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ミステリの祭典

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平均点:6.74点 書評数:1617件

プロフィール| 書評

No.957 4点 二百万ドルの死者
エラリイ・クイーン
(2011/09/26 22:05登録)
ギャングの大物が遺した二百万ドルもの莫大な遺産を巡って遺産の相続人ミーロ・ハーハなる男を捜しにアメリカ、オランダ、スイス、オーストリアそしてチェコスロヴァキアと探索行が繰り広げられる。
痴呆症となりかつての鋭さの影すらも見えないほど落ちぶれたギャングのボス、バーニーの殺害事件はクイーンでは珍しく、犯罪の模様が書かれている。本格ミステリ作家であることから倒叙物かと思っていたがさにあらず。これがエラリイ・クイーンの作品かと思うほど、冒頭の事件は全く謎がなく、エスピオナージュの風味を絡めた人探しのサスペンスだ。
したがって本作には全く探偵役による謎解きもない。純粋に遺産を巡ってミーロ・ハーハなる男を殺そうとする輩と政治的影響力のあるハーハを利用せんとする者達との思惑が交錯するサスペンスに終始する。

それもそのはずで、本書はクイーン名義による別作家の手になる作品。
だとするとこのロジックもトリックもない作品をどうしてクイーン名義で出版したのか、そちらの方に疑問が残る。


No.956 4点 怪しいスライス
アーロン&シャーロット・エルキンズ
(2011/09/21 20:00登録)
第1作ということでまずは自己紹介といった色合いが強く、事件もごくごく普通のミステリに仕上がっている。

主人公リーはプロ1年目でゴルフもアメリカ陸軍時代の配属先のドイツの空軍基地で覚えたという変り種。
そして彼女が遭遇するのは地元の警察署に勤めるグレアム・シェリダン警部補という好漢。事件を通じてリーとグレアムは互いに惹かれ合っていくというこれまたロマンス小説の王道。
訳者あとがきによればシャーロット夫人はロマンス小説作家とのことで、エルキンズ作品よりもこの色合いが濃い。このリーとグレアムの関係はスケルトン探偵シリーズのギデオンとジュリーの馴れ初めを想起させるが、キャラクター造形はまだ本家の方が上か。

しかし当然と云っては失礼だが、まだまだ物語やキャラクター造形に深みが感じさせないので総合的に判断すると普通よりもやや劣る出来栄えに感じてしまった。


No.955 7点 されど修羅ゆく君は
打海文三
(2011/09/20 21:14登録)
これは単なる人探しの探偵物語ではない。
これは女の戦いの物語である。
渋谷の公園で見つかった全裸の女性死体の事件に隠された警察の犯罪を描いたこの作品は実は阪本尚人という男を軸にした女同士の激しい戦いなのだ。
戦闘に立つ女性は4人。本書の主人公13歳の戸川姫子は登校拒否児であるが既に精神は大人であり、大人に同等に渡り合う知恵を備えている。
そして阪本の探偵仲間の鈴木ウネ子。
そして被害者の南志保。かつて自分の妹を殺された犯人が阪本の命令を逸脱した行為によって引き起こされたものと思い、糾弾していたがそのうちに阪本に惚れ、同棲していた女。
そして最後は高木伊織。キャリアで阪本の元上司だが、周囲と違う雰囲気を備えた巡査の阪本に惚れ、南志保と三角関係に陥ってしまう。
そう彼女の中心に位置する阪本尚人という男は冷めた顔に愛くるしい笑顔が似合うが、一旦仕事でも自分の人生に関ればその後の生き様まで目を見晴らせ、道を誤っていれば更正を促すという、いまどき珍しいほど情に厚い男。警官だったが上に書いた命令違反行為によって懲戒免職になり、その後探偵に身をやつし、その生活に疲れ、山梨の山奥で農家を始めて隠遁生活を送るようになった、一風変わった男。彼がこの4人に嵐を生み出し、人が死ぬまでになった、いわば災厄の男なのだ。
つまりこれは追われる者阪本が現代版光源氏ともいうべき、出会う女がどうしても恋に、いや欲望に駆られざるを得ないようなフェロモンを漂わせている男なのだ。
警察上級官僚のスキャンダル隠蔽を巡る陰謀劇と見せつつ、その実、女の欲望が織り成す疾走劇。

