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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.388 6点 プレーグ・コートの殺人- カーター・ディクスン 2012/07/30 09:54
先日27日に創元文庫から「黒死荘の殺人」が新訳で刊行された、もちろん早川版で言うところの「プレーグ・コートの殺人」である
”プレーグ”とは黒死病の意味なので、まぁ単に日本語表現にしただけだ
でもカー作品における早川版と創元版での題名の差異が気になったので調べてみた
「~殺人事件」と「~の殺人」みたいな微々たる表現上の違いは無視し、ある程度違いのある題名だけに絞った、左側がポケミスも含む早川版、右側が創元版である

「修道院殺人事件」、「白い僧院の殺人」
「メッキの神像」、「仮面荘の怪事件」
「妖女の隠れ家」、「魔女の隠れ家」
「死人を起す」、「死者はよみがえる」
「嘲るものの座」、「猫と鼠の殺人」
「震えない男」、「幽霊屋敷」
「死が二人を分かつまで」、「毒殺魔」

普通に考えると左側の早川版の方が文語調なので古臭く感じるはずなのだが意外とモダンな語感なんだよね
むしろ右側の創元版の方が現代語調で平易なはずなのに全体に時代掛かった感じがするのは私だけ?
乱歩調の早川版、横溝風の創元版とでもいうのかな
創元が「黒死荘の殺人」としたのは、「白い僧院の殺人」「赤後家の殺人」などと対になるという効果も狙ったのかも知れんな

内容のほうは怪奇な雰囲気と対照的に科学的なトリック、意外な犯人の設定などカーらしさが良く出ている
必ずしも作者の最高傑作とは言えないかも知れないが、作者の特徴が良く出ているという面では、カー入門偏には向いていると思う

No.387 7点 疑惑の霧- クリスチアナ・ブランド 2012/07/27 09:47
本日いや日本時間で言うと明日早朝にロンドン五輪が開幕する
ロンドンが舞台のミステリー小説なんて、キリが無くて列挙する気さえ起きないが、実は案外と邦訳題名にロンドンが付く作品は少ない
ジョセフィン・ベル「ロンドン港の殺人」は本持ってねえし、ウォーレスのは書評済で今更感有るしなぁ
おっと日本語題名じゃなくてもいいのなら1冊忘れてた、クリスチアナ・ブランドの「疑惑の霧」だ
原題は「London Particular」、直訳すれば”ロンドン名物”
ロンドン名物って?、そうまさに”霧”に他ならない
キリが無いどころか霧が有ったのだ(苦しい)

森事典でもブランド4大名作の1つに挙げられている「疑惑の霧」だが、これは惹句が誤解を招く
ラスト1ページで明かされるサプライズ、みたいに書かれているが、こんな宣伝文句じゃ何か強烈などんでん返しでも仕掛けられているみたいに聞こえるじゃないか
最後にひっくり返るとかそういう意味じゃないんだよね
ブランドらしく散々ディスカッションが行なわれ、幾つかの疑惑が提示される、でもどれも決め手に欠ける
その疑惑の霧がラスト数行で晴れる、という趣向なだけなのだ
これを肩透かしと思うか、作者の凄腕テクニックと思うかは評価が分かれるだろうが、私は後者
おそらくはミステリー作品に対して、演出効果とかに関わらず何事も100%余すところなく説明を求めるような、あるいは様式に則った様な本格派ばかりを嗜好する保守的な読者には合わないんじゃないだろうかね

No.386 6点 シャーロック・ホームズの復活- ジュリアン・シモンズ 2012/07/24 10:03
明日7月25日発売の早川ミステリマガジン9月号の特集は、”シャーロック再生” 、便乗企画としてホームズパロディを

1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年に当たる作家は意外と多い、今年の私的テーマ”生誕100周年作家を漁る”の第6弾、ジュリアン・シモンズの3冊目

英国を代表するミステリー評論家ジュリアン・シモンズは当然ながらホームズにも造詣が深いわけだが、それを実作にも応用したのがこれだ
でもそこはシモンズ、普通のパロディではない
主人公はドラマのホームズ役俳優で、現実に起こった連続事件をホームズ流推理でもって解決しようと試みるのである
プロデューサー側も俳優が事件を解決すればドラマの多大な宣伝にもなると踏んだのだが、そこは事は簡単には・・という内容
いかにもシモンズらしい皮肉なお話の佳作だが、真犯人は凡そ見抜けちゃったなぁ
動機から考えて何となくある種の分野の人間であろうって思えるもんな
やはり「自分を殺した男」よりは少々落ちるなぁ、私が読んだシモンズ作品中の最高傑作は「自分を殺した男」、次点が「犯罪の進行」だと思う

No.385 7点 シャーロック・ホームズの回想- アーサー・コナン・ドイル 2012/07/24 09:55
明日7月25日発売の早川ミステリマガジン9月号の特集は、”シャーロック再生”
今年6月に原書房からエドワード・D・ホック著のホームズパロディ集が、光文社版と同じ日暮雅通の訳で刊行されており、その関連という意味合いもあるのだろうか、ホックの短篇も掲載されるようだ

