皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1313件 |
No.713 | 8点 | フーコーの振り子- ウンベルト・エーコ | 2020/05/26 17:54 |
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「薔薇の名前」よりも長くてヘヴィだから、落ち着いて読める時期に..とは思ってたけど、頑張って再読。これも出てすぐに買った本。
主人公の「わたし」はテンプル騎士団についての学位論文を書いているときに、インテリが集まるバーで編集者のタルボと知り合う。タルボはテンプル騎士団を扱った持ち込み原稿の扱いに、主人公を顧問として協力を求める。原稿の主はオカルトに狂った「猟奇魔」の畸人で、出版社は固い学術出版社のウラに、自費出版を営んでおり、「原稿を預かる」という名目で、自費出版に誘導するのが狙いだった....しかし、その原稿の主は殺人を疑われる状況のもとに姿を消した。真相が不明のまま、卒業した主人公はブラジルに渡り、そこでサンジェルマン伯爵を連想させる紳士と知り合う。ミラノに舞い戻った主人公は、その出版社でタルボたちと一緒に働くようになるが、その出版社では頻繁に持ち込まれるオカルト原稿にヒントを受けて、自社でオカルト書籍シリーズを出すことを検討していた。サンジェルマンを思わせるアッリエ侯爵も、その顧問に加わることになるが、主人公とタルボ、ユダヤ人でカバリストのディオッターレヴィの三人組は、失踪した男が「テンプル騎士団の秘密を記したメモ」とする暗号文書から、ありとあらゆるオカルトを一まとめにしたような、西洋史を貫く大陰謀「計画」を冗談半分にでっちあげて、世の中の鼻を明かそうとたくらんでいた。 この「計画」を女をめぐる張り合いで、タルボがアッリエ侯爵に漏らしたことから、ただならぬ事件が動き出す.... うん、まあこういう話。本書の10のパートがカバラのセフィロトの木になぞらえて作られているとか、三人組の一人がカバリストで、カバラ用語が頻出するとか、読むにあたって西洋史というか宗教・オカルトあたりに一定の知識があった方がいいと思う。カバラだったらショーレムの「カバラとその象徴表現」とか、薔薇十字ならイェイツの「薔薇十字の覚醒」とかマトモな本を読んでおくといいんじゃないかな。まあインテリ向けのエンタメだから、意味が解らなくて流して読んでもそうそう困りはしないんだが。 で、作者は記号学者のエーコである。評者も80~90年代あたりの記号学の流行りの中で少しくらいはかじったか。この記号学、「記号には隠された意味などまったくない」というのが、大前提というのか信条というのか、そういうモノなんだ。記号学というのは、オカルトの反対の極にあるものになる。だから本書は「記号学の大家による、反=記号学の遊戯」みたいなもの。オカルト=象徴表現というのは、「表面的に現れた意味の背後に、隠された意味があって、その隠された意味に到達するのが【奥義】」ということだから、記号学はオカルトの悪魔祓いの役回りなんだよ。「表層以外は何も信じない」80年代スタイルvs「表面的な意味は完全無視」なオカルトだから、そもそも正反対。 まあエーコは当然ここらを百も承知の上で、オカルトと戯れてみせているわけだ。実際、オカルトって本当に引き写しばっかりで極めて創造性を欠いたジャンルのようなんだよな...しかし、三人組はテキトーに類推からありとあらゆるオカルトを蒐集し、勝手に関連付け、架空の大陰謀を編集的に「創造」してしまう。そうすると、それが「ウソ」ではなくなって...というのが終盤の展開になってくる。自らの嘘に復讐されるわけだ。主人公の妻のリアはウソにのめりこむ夫の姿を見て、出発点のテンプル騎士団の秘密メモが、花屋の配達伝票に過ぎないのを暴露するけど、もう遅すぎる。 「神の書」の文字を調合するためには、それ相応の慈悲を覚悟しないといけないが、僕らにはそれがなかった。どの本も神の名で編まれているのに、僕らの場合は、祈りもせずにすべての物語をアナグラムにして変換してしまった。 この報いを得て、カバリストのディオッターレヴィは「僕の細胞は他の誰のものでもない自分だけの話を作り上げ」る病気である、ガンで死ぬことになる。まあ、本書はマジメというよりも、アイロニカルでシニカルなコメディみたいに読むものではあるんだけどね。だからさ、同じくテンプル騎士団のオカルトを扱っても、例の「ダ・ヴィンチ・コード」とかとは全然レベルの違う話。本書読んでりゃ、いかに「ダ・ヴィンチ・コード」の創造性が皆無なのかが、分かろうというものだ。 最後に本書の主人公が「知のサム・スペード」を気取るのは、これはこれでウラの意味があってね、要するに「マルタの鷹」は、最後には宝物が模造品で一文の価値もないことが判明する、という本書の先達みたいな話なんだ。逆に言えば、宝物とか秘密とか陰謀とか奥義とか、こんなのはヒチコック流に言えば「マクガフィン」であって、球技で奪い合うためのボールに過ぎないものなので、どんな無価値なものでも「宝物の奪い合い」の宝物になる、という「ゲームの規則」を示しているだけなのさ。 |
No.712 | 6点 | 蝶の骨- 赤江瀑 | 2020/05/24 08:37 |
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赤江瀑は、ミステリと完全に地続きなあたりで書いている作家なんだけど、どうも類型にハマらない独自ジャンルという感覚だ。本作だって、エンタメで、殺人はなく(強姦と自殺はある)、超常現象もなく、エロスはテーマだけど格調高い。こんな感じ。この文章に魅力を感じるなら、読んでもいいと思うよ。