名台詞のいっぱい詰まった良作。
作者がもうこの世にいないのが惜しまれる。


No.954 8点 MISSING
本多孝好
(2011/09/15 21:13登録)
ミステリの祭典というサイトだからミステリとして採点すべきなのだけど、小説ということで評価します。

MISSという単語は日本語で云われている「誤り」とか「間違い」という意味は全くなく(日本語のミスはMistakeの省略)、「誰かのことを思って寂しくなる」という意味だ。
本書に収録された5編に共通するのはまさしくこの「誰かのことを思って寂しくなる」、即ち喪失感だ。
そしてこの喪失感ほど残酷なものはない、という作者の主張が行間から見えるほどここにはある特殊な思いが全編に共通して流れている。
それは3編目の「蝉の証」の中で主人公が考える次のことだ。
「欺き、騙され、そうまでして人は自分が生きた証をこの世界に留めずにはいられないものだろうか」
まさしくそうだろう。喪失感という心に与える巨大な負のエネルギーが却って残された人々の心に存在感を浮かび上がらせる。
あの時確かに君はいたのだ、と。

20代でこれほど流麗な文章で物語が書けるとは素晴らしい。
特に大切な誰かや守っていた何かをなくした時に読むとこの作品を読んで去来する感慨は殊更だろう。ちょっと泣きたい夜にお勧めの一冊だ。


No.953 8点 いざ言問はむ都鳥
澤木喬
(2011/09/13 21:51登録)
それぞれの短編で提示される謎とは一見なんともないようなもので「日常の謎」系の短編集だと思うだろう。そのジャンルの仕掛け人である東京創元社から出版されているから尚更だ。
しかし本書はそうではない。人の死が、犯罪が介在するミステリなのだ。
沢木敬が語り手となって進む物語は、上に書いた平井教授とその仲間達の日常風景と大学の学生達のエピソードと沢木の植物に関する薀蓄などが上手く絡み合って実にほのぼのしたタッチで語られる。その話に挟まれる小さな事件、もしくは事件とはいえない、ちょっと変わった出来事の裏に隠された真相は実に魂の冷えるような手触りをもっている。

解説の巽昌章氏が一番冒頭に語っているように、このたった220ページ強の短編集に込められた時間は実に濃密だ。

作者澤木喬氏が発表した作品はこのたった1冊だけ。恐らく作者の名もこの作品の存在すらも知らないミステリファンもいることだろう。ぜひとも多くの読んでもらいたい。現在絶版状態であること自体、勿体無い。


No.952 6点 失われた地平線
ジェームズ・ヒルトン
(2011/09/12 19:25登録)
いち早くシャングリ・ラの環境に適応し、魅了されていくコンウェイと、世俗の考えを捨てきれず、ひたすらにシャングリ・ラからの脱出を願う若きマリンソン。本書の読みどころはこの対照的な2人の考え方がぶつかり合うところだと云っていいだろう。
そういう意味ではこれは冒険小説ではなく、思想小説の類に近いのではないだろうか。物語の導入部こそハイジャックされるというサスペンスがあるものの、物語の大半は楽園シャングリ・ラで繰り広げられる。西洋人の面々が東洋の仏教の考えに直面し、次第に感化されていくさまは、作者ヒルトン自身の趣向が反映されているのかもしれないが、発表当時は斬新だっただろう。
コンウェイの決断は物語の結末を読むと、裏目に出てしまったように書かれているが、しかし実行せずに後悔するよりも実行して後悔した方がいいという言葉のまま、突き進んだ彼は本望だったに違いない。


No.951 7点 青い虚空
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/09/04 22:23登録)
リンカーン・ライムが現代に甦ったシャーロック・ホームズ、即ちアナログ型探偵―最新鋭の分析機器で証拠の特性を探るという手法はあるが―だとすると、本作の主人公ワイアット・ジレットは電脳空間(本書では青い虚空(ブルー・ノーウェア)と呼んでいる)を自由に行き来するデジタル型探偵だ。