さて『回想』と言えば泣く子も黙るホームズ短篇集シリーズとしては2番目の短篇集である
つまり『冒険』と『生還』の間に挟まれているわけだ
まぁそれだけが理由ではないのだろうが、世間一般の評価はどうも地味な印象である、やはりどうしても『冒険』との比較論が無意識に入ってしまうからなんだろうと推測する
しかし私はこの『回想』が結構好きなんである

いやたしかに『冒険』と比較してしまうのは分かる、例えば「株式仲買店員」などは殆ど「赤毛連盟」の二番煎じだし、「ギリシア語通訳」は兄マイクロフト登場の特殊性を除外すれば「技師の親指」の焼き直しっぽい、しかも両作ともプロット終盤が腰砕けで「赤毛」「技師」の劣化バージョンだ
「まがった男」に至っては、腰砕けどころかそもそも謎の動物の足跡が意味を成して居らず必要性が感じられない
『冒険』の方が全体に展開がシンプルで切れ味が有るが、『回想』では一応工夫は感じさせるのだが悪い意味で複雑になってしまっている
例えば「入院患者」なども狙いは分かるんだけどプロットとしては上手く纏めきれずに中途半端である

このように欠点も多い『回想』だが、それでも何か不思議な魅力が有るんだよなぁ
回想ってくらいだからノスタルジックな回顧調とでも言うか、こういう味わいは『冒険』や『生還』ではあまり感じられなかったところで、独自色は有ると思う

収録作中で客観的ベストはやはり「名馬シルヴァーブレイズ」、私好みの地道な調査追跡場面も有るし、閉鎖空間じゃなくて屋外ものだし
一方で個人的な好みは回想テーマの1作でもある「マスグレーヴ家の儀式書」、やはり痕跡を追う調査追跡場面有りだし悲劇的な真相が雰囲気と調和している
あとは他の方も挙げられている「黄色い顔」、たしかにホームズの推理は空振っているんだけど、ちょっと『冒険』には無い味が有る、ある意味ドイルらしいんじゃないかな

No.384 6点 ハーレー街の死- ジョン・ロード 2012/07/20 09:53
気象庁は梅雨明け宣言を1週間ほど早まったのとちゃう?ところで先日7月16日にジョン・ロードが亡くなった
と言ってもキーボード奏者(いやオルガン奏者という表現の方が適切か)であり、元ディープ・パープルのあのジョン・ロードである
以前に作家の方のジョン・ロードをgoogle検索したら、ずら~っと伝説のロック・バンド関連の結果が並んだのには笑った
流石にミステリー作家にブラックモアってのは居ないな、怪奇ホラー分野でブラックウッドやブラックバーンなら居るが

さて作家ジョン・ロードと言えば、本格限定ならばミステリー史上の最多作作家である、もちろん非本格分野ならばさらなる多作家はざらに居るが、本格だけで多作するのは難しいのだろうか
しかしその割には邦訳刊行されて現在入手容易なものはたったの2冊、クラシックミステリーマニアには未訳作の翻訳作品要望が最も多い作家の1人である
それでもその2冊「見えない凶器」「ハーレー街の死」は作者の中では比較的に定評のある2作なのが救いだ
「見えない凶器」はトリックはお粗末なもののプロットに工夫が凝らされた佳作だったし、「ハーレー街」は発想のユニークさが光る
その発想とは、自殺でも他殺でも事故死でもない第4の可能性だ
とすると病死か?、なんて突っ込みはなしよ、病死は自然死であって”変死”じゃ無いからね
「ハーレー街」という作品は、この第4の可能性というアイデアが評価出来るかに全てがかかっている、と言うのも物語に起伏が少なく、定例会でのディスカッションに終始する展開だからだ
アイデアに感銘しなければただ単調にしか感じられないだろう
このアイデア、kanamoriさんも御指摘通りで、”第4”と言うにはちょっと苦しいかな、全くの新機軸とは言い難いからね
”第4”と言うより、”はっきりと第1でも第2でも第3でも無い”という微妙な言い方の方が近いか、う~んネタバレしないように表現するのは面倒くさいな
ただ、よく考えたな、とは思う

No.383 5点 迷走パズル- パトリック・クェンティン 2012/07/17 09:44
* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年に当たる作家は意外と多い、今年の私的テーマ”生誕100周年作家を漁る”の第5弾、クェンティンの5冊目
合作コンビの内の1人、ヒュー・ホイーラーも生誕100周年である(コンビのもう1人リチャード・ウェッブの方は少々年上)

クェンティンのパズルシリーズについては私は「悪女パズル」1冊しか読んでいなかった、今回で2冊目である
そりゃ高値の古本漁るとか、未訳のシリーズ作が論創社などから刊行されたときは迷ったが結局手を出さなかった
まぁ私がこのシリーズにあまり興味が無かったのもあるし、こういう”幻の未訳・絶版もの”って名前だけ伝説化してしまう風潮なのも気に入らなかった
しかし最大の理由は、順番的にシリーズ初期の第1、2、3作目が読めないというのが致命的だと思ったからだ、いずれ刊行されるだろうと
創元は律儀だよな、他の出版社ならシリーズ最高傑作と言われる第2作「俳優パズル」をまず先に出して様子を窺うところだろうが、知名度的には地味な第1作目を先行させるんだもんね
発表順主義な読者には創元という出版社が人気なのは分かる

