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斎藤警部さん
平均点: 6.70点 書評数: 1377件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1377 7点 最後のディナー- 島田荘司 2025/08/08 01:22
『龍臥亭事件』 後日談(とはちょっと違う)日常の謎もどき(?)二篇(+α)。

里見上京
石岡君、たっすいがーはいかん。  「大丈夫ー、私馴れてるから、絶対逮捕されない」   

大根奇聞
江戸末期、桜島大噴火で飢饉に陥った地域にて起きた奇蹟。 ほのぼのする良い話と、記録的に巨大な物理トリック(!!)を真正面からぶつけて融合させるという、文句無しに島荘スピリット溢れるこの泣かせる大技力技、好きだなあ。 真相見え透きそうな際どい所を、自然なうやむや叙述で見事に持たせ切った。 上手い。   

最後のディナー
英会話学校で知り合った謎多き老人。 石岡、里見、老人の三人はゆっくりと、クリスマス・イヴを共にするほどの仲になる。 やがてディープな人間ドラマが明かされるクライマックスの直後、サスペンスと違和感あふれる事件発生から、時を置いて、第二のクライマックスへと突入する。
この話での御手洗の真相看破はむしろ凡人領域だと思うが、そこにこのストーリーの暖かみの一環がある。 老人の心の弱さに起因する或る行動については結構な違和感があるが、、 許す。
“それからは尋問ができなくなり、一日ばかり時間を置かなくてはならなかった。”
この結末は(片翼かも知れんが)ハッピーエンドだよな。 ◯に◯◯◯◯みるとそれがよく分かる。


御手洗が少しだけ登場し、物語に極端な緩急を付け、呆気なく去っていく。
この寂しさが如何に尊いものか。
◯◯に◯◯◯◯みるとそれがよく分かる。

No.1376 7点 そして五人がいなくなる- はやみねかおる 2025/08/02 23:55
「どうも、名探偵の夢水清志郎です」

冒頭からいきなりカマして来た(!)のは、大人読者にも警戒を要求するという意思表示か?
それはともかく、若年向けミステリ入門書として手堅く誠実、良い意味で模範的な内容と思います。
ユーモアも常に最適解を見出しているようで、感心しました。

夏休み、新しく出来た “ハイパー遊園地” 内でプレティーンのこどもたちが次々に消失する事件が起こる。 そこでは犯人と目される “伯爵” なる怪人物が露悪的にその存在を誇示していた。

心理・物理・ハイブリッド、大に小、どのトリックも、派手さは無くも立派。 かたさ/やわらかさに纏わる思い込みの件とか、いいねえ。
ただ一つ、やたら◯◯◯に長けた怪人物って設定にちょっと違和感が、と思っていたら ・・ しっかり理に適う落とし前が付きました。
伏線も細やかに盤石。 物語に敷きつめられた、繊細にして仄甘いやさしさスウィートネスも素晴らしいじゃないですか。

「いや、なに ……。 星がずいぶんきれいだと思ってね」

ミステリ慣れした読者からしたら、真犯人というか真相のナニは何気に瞬殺で目星が付いたりするかと思うんですが、だからと言って評価が下がるわけではありません。 この緻密にして人間味あふれる高い完成度の作品を若年層に向けて贈った心意気は見逃せません。


名探偵ジャパンさんご指摘の "ロープの本数" の件、確かにその通りですね。 おっしゃる通り "目撃談" のヒントとして活用できましたね。

蟷螂の斧さんおっしゃる通り、そのへんのワード(特に小栗云々)は将来的に成人読者層から "発掘" された際の事を意識しているのではと、私も思いました。 第Ⅰ部の "カマしてご挨拶" もある事ですし。 あと、かなり際どい "ネタバレせずのネタバレもどき" がありましたが、これもミステリ経験値の高い層を意識しているのかな。


余談ですが、特殊詐欺も、警官なりすましの次は私立探偵なりすましが、しまいにゃ名探偵なりすましが流行ったりして、んで誰もハナッから信じないんで壊滅的な成功率になっちゃったりして、なんてバカな妄想しました。

No.1375 8点 開幕ベルは華やかに- 有吉佐和子 2025/07/31 17:50
「犯人に、言って、下さい。 お客に、手出しを、しないでって。 私を、殺しなさいって。」

ユーモア地盤に、粗っぽい凄みが喰いこみ、ヴァイタリティ押し寄せる文章。
‘84年に急逝したミズ・サワコ・アリヨシが晩年期にものした最後の長篇は本気の推理小説。

帝国劇場にて、かの川島芳子を題材とした史劇 『男装の麗人、曠野を行く』 が上演される。 不仲が囁かれる大物舞台女優と大物歌舞伎役者による夢の共演作だが、大御所劇作家が突然のわがまま降板。 大役を引き継いだ女性脚本家と、演出を任された推理作家(ヤメ演)が互いに反発しつつタッグを組み(二人は元夫婦)、演劇界内外の様々な厄介ごとを乗り越え、ひとまず初日に漕ぎつける。 やがて数日目の劇場へ 「主演女優の命と引き換えに二億円払え」 との脅迫電話が。 要求に応じなければ、演目の大詰め、タイトル・ロール川島芳子が銃殺される瞬間に合わせ、彼女を演じる主演を殺害するというのだ。

「僕は分かってるよ。 ( 中 略 ) 台詞言ってると情が移ってね、やっぱり大女優よ、お嬢は。 殺すのは惜しいよ、なんとか助けてやって下さい、お願いします」

ところが、ステージの内も外も話は単純に行かない。 主演の二人は台詞を憶えずプロンプター任せ、そのくせ大胆なアドリブ連発やら何やらで客席を大いに沸かせる。 一方、思わぬタイミングで客席にて観客が ‘こっそり’ 刺殺された。 主演の大物女優に文化勲章(!)授与の知らせが届く。 他方では、殺害が予告されているラストシーンを後ろに延ばすため、第二幕以降の脚本を長い長い台詞に書き直して対応せんとする脚本家と演出家(主演二人にはプロンプターが付くから凌げる)。 だが新たな被害者が発見され、にも関わらず ‘脅迫者捕縛の都合’ で舞台の演劇は続き、興味津々の熱いミステリドラマはなお続く。 本作のジャンル本籍地はサスペンスだろうが、謎解き要素の存在感も相当に高いのがミソ。

“さあ、愛、じゃございませんこと?”

