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クリスティ再読さん
平均点: 6.40点 書評数: 1312件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.932 6点 世界のかなたの森- ウィリアム・モリス 2022/02/12 11:35
イギリス世紀末のエンタメの代表格がホームズのなのは言うまでもないのだけども、この時期が実に多産だった、というのは驚くほどだ。いわゆる「ファンタジー」も、この時期に出発点があるわけで、直接「ハイ・ファンタジー」に繋がる系譜の元祖も登場する。

本サイトにもいくつかファンタジー系作品も登録されているので、まあいいか、と思って本作。作者のウィリアム・モリスといえば近代デザインの巨人であり、モリス・デザインの壁紙とか生地なら今でも人気商品。活字まで自作の豪華本もあれば、日本だと民芸運動に強烈な影響もあるし...と「手作り」と「近代以前」へのまなざしで、今でもいろいろと影を落としている重要人物であることは間違いない。
しかもチェスタートンのところで評者は触れたけども、イギリスでのカトリック復興、という面でもラスキン以来の系譜を踏んでいていて、それとこの人独自の労働観から特異な社会主義運動の元祖でもあって、ブラウン神父モノの「共産主義者の犯罪」でも話題になっている..と一言で括れない人物なんだけども、さらに自身の「中世趣味」を生かして、ファンタジーの元祖でもあるわけだ。

中世を思わせる素朴な語り口で語られて、まさに「異世界に遊ぶ」心持ちになる本格的な「ファンタジー」は、まさにこういうモリスの「近代批判」があって成立したものであり、しかもそれが今に至る一大ジャンルを形成した、のも別口のモリスの業績になる。

海辺の町の富裕な商人の息子ウォルターは、家内のトラブルから逃れて船出をしようとしていたが、醜い小人・女奴隷らしいメイド・美しい女王の三人組を幻を繰り返し視た...その旅の途上でウォルターは身を隠して「世界のかなたの森」に紛れ込む。そこは驕慢な女王(レイディ)が、醜い小人を使って侍女(メイド)を監視させる世界だった。美貌だが軽薄な「王の子(キングズ・サン)」が今女王の愛を得ているようだが、女王はウォルターも誘惑する。しかし、ウォルターは女王に虐げられた侍女と心を通わして...

と、ウォルターの世界からさらに「異世界」に投げ込まれることもあって、この「世界のかなたの森」のルールが、話が進行してもなかなか見えてこない。女王も侍女も、幻術や予見・治癒程度の軽い魔術は使うようだが、常識の範囲内ではある。それよりも背後の人間関係がウォルターにはなかなか分からないために、ややミステリ的な興味も出てくる。そして侍女とウォルターはこの女王の世界から脱出しさらに運命が変転していく。

絵画を見てるような、登場人物に感情移入を排するような淡々とした書きっぷりから、「枯れた」印象の小説。でも結構味わいはあるし、ちょっとした描写が記憶に残る。

何と、彼女がそう言うと、そのからだのまわりにしおれて垂れ下がっていた花々が、たちまち生命をとりもどし、生き生きと蘇った。うなじとすべすべした肩のあたりの忍冬は、溌溂とその蔓をのばし、編物のように、彼女のからだを包み、その芳しい香りが顔のあたりから薫り始めた。腰に帯のように巻きつけられた百合の花はすっきりと立ち、その黄金色の花芯の束は重たげに垂れていた。瑠璃はこべは鮮やかな青をとりもどし、彼女の衣服の白に映えた。

まさにこんな植物の描写が、モリスのデザインそのものなのである。

No.931 6点 メグレ間違う- ジョルジュ・シムノン 2022/02/07 21:58
本作ホントにメグレ物でよかったのかなあ...なんて思う。教授のキャラは一般小説のシムノンの方が生きたような気がするのだ。してみると「メグレで間違い」?
うん、お二方のおっしゃる通り、教授のキャラがすべての小説。脳外科医としてすべてを献身しているような教授の唯一の悪癖の話である。これによって周囲の人々が傷つくのだけど、教授にはそれがまったくわからない。共感性がそもそも欠落した人間のわけだ。
「メグレ式捜査法」はその共感性がベースなのだから、教授はメグレにとって天敵みたいなものだろう。だからこそ、最後まで対決をメグレはためらい続ける...

周知のようにメグレは愛妻家だから、浮気したらみんな幻滅しちゃう(苦笑)。けど生みの親のシムノンはとんでもない性豪だったらしいからね。そうしてみると、この教授のキャラにもメグレのキャラにも、シムノン自身のなにがしかが投影されて、「等価値の反対」として造型されているのだろう。

(けど教授の秘書さん、さもありなむ...人間、そんなもの)

No.930 6点 ナヴァロンの要塞- アリステア・マクリーン 2022/02/06 23:04
そういえば評者、高校受験が終わって春休みのボーっとしていい時期に本作を読んだ記憶がある。映画は好きだったね。当時ご贔屓スターがアンソニー・クイン(アンドレア)とデーヴィッド・ニヴン(ミラー)だったし。オヤジ好きだ。としてみると、スティーヴンズって若造だしさあ、怪我した時点で(泣)が見えてるわけだ。評者ガキだったけど、何かそういう(泣)に反発してた...これも「若さ」って、もんだろう。

