皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
斎藤警部さん |
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平均点: 6.70点 | 書評数: 1355件 |
No.1355 | 8点 | ブラック・ダリア- ジェイムズ・エルロイ | 2025/06/01 23:59 |
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"私はリーが本当に声をあげて泣き出さないうちに家をあとにした。"
こりゃあ持って行かれる。 じいんと痺れます。 ド頭から引き込まれる文章。 意外とユーモアたっぷり。 WW2戦後間もないL.A.で実際に起こった若い女性の惨殺事件にフィクショナルな傷だらけの解答を与え、同時に作者自らの半生の暗黒との決別を試みた(?)、頁数以上に分厚い一冊。 何より読者を迎え撃つ謎の分厚さ、その圧の強さが凄い。 元ボクサー同士の警官二人と、周囲をかためる警察や検察、犯罪者に貧民に富豪の面々。 割り切れない男女関係。 主人公の相棒の失踪譚に象徴される、遠くまでよくよく伸びるストーリーは夢のように入り組んで意識を揺さぶる。 ある地点からは時もたっぷり流れ、物語容積の壮大さに想いを馳せれば快い窒息感が空から降りてくるようだ。 ”それは、耳にしたくない墓碑銘だった。” 大まかに、前半の明るさから、後半の暗さへと推移。 作者の絶えずがっしりした筆圧には安定より強迫が先行する。 グロは本当にグロい。 狂気は本当に狂ってる。 ラジオや生演奏のビバップに救われるシーンはいちいち沁みた。 軽いストーリーネタバレになるかも知れませんが ・・・・・ 最終章に入る間際から、急に主人公のヒーロー性が薄れて行くのが気になった ・・ と思えば、いつしか狂気のヴィランへと変貌 ・・ そこからまた急旋回でダーティーヒーローに立ち返り、人間と人生とを取り戻す。 某人物が最後まで主人公を裏切らないのはとても良かった。 実はxxxxってことも充分あり得るわけだし。 その人物がいちばん好きだな。 ”私たちはみんなそろって敗れた。” ・・・・ tider-tigerさんもおっしゃる様に、エンディングにはちょっと唐突なくらいの甘さが闖入して来たように見えます、 作者の個人的な執筆動機を完遂するために、ここで主人公とストーリーを奈落の底へ突き落すわけには行かなかったのでありましょう。 |
No.1354 | 5点 | 殺人現場は雲の上- 東野圭吾 | 2025/05/26 11:51 |
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「ビー子、ちょっとやりすぎじゃないの」
「ビー子 ・・・・・・ あなたこんなところで何をしているの?」 タイトルを裏切り、航空機内で殺人事件が起こる話は一篇も無い(って言うとネタバレか?)。 雲の上はおろか地上の機内でも殺人は起こらない(これもネタバレ?)。 もし本短篇集が掛け値なしの面白本と評価されていたら、この点は瑕疵だとか羊頭狗肉だとかイチャモンの定番になっていたに違いない。 何もかも細長いエー子、何もかも丸っこいビー子。 性格も容姿も知能(?)も対照的な二人のデス(と言ったらヤングのみんなに通じなかろう)が国内線周りで起こりまくる不審事をきっかけに、警察と協力して次々と事件を解決する。 中には殺人含む刑事案件も多いが、半分くらい(?)は日常の謎範疇。 このへんも明瞭に書き過ぎるとネタバレになる。 まあふわふわした話が多いけれど、それなりに締まったミステリ要素があり、退屈せずにスッスッと読めました。 ところで、ズンドコ型のビー子はいいとして、優等生で優しいエー子にもう少し個性が光っていたら良かったですね。 どこか思考回路に難があったり、ツンデレだったり、いい意味で発達障害の疑いがあったり的な。 さていよいよこれから真相明かされるぞって時に、普通こういうほのぼのミステリなら起伏少なくさらっと行きそうなところ、何が何だか分からなくなるよな惑わせ目眩しの強いダズラーが襲う(起承転結の転が二回来る感じ)、という傾向は在るようだ。 そこに俺の東野の踏ん張りが感じられる。 そいや意外な、二つの視点で "見えないxx" が登場する一篇があった。 激しいクロージングと優しいクロージング、それぞれに熱い二篇もあった。。 5.4の合格点! ステイの夜は殺人の夜/忘れ物に御注意ください/お見合いシートのシンデレラ/旅は道連れミステリアス/とても大事な落し物/マボロシの乗客/狙われたエー子 全七篇の中に、"敵を欺くには味方から" 趣向の光るアツい一篇がありました。 そいつがマイベストです。 実写化するなら中島歩に出演して欲しい。 |
No.1353 | 7点 | 『クロック城』殺人事件- 北山猛邦 | 2025/05/24 13:50 |
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「切り札を隠している場合じゃない。 世界が終わるまで、あまり時間はないんだぜ」
