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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] 薔薇はもう贈るな |
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エリック・アンブラー | 出版月: 1980年09月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1980年09月 |
No.1 | 6点 | クリスティ再読 | 2017/11/24 23:52 |
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本作はアンブラーの最後から2冊目、最後の「The Care of Time」は訳されてないから、訳された中では最後の作品になる。アンブラーの集大成みたいなニュアンスがありつつも実に独自でオリジナリティ抜群の作品なのだが...
例えば「ディミトリオスの棺」が、作家が国際的犯罪者の痕跡を追って、その秘密に肉薄する話だったように、本作は犯罪学者のチームが、陰に隠れた「犯罪者」のしっぽを掴み、その弱みを使って、直接のインタビューを行う経緯を描いている。本作は実のところ、その「犯罪者」サイドから描かれた小説である。しかもその「犯罪」というのが、国際的な規模の組織的なものではあるが、経済的な部分での犯罪、地下銀行の経営やタックス・ヘイブンを使った合法的な脱税指南という部類の「犯罪」である(「武器の道」の武器取引だって必ずしも犯罪とは言い切れないしね)。第二次大戦後のドサクサの中で私腹を肥やした経理将校たちのために、地下銀行組織(最終的にはイタダいてしまうのだが)を築いた、主人公の師匠であるカルロは、主人公にこう諭す。 きみはまず、わしが犯罪者であるとか、犯罪者としての天分を持っているとかという馬鹿な考えから根本的に脱却しなければならない。わたしは法律を重んずる弁護士だ。不法行為は、未熟者か阿呆のすることだ。賢いやつはそんなことをする必要がない。 本作の「犯罪」というのはこういう態のものだ。各国の法制のスキマを縫うようにして、秘密の資金を動かして課税を逃れ、あるいは利殖したものを「洗濯(いわゆるマネー・ロンダリング)」して還流させる、といったもので、グレーゾーンで当局も手が出しにくい手口もいろいろあるようだ。だから、犯罪学者たちの追及も結構ムリ筋に近いのだが、背後にはやはり各国情報部の影が見え隠れする...主人公ファーマンはそのインタビューの舞台に選んだ南仏のリゾートの別荘を、監視する一団に気づいた。彼らはどうやら、ファーマンの組織によって資金をかすめ取られた被害者(?)らが報復に雇ったプロたちらしい。前面に犯罪学者、後背にギャングたちと腹背に脅威を感じつつ、インタビューは進む。しかし、ファーマンの現在のビジネス・パートナーである、タックス・ヘイブンの影の支配者(この男の経歴がシンプソンを思い出させるが、ずっと悪辣で有能)が、ファーマンを見限るそぶりを見せだした。幾重のピンチに取り囲まれたファーマンは逃れることができるだろうか? と「歴史の影に蠢く国際的大犯罪者」のイメージも、ディミトリオスから比べると、なんとまあ、大きく変貌したものであろう! ファーマンはディミトリオスとはまったく似ていない。しかし国際的規模の陰謀はさらに精緻に巧妙になり、報復も殺人よりは税務当局への密告の方が好まれるような「悪」になってしまったわけだ。 同様にアンブラーのプロットもさらに精緻になっている。犯罪学者たちに手口の一端を少しは公開しなければいけないこともあって、ファーマンの「仕事歴」の公開(これがなかなか興味深い)と、犯罪学者たちのあしらい、それに襲撃への警戒の3つが同時に進行する構成でサスペンスを盛り上げる。また、この本自体が最終的にファーマンのある狙いを実現するための仕掛けになっている、という「インターコムの陰謀」でも見せたようなややメタな狙いがあったりもする...(まあ詳細は読んでのお楽しみ) というわけで、本作はアンブラーの集大成、といってもいいような精緻な内容を持っているのだけど、正直言って精緻な分迫力みたいなものは薄れている。またこれは訳の問題もあるのだが、登場人物たちはみな一筋縄でいかない策士たちであって、それぞれがそれぞれを「化かしあう」ために会話する。だから話す内容の陰にいろいろと狙いが込められ「すぎて」いて、会話内容がなかなかわかりづらい。本作を本当に楽しむにはちょいと修業が要りそうだ。 |