しかしここに書かれている犯罪の完璧さに戦慄を覚える。
なんせ容疑者発見の際に掛けた携帯電話がジャックされて犯人へ繋がり、援助が呼べなくなるのだ。
さらには堅牢だと思われた学園のセキュリティシステムにも潜入し、得たい情報を得るとそれを元に身分証明書も作成し、身元照合に役立てるなど、また新聞や雑誌の記事で匿名化された取材対象者に対しても、取材した記者のパソコンへ侵入して個人情報を得るなど、もう何が安全でどうやったら個人情報が無事に守られ、平穏な生活が得られるのか不安になってしまう。
この作品を読むと、安全なパソコンなんて存在しないのではないだろうか?という思いに駆られる。

そんな世界中のパソコンに侵入し、情報を自由自在に操るフェイト。さらに彼はソーシャル・エンジニアリングの名手。
ソーシャル・エンジニアリングとはいわば本当の自分を隠し、実在する人間、もしくは架空の人間を演じて成りきってしまう技術だ。彼は少年時代に演じることで周囲の注目を集めることを知り、ソーシャル・エンジニアリングの名手となった。これはもう史上最高のシリアルキラーといっても云いだろう。

今回もあれよあれよとどんでん返しを畳み掛ける。特に今回は匿名性がまかり通った電脳空間での戦いであるがゆえに、本名とハンドルネームの二重の仕掛けとソーシャル・エンジニアリングという他者を偽る技術が三重四重のどんでん返しを生み出している。後半は読んでて誰が誰だか解らなくなってくるくらいだ。
しかし残念ながら今回の物語はパソコンの専門用語がどんどん出てくるし、特にハッカー、クラッカー連中のスラングが頻出しているのでなかなか理解するのに時間がかかってしまった。つまりページターナーであるディーヴァーの巧みな物語展開に上手く乗ることが出来なかった。


No.950 8点 リベルタスの寓話
島田荘司
(2011/08/17 18:32登録)
奇想と民族対立という社会的問題のコラボレーション。本書を読む際、本格ミステリか民族問題提起の社会派小説か、どちらかに比重を置くことで評価も変わってくるだろう。

中編『クロアチア人の手』で探偵役を務めるのが石岡くんというのはやはり嬉しい。しかしこの密室トリックはものすごいね(汗)。とうとうここまで来たかという感じ。

表題作は凄惨な殺人事件もさることながら旧ユーゴで起きた民族紛争が落とした暗く深い翳、セルビア人、クロアチア人たちの大きく深い暗黒のような溝が非常に重い読後感を与える。
世界的に見ても理解を超える残酷で苛烈な所業があの紛争で成されたこと、なにしろヒットラーの行為がまだぬるく感じるほどのすさまじさだ。
ミステリとして成立するには非常に危ういバランスだが、社会派小説として読むには非常に考えさせられる内容だ。


No.949 3点 笑ってジグソー、殺してパズル
平石貴樹
(2011/08/14 20:38登録)
実業家の邸宅で起こる3つの殺人事件。現場は全て同じ部屋でしかもジグソーパズルがばら撒かれていたというシチュエーションが一緒というのが本書の事件。作者は各章及び犯行現場の見取り図をそれぞれパズルのピースに見立て、102片のピースが出揃った時点で読者への挑戦状を提示する。久々にトリックとロジックに特化した本格ミステリを読んだ。

このシリーズ探偵更科丹希の性格には反感を覚えずにはいられない。殺人事件の謎解きが好きだという点は甘受してもいいが、事件の捜査の過程で人の秘密を暴いてバラすのが好きだと云ったり、犯人の仕業、例えば今回の事件では殺人現場にジグソーパズルがばら撒かれていることに意味がないと嫌だと云ったり、ましてや謎解きの材料がもっと集まるために誰かもう一人死なないかな、などと人の命を軽視する考えを示すに至っては、例え才色兼備であっても、こんな探偵なんかには助けてもらいたくない!と思わざるを得ない。

確かに純粋な作者と読者との推理ゲームに徹する姿勢はいいとは思うが、それを極端に演出する為に探偵役の性格を上記のように設定するのはいかがなものか。そしてやはり推理小説は小説であるから、理のみならず情にも訴えかけるが故に驚愕のトリックやロジックもまた読者の心の底にまで印象が残るのでは、と個人的な見解だ。
「小説を読むことは人生が一度しかないことへの抗議だと思います」
という名言を残したのは北村薫氏だが、この言葉が表すように心に何か残るものがなければ小説ではないのだと私は思う。自分には起きない出来事を知りたいから、疑似体験したいからこそ人は物語を書き、読むのだ。だからパズルだけでは今の時代では認められないのではないだろうか?