超巨大太陽黒点の影響で磁気嵐に晒される地球は、世界中の電子機器を壊滅的に狂わされ、更には異常気象、暴力の横行、テロと戦争の頻発を経て人類滅亡へのカウントダウンを始めた。 聞いたような話だ。 世界レベルでの警察機能停止を後目に、カタストロフ阻止を目指し闘う武装組織と聖人組織(?)とが鎬(しのぎ)を削る。 そんな中わざわざ「探偵業」を営む主人公は、事務所を武装組織に破壊された或る日、『クロック城』と呼ばれる奇~妙~~な邸宅に住む娘から護衛の依頼を受ける。 探偵には助手のような、彼女のような、実は存在していないような、謎の多い "幼なじみ" が随行する。 荒唐無稽のようでしっかりした雰囲気づくりが良い。 意外と登場人物が多い。 写実的RPGの映像が浮かぶ物語は、高いリーダビリティと、ダブル首無し屍体の発見とを道連れに、スイスイと進む。 「世界の終わりについて、興味がありますか」 「ない」 ところがだ、真ん中あたり、急に絵空事の退屈が襲って来た! 特殊設定のムードやロジックに慣れてしまったせいか? だが、頑張ってもう少し進むと再び物語興味、ミステリ興味の火が灯った。 そこへ来て更に "幻のような" 存在か 。。。? 一方で、だんだん萌え萌えパラダイスみたいな傾向が(このへんは歓迎する勢とマユヒソ勢とに分かれそう)。。 いつの間にか後半も後半のいいあたり、主役級二人の別行動がそれぞれいい感じで、報告業務が淡々とクロスする、そこに宿るミステリのときめき。 連続殺人のタイミングにも、ちょっとした意外性が煌めいていた。 「やっぱり、十分ずつずれた時計は重大なポイントだった」 ← これ・・・・ なー~ーるほど、こいツァ~紛れも無い、物理的物理トリックの錦の心意気を感じるわ ・・・ 何処となくボードゲームで "そういうの "無いのかなと考えちゃった。 しかも、そこにぶつかって来るフーダニットには、"心理さえ" 物理で扱えてしまう、おそるべき裏付けがあるわけだ(!) やはり、終結部の心動かす躍動ったらねえよな。。。 クラクラする意外な "探偵役" 興味には、最後まで割り切れない所が残るのかな。。シリーズ物でもないのに。 ◯◯要素の微妙な伸びしろもある。 罪な小説だ。 ”君は死んだんだ。” 皆さんおっしゃる "頭部切断" にまつわる理由の狂った斬新さにはほんと、真夜中の闇空に向けて 「キチガイーーー!!!」と叫びたくもなりますよ。 人面壁(!!!)のこれまたあまりに狂った、物理的にも心理的にも気色悪い(!!)トリックの方も・・・・ しかしだね、そこらのふつう人間とはじげんが違うはずの "あの人" が語る事件の解読が妙にふつうの人間ぽいつうか、カックン歯がゆいセコさ充満で、そこはギャップ萌えとも行かず、ちょいとさめました。 それでもすぐにまた話を盛り返してくれる作者の筆の底力は頼もしかったです。 何気に「ホッグ連続なんとか」のアレに通じる心理トリック要素とか、「翼あるなんとか」のアレに通じる◯◯とか、ありますね。 それとやはり、ご指摘の方がいらっしゃいますが、ルパンのアレにインスパイアされた可能性はあるかもですね。 フォーレのレクイエムのメロディって、いったいどこの部分を唄っていたのか、少し気になりました。 |
No.1352 | 7点 | ビブリア古書堂の事件手帖4- 三上延 | 2025/05/22 09:55 |
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『いいえ』
彼女はかたくなに言った。 『大輔さんの方がいいです』 長篇もぜんぜんイケるでねえだが~。 いい意味で短篇感はありるれど。 そいや先行の短篇群も、いい意味で掌篇感があった、かも、ちがうかも。 と言うわけで日本を代表する巨乳ミステリも2011年大震災の時を経た。 どちらも○○○○○○○○○○、などと不謹慎な事を言っている場合ではない。 栞子さんの "お母様" と縁のある "わけありさん" より、彼女が所有する膨大な亂步の書籍群(全て初単行本の初版!)を放出する代わりに、或る "特殊金庫" を破って中身を取り出して欲しいとの依頼が来た。 彼女を囲っていた "旦那" が "特殊金庫" を開ける長いアナログ・パスワードを設定している筈だが、彼は既に他界している。 ”旦那” の息子夫婦やその子供たち、更には "旦那" の亡き父の新旧エピソードを引き出し "金庫破り" へと挑み掛かる栞子さんの前に、彼女が蛇蝎の如く嫌う "お母様" が現れた。 「・・・・・・ 題名、違うんですね」 障碍の種類やら、電話の種類やらに左右される手掛かりの機微。 時の流れ過ぎと、疑い巡らせ過ぎの機微。 "覚え書" のおそるべきトリック、どうりであの・・(これ、実生活でもあったなあ、たしか..) ある施設/インフラの影響。 オマージュとメタ・オマージュの効用。 何より「男と女」ならぬ「男」と「女」の・・・・ そして "口笛" 。。 常道にして王道の××トリックも堂々たるものだ。 或る重要人物の "過去のあやまち" に随~~分引っ張られたものだ。 栞子さんの質問に宿る不可解興味連打はなかなかに強力だ。 最終的に、話の底が広がったよねえ。。。 こりゃあ我が父が本シリーズに嵌ったのもあながち乳のためとも言えないはずだ、チッチッ。 「・・・・・・ 母です。やられました」 もし仮に "エピローグ" が無かったら、最後の台詞の発話者が誰なのか、気になったよねえ。。 ムッと匂って来そうな参考文献一覧には押されるやら、笑うやらでした。 あとがきに "この物語もそろそろ後半です。" なんて、淋しいような、期待を持たせるような告白文を見つけましたよ。 |
