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斎藤警部さん
平均点: 6.70点 書評数: 1307件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1307 9点 夕萩心中- 連城三紀彦 2024/12/02 22:46
明治~大正~昭和初期に渉って因縁と悪事の風景を描いた、犯罪ファンタジーにして本格ミステリの三篇。

花緋文字
再会した妹は芸者になっていた。 彼女はプレイボーイで天才肌の、主人公の親友に惹かれている。 仲の良い兄妹と、親友とその婚約者を巡る四角関係めいた空気の緊張の中で、運命のように事件が起こる。 そこにはある「●」の使用が介在している。 偶然の作用さえ、意外な欺瞞の道具に使われた。 存外わかり易い結末かな、と早合点させておいて ・・・・ こりゃァ重過ぎる、悍(おぞ)まし過ぎる、長い反転経緯の自白披歴、からの、最高に深い反転ダメ押し。 参った。 鬼畜と●●だ…………    9点

夕萩心中
「貴方が闇の中で耐えているものを、私もここで耐えておりました」
幾夜もかけて口説き落としたのは ・・・・ 三十年、十二年、八年前、そしてあと二年、さらに、二時間だと。。 幼い日の主人公が ‘心中の名所’ で出遭った男女に纏わる事件の恐るべき拡がりを描き切った、極太の短篇。 
“その目は 「もう一刻の猶予もありません」 と告げている”
玄関で草履をナニするシーン、行数に亘って、染み渡ったねえ。。 慎太郎のアレへのアンサーソングのようなシークエンスもあった。 唐突に襲う密室トリック/消失トリックさえ、微粒子レベルの違和感さえ無くスムゥーズに任務遂行からの速やかな退場。 或るデジャビュを誘う、まさかの数学的大トリックへの大予感も奔出した。
半ばを軽く越えたあたりから旋風の如くミステリ側の岐路へと大股で歩み出すストーリー展開の妙。 連城三紀彦の場合、そのアレさえ、否そのアレこそ(以下略)。 短い時を経て‘再び’実行される心理的物理トリック。 これぞ盲点。 しかしまさか、それほどまでに大掛かりな背景が登場するとは ・・・ 堂々真っ赤な伏線ロープが張られていたというのに ・・・ “完璧な現場不在証明” か.. いやいや、アリバイ偽装のトリックが光るのはそこだけじゃなかった ・・・ でありながら ・・・ ・・・ でありながら ・・・ 「あちら」 ばかりか 「そちら」 の方も奥が深い。 参ったな。 ダメ押し伏線さえも綺麗に決めるんだから。。。
“この二人の●の●●の狭間に立たされて、●●●はどんな気持で死んでいったのか。 これが最後に残る問題である。”    10点

菊の塵
“然し、その●を偽ることはできたのではあるまいか”
三年間。。。 通りがかりに軍人の自害現場を目撃?した主人公。 だが彼は大いなる違和感と疑惑に取り憑かれる。 まさかの巨大スケール伏線が包み込むようにして明かすのは、憶測をぶち破る破壊的真相。 二重の●●・・
「血を浴びた軍服でございます。 それ以上は何もお話しできません」
9点強

三篇に共通するのは ・・・

・美しく謎めいた物語を紡ぐ前半、謎の有り様をもう一段深くして、そこから更にもう一段深い解決に突き落とす後半、という構造
・月日が流れてやっと真相暴露という結末
・誰かの、幼い頃からの心のしこり
・「貞操」 を巡る興味深い 「工夫」
・恋愛要素の構図が非対称だったりナニだったりした挙句、実はその大半が●●●という驚き。 だがそれでもなお残る●●の恋愛要素がもたらす、割り切れない味わい。
・●●の欺瞞 (← ●はこれなんだよな..)
・象徴性が高そうで気になる小道具の配置
・偶然を味方に付けてしまう、平生よりの気持ちの太さ
・憎むべき対象のイメージの重なり
・「象徴」 が揮う魔力
・都合良さや無理矢理を土中深く埋め尽くしてしまう、物語の魔力
・言うまでもなく、それぞれ或る ‘花’ が大事な鍵を握っていること

これだけの強い共通性がありながら、それぞれ全く別方向を向いたストーリーと謎と真相と真相暴露。 まるで舌が焼けそうな熱さです。


「ララのインタヴューです。 午後の二時」
「ララってララとリリのララ?」
「違います。 ララとリリじゃなくララとルルのララです」
「なに発声練習やってんだ」

さて~~ 花葬シリーズ三篇の次に置くと、編集の継ぎ接ぎ感が海よりも深い 『陽だまり課事件簿』。 (こいつの存在はこの本を 「天下の奇書」 にしているのかも)
本当だったら別箇の書評にしたいところですが、敢えて一緒にするのも一興と思い、このまま同じ書評に入れます。 大手新聞社を舞台に、こじらせ恋愛ドラマを通しテーマに使った、明るいおふざけショートミステリ三篇。

第一話 白い密告/第二話 「四つ葉のクローバー」/第三話 鳥は足音もなく

読んでみるとそう悪いモンでもなく、全体で7点弱くらい(連城基準なら5点強)かなと思います。 この本の採点(9点)には加味しておりません。

しかしやはり、軽いユーモアミステリさえ似合わない連城に、ここまでやるドタバタ喜劇はホント水と油と男と女だなぁ~。 AIで蘇った三船敏郎が朝ドラでギャル男の役をやるようなもんじゃないですか。 純烈とTHE ALFEEとなにわ男子とあのちゃんが紅白ウタで一緒に暴れてるみたいというか。 連城ミキティというより平野レミティがエコノミ焼きとかチャッチャカ作りながら書いたとしか思えない。 季節感もバラバラバラリンコ(連載の関係で仕方ないんだけど)。

それでも、俺達の連城らしい逆説捌きの冴えや、目を引く日常の特殊設定、賢しい伏線の置き所、そして妙に文学意識の高い言葉選び等、光る所はキラキラと光っている。 いつものじっとり淫靡な、あるいはげっそり深刻な(?)作風では全体バランス欠くであろう「ネタ」をこういう異色のズンドコミステリに回して来たのかなとも思う。 また、ユーモアも所々行き過ぎてるとこがあって、流石は連城の秘めたる狂気が噴出しちゃったのかと嬉しく感じたりもする。 時折どことなく生島治郎短篇めいた風も吹き抜ける。 読んでるうちに、ようよう親しみも湧き、別れ際にはすっかりお名残り惜しくなってしまいました。

「…… なに言ってるの。 ここはベッドの上じゃなく、ベッドの下よ」

講談社文庫表紙の美男美女が、実は異様に美化された縞野課長と愛子さんだったりしないかと妄想したりしてね。
てか電車の中でこの表紙の本読みながら何度もブッと噴き出してるのを見られたら、 この人何? って思われるかも?