上記あらすじでは書ききれない、演劇界内外の諸要素がユーモラスに交錯して読者を引っ張る。 ユーモアだけじゃない。 本当に面白い。 行き違い、すれ違いの混乱と、開き直ったような落ち着き。 脅迫者応対の機微と滑稽味。 脚本リライトの自転車操業(これが熱い!)に各方面からの犯罪が絡む。
被害者の妙。 劇中劇の妙。 犯罪の進行自体が “隠し事多い” のか、妙に謎めいている。 構成も凄いねえ凄い。 帝劇での劇中劇で描かれる民族の歴史、国の歴史、党の歴史、東北アジア史、そして個人の心や◯◯の歴史が、時に符合し、時にすれ違う様が詰まった抜群の小説構造だ。

禁じ手とも言える後出しの重要人物登場にも全く問題なし(個人の感想)という珍しいストーリー作りと、小説根性、ミステリ度胸。 謎明かしの巧みな時系列操作にはたまらないペールブルーの光が宿っている。 多くの謎とモヤモヤを抱え、何度も視点を替え、何層にも重ねた解決部分から、全てを包容するエンディングへとスライドされる、盤石の余裕。

或る殺人◯◯(または◯◯殺人)に纏わる経緯だけ、ちょっと唐突で説明不足かなと思い、何気にそこそこ減点。 それでも高評価は揺るがない。 期待を大きく上回る快作でした。
ミステリライクな人気作のある有吉さんですが、もし急性心不全で若死にしていなければ、狭義・広義問わずのミステリ作品をもっともっと書かれていたかも知れません。 時代的に、意外と連城や泡妻のライヴァルになっていたりして。 惜しまれます。

No.1374 6点 どんでん返し- 笹沢左保 2025/07/27 00:32
100%会話文だけ .. それもほとんど二人間の .. で構成される物語六篇。 成功者、有名人、金持ちのいずれか(複数該当あり)が中心人物乃至キーマンとなる。
地の文で書く様な説明を、わざわざ会話文に押し込んでるような箇所も多いけど(この本に限らず普通にある事ですが)、それくらいは良いでしょう。
気品と教養ある文章ですが、スタスタ読めます。

影の訪問者
雨の降る深夜、元婚約者の女が、一見普通だが、よく見ると奇妙な恰好で訪れた。 外にはパトカーのサイレンが響く。 男女間で交わされる緻密な推理と××の応酬が熱い。 “奇妙な恰好” の理由が明かされると同時に暴露される真相。 真相の構造はシンプルだが、見せ方が巧く、熱い。   6点強

酒乱
二十年前の “酒の上の事件” と、そこに繋がった経緯、そこから現在に至る経緯を語り合う夫婦。 やがて或る告白が始まる。 この結末、私はハッピーエンドと見た。   6点


戦慄の状況下、決死の離婚を望む夫と、断じて承認しない妻。 夫は妻に心中を持ち掛ける。 焦げる様なサスペンスは申し分無いが、このエンドはちょっとカックンだなあ。   6点弱

父子(おやこ)の対話
若くして有名弁護士となった息子は、父の弟に育てられた。 幼い日、失火による火災で母と妹を失った事がきっかけだった。 今は共に暮らす父と息子とが、じっくりと対話する場を持つ。 ところが、息子が受け持っている事件の話がきっかけで、暴言飛び交う激しい口喧嘩に至り、そこから明かされる或る過去の秘密。 こりゃあ残酷だ。 二段底の告白には、連城スピリットが漂いました。   8点

演技者
人気女優は、若いボクサーの恋人に、夫を殺害させた。 自然なアリバイを狙い、近所のマンションに住む、いつも外を見ている画家らしき男を利用した。 躍動するストーリーは面白いが、あからさまなヒントそのまんまのオチと来たか。 しかも、悪い意味で微妙にオープンな結末。   5点強

皮肉紳士
孤独を愛する大学教授が殺害された。 容疑者は三人の養女。 手掛かりは、手書きの “奇妙なメッセージ”。 こ、これは、アンコール・ピースっすか? 唐突なサゲも猛烈にギャフンです! 本作だけは人間ドラマもまるで無えし。 でも面白かったよ。   5点

No.1373 7点 青べか物語- 山本周五郎 2025/07/25 21:07
“私は決して誇張しているのではない、これは浦粕(うらかす)という土地の気風なのだ。”

作者「浦安」在住の四年間にインスパイアされたと思しき連作掌編集。 おおらかな気風ながら容易ならぬ狡猾さも忍ばす漁師町「浦粕」を舞台に起こる不穏な(時に優しい)出来事の数々を、愉しくも抑制の効いた、癒される筆致で豊かに叙述。 ‘日常のサスペンス’ や ‘日常の謎’ そして ‘日常の悲劇’ に ‘日常の悪事/犯罪’ がちょいちょい紛れ込む。 中にはあっさりエッセー風日常の描写もある。 方言のきつい会話が並ぶが、ど根性で解読していただくしかねえがよ。

はじめに/「青べか」を買った話/蜜柑の木/水汲みばか/青べか馴らし/砂と柘榴/人はなんによって生くるか/繁あね/土堤の春/土堤の夏/土堤の秋/土堤の冬/白い人たち/ごったくや/対話(砂について)/もくしょう/経済原理/朝日屋騒動/貝盗人/狐火/芦の中の一夜/浦粕の宗五郎/おらあ抵抗しなかった/長と猛獣映画/SASE BAKA/家鴨(あひる)/あいびき/毒をのむと苦しい/残酷な挿話/けけち/留さんと女/おわりに/三十年後

ミステリ性の検知される所では、余所者群の謎の行動の意味が明かされる話とか、心中事件の顛末とか、あと警察と住民の騙し合いのような二連作が続いたり。 鉱物の成長(!)に関するインチキロジック立ち聞きには大笑い! 女が男に取り入って利益を得んとする話も目立つ。 他にも違法商売と夫婦喧嘩の顛末やら、もの哀しく美しい、川、舟、岸を舞台に、過去から今へと繋がる恋愛話(これが沁みる…)。 

最後の「三十年後」で豊胸デスティニーランドみたいのが出て来たらどうしよう、なんて心配はまっぴらご無用。 時代小説の大家「山本周五郎」が稀に書いた「現代小説」なんぞと呼ばれますが、現代と言ったって大昔の話ですから。

「なにしろ古いことだからねえっ」

俗に '世間は狭い' と言うのは実は '世間は広い' ではないかとの、ちょっと数学的な考察は面白かったです。

No.1372 8点 方舟- 夕木春央 2025/07/23 00:10
そこには深い池がある ・・・ どなた様もやたらに高評価だなと恐れ慄いていたら、そういった次第でしたか。 これはもう、予想外どころの騒ぎではありませんね。

"(前略)だから、犯人が死ぬのが正しい。 ―― なんだか妙である。 この計算は本当に正しいのか?"