No.1351 | 6点 | ヒッコリー・ロードの殺人- アガサ・クリスティー | 2025/05/20 09:18 |
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ビートルズで言えばペニー・レインの様な、あるか無いかのゴーストイントロを経て直ぐ本題に入る、話の早い長篇。
ロンドンはヒッコリー・ロードに建つ学生中心の寄宿舎は、男子棟女子棟の二つに分かれているが互いの交流もある。 この寄宿舎で男女棟をまたぎ奇妙な連続盗難事件 .. 電球やら靴片方やらホウ酸やら、時には高価な宝石やら .. が発生する。 寮母さんの妹は "秘書" を生業としており、その雇い主がエルキュール・ポアロ。 話を聞いた彼はさっそく寄宿舎へ出向き、詳しい経緯を確認後「警察を呼べ」と警告するが、警察介入より先に人が死ぬ。 死者は、亡くなる直前に盗難の一部を告白しており、いったんは自死と見做されたが・・・・ 「こう問いただしてみる必要があると思いますよ ーー "親友はどんなときに親友でなくなるのか" とね」 容疑者はたっぷりだ。 実質容疑者もたっふりだ。 その大半が若い学生で国籍も様々なせいか、話が実にカラフルだ。 時間に厳しそうな日本人やドイツ人が不在なのはある種 "外国人" のイメージ混濁を(ストーリー上)排除するためか? 人種PCの微妙な気遣い/気遣わずも、ちょっと微妙な所はあるが、良かろう。 '55年の作で、気が抜けるおとぼけキャラにアフリカの黒人を持って来たのは、まあまあ勇気が要ったんじゃないのか。 「有色人種はみんなおたがい同志に対して嫉妬深く、それにとてもヒステリックですもの」 連続盗難事件の込み入ったようでシンプルなような不思議な真相は面白かった。 連続殺人のタイミングに凄味があった。 メンタルマジックのような小味で斬れるアリバイトリック良し。 宙に消えた◯◯◯◯は、そこにあったのか・・・ 事件の背景は割と早々に見え隠れし始めるにも関わらず、終結ぎりぎりまで隠匿されやっと明かされるこの真犯人意外性は、◯◯回って何とやらと言った所か。 何故だか大型真相暴露の衝撃は控えめだが、その隙間を埋める含蓄は深い。 きちがいは、そこにいた・・・・ 「ほう!」 ポアロは長いため息をついた。 彼はさらに、べつの封書を開けた。 若者らしい青いラヴストーリーは結局、ミステリの中の捨てサブストーリーとして押しやられた感が強いけど、私は、記憶に残してあるぞ。 だいたいこのラヴ要素あってこその全体トリックなわけで ・・ おっと、喋り過ぎは禁物だ。 真相の中でも特に残酷な、或るファクターは、エンディングのとぼけた柔らかさが宥めてくれたようです。 一連の盗難事件そのものに関し疑問符が付く点については、虫暮都さんの解析に大いに賛同しました。 |
No.1350 | 7点 | 氷壁- 井上靖 | 2025/05/18 23:25 |
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「毅然としていろ、毅然と」
穂高の『氷壁』に滑落死を遂げたのは、主人公の山の親友。 三十を出たばかりの独身青年である二人の間には、二人の女性が介在する。 (親友の死の時点で)一人は主人公がつい最近知り合ったばかり、もう一人は近い将来に知り合う事となる。 一人は親友ときわめて微妙な関係だったが、やがて主人公とは更に微妙きわまりない関係となる。 もう一人は親友とごく親しい間柄で、やがて主人公とも親しくなり( .. 以下略 .. )。 親友の死の真相を巡り、マスコミをも巻き込みながら展開する、ちょっと社会派の匂いも漂う長篇。 疑惑の積み重なりは不思議と穏やかで、サスペンスの風も意外におとなしいものだが、衒いのない誠実な文章で綴られる、その中心に知人の疑惑の死を置いた男女の物語は実に吸引力が強く、可読性は高い。 「神よ、おれは嘘は言わなかった! ーーこれは男の臨終の言葉だ」 口が粗く、喰えない奴だが頼りになる、ちょっと阿部サダヲっぽい支店長の存在が光る。(新聞連載時の挿絵を集めた『氷壁画集』に依れば、見た目は随分異なるようだが) この人は本当にいい。 主人公の物語上の後見人であり、コミックリリーフであり、最後までずっとキーマン。 「探偵小説なら、いろいろな考え方ができるということを言ったまでさ。ーー 冗談だよ」 ◯◯◯というキーワードでこれだけ社会派ミステリのポテンシャル側に引っ張っておきながら、着地点は意外と人間ドラマの領域に寄っており、◯◯◯の存在がちょっと浮いてしまった感がある。 その割り切れなさこそが小説の奥深さ、とも言えないような気がするが、小説の魅力は充分にあり、いつしかそのへんの靄もすっかり消し飛んでしまっている。 「彼を素直に信じられる、われわれだけで彼を偲びましょう」 或る人物の死を知らされに赴く短い時間の描写、とても良かったな。。 それと最後の一文が美し過ぎて、キラキラし過ぎて、もうだめだ。 重複になるが、なんて美しい(ハードボイルド寄りの)エンディングだろうかと思う。 |
No.1349 | 6点 | 地下鉄サム- ジョンストン・マッカレー | 2025/05/13 16:50 |
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“本格推理小説の合い間に、ユーモア味あふれる絶妙な連続推理コントをどうぞ!”