しかしシリンダー錠に鍵かけるのに、あんな仕掛けはいらないだろう。ただ単純にボタン押して出れば鍵がかかるだけじゃないか。それとも私が何か勘違いしているのだろうか?


No.948 8点 夜明けのパトロール
ドン・ウィンズロウ
(2011/08/09 22:06登録)
すこぶる腕の立つ私立探偵なのだが、三度の飯よりもサーフィンが好きなせいでそのためにはどんな依頼よりもサーフィンを優先する。そんな魅力的な探偵ブーン・ダニエルズがドン・ウィンズロウの新シリーズキャラクターだ。

まずもうのっけから作品世界にのめり込むほどの面白さ。ところどころに織り込まれるエピソードが面白く、一気に引き込まれてしまった。恐らく亡くなった児玉清氏が存命で本書を読んだなら快哉を挙げること、間違いないだろう。
ブーンと彼のサーフィン仲間“ドーン・パトロール”の連中がすごぶる魅力的で、こんなご機嫌な奴らが繰り広げられる物語はオフビートな語り口で軽快に流れていくのだが、ブーンが捜査していくうちに判明する真実は重い。

個人的には『フランキー・マシーン~』のように終始軽快に物語が続いてほしかったので、それが故に-2点させていただいた。
でも訳者あとがきによればウィンズロウはやはり現実の過酷さというものを物語に織り込んでいく意向なので、次作からはそのつもりで読むこととしよう。


No.947 6点 ヘルズ・キッチン
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/08/03 22:14登録)
ジョン・ペラムシリーズ3作目。なんと前作『ブラッディ・リバー・ブルース』から9年ぶりの刊行だ。これほどブランクが空いたのはやはりリンカーン・ライムシリーズが受けたため、そちらにかかりっきりになっていたからだろう。

ディーヴァー初期のシリーズであるこの作品が今や彼の看板作品となったリンカーン・ライムシリーズを経て、どのように生まれかわったのかが興味を惹くところだったが、意外にもディーヴァーはライムシリーズやその他のノンシリーズで売り物にしている息を吐かせぬ危機また危機の連続やタイムリミットサスペンスといったような展開を取らず、このシリーズの前2作同様に主人公のジョン・ペラムがじっくりと訪れた町を彷徨し、町に隠された貌を知っていく作りになっている。登場人物一覧表に記載されてない人物のなんと多いことか。ディーヴァーはそれまでに培った上記の手法を敢えて取らずにシリーズ全体のバランスを優先したようだ。しかしこれはディーヴァー作品を読んできた者にすれば、逆行した形になって不満が残るかもしれない。
でも長らく中断していたこのシリーズが、ライムが異郷の地で捜査をした『エンプティー・チェア』の後にこの作品が書かれたことは興味深い。もしかしたら『エンプティー・チェア』を書いている最中にペラムシリーズとの類似性に気付いたのかもしれない。

これで恐らくこのシリーズは終わりだろう。彼の売れない作家時代を支えたこのシリーズの終焉を素直に祝福しよう。


No.946 7点 クイーン警視自身の事件
エラリイ・クイーン
(2011/07/29 20:49登録)
シリーズの主人公エラリイは全く登場せず、純粋にその父親リチャード警視―本作では既に定年退職しているので正確には元警視―が事件解決に当たる物語。これは現在世間ではエラリイ・クイーンシリーズの1つとして扱われているが、現代ならばスピンオフ作品とするのが妥当だろう。
したがって物語の趣向は従来のパズラーから警察小説、いや私立探偵小説に変わってきているのが興味深い。