冒頭、"数の合わなさ(?)" に先ずはロックオン。 数字の違和感はすぐ解消され、代わりに気持ちのちぐはぐ感が支配を始める。
粗くて軽い文章だなと思っていたが、ある地点で一気に染み渡った絶望も恐怖もリアリティどっぷり。 絶望、恐怖、不快感、疑惑、この期に及んであろうことか恋愛上の嫉妬。 そして何気に芽生える友情、いや、隣人愛。
感情より状況や論理がもたらすサスペンスとスリルの圧が凄くて、本当に息苦しい。


【次パラグラフの '前々半あらすじ' 的なものは、未読の方は飛ばした方が良いかも知れません】

時の弾みで『箱舟』なる地下遺構(地下三階まで)に自然の力で封じ込められた、大学時代からの友人男女3名ずつ6名 + 主人公(男子)の聡明な従兄1名 + 運命を共にする事となった見知らぬ家族3名 = 計10名。
周囲に人の気配は無く、携帯電話も通じない環境の中、地震の影響で入口は「巨大な岩」に塞がれ、地下三階に充満した「水」は地下二階、地下一階とその水位を上げつつある。 計算によれば地下一階まで侵食しつくすのは一週間後。 それまでに「巨大な岩」を除去すれば脱出可能の様だが、岩の位置と、遺構内部で発見された、岩の除去になんとか使えそうな道具とに鑑み、最少でも、道具を操作する人物 "一人" だけは遺構内部に取り残すしかないという事態になりそうだ。 この "一人" を選択し道具の操作をさせるのが遅くなればなるほど "一人" が「水」に呑まれて溺死する可能性は高くなる。
そんな中、まさかの動機不明な殺人事件が起きる。 一方で、犯人を特定し、強制的に "一人" にさせれば良いのでは、との黒光りする期待が高まる。 幸い、遺構内の或る部屋からは「拷問道具」がふんだんに見つかった。  


プロローグ配置の妙は、◯◯◯◯エピローグの存在に吹き飛ばされた。

結末真相、或る意味有名ハードボイルドミステリ(群)のパロディ/オマージュ(合せてパロマージュ?)かと思わなくもない。 具体的に語るとネタバレに繋がるので止しておく。

しかしですね、真相解明に於いてこれほど『動機』が本格推理の核心部分を占領するケースも珍しいのでは? うっかりキチガイ呼ばわりしたくなるけれど、それとは違う、陳腐な言い草だが "斬新" 極まりない、周囲への影響大き過ぎの『動機』。 人間くさいような、アタマ良過ぎるような、冷た過ぎるような、◯◯を重んじ過ぎのような。 振り返れば伏線も強烈だ。 これはもしや、動機が弱い強い云々といった一部の(新)本格ミステリ批判への渾身のパロディ回答なのか?!

あるいはまた、古くはキンダコに象徴される、狭い解決には最適だけど、人が求める本当の解決には無力な「非実力派探偵」の在り様への切実な峰打ち乃至問い掛け、あるいはやはりパロディ、といった意味合いの空気感もちょっと見える。 ひょっとして、バァクリィの後継者を狙っていたりしないのかな。
てか、犯人と探偵(と××)の関係も本当に斬新スーパーソニックシャンペインスーパーノーヴァ過ぎる!!


アリスアリスさんの、さり気なくもいちいち突き突きの文庫解説、いちいち全文最高でした。
パチさんご指摘の様に、登場人物たちが徹底して "可能性" を試さなかったのは、小説の詰めの甘さとして結晶しちゃってる気はします。
また人並由真さんおっしゃる通り、リーダビリティは異様に高いです。 ですがこいつが曲者で、この結末の破壊的衝撃波に心ゆくまで圧倒される為には、敢えて読書スピードを抑えて、読み始めから読み終わりまで(間に他の本を挟むなりして)数日設けた方が良いのではとも感じます。 私はそうしました。

本作、なにしろ結末は手放しで絶賛してしまいますが、小説の最後でいきなりナニがハネ上がった感は強く、中盤に(ロジック展開は良かったのだけど)もっと緻密なスリルが充満していたなら、、 文句なしに9点は越えたと思いますね。

”でも、そうはならなかったから、残念だけど、もういいかなって。”

何より、最後まで残されて、最後には棄てられた、アレの可能性と、それを決めた犯人の心。 怖るべき、考え落ちと後悔と絶望の沼 ・・・・・・・・・ これほどまでに罪深い "エピローグ" が、この世にありますか?

No.1371 6点 死の快走船(創元推理文庫)- 大阪圭吉 2025/07/21 11:40
"鐘は生きている!"

死の快速船
ヨットと殺人。 清らな海風の中、地道な物理捜査。 強い疑惑が光る数人と、美しい風景描写。 軈て自然の猛威と軌を一にして襲いかかる真相暴露のクライマックス。 結末には一見アンバランスな程の意外性が溢れかえっているが ・・ 推理小説の結末意外性に、過多なんてことがあってたまるか・・! いや、ほんとは意外過ぎてダメな結末というのは稀にありましょう。 ですが本作の場合は際どいその意外性に堂々真正面から力強く取り組んでおり、結果として良い結末になったと思います。 The Whoの清冽な暴力性を賢く纏ったような真相解決です。
短篇「白鯨号の殺人事件」(創元推理文庫『とむらい機関車』収録)を内容薄めず中篇化した作品。

なこうど名探偵
トマト泥棒を特定する推理から、音を立てての人情反転劇。 何を隠そう、表題が泣かせる。

塑像
夭折した少女の「像」が徐々に痩せ細って行くとの目撃談。 怪奇からギャフンへとズリ落ちる掌編。

人喰い風呂
銭湯からご婦人が消失する事件が続き、その話題で町内はもちきり。 これを苦にした銭湯屋は。。 品の無いサゲには苦笑。
 
水族館異変
夏の趣き風に漂う、昔の田舎の水族館。 そのバックヤードで疼く男女間の縺れと、客をも巻き込んだ殺人事件。 軈てまさかの◯◯的ラストシークエンス。 無駄に巧妙な伏線や無駄に凝った犯罪連鎖の設計等あり、それらが小説の形態を完璧でなくしているが、そんな夏っぽい過剰さも面白味のうち。

求婚広告
トリックも見え見えのユーモア押し一本だが憎めない掌編。 ラスト一行 '副詞' のスッとぼけが良い。

三の字旅行会
まるで鉄道を使ったクローズアップマジック。 ちょいとスペエの風も吹く。 応用に応用を重ねれば現代でも応用出来るか、出来ないか。

愛情盗難
東京の安アパートを主舞台に、ちょっと複雑なドタバタ◯◯喜劇。 準主新聞記者のキャラ立ちが良い。 中篇並の長さでも、じゅうぶん謎で引っ張る日常のケースは成立する、という証拠だね。

正札騒動
都心の百貨店にてひと騒動。 小スペエな結末。 小味過ぎて涙も出やしねえが、語り口は彩り豊かで憎めない。

告知板の女
駅の伝言板を使って(シティハンター..)しりとりの様な、恋愛鬼ごっこの様な、謎の遊戯が繰り広げられ、途中でしっかり「転」が入り。。 これも軽くスペエ風味だが、もしかして地下鉄サムがヒントに?

香水紳士
叔母と従姉妹の住む街へ電車で向かった少女は、怪紳士と同席の憂き目に遭う。 咄嗟の機転と落語風サゲが光る、少女のための掌編。

空中の散歩車
再三にわたるアド・バルーン逃避行?事件。 完全にアッチの真相。 そのものスバリの三文字も露呈。 何気に意外な犯人と、洒落た?というか◯◯擦り寄り?のオチ。

氷河婆さん
ゴールドラッシュ期のアラスカに於ける或る激烈な悲劇と、自然×ギリ数学(?)トリックの妙。 時代を映したラストセンテンスも凄い。 ちょっと泣ける話。

夏芝居四谷怪談
江戸の街、芝居小屋の '奈落' で起きた怪奇現象。 ひねりが無さすぎか。

ちくてん奇談
ちくてん≒逐電(七割死語)。 江戸の街、正月に姿をくらました町人たち。 ひねりは無いが、当時のレアな風俗が知れて愉しい。 数学的興味はあるようで無かったが、そこは構わない。


最後に纏められた『随筆・アンケート回答』もキレ良く快調。
小栗さんの印象など/犯罪小説と探偵小説/鱒を釣る探偵/巻末に/怒れる山(日立鉱山錬成行)/アンケート回答

"いやそれより若しもあの黒死館みたいな調子で終始応待されたらなんとしよう!"