と古い創元推理文庫の見開き惹句には書いてあるが、たしかに二百ページ足らずの本短篇選集は、勢いで一気に読んでしまうより、何かの折に一篇ずつゆっくり読む事が推奨される。 実際、この本はしばらく放っておいていいかげん恋しくなって来た頃を見計らって次の一篇に目を通す、というやり方がとても良い。 また “本格推理小説の合い間に” と明記されてある以上、これは文字通り本格推理小説と本格推理小説の間に挟んで読むのが望ましいのであって、仮に本格以外のミステリに手を出した場合、たとえば本格度50%くらいのサスペンス小説、同じく30%くらいのハードボイルド小説と続けて読んだのなら、次は本格度20%くらいの冒険スリラーで残りの穴を埋めて、そこでやっと本書の次の一篇に目を通す資格が生じるというものだ。 また、前記の冒険スリラーを読むべきタイミングでうっかりコテコテの本格推理小説を読み始めてしまった場合は、一気に読破してしまうと合計で本格度180%になってしまうので、この問題を回避するに当たっては、例えばその本格推理小説を五分の一だけ読んだ時点(諸君、ここでちょうど本格度100%になる計算だ!)でヒョイと「地下鉄サム」に乗り換えて(地下鉄だけに乗り換えて)、一篇だけ読み終わり次第、したり顔で本格推理小説の方に立ち戻る、といった策が挙げられよう。 他にも色々なやり方が考えられるだろうから、各自自覚と責任を持ってフレキシブル且つセクシーにグローバルに対処していただきたい。 本作は、NYC下町の地下鉄専門スリ “地下鉄サム(Thub-way Tham)” と “クラドック探偵(警察の人です)” が毎回ゲスト(?)を迎えて繰り広げる明るいドタバタ犯罪劇。 ほんのささやかなミステリ風味を浮かべた掌編に近い短篇たちはいかにも昔のミステリ雑誌の彩りと呼ぶに相応しく、手を変え品を変えのアイデア勝負は稚気とさり気ない覇気に満ちています。 翻訳が異様なほどスムーズにこなれているのも特筆したい。 まるで実は最初から日本語で書かれたかの様だ。 運よく見つけたら読んでみて! サムの放送/サムと厄日/サムと指紋/サムと子供/サムとうるさがた/サムの紳士/サムと名声/サムと大スター/サムと贋札/サムと南京豆(ピーナツ) |
No.1348 | 6点 | シカゴ・ブルース- フレドリック・ブラウン | 2025/05/09 09:30 |
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この読後感! 明るくてさびしくて楽しくて。 かなりやばい事ウヤムヤにして。 シリーズ一作目にして処女長篇は '色々あって' 上々の滑り出し。
「あの男はバカじゃないが、正直者でもない。 そうかといって 'げす' 野郎でもない。 あれがちょうどいいんだ」 シカゴ酒場街の裏通りにて撲殺死体で見つかったのは、給料日の印刷工、ウォレス・ハンター。 その息子で18歳のエド・ハンターは、ウォレスの兄で(エドの伯父に当たる)見世物興行師の '訳知り' アンブローズ・ハンターを頼り、父の死の真相解明に向け困難の道へと足を踏み入れる。 エドには義母のマッジ・ハンター(父の後妻)がおり、その娘にはガーディ・ハンター15歳がいる。 ハンターだらけの狩猟大会が始まりそうで、日本の某人気マンガ/アニメをも思わせるが、伯父のアンブローズがアムおじさんと呼ばれる所などは、もっと有名な日本の絵本/アニメを髣髴とさせなくもない。 アム伯父がカネを攫ませた(!)刑事や、事件現場近くの酒場のおやじ(こいつ何か隠してる..)、容疑者と目される地元のギャングとその手下/情婦等がぞろぞろ登場し、伯父の口から父の予想外に色彩豊かな遠過去が語られ、やがて伯父も知らない◯◯絡みの近過去が明かされ、更には・・・!! この事件真相には ァレッ.. と思う方もおいででしょう。 わたし的には、優しすぎる男の優しすぎる愛情物語としてそっと胸のうちにしまっておきたい '或る真相' です。 それにしても、エドの '心変わり' を経てのラストシークエンスは本当に素晴らしい。 心に残ります。 "ぼくはいきなり泣き出して醜態をさらさないうちに、駅を出た。" いわゆる英語邦題の 'シカゴ・ブルース' は、マディ・ウォーターズらの音楽とは無関係です。(但し音楽、特に或る楽器は大事な役割を果たす) シカゴの街に沈滞する憂鬱という事のようですが、それにしては、ちょっとカラッと明るすぎる文章肌触りではありますね。 原題は 'THE FABULOUS CLIPJOINT(絶世ぼったくりキャバレー)'。 これもシカゴの街を意味しているようです。 1947年の作だから、シカゴがまだ全米人口第二位(L.A.の二倍くらい)の特大都市だった頃。 |
No.1347 | 7点 | 炎蛹 新宿鮫V- 大沢在昌 | 2025/05/06 00:22 |
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鮫は飲み物。 読破の瞬殺感ったらねえ。 本作特に。
"彼も彼女もおかまは大嫌いだ。 ホモも嫌いだ。" 深夜に三極ぶつかり合うオープニング最高。 キャラ立ち良い登場人物大量投入され、大分して◯つの犯罪(的)事象が並列で描かれるが、意外とスリルの相乗効果が見当たらない。 まして一つは国家規模の大惨事に直結する案件にも関わらず、なんとも緊迫感が無い。 そのくせ面白くて頁がスイスイ進む。 これはいったいどうしたことか! だいたい話が明る過ぎねえか? 善人側(?)の人と人との関わりが、わざわざこの手の小説で描くまでないほど平和で軽やかでないか? 甲屋さん(この人イイ)、やっと見つけた大事なアレを抱えておきながら、日本の近未来を賭けてまでそんな軽はずみ(?)な事するか!? 謎視点×2が間歇的に挿入される叙述ギミックは魅力あるが、最後に叙述トリックとして大爆発事故を起こしてくれたら更に良かった ・・・ だがしかしやはり、この見逃せない手放せない面白さは7点(6.5点以上7.5点未満)の一線を超えている。 一読読み捨ての価値は充分にある! take5さん。 タイミングは偶然ですが、見つからずスキップされたという第5弾を私の方で読んでしまいました。 麻雀で言う「嵌張ズッポシ」みたいな感じです。 |