だから50年近くぶりの再読になるわけだ。としてみると...だけど、今回は「ダメな子」スティーヴンズにハラハラしながら読んでいる自分に気が付く。スティーヴンズの「失敗」も妙に自意識過剰なところもあるし、そういう「若さ」が今にしてみると愛おしい。
「若い」と「若さ」が目に入らないものなんだな(目から青春の汗が..)。

戦争アクションって評者はガラにもない話。けど本作って「様式美」な世界のようにも感じる。それだけ王道ということだろう。

ちなみに原作登場人物は男ばかり。戦争モノだからね。映画はそれじゃ成立しないので、現地合流のレジスタンスが両方女性。マロリーとちょいとイイ場面もある。でスティーヴンスも若僧じゃなくてマロリーの旧友でそっちが指揮官、と改変。しかもこの件を巡ってはヒロイズムな自己犠牲に流さずに、うまい処理をしている。なので、評者的な原作のポイントとはズレるけども、ご贔屓のニヴン(フケツじゃなくて教授だそう)とかクインを楽しめばいいし。いや、映画の脚色は実によく出来ているよ。島民の結婚式パーティとか、うまいな~と感じさせるシーンが続出。

そして最後に、何千トンにものぼる岩石が豪快に港にくずれおちる。腹にひびくような音―何千トンにものぼる岩石と、ナヴァロンの巨砲が。

とあっさりとした文章で記述されるクライマックスよりも、映画の特撮の方がずっと迫力がある(当たり前)。防風メガネかけて皆一斉に耳を塞ぐとか、巨砲発射のデテールもかっこいいしね。映画屋のド根性を見せつけた映画がちょいと出来過ぎなくらいの出来だから、原作の方が旗色悪いや。

(これ有名な話だけど、続編の「ナヴァロンの嵐」は、本作のラストから続くんだけど、脱出者にしれっとヒロインが入っていたりして、小説の続編じゃなくて映画の続編だったりする。そんなものさ)

No.929 5点 零人 大坪砂男全集4- 大坪砂男 2022/02/06 10:27
創元砂男全集も4巻で終わり。この巻は幻想篇として「零人」をトップに据えて、あとは掌編のコント、ジュブネイルのSF。これで本の約6割。あとの4割は大坪の雑文と山村正夫などによる大坪と探偵文壇のエピソードの回顧談。
だから、本としてはパッとしない。評者は「零人」はそれほどいいとは思わない...それでも「天狗」っぽい香りはあるけどもね。どっちか言うと「瓶詰の地獄」みたいな味の戦前的秘境小説なのかなあ。
とくにこの人の「作りモノめいた」悪い面が出てしまっている作品が多いとも思うけども、逆に「コント・コントン」とかSFは星新一に近い味わいを感じるところもある。なるほど佐藤春夫が「描写ができない」と大坪の才を裁断した話があるけども、キマジメで外界に目を向ける余裕のなさみたいなものが、ハマった時にはツヨいけど...という不器用さにもつながっているようにも思う。いや「作りモノ」を作ることにかけては、発想の豊かさが強みなんだけども、それを「作品」にするのがどうも下手な印象がある。

だからかこの人、雑文がつまらない。「スタイリッシュ」の引き算ではなくて、雑文は足し算だからだろう。それでも推理小説の「謎解き」を奇術と比較して

むしろ、このメカニズム公開という近代性あるが故に、その成功した時の効果こそ期して待つべきだろうではないか。

と、「πの文学」と比喩してみせたのに、評者同感するところがある。πは 22/7 やら 355/113 やら分数でよく近似できるから、論理で「割り切れた」みたいに見えることもあるけども、それでも「割り切れた」わけではなくて、その割り切れる/割り切れないのあわいに一番の魅力があるのではなかろうか。

No.928 5点 アリゲーター- イ*ン・フ*ミ*グ 2022/02/02 20:30
007のパスティーシュというかパロディというか、何とも曰く言い難い作品である。ハーヴァードの学生雑誌に載ったものらしいが、ハヤカワの世界ミステリ全集に本家の「サンダーボール作戦」それに「ナヴァロンの要塞」と並んで収録されたことで有名、といえば有名かも。
いやね、笑いが目的のパロディか、贋作・模作を目的とするパスティーシュか、というのが区別が難しい、というのは、この「アリゲーター」の問題ではなくて、元ネタの007自体の問題だったりするのが奥深いところだ。巻末座談会でも訳者の井上一夫自身が