"最近特に兇悪な犯罪が続出して (中略) 軽いスリルをさえ覚えさせるようになって来た。"

No.1370 7点 鬼の跫音- 道尾秀介 2025/07/19 17:48
鈴虫
人間ドラマと叙述トリックと叙述ギミック(とミステリ)の完璧なる融合、来たァー〜。 これは流石に、読み返すよなぁ。。 ところが読み返す前からもう、じわじわ来てるんだよなぁ。。 ミステリ的に引っ掛かるというより文芸的に気になったあの台詞、そういうコトだったんよなぁ。。 婚姻関係を含む男女三角関係と、そのど真ん中に突き刺さる過去の犯罪を洗う、ギラギラの技巧が深い感動に直結する稀有な一篇。 実は◯◯◯の物語だと明かされる結末も衝撃的。  8点強

犭(ケモノ)
そこで虫殺すとか、おかしいなと思ったんだよなあ。。 家族に疎まれ(?)鬱々と暮らす少年は或る日、家で使っている ”刑務所作業製品" の椅子に密かに彫られたメッセージを発見し、疑念を抱く。 彼は家出をするように、真相追及の小さな旅に出る。 遺体損壊の動機とか・・ 旅のさなかに明かされた人間ドラマが熱すぎて・・ (以下略) しかし残酷なエンディング。  7点

よいぎつね 
二十年前の祭りの夜に犯した悪事の亡霊を怖れる男が、祭りの夜、フォトグラファーとして帰郷する。 やがて何かが "再現" される・・・  7点弱

箱詰めの文字
前作 "祭りの夜" の答え合わせ?をしてくれる割に、本作自身の結末は謎を残したままか・・? 小説家がまるで幻想のように悪いことをし、目まぐるしく読者を振り回す。 特異な才能を垂れ流した男とか・・ どいつもこいつも、隠し事が多いのだ。  8点

冬の鬼
シンプルだがちょっとびっくりする叙述ギミックにぶつけた叙述トリックは、ミステリ的には軽いが、ホラー混じりの人間ドラマとしてはおそろしく重い。 読了後、再読させるまでのインターバル最短記録を保持していないだろうか、この掌編は。 モヤモヤする恋愛日記に隠された真意が露悪的に?明かされる物語。 こりゃあこわい。  8点

悪意の顔
これは、、、分からない、分かる、分からない。 厄介なクラスメイトと、魔法の絵を所有する近所の女性。 ファンタジー軸の強さを中心に旋回する、友情物語の側面もある。  6点強


吸いこまれる短篇集でした。 どの作も、反射的にピンポイントで読み返す衝動を誘発するものだから、吸い込まれた後また外に飛び出て再び小説に飛び込むような、忙しない読者体験を都合六回も繰り返させられる。

鳥や虫がよく出て来るが、それぞれ作中での比重は異なる。 人物 'S' が全ての作に登場するが、それぞれ作中での役割は異なる。

全体通してホラーの味わいが濃く、時にファンタジーの霧もたちこめる、とてもテクニカルなミステリ短篇集。 夏によく合う。

No.1369 7点 闇からの声- イーデン・フィルポッツ 2025/07/09 14:05
『君は◯◯◯◯ったのだね?』 と言いますから、 『そうです、◯◯◯◯ったのです』 とわたしは答えました。

 ↑ このハードボイルド流儀の会話シーン・・とても沁みました。


優しい導入部、そのくせ手の早い謎事象導入、と思ったらやけに冗長で勿体ぶった文章叙述。。 だがユーモアもあり、冒険の内容は面白い。 特に終盤の熱さったらない。

引退したばかりの元刑事ジョン・リングローズは、招待を受けた旧領主邸(マナーハウス)の宿にて深夜、子どもの不審な "闇からの声" を耳にし、また以前同ホテルに滞在していた或る子どもが不審死を遂げていた事を知らされる。 犯罪めいた経緯に気付いたジョンは大いに憤り、警察の力を借りず、単独で "下手人と黒幕" を捕縛し "証拠" と共に司直の手に渡すべく、捜査という名の冒険に着手する。 "黒幕" は象牙細工蒐集狂の貴族だ。 

「あなたは葉巻をふかしながら話をしてくださらなきゃいけませんよ」

ワンクッション置いた手紙遣り取りの心理戦やら、相手の出方に対する容赦無い推理考察攻めと、その結果に基づいた心理操作の試み。 過去の犯罪を巡って、熾烈な言葉のポーカーゲーム、そしてフォローアップ。
探偵と犯人との温かい協力(?)による真実への接近。 多視点切替の弾ける魅力。
澄んだ空気の旅情と、知的スリルあふれる真相解明からの ・・・ 解決シーン。
英国人の清冽な誇りに裏打ちされた、心の居住まいが自然と正される、姿勢の良い、頭の冴えた冒険ミステリ長篇です。

最後に明かされる "アレ" は、大オチというより落語風に "サゲ" と呼びたくなりますね。 ちょいとカックン来ますが、その "アレ" がそもそも冒険のきっかけになったわけで、決して軽い添え物ではない、こう見えて実は大トリックと呼ぶべきものなのかも知れません。


『ジョン・リングローズへ、その天才を認めて、一崇拝者より』

No.1368 6点 コップ一杯の戦争- 小松左京 2025/07/07 21:30
初期(S30年代後半~40年代初頭)ショート・ショート集。
夏のきまぐれで読みました。