No.1346 | 4点 | 猟奇の果- 江戸川乱歩 | 2025/05/03 11:13 |
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「ぼくはその口止めをするために、あの人に殺されることにしたのです」
拭いきれぬ疑いは或る人物の胸元へと注がれた。 だが、その人物とは誰だ? 主人公は猟奇に飢える有閑青年(だがナイスガイ)。 彼は或る日、友人の雑誌出版社社長(こちらも良い人)が、祭に賑わう神社にて玄人技のスリを働く現場に出くわす。 友人は覚えが無いと言う。 その後もドッペルゲンガー的事象が立て続けに起こり、有閑青年は愉し怖ろしの不可解猟奇世界にぐいぐいと吸い込まれて行く。 美しい妻をも巻き添えにして。 いつの間にか話は大きく膨らんで行き、その裂け目から光が漏れる様に、●●を揺るがす予想外の兇悪事件が連発する。 「快楽っていったいなんだとおききなさるのですか。 それはいまにわかります ・・・・・・ 」 うむゥ、前編|後編と分けた構造(後編からアケチコ登場)はなかなか唆るものがあったのだがなあ。 表題からだんだん離れて行くよなストーリーを、最終盤でギュッと表題側に引き寄せる展開にはちょっと感心もしたのだがなあ。 結局、ある意味そのまんま? 壮大な大風呂敷も風に煽られグダグダに?? なんかそんな風。 犯人(●)●●には何気に結構な意外性がありましたが、それを以てして、このバランス崩れた平板さを覆す事は出来ませんでした。 乱歩さん、しっかりやりましょう。 |
No.1345 | 5点 | ベスト・ミステリ論18- 評論・エッセイ | 2025/04/30 00:10 |
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13人の筆者による、過去のミステリ論/エッセイ×18篇のアンソロジー。
中では、ハメット某作のモデルとなった街の訪問記(+α)小鷹信光「ポイズンヴィルの夏」に何ともブルージーな空気が満ちており、実に素晴らしい。 法月RTRによるPクェンティン話(略史含む)にはマジカルな癒しの効能があった。 トリをつとめる若島正によるクリスティ”SDI (ATTN)” への考察は明確な目的の下に迷いのない論旨の展開が良い。 ○○トリックの世界では重箱の隅さえ広大な空間を有しているというミステリ幾何学の妙を再確認させられた。 中には、あなたミステリや小説が好きだから読むんじゃないですか? と疑問を呈したくなるような、筆者とミステリの間に仲裁に入りたくなるような筆致のものもいくつかある。 どうせ腐すなら坂口A吾のように懐深い余裕を持って、或いは都筑M夫のように余裕ある機転を効かせて愉しくやって欲しい。 まこういう本の神髄は上級者向けのお遊びって事なのかも知れませんが、私のような素人にもきっちり面白く読むことが出来ました。 滋味のある、いい話がいっぱいありました。 'ミステリよりおもしろい' はどうかと思いますが。 |
No.1344 | 7点 | マーチ博士の四人の息子- ブリジット・オベール | 2025/04/27 18:37 |
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金持ちの息子と、家の使用人との間で交わされる、非対称の往復書簡、ではなく往復書簡 "もどき"。 この「息子」が、タイトル通り四人いる内の誰なのか、「使用人」(こちらは唯一人)にも読者にも分からないのがミソ。 「息子」の日記の中では過去、現在、未来の悍ましい猟奇殺人が語られ、いずれ「使用人」の命をも狙う旨、日記の中で「使用人」に向け宣告される。 日記を盗み見た「使用人」は自分でも日記を付けており、その中で「息子」を特定し陥れるための策を練り、恐怖や嫌悪の感情を吐露する。 日記どうしによる往復書簡 "もどき" の途上には喧しい脱線もあるが、その割に話は淡々と進み、スラスラ行けてしまう。 それでも敢えて時間を掛けて読んだ方が、結末に感心出来そうだ。 どうしても読書から離れられない中毒の人は、小説以外の本と並行で読むのが良いかも知れん。
サスペンスはさほど強く醸造されていないと思う。 が「息子」のナスティな胸糞っぷりが実に堂に入っており "十日ほど拷問に掛けてじっくり苦しめて殺してやりたい男オヴザイヤー" の堂々有力候補で、そのあたり心を揺さぶる重要要素とは言える。 が、終盤へ近づくにつれ "もしかしてコレ、アレ系のありがちな真相だったりして・・" との予感も過った ・・・・ しかし、予感は見事に覆されました。 単純なアレのソレではない、かと言って仕掛けが複雑過ぎてちょっと褪めるような類でもなく、ミステリの事象としてちょうどヤバい絶妙な所をシンプルに突く、だが読後の感情として複雑なものが生成される、ちょっと(まさかの)文学な風味の混じる、素敵な結末でした。 "もうこの日記に書くのはいやになった。 何もかもいやになった。 ぼくは気分を害している。 すごく害している。 おまえたちなんか、大嫌いだ!" そいや前述の "アレ系のありがちな真相" については、「日記」の中でメタなジョークっぽく語られてもいたな。 |
No.1343 | 5点 | 櫻子さんの足下には死体が埋まっている - 太田紫織 | 2025/04/23 13:57 |
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舞台は旭川。 櫻子さんはお屋敷にばあやと二人暮らし。 少年は海のものが好き。