まぁそんなわけでストイックにシリーズ初期作が出るまで待ってたからには順番通り、第1作目からだ
クェンティンのデビュー自体はもっと前だが、このパズルシリーズが始まったのは1936年で意外と遅く、第2作「俳優パズル」が1938年、その後は戦争のブランクが有って第3作以降は戦後に書かれている
パズルシリーズという通称から黄金時代らしい本格派シリーズと誤解されやすいが、実は行き詰っていたアメリカン本格派の戦中戦後にかけての質的変化の潮流に乗っかった作風と解釈すべきだ
それ故にかパズルシリーズというのはサスペンス小説的要素を絡ませた本格であって、活躍時期の近さや作風の変遷などから見てもマクロイなどと同列に見るのが正しい位置付けだと思う
トリック一辺倒から袋小路に入った黄金時代末期の他のアメリカ本格派作家達と同じ轍を踏まなかったのだ、こうした面は再評価する必要が有ると思う
このシリーズ第1作は、まだ夫妻でなかったダルースとアイリスの出会いなども描かれているし、シリーズに初めて接する読者だったらまずこれから読むのがベストだろう
この時期のクェンティンらしい軽くて明るい謎解きで気楽に楽しめる、翻訳も良い、この訳者はクェンティンだと「死を招く航海」と同じ翻訳者なんだな

No.382 5点 捕虜収容所の死- マイケル・ギルバート 2012/07/09 09:52
* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年にあたる作家は意外と多い
今年の私的読書テーマ、”生誕100周年作家を漁る”、第4弾マイケル・ギルバートの3冊目

それまで長らく忘れられてたマイケル・ギルバートだったが2003年に「スモールボーン氏は不在」とこの「捕虜収容所の死」が相次いで翻訳刊行されたのには驚いた、しかも「捕虜」はその年の”このミス”で2位だったもんなぁ
「スモールボーン氏」の方がランク外だったのは票割れも有るだろうが、版元がそれまでミステリー出版ではややマイナーだった小学館で、しかも文庫じゃなくて四六版ソフトカバーという中途半端な版型だったのも理由かも
しかし内容的に「捕虜」の舞台設定の特殊性が評論家筋に受けたのであろう事は想像出来る
何たって捕虜収容所だもんな、その特殊性ゆえに面白いデータが有って、それは作中に女性が殆ど登場しない事
そりゃさ登場人物が3~4人とかだとそういう作品も在るかも知れんが、「捕虜」の登場人物は結構多いんだよな、この人数で女性が事実上ゼロなんて滅多に無いと思うよ
事件の影に女あり、なんてのはこの作品には当て嵌まらないのだ
例の森事典でも森英俊氏がすごく絶賛してたんだよな、創元が手を出したのもその辺の事情かもね
しかし私は森氏が絶賛するほど面白くはなかったなぁ、たしかに舞台設定の特殊性が奇を衒っているんじゃなくて活かされてはいるんだけど、だから面白さに結び付いている程でもねえしって感じ
小学館贔屓なのもあるけど、やはり作者の代表作は「スモールボーン氏は不在」だと思うなぁ

No.381 5点 歯と爪- ビル・S・バリンジャー 2012/07/05 09:57
* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年にあたる作家は意外と多い、昨年と来年が生誕100周年の作家は割と少ないので、1912年はミステリーにとって縁有る年回りだったのかも、日本でも戦前の大阪圭吉がそうだ
今年の私的読書テーマ、”生誕100周年作家を漁る”、第3弾ビル・S・バリンジャーの2冊目

「歯と爪」という作品は従来から本格中心の読者に手に取られてきたように思う
それも無理からぬ話で、やれ結末のサプライズだの叙述トリックだのと、本格しか読まないようなタイプの読者に向けたような宣伝がされてきた経緯が有るからね
まったく創元の惹句は不適切なのが多いな
「歯と爪」は基本サスペンス小説であり、本来はサスペンス小説のファンにこそ読まれるべきなのだが‥
でも今の日本では本格しか興味無い読者は全ミステリー読者の九割強位占めているんじゃないかと思えるし、残り一割弱が冒険アクション小説系統中心の読者だろうし、つまりサスペンス小説中心の読者自体が殆どいないんだろうしなぁ
「歯と爪」はどうしても本格としてどうかとか、ラストのサプライズがどうのという観点で読まれがちだが、これは良くない風潮だと思う
「歯と爪」は結局のところ元々が”どんでん返し”みたいなのを狙ったものではなく、カットバック手法の並行して語られる2つの話がラストでどのように結び付くかという事が主眼だと思う
もっともそれもあくまでも仕掛けの観点での問題であって、それよりも読みどころは途中経過、つまり人生の哀愁というのがバリンジャーの持ち味なんだろう
当サイトでも空さんやkanamoriさんの御指摘通りで、意外性やトリックよりも、プロット勝負なんでしょうね

