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ミステリの祭典

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ROM大臣さんの登録情報
平均点:6.07点 書評数:149件

プロフィール| 書評

No.29 5点 雲なす証言
ドロシー・L・セイヤーズ
(2021/09/17 14:11登録)
本書は「死体を探せ」に続くピーター卿シリーズの長編第二作であり、事件は前作が終わったところから始まっている。
ただし解決は被害者の書き残した手紙によるところが大きく、ミステリとしての仕掛けは単純なもので、とりたてて見るべきところはない。しかしピーター卿を始めとするキャラクター達の魅力は際立っており、全編が会話の楽しさに満ちている。
黄金時代の香りに満ちたミステリを好まれる方には強くお勧めする。


No.28 7点 LAコンフィデンシャル
ジェイムズ・エルロイ
(2021/09/17 14:01登録)
ロス市警の腐敗と内部の権力闘争、ギャングや政界の癒着といった体制による犯罪を生々しく暴き出す。
体制の側に立つ登場人物たちも、脛に傷を持つ者ばかり。彼らそれぞれが、さまざまな理由から捜査を進めることによって複雑な物語の糸が絡み合い、次第に悪の核心へ近づいてゆく。そして、その強大な力に翻弄され、破滅へとひた走るのである。過酷な現実の中で、手を汚しながらも生き抜こうともがく彼らの姿は胸に迫るものがある。


No.27 6点 ナヴァロンの要塞
アリステア・マクリーン
(2021/09/17 13:51登録)
ドイツ軍が占拠する難攻不落の巨砲要塞爆破をミッションとする潜入作戦で、血沸き肉躍る冒険小説の一大金字塔と言って過言ではない。
困難なミッションの設定、作戦遂行チームの結成、過酷なまでに猛威を振るう自然、連続する危機、裏切り者の存在、目的遂行の強烈な意思。これらの要素が渾然一体と織り込まれている。しかも映画化され、そこでもスクリーン効果はいかんなく発揮され、大ヒットを記録した。


No.26 7点 鉄の枷
ミネット・ウォルターズ
(2021/09/01 13:58登録)
中世の拷問器具を身に着けて変死をしていた老女の謎をめぐる物語。死者のかかりつけの女医と、その夫の画家、捜査に当たる部長刑事の三人が、各々の立場から事件に関わっていく。そうした現在の物語の合間に挿入されるのが、老女の書いていた日記だ。過去へとひたすら遡行するその記述は、現在とも密接に絡み合いながら死者の肖像を鮮やかに描き出し、読者が最初に抱いていた「偏屈で陰険なだけの老女」という印象を突き崩す。
しかも一方でこの作品には、未来に通じる明るい視線も存在する。医師と画家と刑事のやり取りは愉快なものだし、彼女たちが老女の孫娘と関わり、不器用ながらも少女のために骨を折る姿などには心温まるものがある。そんな向日性が、陰鬱になりかねない作品に和らぎをもたらし、沈痛な最終ページを経てもなお、快い読後感を与えてくれるのだ。


No.25 6点 パーフェクト・マッチ
ジル・マゴーン
(2021/09/01 13:42登録)
湖畔で見つかった女性の絞殺死体の犯人探しというシンプルなフーダニットで、その捜査過程もじっくり書き込まれている。だが、こういった典型以上に印象的なのが、斜にかまえた人物描写から生まれる独特の雰囲気ではないか。
「誰もかれもがわれわれに嘘をついているような気がする」とは作中のロイドの言葉だが、これは英仏ミステリの十八番ともいえる手法で、人間描写が輪郭の不透明な水彩画のように作品を形成していく。
容疑者の複雑な心理の中にも謎を解く鍵をひそませることで、ミステリの出来に深みをもたらしている。起きた事件の状況はシンプルなのに、どこか曖昧模糊とした雰囲気にからめとられるような感覚が、もうひとつの魅力なのだ。


No.24 6点 沈黙のセールスマン
マイクル・Z・リューイン
(2021/09/01 13:28登録)
仕事もなく、金も底をついてきたサムスンを訪ねた一人の依頼人。彼女は、勤務先の製薬会社の爆発事故で入院した弟の面会が許されないのは何故かを調べてくれと言う。
とかく人の命が軽視されがちなミステリというジャンルにおいて、この作品はその重さを痛切に感じさせると同時に、他人の命を己の利益のために平然と利用する犯人の恐ろしさをも静かに語っている。犯人がありふれた人物として描かれているだけに、動機の不気味さが一層身近に感じられる。


