皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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斎藤警部さん |
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平均点: 6.69点 | 書評数: 1354件 |
No.1294 | 9点 | 幻夜- 東野圭吾 | 2024/10/26 23:14 |
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「まあな。 『死の接吻』 と一緒や。」
圭吾はん、大胆にやりよったなぁ。 兵庫県西宮市。 大震災の折、これを奇貨とし、絶望から●●へと身の置き場所を遷すべく、或る犯罪に踏み切った主人公。 瓦礫と煙の中、やがて相棒と言える存在に遭い、共に闇の道を切り拓いて行く。 ●●の連鎖は蜜の味やで。 隠したり、仄めかしたり、直接書いたり。 読者には手に取るように見透かせるトリックが、物語内の人物にはまるで分からなかったり。 悪意の乱反射と、咄嗟の急カーブと、時の弾みの乱反射、想定外の緩カーブ。 ホワイダニットの瞬時炸裂と増殖。 ほんと、作者の存在を真っ白に忘れる剛腕絶叫リーダビリティ。 できることなれば大河ドラマのように一年かけて読み切りたい。 ストーリーに関わる事象がふんだんにあり過ぎて、いいぞやれやれやりまくれ、と思ったりする。 いいぞいいぞ地の果てまで追い詰められろ、とも思う。 敵と味方と第三極。 地獄のホワイダニット或いはホワットダニットへの予感がプルプルと顫動し始めるのはどのあたりだったか。 倒叙ミステリならぬ倒叙クライムノヴェルと呼んで良いのだろうか。 嗚呼、清張に読ませたかった。 「白夜行」との噛み合わせもガッチリだ。 ただエンディングだけは、ちょっとどうかね。。。。 しかし逆にこれはもう、続篇(完結篇?)へのシャイな決意表明と見られぬこともない。 こないオモロイ小説、そう無いで。。 “犠牲者六千四百三十四人。 そのうち×××× ・・・ ” |
No.1293 | 6点 | 吸血鬼- 江戸川乱歩 | 2024/10/20 22:44 |
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「では、君は、この事件が、殺人事件ではないというのですか」
ほんとそれ。 乱歩さんの通俗はホンマしょうもないでえ~~(笑) 美青年と美中年が子持ちの美女を巡って毒薬決闘するシーンから始まって、硬派じゃない軟派な荒唐無稽のズンドコ展開はくだらない面白さでいちいち腹こわす。 だが火葬場地獄のビダビタした描写は良かった。 丁度その辺りから物語もグインとギアを上げやがり、尻上がりに渋さを増して来た。 ラストクウォーターに至り、地の文のあまりに玄妙な唆(ソソノカ)しに心奪われるシーンも現れる。 至極いい感じである。 「二人? いや、三人ですよ」 「四つ? いったい何を調べようというのです。 誰の死骸です」 やがて眼前に展開される、劇場型犯罪ならぬ、劇場型解決の旋風(by アチチゴゴロ)。 あまりといえばあまりに後出しが過ぎる、秘められた犯行動機も許せよう。 攻守スイッチのバカに激しい最後のドタバタ。 ずっしり来る、中身の濃いエピローグ(最終章)。 これがもし本格ミステリ流儀で書かれていたら、相当ヘヴィな衝撃を齎(モタラ)す真相暴露になっていたかも。 いわゆる吸血鬼が出て来る話ではありませんが、 The Sex Pistols “No Lip” を思い出させる怪人物は登場します。 “どんな美しい娘にもせよ、死骸などに用のあるはずはないのだから” ← ・・・ どの口が ・・・ |
No.1292 | 7点 | 杉の柩- アガサ・クリスティー | 2024/10/18 00:37 |
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■幼馴染の若い男女が「結婚しよっか」ともじもじ考えてるところに、幼いころ以来の再会となる薔薇のように美しい女(下人の娘)が現れ、静かな嵐を巻き起こし、やがて彼女は屍体となって発見される。
■その少し前に「幼馴染」の女の富豪の叔母 .. 病身でそう長くはないと思われていた .. が医者の見立てより少し早くに亡くなっている。 ↑ この二つの死の間に、何らかの連関性は在りや無しや。 疑いは「幼馴染」の女へと浴びせられる。 “冷静にとりみださず、できるだけ短く、感情を交えないで答弁をするということは、なんてつらいんだろう……” 構成の妙スピリットで充満した作品と言えましょう。「本格ミステリの退屈な部分」的なものは徹底排除。サスペンス小説のやり口から借りて来たのか? ハーキーも絶妙のタイミングで登場! その出遭いの相手の立ち位置も最高。 妙に開けっぴろげな恋人たちの会話は、まるでそこに人間関係トリックの新しい地平でも開けているかのように見えました。 「書簡」で埋められた章は、焦点を定められないくすぐりで満ちていました。 それでなくとも手紙の機微、企みが光る一篇でした。 思わぬ所で勃発する探偵合戦も愉し。 使用人階級?に重要人物が配置されているのも何気な何かの誘導かな。 他にも細々した手掛かりやらトリックやらナニやら、小味ながらプチケーキの様にカラフルに並んでいます。(落ちていたラベルの切れ端の件・・) 本作のミソというか大ネタは、アガサ自家薬籠中の「人間関係トリック」を、犯人そのものというよりむしろ、犯行動機の側面推しでナニしたようなアレでしょうかね。 私も実は虫暮部さんと同じ方向の真相を考えたんですよ(但し真犯人とその動機・葛藤については、虫暮部さんほど深くは洞察出来ませんでしたが)。「◯◯の秘密」的なアレについては、あからさまなような、ほのめかしのような、何とも微妙なヒントの出し方なもんで、積極的に「その手に乗るか」とまで行かずぼんやりと疑い続けて終盤いいとこまで来ちゃいましたね。 見事にヤラれました。 んで、裁判シーンのスリリングなこと!! まあ、真相というか真犯人の人間性がミステリ的にもうちょっとキラキラしていたら、より良かったかな。。 物語としては充分キラキラしてると思いますけどね。 特に結末は。。 ジェラードとランパードが同じピッチに揃った! と思って、よく見たら「ランバート」さんだったのは惜しかったですね。 |