No.380 6点 二つの脳を持つ男- パトリック・ハミルトン 2012/06/28 10:00
「首つり判事」の作者ブルース・ハミルトンの弟がパトリック・ハミルトンである
もっとも「首つり判事」が絶版で古書相場でもそこそこの価格が付いてる現状では、ブルース・ハミルトンという名前を知ってる事自体が少々マニアックでは有るが
兄のブルースが本格ファンに知られた名前だとすれば、弟のパトリックの方は戯曲の分野で有名で、ミステリーファンには唯一この「二つの脳を持つ男」だけで知られている存在であろう
この作だけが知られているのは有名なシモンズ選”サンデータイムズ紙ベスト99”に選ばれたからで、いかにもシモンズが好みそうな作品だ
さらにはこれ翻訳出版した小学館もスゲ~な、この頃の小学館は神懸かってたよなぁ、今どうしちゃったんだろ

原題は直訳すれば”二日酔い広場”って感じで、まぁ一種のアル中小説ではあるのだが、主人公が精神分裂症なので邦訳題名は平凡では有るがある種適切と言えなくも無い
私はアルコールに弱い体質だから基本的には酒飲み話は苦手で、例えばジェイムズ・クラムリーなんかは面白さを感じられなかった
しかしクレイグ・ライスやチャンドラーなど本人自身がアル中患者気味な作家の場合は案外と気にならないんだよな、何て言うかな自虐ネタっぽい感じがペーソスを漂わせ、酒を飲まない読者にも入り込める空気感が有るんだよね
パトリック・ハミルトンも同様で結構面白く読めた

No.379 7点 二人の妻をもつ男- パトリック・クェンティン 2012/06/28 09:58
* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年に当たる作家は意外と多い、今年の私的テーマ”生誕100周年作家を漁る”の第5弾、クェンティンの4冊目
合作コンビの内の1人、ヒュー・ホイーラーも生誕100周年である(コンビのもう1人リチャード・ウェッブの方は少々年上)

クェンティンは時期によって合作パターンが変遷した作家だが、戦後の後期になると合作の片割れウェッブが健康問題でリタイアし、もう1人のホイーラー単独執筆時期となる
その後期作の中で最も知られているのが「二人の妻をもつ男」だろう、と言うか昔のファンにとっては、”クェンティンと言えばこれ!”、みたいな感じじゃないかな
つまりそれだけ初中期作に絶版が多かったというのが原因だったのだが、今後は埋もれた初中期作の復刊や発掘が主流となるのだろうし、またそれによって作者の代表作も初中期作から選ばれる時代になるのだろう
しかし‥だ、将来的には代表作から外されるかも知れないこの「二人の妻をもつ男」だが、実はかなりの名作である
この作を代表作とは見なさない昔からのファンも居たらしいが、それは本格中心主義のファンが初中期の絶版作の復刊を要望する声が多かった風潮と無関係では有るまい
つまり「二人の妻をもつ男」が基本サスペンス小説であり、初中期の本格作品こそがクェンティンの本流と考える人が多かったと言う事だろうね
もっとも初中期の本格作品は私は一部作品しか読んでないので確固たる意見は出せないが、本格がベースだが結構サスペンスをトッピングしているんだよなぁ
どうも基本が本格であることに固執しているのが必ずしも作者に合ってないような‥
後期の「二人の妻をもつ男」では逆にあくまでもサスペンスが基本で、そこに本格要素を散りばめる構成になっており、これが作者の資質に上手く合っていたので名作となったという印象だ

No.378 5点 死の相続- セオドア・ロスコー 2012/06/25 09:59
本日25日発売の早川ミステリマガジン8月号の特集は、”幻想と怪奇 ゾンビって何?”
ミスマガ夏の号恒例の特集”幻想と怪奇”だが、今年は”ゾンビ”っていうキーワードが加わったぞ
ゾンビって何?と問われても、明日が命日のマイケル・ジャクソンに訊く訳にもいかねえが、そう言えばゾンビが出てくるミステリー小説が有ったなぁ

てな訳でセオドア・ロスコー「死の相続」である
ロスコーは幻の本格派作家の中でも極め付けのマイナー作家で、多分原書房から刊行された当時は、密室や不可能犯罪ものだけを漁る類のマニア読者ですら初めて名前を聞いたっていう人も居たんじゃないかな
原書房らしいような、らしくないような
前半は遺産相続の名目で集められた怪しげな関係者が1人また1人と殺されていくという、まさに絵に描いたような”館ものコード型本格”そのものである
こう聞くと興味を持つ館ものファンの方々も居られるかと思う
しかし作者はこの種のパターンのパロディとして書いたんじゃないかなぁ、後半になると様相は一変し主な舞台は屋敷の外に移って、”館もの”パターンとは完全におさらばする(笑)
舞台だけじゃなく、残った相続人があと3人くらいに減ってくるとスリラーかパニック小説のような展開へと移るのだ
コード型本格しか読まないような読者だと、中盤から変な方向に向かうのが期待外れに感じる人も居るんじゃないかな
しかしこの異色の後半の展開こそがこの作品の魅力であり怪作たる所以なのである
某掲示板でこの作品をすごく褒めちぎっていた人が居て、解決編ですっきり腑に落ちる傑作だと評していたが、そういう読後の感想は、少々真面目にこの作を捉え過ぎているんじゃないかと私などは思う、トリックなんかもパロディっぽいしね
原型がパルプ雑誌に連載されたものらしいし、独特のB級感が漂う雰囲気を楽しむ話なんじゃないかな、B級と割り切って読めばかなり楽しめる

