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ミステリの祭典

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平均点:6.73点 書評数:1603件

プロフィール| 書評

No.943 7点 エンプティー・チェア
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/07/26 21:28登録)
ライムのテリトリーであるニューヨークを離れたノースカロライナ州のパケノーク郡なる異郷の田舎町での捜査。ニューヨークのどこにどんな土があり、どんな建物が建っているか、手に取るように熟知していたライムだが、やはり異郷の地ではそれが通用せず、また現地捜査官の捜査レベルの低さに失望を禁じえない。作中で例えられているように世界一の犯罪学者と称された彼もそこでは“陸に上がった魚”で、いつものような調子が出ない。

さらに今回は今まで師弟関係と愛情を分かち合う強い絆で結ばれていたライムとアメリアの関係に変化が訪れる。なんとアメリアがライムの意見を疑問視し、犯人と思われる少年を留置場から逃がして独自の判断で捜査に臨むのだ。証拠が全てだという現代に甦ったシャーロック・ホームズとも云えるライムの考えと容疑者に直に対峙したアメリアの直感が錯綜する。云わば理と情の錯綜だ。そして読んでいるこちらはどちらが正しいのかハラハラしながら読むようになる。

やはり今回もどんでん返しがあった。それは一概にこれだ!と云えるものではなく、あらゆる要素に亘って読者の予想の上をいく展開を見せていると思う。
特に今回は事件の本質自体が変わっている。前2作が連続殺人鬼対名探偵というシンプルな構成にその正体にサプライズを仕込んでいた。そして今回はライムが協力を依頼されたのは誘拐事件で犯人の居所およびその獲保と監禁されている被誘拐者の救出だったのが、捜査が進むにつれ、本当の巨悪が見えてくるという構図になっている。

しかし上に述べた様々な手法や技法を駆使してはいるものの、物語としてはいささか盛り上がりにかけるように思えた。シリーズ物でありながらも作品ごとに趣向を変えるディーヴァー。今回はリアルタイムで殺人が起きるというものでなく、追う者と追われる者の頭脳合戦という構図を描きながら、それを包含する大きな構図を徐々に展開するという趣向だったが、個人的にはライムの唯我独尊ぶりが低減され、逆にこの話ではライムよりも他の人物の方がよかったのではないかと思わされた。今回は証拠が語る事実を重視する捜査方法よりも捜査経験豊富なベテラン刑事が直感に頼って捜査を進める手法の方が適していたように思う。

ノンシリーズの『静寂の叫び』の主人公が名のみの登場だが、思わずそれを見つけたときにはニヤリとしてしまった。


No.942 4点 だれもがポオを愛していた
平石貴樹
(2011/07/14 20:46登録)
全てのモチーフがポオの作品に繋がっていた。そんなポオ尽くしの奇妙な事件。本書は数あるガイドブックで時折取り上げられる作品。それほど評価が高いのであれば食指が動くというもの。どれどれといった感じで読んでみた。
しかも“読者への挑戦状”付のど真ん中の本格ミステリ。久々にこの挑戦状を見た。だが哀しいかな、この頃には私は既にこの作品に対する興味を失っていた。

みなさんかなり高評価だが、私はもう単純にこの世界観にのめりこめなかった。作中で繰り広げられるポオの作品に擬えた犯罪の数々と登場人物が折に触れ語るポオ作品との関連性に逆に辟易としてしまった。
こういった作品とはやはりモチーフとなるものに読者もある程度の造詣を持っていないと、乱痴気騒ぎを窓の向こうから見ているような冷めた目線で読んでしまいがちだ。それはある種その仲間に入っていけないものにとってパーティとは騒音以外なにものでもなくなってしまうのと同様に、作中で出てくるポオ作品のモチーフの数々が作品の進行を妨げているようにしか、思えなかったのが辛い。

本を読む資格というのがあれば私はこの本を読む資格はなかったのかもしれないが、一般に書店で売られて誰でも手に入れる商品であるから一般に開かれている作品であるのでそんな物は関係ない。
だから面白かった!と賞賛している人たちには申し訳ないけど、論理は整然としているが、謎は全く魅力的ではなかった。