No.1291 | 5点 | ストロベリーナイト- 誉田哲也 | 2024/10/14 11:25 |
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品が無い、締りが無い、リアリティが無い、心が薄い、サスペンスが薄い、スリルが無い、しかし退屈も無い!! 深みなど無くってまるで問題無し!! いろんな謎があっさり明かされ過ぎで、もうちょっといやらしく伏線引っ張ってストリップティーズしてくれたらよォ、とは思う。 さっぱり気分が悪くならないおとぼけグロ描写なァ。 でもいいさ。
「その充実感……。 素晴らしいですよ。 世界が拓けて見えるようになるんです」 公園内で発見された謎多き惨殺屍体に端を発し、これと繫がり有リと目される過去の他殺屍体が続々と ”水中から” 発見される。 被害者の一部には “ここ数か月、それまでと打って変わってもの凄く生き生きしていた” という謎めいた共通点が。 やがてダークなネット情報から「ストロベリーナイト」なるミステリアスなヤングフェスティヴァルの存在が浮上。(小説内では語られてなかったけど「苺」はアレのイメージかな?) 警察のいろんな人たちが協力したり個人プレーしたり(比率は体感7:3くらい?)頑張って犯人を追い詰める物語だ(が、警察小説とは呼びたくない)。 何気に章やサブ章をまたぐ時など、それなりに空白の時間を置きたくなる。 意外とそんだけストーリーの彫りが深いって事なのか。。 ちょうど中盤に感動を誘う逸話もあった。。 おっと、終盤に近づきようやくサスペンスらしきものが沸き上がって来たか。。 あれ、すぐ萎んじゃった? しかしまーこんだけの『ダブル(トリプルとは言わせん)暗黒真相』をよくもこんな安っぽい文章、下手くそな暴露方法で台無しに・・と恨みに思わなくもないけど、結末の爆発には軽症くらい負わせてもらった。 あんだけの大きな悲劇を引き出しといてからに、後始末が雑でないか? とは訝しむのだが・・ 「ストロベリーナイト」なんて小洒落たタイトルより「謎のへっぽこ大会」とか「うんこ」とかでいいんじゃないかとヤケクソで最初のうちは思ったけど・・ 悔しいけれど合格点だ(5.3くらい)。 よし、シリーズ続篇、書いていいぞ(何時の何様?!?)!! |
No.1290 | 8点 | サウサンプトンの殺人- F・W・クロフツ | 2024/10/09 23:02 |
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「これは、ある生物のように」 彼は快活な調子で言った。「尻尾のほうに針があるようですな」
A社とB社はセメント会社。A社の未来を守るためB社に侵入しヴァイタルな技術情報を盗もうとした二人の社員。ところが時の弾みで、目撃者となった夜警を過失致死。。。 この悪夢の瞬間から紡ぎ出される、創意と工夫と悪意に満ちた右往左往驀進蛇行の顛末は、小説構成の企みこそが色鮮やかな下支え。 第Ⅰ部~第Ⅳ部と進むにつれ主体は A社 ⇒ フレンチ ⇒ A社+B社 ⇒ フレンチ と推移する。 倒叙推理の積み残しがフーダニット、さらには××ダニットへと舞台を変えては炸裂する。 フィジカルなエコノミー、いやインダストリー冒険描写の質実な締まり具合。 頼りになる男と、頼りになり過ぎるロジック展開、あるいはその解きほぐし。 仕事が鬼出来る者だからこそ挑む事の出来たアリバイ工作の、拭いきれぬ一抹の怪しさよ。 A社とB社の間には、あの短篇以来の「9マイル」! シューベルトの「軍隊行進曲」を口ずさむ男! んんーーー その “ヘンゼルとグレーテル” は ・・・ いやいや本作は随分と攻めてます。 溢れ出るスリルとサスペンスとイヤミスと、ドラマチックなツイストにいや増す謎。 試行錯誤には希望という名の置き土産。 やがて訪れた、フレンチ急襲型チェックメイトの、ホトバシる旨みと輝き! 最初のチェックメイトを引いて更に追い詰める、繊毛が微妙に蠢いて弱光を見せるような暗い蜃気楼の晒しっぷり。 その結果なのか経過なのか、涙腺を刺激する “巧まざる” 名台詞もあった。 最後のフレーズの連なり、最高過ぎます。 クロフツは、頑張りました。 |
No.1289 | 6点 | 乗取り- 城山三郎 | 2024/10/07 22:05 |
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“変わらないのは、桜色を帯びた青井の血色のよい顔、休みなく動く目、弾力のかたまりのような体だけであった。”