◆さんぷる一号: 習作認定。 ◯◯には困らない仕事に就いた主人公。 ← この伏字を明かしたらもうネタバレに。
◆コップ一杯の戦争: 問題作かな。 場末?スナックを舞台に、一読いい気なバカ話に見えるが、この戦争の経緯と話の結末(そして未来)には身を捩って困ってしまう。 オープンなエンドは、考え落ちというより、哲学領域が透けて見える考察落ち。 だけどやっぱバカだよなあ、色々と。 ラジオが主役を喰う一篇。
◆ホクサイの世界: タイムトラベラー夫婦がやって来た昔のトーキョー。 実はソッチでなくアッチだった。 某有名映画を彷彿とさせる、緩いが怖いオチ。
◆釈迦の掌: スーパー文明の利器を使い、浮気の "究極アリバイ" 工作を目論む初老の男(このアリバイ工作がちょっと凄いのよ)。 "その" シーンをもっと微に入り細に入り描写してくれたら、さぞ高笑いの怪作になっただろうに!! 充分想定内の結末真相より、むしろそっちに力点置いて欲しかった。
◆花のこころ: これは美しい、怖い、思索を誘い、香りがする。 異星の植物をめぐって起伏あるストーリー。 覚悟の決まったラストセンテンスは、星新一流儀か。
◆恵みの糧: 虐げられたマイノリティの、淋しく哀しい物語。 ところが、虐げられたのは彼らだけではなかった。
◆恥: 未来の下劣な見世物をねちっこく語る。 冒頭の伏線というか大ヒントは、わざとですね。
◆さとるの化物: バーで出逢った二人の男。 SFというより◯◯話。 ← この伏字を明かしたらネタバレ。
◆仁科氏の装置: 生涯掛けて、或る装置を完成させた男。 寓話ですか? こういう大人になってはいけませんね。
◆四次元トイレ: 借金取りたちから逃げおおせる画期的手段を発見した若い男。 絶望的バカ話。
◆忘れられた土地: 地球と月の間に、幻のような "土地" が漂っているとの目撃証言が続出。 バカバカしいが壮大な反転真相。 ちょっとFブラウンっぽい?
◆面従腹背: 斬新な "異星人撃退法" を見舞われる地球人。
◆完全犯罪: 老囚人が若い囚人たちに聞かせる壮大な話。 ブラウン神父風の逆説いっぱい。 ミステリ度高し。 ショートショートならではの斬れる一篇。
◆交替: 人間派・社会派・心理派ホラーSF。 真相の意外性は薄いが、全体にA級オーラが漂う。 怖いエンドには独特の風格が在る。
◆四次元ラッキョウ: 皮をいくら剥いても無くならないラッキョウが発見された。 しかしなんでその小道具(?)にラッキョウを? 話のバランスがおかしいまま無茶苦茶なカタストロフへ突入。 挙句の果てに××オチ。 なんなんだこれはぁ~
◆なまぬるい国へやって来たスパイ: "あの長篇" を思い出す、バカチェスタトンみたいな話。 ショートショートでやるとバカバカしさが際立って笑ってしまう。 最後の一言はもうオチにもなっていない(笑)。
◆返還: 恒久平和が実現(!)した未来世界にて、北海道をアイヌに返そうという動きが起こる。 やがてこの動きは世界中に波及し・・・ 掌編でこそ実験出来たムチャクチャ話。 (筒井康隆なら長めの短篇でやったかも?)
◆辺境の寝床: 銀河のはずれで拿捕された宇宙船。 ところが乗組員は歌に踊りにスケベもアルヨの歓待を受けるばかり。 拿捕した側の目的は ・・・ ちょっと社会派の寓話性ある真相だが、コケるっちゃコケる。 見せ方の問題。
◆怪獣撃滅: 異星にて ”敵” の殲滅に加勢する地球軍。 明瞭な設計図に則った端正な反転劇だが、模範解答に終わること無く、重みと動きがある鮮やかな教訓ストーリー。
◆運命劇場: おー、これぞハッピーエンド。 こんな人、実は昔もそんなにいなかったんでないの? と疑ってしまうほどの苦しい矮小サラリマーンが、色々あって、、この結末に至る。 一種の禁じ手と言えるアレを上手に大胆に使っています。
◆宇宙鉱山: 宇宙空間で発見された或る異状の原因を解明せんとする、地球発の宇宙艇。 科学方面・社会方面ともに、本掌編集の中では少し難解かも知れないが、この奥深さには浸れます。
◆宇宙に嫁ぐ: クイーン『世界に捧ぐ』を思い出す表題。 地球での習慣(← 実はこれ...)と異なるプロセスを経て異星人へと嫁ぐ娘を見送る母。 "花の歌劇(オペラ・デ・フロール)" なる言葉に込められた工夫には感心した。 「そうよ、お母さま ・・・・・・ 」 ちょっぴりブラッドベリ風な、水のしたたる叙情に包まれる美しいお話。 

時間を経て熟成したSF小説は、時に、実在しない虚数時間の時代小説に化ける事があり、それもまた良い味わい。
本掌編集にも、そのような小説があり、そうでない小説もある。

No.1367 7点 新人王- 清水一行 2025/07/03 00:24
“あれは、わしの◯◯――。”

あー、わしはもうトコロ天や。 話が面白過ぎてな、グイグイて中に押し込まれたらー、ミュルミュルッとバラバラ死体になって出て来るんやで。 結末ゆう器ん中にのう。

競輪界が舞台の話です。 年配の競輪選手が、車で帰宅途中の高速道路で不審な事故死(?)を遂げたんや。 そいたら今度は期待の若手選手の出生の謎みたいな話が出て来てね、あれよあれよと殺人事件が起こるのやねえ。 ところがね、この殺人事件は犯人が分かっとるのや、何しろ、さっきの高速道路不審死までひっくるめて、私がやりました言うとるからねえ、犯人さんが。 つまり、こう見えて倒叙ミステリ言うか犯罪小説言うか、そういう代物なのやねえ、この作品は。 熱いでえ、まあ読んでみい。 レースシーンもがっちり心理戦つかんで快調、臨場感ガッツリ、競輪場行きたなるわなあ。 まあわしは投票券は買わんと、レース見ながら酒飲んでウロウロしとるだけやろけどなあ。

爽やかな恋愛模様、地方へ遠征して過去の因縁捜し、直近事件の素人聞き込み、更に最ッ低の嫌ァ~な事件を経てな、それぞれの想い、思惑を抱いてクライマックスの晴れ舞台『小倉競輪場』へと集結する男達。 こん中に一人、コトサラに読者を泣かせに来る男がおるのやね。 んでも一人、キ◯ガイもいてるわけや。。

終盤に至って、いつん間にか探偵役なっとるオッサンが巡らす推理の、ジリジリ来る熱さねえ。 何気に目を引く「トリック」もいくつか見せつけてくれますよねえ。 ほいでラストシーンの人情噺がまた、たまらんのですよ。

東野圭吾が書いてたら、もっと複雑でトリッキーな仕上がりになってた思いますけどな、複雑でトリッキーでイケズな推理小説やったらエエいうわけちゃいますからな。 ストレートなイッコーちゃんのスポーツ親子鷹ストーリーはホンマ(言うてもそこそこイケズやけど)文句なしにシビレさせてくれますよ。

No.1366 5点 軽井沢マジック- 二階堂黎人 2025/06/30 19:48
「だからそれは、二点間の事象の地平面上に生み出されたワームホールの中を、ナイフをベビー宇宙に仮定してですね、虚数時間を使って遷移させることで、容易に解決できる問題なんですよ」
「はあ?」

軽井沢の風景描写は悪くない。 夏場に読むと少しばかり涼みになる。
旅行会社の二人(探偵役美男+ワトソンなり損ない女)が、時の弾みの不測の事態で軽井沢にて途中下車。 知り合いのペンションに宿泊させていただき、都合◯つもの死体が生成される連続事件と向き合うハメとなり、あまつさえ重要参考人扱いをされる。 探偵役は事件解決に協力せんと奮闘するも、ことごとく警察の面々と対立してしまう。 ピンチに陥った探偵役を救いにはるばるやって来た、意外な人物は・・