No.941 7点 悪魔の涙
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/07/10 22:19登録)
今回はノンシリーズの1作だが、嬉しいことにリンカーン・ライムが脇役で登場する。シーンは短いがその後の捜査に関する手掛かりを提示するので友情出演といった趣がある。

ディーヴァーはよく息をつかせぬスピーディな展開とどんでん返しが専売特許のように巷間では賞賛されているが実はそれだけではない。彼の精緻を極める取材力が登場人物たちを実在する人物であるかのごとく、読者の眼前に浮かび上がらせるからだ。彼の作品に登場するFBI、市警の面々の捜査と彼らが交わす会話のディテールはまさしくその道のプロフェッショナルが放つ言葉そのものだ。だからこそ読者は普段垣間見れない世界を彼の作品を通じて教えられ、実際の捜査がものすごく高度な知的労働であることを思い知らされる。
さらに挙げるならば組み合わせの妙。前述したように本書では世界一の犯罪学者と称されるリンカーン・ライムも登場するが、彼は脇役に過ぎない。あくまで主役は文書検査を生業とするパーカー・キンケイドだ。思うに今回のプロットはライムシリーズとしても全然損色なく最上のエンタテインメントが作れただろう。しかしあえて作者は文書検査士という職業の者を選んだ。この普段我々が接することのない職業の崇高さ、高度な技術と知識を要することを上手く物語に溶け込ませることで彼が主役であるべきだと説得している。大晦日のワシントンを襲った無札別殺人テロに対抗する相手が文書検査士なんて発想はなかなか、いやめったに浮かばないだろう。この一見ミスマッチといえる組み合わせを用いながら、さも彼が捜査に加わって中心人物となることが必然であるかのように見せる文章運びの巧みさ。これらがディーヴァーを現代アメリカミステリの第一人者として知らしめているのだ。

しかしとはいってもディーヴァーを語るにどんでん返しを抜きには語れない。今回も大晦日が明ける夜の0時までの殺人予告というタイムリミットサスペンスを展開しながら、どんでん返しが待っていた。
真犯人が独白する一連の事件の背後に隠れた計画は、どうにもこじつけのように感じてしまった。確かに捜査班の末席にいながら、捜査官を誘導する発言を行っていた場面はあるものの、どうも後で挿入されたエピソードのように思えてならない。

作品の質としては悪くはない。寧ろ標準以上だろう。先に述べたように直筆の脅迫状を掲載してそれについて主人公パーカーに分析させるなど、読者の眼前で実際のFBIの捜査が繰り広げられているようなリアリティをもたらせている。だからこそ逆に本書はストレートに終息する方がよかったように思う。どんでん返しが逆に仇になってしまった。また既にディーヴァーに高いハードルを課した自分に気付かされた一冊でもあった。


No.940 4点 クイーン検察局
エラリイ・クイーン
(2011/07/03 19:35登録)
クイーンによるミステリ小ネタ集と云っていいだろう。恐らく長編に成りえなかった事件のトリックを上手く料理して、正味10ページぐらいのミニミステリにしている。確かにそれぞれの事件は小ネタ感は拭えないものの、アイデア一つでは長編になりうるネタも揃っている。
本書における個人的ベスト作品は「変わり者の学部長」だ。とにかく物語の設定にも使われていた単語の一番上の子音と母音を入れ替えて話をするスプーナリズムという症状が非常に面白く、ためになった。
またミステリ界の巨匠とも云える有名な作品へのオマージュがそこここに見られるのも特徴的か。「匿された金」はG・K・チェスタトンのある作品の影響を感じるし、「守銭奴の黄金」はポーの盗まれた手紙の主題そのままだ。他にもどちらが卵で鶏か知らないか、クイーン自身の作品をモチーフに扱ったものもあった。例えば「名誉の問題」は「災厄の町」、「消えた子供」はある自身の作品といったように。
ただ『犯罪カレンダー』でも感じたことだが、収録された作品のアイデアに非常に似通った物が複数あり、どうも一つのアイデアをヴァリエーションを変えて使用しているように感じた。やはりクイーンは意外と手札が少ないのではと思ってしまう。本書でもその傾向があったのは否めない。
そして今回は日本人にはいささかピンと来ない、解りにくい真相が多かった。特に英国と米国の文化の違い、言葉の違いが推理のきっかけになっているものが散見され、せっかくの真相がやや腰砕け気味になったのは残念な思いがした。