陽だまりが、流子の目の前にもある。濃い肉のくさむらが、その光をすっている。 英寧の首が、動いている。 海の匂いが、たつ。 オオルリが、また鳴いている。 スナキビソウがもみしだかれる。 空が、動く。 ときどき、傾く。 丘が、しずむ。 林がひしめく。 樹木が、折れる。 陽が、なだれる。 ヒロインは学生時代に、同級生男子の「花形」の三人組が、体育館倉庫で行きずりの女性を拉致して強姦するのを目撃した。この美形三人組に人知れず恋情を燃やしていたが、相手にされない自身の容姿の醜さに絶望するヒロインは、自身が強姦されたと大学当局にこの三人組を訴えて出る。三人組は大学除籍。ヒロインは卒業後、整形手術を受けて「蝶」に変身していた....デパートの催しで「爪に彫画」するネイリストをする三人組の一人を見つけたヒロインは、身元を隠して男を誘惑する。男はヒロインとのかつての因縁にまったく気が付かないようだ。これをきっかけに、ヒロインはかつての三人組全員を誘惑する「復讐」に酔いしれる。 まあこんな話。だからヒロインの「復讐」の動機のヒネクレ具合とか、無理を重ねたヒロインの復讐の結末とか、そういうあたりの興味で読んでいく話。悪くないけど、カテゴライズ不能なタイプの話で、恋愛小説にしては主人公が屈折しすぎで、官能小説かというと格調が高すぎる。女性視点で女性が読んでも大丈夫で、解説も皆川博子。「暗黒のハーレクイン」と言ったらピッタリか。 赤江瀑は短編の方がずっといい、というか「長編イマイチ」な人なんだけど、本作は長編の3作目。中盤ヒロインが鉄の処女で自殺を図るとか、ヘンなエピソードもあるけど、まあ一応文庫300ページを持たせている。 |
No.711 | 6点 | ラヴクラフト全集 (3)- H・P・ラヴクラフト | 2020/05/24 08:03 |
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HPLも3巻からは「全集」モードで仕切り直し。訳者も大瀧啓裕で固定になる。なので本書は「ダゴン」「無名都市」の神話作品としてのマイルストーン的重要作が登場。まあただし、神話要素の初登場、ということで注目される話なので、短編幻想譚として悪くはないけど、らしさ全開の名作、とはいかない。「家の中の絵」「潜み棲む恐怖」はニューイングランド因習的恐怖譚で、構成に強く関心を持つラヴクラフトらしさは出ているが、ややあざとい。
としてみると「アウトサイダー」はほぼポオの模作だけど、なかなか出来がいい。「赤き死の仮面」を「仮面」側から描いたような話だけど、実際これにラブクラフトが自分を投影していることもあって、ホラー小説読者論みたいなものを読みこむと面白いと思う。 「戸口にあらわれたもの」は「チャールズ・ウォード」を親友の視点固定で描いた別バージョンみたいな話。「チャールズ・ウォード」よりエンタメしていて、晦渋ではない。結構、いいと思うんだ。 「闇をさまようもの」はHPL最後の作品になる。HPLを慕うロバート・ブロックとのキャラ交換のお遊びがあって、主人公がロバート・ブレイク。ガジェットとして「輝くトラペゾヘドロン」が登場。邪宗教会の廃墟に魅惑される主人公の話だけど、嵐の夜に近隣のカトリック教徒たちが「教会に住む魔物」を封じ込めるために....あたりの描写が雰囲気が出ている。雰囲気のイイ作品だが、話のアクションに欠ける弱点があって今一つ。たった30ページと思われないほどに濃密なんだけどね。 で中編規模の「時間からの影」。雑誌発表が「アウスタンディング・ストーリーズ」だから、神話にSFを接木したような作品で、SFの驚異とホラーの恐怖とどっちつかずになって、どうにも扱いに困る。SFとホラーの合体でHPLがうまく書けたのは「宇宙からの色」くらいしかないと思うけどね。「大いなる種族」は人類とは相いれないだけで、決して邪悪でも悍ましくもないと思うんだ。姿が奇怪だから...で恐れるのは差別ってもんでしょう(苦笑)。 全集ペースになるから、いい作品、重要な作品も含まれるけど、イマイチ作も増えてくる...HPLでもそんなもん。 |
No.710 | 8点 | 奇商クラブ- G・K・チェスタトン | 2020/05/21 16:13 |
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ブラウン神父を通読すると、「童心」最狂もとい最強、「知恵」頑張ってる、以降は二番煎じで切れ味鈍って....というのが正直な印象で、後期に相当する「詩人と狂人たち」「ポンド氏の逆説」も冴えないものが多い、となれば、やはり「チェスタトンって最初は凄かったけど、後ほど時代遅れで自己模倣ばかりになる人」という印象を持たざるを得ない。逆に言うとね、第一短編集の本作とか、あるいは「新ナポレオン奇譚」とか「マンアライブ」とか、大いに期待できる、ということになる(もちろん「木曜の男」は凄い)。
うん、さすが「奇商クラブ」は面白い。仕掛けとファンタジーがうまく融合していて、振り返ると馬鹿馬鹿しいんだけど、ファンタジックな味が捨てがたくて、あたかも童話のようである。バレたら価値がなくなる逆説ではなくて、バレても味わい深い逆説なのである。ここが後期との大きな違いである。 まあ確かにさ、文学上の「狂気」というのは、「狂気を通じて正気を見、正気の中に狂気を見る」弁証法が働くからこそ、意味があるのであって、精神医学上の「狂気」なんてのは悲惨なばっかりで、ブンガク的なものなんかじゃない。「奇商クラブ」あたりは、こういう往還がうまく働くからこそ、奇想を楽しむことができるわけだ。チェスタートンらしさ全開の、生き生きとしたチェスタートンを楽しもう。後半3作が優れていると思う。評者もどうだ、踊ってみようか? で、創元旧版は「背信の塔」「驕りの樹」の豪華オマケ付き。新版はこの2作が入ってない(別な本に収録予定、と予告されている)ので、現状は「旧版よまなきゃ」、である。「背信の塔」はブラウン神父の別バージョンみたいな価値があると思う。たとえば「ブラウン神父の死」とかそういうかたちでリライトしたらいいのに..とか妄想する。「驕りの樹」はその昔小酒井不木訳なんて骨董みたいなのを読んだ記憶がある。「新青年」の大昔から親しまれてきた作品だ。ミステリ的な仕掛けは大したものではないが、ミステリを逆手に取った「犯人の狙い」が素晴らしい。庶民の世間知をインテリは半可通な科学知識とオカルト批判で馬鹿にするのだけど....とチェスタートンの宗教的な主張とも重なって、オモムキが深い。細かいことを言うと、不木訳「孔雀の樹」のタイトルは実際に問題の木がそう呼ばれているからそっちをタイトルにしたわけだけど、西欧では「傲慢(虚栄)」の宗教的なシンボルに「孔雀」が使われるわけで、紳士階級の傲慢を突く作品の狙いから The Tree of Pride となってるわけだ。Pride って今の「いい意味」とは違うからね。 「詩人と狂人たち」とか「ポンド氏の逆説」とは全然レベルの違う力作短編集である。これは、読まなきゃ。 |
No.709 | 7点 | ウェルズSF傑作集1 タイム・マシン- ハーバート・ジョージ・ウェルズ | 2020/05/18 23:31 |