No.23 7点 シャドー81
ルシアン・ネイハム
(2021/09/01 13:17登録)
作者はこれを書いたとき、AFPの記者だったという。ジャーナリストがこの種の小説を書くのは、フォーサイスをはじめとして多くの先例があり、職業的出自の特徴は小説の随所に明らかだ。
情報を駆使し、事実を延々と記述するスタイルは記者ならではの手堅い筆遣いだし、さらに言えばいわゆる報道された真実の裏にもうひとつのドラマティックな陰謀を読み取ろうとする感受性は、やはりジャーナリストに固有の病癖みたいなものだろう。


No.22 7点 八百万の死にざま
ローレンス・ブロック
(2021/09/01 13:06登録)
卑しい街に住む、卑しい男が都会の風景とそこに蠢く人間たちの孤独と夢と現実を的確に見据えながら、どうにも出来ない現況を目の当たりにし、己の無力さとやるせなさを感じていく。そのことを作者は、淡々と描写していく。
社会の中の暗黒と腐敗の部分を、底辺の視線から描こうとする作者の姿勢が感じられる。


No.21 5点 寝台車の殺人者
セバスチアン・ジャプリゾ
(2021/08/23 16:41登録)
寝台列車で女性の絞殺体が発見されるたのを皮切りに、同じコンパートメントに居合わせた乗客たちが一人また一人殺されていくという作品だが、乗客たちをつなぐ「環」の解明がユニークである。被害者だけでなく捜査側の刑事たちも含めて大人たちの醜悪さに比べ、乗客の一人である若い娘バンビと六歳年下の高校生のカップルはひたすら健気で、初々しささえ感じられ。どこか青春小説の書き手である名残がうかがえる。


No.20 7点 太陽がいっぱい
パトリシア・ハイスミス
(2021/08/23 16:29登録)
主人公リプリーは殺した富豪の息子になりすますのだが、それはただ、金のためだけではなく、自己が演じる一人二役に陶酔し、関係者がすっかり騙されることに倒錯した歓びを感じているのではないかと思わせる部分がある。
こうした犯罪に隠されたセクシュアルな部分を描くのが、ハイスミスの真骨頂といっていい。ここでは、警察も探偵もヒーローとは程遠い、傍観者、観察者の役割しか果たせないのだ。たとえ事件が解決しても誰も救われない、読むものにとって永遠に続くかのような不安な世界がそこにある。


No.19 6点 四人の女
パット・マガー
(2021/07/29 13:36登録)
冒頭からいきなり身元の分からない人物がビルから落下する場面で始まるこの作品は、殺される予定の人物を探すという非常にユニークな設定が使われている。
辛口で知られる人気コラムニストを巡り、その前妻、現夫人、婚約者、愛人が一堂に介する。元夫が四人の女たちの誰かを殺そうとしていることを知った前妻は、なんとか彼の犯行を未然に食い止めようと、必死に過去を思い出しながら彼の狙いを推理しようとする。コラムニストは虚栄心ばかりが高く、人の真心を平気で踏みにじるような「女の敵」ではあるのだが、前妻の口から語られるその人物像はひどく人間的でなぜか憎めない。卓越した人物描写が楽しめるる作品。


No.18 6点 クリスマスのフロスト
R・D・ウィングフィールド
(2021/07/29 13:24登録)
ロンドンから70マイル離れたところにある地方都市デントン。このありふれた田舎町の警察署に勤めるジャック・フロストが主人公。
ユーモラスな会話や巧みな語り口を武器に読者を引き込んでいく様は、処女作とはいえ作者の確かな技量を感じさせる。それは、人間味にあふれ、次第に悲壮感さえ帯びてくる主人公のフロストはもちろんのこと、その脇役たちにも十分な魅力があるからである。次期警察長を目指し、上昇志向のあるマレット署長、フロストに翻弄されっぱなしの部下のクライヴ。彼らとフロストのやり取りは皮肉なユーモアにあふれていて実に楽しませてくれる。もう少し毒気があってもよいかと思うが、シリーズ一作目としては十分すぎるほどの出来栄え。


No.17 9点 ジェゼベルの死
クリスチアナ・ブランド
(2021/07/29 13:12登録)
殺人予告を受けた挙句、劇中に舞台上で殺された悪女。しかし彼女を殺せた人間は存在しないとしか考えられない。
そんな密室状況にコックリルとチャールズワースが挑むわけだが、彼らと容疑者たちによるディスカッションが素晴らしい。いくつもの説得力ある仮説が構築されては覆される様は、胸躍る。
そして終盤では、容疑者が全員、犯行を自供してしまう、自白合戦ともいうべき様相も呈し、実にスリリング。さらに密室に関する悪魔的なトリックさえも駆使されている。作者の技巧とセンスが冴えに冴え渡る究極の逸品。