アリバイトリック、犯人像、事件全体像となかなか興味深い趣向が埋め込まれているくせに、なんだか薄くてガツンと来ない(パコンと程度は来た)。 時々外すが諄くもないユーモアは、ミステリ的には大して助けになってない。 探偵役の変人キャラ付けも、気持ちはわかるが、虚数時間のπ次元ワームホールに於けるハイパークルッキッドヴォラティリティがマージナルに活かされていない。 何もかも、この軽くて薄い文章とのアンバランスが悪い。 こういうスタイルなら、もっとファンシーポップなミステリ内容にすりゃいーのに。 でもそこそこ面白かったです。 5.0の壁は越えず(4.7くらい)、惜しくも(!)合格とは行きません。 色々と “傷だらけの軽井沢” ・・

No.1365 6点 刑事弁護士- 島田一男 2025/06/28 21:53
「男好きのする女ですね。 しかも、年増盛りなんでしょう」

夏だ! 海だ! 昭和百年の島田一男だ! 昭和三十年代初頭の南郷弁護士シリーズ短篇を一作目から八作目まで刊行順に並べた一冊だ! 金丸京子助手に板津部長刑事(板チョウ)と交わすSEKUHARA不適切トークもユビキタスに満載だ!
流石に「刑事部屋(デカべや)」ほどの「本格と大衆文学の高次融合」は求め得ないが、起伏あるストーリー展開で倦怠知らずの調子いい犯人当てミステリは快調だ。

“南郷弁護士は、ペロリと、舌を出してみせた。 ―― それから先は、この舌先三寸で悪人を追い詰める …… という意味である。”
   
中には、犯人当ても然ることながら被害者側にトリッキーなミステリの仕掛けが光るやつがあった。 冒頭から事象の謎で引っ張るのがあった。 堂々のノワールもあった(探偵キャラのせいで明るくなっちゃうんだけど)。 一つ、熱過ぎる人情物語と熱過ぎるバカトリック/バカ真相が真正面からぶつかり合っちゃって、揺さぶられた感情の持って行き場に右往左往してしまう意欲作があったな・・
やはり、日本の夏は島田一男だ。 金丸京子助手は意外とボインらしいのだ。

「美術はどうだね?」
「わからないけど、見るのは好きですわ」
「僕の机の右の袖の上から二番目の引き出しに、世界裸体全集が入っているよ」

東京無法街/銀色の恐怖/電話でどうぞ/黒い誕生日/拳銃何を語る/十三度目の女/赤と青の死/ガラスの矢
(青樹社文庫)

No.1364 6点 みな殺しの歌- 大藪春彦 2025/06/27 00:19
内容は暴力のポルノグラフィだが、どっしり構えたハードボイルド文体には眼を瞠る。 弾丸が人体にどんな損壊を与えるか等、医学的に具体的に簡潔に描写してくれるのが良い。 銃器・弾薬とその機能詳細に関する高効率でリアリティ溢れる、何より絵が浮かぶ説明は素晴らしい。

「一時、兄貴は荒れに荒れた生活をして、俺もよっぽど殴り殺してやろうかと思いこんだ時期があったな。 そんなとき、兄貴は君と会ったのだ」

婚約を機にスッ堅気となるため、犯罪組織を抜けようとした兄貴を見せしめの慰み物に弄殺惨殺した七人の腐れキンタマ野郎共を一人残らず、奴らが兄貴にやった如く極限までいたぶって弄んで苦しめてから屠ってやろうと硬い決意を魂に刻んだ主人公。 物語の途上には多種多様の銃器が登場しその本領を発揮するが、中でも主役級はワルサーP38。 所持しておられる方はホルスターにセットして読むと良い。

"あんまり射ちまくったので、耳がおかしくなってきた。"

冒頭の屠りシーンを一読し、こりゃあきっと全篇イェイェイェ・イェイイェイ・イェイ・イェイェイなゴーゴー・ムードの、ドイツもコイツもアンタも豪快爽快殺戮血みどろ硝煙ファンタジーに違げえねえと決めつけていたら、微妙に違った。
てっきり、シ(ヒ)ットリストの標的を一人ずつ地獄に叩き落して行くシンプルな様式のストレス発散物語かと思っていたら、意外と傍流にも伸びるちょっぴり複雑なストーリー。 でも芯はまっすぐだ。

但し、純粋な復讐物語と思い込み主人公に肩入れして読んでいると、まるでこれも必要経費だとばかりに、行き掛かり上、逃亡の都合上、やらざるを得ない "それ以外の" 殺人やら非道行為が多すぎて、嵩じて主人公への反感や疑念まで湧き上がって来る始末。 これは悩ましい。
また、兄貴への愛情と兄貴を惨殺した豚共への復讐心が、特に物語の途中から、物語最大のテーマである割にしっかり表現されておらず、むしろ薄まって来るように見受けられる。 懐かしの平成ドラマ「二十歳(はたち)の約束」で牧瀬里穂演じる主役の "殺された兄貴" への愛情がさっぱり伝わって来なかった事案を思い出した。
あともひとつ、台詞の発話者が誰なのか分かりにくい箇所が何気に多いのが実際的な難点と言えるが、まあ目をつぶろう。


ラス前の予期せぬ友情シーンには思わず頬が熱くなった。。。。 が、な、なんなんだこの、意外な結末!!

【ネタバレ】
てっきり復讐を完了させて、最後は相討ちで主人公もあの世行きだと思ってたら、、おいおい、こいつはもしや、続篇でもあるのか?! (あるそうです)



いいこと教えてあげます。 この小説のBGMにはハル・ブレインのアルバム "サイケデリック・パーカッション" が絶妙にしっくり来ます。 次善策は無音です。

"さきほどまであくびをしていた重傷の鴨は死んでいた。 衣川はハンター帽を脱いで、チラッと頭をさげた。"  ← 少し前からここまでのくだり、沁みたねえ

No.1363 8点 悪魔はすぐそこに- D・M・ディヴァイン 2025/06/24 23:54
参った。 この真犯人隠匿の巧みさ精妙さには、びっくり仰天というより、しみじみと感心させられました。 やたら◯◯◯◯が多いと思ったら、そういう事(?)でしたか。 若干ネタバレかすりそうなこと言うと、この真犯人とミステリ立ち位置の近い人物が他にも複数いてはるわけで、そのあたりも目くらましの大事な構成要素の一つですね。

舞台は、作者も(教員ではなく)職員として働いていたという『大学』。 近い過去に噴出した、死人まで出たスキャンダル。 今になって「真相を暴く」と豪語した講師が不審な死を遂げる。 追うように殺人未遂や殺人事件が発生。 やがて『大学』の次期名誉学長を迎える式典を延期せよとの脅迫状が届き、新聞紙面を賑わす。