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昔「タイムマシン」を読むのに買って、前半の短編は読んでなかった...まあそんなこともあるさ。
ウェルズってあまりちゃんと読んでなかった(あと読んだのは定番「宇宙戦争」)けど、ドイルに通じるストーリーテリングのうまさがあって、SFというよりも大衆小説のよさみたいなものを感じる。前半の短編がなかなか楽しめるものが多くていいな。 「塀についてドア」はありがちな「選択」の話なんだけど、最初に入ったときに幸福感が印象的。センチメンタルと言うなかれ。 「水晶の卵」は、骨格そのままでガジェットを置き換えたらラヴクラフトになると思うんだ...異世界(設定上は火星)をのぞき込む奇妙な水晶の卵の話。話よりも水晶の中に展開される異世界描写がすべて。短編中のベスト。「宇宙戦争」の予告編だそうだ。 で問題は「タイムマシン」。そうしてみると、この作品がイギリスの階級社会を批判する社会批評をSFのかたちで展開した..というのは言うまでもないことなんだけど、今読むとそれよりも、暗澹とした末世感みたいなものに強く打たれる。実際、世紀末のイギリスは「世界の工場」として空前の繁栄を遂げていたのだが、逆に労働者の教育や健康管理、環境に対する負荷などの対策は本当になおざりで、ボーア戦争でも兵員の供給に困って惨敗するなど、「進歩がホントに進歩なのか?」という懐疑が始まった時期でもあるわけだ。進化論の「進化の夢」も悲観的状況だとあっさり逆転して、Devoじゃないが「人類の退歩」はタイムリーなネタでもあった。加えて「宇宙の熱的死」など世界の有限性についての暗い思索が、この作品に強く反映している。モロンとモーロックの時代も頽廃の極みだが、その後の赤色巨星となった太陽の時代の終末感がなかなかキツいものがある。たぶん「暗黒神話」のラストシーンも「タイムマシン」からイメージを借りているんだろうね... (SF史家の永瀬唯氏の「十九世紀熱力学的宇宙論の運命」によると、「タイムマシン」の最終局面での太陽は、赤色巨星ではなくて、燃料不足で燃え尽き寸前の太陽と、惑星の公転スピードが落ちて太陽に向かって落下するために、地球が太陽に近づいている...というのがウェルズの科学的な想定のようだ。「一度だけぱっと輝いた」というのは、水星とか太陽に落ち込んだのかもね) |
No.708 | 4点 | 明治開化 安吾捕物帖- 坂口安吾 | 2020/05/17 14:12 |
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銭形平次やったところだから、本作も捕物帳と銘打って続くのがおなぐさみ。本作は江戸時代じゃなくて明治も西南戦争後の小康状態の時期が舞台。まあ、安吾の狙いとしては明治維新を敗戦と同じ「転形期」と重ね合わせて「堕落せよ!」との持論をブツようなことなんだけど....
そこで「捕物帳」ということになる。剣客泉山虎之介、戯作者花廼家因果、勝海舟、それに真打の洋行帰りの紳士探偵結城新十郎の推理合戦、と道具立てはガチのパズラーみたいに見えるけど、実はこれがユルユル。この緩さ加減を作者が「捕物帖のことですから決して厳密な推理小説ではありませんが...」とか「読者への口上」で弁解している。実際、推理らしいことをするのは勝海舟と新十郎くらいで、どっちも名探偵というほどの個性もなし。どっちの推理もよくて五十歩百歩、海舟の推理が噴飯もののことも多いし、新十郎の推理も「意外で面白い真相」というほどのこともない。しいて言えば「血を見る真珠」に少々ロジックあり、という程度。というわけで、パズラー風の面白味があるか、というと期待しちゃ、いけない。 で「捕物帳」としてはどうか?というと、江戸風俗とか明治風俗も別にちゃんと描けているというほどでもない。「捕物帳は季の文学」という説もあるが、季節感もポエジーもとくにない。キャラクターも戦後無頼派安吾らしさの方が強く出たキャラで、明治人といわれて納得いくようなキャラではない。そもそも安吾が幕末・明治の人々と生活に強く共感するとかそういうタマじゃないよ。本作が「捕物帳」と名乗るのは捕物帳に失礼な部類。 まあそうは言っても、後半はパズラー仕立てが窮屈になったのか、伝奇ロマン風の舞台設定になって、それしか興味がなくなる。南海の真珠漁に赴く「血を見る真珠」、妻妾同居のトラブルに悩む「時計館の秘密」、おどろおどろしい旧家の当主監禁の真相の「覆面屋敷」とか、キャラの濃い人々がエゴをむき出しにする、事件になる前提の話の部分を楽しむべし。 というわけ。ミステリ・捕物帳・社会風刺小説のどれとしても中途半端。さらに連載が続いて、全23話だそうだが、角川文庫の8話だけで評者は勘弁してほしい.... (余談だが、評者が城昌幸の「若さま侍」をヒイキするのは、ベランメエが板についている、というのもある。綺堂も城も江戸っ子なんだよね。捕物帳は江戸っ子作家じゃないと、本当の味はでないのかも。そうしてみると新しいあたりでは未読だが「宝引の辰」あたりがイイのか?) |
No.707 | 6点 | 櫛の文字 銭形平次ミステリ傑作選- 野村胡堂 | 2020/05/13 20:09 |
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TVドラマ「銭形平次」の主題歌を聴いててね、ノリの良さにこれ「和風ジャズでは?」と思って調べてみたら、やっぱり同じこと感じる人が多いみたいで、クラブDJでかける人もいるようだ。バスクラリネットの入り方がやたらとかっこいい。