。。静謐と心の喧騒が折り重なるような、寂しさと心地良い疲れがおりなすような、忘れ難い不思議なエンディング。 この愛すべきエンディングへたどり着くための、ホットでユーモラスな、軽クライム? 軽ピカレスク? いんゃーァ 爽ピカレスク? 違いますよ! 爽クライム(?)小説でしょう、これは。 日本橋~銀座の百貨店では少し沈んだ老舗「明石屋」を持ち株で乗っ取り、本来のもっとキラキラした店に立て直そうと奔走する若き事業家の青井。 闇屋出身たるこの主人公と、彼に魅了され味方となる壮年~年配の男たち。 狙われた明石屋とその味方に付く老獪な男たち。 両者の間でさまざまな熱を発する者たち。 だが「視点」の位置にあるのは、或る一人の若い女性と言っていいかも知れない。 爽やかな怪人物が二人も登場する贅沢さ。 しかも怪人物ばかりやたらな直球勝負ばかりで面喰らう。 全く異質の主人公候補までシャイな横顔光らせて躍り出る熱い展開さえあった。 物語を追いかけて駆け出しそうになる程の面白さとリーダビリティは相当なもの。 「青井という男は、あらゆる術策を弄して向かってくる。気をつけなくちゃいかん」 “だれもがうなずいた。女将や女たちも、白いあごで弧をえがくようにしてうなずく。” しかしま、読前は思い込みで「広義のミステリにじゅうぶん含まれる経済クライムノヴェルなんだろうなあ」くらいのスタンスで臨んだのだが、実際に読んでみると、もうちょっと謎を隠しても良さそうなところ、開けっぴろげ過ぎてミステリ風でもない? と感じるところ多々。 ミステリ性の希薄な「不慮の死」が続く所も一般小説っぽさを醸し出しているかも。 とは言え、やはりミステリを読む方に読んで欲しい痛快な一篇でありますね。 まあですな、本作を「犯罪小説」と呼んでは主人公の青井文麿氏に怒られそうなのではありますがね。 「いい逃れはききたくない。いったい、ぼくのどこがいけないんだ。一つ一つ洗い立ててほしい」 |
No.1288 | 7点 | 真夜中の詩人- 笹沢左保 | 2024/10/02 00:40 |
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「ありとあらゆる野菜、それに肉からとったスープを、レモンとお醤油で味付けしたのよ」
まずこのタイトルは一体何なんだ? 。。。 と戸惑う間も無く、激烈に面白い異形の誘拐物語が始まった。 攫われたのは二人、富豪の子と普通の子。 どちらも身代金要求無し(!!)。 やがて富豪の子だけ無傷で返還。。 一体何なんですか、それ? 雰囲気は普通にサスペンスタッチだが、企画性くっきりの強い謎を次々にババーンと打ち出して来る所は本格/新本格風。 そこへ来て、ストーリーの程よい錯綜ぶりはハードボイルド(ロス・マク?)調かも知れん。 序盤から、まるで何かのアリバイ工作でもその裏に疑わせるような、謎の高速展開。 意外な「被害者」。 疑惑連鎖の渦中へとロジック手探りのセンサーを伸ばす探偵役/主人公?(普通の子の母)の、所々豪快わんぱく過ぎるエピソードが威勢よく降り注いでくれちゃったりなんかしてね、しかも時々弱気の弱虫で。 意外な人が頼りになる探偵役2(あるいは1?)として爆浮上したりね。 いっくら何でもこいつはメタ怪し過ぎるぞォーと光りまくる登場人物の、やたら膨らむキーマン性にも注目だ。 とにかくストーリーにいちいち機敏な動きがあって面白いんだ。 事の大元に位置した “事象“ (諸悪の根源)の、あまりに馬鹿げた悲劇性。 そこから工夫を凝らして繰り出された、ちょっと凄い、豪快とも言える真相。 振り返って見りゃあ大ヒントもゴロゴロしてたわけだが、、 分からなかったよねえ。。 アラは多い。シュっと締まってないネジレや穴も見当たるが、読んでてとにかく面白い。仕掛けて攻める意気を感じる。 最後に、これ言うと鋭い人にはネタバレかも知れないけれど ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 最終章が終わった後、マスコミを沸騰させること必至の大スキャンダルと、 それに翻弄される登場人物たちを思うと ・ ・ ・ |
No.1287 | 8点 | 失踪者- 下村敦史 | 2024/09/25 22:12 |
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“――俺は気づいたぞ、樋口。”
三つの時系列カットバックで読ませる、雪の山岳サスペンス。 主人公と、失踪(?)した相棒に、脇を固める二人もみな山男。 南米の高山シウラ・グランデのクレヴァスにて発見された、ホラーもしくはSFチックな不可能事象。 こいつが意外と.. 速やかに謎は払拭された! と思ったら、間髪を置かずに沸き上がる、頭がねじ切れそうな程の不可解興味(相棒は、いったい何故..)。 そして染み拡がる故殺の疑惑。 そこからしばらくは 。。。美しい友情や別れ、仕事や恋愛に励んだり、何気に謎追いのシークエンスやらあって、、不意を突いてもう一度、今度はなかなか解けない強烈な不可能興味、覆い被さるように絡みついて同行する新たな不可解興味。 年下のヒーローにヴィラン。 ヴィランが目の前で発した、だが聞こえなかった言葉の謎。 山のビデオ映像に潜んでいた違和感とは何だ!? 逆デジャ・ヴュとは?! さあ、あの出遭いのシーン、ミステリフレンドリーにして泣けるあのシーン、最高マジ最高。 そして、閃光が刺しに来る、あの再会のシーン、やばかった。 最後もう一つの、”最大の” 再会シーン。 これがあなた、もう言葉にならんのですよ。 ある疑惑については、読者目線の疑惑を上手に二段底の浅い方に誘っていましたね。 見事です。 さてあまり注目されない様ですが、実は、前述の ‘最初の不可能事象’ 発見の少し前に発見されたノーマル事象(若い女性の屍体発見)が、初期段階での有効な(ミスディレクションとまで言えない?)