No.1306 8点 悪魔のような女- ボアロー&ナルスジャック 2024/11/30 01:43
軽く胃もたれ誘う、ごってり暗色コメディ。 頼りない ‘夫’ がしっかり者の ‘愛人’ と共に ‘妻’ の謀殺を計るシーンで幕を開ける、神経症クライムサスペンス。 二人の目的は、莫大な額の保険金。 やがて ‘夫’ に訪れる混乱と幻覚。 溢れ出す孤独と霧と倦怠感。 苛み始める疑惑と忘却。 ‘義兄夫婦’ との語らいが不安を加速し、‘元警部’ とのファンタジーじみたドタバタ一幕が核心部分を浮き彫りにした。 主人公の墜落先は果たして何処だ。 さすがに引用が躊躇(ためら)われるあのシーン…

“きょう、この夜を迎えるまでに、こんなにたくさんのむだなものが!”

本作の中心点は、最後の方にある。 こんな牽引力ある最高のエピローグ、なかなか無いぜ。 そして最後の台詞の、まるで絶壁から見下ろすような深み! ただの反転じゃあ、済まされないんだぜ。。

No.1305 6点 殺意の設計- 西村京太郎 2024/11/26 22:04
「酒も女も忘れて、追いかけられるような事件に、ぶつかってみたい。 そのチャンスを、貴方が、持って来てくれたんです」

京太郎風あっさり味のボワロー&ナルスジャック。 登場人物表には7名で足る。
(すみません、いい加減なこと言いました。 それと、出来れば8名か9名にしたい)

タイトルにそぐわず、建築設計士や工業デザイナーではなく、画家二人が中央に登場するフレンチスタイルのサスペンス。 浮気性でもない夫の画家がモデルの女と軽い戯れ。 これに憤った妻は旧い知人の独身男(やはり画家)に相談を持ち掛け、やがて緩い構造の四角関係が出来上がる。 このあたりはきれいなロマンス小説のように描かれる。 そこへ来て、四人のうち三人が集まった所で、うち二人が服毒死。 うち一人は結構 「意外な被害者」 で、その後のストーリーのうねりに大いに期待を持たせる。 二人の死は●●●●か謀殺か、がポイントとなる。 或る人物による謀殺とした場合、その動機が大いなる謎の壁として立ちはだかる。

「推測は、あくまで、カード遊戯だ。 殺人事件は、ゲームじゃないのだから、カードで解決はできない」

冒頭から或るトリックへの伏線が仕込まれていたのには、ずっと後になって驚いた。 小味な隠し場所トリック、薬屋での誤●トリックも良い。 小説の大枠構成には読ませる工夫あり。 画家(達)ならではの心理の機微トリックも効いた。
何より、最後の最後までストーリーを絞りに絞り出した挙句、短い最終章でようやっと暴露された 『動機』 を包み隠す、強大にして強靭な '消極的' ミスディレクション。 しかも絞り出されたのは “それ” だけじゃない。 スリル溢れる見せ場もあった。 最後の数文が、沁みまくる。。。。

「でも、見あきたら、返して下さいね」

人並由真さんの仰る
> ここはひとつ連城の「花葬シリーズ」レベルのスゴイのが来ればいいな、と期待した
これですよ。 めっちゃ期待させるんですよねえ。。

No.1304 5点 - 麻耶雄嵩 2024/11/23 18:45
「そうそう、 ぶぶ漬でもどうですか」

この趣向をミステリでやる事に、一体どんだけの意味が? ... と最初は思ったが、 逆に、これをやるのにミステリの枠を借りて逆に何の問題が逆にありましょう。 まして知名度があって息の長い人気作家さんが何作にも跨(またが)ってこういう事してくれるからこそ、普通の読者が手軽にそのアレを味わえるのだし。

そんなアレより問題は中盤後半の、少しばかり興を削ぐ締まりの緩さかな ・・・ 心を病んだ記憶喪失の主人公による連続放火、そこに誰かがかぶせて来る連続殺人、併行して起こった別箇の殺人事件、とせっかく本格ミステリ心を唆る舞台装置を整えておきながら ・・ この強い企画性はともかくとして ・・ あまりにもったいないような。。。 だが著者の意気は買いたい(一割引きで)。 もう優に一世代も前(!)の作品だが、作中に出て来る、当時ほぼリアルタイムかちょい前に流行ったであろう事象や固有名詞がまるで大昔のモノの意図的な記号のように見えたりするのは、作品が今でも瑞々しいナウネスを保っているからでしょうか。 ナウネスなんて言葉あるんでしょうか。

「遠慮することはない。 君はわたしに選ばれたのだよ」

メルカトル鮎がすごくイイ奴で良かったよ。

No.1303 6点 疑わしきは罰せよ- 和久峻三 2024/11/21 01:14
寒さの中でほんわりするような田舎風の諧謔味が面白い面白い。 人生は生きてみる(或いはやり過ごす)価値があると思わせるほどに面白い。
名古屋地検高山支部の柊茂(ひいらぎ・しげる)検事は、司法試験を(たぶん)受けてもいない、検察事務官からの叩き上げ。 娘は法曹エリートで弁護士。

何しろドラマで主演したフランキー堺さんのイメージが強いもんでてっきり、ずんぐりガッシリの体格で押しの強い顔力の検事さんだと思ってたんですが、原作では真逆の長身痩躯、と言うよりヒョロ長い弱そうな体形にショボっとした風貌の人物で驚きました。 でも赤かぶとちりめんじゃこが何より好物ってんだから、むしろやせ細ってなきゃ平仄が合わねえってなもんですよね(←日本語おかしい)。

さて一作ずつ。

疑わしきは罰せよ
椎茸栽培のビニールハウスにて一酸化炭素中毒死事件。 死んだのは女房。 自動車修理工場を営む亭主が被告人だが、発言は揺れ動く。 ある意味犯罪実録風なのが意外な、展開と結末。 誤変換で 「宇田川咲は罰せよ」 と出て来た。 アイドルの方ですか?