というわけで、原作も久々に読みたくなった。創元推理文庫なんてところから「銭形平次ミステリ傑作選」が出てるじゃん(苦笑)。というわけでゲットして、微妙なミスマッチ感を感じながら読了。考えてみると、イマドキ青空文庫を漁れば、銭形平次ならほぼ9割の作品は読めるんだ。じゃあわざわざ書籍で買うメリットは?というと、400篇近い銭形平次の中から、手っ取り早く「ミステリらしさの強い作品」をセレクトして読める、ということになる。そういう値段だと評者は思うことにした。 この短編集は末國善己氏によるセレクション17編。ミステリとは言っても、捕物帳は半七の昔からベースはホームズだから、フェアプレーは無視。それでもホームズ譚くらいのつもりで読むなら、ミステリ、じゃん?というくらいの気持ちで読める。江戸風俗については半七と比較しちゃいけない。平次の江戸風俗は芝居の書割だが、半七は「逝きし世」のリアリティ。そのかわり、いわゆる「銭形平次四原則」、1.侍の肩を持たない。むしろ横暴徹底的にやっつける。 2.町人や農民の味方になる。 3.罰することだけが犯罪の解決ではあるまいとの哲学を貫く。 4.明るい健康な作品にする、が徹底しているので、安心して読めることでは保証付き。「時代劇」のユートピア空間に遊ぶ心持ち。 そうはいっても、不可能興味がある「雪の夜」(半七の「春の雪解」にインスパイア?)とか、暗号解読があって、しかもそれが仕掛けな「櫛の文字」、トリックのある「槍の折れ」「風呂場の秘密」「猫の首輪」「生き葬い」、赤毛連盟を思わせる「人肌地蔵」、などなど「ミステリ傑作選」というだけあって、緩めだがミステリに違いないね、という作品が目白押し。親分が女性に包囲されて攻め立てられる「平次女難」みたいな笑える作品もあるし、平次と八五郎の軽妙な掛け合いはお約束。だからパズラー17連発というわけじゃなくて、軽めでサクサク読める、軽ミステリ17連発という印象の本である。 まあ、平次というと伝奇スリラー的な作品(「金色の処女」とか「七人の花嫁」とか)も多いからね。このセレクションはそういうのは入っていない。さすがに創元、ではあるが、難を言うと「ミステリ傑作選」のせいもあってか、商家を舞台にした殺人に平次が呼ばれて事件を解決、というパターンが続くこと。胡堂の「ミステリらしさ」の狙いと、セレクションの偏りからそんな印象がある。もう少しバラけた方が本としてはいいと思うが。 (時代劇テーマソング3大名曲は「銭形平次」「大岡越前」「大江戸捜査網」だと思う) |
No.706 | 7点 | スペイドという男(グーテンベルク21)- ダシール・ハメット | 2020/05/11 20:34 |
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評者電子書籍デビュー(苦笑)。本当はシムノンの「港の酒場で」でしようか?と思ったのだが、本を拾っちゃって流れてた。まあコロナでブックハントもままならぬから、電子書籍も、いいじゃないか。
でこのグーテンベルク21の「スペイドという男」は、創元稲葉ハメットで同題の本があるけど、まったく別編集。しかも文庫・単行本未収録とかあって、おいしい! 「クッフィニャル島の夜襲」 ハメットの短編代表作視されることも多い作品なんだけど、その昔ポケミスの「名探偵登場③」に収録されて、あと嶋中文庫の「赤い収穫」に収録されて...と名作なのに、日の当たらない扱いを受けていた不遇な作品で有名。今年になって「短編ミステリの二百年」に晴れて収録。田中西二郎訳なので、中央公論社の「世界推理名作全集」(1960)での訳のようだ。結婚式の祝い品警備に、サンフランシスコの沖合に浮かぶ金持ち御用達のクッフィニャル島を訪れたオプは、その夜組織的な大強盗事件に巻き込まれる...本土への橋は破壊され、船も逃走用以外は艫綱を解かれて、島は封鎖状態。そこを二挺の機関銃で武装した強盗団が島全体を制圧し、ありったけの動産をかっさらおうという寸法。島は市街戦の様相を呈し、この軍事作戦級の一大強盗事件に、オプはどう反撃するか? ね、これだけ大規模な強盗も珍しい。しかもオプは強盗団の意外な正体を暴きだし、ハードボイルドらしい非情な結末もあり。 「つるつるの指」 文庫未収録。別冊宝石に載ったもののようだ。偽造指紋の話でリアルだが間が抜けてる。 「誰でも彼でも」 文庫未収録。これも別冊宝石。アパートでの強盗事件で、犯人の消失の不可能興味がある。結構仕掛けたトリック。 「暗闇の黒帽子」 「チューリップ」に収録あり。EQMM日本版に載ったもの。捜査よりも犯人との地下室での対決が主眼。 「フェアウェルの殺人」 創元稲葉ハメットに収録。稲葉由紀訳なので、同じ訳。 「スペイドという男」 創元稲葉ハメットに収録。これは田中西二郎訳だから、やはり中央公論社の全集の訳。 まあ「クッフィニャル島の夜襲」お目当てが当然で、期待に背かない出来。他もオプの通常営業ながら、らしさは出ていて結構粒より。 PCで読むよりも、スマホで読む方が読みやすかった...なんかそんな印象。 |
No.705 | 4点 | 誘拐殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン | 2020/05/10 21:44 |
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ミステリライターは言うまでもなく、表現者にとって「ハッタリ」って重要なものだと評者は思うんだ。「ハッタリも実力のうち」ってね。本作はヴァンスも自信なさげだし、アレクサンドライトと紫水晶についてウンチクしだすけど、すぐにやめちゃう。作者がヴァンスに飽きてきたような、テンションの低さを感じるんだが.....まあペダントリやウンチクも、自分に自信があるからできることで、全体に自信喪失している雰囲気が濃厚。
まあこんな状況で、面白い謎解きとか期待しちゃ、いけない。実際売り上げが低下してきて、対ハリウッドでも強いことは言えなくなり、逆に「銃撃戦でも入れてみたら?」とか言われてやってみた、というところだろう。本作の売り上げ低迷で、ヴァン・ダインもシリーズの主導権を失って、ハリウッドからの企画ベースでしか本が書けないようになってしまう...そりゃ、やる気なくすよね。 個人的にはスニトキンに一杯飲ませるシーンが何か好き。子供の頃にヴァン・ダイン読んで、刑事たちの名前も一生懸命覚えたのが懐かしい。スニトキン、エメリー、バーク、ヘネッシー、ギルフォイル...キャラ描写とか下手だから、名前だけのキャラなんだけど、チョイ役でシリーズ中繰り返し繰り返し登場するから、愛着もでる(苦笑)。国際色豊かな名前に、移民社会を感じるよ。そういうと、本作中国人がでてきて、井上勇訳が昔のことで結構差別的。この人国策通信社の偉いさんだったんだけどねえ... |
No.704 | 7点 | 炎の終り- 結城昌治 | 2020/05/08 23:22 |
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皆さん点がカラいなあ。評者本作なかなかイイと思うんだ。「暗い落日」にはもちろん及ばないが、「公園には誰もいない」よりずっと、いい。そう思うのは評者が年を喰ったからなのかもしれないんだけどね。まあこのシリーズ雰囲気が暗いのは共通項だけど...