プロローグ 別に・・ 第壱骨 美しい人 少年の母が経営するアパートの一室にて異変との通報。そこには「美しい人」が住んでいる。 .. 随分あっさりとアノ疑惑を晒すんだなと思ったら、そういう事だったか。 人が●んでるにも関わらず、日常の謎に産毛が生えたくらいの感覚、良くも悪くも。 探偵役「櫻子さん」がこれほどまで「骨」にこだわって蘊蓄披露も熱いのに、事件解決に「骨」がまるでカスりもしないのは変だ。 キャラが徹底してアレな「櫻子さん」の笑顔だけは飛び切り可愛いって、まるでリアリティがひん曲がって潰れている。 ニコリともしない国枝桃子の方が20倍の肉体感があるし、400倍以上魅力的だ。 まあいいでしょう。 文章、所々繋がりの見えづらい所があった。それでも読みやすい。 4点 第弐骨 頭(こうべ) 海辺にて、心中死体らしき男女が見つかる。 第壱骨と同じような感想。 4点 第参骨 薔薇の木の下 「ーーでも、xxさんの妻は私よ。あなたじゃない」 .. なんだこれは! すっかり油断していたが、本骨だけは薄~く希釈した連城スピリットのようなものが確かに検知された。 櫻子さんの友人であるマダムの家へ『降霊会』に誘われた少年。 やがて怪しげな霊媒師が登場し、霊が降り、ウィジャボードで会話を行う・・・・ う~~む、本作だけは面白いミステリだ。 事件いったん解決後の「行き過ぎた○○」による寓話のような後日談の拡がりには、通常とは顔向きの異なる社会派エレメントが見られた。 では、大泉洋(?)はどうなるのだろう、とおかしな心配もしちゃったよ。 6点強 エピローグ 別に・・ 著者の暮らした旭川の文化が自然と脳内に沁みて来るのは良かった。 それと、櫻子さんの行く末に気を持たせる一文がたしかあった筈だ。 気になった。 |
No.1342 | 7点 | 龍臥亭事件- 島田荘司 | 2025/04/20 16:41 |
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「石岡先生、白状して下さいよ、御手洗さんてのは、やっぱり先生ご自身なんでしょう?」
四月馬鹿を挟み、初春に繰り広げられる連続不可能/不可解殺人事件。 陸の孤島に建つ「館」の設計と在り様が素晴らしい。 出だしから包み込まれるのは、どちらの方向へどんな目的に縋りどんな覚悟を呑み込んで進むのかがさっぱり見えない、ストーリー進捗の魅惑。 星と月と雲、そして霧の動きのメカニズム。 渋い諸設定と、だがすぐに顔を現すバカアムールヤンチャにポレポレな進行と楽屋落ちのニヤリ。 だがそれで良い。 "探偵小説の読者は、意外なところにいるものだ。" しかしながら、こう言っちゃなんだが、途中、原稿の長さにかまけて流石に緩んだのか、なんとも締まらない幻想的退屈に襲われる(百?)数十ページもあった。 どうにも興味の淡い不可能なんちゃらに異常行為に地元警察のつまらんイチャモモ、リアリティの上滑りとミステリ興味の摩滅が何度もあくびを誘う。 「わしがここで死んだら、お宅の迷惑になるといけん。急ぐんじゃ」 某有名過去重大事件のおさらいと考察を経て明かされる、殺意の複雑な玉突き現象というか、玉突きを複雑化した殺意または動機発生の構造。 真犯人像は色々巡って何気に意外なもんだったが、時間掛けて体力奪っといて生成された大きな隙間にズドンとゴール、みたいな大味さが見て取れなくもない。 或る種の人間ドラマを基底部にドンと埋めておきながら、また或る人間●●●●トリック(或いは●●●トリック)を最後に爆発させておきながら、言うたら社会派スピリットも忍ばせておきながら、ゲームバランスなり文章バランスなり、とにかく小説のバランスは良く取れていないと思う。 だがどういうわけだか滋味と重みと広大さがある。 嫌いじゃない。 主役が涙に溺れるラストシーンは忘れ難し。 「ジケン、ナントカカイケツシタ。キミノオカゲダ」 |
No.1341 | 6点 | 神様ゲーム- 麻耶雄嵩 | 2025/03/29 23:15 |
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よしたまえ、麻耶君! 文字通りジュヴナイルと見たらコンプラのコスパが低過ぎるし、実は一般向けだと仮定したら小説ゲームバランスのおかしさが愈々目立つ。 問題作をいつもどうもありがとう。 怖るべき考え落ちの反転エンディングには唸ったよ。 “エッチ” の意味が切り替わる機微も見事だ。 全体の4/5くらい行くまでは、基本3点程度|最後うまく行きゃ4点|悪くすると2点もアリの退屈作と思っていたが、最後の1/5で跳ね上がった。 私が別作品の書評を書いてる間に、速読派の娘が横で本作とっとと読了しちゃったのは笑った。 ほんとにこれ読んでる児童の実例が目の前に現れるとは・・
私の読後のモヤモヤを見事な言語化で搔っ捌いてくれたレッドキングさんの書評に感謝します。 |
No.1340 | 8点 | 死せる魂- ニコライ・ゴーゴリ | 2025/03/23 00:26 |
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“街中で聞きかじってきたような俗語を、いきなり本の中へ叩きこんだからとて、それは作者の罪ではなく、むしろ読者が悪いのだ。第一に上流社会の読者がよくない。”
“どんな名前を考えついても、必ずわが帝国のどこかに、実際そういう名前の人がいて、ありがたいことに、その男は、かんかんに腹をたて、あいつ( 中 略 )作者はしかじかの人間で、これこれの外套を着ており、アグラフェーナ・イワーノヴナのところへ立ち寄ったとか、あいつは食いしんぼうだなどと( 後 略 )” Oh, those Russians .. オラは、ロシアのどんな細道もハイウェイも歩き回って、元の地点に立ち戻った気になっただよ。 そうさ、この本はいつまでもだらだらと読んでいたくなる、ユーモアとロシア風箴言なり警句なり諦観には事欠かない、田舎蕎麦の様な大長篇。 妙におぼこい所のある(ように見える)人たらしの主人公 “チチコフ” が、ロシア各地を渉り、次回の人口調査まで戸籍上は生存扱いの、だが実際はに死んでいる農奴(=余計な税金の発生源)を、慈善の心から(?)、財力的にはまちまちの地主共から貰い受けよう/安く買い取ろうと旅をする。 そんな法的に際どい行為を繰り返して、いつか当局に密告されたり、告発を受ける危険は無いのか、そもそも “チチコフ” の目的はいったい何なのだ・・ 「何はさて、仕事に愛着を持たなきゃだめです。それがなくては何一つ成就するものではありません。まず農業というものに打ちこまなきゃだめですーー」 「それだったら私だって金持になれる訳ですね」 とチチコフは、思わず死んだ農奴のことを心に浮かべながら、言った。「まったくの文無しから始めるのですから」 農奴の “一覧” を眺めながら、微に入り細に入りの長い妄想が良い。 ふんだんに溢れて止まぬ架空人物品評の滑稽さったらねえだね。 