嗚呼、このフーダニット長篇の抱え込む "謎の闇" の広大さは怖いくらい魅力的だ。 物語半ばに至っても、相応の謎解(ほぐ)れをそうそう素直には見せてくれない。

「あら! わたしたち、何か喧嘩の最中だったかしら?」

練られた皮肉のジャスト・ザ・ナニ具合と、心地よく仄薄いユーモアが良い。 まさかそこ、叙述のアレのフックではながっぺがと喉が唸るシーンの締めとか、シーンの途中とか、色々ありました。 然るべき人物なのか意外な人物なのか、際どいお戯れを見せてみるやら、土壇場で思い切ったアクション起こすやら。 肝となる隠された人間関係を、つんのめる様に早いタイミングで明かしたり、そのナニの晒し方がまた絶妙だったり、ありました。 いっけんお飾りのような(?)恋愛緒要素も決定的働きをキメました。
こうした目を引くレトリックだか小説技法が何から何まで「意外な真犯人」の演出だったように思えます。
ただ、その真犯人の明かし方が(折角あそこまで引っ張ったのに)かなり呆気ないとは思います。 そこちょっと残念なのであります。

で・す・が、本作には、まるでその呆気なさをカバーするかの様に、真犯人のみならず探偵役についてもなかなかに深い、そして粘っこい "フー" 興味がじっくりと息づいておるのですよ。 このあたりのバランス感覚にも、ディヴァインの最良の閃きある職人スピリットが光り輝いていると言えましょう。

”どっと笑い声が起こり、足を踏みならす音が響いた。 またしても、ラッパが鳴りわたる。”

ラス前のスペクタキュラーな映画的シークエンス、続く簡潔な暴力シーン(何も言えねえ..)に、ロマンス映画の様なエンディング。 どれも心に残ります。

それと、私ものりりんの落ち着いた解説は好きです。 朝ドラ「あんぱん」に喩えれば次郎さんの様。 これは惚れます。

No.1362 7点 人間の顔は食べづらい- 白井智之 2025/06/20 21:50
… 覇気、旨味、ヤバみ、バイブス、創意工夫のスクリュー攻撃には参った。 更にはラフカットなリアリティも在る(特に前半)。
奇怪にして巧妙な設定のもたらしたミステリ跳躍力と来たらもう宙を仰いでしまう。

「用意してやったぜ。 てめえが童貞を捨てるのはこの女だ」

人気若手大物政治家の邸宅に、合法的に発注した食用人間クローンが送られた。 ”人間の顔は食べづらい” ため、本来なら頭部は切断され工場にて廃棄される筈が、切断された頭部が同梱されており、更には血染めの脅迫状が添付されている。
この事案を含む三つの事件(時系列順に大、中、特大)はどれも悩ましき謎に満ち、カラフルな不可解興味が充満している。 おっと、その前に前哨戦と言える大型事件がもう一つ起きていたのだった。 そいつがまた、ストーリーの中で最高の悪さをしでかしておるんだなあ。

「へへえ……、 たったの一日で、 ずいぶんと捜査が進んでおりやすなあ」

微妙にふざけたり意外性含んだりの登場人物名。 主人公は「柴田和志」で、更にその(以下略)。 意外な被害者趣向(!)も炸裂した。 脳内映像映えするディザスタラスな長い一幕もあった。
グロテスクなサブストーリーの躍動があった。 やりきれない中途参戦の流れもあった。 (← これは、作者が … )
登場人物の知能やら何やらでリアリティ的におかしく感じる所も後半あったが、作者の剛腕ですっ飛んで行きゃあがった。

売りであろう多重解決は、その登場のさせ方が実に巧みで自然でヴァリエーションに富み、必然性も強い(!)。
斬新な "首を斬る理由" も説得力MAX。 前代未聞の筆跡トリックには度肝を抜かれたなあ。
◯◯◯◯選びの妙味も、最後にダーンと弾けたね。

肉食用人間クローンが合法的に工業生産される世界という前提のおかげで、真犯人の意外性が少なからず損なわれた感はある。 痛しかゆし。
最終段階で微妙に過剰侵食して来たやさしさテンダネスのお陰で、物語全体の悍ましさに欠けが生じたと思う。 でもイヤーな感じで物語が終わらずに良かったのかも知れない。
↑ 以上二つの小さなネガティブ要素が作用し、最後の最後にあたらスリルが減速し、それまでずっと8点以上確定を疑わなかった所、7点(最上級の7.4レイヤー)に落ちた。 だがこの作品を燃え立たせる炎は熱い。 作者の持つポテンシャルは疑いようが無い。

「次に会うときは身体じゅうの皮をひん剝いてやるから、楽しみに待ってな!」

※文庫版収録の書下ろし掌編、やりやがったなぁ~って思いますね。

No.1361 7点 日はまた昇る- アーネスト・ヘミングウェイ 2025/06/18 21:18
短く切り出した刀削麺の様な文と会話が並ぶハードボイルド小説。 ハードボイルド・ミステリではない。
欧州大戦後、英米人の若者男女が休暇でフランスとスペインへ出向き、外国人として享楽と混乱の時を過ごす。
主役の男子は戦争で身体に或る象徴の様な障碍を負っており、これがために生じる、準主役の一人である(奔放とは違う)淫蕩な女子との文学的なほど特権を帯びた関係が、この小説の核かも知れない。

「あたしとあなたとだったら、とても楽しくやっていけるはずなのに」

躍動する人物描写もさることながら、風景や建物、部屋など静物系描写の活きが良く、ありがちな退屈を全面排除している。
中でもスペインの祝祭の描写は素晴らしい。 喧しい音声がずっと聞こえ、匂いも映像もずっと色鮮やかだ。
物語の途上のような、むしろストーリーのワンカットのような、だが狙いすまして希望が解き放たれたようなラストシーンが、とても良い。

(主役へ) 大丈夫だ。 君が既に悟っているように、人生は愉しい事とそれへの予感とではち切れんばかりだ。

No.1360 6点 梅雨と西洋風呂- 松本清張 2025/06/14 21:34
何たる挑戦的タイトル! 清張らしくないタイトル! 変なタイトル!
この取り合わせは一見「セーラー服と機関銃」や「セックスと嘘とビデオテープ」の様に無関係ぽい単語を並べた風ですが、実は梅雨も西洋風呂も「◯◯◯」という、当たり前すぎて気づかない共通点があるのですね。 そこあまり追及するとネタ◯レになるのでやめときます。

「ぼくはな、人と話をするときは、相手の瞳(め)をじっと見とるよ」

癖のある、男が二人、主役級。
主役は、地酒醸造・新聞発行・市会議員と三足の草鞋を履いてダークサイドを闊歩する男。 彼が経営する地方新聞社に未経験で飛び込んで来たのが、もっさり男の準主役。
与党内野党のような、だが保守内革新とは違うスタンスの議員でありつつ、新聞で恐喝まがいの広告取りも行う主役は、件のもっさり男が人好きの良さと意外な如才無さでみるみる仕事の腕を上げたのを幸い、新聞編集は彼に任せ、自らは政敵追い落としと偶然出遭った若い女との情事に奔走する(外から見ていちばん肝腎なお酒はちゃんと造っているみたいですよ)。

「どうだな、××君、目先のことよりも、遠大な戦略というものを考えてみんかなア。・・・・・・」

そこから先は・・・気付けば瞬殺のファストボールサスペンス。 社会派を匂わすパーツは使っとるが、社会派ではない。
どこまで(ミステリ的に)カマトトぶってんだ、とニヤニヤ心配してたら唐突に核心突いて来たり、話を急にグイと前に進めたり、清張らしいストーリー捌きのレトリックが光るが、小説はいたって小ぶり。 人並由真さん言及された通り短篇になじむ類のトリックがフィーチャーされてるけど、このトリックを本当に短篇サイズに押し込んだら、よほど巧く迷彩施さないと読者には瞬殺でバレちゃいますよね。。 映像映えするいいトリックだと思いますけど。 (ネタバレ風なこというと、人間◯◯◯のワンシーンを思い出しました)