やがて音楽が流れた。甘くて憂鬱なブルースだった。わたしは彼女の誘いに応じた。 こんな悲しい女を抱いたことがない。こんな寂しい女を抱いて踊ったことはない。 「どうなさったの」 「帰ります」 ヒロインの元女優青柳峰子の絶望っぷりが、依頼者のクセに真木にロクな手がかりを与えなかったりする(苦笑)。だから真木も今回ボランティアみたいな仕事だ。真木も実のところ、峰子に恋している部分があるしね。とはいえ峰子は女優を辞めて淪落して、その裏事情を話してくれる女優仲間のれい子とか、ピラニア軍団っぽい大部屋俳優の牛山とか、華やかりし時期があっただけにその後ロクでもない人生を送ることになった人々の肖像が、何か心に痛い。家出娘とか、まあどうでもいい。若いんだもん。 で、ミステリとしては、実は本作なかなかイイ仕掛けをしていると思うんだ。「知らないことは書けない」をハードボイルド一人称の「利点」として捉える、というのがロスマクのメリットだ、とこの真木シリーズは捉えているわけだけど、これをちょっとヒネると、「どうみても真木が誤解するのが自然ならば、地の文の叙述も真木の誤解をそのまま客観叙述みたいに書いてしまってもいい」ということになる。本作、これをうまく使った叙述トリックみたいな部分がある。本サイトだったら、こういうあたりをうまく評価していきたいと思うんだけどねえ。 パズラーじゃないんで何だけど、真相は変形の二重底だし、本作結構凝った作品だと思うんだけどね.... |
No.703 | 7点 | ゴッドファーザー- マリオ・プーヅォ | 2020/05/07 21:31 |
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映画を見ずに原作小説だけ読む人は...いないよね。まあだけど、原作も面白い。映画での人間関係を補完できるし、映画だと「なぜそうか?」は流して見ちゃうことになるから、「あ、そういう理由?」というのが小説だと丁寧に書いてあるので、別途楽しめる。
とはいえ、映画は原作の昼メロ風のエピソード(シナトラをモデルにしたジョニー・フォンティーンと、ソニーの愛人ルーシー、その恋人の外科医あたりの人間模様・エロ話多し)は採用せず、若き日のドン・コルレオーネの最初の殺人の話はパートⅡに譲り..と、原作をタイトにまとめあげている。結末は若干違って、マイケルと結婚したケイは諦念を感じて、ママ・コルレオーネのようにカトリックに改宗してコルレオーネの女として生きるように決心する。 まあなんやかんや言って、周辺エピソードをしっかり書き込んであるので、そこらへんが読みどころではある。やはり冒頭を飾る葬儀屋の話がいいなあ。娘の復讐のために忠誠を誓った葬儀屋は、のちにソニーとドン自身のエンバーミングに腕を振って恩を返すわけである。 で、なんだけどね、映画「ゴッドファーザー」について言うと、実は本作以外にもう一つの「原作」があるんだよ。コッポラという監督は典型的な「映画から映画を作る」監督でね、映画としての「原作」はエイゼンシュテインの「イワン雷帝第二部」なんだ。独特のライティングもそうだし、コニーの子供の洗礼式とカットバックで皆殺しするのは小説にはなくって、「イワン雷帝」の宴会と貴族の粛清のカットバックに想を得たものだろう。「地獄の黙示録」でも「ストライキ」の牛殺しカットバックを模倣しているコッポラは、ハリウッド随一のモンタージュ主義者だからねえ。というわけで、「イワン雷帝第二部」も「ゴッドファーザー」に負けない大名作だから比較して見るといいと思うよ。歴史劇の専制君主→現代劇のマフィアのドン、とそういう連想もきっと、コッポラにはあったろうね。 |
No.702 | 6点 | 競売ナンバー49の叫び- トマス・ピンチョン | 2020/05/06 13:08 |
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DJを夫にするエディパは、自分が億万長者のピアス・インヴェラリティの遺言執行人に指名されていたことを知る。ピアスはかつての愛人という縁もあるわけで、エディパは、サン・ナルシソに赴いて弁護士のメツガーと一緒に、ピアスの財産整理と遺言執行を行うことになった。その中で、エディパは数々の奇妙なしるしを目にする。それはトライステロあるいはWASTEという名と、消音器をつけたラッパで表章される「影の郵便組織」を暗示していた。その組織はヨーロッパで最初の郵便事業を営んだチュールン・タクシス家とも関わりがあるようで、そのことを暗示する劇を上演した男とエディパは知り合うが、海に入水して自殺し、エディパの夫は精神科医から処方された薬によって人格が変貌する。その精神科医は発狂してエディパを人質にした立てこもり事件を起こす...エディパの周りに起きる奇妙な事件たちはすべてこのトライステロが糸を引いているのだろうか、それともピアスの大がかりな冗談なのか? ピアスの遺産にあった、トライステロの実在を証拠立てる一枚の偽造切手のオークションに、未知の人物が入札した。エディパは切手オークションの始まりを告げる「競売ナンバー49の叫び」を待ち受ける...
