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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
ドクター・フリゴの決断
エリック・アンブラー 出版月: 1982年11月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1982年11月

No.1 7点 クリスティ再読 2018/01/02 18:37
アンブラーの70年代というと、定型的なスパイ小説の枠から完全にはみ出してしまって、国際謀略小説としか言いようのないものになるのだが、本作もその一つ。アンブラーお得意の巻き込まれ型で、主人公が政治的亡命者、というのが「あるスパイの墓碑銘」を連想させるが、「あるスパイ~」の主人公がノンポリだったのと同様に、本作の主人公も内心は本当にノンポリであるにもかかわらず、その立場から政治謀略の真っただ中に置かれてしまう。
カリブ海に浮かぶフランス海外県の一つ、サンポール・レザリゼ島に住む病院勤務医のカスティリョは、政治的亡命者だった。彼の父カスティリョはカリブ海に浮かぶ某島(作中では名前が出ない)の左翼政党指導者だったが、12年前に軍事政権に暗殺されていた。それをきっかけに父の党派は弾圧されてメンバーは国外に逃亡していたのだが...主人公はというとあまりに身近な父の様子(日和見主義者と作中では評されている)を見すぎていたためか、あるいは亡命した家族に寄ってくる同志たちの愚行とタカリのさまをみるにつけ、父の同志たちとは距離を置いて、誰にも心を開かずに「ドクター・フリゴ(冷凍肉)」と綽名されるほどの冷徹な医師として、亡命生活を送っていた(ここらの造形はほんとユニーク!これだけで作品の成功が約束されたと思うくらい)。
ところがある日、警察に呼び出されて、署長直々にフランス情報部によって、父の同志の主治医になるように命じられた。主人公は抵抗するが、医師の義務を盾に取られて、協力せざるを得なかった。どうやらフランスを含めた諸外国のお膳立てのもとに、現在の軍事政権をひっくり返すクーデター計画が進んでいるようなのだ。フリゴの患者がまさに新政権の首班となるべきキーマンである。しかし、フリゴはその患者が、不治の死病にかかっていることに気が付いてしまった...クーデターの行方は? 父の暗殺の真相にそのキーマンが関っているような噂もある。もしフリゴ自身が立てばそれを支持する勢力がないわけでもなさそうだ...
とアンブラーらしい非常に錯綜した状況の中で、「冷凍肉」と綽名されるような政治の馬鹿らしさをつくづく感じているユニークな主人公の振る舞いが、それだけで十分なサスペンスになってくる。原題は「Dr. Frigo」で「決断」と追加したのは訳者の責任である。要するにこの「決断」が、ユニークな状況に置かれた主人公の主体的な決断が、作品の最大のポイントになる。がまあそれは読んでのお楽しみだが、

あなたが民主社会主義を隠れ蓑にしないのと同じですよ。

とアンブラーの政治センスが充分に発揮された結末だ、とは言っておこう。
まあアンブラーなので言うまでもなく、脇を固めるキャラも実に印象的で、フリゴが付き合っている女性は、ハプスブルクの末裔で、ハプスブルク家のいろいろなエピソードを元にフリゴにアドバイスしたりするわけで、直接的にはフランスの思惑でメキシコ皇帝に担ぎあげられたマクシミリアンのエピソードを重ねる仕掛けがあったり、左翼ゲリラ上がりの「エル・ロボ(狼)」とあだ名される人物が、このクーデターに一枚噛んでいて、会ってみると丸々太ったやんちゃ坊主のような男で「狼」なんてらしくなかったりするとか、小ネタも楽しい。本作ハードカバーだけで終わった作品なのが本当にもったいない。


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