読者の目線を核心からちょっとだけ逸らさせる、淡くも大事な効果を担っていたのではないかと思うのです。 ある人物の本当の人間性が明かされる、一つのクライマックス部分、そのために必要な解決用のピースを嵌めるのに少しばかり隙間が出来ちゃって、結果的に無理矢理ガタンと整えた感はある。そこはミステリとして少なからず減点対象だが、物語としてはただひたすらに熱く、ダメージは最小に抑えられたろう。 やや安易な常套手段に見えなくもない「◯◯の◯」設定だって許せてしまうよ。 終わってみれば、少しネタバレっぽい言い方になるが、主人公も気づかないままに、美しき友情の三角関係が構築されていたという事か(四角とは言うまい)。 心底泣かせる心理的物理トリック(大阪圭吉の某短篇をぼんやり思い出す)は、結局物語の端緒と終結を結び付ける虹だったわけだ。。。。 作者は登山経験無しのまま、徹底的文献調査等だけでここまでリアリティ溢れる山岳ミステリをものにしたそうです。 山に限らず、自分の明るくない分野を徹底的に勉強(リスキリング)して自らのミステリに組み込むのが好き/得意な人の様ですね。 |
No.1286 | 8点 | ギャルトン事件- ロス・マクドナルド | 2024/09/23 16:35 |
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うう~~ん、この小説は良い。 これは良いロス・マクだ。 ファンでなくとも読んでみるが良い。
死ぬ前に、若いころ家出した息子に会いたい 。。富豪ギャルトン家の未亡人から願いを聞き入れた弁護士セイブルは、旧友の私立探偵アーチャーに捜索を依頼する。 直後、身近の意外な所で殺人が! アーチャーはこの殺人と先の捜索依頼に通じるものを(よしゃぁいいのに?)直観した。 一方、家出息子の帰還は叶わなかったが、その忘れ形見で俳優志望の青年(未亡人の孫)が見つかり、ギャルトン家では大歓迎を受ける。 依頼主にとって案件は円満解決したが、アーチャーだけは満足せずに件の殺人事件、そして「孫」の真偽さえ疑い独歩的捜査を続け、ゆく先々でやくざ者、はぐれ者共の妨害を受ける。 そんな中、弁護士セイブルの妻が精神の病に蝕まれつつあると言う。。 “おなじ時刻の、おなじ双発機だった。スチュワーデスまでが同じだった。どういうものか彼女は前より若くなって、ずっとあどけなくなったようにみえた。「時」はまだ彼女の味方をしているのだった。” どことなく明るい空気感のある、面白小説オーラを纏ったオープニングから心地よくテイクオフ。 良い意味で模範的ハードボイルド・ミステリらしい、機敏にして複雑、意外性に旨味のある展開が読者を掴んで離さない。 小泉○○郎氏を髣髴とさせる人物に、太宰治っぽい家出息子。 詩人と私立探偵、どちらも「シ」から或いは「P」から始まるんだよな。 温か過ぎて噴き出しそうになるほどユマラスな友情シーンもあった。 良い場面、さり気なく良い言葉のやり取りでいっぱいの作品だ。 登場人物もいっぱいだ。。 いい感じで夢見心地にさせてくれましたよ。 人並由真さん仰る > 序盤からのサイドストーリー的な殺人事件という大きなパーツの組み込ませ方 おそらくはそれが巧妙に関わってこそ成り立った クリスティ再読さん仰る > 隘路 ここに遠くから焦点合わせてじっくりと、何層にも重ねた解決、幅があって分厚い真相に、そこから解きほぐされたような、光明あるラストシーン。 この本は、解決篇の後半だけは、早朝に覚醒して読むのが良いかも知れません。 反転のモトが中盤通してこれだけ大きな位置エネルギーを保ち、最後に運動エネルギーとして一気に解き放つ、そこにハヤカワ・ミステリさんの惹句でもある『人間悲劇の底にアーチャーが見いだした愛と希望』が控えめに輝いている構造、この尊さはなかなか他では味わい難いものがあります。 “ふたりは、老夫婦のように寄り添って午後の影が長くなり夜にとけこんで行くのを待っているのだった。” |
No.1285 | 7点 | 謎の巨人機(ジャンボ)- 福本和也 | 2024/09/15 22:51 |
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大量の死人を運んで羽田に不時着したジャンボジェット機。 乗客、乗務員、生き残りは一人もいない。 こんな魅力的な、ある種のバカトリック発動を期待させかねない、物理的規模の巨大な謎を引っ提げて始まる本作。 空港にて異様な非常事態が判明するまでの、現役パイロットであった作者ならではの臨場感張り詰めるハードボイルド描写が実に、読者の襟首を掴みに掴む。 後からちょっとアホな造形の人物や、当時の通俗まっしぐらの展開など登場するが、この渋いオープニングのお蔭で、基底部に在る硬派なイメージはそうそう揺るがない(かな?)。
もう一つ、前述の「大量の死人」が実は、或るジェット機から全く別のジェット機へと何処かでまるごと移動させられていたと目される動かぬ証拠が見つかった!! その入れ替えが行われた場所はどこなのか?? 生きたまま入れ替えられたのか!? 全員、あるいは一部屍体となった状態ですり替わったのか?! 「大量の死人」自体の謎に負けず劣らずこっちの不可能興味もギンギンに強烈だ。 “鉄工所、ラーメン屋、靴工場、映画館のフィルム配達、魚屋の店員、バーテン、自動車の板金修理工と、母親の挙げた職業には◯◯は入っていなかった。” 割と早くに明かされる、とある渋い物理的物理トリックは大歓迎。 おまけに初等数学がその司令塔に位置している。 と思ったらもう一つ、小説的効果のスケールが大きい割に、その作為は実にセコいとも言える、ちょっとおバカな? 