No.939 9点 パラレルワールド・ラブストーリー
東野圭吾
(2011/06/30 21:43登録)
まず冒頭の電車のシーンがツボだった。多分これからあの区間を山手線、京浜東北線に乗るたびにこの物語を思い出しそうな気がする。

殺人事件が起きずにこれほどハラハラさせられるミステリは最近読んだことがない。そう、“ラブストーリー”と題名に附されながら、これは極上のミステリだ。

何よりも本書はある一人の人物に尽きる。それは敦賀崇史の親友、三輪智彦だ。
冒頭に私は本書はラブストーリーだと銘打ちながら実は極上のミステリだと書いたが、最後にいたってこれはなんとも切ない自己犠牲愛に満ちたラブストーリーなのだと訂正する。
こんなに心に残る話は無条件で10点を献上したいところだが、『魔球』同様、犠牲を被る相手に不満が残ってしまう。特に今回は社会的弱者の立場の人間が自ら犠牲になるというのがどうしてもしこりとして残ってしまう。上にも書いたが、不遇な境遇を強いられた彼がようやく手に入れた唯一無二の幸せ。それさえも身障者という理由で諦めなければならないのだろうか?

誰もが幸せになるために選んだ道は実は誰もが不幸になる道であった。謎は解かれなければならないのがミステリだが、本書においては知らなくてもいいことがあり、それを知ってしまうことが不幸の始まりであった。
『変身』では記憶を自らの存在意義の証と訴えた東野は本書では記憶のまた別の意味を提示してくれた。次は何を彼は問いかけるのだろうか?


No.938 3点 仮面の島
篠田真由美
(2011/06/26 00:25登録)
8作目にして舞台は初の海外。本書の前に編まれた初の短編集には桜井の海外放浪時代の事件が書かれていたが、それはこの作品への手馴らしといったものか。元来海外、特にヨーロッパ建築に造詣の深い作者だから、京介が大学を卒業して輪をかけて融通のつく立場になったことも含めてこの舞台は満を持しての物だと云えよう。

やはり海外が舞台になると観光小説の色が濃くなるのか、作者が取材で得たイタリアの風習や各所名所についての薀蓄が施され、実際殺人事件が起きるのは約3/5を過ぎたあたりなので、これは非常に遅いといえよう。アーロン・エルキンズのスケルトン探偵シリーズを読んでいるような感じを受けた。

さらに異色なのは建築探偵シリーズでありながら今回は対象となる建築物がないことだ。今まで事件の真相よりも建物に込められた人の想いを解き明かすのがシリーズの主眼だったのだが、今回は全くそれが見られず、逆に殺人事件に主眼を置いた本格ミステリになっている。

しかしそれでも篠田氏の騙りは浅いなぁと思う。特に賊が襲ってきて無差別に人を撃ち殺すところなんかはその時点で真意が透けて見えるほどバレバレだ。やはり驚愕の真相やどんでん返しをこの作家に求めるのは酷なんだろう。
そしてやはりこの作家、自分の美学に酔っているとしか思えない。最後で明かされる本書の真犯人の動機はなんとも観念的で独りよがりだし、最後に自決するのも昭和の頃の少女マンガを読まされているような感じがした。

実はつぶさに解体していくと本書で篠田氏がやりたかったのはクイーンのオマージュではないかと思える。実行犯とは別にその裏に殺人を示唆する本当の悪の存在が最後に浮き彫りになるという構成には2本ほどクイーンの作品が思い浮かぶし、島1つが個人の持ち物でなおかつそこにある屋敷に住んでいる主人といえば『帝王死す』を否が応にも思い浮かべてしまう。

さらに二十歳になった蒼は成人しても京介とじゃれ合うことを止めない。この辺のBLテイストをどうにかしてほしいものだ


No.937 7点 フランケンシュタイン 支配
ディーン・クーンツ
(2011/06/19 21:48登録)
クーンツ版フランケン・シュタインシリーズ第2弾。実は最近のクーンツ作品ではとびきりに面白い作品だと感じ、新刊が出るのを愉しみにしていた。