ところで私も人並由真さんと同じくカッパ・ノベルスを読んだのですが
> 初版は昭和46年5月30日の刊行
に対し、私の持っている14版はなんと、同じく昭和46年6月15日の刊行です。
つまり、刊行から半月の間ほぼ毎日刷れるだけ刷ったって事ですよね、たぶん。 ビートルズかって感じですね。

No.1359 7点 悪徳警官- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2025/06/12 22:10
「きみの不適格審査報告書だ」

主役 "Rogue Cop (悪徳警官)" ことマイクは街や広域のギャング達とずっぽりのお付き合いで金回りの良い、頭の切れるマッチョなハンサム・ガイ。 同じ街で善良警官を勤める実の弟エディは、大物ギャングに致命的不利益をもたらす行為を断固として遂行する意向だ。 兄に言わせりゃ本末転倒も甚だしい弟の決意を翻させ、風前の灯となったその命を救おうと兄は、弟のガールフレンドやギャング達との連携に駆け引きを保ちながら、弟とギャング双方の説得工作に奔走する。

「だからといって、きみにだけその権利を独占させるわけにはいかんよ。 この町にはエディの兄弟が五千人はいるんだからな」

物語も半ばに差し掛かった頃、重大事件が起きる。 その真相と背景を暴こうと捜査を進める中で、悪徳マイクの内面にもどかしい変化が現れ始める。 ずっと憎んでいた亡父。 亡父の家に住み続ける弟。 ちょっとしたビルドゥングスロマンかと見紛うこの変化こそ、本作の太い柱の一方であり、もう一方の柱である事件の謎解き明かしとは鎬を削った闘いを繰り広げる。

「あんたたちがおしゃべりをしているあいだに、やつらは (中略) 次は (中略) その次が (以下略) 」

斬れるロジックに胸ぐら掴まれるシーンがある。 生死やら準ずる何やらを賭けた決死推理の煌びやかなこと。
クリスピィな嘘吐きの応酬が素敵。 警察同僚たちとの会話や良し。 特に、目上感こそ薄いが頼りになる上司。 早朝の仕事を見せつけられるスリルもあった。
神父との再会のシーン、その会話は沁みた。。。。 そして何かが心地よく緩む、ナイスなエンディング。

文体と言い、事件解決の経緯と言い、ハードボイルドミステリより警察小説の気配が強いが、何故かここはひとつハードボイルドと呼んでやりたい心だなあ。

No.1358 9点 魔眼の匣の殺人- 今村昌弘 2025/06/09 19:21
「ハウダニットにはあまり興味がないんですよね。 犯人がどうにかしたことに変わりはないのだから」

其々の経緯あって、予言者老女が住むと言う『魔眼の匣』なる館(施設?)に辿り着き、外部から遮断された状態での寝泊まりを強いられた、数人の男女。 古くからの「予言」に拠れば、館到着の翌日から数えて二日の間に男・女各二名、計四名がこの地で死ぬと言う。

キャラクター書き分け良し。 ユーモアは好みじゃない。 予告死人枠の趣向は、意外な被害者発生を期待して良いものか ・・・ そう来たか ・・
完全な密室を構成する閂だの完全なアリバイだの、聞こえたはずが無いだのあるだの、ミステリ国の住民たる登場人物が今さら何を言ってるんだか。 ははは。

「なにを今さら。 "ミステリ" を聞かせてくれればいい」

やがて人が死に、、 ちょっとディープな数学的論理パズルが、リアルな意味を持つ、そんな真相追究小手調べの場に早くも引き込まれた。
最終コーナー、真相暴露の場では、いよいよロジックの悪魔が襲い掛かる。 ◯◯成立経緯の機微は、それを見破った推理の暴力をさえ、柔の力で押し返した感がある。 そこへ来て××殺人の、奥深い応用編。 洞窟の深い深い所まで入り込んでおり、これには感服至極。 こっちは逆に、犯人側の事情ロジックよりも探偵側の看破ロジックの方がより熱いな。
やや薄い真犯人像の意外性など余裕で吹き飛ばす、真相暴露ロジックの目も眩む黄金メロンソーダ色の煌めきよ。 こんな真犯人絡め取り戦術は、ちょっと無いぜ。 

更に目眩しが効いて思いも及ばなかった大真相、細かくも大事なところでジグソーのピースが嵌り切らない部分もあったが、本格ミステリ小説と思えばこそ許せた。 しかしそこには高く高く設定された限界も見えた。 限界はそのうち突破すれば良い。

しかしまいったな、この小説全体通しての論理ゲームには得も言われぬスリルがぎらぎらしている。 心理のロジック、物理のロジック、ともに素晴らしい説得力と破壊力。 穴ツブシも堅調。 時計と時刻と時間の "アレ" による真犯人チェックメイトには参りましたよ。 "生活反応" なる言葉にこれほどのミステリ的殺傷性が付与されるとは。。 ささやかな誤認トリックが、結果的に大きな光を放ったな。。
結末近くに至り、傍点が目立つが、傍点無しのフレーズにさえ傍点を振りたくなる箇所がいくつも見当たった。 それだけロジック決め技の群れが濃厚にしてハードアタックな勢いを見せつけて来るのだな。 引用したくてたまらないがどうしても出来ない必殺フレーズの目白押しだ。

特殊設定の使い用も相変わらずドンズバ。 シリーズ次作へと繋がる大ネタも刺さった。 んでまた最後の一パラグラフ、最後の一文が!!
大山誠一郎氏の解説には賛同のみ。 登場人物が少ない事に決定的な意味があるって、その通りですね!
ぷちレコードさんの評された
> ミステリの名探偵はなぜ、警察を待たずに関係者を集めて犯人を名指しするのか。クライマックスでは、パロディとして扱われることの多いこんな疑問に対しても、本作ならではの回答をぶつけている。
本当にその通りと共感いたしました。

個人的には「かなりイイな」と思った『屍人荘』を大きく上回り「相当ヤバイな」クラスの評価となりました。 惜しくも9.0は越えませんでしたが、8.8相当の9点です。

"この先の未来は、まだ予言されていない。"

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斎藤警部さん
ひとこと
昔の創元推理文庫「本格」のマークだった「?おじさん」の横顔ですけど、あれどっちかつうと「本格」より「ハードボイルド」の探偵のイメージでないですか?
好きな作家
鮎川 清張 島荘 東野 クリスチアナ 京太郎 風太郎 連城
採点傾向
平均点: 6.70点   採点数: 1377件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(59)
松本清張(55)
鮎川哲也(51)
佐野洋(39)
島田荘司(38)
アガサ・クリスティー(36)
西村京太郎(35)
島田一男(28)
エラリイ・クイーン(26)
F・W・クロフツ(24)