そして警察小説ではなく、プライヴェート・アイ小説と訂正したのは既に警察を退職したリチャードがなかなか口を割らない容疑者を落とすため、警察が踏むべき手順を逸脱した捜査方法を取るからだ。
警察辞めるとクイーン警視がこんなにぶっとんだ方法を取るとは思わなかった。

今回の真相は先に解ってしまった。逆にもどかしくてなぜその考えに至らないのかじれったいくらいだった。
これは恐らく当時としてはショッキングな真相かつ驚愕の真相だったかもしれないが、現在となっては別段目新しさを感じないし、恐らく読者の半分くらいは真相を見破ることが出来るのではないだろうか。もしかしたらそれ故に本書が長らく絶版の憂き目に遭っているのかもしれない。

しかし本書でもっとも面白いのは物語のサイドストーリーのしてリチャード・クイーンとハンフリイ家の保母ジェッシイ・シャーウッドの恋物語。いやあ、次作からどうなるんだろ?


No.945 7点 オレたち花のバブル組
池井戸潤
(2011/07/28 21:26登録)
率直な感想としては面白かったといえるだろう。銀行を舞台にした経済小説というよりも企業小説で、主人公の半沢の反骨精神が本書のキモだ。
次長の身分で自らの上司、他部署の部長のみならず、各支店の支店長はおろか常務取締役や頭取までにも食いつく。いくら仕事がデキルからといって、こんなあちこちに自分の道理を通して我が道を行き、歯に衣を着せない言動を行うサラリーマンなんているわけがない。ましては旧弊的な風習の残る銀行業界だから何をかいわんや。
しかしこういう風に思ってしまうこと自体、私が年取ってしまったのだろう。20代の頃は自分の理想に少しでも近づけようと時に横暴にふるまって意志を通してきた。それがカッコいいと思っていた節もあるし、俺がやらなきゃ誰がやるんだ?といった妙な正義感に駆られていたように思う。半沢を見ているとかつての自分がいるかのように思えた。

大きく分けて3つのエピソードから成り立っている物語がやがて有機的な関係を築き、一方が一方において致命的な原因になったり、また他方では絶体絶命の窮地を打開する切り札になったりと実にうまく絡み合っていく。
この辺のストーリーの運び方とプロットの巧みさには感心する物があった。特に金融業という一般の人にはなかなか入り込みにくい題材を平易に噛み砕いて淀みなく語って読者に立ち止まらせることなく進行させるのだから、この読みやすさは実は驚異的だと云ってもいいだろう。

またバブル入社組に対する認識が改まった作品でもあった。たまにはこんな小説もいいな。


No.944 6点 本格ミステリー・ワールド2011
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2011/07/27 21:24登録)
嬉しいのは当初「二階堂黎人の気に入らない作品は本格ではない」とも取れる“二階堂黎人の俺ミス”というべき彼の暴挙、傍若無人ぶりが鳴りを潜めてきた点だ。ようやく本書で選出される「黄金の本格ミステリー」が一個人の偏愛によって左右されることがなくなった。これは非常に悦ばしいことだ。
しかしいつもながらこの「黄金の~」の選出作品には果たしてこれが後世に残るほどの物かと思うものが多い。本年は島田と麻耶の新たな代表作とも云える『写楽 閉じた国の幻』、『隻眼の少女』がその評判に相応しい作品とも云えるがあとは果たしてどうか。三津田の『水魑の如く沈むもの』は確かに本格ミステリ大賞にも選ばれた作品だから選ばれるに相応しい作品とは思うが、シリーズ物の中の1作ということで印象的には弱いと感じる。

さて冒頭に述べた某二階堂黎人氏の暴挙が大人しくなった理由の一つに今年から刊行される南雲堂が打ち立てた企画「本格ミステリー・ワールド・スペシャル」という叢書シリーズに力が入っていることが挙げられよう。そこに揃ったのはまさに二階堂氏お気に入りの作品を書く作家達ばかり。彼は世に蔓延る本格ミステリの数々を“俺ミス”基準で選出・排斥することを止め、子飼いの作家たちに“俺ミス”を書かせるようにしたようだ。