007のちょっとゲテがかった通ぶりを、逆に大げさにしてミソをつける

作品だと断言しているあたりからもそうなんだけども、考えてみりゃ「マティーニをステアせずにシェイクしろ」と注文を付けるの自体、かなり「ゲテ」な趣向といえばそれまでなんだ。しかしこの気取って逆を突く、わざと列を乱す奇矯さがないと「らしくない」。007らしい派手な粋さが出ないのだ。だから本家の007でさえも、「スパイのパロディ」ではまったくないのだが、パロディにかなり近い批評性をそれ自身に対して向けていて、それこそが「007の魅力」なのだ。
だからこそ「007のパロディ」は大変に難しい。そういうパロディの要素を007自身がどこかしら備えているからだ。パロディをしたとしても、それが目指す「批評」が、本家の自己批評性にまったく太刀打ちできないのだから。

「アリゲーター」自身も、パロディを目指したはずなのに、いつしか「パスティーシュ」臭くなる、と「負け」を認めているようなものだ。だからフレミングという作家は、

でも作風からすると、純文学的なものにも一見識をもっていて、その上で徹底したエンターテイメントを書いている、と想像されるんです。

と稲葉明雄に言わしめる(巻末座談会)曲者だ、というのを改めて認識させられる。

No.927 5点 高貴なる殺人- ジョン・ル・カレ 2022/02/01 09:58
評者どうもル・カレは肌に合わない。けども行きがかり上はスマイリー全作くらいはしておこうか、とも思いなおした。再開して「鏡の中の戦争」「影の巡礼者」「スパイたちの遺産」はやる予定に入れる。
いや評者イギリス・スパイ小説って大体が大好きなんだけども、ル・カレ嫌い、というのは屈折しすぎてるのかなあ。アンブラー・グリーン・フレミングはおろか、モールやらビンガムあたりまで嗜好に合いまくったにも関わらず、ル・カレはダメ。ホイートリー・ブラックバーン・ラムレイの娯楽版でも好きなんだけどね....
その理由というは、やはりル・カレって「市民的」なんだよね。イギリス特有の階級対立の中で、スパイ小説というジャンルがエスタブリッシュメントの視点での「国家」への屈折した愛憎を描いた小説ジャンルだったのを、ぶち壊しにした「革命家」がル・カレのわけである。そのくせ、「国家」への忠誠心は斜に構えたエスタブリッシュメントよりも妙に「純」だから始末に負えない。そういう大衆性の方が、実は日本でもウケるのだ。
そういう資質が実は一見スパイと関係がない本作でも強く出ているわけで、本作のジャンルは「本格」というよりも実は「社会派」、なんである。

由緒あるパブリック・スクールの教員の妻が殺害された事件でも、平民の警察官では対等に扱ってもらえないこともあって、スマイリーが介入することになるのだが、スマイリー自身も「釣り合わない結婚」をした「成り上がり」の部類でもあるわけだ。この教員もグラマースクール出身の「成り上がった」庶民で、研鑽努力して周囲に合わせようと国教会に改宗までするのだけども、妻は平然と庶民的な非国教会信徒のまま、当てつけのように大学外での慈善活動にいそしむ。格式を重んじる周囲との軋轢もあるようだ....

イギリスは階級対立がそのまま宗教的な対立になりかねないややこしさがあるから、戦功と結婚によってようやく上流に潜り込めたスマイリーも、それから被害者の夫妻も、こういう「上流社会」ではマージナルな立場の悲哀を感じざるを得ないのである。

スマイリー・サーガって、そもそもそういう話なのである。「ティンカー・テイラー」で、スマイリーがいかに有能で上司の「コントロール」の信頼が絶大だったとしても、次代のアレリン派からは排除されることになるのも、スマイリーの立場の周辺性にも原因があるのだろうしね。

評者はというと、どうもイギリス人のそういった「偏屈な狷介さ」、屈折と開きなおりに妙に肩入れしたがるヘンなところがあるせいか、市民的な批判派であるル・カレと肌が合わないのは....まあ、仕方がないことだ。

No.926 7点 ドリアン・グレイの肖像- オスカー・ワイルド 2022/01/31 16:51
本作だと1890年出版だから、まさにホームズのデビューと同時代。やや先立つスティーブンスンの「ジキル博士とハイド氏」や少し後の「ドラキュラ」とイギリス世紀末の豊饒さを象徴する作だから、やらないとね。ここらと同様にオハナシの中身自体はきわめて有名。

いやね、そういう読み方をすると、ドリアン・グレイという人物は作中で殺人も犯すしね、稀代の名犯人だ。それに対して、ヘンリー卿の迷探偵っぷりが本作を「探偵小説」にできなかった理由だ(苦笑)。ワイルドが自身を投影したとみられるヘンリー卿は、口を開けば逆説を垂れて、うっとおしいにもほどがある。逆説大好きはそれこそチェスタートンで例を見ているわけだけども、やはり「ここぞ!」で使うから逆説というものも生きるのだ。ご挨拶のように逆説を捏ねていると....こと志に反してバカみたいに見えるのが相場。ドリアンはヘンリー卿に影響を受けて背徳の生活に足を踏み入れたのだけど、寡黙なダンディーとしての生きざまは、口先だけのヘンリー卿を軽く凌駕しているわけである。だからこそ、ドリアンの犯罪にヘンリー卿は露ほども気が付かない! まさに迷探偵、である。