片眼のジャックを追え
色と欲が絡み、横領と詐欺を噛み合わせた事件へとズブリ。 舞台は神社。 扇の要に陣取るのは、色抜き欲一方らしき稀代の悪党。 ちょっと、話がスルスルと早すぎるよ ・・ と思わせといて、前半と後半とでガラリと色合い変わる。 マッチの擦り方の機微。 殺人教唆の構造の機微。 殺すべき理由の機微。 煮ても焼いてもフランベしても喰えねえ可愛くない悪党が暗躍しやがる。

火魔走る
連続放火事件の捜査はなかなか複雑な様相を見せた。 中でも或る放火に纏わる真相には虚を突かれた。 それは意外な真犯人暴露の道筋にも繋がっていた。 しかし、◯◯◯◯に火をつけるシーンは、びっくりしただよ・・

古銭はもの言わぬ証人
生活に余裕はあるが金持ちにはまだ遠い、欲で眼を眩ますにはもってこいの歯科医師を相手とした土地転がし詐欺に、意外な所で殺しが絡んだ! 弁護士の娘とシビアな親子対決が見られるが、変化球はそれだけじゃなかった。 化学や医学の要素も手伝い、何とも皮肉で奥の深い真相を暴露。

全四篇、柔らかくも厳しい柊検事が良い。 仲間たちも最高だ。
起承転結の「転」が上手い。 刳(えぐ)りの深い、小細工無しのカットバックが上手い。 これでもう真相に向けて一直線、結末見据えて詰めの段階に入るかと思わせて実は 。。 という具合に落とし穴を掘っておくのも上手い。 田舎っぽい?裁判シーンには独特の熱さがある。
あんまり言うとアレですが、真相に、或る独特な統一性めいたものは確かにあった。 (要は◯◯と本格の融合みたないな事か。。 あまり単純化もしたくないが。)

角川文庫、高木アキミッつぁんのしみじみ巻末ノートが地味に良い。

No.1302 8点 オデッサ・ファイル- フレデリック・フォーサイス 2024/11/18 19:37
「今のドイツじゃ、そういう調査はあまり歓迎されない。 いずれあんたにもわかるだろうが」

重いテーマ、重い歴史的背景の割に、中盤の冒険活劇や心理戦でキメるトコが妙に軽くて、敵を追い詰めるルポライターの主人公も屈託の無いご陽気者の様子だし、このアンバランス具合は本作をB級領域へとずいずい押し込んでいる感じがする。 そこんとこ、紛れもないA級作 『ジャッカルの日』 とは大いに違う。 だが、とにかく素晴らしいエンタテインメント大作であるのは間違いなく、リーダビリティも終始爆発している。 面白小説の使命はきっちりと果たしており、文句は全く無え。 最後に明かされる◯◯の意外性はちょっとズルした気もするが、何気にドラマチックな反転をもたらしているわけだし、いいでしょう。 んで、特に悪党側、いろいろと間の抜けたシーンもあるけれど、不思議とスリルを削がないんだよね、無意識に主人公を正義のヒーローとしてシンプルに応援しちゃってるからでしょうか。 実在の人物群がキーマンとして何人も登場する中、主人公のいかにも 「どっこい、この人はれっきとした架空の人物ですよ」 的なフィクショナル・アトモスフィアが或る種のつぎはぎ感を醸しているとは思う。 しかし、しつこい様ですがその要素も本作を駄作にする事は出来なかった、というのがおいらの私見です。    

オデッサとはウクライナの港町ではなく、ある組織の名称(ドイツ語アクロニム)。 何の意味かと言うと。。その綴り ”ODESSA” に大きなヒントがあります。

“そして四十か月後には、イスラエルはたぶん消滅していたことだろう。”

スター・クラブで五人組ビートルズを観たというハンブルク在住の主人公が、「抱きしめたい」 はラジオで聴き過ぎて飽きたと言っているのは面白かったですね。

No.1301 7点 脱獄山脈- 太田蘭三 2024/11/16 21:40
「懲役山岳会だ」

おお、足らんぞう、酒が足らんぞう ・・・ 山と釣りの人、太田蘭三のミステリ第二長篇。
冒頭より爽やかな自然描写が中和してくれたのは、生々しい腐乱屍体のスケッチ。 すかさず今度は ‘きれいな屍体’ の発見で逆説的に爽やかな風を吹かす。

府中刑務所から脱走した四人の男。 一人はオネエの窃盗犯。 一人は詐欺師のオヤジさん。 一人はヤクザの殺人犯。 もう一人、やはり殺人罪で服役する主人公は元警官。 彼らは中央線で西へと向かい、やがて日本アルプス縦走の山中逃亡生活に入る。 中途で一人の若い娘さんと合流し (こいつ、疑うべきなのか・・) 、 物語は転換点を迎える。 前述の殺人×2と、この脱獄劇の間には密接な関わりがあると主人公は言う。

「たのしかったよ。 ほんとにこの山登りはたのしかった。 こんなたのしいおもいをしたのは、生まれてはじめてだった。 …… 俺なんか、生まれてこの方、ちっともたのしいことなんかなかったけれど …… 」

呑み食いと、何気に音楽の話題がチョイチョイ出るのが良い。 “捜査側” の密着ビッタシチキチキ具合もたまらん。 なのに良い意味で少しはみ出たパッチワークのような、レイドバックしたカットバック。 捜査側の一員には、主人公の元同僚である親友がいる。 彼は面長で、ウマさんと呼ばれている。 他にも面長設定の人物が要所要所に妙に多く配置され、また作者は概して面長に好意的である。 俺も面長が好きだ。

「脱獄囚がこの後立山に逃げこんだという物騒な話もあるけれど、あんた方みたいな立派なパーティーもいて、山もいろいろですね」

山中での様々な出遭いと別れと犯罪。 有名無名の山々や有名無名の花々、どれも鮮明に絵が浮かぶ。 最終盤、終わって欲しくなくなっちゃうんだよねえ。。。 ほとんど “歌舞伎” のような最後の見せ場から、◯◯◯にも程があるラストシーンへと雪崩れ込む。 “真犯人像” から言っても構造的に本格推理ではなく、だが間違いなくミステリ範疇に属する、少し市街、主に山岳を舞台とした犯罪冒険小説。 男が疼く暴力シーンも適度にあり。 昔の角川文庫カバーには 「珍道中」 なんて書かれてますが、ユーモアと哀愁の風がほぼ交互に吹き抜ける’70年代終盤の佳き長篇です。