物理的心理トリックが! しかも、それってもしや意外と、最後まで当局の誰も気付かないまま闇に・・・って事もあり得るのか? こりゃあなかなか面白い「トリックの立ち位置」と言えるかも知れませんな。 探偵役らしき人物が警察に追われ続けたり、物語のオープナーたる人物の立ち位置が微妙で気を持たせたり、被害者の中で誰が(小説的に)ミスディレクション担当なのか迷わせ上手だったり、登場人物配置の妙が実に冴えています。 これに繋がって真犯人隠匿の術もなかなか。 或る人物と或る人物とのアレは(故意に?)見え透いてはいたけれど、それでもなお。。 「帰っとくれやす。帰らんと塩撒くで!」 冒頭に現れる、まるでイリュージョンの如く巨大な謎がちょっと尻すぼみに解決されて行くのは・・少しばかり寂しいが ・・・「不可能興味1」が、まるでそんなの常識と言った風にあっさり明かされ、それを踏まえた「不可能興味2」を ・・・( 中 略 )・・・ されどやはりこの島田荘司ばりの大型バカ案件じみたものが、存外質実なじっくり解決へと収束して行く様こそが良いのかも知れん。 きっとそうだ。 リアリティ溢れる航空業界描写のみならず◯◯業界、◯◯業界に裏町業界へと分け入った描写も、そのリアリティはともかく、ぐいぐい読ませる強い魅力があります。 何とも哀れなる「辞世の言葉」と共に消え入るラストシーン、その後ちょっとだけクスッとさせる物的証拠で締めるエピローグ、このあたりも(ちょっと品が落ちる気もするが)実に印象的。 森村誠一氏の巻末解説によると、福本和也という人は現役航空パイロットが作家兼業になったのではなく、逆に、作家の福本和也がその文章に幅を持たせる?喝を入れる?ため航空パイトットを兼業する事にした、のだそうですな。 なんとも豪気な話で、何よりです。 【ネタバレ】 気を配ったであろうちょっとした叙述ほのめかしやギミックが功を奏したのか、もしや、まさか、この探偵役こそ実は。。。 なんて大いに気を揉ませていただきました。 |
No.1284 | 8点 | 刑事部屋(デカべや)2- 島田一男 | 2024/09/09 23:59 |
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今日は記念すべき昭和九十九年九月九日だってんだから、「刑事部屋1」と同じ九点を折角だから差し上げてえ所だが、、この「2」には、「1」にはまるで無えちょっとした緩みがあってナ、どうしたって八点にマケさしてもらうよ。「1」に較べると妙に話の本数が多い「2」なんだが、後半に行くに連れ短けえ話ばかりになってくる。短けえのはいいんだが、おわり三分の一となるとちょいとミステリの深みが底まで通じてねえような話が並ぶようになってな、寂しかったよ。 とは言え、その三分の一だってじゅうぶん文章のキレはあるし、イキのイイまず上等な短篇ばかりで六~七点は充分キープなんだがね。
始まって三分の二くらいまでは「1」と同レベルのミステリ深度と高いテンションとシビレるスリルと、もちろん最高の熱い文章力で「大衆文学と推理小説の融合」を高い次元でやっちゃってるディープ・サザン・ソウルが並ぶ。 意外性凝らしたストーリーに人情あり覇気あり殺伐あり。 あれ?推理小説ってもともと大衆文学じゃなかったっけ? ってそりゃ言葉の綾というモノでありましてね。 第一話 信号は赤だ 第二話 妖婦の檻 第三話 安全地帯 第四話 刑事部長(デカチョウ)物語 第五話 殺人環状線 第六話 土曜日の男 第七話 毒蛾の街 第八話 青い顔の男 第九話 死者の呼び声 第十話 地獄への脱走 巻末、「事件記者」役者だった原保美氏による解説、というよりエッセイ、ちょいとふらついた韜晦まじりの人情現場証言は、短いながらもスコープ広く情報たっぷりで、読ませます。 |
No.1283 | 8点 | 樹のごときもの歩く- 坂口安吾 | 2024/09/09 23:41 |
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「普通の事件なら、一人殺されるたびに、容疑者が、だんだん減って行くところだけれど、この事件では、人一人殺されるごとに、容疑者が、だんだん増えて行くじゃないか」
重度の障碍を負って還って来た復員兵は、彼の出征直前に謎の親子死亡案件が起きている「資本家一家」の一人と目された。 そこから始まる、事の順番からして意外性に満ちた連続殺人&殺人未遂事件の顛末。 坂口安吾の連載小説は雑誌の廃刊により中絶され、残りの1/3は数年後、高木彬光の手に委ねられた。 事前に引継ぎ連絡のようなものは無く、安吾未亡人より間接的に安吾の結末構想を聞くのみだった彬光は、その構想からは外れた展開で本作を締めたと言われる。 「探偵小説というものは、こういうカンジンな損得の勘定を忘れているから現実的に又特に心理的にゼロなんです」 下世話なユーモアと分厚いアイロニーが跋扈する中、本一冊書けそうな鬼ロジックがシラッと提示されたのには参った。 しかしどこかしら気安い論理遊びのような気配もあり、いい意味で?探偵小説に対してほんの少し上から目線なおふざけのようでもある。 そこだけでなく、全体を覆う、心理のロジックと、牙をむく驚きのメタ逆説。 安吾本人はどんな結末に持って行くつもりだったのが、真剣に気になりもする。 にしても先生の著書「姦通論」には笑ったな。 「アッハッハ、フグの日は、マコで一パイやるのがタノシミでね。存分に珍味をくらい、存分のみ、適度にしびれて、たちまち、ねむる」 しかしながら、やはりこの後半2/3でバトンタッチの妙! 彬光っつぁんの頑張り意気込みが匂います。 文体とかほんとうに良く寄せている。 ある人物が急遽パンチャー本能?