実のところラストは至極あっさりしている。このラストは「出来心」だと評者は解釈したいのだ。因果応報ではなくて、あくまでもケダモノのように軽率であったために、道徳に回収されることなくドリアンは背徳の人生を全うできた....そういう読みによってこそ、ドリアンも以て瞑すべきではなかろうか。

いやいや、評者も逆説が大好きだからね。ヘンリー卿の浅薄さは他山の石としたい。

No.925 6点 ジュネーヴのドクター・フィッシャー あるいは爆弾パーティ- グレアム・グリーン 2022/01/27 08:53
本作が「ヒューマン・ファクター」の次の作品になるわけで、陰鬱な前作とはうって変わったシニカルなコメディ。でも神学的な寓意がいろいろあって、ややこしい作品なんだけども....いやいや、逆に構えずに「ややこしくなく」読んだ方がずっと有益なんじゃないのかな。
たとえば「負けたものがみな貰う」もそうだが、グリーンって「陰鬱」「重厚」ばっかりの作家でもなくて、軽妙な筆致で辛辣なアイロニーをぶちかます意地悪作家の側面があるわけだ。どっちかいうとこっちの面が「モダンなチェスタートン」という持ち味を感じる。本作だと「木曜日の男」に近いような作品と見てもいいんじゃないかな。

主人公はスイスでチョコレート会社の翻訳業務に携わる初老バツイチの一介のサラリーマン。偶然出会った若い女性とロマンスが芽生えて結婚するのだが、妻の父ドクター・フィッシャーは歯磨き粉で財を築いた大金持ち。しかし、娘に関心がないが、金に飽かせて主宰するパーティで小金持ちどもを辱めることに生きがいを感じている奇人だった。富に関心のない主人公は一度招待されたパーティに辟易する。しかし妻の突然の死によって痛手を受けた主人公の元に、再度のパーティへの招待状が届いた....

まあだから、妻が死んで生き甲斐をなくした主人公が、ロシアン・ルーレットを模した「爆弾パーティ」に際会して、自らの死を求めつつも「神」と対決するような....と読んじゃうと、妙に実存小説になってしまう。その手に乗らずにもう少し「軽薄」に読んでみたいものだ。「神はどうして、人類を辱めたがる?」

聖書によると、神は自分の姿に象って人類を創ったそうだ。ところが、出来あがったものを見て、神はおそらく、自分の不手際に失望したのだな。出来損ないの品は、ごみ箱に捨てられる運命なんだ。きみも、あの連中の様子を見たら、笑わずにおれんだろう。笑わぬのは、ユーモアを解しない者だけだ。

確かにユーモアは悪魔的になりうる。憐れみがそれに対抗する感情なのかもしれないのだが、神が示す「悪魔的なユーモア」を、被造物が「憐れん」で笑殺する場合には、神はどうするんだろうね?

前作にひっかけて言えば「ヒューマン・ファクター」ってそういうものなのかもね。ユーモアを巡るメタなユーモアが奏でるアイロニーとして読むのがいいのかな。

No.924 6点 壊れた偶像- ジョン・ブラックバーン 2022/01/26 11:40
ブラックバーンに恐れをなした方が多いのか(苦笑)、一番「まっとうなミステリ」に近い本作の初の書評になるようだ。いやホント、本作はSF&超常設定はとくにないから、「ブラックバーンにしては地味」と言われる作品。この評価はあくまで「当社比」だからね(苦笑)。十分にヘンではある。

イギリスのさびれた運河の街で、惨殺された女性の死体が運河から上がった...当初売春婦と見られた被害者に、東ドイツから亡命した経歴があることが割れて、外務省情報局長カーク将軍との因縁も分かった。カーク将軍は男女の部下とともに、この事件に介入することにした

というイントロなんだから、スパイ小説?とはなるんだけど、そうは問屋が卸さないのがブラックバーン。警察小説的な地道な捜査が続くから、ル・カレのスマイリー物をずっと陰鬱にした雰囲気。結構タイトなタイムスケジュールによるアリバイ調査もあったりして、ミステリ度は高いといえば、高いし、どうというほどでもないけども「トリック」めいたものも、ある。

次第に高まる鬱度。いやそこらへんを愉しむ小説だと思うんだ。処女の売春婦、盗作しかできない小説家志望の青年、両手が萎縮する障がいを抱えながらピアニストデビューを自動ピアノで夢見る少年....極めつけは、関節が逆側に折れ曲がった奇怪な偶像。黒人女性の精神科医がカーク将軍にマダガスカルの女王の奇怪な歴史を語るが...

と、「不能」な話からオカルト側に流れていく。そこがブラックバーン。超常現象はないけど、哀しく鬱でブルブルな真相。

というかね、誰が言い始めたのかよくわからないが、「ブラックバーン=ジャンル混成」論なんだけども、いやこういう「ジャンル小説」に対して作家が「忠誠心」がないのって、イギリスのスリラーの伝統だと評者は思っているんだよ。日本の読者と作家が妙に「ジャンルへの忠誠心」を誇示したがるから、奇妙に感じるのでは?と評者は思ってるくらい。カーヴだってそうじゃない?