No.1300 6点 変な家2〜11の間取り図〜- 雨穴 2024/11/14 00:09
「変な家(1)」とは随分異なった感触でスタート。 11の個別案件は間取り図をベースにはしているものの、その内容やアプローチにかなりのヴァリエーションを持たせており単調さは全く無い。 ただ、案件に寄っては、解決しきらないまま唐突に終ってみたり、他の案件と登場人物やら背景やら露骨にかぶっていたりで、目次や帯惹句の助けを借りずとも「どうせ最後に一つに纏まるんだろうなぁ~」感は異様に強い。 だが具体的に何がどう組み合わされるのかは物語配置と語り口の妙で上手に興味深く隠蔽されている。 しかし、いざ「最終章」に来てみると「マトメがマトモ過ぎて弱いなあ」「そのくせ無理矢理なとこ多いなあ」「こりゃちょっと子供騙しだなあ」なんて最初は思ったりする。 ところがだ、ある臨界点に達し、連城を思わせるキッツい反転(盲点だった・・・)を経ると、その反転さえスプリングボードにして更なる真相深掘りの地平へと物語は足を延ばす。 個別案件内で語られた或る「通信手段」に纏わる疑念への数学的・物理学的アプローチ、そこからするすると引き出される真相への道筋は光っていたな。 だがそれも大真相のごく一部なんだ。 思わぬ人情ストーリーの側面も見せつつ、優しい細やかな配慮で時系列をまっすぐに正すパズル解説のような「最終章」だった。 「○○○○」こそ本丸と思わせて、実は更に上位に「○○○○」が位置するってんだからね、ってそこだけでも驚いたのに。。

No.1299 8点 ウェディング・ドレス- 黒田研二 2024/11/11 00:00
ボウッとしちゃうね。。 若い二人の結婚式直前に起きた二重の悲劇。 一見ありきたり気な猟奇的オープニングが終わるや、息つく暇もなく、手が早く意外性に富んだロケットスタート。 憶測諸々唆しつつ、あれよあれよとイヤミス蟻地獄へ。 そこからの満艦飾展開がメリーメリーに過ぎて、イヤミスのイヤよりミステリの面白さが圧倒しまくり。 世間的にも話題となった “やばいアダルトビデオ” を真似た事件が発生し、きちが◯病院に収容された犯人は脱走に成功。 やがて章立ての構成がクッキリ見えた後も、露骨な “違和感” に鋭く突かれてサスペンスと知的スリルの圧力は高止まり。 美貌と高圧的気質とで知られる高名な通俗小説家の存在が浮上。 キーマン複数人が見せてしまう、その蟠りの根源は何なんだろう。 明らかに怪しい人物が一人いる。 いいねえ、読者視点殺意の行ったり来たり、まるで斜めにズレるサイドステップだよ。 ○○を○○○○○ように見せる大掛かりな物理トリックには、際どい所でバカとは呼ばせない心惹かれる美しさがありました。 もう一つの、感動的な “瞬時に消える” 物理トリックも、前後の演出がご都合お涙とは言え、やはり感動的でした。 まさかの “言葉遊び” 手掛かりトリックもあったな。 終盤の一部に限り急に文体が安くなるのは残念(だがすぐ持ち直した)。 少年の活躍する一連のシークエンス、少女?の説得力に救われるそれぞれの場面も素晴らしかった。 主人公の亡母に纏わる過去の謎と、義父の(ミステリ的に大いに有効な)ぐらつく立ち位置。 複数の大きな謎をしっかりキープしたままグリグリと迫り来る感覚はどこまでも熱を放つ。 バイク事故に、スクーター事故。 “二つの” 映像制作会社を取り囲む疑惑の渦。 或る陰謀?の全貌を解き明かさんと協力して調査を続ける若者たち。 推進力ある “喰い違い” カットバックを基調に、暗黒犯罪あり、人間関係あり、密室殺人あり、グロあり、アレあり、見せ場あり、締めに◯◯成就ありと、盛りだくさんの海鮮漁師丼でちょっと具がはみ出してるとこもあるが大満足。 逆説と欺瞞、不屈の心と反転返しの大伽藍。 誰の名前も直接心理も明かさず、仄めかしの文章空間と時間感覚を生かした、眩しく◯◯なエピローグ。 ちょっと可読性が高過ぎるかと思いはしたが、短時間で読了してもアンバランスな短篇感などまるで生じない。 やはりミステリとドラマが充実しているからこそだろう。

シーマスターさんの仰る 「アレにソレが入った凝った構成」 実に言い得て妙だと思いました。
ポッキーが小道具に出て来るお話ですが、ポッキーの日の投稿になったのは偶然です。

【最後にネタバレ】

終盤のかなりギリギリまで疑いを棄て切れず、どうもすみませんでした、牧師さん。 あなたが悪いのではなく、作者が上手過ぎたのだと思います。

No.1298 8点 最上階の殺人- アントニイ・バークリー 2024/11/09 21:30
「英国の犯罪史に名を残す殺人者全員の犯行日と処刑日をそらんじています」

いんやあ、いちいち面白い! このしつこさが、時を経て今や愛おしい。 言葉のドタバタが最高。 ロジャーのチャラおじぶりと来たら! 愛嬌の無い美人秘書との遣り取りも素晴らしい。 人生には、アントニイ・バークリーのような友人が必要だ。

「本気だったじゃないですか!」

最上階と言っても所謂ペントハウスとはイメージの異なる、4階建てアパートメントハウス(各階2世帯ずつ)の4階に住む高齢の独身女性が、或る夜強盗殺人の被害に遭った。 モーズビー首席警部は、鼻を突っ込んで来た小説家ロジャー・シェリンガムと推理考察の変化球キャッチボールを繰り返し、事件の真相へと迫る。 中盤のあたりから自然と、誰が真犯人(意外な背景等含む)で、どのような真相だったら、バークリーの面目がキッチリ立つのかと無意識に探るような読み方になって来てしまう、そんな素敵にマーヴェラスな小説だ。