はい、ちゃんとプロットが要約できるね。だからさ、そんなに恐れることはないんだよ(苦笑)。一種の調査小説だから、広い意味でミステリに入ることは間違いなし。アクティブな事件も結構起きるし、エディパの行動を追っているから、ダイナミックと言えばダイナミックな話。 けどね、そりゃピンチョンさ。「誰が何をしている」なミクロではしっかり意味が通った話だが、暗合やら連想やら引用やらで、コンテキストが頻繁に中断し再結合されていくから、「ミクロ」と全体的なプロットになる「マクロ」が明晰でも、中間レベルが極めて晦冥。まあだからあまり考えこまずに、次々と繰り出されてくるネタのシュールさ、豊饒さにびっくりしながら読んでいくのがいいだろう。起きる事件はユーモラスなものが多くて、ニヤリ、爆笑も頻繁。言ってみれば「1ページに50コマくらいあって、びっちり書き込まれたマンガ」みたいなもの。読み解くのにはややパワーが要るけど、一旦ノってしまえば、楽しめる小説。 (ホントは「フーコーの振り子」をGWにやろうと思ってたんだけど、長いんで時間的余裕がなさそうだ...でこっちに振り替え。同じような小説といえば、まあそうなんだよね) |
No.701 | 10点 | シャーロック・ホームズの冒険- アーサー・コナン・ドイル | 2020/05/04 17:34 |
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10点三連発になるのはご愛敬。まあそんなこともあるさ(苦笑)。10点付けんで何点つける?という作品でもあるからね。
先行する長編2つでキャラの固まったホームズ&ワトソンなので、あとはアイデアの赴くまま、楽しみながらストーリーテラーの腕を振るってる、と感じる。まあ何度読んだか知らないけど、今回はストーリーテラーとしてのうまさ、に感動する。ホームズの性格付けになる観察やら人生観やら、うまく事件に挟み込んで印象付けているし、記録者としてのワトソンが同時期の未執筆事件に触れながら...というあたりのギミックも最初から堂に入ったものだ。 今回とくに印象的だったのは「唇のねじれた男」。これ、紳士の堕落話なんだよね...だから前振りの紳士がアヘン中毒になって人生棒に振って~アヘン窟探訪というあたりが、実は謎には直接かかわらないのだけど、話として「効いて」いる。で、子供の時はよく分からなくても、大人になるとこの話の風刺性というか、アイロニカルなあたりが実感できて大変面白い。 そうしてみると「赤毛連盟」あたりも、実のところホラ話のようなユーモア譚にリアルなオチがついている話みたいに見た方がいいのかもしれない。明治時代に翻訳されたときには、赤毛じゃなくて禿頭組合だったらしい(苦笑)。「赤毛のアン」も「にんじん」そうだけど、赤毛、って欧米じゃ妙な色眼鏡で見られる色らしいからね。赤毛の人々が群れをなして応募会場に詰め掛けているようすを想像するだに笑えない?(禿頭組合だったらさらに...w) で「青い紅玉」。これ定型的なクリスマス・ストーリーで、悔悛してハッピーエンド、というあたりをきっちり押さえて読むと、ユーモラスでファンタジックな味を感じれると思うんだ。犯人抜けてるけどさ、それが素敵。「六つのナポレオン」が本作のバージョンアップだろうねけど、あっちはシリアスになるからねえ。 「まだらの紐」は意外に密室を強調していないというか、死因不明だから不可能性を重視していないんだよね。それよりも深夜の室内での待ち伏せの描写がいい。スリラー的な興味の方をずっと重視して書いているように思う。 「ボヘミアの醜聞」はね、依頼人はハプスブルク家関係者、ということになるから、どうやらルドルフ皇太子が有力らしい。「うたかたの恋」のルドルフだから、有名なマイヤーリンク心中事件をした人だ。心中が1889年だから、発表の2年前。まあ、いろいろ浮名を流した人でもあるから、アイリーン・アドラーとの関係も「ありそうな」話なんだろう。そういうロマンチックな「艶っぽさ」をイメージするのがいいと思うんだ。 「ぶな屋敷」はゴシック小説の定形にホームズを絡めたもの。犬の射殺とか考えると、バスカヴィル家の原型になっているのかもね。 ....まあ話し出すと止まらないね。そういう作品集だもん。それだけ個々の話のエッジが立っている、ということでもある。 |
No.700 | 10点 | ヘリオガバルス- アントナン・アルトー | 2020/05/03 22:09 |
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評者的キリ番だから、記念に奇書を。愛読の1冊のご紹介。この本くらい、神秘に肉薄した本もないものだ。
シュルレアリストの演劇人アントナン・アルトーが書いた「戴冠せるアナーキスト」、ローマ皇帝ヘリオガバルスの詩的評伝である。まあだから、当たり前に歴史を張り扇で講釈するようなシロモノではまったく、ない。 しかしながら、このように回転するイメージの中、ウェヌスの化身の血を引く魅惑的な二重の天性の中、そして精神の最も厳密な論理のイメージそのものである驚くべき性的矛盾の中に、両性具有的性格以上に歴然と現れているもの、それはアナーキーの観念である。 ヘリオガバルス、あるいはエラガバルスは3世紀初め、五賢帝からコンモドゥス後の内乱を制したセウェルス朝の皇帝なのだが、たとえばギボンによると、 ヘリオガバルスの異常な性欲はウェスタの処女を辱め、多くの妻を取り替えただけでは満足しなかった。女装することに愉悦を覚え、恋人たちを有力者にすることで帝国の尊厳を汚し続けた と評される「ローマ史上最悪の皇帝」なんだが.....いや逆にね、評者もそうなんだけど、猟奇の徒の間ではねえ、最高のアイドルじゃない?最近こういう感覚の好きモノが増えたようで、pixiv百科事典あたりではもう「男の娘皇帝」の扱いで載ってるよ。 ヘリオガバルスが淫売婦の服装で、キリスト教会や、ローマの神々の神殿の入口で四十スーで身をひさぐとき、彼は悪徳の満足のみを追求しているのではなく、ローマの君主制を辱めているのだ。 まだまだあるよ、 ・踊り子を親衛隊長に指名 ・男根の巨大さにもとづいて大臣を選ぶ。 ・御者を夫と呼んで妻の役割をするのを喜んだ ・元老院議員に「同性愛の経験、ある?」と聞いて、下腹部をなぜた などなど、楽しいエピソードが満載で、こんな皇帝が存在したことが自体が信じられない。