No.377 5点 死を招く航海- パトリック・クェンティン 2012/06/21 09:57
* 今年の私的マイ・ブームの1つ、船上ミステリーを漁る

* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年に当たる作家は意外と多い、今年の私的テーマ”生誕100周年作家を漁る”の第5弾、クェンティンの3冊目
合作コンビの内の1人、ヒュー・ホイーラーも生誕100周年である(コンビのもう1人リチャード・ウェッブの方は少々年上)

初期作「死を招く航海」については、書評の前提として合作の変遷について言及しておくのが必須だと思う
クェンティンは合作の変遷がややこしい事で有名だが、大きく分けると次の3期に分類出来る
第1期は、ウェッブ単独執筆及びマーサ・ケリーやメアリー・アズウェルとの合作時代、これが1935年位まで続く
合作相手が2人とも女性だった事は押えておく必要が有る
第2期はリチャード・ウェッブとヒュー・ホイーラーとの合作期でこれが1940年代まで続く、この時期はジョナサン・スタッグ名義も含めて作品数が多く、一般的にクェンティンと言えばこの時期を連想する人が多いだろう
ただこの時期の作は案外と未訳や既訳でも絶版だったりする作品が多い
第3期はウェッブが健康問題でコンビを離れたホイーラーの単独執筆期で、1950年代以降は晩年まで全てこのパターンである
昔は絶版の多い第2期よりもこの時期の作の方が比較的入手容易だったので、古くからのファンだと第3期の方が馴染み深いという人も居るかも

「死を招く航海」は第1期に属すが、第1期の作は割と最近になってハードカバー版で刊行されたものが中心で、若い読者だとむしろこの時期の作でこの作家を知ったか、逆に昔からのファンが久し振りのクェンティン刊行に飛びついて読んだかのどちらかだろう
ただ昔からも現在も、ファンの復刊や翻訳要望が圧倒的に多いのが第2期で、創元が順次刊行中だし今後は第2期が新訳刊行の中心となるであろう
「死を招く航海」は他のクェンティン作品とは作風がかなり異なっており、合作の変遷を知らなければとでも同じ作家が書いたとは思えない
推測だが謎解きのアイデアはウェッブだろうが、女主人公の活き活きとした語り口調から見ても、実際の執筆は合作者アズウェルだったんじゃないだろうか
お洒落に無難に纏まった軽い謎解きって感じで、軽いっちゃ軽いがコージー派っぽいわけでも無く純粋に普通の本格である
むしろ第2期の「悪女パズル」なんかの方がコージー派っぽい感じがする位だ
後期作とは魅力の方向性が違うが、これはこれで軽い本格として楽しめた

No.376 7点 自分を殺した男- ジュリアン・シモンズ 2012/06/19 09:58
* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年に当たる作家は意外と多い、今年の私的テーマ”生誕100周年作家を漁る”の第6弾、ジュリアン・シモンズの2冊目

論創社はジュリアン・シモンズ作品を2冊出しているが、どちらか1冊だけ読むとしたら読むべきなのはこの「自分を殺した男」である
理由は簡単、もう1冊「非実体主義殺人事件」は初期のまだ作者の本領が発揮される以前の作だからだ
「自分を殺した男」は作者中後期の作で、キーティング選「海外ミステリーベスト100」にも選ばれている
いやぁこんな名作が隠れていたとは知らなかった、シモンズは評論家としてだけではなく、やはり作家としても優れている
既読作の中では代表作は英国作家ながらMWA賞の受賞作「犯罪の進行」だと思っていたが両者甲乙付け難い
正直言うと、どちらが作者の持ち味が良く出ているかと言うと、私は「犯罪の進行」の方だと思うし個人的好みも同じだ
しかし他人に薦めるとなると話は別、「犯罪の進行」は正直言って話のポイントが分かり難く万人向きじゃない、多分合わない人はとことん合わないし、読者を選ぶ作だ
その点「自分を殺した男」は作者比で比較的サスペンスにも富み、話の展開は明快で読者を選ばないし安心してお薦め出来る
他のネット書評では、”前半が面白くて後半失速”みたいに書評している方が居られたが、私は賛成できないな
そういう意見が出るのはこの作品を”倒叙もの”という誤った解釈に基づいているからだろう、断言するがこの作はいわゆる”倒叙”ではない
後半は捜査側による崩しが描かれるのではなく、主人公の自分探しの旅とでも言うべきもので、ジャンル的には”犯罪心理小説”あたりが適切な分類だろう
そしてこの後半こそがこの作の持ち味であり面白いところなのだ
作者の特徴が発揮されていながら、話の展開は分かり易く万人向きで、しかも名作であるという、シモンズ入門に適した代表作と呼べる作である