“男の真価が問われるのは重大な危機に瀕したときだ。 ロジャーはいま人生最大の危機に立たされていると言っても過言ではなかった。”

“音” に関する証言というか現象?の、思いのほかアツい振る舞い! “紐” の振る舞いのミステリ的爆裂。 死亡推定時刻の機微。 アガサの某技も頭をよぎる。 終盤後半の構造的熱さと来たら、ちょっと無いぜ。 ドタバタし過ぎとは言え、最後の最後の咄嗟の工夫と、それに続くオチ~~終幕が素晴らしい。 ふざけ過ぎの連城三紀彦といった所に違いない(それはどうかな)。

「短編のタイトルだ。 『親の顔が見たい』 ロジャー・シェリンガム作」

早くも多重解決のパロディか。 新本格というよりアンチミステリの始祖か。 ミステリとして随分空疎な中身(?)にも関わらず、このミステリとしての熱さ、痛快さは何だ!! やっぱ見せ方、プレゼンテーションの魔法だよなあ(みりんさん仰る「演出の勝利」) ・・・ いやいや、考え直したら、推理→解決の軸をちょっと螺旋状?に変えてみただけで、きっちりミステリの中身は詰まってるし、落とし前も普通とは違う形なだけで、しっかり付けているじゃないか!!

「ひ――火にくべた?」

愚かな私は、最初の四分の一くらい “モンマス・マンション” を “マンモス・マンション” と勘違いしていた気がします。 題名 ”最上階の殺人” も梓林太郎さんの “最上川殺人事件” と間違える所でした。 それにしても「カエル面」タァなんですか。

“彼はビールを飲み干すと、ふたたび食料貯蔵庫へ行ってグラスを満たした。 今回の事件にかかわって以来、今夜はこれまででいちばん推理がはかどった。 すべてはビールのおかげだと彼は慎み深く考えた。”

No.1297 6点 紅い喪服- 佐野洋 2024/11/03 23:13
一等車の女
先頭打者はショートショート。 横須賀線とホテルのロビーを舞台に、一種の復讐譚。 洒落ちゃあいるがひでえ話(笑)  5点

冷えた茶
妻の過失致死で捉えられた大学教授は饒舌な被告人。 罰金刑で解放された今は、妻の妹と二人暮らし。 その妹が、姉の死に疑惑を抱いている。。   「卑怯だわ」   。。いい時の佐野洋らしいフレンチスタイル。 誰かが何かを隠している心理劇。 終盤、ありきたりなアレかと苦笑していたら、最後の十行足らずでまさかの ・・・ これは効いた。 こりゃキツい。 佐野洋流の連城魂をあっさりスタイルで見せ付ける。 残酷過ぎるじゃないか ・・・・  8点強


団地主婦たちのグラグラ「競馬」イヤサス。 無知と浅知恵のゆるやかな暴走が痛々しい。 ストーリーの分岐点に何気な惑わし。 あ、そこ正直に行くんだ、とか。 あ、そこはほぼスッ飛ばすんだ、とか。 大いにブラックな、ショートショート風の落ち。 サスペンスは結構ありました。  7点

拳銃を持つ女
人々にお金やプレゼントを配る「サンタ」事件?が群発。 タイトルとストーリーの乖離にアレ? と興味津々だったのが呆気なくネタ明かしされてチャンチャン終わり。 拳銃の行き先に事件性を含ませて、長篇まで膨らませたら、、 とも思う  5点弱

紅い喪服
県議会議長夫人の葬儀に訪れたのは、真紅のスーツ・真紅の帽子に身を包んだ妙齢の女性。 これに疑惑を覚えたチョイ悪ブン屋が鼻をつっこみ、意外な人物が亡くなり、地方政界は掻き回される。 ところがどっこいッ ・・・ という話。 なかなか意外で大きな結末だが、ちょっと読めちゃう所もあるね。 とは言えこの●●真相の奥深さはなかなか。  6点強

利口な女
独身主義の女と、離婚歴のある女。 二人は手を組む。 そんなん、うまく行くわけが ・・・ 案の定だよ  4点

氷の眼
有名人ヌード写真が次々と現れる事件。 昭和の中期にまさかのAI絡み案件かと本気で疑うほどの不可能興味、ではありましたが ・・・ そこは意外とアッサリ解決。 だが物語の全体像には力強い逆説が宿る。 佐野洋風チョイエロ版のブラウン神父。  6点強

仲のよい夫婦
二組の夫婦を巡り、捩れた「因縁」復讐譚が更に捩れて、ある意味ミステリの王道を爆進。 カッチリ嵌った結末模範演技も良し。  6点

現代の貞女
一風変わった「告発型遺書」を遺した自殺者は病に悩んでいた様だが 。。 義憤を掻き立てつつ、反転返しが見事に決まった。 これぞ皮肉!な話。  6点強

捨てられた女
電車事故で死んだ筈の前夫が、生命保険の広告写真に!? 女は現夫と共に謎を明かさんとする。 途中、謎のお調子者がミステリの場を掻き乱し ・・・ 割とありそうな真相に、しみじみ明るいようで切ないような、ちょっとした人間ドラマのしこりが花と味わいを添える。  6点

宣誓
鍵の開いた玄関から、紳士靴だけが盗難に遭った。 ミステリと言うよりミステリ風味一般小説の味わい。 文体はともかくテーマ的にはむしろ純文学。  6点

個人的には「冷えた茶」が突出していますが、どれも私の好きな佐野洋です。
文庫巻末の、週刊誌編集者(女性)によるエッセー風解説も風通し良い感じでよろし。

No.1296 7点 失投- ロバート・B・パーカー 2024/11/02 17:15
“男は就寝前に力をつけなくてはならない。 胸が躍るような夢をみるかもしれない。 みなかった。”

闊達でキラキラしたユーモア横溢。 会話と地の文との軽快なパスワーク。 筋トレと健康を愛する私立探偵スペンサーは 「マーティ・ラブ投手に八百長の疑い微妙にアリ」 とするボストン・レッドソックスのフロントから極秘の調査依頼を受ける。
シンプルに躍動する筋立てと、何気に込み入った思索。 ガールフレンドとの会話は軽快だが、恋人との談論は哲学講義めく。 ノンフィクション・ライターを装い、ラブ投手夫妻と幼い息子の住む家を訪れたスペンサーは、さっそく或る違和感を検知し、それを足掛かりに予想外の方向へと調査を進める。 破壊すべきは悪事の構造。 修正すべきは人生の軌道。 納得すべきは自身の行動。 密室殺人事件が出て来たのは笑った。

