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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
グリーン・サークル事件
エリック・アンブラー 出版月: 2008年09月 平均: 8.00点 書評数: 2件

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東京創元社
2008年09月

No.2 8点 クリスティ再読 2017/07/02 23:30
本作の原題は「レヴァント人」で、東地中海沿岸の住民の総称のようなものである。アンブラーというとギリシャ・トルコから中東方面にツヨい作家なんだけど、本作はそういう面の集大成みたいなところがある。
今回の主人公は「人間がマトモで有能なアーサー・シンプソン」といった感じの、シリアを拠点に同族経営の企業を経営するマイケル・ハウエル...名前こそイギリス人っぽいのだが、シンプソン同様教育こそイギリスで受けたがイギリス人の血は1/4ほどで、中近東のいろいろな民族の血が混ざりに混ざった、多面性のあるキャラで

彼が一人の人間ではなく、複数の人間からなる委員会なのだ。

この委員会のメンバーは、利に敏いギリシャ人の両替商・愚鈍を装う狡猾なアルメニア人のバザール商人・イギリス人の技師などなど、さまざまな血と要素をもった人間を自任し

雑種犬は時として、血統書付きのご立派な従兄弟よりも賢いところを見せる

という矜持を持っている。国際情勢が大きな背景なんだけど、職業的スパイはほんの端役しか出ない作品で、それでもスパイ小説「らしい」のは、この「多重人格」な主人公キャラと、彼が強いられる面従腹背が、まさに「スパイ」なところにあるからだろう。ミニマルなスパイ小説と言ってもいいのかも。アンブラーの一番いいところは、こういう舞台、こういうキャラでも、一切エキゾチズムに堕しないところである。ポスト・コロニアルに耐えうる小説家なのがすばらしい。
主人公マイケルの本質はビジネスマンで、およそ肉体的冒険とかスパイとかテロには無縁な人間なのだが、従業員に紛れこんだパレスチナ過激派に脅されて、そのイスラエル攻撃計画に加担させられる。しかしマイケルはうまく面従腹背を続けつつその計画を探り、かつ防ごうとするのが大まかな筋立てである。対するのパレスチナ行動軍のリーダーも一筋縄ではいかない。結構ハイテクな攻撃手段を持っているし、凶暴性もあるがそれなりに鋭いために侮れない。マイケルは唯々諾々と従うように見せて、過激派を罠に導こうとするこの駆け引きが一番の読みどころ。で、クライマックスはこの「レヴァント人」というのが本質的に「海の民」であることを示すような、船のアクションで大団円となる。
本当に一気に読めるお手本のようなスリラーで、知的対決といた興味で読める。しかも発表直後にミュンヘンオリンピックのテロがあって、本作がそれを予感した..という評価があって2度目のゴールデンダガーを受賞している。しかしね、一番ショッキングなのは、本作で描かれた中東情勢って、ISが跋扈する今でも、本質的にあまり変わってないことなんだよね...何物にも縛られないアナーキーな海の自由民「レヴァント人」のあり方(ある意味これは伝統的な生き方)が、国籍・民族・宗教に縛られルサンチマンに満ち満ちた「近代的」なパレスチナ問題に対して何かヒントになるようにも感じられる。

No.1 8点 2013/05/12 14:30
スパイ小説の巨匠の手になる1972年英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞受賞作ですが、翻訳が創元社から出たのはなぜか2008年になってからです。
スパイというより中東を舞台にした国際謀略小説という感じです。ある意味、主人公の同族企業社長がスパイ的な役割を担うことにはなるのですが。複数の登場人物の一人称形式を章ごとに組み合わせた形式をとっていて、全8章のうち4章がこの社長の視点です。
現在まで続くパレスチナ紛争を扱っているわけですが、パレスチナ過激派ゲリラが自社で密かに爆弾を作っていることに気づいた社長と過激派リーダーの心理的かけひきが興味の中心で、過激派がどんなテロ行為を目論んでいるのかを少しずつ明らかにしていく知的興味もじわじわとサスペンスを盛り上げていきます。決して派手な展開に持ち込まず、リアリティがあるからこその緊迫感に徹しているのは、さすがでした。


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