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[ 時代・歴史ミステリ ]
Z
バシリス・バシリコス 出版月: 1970年11月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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角川書店
1970年11月

No.1 7点 クリスティ再読 2021/03/24 22:09
コスタ=ガヴラスの映画が有名な、ギリシャの左翼政治家グレゴリオス・ランバラキス暗殺事件を基にした小説である。殺された政治家の名前を「Z」として出版されたが、軍事政権によってギリシャでは発禁。映画はギリシャ人監督のコスタ=ガヴラスがフランスで撮影して、主人公の政治家Zを演じたのがイヴ・モンタン。
まあだから、事件の枠組みから見ると一種の政治スリラー、海外だと「社会派」がないのでなんなのだが。この小説は、多視点を切り替えながら進む群像劇みたいなもので、しかも独特の叙事詩的で詩的な描写が続く。でも客観性があるために、スタイルは独自だが読みづらくはない。時折はっとするような詩的イメージがある。

空気のどの部分に君のまなざしは残っているのか? どこの洞窟に君の声は下りていったのか? わたしの耳は遠くのオートバイの音で裂けそうだ。機関銃かロード・ドリルのように、単純で果てないひびきだ。

この暗殺事件の黒幕は憲兵司令官で、憲兵隊と警察がグルになっての背景。サロニカを訪問した左翼系政治家Zの演説会を、雇ったゴロツキたちで妨害する中で、混乱に乗じてZをオート三輪で急襲して撲殺する、という犯行。実行犯は三輪トラックの所有者の運送業者ヤンゴと、ゲイのバンゴ。このトラックに、Zを崇拝するあまり護衛を買って出たハジスが、暗殺現場から飛び乗ってバンゴとヤンゴの足取りを掴んだことから、暗殺事件の真相が明るみに出てくる。政権は憲兵隊や地方警察がこの暗殺の黒幕になっていたことから転覆し、熱心に事件を追及する予審判事によって、黒幕たちも訴追されるのだが...

で、この警察が手先に使ったのが、ギリシャを占領したナチスが育てたファシスト団体だったり、内戦で左派のパルチザンに殺された恨みのある下層民だったり、というあたりが活写されている。八百屋の「スーパー男爵」、ナチが育てたファシスト団体の流れを汲む「独裁主義者」、ボクサーのジミーといったなかなか個性的な面々である。ギリシャも第二次大戦からその後の冷戦と国際政治に翻弄されて、紆余曲折の末に70年代に軍事政権が倒れてパパンドレウ政権でやっと民政移管することになるわけだ。
そんなギリシャのややこしい国内対立を叙事詩的に描いてみせたこの小説、同じ背景を扱った映画「旅芸人の記録」の叙事詩的な語り口を連想させて、なかなか興味深く読める。


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バシリス・バシリコス
1970年11月
Z
平均:7.00 / 書評数:1