「なんだ?」
「握手」

登場人物表には不在だが、暖かいキャロル・カーティスの存在は重要だ。 フロイドの未来に癒しと幸あれかし。

No.1295 5点 5分後に犯人に迫るラスト- アンソロジー(出版社編) 2024/10/28 01:23
響かなかったトランペット/倉海葉音
卒業を迎えた吹奏楽部長が、突出した才能を棄て引退してしまった後輩を呼び出したのは、過去の不可解な事件を検証するため。 反転返しの結末にうっすら漂う連城スピリット。

壊れた傘は歌わない/千國響香
貴族の養女となった女の他殺屍体が見つかる。 傍らには宝飾が施された豪奢な傘の残骸。 人情派の古典真相。

神様の声/藤月
サイコキラーを追い詰める “歳の差” 男女バディ。 展開の意外性を味わう暇も無く、呆気ない反転。 刑事二人の関係描写に旨味。

クローン探偵と最後の歌姫/雲灯
逃亡した “花形オペラ歌手のクローン” を連れ戻して欲しいと依頼を受けたのは或る “クローン探偵”。 熱い逆説と、寂しく冷たいエンディング。

時効/潜水艦7号
時効が迫る金塊盗難事件を追い続ける、早期退職間近の刑事と、それを見守る上司。 いやあ、これはアレじゃないですか、やられちゃいました。 やけに明るい希望の香るラストが良いね。

あなたに一輪の花を/東堂薫
新進スターの舞台女優が舞台裏で首を絞められ、首飾りが盗まれる。 周りには俳優陣含め怪しい人物が数人。 彼女には毎日、白い薔薇が贈られていた。 古典的人情譚で憎めない結末。

言えなかった言葉/仁矢田美弥
事故で記憶を失った女は、優しく迎え入れてくれた夫への違和感をぬぐい切れない。 彼女は、気分転換に散策していた街中で “以前貴女とお付き合いしていました” という男に遭遇。 いわゆる「〇〇ネタ」を上手に調理。

勿忘草(わすれなぐさ)の呪い/瀬良有栖
若い貴族の女が “欠落した或る記憶” を取り戻すため、執事と共に山を越え困難の末、高名な “魔女” を訪ねる。 おかしな言い方だが “ファンタジー日常の謎” と呼べるかも知れない。

八神探偵の事件簿~山下公園の首切り魔~/猫宮ほのか
山下公園で一息つく男子受験生に近付いて来たのは、医者である父親が雇った新しい家政夫。 最近この辺りでは “首切り殺人事件” が頻発している。 なんなんだこの、ダーク荒唐無稽な展開は・・・


小説投稿サイト 『エブリスタ』 に投稿された優秀作品に “大幅な編集を施した” というショートミステリ9篇。
「全国学校図書館協議会選定図書」 との事だが、こどもたちにこんなもの読ませて大丈夫か ・・ と危惧しなくもない作品がちょっとだけ混じる。

さいきん娘がよく読んでいる 「5分シリーズ」。 私もたまに覗いてみるけれど、中でもこの本はタイトル通りガチなミステリ短篇集。 思わず唸るような作品は見当たらないけれど、大人もそれなりに堪能できる一冊です。

No.1294 9点 幻夜- 東野圭吾 2024/10/26 23:14
「まあな。 『死の接吻』 と一緒や。」

圭吾はん、大胆にやりよったなぁ。 兵庫県西宮市。 大震災の折、これを奇貨とし、絶望から●●へと身の置き場所を遷すべく、或る犯罪に踏み切った主人公。 瓦礫と煙の中、やがて相棒と言える存在に遭い、共に闇の道を切り拓いて行く。 ●●の連鎖は蜜の味やで。 隠したり、仄めかしたり、直接書いたり。 読者には手に取るように見透かせるトリックが、物語内の人物にはまるで分からなかったり。 悪意の乱反射と、咄嗟の急カーブと、時の弾みの乱反射、想定外の緩カーブ。 ホワイダニットの瞬時炸裂と増殖。 ほんと、作者の存在を真っ白に忘れる剛腕絶叫リーダビリティ。 できることなれば大河ドラマのように一年かけて読み切りたい。 ストーリーに関わる事象がふんだんにあり過ぎて、いいぞやれやれやりまくれ、と思ったりする。 いいぞいいぞ地の果てまで追い詰められろ、とも思う。 敵と味方と第三極。 地獄のホワイダニット或いはホワットダニットへの予感がプルプルと顫動し始めるのはどのあたりだったか。 倒叙ミステリならぬ倒叙クライムノヴェルと呼んで良いのだろうか。 嗚呼、清張に読ませたかった。 「白夜行」との噛み合わせもガッチリだ。 ただエンディングだけは、ちょっとどうかね。。。。 しかし逆にこれはもう、続篇(完結篇?)へのシャイな決意表明と見られぬこともない。 こないオモロイ小説、そう無いで。。

“犠牲者六千四百三十四人。 そのうち×××× ・・・ ”

No.1293 6点 吸血鬼- 江戸川乱歩 2024/10/20 22:44
「では、君は、この事件が、殺人事件ではないというのですか」

ほんとそれ。 乱歩さんの通俗はホンマしょうもないでえ~~(笑) 美青年と美中年が子持ちの美女を巡って毒薬決闘するシーンから始まって、硬派じゃない軟派な荒唐無稽のズンドコ展開はくだらない面白さでいちいち腹こわす。 だが火葬場地獄のビダビタした描写は良かった。 丁度その辺りから物語もグインとギアを上げやがり、尻上がりに渋さを増して来た。 ラストクウォーターに至り、地の文のあまりに玄妙な唆(ソソノカ)しに心奪われるシーンも現れる。 至極いい感じである。