No.375 6点 復讐法廷- ヘンリー・デンカー 2012/06/13 10:00
* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年に当たる作家は意外と多い、今年の私的テーマ”生誕100周年作家を漁る”の第7弾はヘンリー・デンカーだ

ヘンリー・デンカーの代表作と言われるのはもちろん「復讐法廷」である
他の書評者の方々も指摘されているようにかなりテーマ性が強い
数年後にブームとなるジョン・グリシャムなどのリーガルサスペンスの作品群がメッセージ性が希薄でエンタメ色が強いのとは対照的だ、
現代にも通じるテーマを持つのだが、提示されたテーマを”動機が妥当ならば復讐としての犯罪は許されるのか”という風に解釈すべきではないだろう
作者はそこにポイントを置かず、被告人に対する同情論的論議を敢えて避け、問題の本質を”法体系の矛盾”に絞る事で、この物語が成立していると言えるだろう
だって同情論だけだと、読者全員からの共感を得られず、読者側の意見は二分されるだろうからだ
しかも”黒人人種問題”も絡んでテーマはさらに難しくなる、作者はここでも”人種問題”というテーマを正面から取り上げず、今作のテーマはそこでは無いことを強調している
黒人が絡んでいるのは物語の構成上、”法体系の矛盾”の考察に被害者が黒人であることが間接的な別の意味で必要だった為なので、人種問題が直接絡んではいない
そして何より、この作品の魅力は即ち、単なる法解釈議論ではなく根底に流れる作者独特のヒューマニズムだろう
ただヒューマニズムという点では、私はデンカー作品としては「女医スコーフィールドの診断」を推したい、これが絶版なのは惜しい

No.374 5点 死との約束- アガサ・クリスティー 2012/06/08 09:24
本日8日、WC最終予選のヨルダン戦が行なわれる、さて中東ヨルダンという国は東西交通の要衝で、中東ではドバイ擁するUAEやドーハ擁するカタールなどより歴史的観点では重要な国だ
例えば”死海”という言葉から大抵の人はイスラエルという国名だけを連想するだろうが、実は”死海”はイスラエルとヨルダンの国境に跨っているのだ
そして死海と並ぶヨルダン最大の観光名所が”ぺトラ遺跡”である
映画インディジョーンズのロケ地にもなった”ぺトラ遺跡”、両側を崖に挟まれた道が突然開け、眼前に断崖に刻まれた神殿が現れる様は画になる光景だ
クリスティ中期の中近東もの「死との約束」は、私は観てないが『死海殺人事件』として映画化された時もこの光景が効果的に使われていたらしい

一見するとクリスティ流トラベルミステリっぽい「死との約束」は、クリスティ作品としてはかなり仕掛けにこだわった作だ
トラベルミステリという点では「オリエント急行」とも関連が有り作中でも言及されているが、”旅行もの”という視点で見るとある種の共通性を感じる
「オリエント急行」では関係者が1ヶ所に集められる”雪の山荘テーマ”で書いたら意味を成さず、あくまでも旅行途中での事件である必要があるのは皆様御存知の通り
そして「死との約束」もトラベルミステリとして書かないと意味が無いのである
作者が「オリエント急行」のネタを思いついた時に、”旅行もの”ならではの仕掛けをもう1つ思い付いた、という推測は考え過ぎかなぁ

精神分析の専門家まで登場させる割には、極端に戯画化された被害者など登場人物の造形に深みや陰影がそうあるわけでもなく、そうした人物描写的方面での魅力には乏しい
この作品に関して人物関係云々を詳細に考察しても私はあまり意味が無いと思ってる
この時期のクリスティは似たような人物関係設定が散見されるが、私はその理由は、その時期には仕掛けを最優先した話が多いからだろうと思う、だから似たような人物設定を自作から借りてきちゃうみたいなね
ただしこのカリカチュアされた被害者の人物造詣が真相と大きく関わってくるので仕方ないところだろうか
まぁとにかく、”まず仕掛けありき”、な作なのである
他サイトで、”クリスティ作品中最大級の驚愕”と評していた人が居たが、たしかにある意味「アクロイド」や「オリエント」を凌ぐサプライズが用意されている
仕掛けが上手く嵌った読者への驚愕度では№1だろう
ただしかし私は中途で気付いてしまった、実は本文を読む前に登場人物一覧表を眺めた段階である疑惑を感じたのだが、途中で作者はこういう事を狙っているのではないか?と思ったのだ
私は「ナイルに死す」みたいなのは見抜けないおバカなんだけど、この「死との約束」とか「ポアロのクリスマス」みたいなパターンは気付いちゃうんだよなぁ

No.373 6点 ねらった椅子- ジュリアン・シモンズ 2012/06/05 10:03
* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年に当たる作家は意外と多い、今年の私的テーマ”生誕100周年作家を漁る”の第6弾はジュリアン・シモンズ