ところどころに挿入される小ネタも面白く、その中の1つに登場人物の口から古今東西の小説の名前が出てくる点が非常に楽しく感じた。例えば前作で読書好きのヴィクターの妻エリカ4に後妻として登場するエリカ5が秘密の培養室に潜り込むときには少女探偵ナンシー・ドルーのように云いながら、いやノラのように勇ましいと訂正する。前者は恐らく日本の読者でも知っているだろうが、後者は「?」が点灯することだろう。実は私もピンと来なかった。なんとノラとはハメットの『影なき男』に登場する私立探偵ニック・チャールズの妻なのだ。なんともマニアックな選択だ。既読の私でさえ思い出せなかった。
他にもデュカリオンの相棒である映画館オーナーのジェリー・ビッグズがミステリ好きであり、自身の好みを開陳する。曰く
「刑事が先住民だったり半身不随だったり、強迫神経症だったりする話は好きじゃないんだ。それに探偵が料理上手なのも」
それぞれ該当するシリーズが思いつくのではないだろうか。思わずニヤリとしてしまうシーンだ。

レプリカント、新人種の生みの親ヴィクターの制御が徐々に崩壊し、カタストロフィへ向けて様々な事象が描かれる。そしてとうとうヴィクターと対面したデュカリオンはどう彼に対抗するのか。色んな謎や不吉な予感を孕みつつ物語は閉じられた。一刻も早い次巻の刊行を望む。枯れてもクーンツと思わせる次が気になる作品だ。


No.936 10点 コフィン・ダンサー
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/06/12 10:11登録)
今回のライムとアメリアの相手はコフィン・ダンサー。唯一の目撃者の証言からその上腕部に棺の前で女と踊る死神の刺青―表紙絵はそのイメージを捉えるのに大変助かった―があったことがわかり、それ以来通り名として呼ばれている。
しかしだからといって油断してはいけない。何しろ作者はあのジェフリー・ディーヴァーだからだ。

最後のサプライズに感想が集中しがちだが、本書では最初の1章の作品のイントロダクションとしてダンサーの最初の犠牲者が現れる導入部のミスディレクションの冴えは久々にいきなり頭をガツンとやられるほどの不意打ちを食らった。

そして今回のサプライズはかなりメガトン級。久々に地球がひっくり返るような錯覚を覚えた。いやはや参りました、ディーヴァー殿。

これだけではなく、物語の終盤にパーシーが航空機内に仕掛けられた爆弾との格闘の一部始終も物理、化学に留まらず航空工学、気象学などなどの専門知識をどんどん導入して盛り上げる。正に手に汗握るエンタテインメント。もうこれを読むと生半可な知識で書かれた航空パニック小説は読めなくなるなぁ。

シリーズ2作目で1作目をなお超えるツイストとエンタテインメント性を発揮してくれたことも考慮して、ここは10点満点を献上しよう。


No.935 7点 ガラスの村
エラリイ・クイーン
(2011/06/05 20:25登録)
ネタバレあり!

クイーン作品にしては珍しくほとんどが法廷シーンで繰り広げられる。
法廷シーンばかりであっても、きちんとロジックで容疑者の無実を判明するところがさすがはクイーンである。特に超写実主義といえる被害者ファニー・アダムスの絵を巡って推理が繰り広げられ、真実が明るみに出るあたりはもう見事の一言だ。まさか焚き木が最後に絵が描かれているか否かでその作品がいつ書かれたかが判明するとは思わなかった。実に上手い小道具だ。

閉鎖された空間での魔女裁判を描いた本書。題名が示すとおり、一枚岩と思えた村人たちの団結は実はガラスのように脆いものだった。地味な作品だが、本書に込められたテーマは案外重い。


No.934 8点 ボーン・コレクター
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/05/28 21:51登録)
知恵と知識を使っての連続殺人鬼ボーン・コレクターとの戦い。次から次へ手がかりを残しては殺人を犯すボーン・コレクターと四肢麻痺で厭世観に襲われながらも、かつてNY市警中央科学捜査部長の座まで登りつめ、ありとあらゆる場所を踏査しては知識として蓄えてきたリンカーン・ライムとの丁々発止のやり取りが実にスリリングで面白い。
いや面白すぎる!