増し増しで浮き足だった感もあるが、その微妙な感覚さえミステリ興味を加速。 言ったらタラちゃんの声優さんが変わった程度のわずかな違和感はありましたが、波平さんの時ほどではなかった。 カタカナヅカイと「私」の存在感が微増したおかげでチョイとキンタマが痒くなりはしたカナ。 彬光っつぁん特権による後付け要素には、苦笑もさせられたが、唸らせる所もあったネ。 遅いタイミングでの意外な展開もあった。 シビレたね。 “それからは雑談の花がさいて、我々は時を忘れた。” 締めの三行台詞は熱い。 まるでこれから話が動き出すようじゃないか。 さて最後に、とりあえず「カブト虫」「グリーン家」「不連続」この三つの殺人事件は、先に読んでおきましょうや。 中でも最も致命的なネタバレを喰らう(実は実に意味のあるネタバレなんだが)S.S. ヴァン・ダイン「カブト虫殺人事件」がね、本作を読む人がその時点で未読の可能性がいちばん高いですからね。 |
No.1282 | 7点 | 夜歩く- ジョン・ディクスン・カー | 2024/09/04 19:45 |
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有名な若い貴族が結婚する。 花嫁は有名なきち○いの元妻。 そのき○がいから「お前を殺す」との手紙が花婿たる若い貴族に届く。 花婿は『不可能』な状況の中、豪奢なクラブの「カード室」にて斬首屍体で発見される。 周囲には面倒な恋愛模様を匂わせる若い男女に、年配の学者や弁護士、壮年のパリ予審判事アンリ・バンコランと、彼の年下の友人である「わたし」ことジェフ・マール。
うむ、これはきっと、なかなかのパズルじゃないか? ってかなり早い段階から思わせますよね。 リーダビリティはあまりよろしくないが、それは興が乗らないんじゃなく、いちいちじっくり読ませる文体のせい。 真犯人/真×××の意外性に複雑性、なかなかのもの。 アンリの探偵的魅力が薄いのは仕方ない。 アメリカ人が(文字通り)アクセントをつけてくれますね。 実質処女作らしくいろいろ詰め込もうとする勢いも佳きかな。 【夜のネタバレ&逆ネタバレ】 横溝正●の同名作は、本作にインスパイアされてあの真犯人設定に仕立てたのではないか、などと思いました。 何故なら、、中盤からどうも「わたし」に疑惑が寄せられて行くミスディレクション構造が感じられたもので。。 |
No.1281 | 7点 | 地図にない沼- 佐賀潜 | 2024/08/26 00:21 |
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自身のカッパ・ビジネスベストセラー「法律入門シリーズ」を連作ミステリ短篇化した様な一冊。
各話冒頭に、作品の肝となる「法令」がルーブリックの様に添えられている。これがストーリーの暗示になるのは、一面ではネタバレにも繋がるものの、それ以上に小説への興味を唆る側面が強く、結果的に良い導入になっていると言えましょう。 同じ業界等で繋がっている者同士、涼しい顔して熱砂の騙し合い顛末、と言った作品が目立ちますが、それぞれ切り口やストーリー展開に工夫があり、パターン類型化を闊達にしっかりと排斥しています。 何しろ中心に置かれる「法令」が各話で全て異なるのがミソなわけです。 ヤメ検弁護士たる著者の強みですね。 地図にない沼/誘拐事件調書/深夜の死亡時刻/不倫の穽(あな)/相姦の絆/柔肌の謀略/濡れた緑草地/隠し金六億八千万円/爛れた背徳 法律が齎すスリルそのものを、著者が上手に捌いてくれます。 法律の専門家ならではの、真相や何やらに纏わる具体的説明が何しろ熱いです。 誰が誰を騙して終わるのか、最後の残酷な畳み掛けに圧倒される作があります。 時間差カットバックを活かした人情話があります。 ラストにトリック対トリックの火花が散る話があります。 ざまあみさらせ、あきれた痛快コンゲームがあります。 ラストセンテンスの深さや意外さに唸る作も目立ちます。 リーダビリティは高く、軽さと重みを兼ね備えた独特の一冊と言えましょう。 |
No.1280 | 7点 | 闇に潜みしは誰ぞ- 西村寿行 | 2024/08/22 00:30 |
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シティポップがこんだけグローバルに再評価されるんだから、ハードロマンにだってチャンスは無いものだろうか、なんて思わなくもないですが、だからと言って例えば竹内まりやさん往年のLPを掛けながらカンパリ・オレンジ片手に本作を読むなんて趣味の悪い真似はとても薦められたもんじゃありません。
「わたし、ほんとうは、あなたがたのも、切りたい。もう男の汚ならしさには、へどが出そうだわ」 「おい、ナイフ、返せよ」 「心配しないで。仲間のは切らないから」 死んだバディと生きてるバディ。 死んだ二人は日本政府側の人間で、ある特殊な鉱物の在り処を探索していたらしい。 生きている二人は刑事。 時の弾みで、死んだ方の二人と接点が出来た彼らは、正体不明の敵から執拗な接触、攻撃を受ける。 勢いで警察を辞めた(!)二人はもう一つの新たな敵に出遭い、新しい女と出遭い、これぞ日本のハードロマンと言うべきギラギラした泥沼の冒険絵巻の中へと自ら将んで吸い込まれていく。 オープニングからしばらく続く、強い謎の押し寄せる感覚は圧倒的。 いったんネタがリリースされた後も、新しい謎が次々と攻め上がっては火の矢を放つ。 謎の傍らには常に凄まじいばかりの暴力と凌辱。 この両輪どちらも切らさず爆走し続けるのが素晴らしい、飽きさせない、読ませる、痺れさす。 