米英に同時期に活躍した2大ミステリー評論家と言えば、もちろんアントニー・バウチャーとジュリアン・シモンズだ、2人は1歳しか年齢が違わず、不思議とこうした2大巨頭って生まれ年が近かったりするのな
この両者、ミステリー評論家としては甲乙付け難いが、1つだけ両者に差が有るのが実作者としての一面である
バウチャーが作家としては一流とは思えないのに対して、シモンズは作家としても優れていると私は思う
もっとも不可能トリック系本格しか読まない人だと、作家としてはH・H・ホームズ名義も含めてバウチャーの方しか興味無いかも知れないが
シモンズは我が国ではまぁまぁ翻訳には恵まれているが、不幸なのは有名な”犯罪小説移行論”が一人歩きしてしまい、評論と実作とを結び付けて書評されがちなことだ
シモンズは決してパズラー型本格を毛嫌いしてたわけじゃなく、その何たるかを熟知していたフシが有り、実際初期の1部作品は本格作品で私は未読だが初期の「非実体主義殺人事件」も訳されている
本格しか興味無い読者だとシモンズはその1冊しか読んでませんって人も居るかも知れない、ただそれだとシモンズという作家を理解するには無意味だから「非実体主義」だけしか読まないのだったら最初からシモンズを1冊も読まない方がまだ良いとは思うけど
アンソロジーでシモンズの掌編的な短篇を読んだ事が有るが、まさに謎々推理パズルそのものだったには驚いた
こう考えると作者の本領である中期の犯罪小説に対する見方も変わってくる
何て言うのかねえ、わざと本質やツボを外して書いているのでは?と思えるのだよなぁ
このツボ外しが単に小説が下手なのだとしたらシモンズもそこまでの作家だろうが、意図的に狙って書いてるとしたら恐るべき作家だよなぁ
ただこの「ねらった椅子」はあまり狙った感じがしないんだけどね

No.372 5点 追跡者- パトリック・クェンティン 2012/06/01 10:00
* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年に当たる作家は意外と多い、今年の私的テーマ”生誕100周年作家を漁る”の第5弾、クェンティンの2冊目
合作コンビの内の1人、ヒュー・ホイーラーも生誕100周年である(コンビのもう1人リチャード・ウェッブの方は少々年上)

「追跡者」は中期から後期にかけての頃のノンシリーズ作である
題名通り追跡する話なのだが、結構紆余曲折が多い
て言うかさ、そそもクェンティンには話が錯綜するプロット自体が多い、読んだ中ですっきりしたプロットって「二人の妻」くらいだ
「二人の妻」は後期のホイーラー単独執筆時代の作だから、やはり合作ってややこしいのかね
そんなわけで読んだのが相当昔ということもあり、細かいプロットなんて覚えてねえや、まぁとにかく単純なプロットじゃなかった印象だけはある
どうもパズルシリーズなんかだと持ち味の複雑なプロットが上手く機能してない感じなんだよなぁ、その点この「追跡者」はまぁまぁ良い方向に働いているのかな

No.371 5点 ルパンの告白- モーリス・ルブラン 2012/05/31 09:59
発売中の早川ミステリマガジン7月号の特集は、”アルセーヌ・ルパン&ルパン三世”
特集の目玉商品の1つが、「初出版 ルパンの逮捕」
ルパン初登場作は最初は雑誌掲載だった短篇「ルパンの逮捕」だが、後に短篇集『怪盗紳士ルパン』に収録された時に修正が加えられているのである
ミスマガ7月号には、修正前の雑誌掲載時そのままのオリジナル版が本邦初公開されている

さてルパンと言うと、初めて読んだのが小学生の頃に児童書だったという人が世に多い中で、私はそういう経験が一切無かった
それどころかアニメ『ルパン三世』ですら未だ一度も観た事が無く、つまり私は怪盗ルパンに対して何らの思い入れが無い読者なのである
ルパンものの短篇集と言うと、一般的には初期の『怪盗紳士ルパン』か又は『ルパン体ホームズ』から入る人が多数派だろうけど、私の場合はすっかりミステリー慣れしてから読んだルパンものが、2冊の短篇集『八点鐘』と『ルパンの告白』なのだ
この2冊は中期の作者が脂の乗っていた時期の作で、初期と違うのはルパンの探偵役としての割合が多いという点だ
『八点鐘』は全編探偵役としてのルパンだが、『告白』の方は全部が全部というわけでもなく怪盗らしい話も混じっている
私が読んだのは旺文社文庫版だが、お堅い訳として有名な新潮文庫版の堀口大學訳では、原語通り”強盗”と訳しているが、案外と怪盗ではない”強盗”という語感通りの行為もしているぞルパン
それでも『告白』収録作では冒頭の「太陽のたわむれ」とか「赤い絹のスカーフ」とか、結果的に強盗まがいの行為はしてもその前提で探偵役として謎も解いているし、まぁルパンの怪盗らしさと探偵役とが1冊で楽しめるお得な短篇集では有るだろう
特にルパンもの短編の2大名作として知られる「赤い絹のスカーフ」と「白鳥の首のエディス」とが一緒に同時収録されているのが売りだな、「白鳥の首のエディス」は短編の中に長編並みの要素を詰め込み過ぎて窮屈な感じも無くは無いが

