苦笑)。「どうやって、一人の男がすべてありえるのよ?」こそ、まさしく正論だから手に負えないや。まさにワインの立場は本人もよく承知しているとおりに「おれは、左翼の傍観者みたいなものだ。いつもそうだ。それに、アメリカ人消費者で、革命を買いに中国に来たんだ」と正直に告白せざるを得ない。ハードボイルドの美意識を消費するだけの嘘くささを、そのまま「嘘くささ」として、ワインは半ば顔を背けながらも、認めることになる。
しかし勿論本作での中国はユートピアでもなんでもなくて、ヒロインのリューは「わたしたちは、狂信的超愛国主義の世界に住んでいるのよ」と言いはなつ。それでもワインにとっては、小説の世界で都合よく馴れ合わない「他者」としてこの「中国」が顕現しているのである。だからこそ、探偵小説は相対化されるのだ。本書はメタ小説なのだ。

あなたはきっと、探偵小説が好きなんでしょうね
―いや、好きじゃないよ。プロットのためならば、何でも犠牲にするからね。


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