(ちなみに、オカルトに流れる警察小説って、コリン・ウィルソンの「スクールガール殺人事件」があったね)

No.923 8点 球形の荒野- 松本清張 2022/01/25 08:37
たとえば井伏鱒二の「黒い雨」が原爆を扱いながらもホームドラマに徹したことを、日本文学の「志」のように捉えるのならば、本作は清張のホームドラマだと思うのだ。だからミステリ要素はつけたりで、一家庭の「歴史」の中に、第二次大戦の悲劇が影を落としている小説である。
実際この作品で良さを感じるのは、昭和中期の上層市民の生活の豊かさと、文化の継承からうかがわれる「歴史」というものなのだ。古寺巡礼もそうだし、歌舞伎観劇、さらには米芾の書に学んだ書体が姪にピンとくるとか、この一家の「家族の歴史」の上に、豊かな文化の伝統と、大文字の「歴史」が重なってくるさまが、やはり清張の「歴史センス」というものなのだと感じる。いやいや、こういう生活に根付いた「歴史センス」が、実のところ今では希少価値なのだしね。
まあでも、意外にもいい人たちなんだ(苦笑)。ラストは本当に泣ける話。

(京都旅行のお泊りは都ホテルだし、食事は平野屋でいもぼう。いいな~~清張は「顔」でのいもぼうが印象的だけど、本作にも登場。清張で知って母にごちそうしたことがある。また行きたい!)

No.922 7点 爬虫類館の殺人- カーター・ディクスン 2022/01/23 18:33
シンプルでそこそこ面白い作品だと思う。空襲下のロンドンで「非常時」の危機に陥った動物園(爬虫類館)という設定が、やはりナイスだと思う。舞台設定が生きている。
密室トリックへのミスディレクションになるものが、空襲と関係があるあたりうまいものだと感じる(評者は空襲を知ってるわけじゃないがねえ)。何となく犯人・トリック憶えてたから何だけど、犯人特定は意外に分かりやすい? いや、メタな推理をした場合でも、この人以外には真犯人はないよね....

だから面白く読めたのはそうなんだけど、難点はケアリ&マッジの奇術師のロメジェリに好感が持てないこと。ここらへん、何とかしてよ~~というのが、読者の叫び(苦笑)。中盤のマッジのピンチをすっ飛ばして中編だったら大名作だったかしら?

密室はトリック自体よりも、「目張り密室」という「趣向の発明」の方を評価すべきだと思う。具体的な解法よりも「問題」を見つけだす方のがずっと偉いことだと評者は思うんだよ。最後の拷問(!)、HM卿らしさが全開で極めて印象に残る(しっかり覚えてた...)。絶対にカー、これがやりたくって仕方のない話だったと思う。必要がないかもしれないけども、お話なんだもん。詩的正義というものですよ。

No.921 5点 赤い館の秘密- A・A・ミルン 2022/01/22 17:42
そろそろ赤とか黄とかやらなきゃね、とも思うんだ。やっぱりここらへんに手が伸びにくいのは、子供の頃にジュブナイルで読んでいて、その後大人向けで読み直したかどうか今一つはっきりしないし、退屈だった印象があることにも原因がある気がする。大人向けで読み直したことがないならば、それなりに「昔と今とどう反応が違うか?」と割り切って楽しみにはなるんだけどね。
だから読む前から犯人もトリックも先刻承知、という前提。本作だとさらにチャンドラーの「簡単な殺人芸術」がネタバレして批判しているのも当然、読んでいる。さらに予備知識がなくても当然で推理できるくらいの内容。...なかなか読む条件としては、キビシい。でも頑張ろう(苦笑)

としてみると、要するに本作、コージーの先駆的な作品、でもいいんじゃないかしら、ギリンガム君、鋭いというよりもイイ奴じゃん。全体的な雰囲気がほんわかしていて、ファンタジックなオモムキもある。ペヴリー君ともナイスなコンビで、二人で一生懸命「ホームズごっこ」しているのが微笑ましい。地下トンネルの話とか、サスペンス出そうという気がないみたいだしね。モールス信号だってマンガみたいな話だし。
で、一種の巻き込まれ型みたいな話なのが、ミステリとしてはちょっとキモかもしれない。実際、パズラーとしてはややアンフェアなのが、逆に味になっているとも感じるんだ。というのは、探偵自身に「直観像」の特殊能力がある件。稀だけどいるんだよね、写真的にシーンを映像記憶できる人。これがうまく推理に噛み合っていて、ちょっとした名場面になっているようにも感じる...「フェア」は全然気にしてないのが20年代。

まあだけどね...全体に冗長。のんびり読むにはいいかもしれないが、だったらコージーに徹して「余計な」描写をガンガン入れた方のが楽しめたかもしれない。似た立場にある作品と比較したら「トレント」の方がおすすめ。