No.370 5点 八点鐘- モーリス・ルブラン 2012/05/29 10:03
先日25日に発売された早川ミステリマガジン7月号の特集は、”アルセーヌ・ルパン&ルパン三世”
特集の目玉商品の1つが、「初出版 ルパンの逮捕」
本国フランスでのルパン初登場作品は、第1短篇集『怪盗紳士ルパン』冒頭の「ルパンの逮捕」だが、これは短篇集として単行本化時に、最初に雑誌掲載された原版に修正が加えられた改訂版なのである
例えば”怪盗(強盗)紳士”というキャッチコピーは当初では使われていなかったらしく、短篇集収録時に加えられた造語らしい
ミスマガ7月号では、当初のオリジナル版「ルパンの逮捕」が本邦初翻訳されているので、どの部分に修正が施されたかとか、ファンには見逃せない

しかしここまで煽っておいてなんだが、実は私はアニメの『ルパン三世』を一度も観た事が無いだけでなく、そもそも本家の怪盗ルパンそのものに何の思い入れも無い読者なのである
私自身驚いたのは、当サイトでも他サイトでも、怪盗ルパンを小中学生時に児童書で読んだという人が多い事だ
実は私は小学生の頃に児童書で、怪盗ルパンはおろかホームズすらも読んでいないのである、きっと大人になってもミステリーファンな読者としては珍しいタイプに違いない
ホームズの方はもしかして児童書で1~2作は読んでいて単に私の記憶が飛んでいるだけかもしれないが纏まった形では読んだ覚えが無く、中学生以降に友人の勧めで普通の大人向け文庫で読んだ記憶しかない
怪盗ルパンに関しては児童書を含めても絶対に高校生以前に読んだ経験は一度も無いと断言出来る、大学生以降になって初めて読んだルパンものが「八点鐘」なのである
私が怪盗ルパンに何らの思い入れが無いのはそういうわけなのだ
なぜ「八点鐘」を最初に選んだのかと言うと、”クイーンの定員”にルブランの代表的短篇集として選ばれていたからで、要するにモーリス・ルブランという作家名は私にとっては他のホームズのライヴァルたちと同列以上の特別な存在では全く無いのである

さてこの「八点鐘」にはルパンという名前は一切出てこない、しかし主役レニーヌ公爵の正体はどう見てもルパンである
公爵に扮したルパンが恋する女性に対し騎士道精神を発揮して探偵役に徹する連作短篇集だが、恋物語の方は連作形式ににする為の方便みたいなもので、全体としてはトリック中心の本格謎解きを志向したものと言えよう
物理トリックがポーストのアブナー伯父もののパクリだったりと全てが賞賛出来るものではないのだが、ここまでトリックを沢山鏤めた短篇集だったのは驚きだ
ただこれがルパン本来の味わいなのか分からないので、この短篇集を最初に読んだのは順番としては良くなかったかなぁ

No.369 6点 皇帝のかぎ煙草入れ- ジョン・ディクスン・カー 2012/05/29 09:58
* とりあえず復旧再登録(^_^;) *
先日に創元文庫から「皇帝のかぎ煙草入れ」の新訳版が刊行された
別段旧訳に問題が有ったという話は聞いたこと無いから、何でここで焦って新訳版を出す意味が有るのか疑問だが、創元は7月にも「黒死荘の殺人」の新訳版が予定されており、ここ数年でカー作品の新訳切り替え時なのかも知れん

ところで当サイトでのカー作品での書評数を調べると上位は現時点でこうなる

「皇帝のかぎ煙草入れ」 ・・・ 21人
「三つの棺」 ・・・ 16人
「火刑法廷」 ・・・ 14人
「ユダの窓」 ・・・ 12人
以下は1桁台

なんと「かぎ煙草入れ」が圧倒的な書評数なのである
必ずしも書評数と実際に読まれている度合いが比例しているかは不明だが、まぁ多く読まれているのは間違いないだろう
推測だが「かぎ煙草入れ」が人気作なのは、カー作品にしては癖が無いのでカー入門書として選ばれ易いという理由が有るのではないだろうか
しかも癖が無いからといって、単に無難に纏まっています、というわけでもなく、それなりに見事な技巧が施されており、入門し易く名作であるという要素を兼ね備えている
「三つの棺」や「火刑法廷」ではどう見ても初心者向きじゃ無いもんなぁ、一方「ユダの窓」の場合は初心者向きではあるけれどカーという作家の特徴を知るという目的には向かない異色作だしね
まぁそれ言うと「かぎ煙草入れ」もカー得意のオカルト趣味が希薄だったりと、カー本来の持ち味が出ているわけじゃないんだけどね
ただ全編法廷シーンで押し通すカーにしては特異なプロットの「ユダの窓」よりは、「かぎ煙草入れ」の方が普通の本格な分だけより万人向きだとは言えるだろう

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