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[ クライム/倒叙 ]
二つの脳を持つ男
パトリック・ハミルトン 出版月: 2003年11月 平均: 6.00点 書評数: 2件

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小学館
2003年11月

No.2 6点 人並由真 2022/05/12 03:45
(ネタバレなし)
 世界大戦の暗い影が次第に濃くなる、1938年末のロンドン。「俺」こと34歳の太目の大男ジョージ・ハーヴェイ・ボーンは、かなりの美人だが売れない若手の映画女優ネッタ・ロングドンと知り合う。失業中だが、母の遺産や戦時債権で食いつないでいた遊民のジョージは、飲み仲間で恋敵であるミッキーやピーターを警戒し、意中のネッタの気を惹くために、彼女に折あるごとに金を貢いでいた。だがジョージを金づるとしか思っていないネッタの真意が透けてみえてきたとき、ジョージの心のなかで、またも、もう一つの人格がはじける。

 1941年の英国作品。
 ポケミスに収録される、ちょっと小味の佳作『首つり判事』の作者ブルース・ハミルトンの弟で、ヒッチコックの映画『ロープ』(例の、全編がほぼワンカットのみのカメラワークの作品)やバーグマン主演のサスペンス映画『ガス燈』、それら双方の原作となった戯曲で知られる劇作家&小説家パトリック・ハミルトン、その第10番目の長編小説。
 ちなみに作者の小説すべてがミステリ系というわけでもないらしいし、一方で自分のメインフィールドとして当然ながら、戯曲も数多く書いている。

 二重人格めいた精神分裂の主人公ジョージが、野心と欲望全開の美人だが、さほど才能もなく大した努力もしない、ほとんど無名の若手女優ネッタに入れあげる。そして彼女と距離を置いてはまた接近するという、その振幅の繰り返しの果てにクライシスに向かう、サイコスリラー兼クライムノワール。
 
 主人公ジョージは第二人格の出現を待たずとも、時折頭が冷えて、タカリ悪女のネッタにもう近づかないようにしようとするが、何かあると物事を自分の都合の良いように考え、お花畑の気分で寄りを戻そうとする。俯瞰的に見れば十分にダメ男だが、その辺は小説がうまいので、ギリギリ読み手も、そんな主人公の弱い心の流れを受け入れてしまう(肯定も共感もしないが)。

 グレアム・グリーンやシモンズが絶賛というのは、例のサンデータイムズのベスト99に選ばれたことも踏まえてのことだと思うが、まあ、読み手をイライラさせながらもなかなか捉えて離さないある種の迫力はある。
 少なくともこの邦訳が出た20世紀の末にも、まだ原作は英国でロングセラーの現役本だったみたいだから(もしかしたら、絶版になったり復刊されたりの繰り返しかもしれんが)、この手のニューロティック・スリラーの名作として殿堂入りしているんだろう。

 主人公ジョージを囲む周囲の登場人物のなかには、相手の真意(ネッタにミツグくん扱いされるジョージを憐れんでいるのか、同じ男として不甲斐ないと思っているのか、あるいは親切そうに見せて実はバカにしてるのか)がはっきりしない者も現れ、その辺の読解は受け手(読者)の観測に託される部分もある。そういう面も含めて、ある種の普遍さが保持される作品でもある。
 
 リアルタイムの大戦前夜~初期の空気が疑似体験できる作品でもあり、こっそりファシズムに憧れ、ヒットラーと寝てもいいなどとうそぶくヒロイン、ネッタの造形はなかなかインパクト。とはいえ、したたかにこずるく美貌と女の武器で泳ぎ回っても、なかなか目指すものに届かないネッタの描写には読み手が、どこか切なさと共感……? めいたものを覚える部分もあり、そこらのペーソス味も本作が長らく読み継がれる所以かもしれない。

 決して、読んで楽しいとか面白いとかのエンターテインメントミステリじゃないんだけど、ある種の充実感は得られた。評点は7点に近い、この点数で。 

No.1 6点 mini 2012/06/28 10:00
「首つり判事」の作者ブルース・ハミルトンの弟がパトリック・ハミルトンである
もっとも「首つり判事」が絶版で古書相場でもそこそこの価格が付いてる現状では、ブルース・ハミルトンという名前を知ってる事自体が少々マニアックでは有るが
兄のブルースが本格ファンに知られた名前だとすれば、弟のパトリックの方は戯曲の分野で有名で、ミステリーファンには唯一この「二つの脳を持つ男」だけで知られている存在であろう
この作だけが知られているのは有名なシモンズ選”サンデータイムズ紙ベスト99”に選ばれたからで、いかにもシモンズが好みそうな作品だ
さらにはこれ翻訳出版した小学館もスゲ~な、この頃の小学館は神懸かってたよなぁ、今どうしちゃったんだろ

原題は直訳すれば”二日酔い広場”って感じで、まぁ一種のアル中小説ではあるのだが、主人公が精神分裂症なので邦訳題名は平凡では有るがある種適切と言えなくも無い
私はアルコールに弱い体質だから基本的には酒飲み話は苦手で、例えばジェイムズ・クラムリーなんかは面白さを感じられなかった
しかしクレイグ・ライスやチャンドラーなど本人自身がアル中患者気味な作家の場合は案外と気にならないんだよな、何て言うかな自虐ネタっぽい感じがペーソスを漂わせ、酒を飲まない読者にも入り込める空気感が有るんだよね
パトリック・ハミルトンも同様で結構面白く読めた


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