No.920 7点 絆回廊 新宿鮫Ⅹ- 大沢在昌 2022/01/19 21:52
さて一応本作でシリーズ区切り。評者も鮫の旦那はとりあえず区切りにしようかとも思う。「暗約領域」と短編集は気が向いたら、にしたい。

本作だと晶とも別れることになるし、ちょっとショッキングな...もある。その結果、今まで桃井と藪を別にすれば孤立無援だった鮫島を擁護するように、新宿署内の世論が変化してきた、ということで、やはりシリーズ区切りらしいことにはなっている。それでも宮本遺書の話などに決着がつくわけでもなくて、シリーズ継続の含みを持たせているわけだから、不完全燃焼感は、ある。
そういうあたりもあって、「仕掛け」ではなくて「ドラマ」側で押し切ろう、というのがこの作品。「風化水脈」に近いテイストだと感じる。結構似てるといえばそうかな。
樫原の造型はいうまでもなく大鹿マロイがベースで、意図しないトラブルメーカー。でも不器用な乱暴者というよりも、復讐心でバランスを崩した人、という印象だから、マロイの妙な人の良さとは別。女に狂うとかじゃない。
逆に樫原の出所を待つバー「松毬」のママの造型が印象的。でも湿っぽいな...過去の因縁は何となく見当がつきそうだから、全体的な湿度は高い。

すまん、いろいろ決着がつくかと、やや期待し過ぎたかもしれない。力作ではあるんだが。

まあ、例の要素は...うんやはりそうだった。でも、真壁ほどには樫原に「色気」のようなものがないと感じる。「長いお別れ」は特にそうだが、チャンドラーに同性愛を読み込むというのもアリだと思うけども、「狼花」と違って本作だと鮫島を巡ってはそういうケを感じない。まあ晶との問題が大きいからそれどころじゃないんだろうが。

シリーズ全体を通してだと、評者はやはり奇数番が好き。奇数番が実験的で、偶数番がオーソドックス、という傾向があるとやはり感じる。ベストスリーは「炎蛹」「屍蘭」「灰夜」かなあ。

No.919 8点 細い赤い糸- 飛鳥高 2022/01/18 20:23
協会賞受賞作だが、ライバルは「危険な童話」「仲のいい死体」「異郷の帆」「人造美人」と名作ぞろいなのに、それらを抑えての受賞。それも当然、と評者は思ってるくらいの名作である。

4人の被害者にもそれぞれのドラマがあり、それぞれが短編小説のように読ませる。本人にしてみれば皆「自分が主役」なドラマを演じているわけなのだが、「端役」にしか見えない人にも、実は哀切なドラマが潜んでいる。しかし「自分が主役なドラマ」を演じるのに夢中は被害者たちは、その「端役のドラマ」にはまったく無関心で気づくこともなく、それを踏みつけにする...

ミッシングリンク、というのは外部から見ての話に過ぎない。時系列を操作することで、「細い赤い糸」のように関係が見え隠れしながらつながっていく。そして「端役」が「主役」に逆転するドラマが浮かび上がる作劇が秀逸。

ある意味ありふれた事件を、絶妙な語り口で「市井の悲劇」として昇華した、とても60年代っぽい名作。評者は大好きだ。

No.918 6点 ラヴクラフト全集 (7)- H・P・ラヴクラフト 2022/01/17 19:45
落穂ひろいに近い資料的な巻だから、あまり期待してなかったんだが、面白く読める。4巻5巻にある読者に迎合したような安っぽい作品なんかよりも、ずっといいんじゃないかなあ。突出していい作品はないけども、書きっぷりが安定している。
これも意外だけど、ダンセイニ風、とされるファンタジー傾向の作品の「サルナスの滅亡」でも、ホラー傾向が結構強いこと。どっちか言えば第6巻のファンタジー系作品の方が意図的に書いている印象が強い。HPLって根っからのホラー体質みたいだ。だからこの7巻はしっかりホラーしている。

やはり長めの「忌み嫌われる家」とか「霊廟」とか、「チャールズ・ウォード」のエスキスみたいなものだけど、ああいったパラノイアックなくらいに子細に及ぶ歴史記述のスタイルが読みどころ。
魔術王ハリー・フーディニのゴーストライターをした「ファラオとともに幽閉されて」は、フーディニ自身がエジプト旅行の際に、ギザで罠にハメられてピラミッドの内部に縛られて閉じ込められる...という設定の話。フーディニらしい脱出とその際に目撃した地底の秘儀の話で、これを一人称で記述していて面白いけど、書きっぷりはHPLの粘着質で妥協ゼロ。だからオシゴトというよりもコラボ感が出ていて、HPLがフーディニに憑依したかのような体験談になっている。

あと自分が見た夢をそのまま手紙に書いた「夢書簡」は、どこまで夢か!って言いたくなるくらいにHPLの小説そのまま。「ランドルフ・カーターの陳述」やら「ナイアルラトホテップ」まんまな夢を見ている....ちょっと絶句するような「夢見人」だ。スペイン駐留のローマ軍団の文官を主人公にする夢は小説にはなっていないみたいだけど、HPLというよりR.E.ハワードみたいな夢だ(苦笑)。
いやいや、「資料的」とか言って軽く見ちゃいけなかった。なかなかの読み応え。