「二人? いや、三人ですよ」
「四つ? いったい何を調べようというのです。 誰の死骸です」

やがて眼前に展開される、劇場型犯罪ならぬ、劇場型解決の旋風(by アチチゴゴロ)。 あまりといえばあまりに後出しが過ぎる、秘められた犯行動機も許せよう。 攻守スイッチのバカに激しい最後のドタバタ。 ずっしり来る、中身の濃いエピローグ(最終章)。 これがもし本格ミステリ流儀で書かれていたら、相当ヘヴィな衝撃を齎(モタラ)す真相暴露になっていたかも。 いわゆる吸血鬼が出て来る話ではありませんが、 The Sex Pistols “No Lip” を思い出させる怪人物は登場します。

“どんな美しい娘にもせよ、死骸などに用のあるはずはないのだから”  ← ・・・ どの口が ・・・

No.1292 7点 杉の柩- アガサ・クリスティー 2024/10/18 00:37
■幼馴染の若い男女が「結婚しよっか」ともじもじ考えてるところに、幼いころ以来の再会となる薔薇のように美しい女(下人の娘)が現れ、静かな嵐を巻き起こし、やがて彼女は屍体となって発見される。
■その少し前に「幼馴染」の女の富豪の叔母 .. 病身でそう長くはないと思われていた .. が医者の見立てより少し早くに亡くなっている。

↑ この二つの死の間に、何らかの連関性は在りや無しや。 疑いは「幼馴染」の女へと浴びせられる。

“冷静にとりみださず、できるだけ短く、感情を交えないで答弁をするということは、なんてつらいんだろう……”

構成の妙スピリットで充満した作品と言えましょう。「本格ミステリの退屈な部分」的なものは徹底排除。サスペンス小説のやり口から借りて来たのか? ハーキーも絶妙のタイミングで登場! その出遭いの相手の立ち位置も最高。
妙に開けっぴろげな恋人たちの会話は、まるでそこに人間関係トリックの新しい地平でも開けているかのように見えました。
「書簡」で埋められた章は、焦点を定められないくすぐりで満ちていました。 それでなくとも手紙の機微、企みが光る一篇でした。
思わぬ所で勃発する探偵合戦も愉し。 使用人階級?に重要人物が配置されているのも何気な何かの誘導かな。
他にも細々した手掛かりやらトリックやらナニやら、小味ながらプチケーキの様にカラフルに並んでいます。(落ちていたラベルの切れ端の件・・)

本作のミソというか大ネタは、アガサ自家薬籠中の「人間関係トリック」を、犯人そのものというよりむしろ、犯行動機の側面推しでナニしたようなアレでしょうかね。 私も実は虫暮部さんと同じ方向の真相を考えたんですよ(但し真犯人とその動機・葛藤については、虫暮部さんほど深くは洞察出来ませんでしたが)。「◯◯の秘密」的なアレについては、あからさまなような、ほのめかしのような、何とも微妙なヒントの出し方なもんで、積極的に「その手に乗るか」とまで行かずぼんやりと疑い続けて終盤いいとこまで来ちゃいましたね。 見事にヤラれました。

んで、裁判シーンのスリリングなこと!!
まあ、真相というか真犯人の人間性がミステリ的にもうちょっとキラキラしていたら、より良かったかな。。 物語としては充分キラキラしてると思いますけどね。 特に結末は。。
ジェラードとランパードが同じピッチに揃った! と思って、よく見たら「ランバート」さんだったのは惜しかったですね。

No.1291 5点 ストロベリーナイト- 誉田哲也 2024/10/14 11:25
品が無い、締りが無い、リアリティが無い、心が薄い、サスペンスが薄い、スリルが無い、しかし退屈も無い!! 深みなど無くってまるで問題無し!! いろんな謎があっさり明かされ過ぎで、もうちょっといやらしく伏線引っ張ってストリップティーズしてくれたらよォ、とは思う。 さっぱり気分が悪くならないおとぼけグロ描写なァ。 でもいいさ。

「その充実感……。 素晴らしいですよ。 世界が拓けて見えるようになるんです」

公園内で発見された謎多き惨殺屍体に端を発し、これと繫がり有リと目される過去の他殺屍体が続々と ”水中から” 発見される。 被害者の一部には “ここ数か月、それまでと打って変わってもの凄く生き生きしていた” という謎めいた共通点が。 やがてダークなネット情報から「ストロベリーナイト」なるミステリアスなヤングフェスティヴァルの存在が浮上。(小説内では語られてなかったけど「苺」はアレのイメージかな?) 警察のいろんな人たちが協力したり個人プレーしたり(比率は体感7:3くらい?)頑張って犯人を追い詰める物語だ(が、警察小説とは呼びたくない)。 何気に章やサブ章をまたぐ時など、それなりに空白の時間を置きたくなる。 意外とそんだけストーリーの彫りが深いって事なのか。。 ちょうど中盤に感動を誘う逸話もあった。。 おっと、終盤に近づきようやくサスペンスらしきものが沸き上がって来たか。。 あれ、すぐ萎んじゃった? しかしまーこんだけの『ダブル(トリプルとは言わせん)暗黒真相』をよくもこんな安っぽい文章、下手くそな暴露方法で台無しに・・と恨みに思わなくもないけど、結末の爆発には軽症くらい負わせてもらった。 あんだけの大きな悲劇を引き出しといてからに、後始末が雑でないか? とは訝しむのだが・・ 「ストロベリーナイト」なんて小洒落たタイトルより「謎のへっぽこ大会」とか「うんこ」とかでいいんじゃないかとヤケクソで最初のうちは思ったけど・・ 悔しいけれど合格点だ(5.3くらい)。 よし、シリーズ続篇、書いていいぞ(何時の何様?!?)!!