曲者もしっかり登場し、善意の人ともどもストーリーを掻き回してくれる。 クレビャーカだの蝶鮫だの玉子入りピローグだの根菜を煮込んだスープだのハンガリイ酒に似た上等の飲物だの、贅沢めな食事シーンの食欲を唆す事と言ったら。 花澤さんに似た名前の人とか、コシヒカリ?アキタコマチ?みたいな名前の人も出て来た、はずだ、たしか。 バープカ遊びたァいったい何だ?? <<このチチコフって男も妙な人間だなあ!>> とテンテートニコフは思った。 <<このテンテートニコフって男も変な人間だなあ!>> とチチコフも思った。 岩波にしろ河出にしろ、ミステリという範疇意識じゃないから仕方無いけど、いや仮にミステリじゃないとしても小説なのに、”チチコフ” の目的や正体について、紹介文でかなりの所までネタバレされているのはちょっと残念。 旧い古典だから許されるという認識なのだろうけど。 ところでロシア語原題 “Мёртвые души” の “души(ドゥーシー)” は “魂” と “農奴” と両方を意味する単語。 “ソウルフード” なんて言葉を連想してしまいます。 本作の第二部は、精神を病んだ作者自身が死の十日前に原稿をまるごと火にくべてしまい、草稿やメモに拠った後世の再構築努力も叶わず、とうとう中絶の形となっています。 当初の構想に在った第三部は、執筆着手もされないままだったと言います。 「ええ、そうです、自然は忍耐を愛します。 これは辛抱づよい者を嘉(よみ)し給う神おん自からの定め給うた法則です」 “ああ、ロシアよ、お前もあの、威勢のいい、どうしても追いつくことのできないトロイカのように、ずんずん走って行くのではないか?” |
No.1339 | 7点 | 白砂- 鏑木蓮 | 2025/03/12 02:08 |
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「氷川きよしが歌ったからですよ」
「氷川きよし?」 エイプリルフールを挟んで繰り広げられた、倹しい生活を送る女子大生殺害事件と、実業家の遺骨盗難事件と、どうも何か他にまだあるらしい。 「同一指紋で、二種類?」 冒頭では何者かが “愛する者” の遺骨を水上にて散骨する。 骨太のメインストーリーに、妙によく似た構造の異物が差し込まれるサブストーリー、と一旦把握していたのだが。 「酷いです目黒さん。そんなに私を犯人にしたいのですか」 夫婦を中心とした家族の愛の細やかさがさりげなく描かれるのは美点。 とてつもなく切ない真相への予感は緩やかな加速を止めない。 被害者に届いた手紙から様々な推理推測をする一連の流れ、良かった。 一方で、きれいな文章の中で謎のもっさりユーモアがプチ暴走したり、物語の静謐な闇深さにそぐわぬスチャラカ感覚を撒き散らしたり、折を見て落語っぽい方向に行ったりもする。 居心地の微妙な、なんとなく作者が不慣れそうな?ある種ドタバタ悲劇(喜劇に非ず)へと雪崩れ込む流れもあった。 おっと、この章の語り手は一体,どなたですかな。。 本作の真相開示部はなかなか一筋縄で行かないな。 一回繋がったようで、まだまだ残される違和感の金箔ワールウィンド。 あの子の父親 ・・ 私たちの秘密 ・・ 小説内疑心暗鬼の薬味を忍ばせ、NHKファミリーヒストリーを思わす多方面からの過去深掘りにはまだまだ奥がある。 「何だ、それ。ダークダックスの低音か、気持ち悪い」 「いえちょっと違います。ボニージャックスの低音です」 まさか、ありきたりの結末では ・・ と危ぶんだ心の緩みを見逃さず、最後の最後に、ミステリの弾薬が急遽供給を再開され、一斉に放射された。 目黒警部の隠し球は、著者の切り札は、しっかり在ったんだな。。 タイトルの意味合いに、まさか、そんな! プロローグと、エピローグと、そして科捜研が暴き出した、あの骨にまつわるエピソード。 繋がった。 じんわりと沁みました。 |
No.1338 | 9点 | 消失!- 中西智明 | 2025/03/08 21:08 |
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「好きなんだ」 中西智明はもう一度くり返した。
これが有名な「消失!」ですか! エイプリルフールを挿み、年度末から新年度に掛け勃発した、連続不可能消失事件!!! 消失したものは屍体、痕跡、凶器、そして犯人。 舞台は『らいつビル』の建つ地方都市。 ビル所有者は女子高生の雷津らいち。 嘘です。 目次と登場人物表、その構成がどちらも実に魅力的。 前者は数学的にも美しい。 毎章冒頭の引用文さえ、意味ありげにチルチルと頭に沁みて来る。 「あれが長イスです」 「判っています」 「なんでしたら座りましょう」 結末を知ってみると ・・・ 文にやたら傍点が目立つのは、こっそり の目眩しになっているのだな。 ギンギラギンにさりげなくとはこのことか。 他にも手を変え品を変え。 レトリックの扉は決して一つじゃない。 言うだけ野暮ながら、何気な伏線も賢く点在(線が点?)。 それにしても、どう見ても探偵役じゃあなさそうなのに、著書と同姓同名の人物がおる。 この中西智明って奴は曲者なのか、ダミーの曲者なのか、迷わせてくれるんだなあ。 「いいじゃないか、七時間に一回くらい ・・・・・・」 しかし、これが読み進めるうち、 と疑った件、やっぱり違うのか・・ いやいやいや・・・ あーーそこ、やっぱり来たかー もう三分の二過ぎたしな。。 と思えばまた。。 ま、まさか、逆・・・ だとしたら・・ このあたり、再読したらどんな気持ちになるんだろう。。 オーイエースクレーチマーァベーアッ・・ 違和感、というより疑惑直結の楔の打ち方など、最高の角度だな。 おい今の “別人” って誰だよ・・ 各事件に、ミステリ小説として怪しいっちゃ怪しいヤツが一人ずつおる。 なんとかはCCライダーってが。 そうそう、バンドのメンバー構成も実は のヒントになってるよな。 御三家プラスワン的な事象全体の構造。。 三田明。。 おお、そのナニさえも、実は絶好のギヴァウェイ、或いは・・ そこで二度目の「好きなんだ」か。。 何らかの誤解を含みかねない、或るシュ最高のタイミングだ。 心理のロジック探査もなかなかの説得力。 知っている/知らないの分岐点は見えているか。。?