このライムの推理の過程や独自の経験に裏付けられた鑑識道具の数々や手法を読むと、私はどうしても世界一有名な探偵を思い浮かべてしまう。
そう、シャーロック・ホームズだ。四肢麻痺というハンデはあるものの、ライムは現代に甦ったシャーロック・ホームズなのだ。

最後にディーヴァー作品をこよなく愛した故児玉清氏に合掌。


No.933 4点 桜闇
篠田真由美
(2011/05/22 11:19登録)
本格ミステリの短編といえば、限られたページ数という制約があるため、物語性よりもトリック、ロジックの切れ味が味わえるが、本書では逆に篠田真由美という作家が本格ミステリにはあまり向いていないことが露呈した作品集となった。
主眼はあくまでもトリック、ロジックの妙味にはなく、長編同様に登場人物の抱える心の闇や建築物に込められた念や思想といった部分に準拠した人の行為が真相になっており、これはもはや本格ミステリではないといえるだろう。謎自体は非常に魅力的なのにもかかわらず、推理のカタルシスをこれほど感じない短編集も珍しい。

2作目の「井戸の中の悪魔」、3作目の「塔の中の姫君」、3作目の「捻れた塔の冒険」、6作目の「永遠を巡る螺旋」は「二重螺旋四部作」と作者自身が名付けているが、要は同じような謎における推理のヴァリエーションで2つも3つも短編を拵えているような感じなのだ。従って個々の作品で開陳される誤った推理が少なく、あえて述べないことで別の作品で使用しようとしていると感じる、とまで書くとさすがに意地の悪い見方になるだろうか。


No.932 7点 静寂の叫び
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/05/13 22:17登録)
文庫本にして上下巻合わせて760ページ強の分量だが、脱獄囚が篭城するのはなんと第1章の終わり。つまり残りは全て脱獄囚の篭城劇に費やされる。これはすごい。これほど動きのない物語を作者は色々な情報と不測の事態とを織り交ぜてページを繰らせていく。

ディーヴァーといえばどんでん返しともはや定番だが、このどんでん返しは予想がついてしまったので、サプライズとしては弱かったのが残念。従って感想としてあと一歩といった感が残った。


No.931 7点 緋文字
エラリイ・クイーン
(2011/05/02 18:46登録)
本書は短編では名(迷?)コンビとして数々の事件を解決しているニッキー・ポーターがパートナーとして登場し、エラリイの助手を務めた初めての長編作品である。そしてそのコンビが挑む事件はなんと浮気調査。本格ミステリの探偵らしからぬ事件である。

どこに推理の余地があるのか、本格としてのサプライズとクイーンのロジックが入り込む箇所はあるのか、実に判断しにくい題材と事件だが、一見普通の事件に見える事象にも論理の光を当てることでサプライズを引き起こすことが出来ることをクイーンは試みたのではないだろうか。

そして最後に知らされるのはこの題名さえもがミスディレクションとなっていることだ。つまり本書はホーソーンの作品があまりに有名な作品であるがゆえに起こる先入観や既成概念を上手く逆手に取って描かれたミステリなのだ。長編20作以上超えてなお野心的な試みとアイデアでミステリを突き詰めようとする作者の姿勢に感心する。

本格ミステリの方向と可能性を追求し続けた作者のチャレンジ精神は上に述べたように非常に素晴らしいと感じる。しかし読後にそれは気付かされる文学的業績と創作アイデアなのであって、必ずしもそれが物語としてミステリとしての面白さに通じているかはまた別の話だけどね。