No.917 7点 蠟人形館の殺人- ジョン・ディクスン・カー 2022/01/15 10:42
いや「面白いスリラー」を読んだ、という感想。バンコランといえば頽廃感、なんだから、蝋人形館に秘密乱交クラブに加え「狂乱の20年代」のパリのナイトクラブ全盛期。イケナイ夜遊びのワクワク感がある作品なのが重畳。
作品中にもムーラン・ルージュでショーを見るとか、ミスタンゲットも名前だけだけど出るし、パリ遊学のカー本人も随分遊んだことだろうね(苦笑)。だからナイトクラブが得意な、たとえばチャンドラーとの同時代性みたいなものも、結構感じるんだよ。要するにジョセフィン・ベーカーとかモーリス・シュヴァリエとか活躍した時代だし、シャンソンだって花盛り。この華やかさがバンコラン物の一番のお愉しみ、と評者は感じている。

でまあ、ミステリとしては状況の解明が推理じゃなくて、当事者の告白で明らかになりすぎるとか、真犯人がやや隠しすぎてて意外だけど面白味は感じない....それよりも蝋人形館オーナーの娘マリーがなかなか楽しいキャラで、いいな~~でも「このおいぼれ父さんを頼りにしておくれよ」とトンチンカンな父親の愛情が、沁みるぜ。

まあバンコラン、策略が過ぎる方でもあるから、真犯人の指摘でも評者実は「それ自体バンコランの罠なのでは?」なんて深読みしすぎたのは(苦笑)。でも皆さん違和感を感じる運命のカードの件は、あれ「自殺クラブ」へのオマージュじゃないかしら。

頽廃的なバンコラン大好きな評者は少数派だけど、うん、構わないさ。

No.916 6点 サムスン島の謎- アンドリュウ・ガーヴ 2022/01/14 06:47
ガーヴの枕詞って「悪女」が通り相場だ。だから本作のキモの部分はヒロインの「オリヴィアが悪女かそうでないか?」を巡って主人公レイヴァリーの心が揺れ動く話なんだと思う。だから、実は本作、恋愛小説だ、と評者は読んでしまう。どうだろうか?

まあだから、ミステリ的にはやや肩透かしな真相も、「恋愛小説+(これもガーヴお得意の)アウトドア冒険小説」と読んだら、それはそれで納得のいくエンタメになっていると思うんだ。本当に楽しんでつるつる読めるページターナーっぷりは本作でも遺憾なく発揮されていて、全盛期のガーヴの達者さを楽しめる。一人称の主人公設定、少ないキャラ、舞台設定の凝り方、仮説を立てて対話的にツッコミあうことで「ミステリらしさ」が出て....なんだけども、昨今のミステリマニアにとって「ノリきれない」部分があるのは、要するにこの人、「ジャンル的忠誠心」みたいなものが希薄なことが原因のように感じるんだ。

評者とかその手の「忠誠心」に欠けている方(すまぬ)なせいか、「こういう作品もありか...」と感じるし、「ミステリ感度」が低めな福島正実がガーヴに入れ込んだのも、そういう面があるようにも感じる。

いやだから言いたいのは、舞台になるコーンウォール沖の離島の観光地、シリイ諸島もうまく生きた、楽しい冒険小説だってこと。ガーヴの余裕みたいなものを感じる。

No.915 4点 盲目の理髪師- ジョン・ディクスン・カー 2022/01/12 08:33
時代柄から言えば、マルクス兄弟風の陽気なドタバタを狙ったんだろうけどもね...カーのユーモアって今一つ洒落たところがなくて、どうも泥臭い。

汚らわしい酔っ払いのけだもの!

ってことか。風刺性がないからね。フェル博士の安楽椅子っぷりは悪かないんだが、でも推理自体にあまり面白味がないのが難。結局海に放り込まれたのはどっちなんだっけ?

船長の部屋で殺虫剤が...のギャグが、臭いかなんかで手がかりになるのかな~なんて予想したんだけども、これは外れ。殺虫剤セールスマンは、ギャグというよりもイヤな奴度が高すぎて笑えない。
陽気なお笑いのためにはちょっとした「人の良さ」みたいなものが必要なんだけど、カーはあまり「人が良くない」のかな。

1934年のカーは「黒死荘」「白い僧院」「剣の八」に本作とロジャー・フェアベーン名義での歴史小説と5作出版した超絶の忙しい年。カーター・ディクスン側で忙しすぎた反動なのかしら。1930年代のカーは両名義で年4作の新作を書いている。凄いっていえば凄いけど、濫作ってものだろう。