スリルワラワラの終盤に近づき突如発生した謎の「泥棒」事件の機微とか、引っ張ってくれたねえ。 ラスボス臭パンパンの魅力溢れるアイツが(以下略) 「今度、遇ったら返せよ。いいな、アルコールだけは、借りたら返すもんだぜ。それが礼儀と言うもんだ」 題名の重さと、内容に潜む奇妙な軽さ。 そのくせ重過ぎるギラギラ拷問&陵辱シーンの頻発。 現代のコンプライアンスを散弾銃でぶっ飛ばすような会話や言説の遍在。 今これ新作で発表したら、AIの勝手な判断でスカーーーンと殺されちゃうんじゃないか作者が、と心配にもなります。 一方でかなり強靭なユーモアが作品の四方八方へ明るさを付与している点も特筆すべきでしょう。 こいつらいったい何回敵に捕まってあんな事こんな事されたら懲りるんだ、元刑事のくせして、なんてあきれてしまう滑稽味もあります(その裏からは強烈な惨酷描写が身を乗り出している構造なわけですが)。 「悪くはない。ペニスです」 重要ファクターとして「◯◯」が登場。 S.S.なんとか氏の某作にも登場するアレですが、ソレのアレとは重みが違う(洒落か)。 他にもあれこれ盛り込んで、最終的にはなかなかトンデミーな方向へと物語が飛んで行きそうになったけど、そこは流石にぐっと堪えたよね。。 あれ、そう言やあっち方面の落とし前は? と少し思ったけど、そっちには「◯◯」の存在は知られてないんだっけ。 どっかで漏れてるような気もするのだが・・・・ |
No.1279 | 6点 | 変な家- 雨穴 | 2024/08/19 23:13 |
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掴みは迅く、展開も速く、結末には想定外の深み。 中古住宅の奇妙な間取り図を巡り「筆者」と「相談相手」が様々な考察を巡らす。それが犯罪への妄想にまで発展した頃、現実の迷宮入り殺人事件との連関が明らかになる。事件関係者との面会を繰り返すうち、更に奥深い真相の沼へと「筆者」達は引き摺り込まれて行く。
いくつかの、よく見ると不可解な「間取り図」を対象に、何故そのような設計になったのか、また「間取り図」上には現れない住宅の構造までをディ――プに推理しながら進行する物語には、淡々とした語り口ならではのスリルとサスペンスが充満。 作者の妄想インフレ爆発記録ドキュメントみたいな一面もあるけれど、常に見取り図(時に◯◯図)を携えて静かに進行する不思議な落ち着きがバランスを取り、それなりのリアリティの重みを持った仕上がりとなっている。 いやはや、ここまで業の深い(ちょっと大風呂敷でもある)エンディングに至るとは、まったく感服しきりでございます。 娘の買ったお気に入り本を読ませてもらいました。 |
No.1278 | 9点 | 刑事部屋(デカべや)1- 島田一男 | 2024/08/17 23:59 |
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昭和九十九年の夏に、昭和三十三年の島田一男が大当たり。 この連作短篇はやばい。 脂ののった最高のシマイチ文体がミステリの深い所にまで沁み通っている。 連城「戻り川」を大衆文学の文体と内容とでやり切ったような、文学とミステリの完璧な融合感がある。 地の文ならぬ「文の地」に強烈なスリルがあるからこそホント、読ませること脅迫状の如しである。 予想外の導入部から、最高のシズラーと言える中盤、そしてエンドがどれくらいバッドなのかハッピーなのかまるで見せない巧妙なムードの導線捌きまで、パターンの画一化ってやつが徹底的に排除されている。
今や死語となった職業名(やくざ、堅気を問わず)や風俗・文化事象がさりげなく説明されているのは後年の読者に優しい。 通しの主役はおなじみ新宿署の庄司部長刑事だが、第一話だけは昇進前のヒラ刑事という、ちょっとした歴史の目撃者感も愉しい。 前半三話のタイトルにはミステリ心を最高に唆るものがある(特にオイラのようなS30年代フェチには)。 内容は六話とも高いレベルで拮抗しており、甲乙付け難い! 第一話 俺は見ている 第二話 もう一人知っている 第三話 その血を返せ 第四話 脅迫状 第五話 東京犯罪地図 第六話 七色の地図 |
No.1277 | 8点 | カリオストロ伯爵夫人- モーリス・ルブラン | 2024/08/15 00:42 |
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「アルセーヌ・リュパン、これがほんとうの名前なんだよ。覚えておおき、クラリス、いまに有名になるだろうよ」
中世の修道僧達が隠した宝石群は気が遠くなるほどの莫大な価値を持つ。 これを狙って対立する二方の悪党どもの間に割って入る若き偽貴族、ラウール。 彼は一方の悪党の構成員である男爵の娘との恋愛結婚を考えていたが、 もう一方の悪党の親玉たる年齢不詳の女に心底から魅惑されてしまう。 女は敵方悪党の親玉をも魅了した過去があるが、それゆえ生じた恋愛感情と同じだけ狂暴な殺意を現在の彼からは抱かれている。 恋愛絡みの重い(!)逆説と、財宝を巡る軽い(?)冒険を掛け合わせたら、これほどまで躍動する名プロットに化けてしまった。 本作は、ブラウン神父が色っぽくなったような熾烈な逆説を節々に味わえる長篇です。 命を賭けた心理の推理も熱く、人間ドラマがファンタジーとリアリティの狭間でモルフォ蝶のように舞い踊る様をじっくりと観察することが出来ます。 峰フュジ子の(原点、とは少し言い難いが、少なくともその)インスパイア元として充分にサスペクトし得る人物が大活躍します。 マルタの鷹を思わせる、男から女への壮絶な非情演説も忘れられません。 もしかしたら、友情と恋情の違いを教えてくれる小説なのかも知れない。 「おまえはぺちゃんこに敗けたんだ。おれはおまえを軽蔑するよ」 何しろ続篇 『カリオストロの復讐』 が愉しみで仕方が無くなってしまうわけですね。 |