No.16 7点 ひとりで歩く女
ヘレン・マクロイ
(2021/07/29 12:58登録)
「以下の文章は、わたしが変死した場合にのみ読まれるものとする…」と書き出される正体不明の文章が物語の幕を開ける。
そして綴られる、不可解で異様な出来事の数々。不条理な夢にも似た展開はやがて現実の殺人を引き起こす。ただただ翻弄され、惑乱する。しかし、終わってみれば物語はとことん理性的に収束し、伏線は回収され、すべてきれいに割り切れて、結末にはおよそ剰余を残さないこの優れたサスペンスは、優れた本格として決着する。


No.15 8点 深夜プラス1
ギャビン・ライアル
(2021/07/29 12:48登録)
ガンマン、実業家、産業スパイの黒幕など、出てくる連中が皆それぞれにプロフェッショナル。彼らは自らの定める格率に従って生きる男たちで、それゆえに苦しみ、悩み、それゆえに誇り高く行動する。この年の小説の定番スタイルと言ってしまえばそれまでだが、特に自己が堕落し、敗北を感じた時、自らの復権を求めてする彼らの闘いのいちいちは、ある種の読者にとっては間違いなく麻薬のような魅力がある。


No.14 5点 キス
エド・マクベイン
(2021/07/08 14:27登録)
八七分署シリーズの四四作目。証券会社の幹部を夫に持つエマは、地下鉄のプラットホームで電車を待っていた。男が近寄ってきてエマに殴り掛かり、線路に突き落とされ、危うく電車に轢かれかけた
本シリーズの人気者、キャレラ刑事の幼少時代の思い出、家族の絆、最愛の父の非業の死、気落ちした母、公判、生活破綻に瀕した妹への思いなどに多くのページを使っているが、表面的で共感が得られない。
ストーリーは平板で終盤、若干の捻りがあるがネタは簡単に割れてしまう。本書はシリーズの標準作を下回る。


No.13 3点 山猫
ネヴァダ・バー
(2021/07/08 14:16登録)
雄大な自然を背景に、自然と動物を愛する人々への共感と、その自然を利用しようとする利己的な人々に対する作者の怒りが作品全体を覆っている。もちろん、そうした中にも犯人を相手にしたアクションを盛り込むのを忘れていない。
とはいうものの、プロットに捻りがないのが気になる。また、ヒロインにも魅力がない。シリーズ一作目に当たるらしいが、多くの課題を残したままの作品といえる。


No.12 9点 白昼の死角
高木彬光
(2021/07/08 14:07登録)
株券の偽造から始まって、手形の横領に見せかけた詐欺、導入詐欺、バッタ詐欺など、手を変え品を変え手形パクリの数々が登場。あげくの果てはたった一日、それも数時間だけ実在の会社を模様替えして、もう一つの会社と信じ込ませる騙しのテクニックや、治外法権の外国公使館を利用した完全犯罪が現れて魅惑する。
驚き、呆れ、ピカレスク小説の醍醐味を十分に堪能した。


No.11 6点 鉄鼠の檻
京極夏彦
(2021/07/08 13:55登録)
禅宗をテーマに、重厚な構成とペダントリーと舞台設定がありつつ、トリック自体も大仕掛け。同時にユーモアがあり、登場人物が多彩に書き分けられている。しかも人物が決して切り絵的にではなく、性格的に動く。
スタイルや叙述、ボキャブラリー、様々なモチーフを重ねていく手腕も申し分ない。
京極堂と榎木津のダブル探偵にして、殺人も殺し係と死体遺棄係が別になっている。寺にはでっち上げの貫首と本当の守主がいて、登場人物は徹底して二重化されている。
それなりに書き込んであって、誠実だという気もするが、長くなければならない必然性はないと感じる。小説を長くすること自体が目標なのだろうか?


No.10 5点 斜光
泡坂妻夫
(2021/07/08 13:43登録)
凝りに凝った章構成、騙し絵的なプロットに加え、全体が官能的でオカルティックで、最上の大人の読み物になっている。
男女というものの結び付きを浮世絵的なきわどさの中に描いていて、しかも下品にならないのは作者ならではのものだろう。

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