No.930 3点 このミステリーがすごい!2011年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2011/04/30 21:36登録)
国内はもはやベテラン作家となった貴志祐介氏が『悪の教典』で2010年のミステリシーンを制した。角川ホラー大賞受賞作家でありながら、ジャンルを問わずに常に新たな挑戦を続ける作家の成果がようやく認められるようになったことは嬉しい。最近感じていた、過去の業績を含めての評価ではなく、純粋に作品に対しての評価のようで嬉しい。
そして御大島田荘司が2位に食い込んだのが望外の結果だ。しかも歴史ミステリである『写楽 閉じた国の幻』でのランクインというのがすごい。御手洗物、吉敷物での評価が高く、その他のノンシリーズ物ではさほど注目もされないような傾向であっただけに、この結果は素晴らしい。御年60を超えてなおその創作意欲と新たなるジャンルに挑戦する意気込みの盛んなところは新本格作家を筆頭に後続の本格ミステリ作家達は襟を正して手本とすべきだろう。
もはや常連となった伊坂幸太郎、三津田信三、宮部みゆき、芦辺拓、京極夏彦もランクイン。さらには麻耶雄嵩、倉知淳、馳星周、貫井徳郎も久々にランクイン。しかも寡作家麻耶氏は2作がランクインと恐らく今後はないであろうという記憶すべきランキングとなった。
そして世のミステリファンが口を揃えて絶賛する大型新人梓崎優氏もそれを裏付けるかの如く3位にランクイン。彼を筆頭に初ランクイン作家が円居挽、須賀しのぶ、深町秋生、桜木紫乃と5人もランクインした。今後の活躍に注目していこう。

海外に目を向けると出せば好評をもって迎えられる感のあるキャロル・オコンネルがとうとう『愛おしい骨』で1位を獲得した。サプライズに加え、読ませる丹念なストーリー作りをする作家のようで、今後読みたい作家だ。
2位には久々のボストン・テランがランクイン。国内紹介2作目がコケたのでもう訳出されないと思っていたが、見事復活。前年のウィンズロウのように今後も訳出が加速されるかもしれない。
そしてその我がウィンズロウは『フランキー・マシーンの冬』(好きだ!)で4位にランクイン。基本的には重苦しい『犬の力』よりもこちらのオフビートな作風が好きなので、評価されたのは嬉しい。これで今後もウィンズロウが読める(笑)。
他にはランキング常連作家マイクル・コナリー、ジェフリー・ディーヴァー、サラ・ウォーターズ、ヘニング・マンケル、トマス・H・クックも順当にランクイン。また常連となりつつあるジョン・ハートも評価が高い。クックのランキングが下がりつつあるのが気になるが。
マイケル・バー=ゾウハーの『ベルリン・コンスピラシー』のベスト20圏外は個人的には哀しかった。非常に読ませる作品です。ぜひ多くの読者に読んでほしい。

とまあ、ランキングは個性的でしかも数年に一度の豊作の年でもあったわけだが、面白いところはこれと座談会だけ。今年もその年のミステリシーンの傾向と注目すべき新人作家を紹介するような熱のこもったコラムがなく、単に水増しに過ぎない『このミス』大賞作家の書き下ろし短編が収録されている。こんなものでページが厚くなるなら寧ろ要らない。今後は自炊してこの短編部分を全て破棄して電子化しようかとまで思っている。
早く編集方針を変えてほしいものだ。明らかに商業主義の匂いがプンプン漂う。なんか紙質も以前より薄くてペラペラではないか?こんな『このミス』はイヤだ!


No.929 6点 虹を操る少年
東野圭吾
(2011/04/29 22:10登録)
何といっても光楽という光と音楽を絡めた芸術と主人公白河光瑠の造形に尽きる。光楽が人を魅了していく過程とその光楽の真の目的が遺跡などに表現されている事象に結びついていくことは面白い。
そして天才児白河光瑠の全てを達観している姿勢と視座。全てをあるがままに受け入れながらも、将来を見据え、そのためには自分が犠牲になっても踏み台になっても構わないと思うキャラクターは正に天才だ。

本書におけるメッセージは異端児はマジョリティである一般人に淘汰される人間の愚かさに対する警鐘だ。突出した能力を持つ者は時にはもてはやされ、時代の寵児となるが、安定を求める支配層にとっては自らの地位を脅かす膿であり、排除すべき存在にしか過ぎない。しかしそれは人類の進化を停滞する愚行だと光瑠は述べる。それは深読みすれば江戸川乱歩賞作家として作家デビューしながら本格ミステリに留まらず色んなジャンルを描き、「明日のミステリ」を模索する作者自身の秘められたメッセージなのかなと思ったりした。

これだけ読ませる物語を書きながら、最後が唐突終わってしまうのが勿体無い。これ以上書くことは蛇足にしか過ぎないとする作者の潔さともいえるが、やはりいい作品だっただけにもっと余韻がほしかった。