そういうアイドルを扱った本としても「奇書」なんだけども、作者アルトーも強烈に、イッてる人なので、このアナーキーの背後に、古代オリエントの神秘思想を透視する。 異教徒と我々の相違は、彼らの信仰の起源には、全的創造つまり神性と接触を保つために、人間として思考しないでおこうとする怖るべき努力が存在するところにある。 このような神々とその原理たちの劇場として世界はあり、とくにローマという大舞台での演劇、というかアルトーが構想した反=演劇的な「残酷演劇」のかたちで、「男性原理と女性原理の相克の劇」を推参ながらヘリオガバルスが自身の肉体の上で/として演じるわけだ。その「残酷演劇」、虚構を演じるのではなく、予定調和でもなく、生の残酷を示すものとしての「劇」が、観客(ローマ市民)の精神に爪痕を残すことになる... だから当然ながら、この「劇」は4年しか続かない。ヘリオガバルスは「劇」が傷つけた兵士たちに追われて、便所で糞尿にまみれて殺される。その死自体が、きわめてメタ=演劇的だ。死を含めて「劇」であるこのヘリオガバルスの生涯に対するアルトーの結語は「彼は叛乱開始の状態で死ぬのである」。 |
No.699 | 10点 | ラヴクラフト全集 (2)- H・P・ラヴクラフト | 2020/05/03 14:30 |
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評者お気に入りの「チャールズ・ウォード」収録の巻である。まずは「クトゥルフの呼び声」。いうまでもなく「神話」という見地では必読中の必読で、これ読まないとラヴクラフトの「神話」の一番「らしい」あたりが未体験になる。悪い作品じゃなくて、彫刻家が見た夢、ニューオリンズ奥地の奇怪な儀式..ときて、ルルイエ浮上と遁走、とくるのだけど、最後が怖くないんだなあ。やはり「絵にも描けないほどの恐怖」は、描いちゃうとどうしても言葉は空疎。これが恐怖小説の最大の逆説というか、ラヴクラフトの創意工夫は「描かずに体験させる」ということに収斂していくように思うんだよ。
次の短編「エーリッヒ・ツァンの音楽」はまあ、シンプルな出来で結構だけど、ラヴクラフトでなくても書ける。 問題の「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」。難点はただ一つ、妖術師を扱った作品で「神話作品じゃない」ために、ラヴクラフトでも神話作品に比べて知名度が低い、というだけ。「描かずに体験させる」ラヴクラフトの流儀が徹底していて、気を持たせて盛り上がったところで中断し、別な切り口で成り行きを知り、「何があったか?」はあくまで推測、だから読者は自身の想像力で「恐怖」を感じる。この「恐怖」はあくまで読者の中にあるものだから、絶対に古くもならないし、衝撃も弱まることもない。ラヴクラフトが技巧の限りを尽くして構築した大傑作だと思う。この技巧たるや、そこらのミステリの記述技巧も真っ青な精緻極まりないものだから、ミステリ・ライターこそ本作を研究する価値だってあるだろうね。「結末でこうなった」を冒頭で明示して、しかも全然バレにならずに「読者の想像の上手を行く」なんて趣向さえ見せているんだよ。 まあ、本作だと「描かずに体験させる」からだろうけど、会話描写さえ完璧に地の文に畳み込んだ描写が続き、最後の最後の直接対決で会話体での会話になる、なんて仕掛けもある。隅々まで神経の行き届いた「彫琢」ってこういう作品なんだと、評者は思うんだ。 ミステリ的なミスディレクションも、一応あったりする作品なので、ミステリ読者ほど読むことをお勧めする作品である。 |
No.698 | 6点 | ブラウン神父の秘密- G・K・チェスタトン | 2020/05/01 21:09 |
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順番は前後したがブラウン神父も評者はこれでコンプ。というか、なぜか本作だけ昔読み落としていたと思う。初読感を感じるのがうれしい。
でもね、この短編集、バランスの悪い作品が多い...というか、ミステリとしてはヌカリの多い作品が多くて、意外にミステリとしては??となることが多かった。加えてこの人の「話の作り」が結構パターン化していて、以前の作品の無限のバリエーションを見せられるような気がすることもあるよ。まあそれでも、「ヴォードリーの失踪」はやや新機軸もあって、ミステリとして面白いと思う。 悪魔の心のなかでも、ときには真実を告げることが喜びとなるのです。それも、真実が曲解されるようなやり方で告げるということが。 となかなか鋭い機知を見せるけど、この作品のトリックはどうも不自然...まあ、「童心」のバランスは唯一無二なんだな。 しかしね、宗教的寓話の方は結構力が入っている。そっちのが評者は面白い。イギリスでは反体制なカトリックなので、神秘主義だやれ権威主義だと社会的な反感を買っている描写が、シリーズ中にもよく出るわけだがね。その世俗的な社会の方がずっと迷信にとらわれていて、宗教の側が全然迷信を排した一種合理的な一貫性を持つ、というのがチェスタートンの主張で、これをこの短編集だと「メルーの赤い月」とか、作品のネタによく使う。評者に言わせるとここらへん、日本で言うと浄土真宗と結構に似てるね、とも感じるんだ。 真宗王国福井出身の中野重治が上京して「なんて東京は迷信が多いんだ!」と慨嘆した話があるけど、評者も出身地が真宗王国だから、お寺でお守りやらお札やら祈祷やら見ると、とっても違和感を感じるんだよね。オカルトとか精神世界とかそういうのとは、宗教性とは全然関係がないと評者は思う。チェスタートンの立場もそういうこと。でこの短編集のラストに持ってきた「マーン城の喪主」でブラウン神父が「罪」について語るあたり、評者なんぞも「極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中 」とか言いたくなる。そういうことなんだ。 なりゆきだけど、評者のラスト・ブラウン神父が「マーン城の喪主」(とそれに続く同テーマの「フランボウの秘密」)で、何かよかったような気がする...まあこれは個人的感慨。 |
No.697 | 7点 | ミステリ散歩- 評論・エッセイ | 2020/04/29 15:51 |