しかし毎年感じるが、未だに原書房の『本格ミステリ・ベスト10』との違いが見出せない。


No.943 7点 エンプティー・チェア
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/07/26 21:28登録)
ライムのテリトリーであるニューヨークを離れたノースカロライナ州のパケノーク郡なる異郷の田舎町での捜査。ニューヨークのどこにどんな土があり、どんな建物が建っているか、手に取るように熟知していたライムだが、やはり異郷の地ではそれが通用せず、また現地捜査官の捜査レベルの低さに失望を禁じえない。作中で例えられているように世界一の犯罪学者と称された彼もそこでは“陸に上がった魚”で、いつものような調子が出ない。

さらに今回は今まで師弟関係と愛情を分かち合う強い絆で結ばれていたライムとアメリアの関係に変化が訪れる。なんとアメリアがライムの意見を疑問視し、犯人と思われる少年を留置場から逃がして独自の判断で捜査に臨むのだ。証拠が全てだという現代に甦ったシャーロック・ホームズとも云えるライムの考えと容疑者に直に対峙したアメリアの直感が錯綜する。云わば理と情の錯綜だ。そして読んでいるこちらはどちらが正しいのかハラハラしながら読むようになる。

やはり今回もどんでん返しがあった。それは一概にこれだ!と云えるものではなく、あらゆる要素に亘って読者の予想の上をいく展開を見せていると思う。
特に今回は事件の本質自体が変わっている。前2作が連続殺人鬼対名探偵というシンプルな構成にその正体にサプライズを仕込んでいた。そして今回はライムが協力を依頼されたのは誘拐事件で犯人の居所およびその獲保と監禁されている被誘拐者の救出だったのが、捜査が進むにつれ、本当の巨悪が見えてくるという構図になっている。

しかし上に述べた様々な手法や技法を駆使してはいるものの、物語としてはいささか盛り上がりにかけるように思えた。シリーズ物でありながらも作品ごとに趣向を変えるディーヴァー。今回はリアルタイムで殺人が起きるというものでなく、追う者と追われる者の頭脳合戦という構図を描きながら、それを包含する大きな構図を徐々に展開するという趣向だったが、個人的にはライムの唯我独尊ぶりが低減され、逆にこの話ではライムよりも他の人物の方がよかったのではないかと思わされた。今回は証拠が語る事実を重視する捜査方法よりも捜査経験豊富なベテラン刑事が直感に頼って捜査を進める手法の方が適していたように思う。

ノンシリーズの『静寂の叫び』の主人公が名のみの登場だが、思わずそれを見つけたときにはニヤリとしてしまった。


No.942 4点 だれもがポオを愛していた
平石貴樹
(2011/07/14 20:46登録)
全てのモチーフがポオの作品に繋がっていた。そんなポオ尽くしの奇妙な事件。本書は数あるガイドブックで時折取り上げられる作品。それほど評価が高いのであれば食指が動くというもの。どれどれといった感じで読んでみた。
しかも“読者への挑戦状”付のど真ん中の本格ミステリ。久々にこの挑戦状を見た。だが哀しいかな、この頃には私は既にこの作品に対する興味を失っていた。

みなさんかなり高評価だが、私はもう単純にこの世界観にのめりこめなかった。作中で繰り広げられるポオの作品に擬えた犯罪の数々と登場人物が折に触れ語るポオ作品との関連性に逆に辟易としてしまった。
こういった作品とはやはりモチーフとなるものに読者もある程度の造詣を持っていないと、乱痴気騒ぎを窓の向こうから見ているような冷めた目線で読んでしまいがちだ。それはある種その仲間に入っていけないものにとってパーティとは騒音以外なにものでもなくなってしまうのと同様に、作中で出てくるポオ作品のモチーフの数々が作品の進行を妨げているようにしか、思えなかったのが辛い。

本を読む資格というのがあれば私はこの本を読む資格はなかったのかもしれないが、一般に書店で売られて誰でも手に入れる商品であるから一般に開かれている作品であるのでそんな物は関係ない。
だから面白かった!と賞賛している人たちには申し訳ないけど、論理は整然としているが、謎は全く魅力的ではなかった。


