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[ 時代・歴史ミステリ ]
ジョセフ・フーシェ
シュテファン・ツヴァイク 出版月: 1969年01月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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みすず書房
1969年01月

潮出版社
1971年01月

岩波書店
1979年03月

みすず書房
1998年08月

No.1 8点 クリスティ再読 2021/03/21 21:51
本サイトで言えばカーの「喉切り隊長」の探偵役だし、HM卿が執務室に飾る肖像画の主である。ナポレオンの警察大臣であり、世界最初のスパイマスターの伝記に基づく小説なんだが、実のところフランス革命からナポレオン、王政復古までの政治の荒波を乗り越えて生き抜いた、「政治のトリックスター」として比類のないキャラクターの話である。
ロベスピエールに憎まれて自らを救うためにテルミドール反動の黒幕となり、あるいはブリュメール18日クーデターでナポレオンの執権に一役買い、ナポレオン百日天下ではワーテルローの敗戦処理の中で、フーシェ本人が一瞬だがフランスのトップに立って、政権をルイ18世に売り渡す...こんな、波乱万丈の話。つまらないわけ、ないでしょう?

著者のツヴァイクはこのフーシェの「完全無欠な裏切者」という強烈な「無性格」性、「政治的カメレオン」性と、ある種凡庸な小市民的な個人生活と僧院的な克己心、孜々として職務に精励する能吏としての性格、を一人の個人に共存させて、この一筋縄ではいかないキャラを描いている。陰謀耽溺者であるが、国中にスパイ網を構築してそれを名人芸で運営し、あらゆる裏取引も不正もすべて知る「全知」であり、あらゆる政府・政権に真の忠誠を誓ったことがない男。ほぼこんな人間が存在しえたことが奇観としかいいようのない、シャーロック・ホームズというよりマイクロフト・ホームズをスケールアップしたような存在である。

いや実に評者このフーシェに憧れたね。この無味乾燥・冷血冷静にして、冷たく燃え上がるような精神的賭博者的性格を、逆説的な(反)ロマン派みたいに見たら、評者みたいなヒネクレ者は本当に萌えるわけだよ。単純なロマンではなくて、より隠微で強烈な快楽的性格、というあたりの、マイナーな興味に訴えかけるところ大なアンチ・ヒーローとして偶像化していたわけである。いやこういうキャラは、実のところ「名探偵」の暗黒面みたいなものなのかもしれないと思うんだ。たとえばポーのデュパンなら、このフーシェの役はキッチリ勤まった、と思ったりもする。

高校の図書館のボロボロの岩波新書で読んだのが最初だけど、それ以来の愛読書である。以上に今回読み直して、この本から「文章の書き方」を評者は学んだように感じている。評者にとっての重要な文章規範の、大切な本の一つ。


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シュテファン・ツヴァイク
1969年01月
ジョセフ・フーシェ
平均:8.00 / 書評数:1