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[ 本格 ]
知りすぎた男
ホーン・フィッシャーの事件簿
G・K・チェスタトン 出版月: 2008年09月 平均: 5.80点 書評数: 5件

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論創社
2008年09月

東京創元社
2020年05月

No.5 6点 ◇・・ 2024/08/07 20:29
上流階級社会の中で起こる犯罪を、フィッシャーという名の人物が解決するのだが、彼自身政治家たちと深いつながりを持つ立場ゆえ、時に事件の真相や犯人をまるでキャッチ・アンド・リリースするように看過してしまう。
その様子を側で観察するワトソン役が政治記者であるところも皮肉が効いている。政治や文明批評でも知られるチェスタトンらしい作品。

No.4 7点 Tetchy 2021/06/26 00:42
数あるチェスタトンのシリーズキャラクターにまた1人奇妙な人物が加わった―というよりも彼の描くシリーズキャラクターは全て奇妙奇天烈なのだが―。ホーン・フィッシャー。通称“知りすぎた男”。本書は彼の登場と退場までを描いた連作短編集だ。

彼はかつて当選しながらも一度も国会に行かなかった国会議員であった男であり、彼の親戚一同は政界に進出した上流階級の人物であった。実の兄ハリーは陰の政治家の私設秘書でもう一人の兄アシュトンはインド駐在の高官、陸軍大臣と財務長官を従兄弟に持ち、文部大臣を又従兄弟に持ち、労働大臣は義理の兄弟で、伝道と道徳向上大臣は義理の叔父であり、首相は父親の友人で外務大臣は姉の夫というまさに政治家一族である。そして数々の事件を解決しながらも決して彼は司法の手に犯人を委ねない。彼は真相を知るだけでそれ以上のことをしないのだ。
それは過去数多の名探偵に見られた傾向であり、いわゆる謎さえ解ければ満足なのだという自己中心的な探偵の1人に思えるが、実は彼は大局観で以って物事を捉える。

しかし彼のいわゆる大局観には現代の日本人の常識からみても首を傾げてしまうものもある。
例えば最後の短編「彫像の復讐」でハロルド・マーチがホーン・フィッシャーの忠告に従って彼らの悪行を見逃していたら、いつの間にかイギリス政府はとんでもない輩たちの巣窟になってしまったと云って、数々の悪い噂を並べる。
財務長官は金貸しの云いなりになっている。
首相は石油の契約で商売をしていた。
外務大臣は酒と麻薬でボロボロだ。
これらは正直今の時代では政治家生命を失うほどのスキャンダルだが、フィッシャーはそんな噂を持つ彼らを誇りに思うと云う。そんなことをやってまでも頑張っているからだと。
この発言は眉を潜めざるを得ない。我々は彼らを糾弾しようとする友人の新聞記者ハロルド・マーチ側に立つ人間だ。

有識者によれば本書執筆時のチェスタトンは当時の英国政治に不信感と不満を抱いており、その葛藤がフィッシャーとマーチ2人に現れているとのこと。つまり悪を認めながら必要悪として断じないフィッシャーの諦観とマーチが抱く義憤はそのままチェスタトンが内包していた思いなのだろう。

そして本書はまた1つ別の側面を持っている。それはこのハロルド・マーチという新聞記者の成長譚でもあることだ。
新進気鋭の新聞記者として第1作に登場し、ホーン・フィッシャーと出遭って友人となった彼はフィッシャーの人脈を利用して他の記者では得られない政治家の情報を次から次とスクープし、最後の短編では当代一流の政治記者と云われ、自由な裁量権を与えられた大新聞を預かるまでになる。彼はいわばフィッシャーによって育てられた、そしてフィッシャーの唯一の友人にまでなった男にまで成長するのだ。

しかし覚悟はしていたが、やはりチェスタトンの紡ぐ物語は衒学趣味に溢れ、なかなか本筋を追うのが難しく、一読目で状況を理解するのは困難で、粗筋を書くために読み直して初めて物語の筋とそして彼が散りばめた含みある言葉の数々が解ってくるし、こうやって感想を書くことで再び本書を紐解き、再構成していくことでこの連作群に込められた作者の意図が見えてくる。
本当の内容を知るために本書はまさに“二度読み必至”な作品なのだ。

そして久々のチェスタトンの短編集はやはり逆説に満ちていた。
見当違いの的に当てる射撃の下手な人物は名手だからこそ見当違いの的に当てることができた。
人の注目を浴びないように敢えて平凡で戯画化した風貌を選んだ。
そこにあるから逆に調べない。
明白な動機があるがゆえに犯人ではない。

