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[ クライム/倒叙 ]
汚辱と怒り
エリック・アンブラー 出版月: 1967年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1967年01月

No.1 7点 クリスティ再読 2017/05/06 09:00
評者の書評No.200を記念して、ポケミスのNo.1000 キリ番作品である(周知のように、スタートはNo.101なので900点目である)。なので解説にもその旨のご挨拶があり、No.1000の記念だからこそ、アンブラーの新作を選んだと書かれている。当時そのくらいにアンブラーの評価は高かった。ハヤカワの世界ミステリ全集でも一人1巻になったわけで、この扱いはクリスティ、クイーン、ガードナー、チャンドラー、ロスマク、マクベイン、アイリッシュと同格だったわけである。
本サイトだと現在、8作品に17件の書評が付いて、合計120点、平均7.06点で作者別批評10点以上で14位になるかなりの優秀作者である。しかも誰も5点以下の点をつけていない、というハズレのなさがちょっと驚異的でもある。アンブラーの名義だと生涯18作(合作のエリオット・リード名義でも+5作)しか長編がないわけで、クオリティ・コントロールという面で理想的な作者と言える。じゃあ、内容のバラエティが少ないか、というとそんなことはなくて、広い意味でのスパイ/スリラーのジャンルに実に多彩な展開をしているわけで、1作ごとにテイストがかなり違う。
....キリ番記念に新作を予定しても、本当に安全牌な作者だということになるね。逆にスパイ小説というジャンルで言えば、70年代にル・カレがこれほど人気を集めることになる、というのはハヤカワとしても読み切れなかったところであるし、イギリス人らしいアイロニーが特徴的である意味わかりづらいアンブラーよりも、ユーモアを欠いたル・カレの方が実は大衆的で解りやすいというのが、70年代以降にアンブラーが古典定着に失敗した原因のように感じる。まあだから本当はアンブラーの作品自体に問題があったわけじゃないんだよね。今読んでも意外なくらいに古臭くなってはいない。
で本作だけど、背景はクルド人問題。本作1964年度作品だよ~凄い国際政治センスだ。クルド人だが革命に功績を立てたために任命された、イラクの警察長官がクルド人独立の陰謀に加わったことで、国際会議の場からスイスに亡命。その元警察長官が何者かに拷問されて殺された...現場から逃亡するのを目撃された愛人を探せ、と命じられた雑誌記者はその愛人に苦労してコンタクトを取るが...というのが発端。この愛人というのがビキニ美女なんだけども、実に頭が切れて利害計算がちゃんとできるキャラである。アタマのイイ女性ってとくに男性作家だとうまく描くのが難しいことが多いのだけど、さすがにアンブラー、小説的実力は確か。
(以降少しバレ)
で、主人公はその愛人の逃亡の目的が、元警察長官が持っているクルド人独立運動に関する秘密書類を、高く売りつけるためであることを察する。主人公は意に染まぬ雇われ仕事に対する「怒り」から、仕事を放棄して、積極的に愛人と組んで秘密を売る共犯者になる..という話。本作の本当にイイところというのは、「おれ」一人称の小説であるにもかかわらず、ハードボイルド流に「おれ」の心理描写をせずに、すべて他人のセリフによって「おれ」の描写をするあたりである。他人の評価によって「おれ」の「怒り」を解き明かす、というのが実にクールで作り物ではないリアリティを付与している。まあアンブラーなんで、そもそもどのキャラも実に地に足の着いたキャラではあるんだけどね。
で自分の身の安全をちゃんと確保しながら「秘密を売る」プロセスを、手堅くリアルに描けば、スリルとサスペンスなんて後からでもちゃんと着いてくる。売り手側描写なんだから、当然「情報の二重売り」だってやってやろうじゃないの。というわけで、成り行きを追っていくだけでスルスル読めて楽しめる作品(「メグストン計画」に近いか)。客観的には理想的なエンタメなんだけど、これさえもアンブラーの代表作というにはまだまだ凄いのが別にある。「インターコムの陰謀」は本作の着眼点を構成しなおしたようにも感じるよ。


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エリック・アンブラー
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