(誰に?) “とにかく、近ごろ思いついたマジックの中では、かなりの自信作です。これから本編を読まれるあなた、どうぞこの現象にたっぷりと困惑してください。そして仕掛けを推理してください。それからできれば・・・(以下略)” ← 著者あとがきより 何なんだ、その、逆一事不再理は! 中途、まさかの重力マックスで抉(えぐ)りまくりの蛇行展開もあった。 ひばりちゃん “東京キッド” の一節を思わせる一節には笑った。 さて、とうとう或る隠蔽事実が開示された後になお残る、たっぷりのページ群。 微量の違和感を道連れに、これはいったい・・ にしてもバラす場所はそこなのか。 ”あのワード” のネタバレ度強の伏線でもう少し引っ張っても、、と思わなくはなかった(読者のみならず、登場人物に対しても)・・ 「事件全体がウソだとかいうんならともかく(←「全体」に傍点)」 「事件がウソってことはないですよ」 【次のパラグラフ内はネタバレと言うべきでしょう】 いっやあ、アレの二段底目のほう、心底油断させられたなあ、参ったよ。 地味な密室トリックも悪くないよ。 んで、いやいやーー、最後の最強のアレは心底x2参りましたよ。 なんとかトリックも使いようたあこのことですな。 真相の風圧が強いのみならず、そこに趣きがある。 明確にアンチなんとかっぽい要素も見えたな。 あるタブーを真っ向から突き破っておきながら、喪失感やら失望感やらまるで無い(個人の感想です)。 “その晩、xxは確かに狂っていた。 “―― もう二か月、か・・・・・・” 冷徹なロジックとプラグマティズムに立脚した犯罪設計は偶然のゆらめきさえ呑み込み消化した。 なんつっても “噛み合わせ” が絶妙なのよな。 もしかしてだけど、逆トリック的な発想・企画もあったのかな。 目標に向かって驀進するエンディングも完全完璧。 色んな意味で、こりゃ ’消える’ よなあ。。 だが、何も、消えることはなかったものも、あるんじゃないかなあ。 切に思います。 文体に不似合いなほど人間臭く陰に凄烈なビハインドストーリーが明かされても何故小説のバランスを崩さなかったのか、それを語ると妖怪ネタバラシが現れるからやめておく。 ちょっとうるさい萌え要素はマイナスの対象とせん。プラスもせん。 いつまでも、兄妹仲良くね・・ “そこに、推理小説がどう変容しようとも、またどういう作品を推理小説と呼ぼうとも、推理小説が推理小説として存在する大きな理由があるように思う。” ← 山前譲氏「解説」より 嗚呼、作者あとがきの、最後のワンフレーズが、切なすぎるよ ・・・ 【↓ 最後に、これはネタバレでしょう】 この結末を知ると、その“論文” の内容というか在り方が、気になり出しますよね。 |
No.1337 | 5点 | ストリッパーの死- ミシェル・ルブラン | 2025/03/03 20:35 |
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「あなた、とってもあたし好みなのよ」
「で、写真のほうは?」 出会い頭の兇悪な一幕から飛び跳ねて、良いねえ、この空気。 若き劇作家のナイスガイが、出張先カンヌ近郊のいかがわしい娯楽場で破落戸(ごろつき)にぶん殴られたり、うっかり夜を共にしたストリッパー兼娼婦の屍体に出くわしたり、色々あって巨額の札束を抱き込んだスーツケースに巡り逢ったり、警察を敵に回してまで犯罪捜査に乗り出したり、妻とケンカしたり仲直りしたり、その妻が危機に立たされたり。。 色々あってなんとか爽やかな落とし前を付ける冒険物語。 カンでの犯人当てはアリかも知れないが、ロジックによる謎解きの余地は無い。 ミステリのゲームバランスがちょっと変だったり、拭いきれない安っぽさもあるが、言うても総じて悪くない、本格もどきスリラーの短い長篇。 |
No.1336 | 8点 | メビウス・レター- 北森鴻 | 2025/03/01 19:00 |
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“―― そういえば、何年もの間、自分には◯◯さえ許されなかったんだ。”
何なんだろうか、この燃え盛る炎は。 世間へも読者へも隠し事の多い若手小説家が追い詰められる。 彼が不快・邪魔に思う人物が立て続けに殺害され、併行して連続放火事件が起きる。 全ての事件現場に取り囲まれる場所に彼の家がある。 彼とは別の人物に宛てられたと思われる内容の「手紙」が次々と送られる。 私立探偵と警察を中心に、隙を見てドタバタに転がり込む勢いも、絶妙な境目で不快なエグ味とは縁を切っている。 「手紙」には或る高校で起きた連続不審死と、友情や恋愛に纏わる事項が述べられているようだ。 早い段階で様々な秘密や叙述に隠れたナニが暴露されてしまうが、物語の謎は一向に薄まろうとしない。 色とりどりの叙述欺瞞が次々と暴かれ果ててなお残留する、大きな謎の睥睨は最高に読者を引き摺ってくれる。 “一つ一つあたってゆけば、霧の彼方には必ず目指す人物がいる。” 主役(だよね?)が決して物語的に無敵の人物ではないという設定または仄めかしがもたらす、得も言われぬ分厚く焦れるスリル。 だからこそ、最終コーナーを回ってからこそが、とてつもなく熱く薫るのだ。 音楽教師、体育教師、それぞれの配置と××。 他生徒の親と仲良くなった生徒がいる。 ◯◯・・・? それともう一つ、妙に引っ掛かるワードがあったはずだ。 なんだったか・・・ そういやプロローグの新聞記事で語られたのは地震に関する事柄だった。 ミステリとは切れない縁の××も、そんな意外な形で絡んでいたとはな。 おっと、そこでその人物は掛け値なしに意外だよ!! 主人公と、そのライヴァル、それぞれの正体の隠し方が実に巧みで、激熱だ。 アレがソレだという類のナニは透けて見えやすいものだが、やはり組み合わせの妙、バランスの妙にしてやられたんだな、私は。 「友人の死について調べることよりも大切なことがあるとしたら、それはその人間が一生の中に本当の大切なものを持たない証拠でしょう」 見掛け倒しに終らない凝った構成と、ミステリとしてパンパンに詰まった内容。 その核心がメビウスの輪の形態を取っているのかはともかく、魅力で溢れる一篇。 8点の壁、乗り越えちゃいますね。 |