No.941 7点 悪魔の涙
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/07/10 22:19登録)
今回はノンシリーズの1作だが、嬉しいことにリンカーン・ライムが脇役で登場する。シーンは短いがその後の捜査に関する手掛かりを提示するので友情出演といった趣がある。

ディーヴァーはよく息をつかせぬスピーディな展開とどんでん返しが専売特許のように巷間では賞賛されているが実はそれだけではない。彼の精緻を極める取材力が登場人物たちを実在する人物であるかのごとく、読者の眼前に浮かび上がらせるからだ。彼の作品に登場するFBI、市警の面々の捜査と彼らが交わす会話のディテールはまさしくその道のプロフェッショナルが放つ言葉そのものだ。だからこそ読者は普段垣間見れない世界を彼の作品を通じて教えられ、実際の捜査がものすごく高度な知的労働であることを思い知らされる。
さらに挙げるならば組み合わせの妙。前述したように本書では世界一の犯罪学者と称されるリンカーン・ライムも登場するが、彼は脇役に過ぎない。あくまで主役は文書検査を生業とするパーカー・キンケイドだ。思うに今回のプロットはライムシリーズとしても全然損色なく最上のエンタテインメントが作れただろう。しかしあえて作者は文書検査士という職業の者を選んだ。この普段我々が接することのない職業の崇高さ、高度な技術と知識を要することを上手く物語に溶け込ませることで彼が主役であるべきだと説得している。大晦日のワシントンを襲った無札別殺人テロに対抗する相手が文書検査士なんて発想はなかなか、いやめったに浮かばないだろう。この一見ミスマッチといえる組み合わせを用いながら、さも彼が捜査に加わって中心人物となることが必然であるかのように見せる文章運びの巧みさ。これらがディーヴァーを現代アメリカミステリの第一人者として知らしめているのだ。

しかしとはいってもディーヴァーを語るにどんでん返しを抜きには語れない。今回も大晦日が明ける夜の0時までの殺人予告というタイムリミットサスペンスを展開しながら、どんでん返しが待っていた。
真犯人が独白する一連の事件の背後に隠れた計画は、どうにもこじつけのように感じてしまった。確かに捜査班の末席にいながら、捜査官を誘導する発言を行っていた場面はあるものの、どうも後で挿入されたエピソードのように思えてならない。

作品の質としては悪くはない。寧ろ標準以上だろう。先に述べたように直筆の脅迫状を掲載してそれについて主人公パーカーに分析させるなど、読者の眼前で実際のFBIの捜査が繰り広げられているようなリアリティをもたらせている。だからこそ逆に本書はストレートに終息する方がよかったように思う。どんでん返しが逆に仇になってしまった。また既にディーヴァーに高いハードルを課した自分に気付かされた一冊でもあった。


No.940 4点 クイーン検察局
エラリイ・クイーン
(2011/07/03 19:35登録)
クイーンによるミステリ小ネタ集と云っていいだろう。恐らく長編に成りえなかった事件のトリックを上手く料理して、正味10ページぐらいのミニミステリにしている。確かにそれぞれの事件は小ネタ感は拭えないものの、アイデア一つでは長編になりうるネタも揃っている。
本書における個人的ベスト作品は「変わり者の学部長」だ。とにかく物語の設定にも使われていた単語の一番上の子音と母音を入れ替えて話をするスプーナリズムという症状が非常に面白く、ためになった。
またミステリ界の巨匠とも云える有名な作品へのオマージュがそこここに見られるのも特徴的か。「匿された金」はG・K・チェスタトンのある作品の影響を感じるし、「守銭奴の黄金」はポーの盗まれた手紙の主題そのままだ。他にもどちらが卵で鶏か知らないか、クイーン自身の作品をモチーフに扱ったものもあった。例えば「名誉の問題」は「災厄の町」、「消えた子供」はある自身の作品といったように。
ただ『犯罪カレンダー』でも感じたことだが、収録された作品のアイデアに非常に似通った物が複数あり、どうも一つのアイデアをヴァリエーションを変えて使用しているように感じた。やはりクイーンは意外と手札が少ないのではと思ってしまう。本書でもその傾向があったのは否めない。
そして今回は日本人にはいささかピンと来ない、解りにくい真相が多かった。特に英国と米国の文化の違い、言葉の違いが推理のきっかけになっているものが散見され、せっかくの真相がやや腰砕け気味になったのは残念な思いがした。