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各務三郎って評者かなり影響受けてる、と思う....いろいろ雑食にミステリを愉しむ、というスタイルだしね。この本はポケミスなんかに書いた各務三郎(というか、太田博署名とか)の解説やいろいろ雑文を集めたもの。軽妙に書いてあって、読書意欲をそそるように書けているのが何より。名作は「ある奇妙な死」とか「汚辱と怒り」とか、あるいはスパイ小説を「現代版恐怖小説」と断じた「スパイ小説は私生児」などだろう。いわゆる「奇妙な味」を扱った作品を重視しているあたり、各務氏らしい。
また、ミステリは、<論理の小説>と書かれており、また一般に信じられているようです。しかし、それはパズル・ストーリーだけにあてはまることで、さらにいえば<推論の非現実的なおもしろさを楽しむ小説>でしょう。そしてさらに、<魅力的な謎を生みだす感覚>を重要視しないかぎり、ちまちました作品しかできないよ(後略) まさにそのとおり。フィージビリティとかね、悪い風潮だと評者は思うんだ。そういや評者が「本格」というタームを避け気味なのは、各務氏の影響だと思うよ。各務氏あたりが「黄色い部屋はいかに改装されたか」と並ぶ、ミステリの70年代モダンの先端だったようにも思うんだ。 あとねえ、評者実は各務氏と同郷なんだ。この本でも2か所ばかり正信偈とか蓮如の白骨のお文とか出てくるけど、西三河は真宗王国でね、評者なんて「三河人らしい...」なんてつくづく感じる。まあそういう意味でも各務氏には「先輩!」なんて親しみを感じているよ。 |
No.696 | 7点 | 殺意の演奏- 大谷羊太郎 | 2020/04/28 21:48 |
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あれ、皆さん点がカラいなあ。本作あたり、いわゆる「新本格」のハシりみたいな作品だと評者、思ってるんだがな。だから本作も「虚無への供物」を相当、意識している作品で、上田敏「海潮音」の象徴詩論に触発されて、
一編の物語に対する解釈が、読者の好みに従って、少なくとも二つに分かれる、しかし、どちらのケースをとっても、作者が訴えたいテーマは読者に伝わる。 というリドル・ストーリー風の狙いを秘めた、密室&多重解釈モノなんだもの。明白に「匣の中の失楽」の先輩に当たる作品なんだが...乱歩賞を獲ったわりに、今の知名度がないみたいだ。残念だねえ。 まあもちろん、「虚無」の風格も「奇書度」も及ばないのはそうだけど、それ言うなら「匣」だって本作と似たり寄ったりの出来のようにも思う。ハッタリが薄くてシンプルな「匣」くらいに思って読むんなら、十分に楽しめると思うんだがねえ。それなりに良くできたメタ・ミステリというか「準奇書」だと評者は思うよ。というわけで、もう少し知名度が欲しいと思うので、「匣」よりイイ点にします。 あとどうでもいいバレで、本作は乱歩賞の選考に関するメタなお遊びがあるのでお楽しみに! |
No.695 | 5点 | 赤いキャデラック- ジョー・ゴアズ | 2020/04/27 13:10 |
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子供の頃「帝国探偵社」って社名を新聞で見て、それこそホームズとかポアロが勤務するような「探偵会社」だと思ったことがあるが...興信所だから「企業信用調査」やせいぜい「浮気調査」がメインで、決算書とかカネの流れには強くても、アリバイとか密室とかにはまったくご縁のない会社であることは言うまでもない。「ダン・カーニイ・アソシエイツ」略称DKAも、「探偵事務所」だがメイン業務はローンの支払いの滞った車を、銀行の依頼を受けて回収する仕事だったりするわけで、リアルな探偵社なんて業務はこんなもの。それでもね、所属のベテラン探偵がダン・カーニイに間違えられて襲撃されて大ケガしたなら、おとなしく引っ込んだりはしない。何が何でも、落とし前だけはつける...
というのが本作。ネオ・ハードボイルドのシリーズの一つだが、アンチ・ヒーロー調のヒーロー小説かロスマク調か、という傾向がネオ・ハードボイルドにはあるんだけど、このシリーズはDKAという会社の話で、探偵も10人くらいいて集団戦である。で、三人称カメラアイ度もかなり高い。特に誰、にフォーカスしないから、ヒーロー小説度はゼロで、感情を切り捨てた本来のハードボイルドっぽさがある。 とはいえねえ、探偵も関係者も多く、カメラアイで、かなり頻繁に場面が変わる。読んでいて「あれ、誰だったけこいつ?」となりがち。エンタメとしては、比較的不親切な傾向の強い小説なので、短いわりに読むのに時間がかかる。警察小説に近いところもあるけど、本来の意味でのハードボイルドっぽさが強く出ているので、まあ、警察小説というわけでもない。アリバイ崩しみたいなものはあるが、トリックメインの作品ではない。まあ、普通?くらいの評価。 |
No.694 | 7点 | 歯と爪- ビル・S・バリンジャー | 2020/04/25 16:45 |
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有名な袋とじ本。戸川安宣氏の解説によるとカーの「雷鳴の中でも」とかエリンの「鏡よ、鏡」を引き合いに出しているが、評者どっちもイマイチだった...カーのはそもそも処女作の「夜歩く」が最初結末袋とじだった話があるから、作家生活30年記念作の「雷鳴の中でも」はそれに倣っただけだんだろうね。
で内容的にはサスペンス小説として読む miniさんのご意見に賛成。「クールなウールリッチ」という雰囲気で、ウールリッチがそうであるような「ノワール色」が出てると思う。なかなか雰囲気いいと思うんだよ。この雰囲気に引っ張られて、裁判シーンとのカットバックで、話がどう落ち着いていくかを見守ることになる。手品師の日常とキャリアも物珍しい話題になるし、少ない登場人物を丁寧に描写しているのが好感が持てる。 まあだから「ここまで主人公の人生に付き合ったからには、結末知りたいよね」で、評者は封を破ることになる....いいじゃないか、大したどんでん返しでなくても。パズラーだと思って本作を手に取るパズラーマニアは、作者じゃなくて出版社のトリックにひっかかった、のかもよ。 |