No.928 7点 美貌の帳
篠田真由美
(2011/04/25 22:04登録)
シリーズの第二部の幕開けとなるのが本書。桜井、深春は大学を卒業し、定職につかず、趣味と実益を兼ねたアルバイトに従事するフリーターとなっており、蒼は高校へ進学している。また原点回帰という意味か、第1作『未明の家』で登場した杉原静音、遊馬朱鷺、雨沢鯛次郎らが再登場する。また蒼と京介の邂逅の時を描いた『原罪の庭』で登場した門野貴邦もカメオ出演する。

本格ミステリとしての謎解きのエッセンスは相変わらず薄い。寝間着を裏返しにしたまま自殺した死体や夜中に焼身して死を遂げる支配人や劇中に腹部にナイフの刺され傷が現れる女優など、奇怪な謎は提示されるものの、そこに主眼はなく、従来の作品同様あくまで主題は建築とそれに纏わる人々の愛憎がメインになっている。特に双璧を成す遠山の兄の不審死に纏わる寝間着を裏返しにして死んでいたという謎の真相は観念的で、ガッカリした。

しかし深春や蒼の過去の事件を経てから篠田氏のこの物語世界の描き方は以前よりも濃密に感じるし、少女マンガのステレオタイプのように感じた登場人物像も立ってきて厚みが増したように思う。ただ物語に流れる諦観めいた陰鬱さは相変わらず。この暗さがもう少し解消されればいいのだが。個人的には深春と京介の邂逅を描いた『灰色の砦』のテイストを望みたい。
ただ建築に携わる者から云わせてもらえば、2ヶ月程度で建物が未完とはいえ内装まで仕上げられるというのは無理にもほどがある。特に鹿鳴館ほどの規模であれば尚更だ。突貫工事でもコンクリートの養生期間なども必要なのだから複層階の建物であそこまでは仕上がらない。建築に造詣が深い作者ならばこの辺の現実にはもう少し配慮してほしかった。


No.927 3点 沈黙への三日間
フランク・シェッツィング
(2011/04/18 21:50登録)
1999年6月に行われたケルンサミットにおける米国大統領暗殺計画が本書のおけるメインテーマだ。この暗殺計画が作者の創作物か否かは判らないが、これをモチーフに女性暗殺者と物理学者の対決という図式を描き出した。

シェッツィングの小説はしばしば取り上げるテーマについてかなりのページを割いて語られるのが特徴だが、本書ではこの兵器の技術や専門知識についても相変わらず詳述される。それはあまりに専門過ぎて読者の理解度を考慮することなく、滔々と語られる。理解できない奴はついてこなくてもよいと云っているかのようだ。
特に本書は果たしてこれだけのページを費やす必要があったのか、甚だ疑問だ。とにかく無駄に長いと思わされるエピソードが多すぎる。

相変わらずの情報過多ぶりで引き算の出来ない作家だなぁというのが読後の感想だ。正直に云ってこの手の暗殺謀略物はストーリーは定型化されているので、後はどう語るかが鍵となる。私の好きなバー=ゾウハーならばこの半分以下の分量でもっと起伏に富み、ミステリマインドに溢れた作品に仕上げてくれるだろう。訳が悪いのかもしれないが、いまいち物語に没入できないところも相変わらずである。今回も残念ながら徒労感を覚える読書だった。


No.926 7点 監禁
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/04/05 21:53登録)
アーロン・マシューズという敵役が実に凶悪で底知れぬ恐ろしさを兼ね備えた人物だ。十代の頃に父親を凌ぐ説教を行う神父の卵として数々の信者から篤い信仰を得、さらに独学で心理学の書物を読み漁って無免許のセラピストとして開業もしている。そのため無敵なまでの腕力を誇るわけではなく、相手の心理を読み取り、信頼感を抱かせる声音を使って、追跡者を出し抜き、あの世へ送るサイコキラーなのだ。どんな人間も心の弱いところを突かれると冷静さを失い、いつもの自分の実力の半分も出せなくなる。アーロンは人が持っている心の弱い部分を探り、その隙を上手く突いて相手の一枚も二枚も上に行くのだ。通常の作品であれば残るべき登場人物が次々と一人、また一人と彼の手によって抹殺されていく。従来の連続殺人鬼のイメージを刷新するキャラクターだ。
そんな相手に対峙するのがかつて敏腕検事として鳴らしたミーガンの父テイト・コリア。彼はそのあまりに弁が立つため、その切れ味の鋭さからかつて陪審員を見事に誘導させて無罪の人間まで死刑にまで持っていった苦い過去を持つ。つまり相手の心理を読み、説得し、納得させることに関しては一流の男なのだ。人間の情理を操る2人の男の対決が本書の読みどころだ。

