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[ サスペンス ]
開幕ベルは華やかに
有吉佐和子 出版月: 1982年03月 平均: 7.50点 書評数: 2件

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新潮社
1982年03月

新潮社
1982年03月

新潮社
2008年07月

文藝春秋
2013年12月

No.2 8点 斎藤警部 2025/07/31 17:50
「犯人に、言って、下さい。 お客に、手出しを、しないでって。 私を、殺しなさいって。」

ユーモア地盤に、粗っぽい凄みが喰いこみ、ヴァイタリティ押し寄せる文章。
‘84年に急逝したミズ・サワコ・アリヨシが晩年期にものした最後の長篇は本気の推理小説。

帝国劇場にて、かの川島芳子を題材とした史劇 『男装の麗人、曠野を行く』 が上演される。 不仲が囁かれる大物舞台女優と大物歌舞伎役者による夢の共演作だが、大御所劇作家が突然のわがまま降板。 大役を引き継いだ女性脚本家と、演出を任された推理作家(ヤメ演)が互いに反発しつつタッグを組み(二人は元夫婦)、演劇界内外の様々な厄介ごとを乗り越え、ひとまず初日に漕ぎつける。 やがて数日目の劇場へ 「主演女優の命と引き換えに二億円払え」 との脅迫電話が。 要求に応じなければ、演目の大詰め、タイトル・ロール川島芳子が銃殺される瞬間に合わせ、彼女を演じる主演を殺害するというのだ。

「僕は分かってるよ。 ( 中 略 ) 台詞言ってると情が移ってね、やっぱり大女優よ、お嬢は。 殺すのは惜しいよ、なんとか助けてやって下さい、お願いします」

ところが、ステージの内も外も話は単純に行かない。 主演の二人は台詞を憶えずプロンプター任せ、そのくせ大胆なアドリブ連発やら何やらで客席を大いに沸かせる。 一方、思わぬタイミングで客席にて観客が ‘こっそり’ 刺殺された。 主演の大物女優に文化勲章(!)授与の知らせが届く。 他方では、殺害が予告されているラストシーンを後ろに延ばすため、第二幕以降の脚本を長い長い台詞に書き直して対応せんとする脚本家と演出家(主演二人にはプロンプターが付くから凌げる)。 だが新たな被害者が発見され、にも関わらず ‘脅迫者捕縛の都合’ で舞台の演劇は続き、興味津々の熱いミステリドラマはなお続く。 本作のジャンル本籍地はサスペンスだろうが、謎解き要素の存在感も相当に高いのがミソ。

“さあ、愛、じゃございませんこと?”

上記あらすじでは書ききれない、演劇界内外の諸要素がユーモラスに交錯して読者を引っ張る。 ユーモアだけじゃない。 本当に面白い。 行き違い、すれ違いの混乱と、開き直ったような落ち着き。 脅迫者応対の機微と滑稽味。 脚本リライトの自転車操業(これが熱い!)に各方面からの犯罪が絡む。
被害者の妙。 劇中劇の妙。 犯罪の進行自体が “隠し事多い” のか、妙に謎めいている。 構成も凄いねえ凄い。 帝劇での劇中劇で描かれる民族の歴史、国の歴史、党の歴史、東北アジア史、そして個人の心や◯◯の歴史が、時に符合し、時にすれ違う様が詰まった抜群の小説構造だ。

禁じ手とも言える後出しの重要人物登場にも全く問題なし(個人の感想)という珍しいストーリー作りと、小説根性、ミステリ度胸。 謎明かしの巧みな時系列操作にはたまらないペールブルーの光が宿っている。 多くの謎とモヤモヤを抱え、何度も視点を替え、何層にも重ねた解決部分から、全てを包容するエンディングへとスライドされる、盤石の余裕。

或る殺人◯◯(または◯◯殺人)に纏わる経緯だけ、ちょっと唐突で説明不足かなと思い、何気にそこそこ減点。 それでも高評価は揺るがない。 期待を大きく上回る快作でした。
ミステリライクな人気作のある有吉さんですが、もし急性心不全で若死にしていなければ、狭義・広義問わずのミステリ作品をもっともっと書かれていたかも知れません。 時代的に、意外と連城や泡妻のライヴァルになっていたりして。 惜しまれます。

No.1 7点 kanamori 2010/05/29 22:47
帝劇を舞台に大物女優の殺害脅迫事件を描いた劇場ミステリ。
こういったミステリは役者同士の人間関係のアヤが読みどころのひとつですが、この小説の場合は脅迫対象の女優の存在感に尽きると思います。共演男優との陰湿な駆け引きとか、2億円の要求額が少なすぎると怒りだすシーンなどで引き込まれます。
犯人の設定は、女優の人物造形からある意味分かりやすくなっていますが、サスペンスに溢れたなかなか面白いミステリに仕上がっていると思います。


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有吉佐和子
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