No.914 7点 死体消滅 戦慄ミステリー傑作選- アンソロジー(国内編集者) 2022/01/10 08:15
先日楠田匡介やったから、ついつい「人肉の詩集」が読みたくて図書館で探すとこのアンソロがあった。大昔読んだ記憶あり。1976年ベストブック社だけど、アマゾンに登録がないみたいだ。
収録作品:「人間腸詰」夢野久作、「王とのつきあい」日影丈吉、「人肉の詩集」楠田匡介、「二瓶のソース」ダンセイニ、「死を弄ぶ男」山村正夫、「人間解体」森村誠一、「失楽園」北洋、「屍臭の女」斎藤栄、「おーそれーみお」水谷準。
死体処理に特化したアンソロ。グロ耐性がない読者は避けた方がいいかもね。要するに死体処理は即物的だから、アイデアだけだと小説にしたときに面白くない。だからそれに語り口なりロマンなりをうまく融合させる腕の見せ所、のように思える。そういう意味で夢Qはさすがなもの。腕一本の大工のべらんめえな語り口のうまさにしてやられる。
同様に語り口のうまさで読ませるのが日影丈吉とダンセイニ。技巧の極みみたいなものがある。山村正夫のは「自殺したけどもゾンビになるだけで死ねない男」を主人公にして、自殺の原因になった女に嫌がらせとして復讐をする話。どんどん腐っていくしブラックユーモアが落語みたい。これが意外に面白い話。
逆に「リアルで陰惨」になると、どうも面白くない。森村誠一と斎藤栄のはリアルで陰惨系だから嫌い。実は楠田匡介のは筋立てだけなら本当に安っぽいスリラーなんだ。しかしこれは、リアルで陰惨な話が、血をインクに、肉体をパルプに溶かし、皮を装丁に...として詩人とその想い人を「亡き人を追悼する詩集」化けさせるというイメージが、話の具体の内容を超越して訴求する力がある。ある意味究極の「肉体の詩集」なんだから、マラルメ的な「書物」にこだわるビブリオマニアな詩人の理念みたなものでもある。
つまり、観念的な「ロマンの味」が死体処理話の決め手のスパイスなのだ。まさにこの「ロマン」で押し切って成功したのが水谷準の伝説的な名作「おーそれーみお」で、やや押しきれていないのが北洋。「おーそれーみお」は昭和二年の新青年が初出だそうだからほぼ百年前! ポオをやや甘口にしたロマンチックな名作。

読みごたえありの名アンソロ。


ちなみに「人肉の詩集」をタイトルにする楠田匡介の短編集(1956)は、稀覯度が高くてやたらな値段がついている...で、湘南探偵倶楽部が短編「人肉の詩集」だけを抜き刷りにして2021年に出しているそうだ。たった14ページに2640円だすのも酔狂といえばそうなんだけど、思わず「本」として欲しくなる気持ちは、「人肉の詩集」については、わかる(苦笑)

No.913 7点 脂のしたたり- 黒岩重吾 2022/01/08 22:45
親が買ってきた本で家にあったから、中学生くらいで読んだ記憶がある...超絶大人向けだから無謀にも程がある。その後大阪に住んで、株の一つや二つは持ってる身分になるとは、思ってもみなかった(苦笑)

主人公は北浜の証券会社の社員で、映画会社株の不審な買い注文から株式の買占めの開始に気づく。その買主は人目を惹く美貌の女性だった。主人公の色と欲を絡めつつも、仕手の黒幕と情報屋の不審な事故死の調査を通じ、主人公は闇の世界に深入りしていく...
黒岩重吾だから主人公は単純な善玉ではなくて、客の株券を担保に入れて自分が手張りをするとかね(ヲイ!)。主人公はこの調査を基にターゲットの映画会社とも駆け引きするのだが、半身不随の映画会社の女社主が「女怪」と言われるような食えない老女。黒幕を明かすのを条件に、中堅スターを一晩貸すように要求する主人公も主人公だが、敢て貸しちゃう女社主にも思惑あり...いやいや、世の中のウラの小汚いあたりを活写するのが黒岩重吾の真面目。自分の欲望で動く主人公なのが、やはりハードボイルド風の味わいを醸し出している。

で、二重人格のようなヒロイン雪子が「石の肌の女」と形容される出色のキャラで、金にも女にも強いはずの主人公が手玉に取られてる。でもこのヒロインの捨て身の復讐の行方は? あと元同僚で今は情報屋の片腕になっている、男に負けないよう突っ張る敏子、主人公の客で手張りのネタに使われるけど主人公に恋着して事件を起こす深情けの中年女の文子、巨大キャバレーのホステスで主人公とスポーツ感覚でSEXする美代。脇を固める女性たちも生彩があって、なかなかお盛ん。
千人のホステスを抱えて大規模なショーがある巨大キャバレーもそうだけど、昔って「株券」ってあったな~というのが懐かしいあたり。今じゃ電子データなのが味気ない(苦笑)

「金の話をする人に、お金は入らないわ。入る人は黙って儲けている」

ごもっとも。これ真理。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.40点   採点数: 1312件
採点の多い作家(TOP10)
アガサ・クリスティー(97)
ジョルジュ・シムノン(95)
エラリイ・クイーン(45)
ジョン・ディクスン・カー(31)
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ボアロー&ナルスジャック(22)
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アンドリュウ・ガーヴ(16)