しかしもっと掘り下げて考えてみると、無実の罪の男を死刑に追いやるほどの説得力を持つ検事もまた、乱暴な云い方をすればある意味殺人者と云えるだろう。つまりテイト・コリアとアーロン・マシューズは表裏一体の存在なのだ。しかもお互いがお互いの正義に従ってそれを成しているところが共通している。検事であったテイトは法の名の下、犯罪者を死刑にするため、弁舌を揮う。牧師であったアーロンは神の名の下、信者が自ら死を選ぶよう、人の心を揺さぶる声音で導く。それぞれが善を司る職業に従事しているだけにこれは怖い。

そしてこの類稀なる頭脳を持った人間同士の戦いという構図は後のリンカーン・ライムシリーズの萌芽を感じさせる。そういった意味では本書が後のディーヴァーマジックの源泉と云えるのかもしれない。


No.925 6点 犯罪カレンダー (7月~12月)
エラリイ・クイーン
(2011/03/30 21:40登録)
前作『~カレンダー<1月>~<6月>』で久々に初期の知的ゲーム的面白さを堪能でき、本書においても同様の愉悦を期待したが、いささか失速感があるのは否めない。作品に瑞々しさがなく、作者クイーンの息切れが行間から聞こえてきそうだ。

そしてこの両短編集は趣向的、内容的にも対を成しているように感じた。
一番顕著なのは先の短編集に収録されている4月の「皇帝のダイス」とこちらの9月の事件「三つのR」の近似性だ。他にもキャプテン・キッドの隠した財宝の在処をキッドの暗号から探り当てる「針の目」は2月の事件「大統領の5セント貨」でエラリイがジョージ・ワシントンが隠した遺品を当てるという、歴史上の人物が残した暗号にエラリイが挑戦するという図式が共通している。さらにネタバレになるが「マイケル・マグーンの凶月」と「クリスマスと人形」も犯人が依頼人だったという点で共通している。

あえて個人的ベストを挙げるとすると「殺された猫」か。ストーリーに溶け込ませた何気ない描写が最後に犯人特定のロジックの決め手となるとは思わなかった。こういう無駄のない作品を読むと本格ミステリの美しさを感じる。

しかしクイーンが意外とヴァリエーションのないことに気付かされた、ちょっと寂しい読後感だった。


No.924 7点 むかし僕が死んだ家
東野圭吾
(2011/03/24 21:50登録)
(若干ネタバレあり)
ある家で何が起きたのかを残された手がかりで解き明かす男女2人の物語。その過程は非常にスリリングだ。

特に家=墓という発想はなかなか面白いものだと思った。特にコテコテの本格ミステリの体裁でなかっただけに意外なところからのパンチという感じがした。さらに家中の部屋が背広の海中時計に至るまで全て11時10分を指し示して止まっていたこと、家の中には明らかに生活をしていた形跡があり、飲みかけのコーヒー、勉強途中の開かれたノートなど、何かの事情で中断されたような様子だったこと、そして残された名前御厨佑介君の使っていた教科書は23年前の物だったこと、誰かが住んでいた形跡があるのにもかかわらず、冷蔵庫以外の家電が見当たらないこと、などの謎がその設定で全て納得できてしまう。

本書を読み終わったとき、結城昌治氏の『幻の殺意』を思い浮かべた。今まで生きてきた人生とはなんとも危ういバランスで成り立っており、それは一種の幻のようなものなのかもしれないとその作品では語られているが、本書の底に流れるメッセージも共通している。今までの作品でも東野氏の作品は読後何か苦いものを残していたが、本書ではそれがいっそう濃く感じた。感情の層のもっと深いところにある部分をテーマに持ち出した作品、そんな風に感じた。
300ページ足らずの佳作だが、心に残る思いは思いの外、苦かった。

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