No.1290 8点 サウサンプトンの殺人- F・W・クロフツ 2024/10/09 23:02
「これは、ある生物のように」 彼は快活な調子で言った。「尻尾のほうに針があるようですな」

A社とB社はセメント会社。A社の未来を守るためB社に侵入しヴァイタルな技術情報を盗もうとした二人の社員。ところが時の弾みで、目撃者となった夜警を過失致死。。。 この悪夢の瞬間から紡ぎ出される、創意と工夫と悪意に満ちた右往左往驀進蛇行の顛末は、小説構成の企みこそが色鮮やかな下支え。 第Ⅰ部~第Ⅳ部と進むにつれ主体は A社 ⇒ フレンチ ⇒ A社+B社 ⇒ フレンチ と推移する。 倒叙推理の積み残しがフーダニット、さらには××ダニットへと舞台を変えては炸裂する。 フィジカルなエコノミー、いやインダストリー冒険描写の質実な締まり具合。 頼りになる男と、頼りになり過ぎるロジック展開、あるいはその解きほぐし。 仕事が鬼出来る者だからこそ挑む事の出来たアリバイ工作の、拭いきれぬ一抹の怪しさよ。 A社とB社の間には、あの短篇以来の「9マイル」! シューベルトの「軍隊行進曲」を口ずさむ男! んんーーー その “ヘンゼルとグレーテル” は ・・・ いやいや本作は随分と攻めてます。 溢れ出るスリルとサスペンスとイヤミスと、ドラマチックなツイストにいや増す謎。 試行錯誤には希望という名の置き土産。

やがて訪れた、フレンチ急襲型チェックメイトの、ホトバシる旨みと輝き! 最初のチェックメイトを引いて更に追い詰める、繊毛が微妙に蠢いて弱光を見せるような暗い蜃気楼の晒しっぷり。 その結果なのか経過なのか、涙腺を刺激する “巧まざる” 名台詞もあった。 最後のフレーズの連なり、最高過ぎます。 クロフツは、頑張りました。

No.1289 6点 乗取り- 城山三郎 2024/10/07 22:05
“変わらないのは、桜色を帯びた青井の血色のよい顔、休みなく動く目、弾力のかたまりのような体だけであった。”

。。静謐と心の喧騒が折り重なるような、寂しさと心地良い疲れがおりなすような、忘れ難い不思議なエンディング。
この愛すべきエンディングへたどり着くための、ホットでユーモラスな、軽クライム? 軽ピカレスク? いんゃーァ 爽ピカレスク? 違いますよ! 爽クライム(?)小説でしょう、これは。 日本橋~銀座の百貨店では少し沈んだ老舗「明石屋」を持ち株で乗っ取り、本来のもっとキラキラした店に立て直そうと奔走する若き事業家の青井。 闇屋出身たるこの主人公と、彼に魅了され味方となる壮年~年配の男たち。 狙われた明石屋とその味方に付く老獪な男たち。 両者の間でさまざまな熱を発する者たち。 だが「視点」の位置にあるのは、或る一人の若い女性と言っていいかも知れない。 爽やかな怪人物が二人も登場する贅沢さ。 しかも怪人物ばかりやたらな直球勝負ばかりで面喰らう。 全く異質の主人公候補までシャイな横顔光らせて躍り出る熱い展開さえあった。 物語を追いかけて駆け出しそうになる程の面白さとリーダビリティは相当なもの。

「青井という男は、あらゆる術策を弄して向かってくる。気をつけなくちゃいかん」
“だれもがうなずいた。女将や女たちも、白いあごで弧をえがくようにしてうなずく。”

しかしま、読前は思い込みで「広義のミステリにじゅうぶん含まれる経済クライムノヴェルなんだろうなあ」くらいのスタンスで臨んだのだが、実際に読んでみると、もうちょっと謎を隠しても良さそうなところ、開けっぴろげ過ぎてミステリ風でもない? と感じるところ多々。 ミステリ性の希薄な「不慮の死」が続く所も一般小説っぽさを醸し出しているかも。 とは言え、やはりミステリを読む方に読んで欲しい痛快な一篇でありますね。 まあですな、本作を「犯罪小説」と呼んでは主人公の青井文麿氏に怒られそうなのではありますがね。

「いい逃れはききたくない。いったい、ぼくのどこがいけないんだ。一つ一つ洗い立ててほしい」

No.1288 7点 真夜中の詩人- 笹沢左保 2024/10/02 00:40
「ありとあらゆる野菜、それに肉からとったスープを、レモンとお醤油で味付けしたのよ」

まずこのタイトルは一体何なんだ? 。。。 と戸惑う間も無く、激烈に面白い異形の誘拐物語が始まった。 攫われたのは二人、富豪の子と普通の子。 どちらも身代金要求無し(!!)。 やがて富豪の子だけ無傷で返還。。 一体何なんですか、それ?   雰囲気は普通にサスペンスタッチだが、企画性くっきりの強い謎を次々にババーンと打ち出して来る所は本格/新本格風。 そこへ来て、ストーリーの程よい錯綜ぶりはハードボイルド(ロス・マク?)調かも知れん。

序盤から、まるで何かのアリバイ工作でもその裏に疑わせるような、謎の高速展開。 意外な「被害者」。 疑惑連鎖の渦中へとロジック手探りのセンサーを伸ばす探偵役/主人公?(普通の子の母)の、所々豪快わんぱく過ぎるエピソードが威勢よく降り注いでくれちゃったりなんかしてね、しかも時々弱気の弱虫で。 意外な人が頼りになる探偵役2(あるいは1?)として爆浮上したりね。 いっくら何でもこいつはメタ怪し過ぎるぞォーと光りまくる登場人物の、やたら膨らむキーマン性にも注目だ。 とにかくストーリーにいちいち機敏な動きがあって面白いんだ。

事の大元に位置した “事象“ (諸悪の根源)の、あまりに馬鹿げた悲劇性。 そこから工夫を凝らして繰り出された、ちょっと凄い、豪快とも言える真相。 振り返って見りゃあ大ヒントもゴロゴロしてたわけだが、、 分からなかったよねえ。。 アラは多い。シュっと締まってないネジレや穴も見当たるが、読んでてとにかく面白い。仕掛けて攻める意気を感じる。

最後に、これ言うと鋭い人にはネタバレかも知れないけれど ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 最終章が終わった後、マスコミを沸騰させること必至の大スキャンダルと、 それに翻弄される登場人物たちを思うと ・ ・ ・

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斎藤警部さん
ひとこと
昔の創元推理文庫「本格」のマークだった「?おじさん」の横顔ですけど、あれどっちかつうと「本格」より「ハードボイルド」の探偵のイメージでないですか?
好きな作家
鮎川 清張 島荘 東野 クリスチアナ 京太郎 風太郎 連城
採点傾向
平均点: 6.70点   採点数: 1307件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(57)
松本清張(53)
鮎川哲也(50)
佐野洋(39)
島田荘司(36)
西村京太郎(35)
アガサ・クリスティー(34)
島田一男(27)
エラリイ・クイーン(26)
F・W・クロフツ(24)