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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
武器の道
エリック・アンブラー 出版月: 1960年01月 平均: 8.00点 書評数: 3件

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早川書房
1960年01月

早川書房
1977年04月

No.3 8点 クリスティ再読 2017/09/24 21:06
アンブラーって本当に、どの作品をとっても「ジャンル的な類型性」から程遠い「驚き」のある作家だと思う。本作が「国際スパイ」に分類されるのなんて、「他に入れるジャンルがないから...」という消極的な理由に過ぎない。職業スパイと目される人物はわずかに一人だけ、しかも全体から見れば「事件に巻き込まれた」感じで本来の任務とかそういうものでもない...
要するに、アンブラーの「タネ」は、国際スリラーから、「国家」の枠組みを外しちゃおう、というアナーキーな狙いなのである。マラヤの共産ゲリラが遺した武器を横領して売却を狙うインド系青年、武器の移動と売却を仲介する華僑、売却の煙幕として利用されるアメリカ人夫妻、で実際にこれを買おうとするのがインドネシアはスマトラ島のイスラム系独立派...と実に多国籍だが、どの主体も「国家」の束縛を離れたアナーキーな主体なのである。最終的な買い手の代理人は、アーサー・シンプソン風のイギリス出身の国際ゴロ+シルマー軍曹みたいな元ナチともう、あらゆる人種・主義のごった煮である。
それでも、煙幕として利用されるアメリカ人夫妻が、狂言回しでもあって一番保守的だ。

共産分子から奪取した武器を、反共産分子に供給するという、その手伝いに手を貸すのは、なかなか愉快な仕事じゃないかとおもったわけです。

という、お気楽な動機で、このアナーキーの渦の中に飛び込んでしまうのだ! 本作、だから実際には、このアメリカ人夫妻に対する批判的な視点というか、アメリカの手前勝手な理想と、政治センスのなさ、イデオロギー的で現実を直視しない楽天主義などを、チクリチクリと皮肉る小説だとも読める。それでも、このお気楽な動機が、本作の一番の攪乱要因でもある。
まあ実際のところ、当時のインドネシアはスカルノ政権下で軍隊・宗教勢力・共産党の微妙なバランスの上に政権が成立していた状態で、本作に描かれるような軍隊と共産党が組むことだって、現実的だったわけだ(共産党の崩壊はスハルトの1965年のクーデターによるわけでまだまだ先)。こういう奇々怪々な政治情勢を、典型的なアメリカ人の夫妻が覗き見て、国家とかイデオロギーを超えた現実のややこしさを実地体験する話、ということでもいいのかもしれない。
しかし、本作、一種の連鎖的な構成になっていて、各当事者の事情などの描写は結構細かく、キャラに対する親しみを感じさせる小説技巧のうまさが光る。評者など冒頭に描かれた野心家のゴム園事務員ギリジャ(要するに「売り主」)の運命が結構気になってしまった。いろいろ不測の事態は起きてしまったが、それでもギリジャは成功しそうだ...というので評者は安心。こういうあたり、アンブラーは絶対外さない。

No.2 8点 2015/03/17 23:45
冒頭にウェブスター辞典の “passage” 第9項の意味を並べ立てていることからすると、早川邦題は今ひとつです。miniさん評の「武器が辿る道」とまで言ってしまえばいいのでしょうが、辞典から引用されている取引、誓約の取交し、交戦といった言葉が、作品内容にはあてはまっていると思えるのです。
最初のうちは既読アンブラー作の中でもとりわけゆったりした展開です。武器発見からそれが取引対象になる経緯の後、特にアメリカ人夫婦が船で日本を巡るあたりは全然ミステリでないだけでなく、普通の小説としてもむしろ退屈と言えるほどです。ところが後半になってくると、武器の取引をめぐって、しだいに緊迫感が高まり、ついには派手な戦闘シーンにまで発展していきます。
武器取引の決着がついた後、一人これではちょっとかわいそうかなと思った登場人物もいたのですが、その点もすっきり満足いくラストを用意してくれていました。

No.1 8点 mini 2009/04/11 11:24
今年はスパイ小説の巨匠アンブラー生誕100周年
「武器の道」はCWA賞を受賞していて多分中期の代表作なんだろうね
内容は端的に言ってしまえば、東南アジアを舞台に、非公式に入手した武器の密輸と売買契約の顛末
まさに"顛末"の一言で、それ以上でも以下でもない
原題のpassageには両者の駆け引きの意味もあるらしく、武器が辿るルートの他に、売買契約の駆け引きの意味も掛けているのだと思う
武器が辿る道に絡む人間模様を描くだけなのに、一流の作家が書くとこんな面白い話が出来上がるということか
前半を犯罪小説風、後半ではポリティカル・スリラーとなる展開も上手い
本格しか読まない読者には興味のないタイプの小説だろうが、私は結構ツボにはまった


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