No.1276 | 7点 | 幻の殺意- 結城昌治 | 2024/08/13 11:25 |
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「人間の屑と遊ぶときの方法を知りたい」
「あたしをバカにしたつもり?」 「聞こえない方の耳に言ったんだ」 真面目だった高校生の息子が急に夜間外出を始めた。 数日後、息子は殺人の容疑で逮捕される。 刺殺された被害者は、片腕の無いやくざ者。 全く心当たりの無い父は息子の無実を信じ、友人の郷田弁護士を頼り、自らも私立探偵まがいの調査活動を始める。 心労で母は寝込んでしまう。 父はやがて、息子の中学時代の同級生で、やくざな道に両脚突っ込んでしまった少年に出遭う。 「かまいません。あんな子はさっさと野たれ死にでも何でもしちまえばいいんだ」 サスペンスに始まり、ハードボイルドに終る、短い長篇。 ダークな方の結城昌治だが、適時ユーモアも弾ける。 だが圧の強い、渋いムードが魅力。 息子の父の即席ディテクティヴ気取り(探偵に化けたり、刑事のふりしたり)が、不思議と鼻に付かずリアリティを削いでもいない。 決してフラットでもフレンドリーでもない関係の男女が交わす殺伐軽妙な会話、男女間だからこその独特なハードボイルド感覚、頻繁に登場するこいつがどれも面白過ぎる。 これが男同士の会話となるとたちまち明からさまな直球勝負かと思いきや、方向性の色合いがちょっと違うだけで、うつむき加減の独特なワイズクラックはやはり同性/異性間共通の味わい。 実にイカしている。 「感じのいい女で、わたしだって好意をもっていたくらいです」 謎の核心がチラッと晒されるチョイ前までの寸止め海峡で、ますます深まる、チョイ社会派を匂わす射程少しばかり絞った謎の深みを覗き込む感覚が刺激的。 このあたりから物語はサスペンスからハードボイルドへと速やかに軸足を移動し始める。 どうも、謎の本籍地への道筋が思いのほか入り組んでいるようだ。 あからさまに光るワンフレーズも待ち構えていたりする。 ストーリーとタイトルとの連関性もそろそろ気になる所(でしたが、空さん仰る通り、初版時タイトル『幻影の絆』こそが内容に則しておりますね)。 第四章「四人の語り手」では、ストーリー構成上のツイストが効いた、その一方で非常に重い展開が押し寄せる。 Tetchyさん仰るロスマク風家庭の悲劇の原点がここで暴露される。 だが、頁数はまだまだ残り、或る心理の謎(というか白黒判定)がまだ残る。 最後に残った、前述の白黒をはっきりさせる、『手紙』。 力強さと不安定さが入り混じる最終シークエンス。 リーダビリティは強烈でアッという間に読み進んでしまいますが、前述の第四章「四人の語り手」前あたりで一時停止しないと、すぐに謎が解けてしまっては勿体無い、なんて思っちゃったりする。 それ程の魅力が、本作には深く埋め込まれていると思います。 |
No.1275 | 6点 | 死のようにロマンティック- サイモン・ブレット | 2024/08/10 23:54 |
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“わたしはマデレーン・セヴァン、その美貌で男を狂わせることもできる女なのだ。”
ポケミスの帯に『危険な三角関係』の煽り文句ありますが、実際には五角関係(男三女二)の恋愛模様が登場します。 但し犯罪レベルで危険な域に達するのは、やはりその中の "歳の差" 三角関係に限られます(?!)。 いやいやいや、これは阪神タイガース優勝年の’80年代ミステリですしね、やたらな事は何も言えません。 さあいったい何があったんでしょうねぇ~~ 「そのう、セックスを」 (← これはヤバかったです。電車の中で噴き出すのをこらえました) 「ストレートで」 あっという間に読めちゃうところは長い短篇のようだけど、短くとも長編の長さなればこその欺瞞が本作には埋め込まれているのだと思います。この「ネタ」を50頁ほどで纏められても、ちょっとねえ。 まさかあの人がそこまでやばい奴だったなんて。。思わないですよね、普通。 しかし或る人物の●の病気が、そんな決定的な仕事をする事になるとはな。 これは小技に属するナニだとは思いますが、結果的にこれが有ると無いとでは大違い。なし崩しファンタジーめいた結末の中心に、一条のリアリティ軸を差し込んでいるわけでね。 終盤へ近付くにつれ、その上空を旋回しつつ、ごく短い「第一部」に何度も立ち返ってしまう。「第二部」のドタバタ青春コメディ(?)とは一線を画する、あからさまに殺人ミステリな、その出発点へと。 核心の部分で明らかにおかしい、と物語が突然に自ら暴露して、そこからカタストロフに至るまでの妙に余裕ある持たせ具合、ここがいいんだよな。 あせらなくてええんよ、●●トリックは、って優しく言われてるみたいでね。 まあ、最後はなかなかの人生劇場を晒して終わりますね。 「今、チャイルド・ハロルドが生きていたら、きっとシンナー遊びに夢中になると思うけど?」 日本の某有名作が本作にインスパイアされてると言われる様ですが、たしかに、真似でもパクリでもなく、インスパイアされた原石を上手に磨き直してドラスティックに再構築させたものだと思います。 原題の誤直訳のような「邦題」は内容にまるで合ってませんが、書店で手に取らせるには(帯惹句との合わせ技もあり)勢いでオッケーってなとこだったんでしょう。 |