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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] シルマー家の遺産 |
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エリック・アンブラー | 出版月: 1954年10月 | 平均: 7.50点 | 書評数: 2件 |
早川書房 1954年10月 |
No.2 | 7点 | 空 | 2020/12/27 23:18 |
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久々の再読で、渋い味わいがよかったという印象だけが明確に残っていた作品です。
アメリカで10年以上前に死んだ人の遺産相続人を弁護士がドイツからギリシャをめぐり捜し歩く話は、スパイ小説とは言えないでしょう。ただし、後半ギリシャに着いてからの展開は、当時のギリシャ政情が背景になっていて、やはりアンブラーらしいシリアス政治スリラーの味わいです。 多額の遺産を残して死んだ人の名前はシュナイダーなので、その人の先祖がシルマーから改名してはいるものの、なぜこのタイトルなのかと思わせられます。ところがこれが最後に「シルマー」でなければならなかった理由が納得できるようになっているという構成がいいのです。 ところどころ「ゐ」の字がチェックミスで残っていたりという訳文の問題以外では、ギリシャに舞台が移ってからは展開が予想しやすい点が多少不満でしょうか。 |
No.1 | 8点 | クリスティ再読 | 2017/05/28 22:39 |
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評者、カッコイイことは苦手だ...だからアンブラーに共感するのかもね。
というのも、本作って例の名作「ディミトリオスの棺」の書き直し、といった雰囲気があるからだ。「ディミトリオス」は結局、動乱の裏に蠢く悪の天才の姿を描いちゃったことになって、ある意味とてもカッコイイのだ。で、本作はそれを反省した感じで、同じく一人の男をヨーロッパを駆け巡って足跡を追う小説でありながら、その男、フランツ・シルマー軍曹は特異な状況にはあるが、悪の天才でも英雄でもない。 話はアメリカで身よりなく亡くなった老女の遺産の受取人を探すべく、法律事務所の若き社員ケアリは、ヨーロッパの従弟の行方を追うところから始まる。この従弟は既に亡くなっていたが、その子孫に受取資格があることが判明する。しかし第二次世界大戦がドイツ人の運命を大きくシャッフルした時期に重なっていて、唯一の生きている子孫と思われたフランツ・シルマー軍曹はギリシャからドイツ軍が撤退する際の混乱の中で行方不明になっていた.... (以降ネタバレ) でまあ、フランツは生き延びて、ギリシャの左翼パルチザンの側についてゲリラとして山中に潜伏していたわけだ。要するに旧日本兵が敗戦後にインドネシアやベトナムの独立運動に協力したのと似たようなものなんだが、シルマー軍曹は負け組の左翼ゲリラだから、負けが見えてほぼ山賊みたいなものに成り下がってきている状況だった。こんな状況でケアリと直接会談することになる。 本作の一番イイところは、冒頭に述べられるシルマー家初代のフランツ・シルマー軍曹の話が、玄孫のナチからギリシャ左翼ゲリラに鞍替えしたフランツ・シルマー軍曹の話と何となく重なるあたりである。初代はナポレオン戦争の敗戦の中で軍隊を脱走し、彼を匿った農婦と結婚して子孫をドイツとアメリカに残すことになるのだが、こういうエピソードがヨーロッパの庶民の実像を捉えていて非常に印象深い。でやはり現代のシルマー軍曹も決してカッコいい存在ではなく、ましてやうまく勝ち馬に乗ることができたわけでもないが、それでもしたたかに生き抜くことには長けている。なので、現代のシルマー軍曹はケアリが提供したナポレオン時代の高祖父の話に感銘を受ける。 わたしの本当の遺産とは、あなたがわたしにお示しくださった、わたしの血統とわたし自身に関する知識です。多くのことは変りはて、エイラウの戦いも遠い昔のことですが、長年月にわたって、手と手は結び合い、わたしたちは一体なのです。人間の不滅性はその子供たちのなかに存在しているのです。 20世紀的であるのと同時に、ヨーロッパ庶民の精神史みたいなものを覗かせるこのフランツ・シルマー軍曹の姿が実に秀逸。すばらしい。 |