No.939 9点 パラレルワールド・ラブストーリー
東野圭吾
(2011/06/30 21:43登録)
まず冒頭の電車のシーンがツボだった。多分これからあの区間を山手線、京浜東北線に乗るたびにこの物語を思い出しそうな気がする。

殺人事件が起きずにこれほどハラハラさせられるミステリは最近読んだことがない。そう、“ラブストーリー”と題名に附されながら、これは極上のミステリだ。

何よりも本書はある一人の人物に尽きる。それは敦賀崇史の親友、三輪智彦だ。
冒頭に私は本書はラブストーリーだと銘打ちながら実は極上のミステリだと書いたが、最後にいたってこれはなんとも切ない自己犠牲愛に満ちたラブストーリーなのだと訂正する。
こんなに心に残る話は無条件で10点を献上したいところだが、『魔球』同様、犠牲を被る相手に不満が残ってしまう。特に今回は社会的弱者の立場の人間が自ら犠牲になるというのがどうしてもしこりとして残ってしまう。上にも書いたが、不遇な境遇を強いられた彼がようやく手に入れた唯一無二の幸せ。それさえも身障者という理由で諦めなければならないのだろうか?

誰もが幸せになるために選んだ道は実は誰もが不幸になる道であった。謎は解かれなければならないのがミステリだが、本書においては知らなくてもいいことがあり、それを知ってしまうことが不幸の始まりであった。
『変身』では記憶を自らの存在意義の証と訴えた東野は本書では記憶のまた別の意味を提示してくれた。次は何を彼は問いかけるのだろうか?


No.938 3点 仮面の島
篠田真由美
(2011/06/26 00:25登録)
8作目にして舞台は初の海外。本書の前に編まれた初の短編集には桜井の海外放浪時代の事件が書かれていたが、それはこの作品への手馴らしといったものか。元来海外、特にヨーロッパ建築に造詣の深い作者だから、京介が大学を卒業して輪をかけて融通のつく立場になったことも含めてこの舞台は満を持しての物だと云えよう。

やはり海外が舞台になると観光小説の色が濃くなるのか、作者が取材で得たイタリアの風習や各所名所についての薀蓄が施され、実際殺人事件が起きるのは約3/5を過ぎたあたりなので、これは非常に遅いといえよう。アーロン・エルキンズのスケルトン探偵シリーズを読んでいるような感じを受けた。

さらに異色なのは建築探偵シリーズでありながら今回は対象となる建築物がないことだ。今まで事件の真相よりも建物に込められた人の想いを解き明かすのがシリーズの主眼だったのだが、今回は全くそれが見られず、逆に殺人事件に主眼を置いた本格ミステリになっている。

しかしそれでも篠田氏の騙りは浅いなぁと思う。特に賊が襲ってきて無差別に人を撃ち殺すところなんかはその時点で真意が透けて見えるほどバレバレだ。やはり驚愕の真相やどんでん返しをこの作家に求めるのは酷なんだろう。
そしてやはりこの作家、自分の美学に酔っているとしか思えない。最後で明かされる本書の真犯人の動機はなんとも観念的で独りよがりだし、最後に自決するのも昭和の頃の少女マンガを読まされているような感じがした。

実はつぶさに解体していくと本書で篠田氏がやりたかったのはクイーンのオマージュではないかと思える。実行犯とは別にその裏に殺人を示唆する本当の悪の存在が最後に浮き彫りになるという構成には2本ほどクイーンの作品が思い浮かぶし、島1つが個人の持ち物でなおかつそこにある屋敷に住んでいる主人といえば『帝王死す』を否が応にも思い浮かべてしまう。

さらに二十歳になった蒼は成人しても京介とじゃれ合うことを止めない。この辺のBLテイストをどうにかしてほしいものだ

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