また色んな警句にも満ちている。
人は人の話を聞いただけでそれが真実であると信じ、決して疑って自分で調べない。そしていつの間にかその誤った情報や言い伝えが真実となる。
自分は誰にも迷惑かけずに自立して生活していると主張する者ほど他人に依存している部分で大きな迷惑を掛けている。
それらの言葉の数々はこの令和の時代でも色褪せない機知に富んだ味わいがある。

本書はそれまでのチェスタトン作品を読んでいるとミステリとしての謎としては簡単な部類に入るだろう。しかし真相に隠された犯人の真意やフィッシャーの意図は深みに溢れている。

本書は、彼は知りすぎているがゆえに自分の知らないことに興味を覚えるとホーン・フィッシャーの特徴が紹介されている。
しかし彼は知りすぎたがゆえに大局が見えたが、それを伝えるには時間がなかった。知りすぎたがゆえに自ら行動せざるを得なかったのだ。
そして周囲は彼の理解力に追いつかなかったゆえに彼の真意が解らなかった。

ホーン・フィッシャー。彼はチェスタトン作品の中で最も哀しい探偵であった。

No.3 6点 弾十六 2019/08/14 02:40
1922年出版。無邪気な男が地獄(WWI)を見て、知りすぎてしまった… と嘆いてる、ということか。でも神ならぬ人の身で「私は知りすぎてる」なんて傲慢以外の何ものでもありません。作者GKCの心の退廃を感じるのは深読みしすぎか。主人公は冷たく静かな感じのホーン フィッシャー。
連載の途中で作者は『詩人と狂人たち』の連載をスタート(1920-11から)させてます。そちらと本書の各作品を雑誌発表順に読んで行くので感想は交互に書くことになります。
この論創社の本に創元文庫の旧版『奇商クラブ』収録の2篇(初出1920&1918)を含む全12作が原本The Man Who Knew Too Muchの構成。1918-1922のチェスタトンの探偵小説集成(ゲイル除く)というわけです。1922年カトリック改宗時(訳者あとがきによると本書出版の少し前)の作品集でもあります。
以下、タイトル表記はFictionMags Indexによる初出時のもの。カッコつき数字は単行本収録順。原文はGutenberg等で簡単に入手出来ます。初出誌Harper’sの挿絵画家は「不信」シリーズでMcClure誌の挿絵を描いてたWilliam Hatherell。Webで作風を見るとかなり繊細な描線、でも柔らかなタッチです。

(1)The Man Who Knew Too Much, I.—The Face in the Target(Harper’s Magazine 1920-4, 巻頭話, 挿絵W. Hatherell): 評価6点
大戦前の無邪気さは影を潜め、諦めの境地。絶望感すら感じさせます。ゴタついた感じの語り口。やはり映像の人ですね。この作品にも強烈な絵画的イメージが登場します。

(2)The Man Who Knew Too Much, II.—The Vanishing Prince (Harper’s Magazine 1920-8, 挿絵W. Hatherell) : 評価6点
地元民とロンドンっ子の対比が面白い。こちらも終末的な話。

(3)The Man Who Knew Too Much, III.—The Soul of the Schoolboy (Harper’s Magazine 1920-9, 挿絵W. Hatherell): 評価6点
手の込んだ語り口。犯罪心理を語らせたらGKCの右に出るものはいません。
(以上2019-8-10記載)

⑶と⑷の間に『詩人と狂人たち』シリーズを三作発表。

⑷The Man Who Knew Too Much, IV.—The Bottomless Well (Harper’s Magazine 1921-3, 挿絵W. Hatherell): 評価5点
「若者をなお悪い方向へ」向かわせてしまう反論の仕方、というのは思い当たるなあ。お馴染み「浅黒い(dark)p81」「色黒の男(dark man)p87」は、多分髪の色のこと。話としては面白いけどGKCの偏見丸出しの世界情勢分析がどうもね… この作品には、新しい世代への希望めいたものが見られるような気がします。(絶望感を通り越したのかな)
(2019-8-10記載, 2019-8-11追記)

⑹The Man Who Knew Too Much, V.―The Fad of the Fisherman (Harper’s Magazine 1921-6, 挿絵W. Hatherell): 評価6点
大物たちの人物描写が興味深い。モデルがいそうな感じ。ストーリーはやや複雑ですが、巧みな語り口です。知りすぎた男にふさわしい内容。
(2019-8-11記載)

⑸The Hole in the Wall (Cassell’s Magazine of Fiction 1921-9; 米初出Harper’s Magazine 1921-10, 挿絵W. Hatherell, タイトルThe Man Who Knew Too Much, VI.―The Hole in the Wall): 評価4点
この作品だけ英Cassell’s誌が一月早く掲載。冒頭からダジャレが多い作品。懐疑論についての発言は禿同。(禿げと言えばフィッシャーは生え際がかなり後退してるようです。年齢はマーチの15歳ほど歳上) でも犯行方法がよくわかりません。(確実性をGKCの寓話でいうのはアホくさいのですが…)
ところで翻訳は⑸⑹だけ雑誌発表順と逆になってるのですが、Dover版(2003)やMysterious Press版(2015)などは雑誌発表順で収録されています。翻訳の底本The Collected Works of G.K. Cherton Vol. 8 (Ignatius Press 1999) をみると英初版Cassell版による、となってました。
(2019-8-12記載; 2019-8-14訂正)

⑸と⑺の間にガブリエル ゲイルもの2篇を発表。

⑺The Man Who Knew Too Much, VII.―The Temple of Silence (Harper’s Magazine 1922-5, 挿絵W. Hatherell) 英初版The Fool of the Family: 評価6点
ホーン フィッシャーの兄登場。ホーンの主張する「伝統ある小地主の復権」はGKCの長年のテーマですね。選挙戦と不都合な真実。いかにもな話ですが気に入りました。ラストの思いがこの短篇集の総括なのでしょう。「有力候補(win the seat)p199」は普通に「当選する」で良いのでは?
タイトルはDover版等、現行出版されてる大抵の版では雑誌掲載時のThe Temple of Silenceが採用されてますが上述の底本を見ると英初版Cassell版はThe Fool of the Family。(ということはこちらの題がGKCの意向か。)
(2019-8-14記載)

⑻The Man Who Knew Too Much. The Vengeance of the Statue (Harper’s Magazine 1922-6, 挿絵W. Hatherell): 評価5点
戦間期の不安が表現されてる作品。最終話にふさわしい作品。1922年の戦闘行為なんて現実にあったのかな?(調べてません。)
(2019-8-14記載)

フィッシャーもの以外の2篇が収録されてるのに今更気づきました。いずれも1919年発表。これを先に読むべきでした… (両方とも一作きりの探偵。色々模索中だったということでしょうか。)

①The Garden of Smoke (The Story-Teller 1919-10, 巻頭話) 評価5点
雑誌の表紙絵には薔薇と帽子の髭男。Hearst’s 1920-1掲載時の挿絵(Walter Everett作)がWebにありました。いつものもってまわった展開ですが、ネタは単純です。古い船乗りの歌「スペインの女たち」は"Spanish Ladies" (Roud 687) is a traditional British naval song.(wiki)
(2019-8-11記載)

②The Five of Swords (Hearst’s Magazine 1919-2, 巻頭話, 多分挿絵あり) 評価5点
語り口が巧みで複雑なプロット。あちこちに連れ回される感覚が良い。決闘って当時フランスでは合法だったのか。ところでGKCの反ユダヤは1919年ごろから悪化してるような感じ。(このタイトル、JDCの長篇の元ネタ?)
(2019-8-11記載)

全て読み終わったので全体的な感想を。
無邪気な世界を信じてた作者はWWIの悲劇(弟も戦死しています。)を経て、知識が解決の基礎だと感じたのか。でも知識(=真実)で世界を変えられると信じるほど未熟ではなかったGKCはこーゆー主人公を設定したのではないか。
途中でガブリエル ゲイルが登場するのは、実は世界はまともではなく、元々狂っているのだ、という確信を得たからではないか。狂った世界なら実際家たちには解決できない。寄り添えるのは狂人だけである。そこで救いは宗教になる。
単純な図式ですが、今のところ、こんな風にGKCを捉えています。
『詩人と狂人たち』の次は『ブラウン神父の不信』です。こちらもとても楽しみです。

No.2 5点 ボナンザ 2019/03/16 17:31
チェスタトンらしい哲学に満ちた短編集。最後の像の復讐まで、芯の通った連作で読み応えあり。

No.1 5点 2017/11/04 19:03
『ブラウン神父の知恵』の後1926年に『不信』で「ブラウン神父の復活」を果たす前、1922年に発表された短編集。タイトルについては、名探偵役のホーン・フィッシャーが第1作『標的の顔』の中で「いろいろ知りすぎていてね。そこがわたしの問題点なんですよ。」と言っています。
作者が作者ですから、文章が難解なのは当然とも言えますが、本短編集はブラウン神父シリーズ以上にわかりにくいものになっています。ブラウン神父がキリスト教という普遍的哲学を基本にしているのに対して、フィッシャーはイギリスの首相や閣僚たちとも親戚関係にあるような人物で、当時の政治的な主題が背景にあるのも一因でしょう。また、全般的に登場人物が無駄に多いように感じました。シリーズ最終作『像の復讐』については、チェスタトンもこの手は使っていたんですね。
シリーズ外の最後の2編の方が、シンプルにまとまった読みやすい作品になっていました。


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