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ミステリの祭典

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モグラの対義語はモゲラさんの登録情報
平均点:5.95点 書評数:44件

プロフィール| 書評

No.44 5点
麻耶雄嵩
(2023/02/11 18:59登録)
読んだのは幻冬舎の文庫本版。
色盲設定も所謂叙述トリックの範疇に入れていいのかな? そうすると二つの叙述トリックを仕掛けていたことになるか。思い返すと荒業というか難しいことを良く成立させたなあ。だから点数高いんだろうな。
設定の面白さも事件の推理も好きなのだが、主人公の叙述トリックはそこまで重要な物でもない気がするので、雑味があったから引いたと言う事でこの点数で。


No.43 6点 此の世の果ての殺人
荒木あかね
(2023/01/11 18:26登録)
読んだのは単行本版。それしかないし。
終末ものという特殊設定は、雰囲気作りには一役買っていたと思うが、ミステリそのものには余り活かされていないと思った。主人公たちや犯人の動機作りに関わる程度で、ロードムービー的な要素も含めてあくまで小説を楽しませるための要素と言った感じ。そして終末ものとして読むなら色々とベタなようにも感じられた。
ミステリとしてはそこそこ面白かったが、斬新で素晴らしいというものでもない。無難にまとめていて、フーダニットの理屈は綺麗だと思う。突飛すぎて物理トリックが好かないという人や読者を騙すうえで白々しさを感じる叙述は好かんという人には勧めやすいかも。
どのキャラクターも好きになれなかったから点数これくらいかなあ。
死ぬほどどうでもいいけどこれ系の作品をセカイ系っていう人いるけど、セカイ系はもっと世界の命運が決まってない物なので多分違う。


No.42 9点 生ける屍の死
山口雅也
(2022/09/26 23:06登録)
読んだのは96年の文庫本版。
めちゃくちゃ面白かった。死体特有の特性を使った前振りに、死者が蘇るという世界ならではの動機やトリック、かなり古い作品であるにもかかわらず非常に新鮮で面白かった。特に指紋の件やジョンの動機。確かに死んだ後は子供と財産の行く末を気にするよなあ。
ミステリ的な観点を抜いた、小説としての面白さある。死者となってからの生死への哲学や、死者なりの感情の機微が良い。ラストシーンの余韻も最高だ。適度にコミカルなのも、ある意味バッドエンドが確定している重たいストーリーを読ませやすくしていて個人的には良かった。普通はくどかったり場違いであると感じられて、そうした要素が受け付け難いことも少なくないのだが。
そりゃあ過去10年間のベストミステリに選ばれるわ。


No.41 4点 Jの神話
乾くるみ
(2022/09/25 11:35登録)
読んだのは文庫本版。
エスの関係を描くド直球な百合小説と思わせての、狂気の展開で吃驚した。完全に作者の手のひらで踊らされた、のだろうか?
サイコサスペンス的な前振りは多分にあったし、染色体の蘊蓄なんか如何にもこれで引っかけますよという感じなのだが、しかしこの展開は読み切れなかった。どっかの堕ちる系エロみたいな要素が入ってくることも。
正直気持ちよく振り回されたので、面白くなかったとは全く言うつもりはないのだが、もう少し探偵役の推理にキレが欲しいと思い、また先が気になりページに貼り付かせるような引っ張る力も個人的には無く、ミステリ小説としての評価はこれくらい。
ものすごくメフィスト賞的で、ほんと悪くはなかったんだけども。もっとハラハラさせるか論理でなるほどなって言わせて欲しかったなあ。


No.40 8点 歪んだ創世記
積木鏡介
(2022/08/15 18:10登録)
読んだのはノベルス版。文庫化されないのはしょうがない。内容が内容なだけに。
読者はおろか背表紙のあらすじまで巻き込んだある意味壮大なメタフィクション小説で、正直ミステリの枠で語る物なのかかなり微妙。とはいえ最初に提示された結末をめぐっての伏線回収が個人的に非常に好みだったので評価が高い。ていうかこのフーダニット(でいいのか?被害者だけど)だけで高評価してる。きっと似たようなことをしている作品も過去あるのだろうが。
どこを読むのかさえ操作しようとしてくるわけだから、ある種傲慢な作品なわけで、またメタフィクションのガワとしても正直色々ツッコミたいことはある。作者読者キャラの関係をもう少し、なんいうか、納得いく形で書いて欲しかったなあと。でも乱暴に振り回されながら読む感覚自体も悪くなかったので、この点数で。


No.39 4点 毎年、記憶を失う彼女の救いかた
望月拓海
(2022/08/15 15:25登録)
読んだのは文庫版。それしかないと思われる。
自分には刺さりの悪い作品だった。恋人の正体というか病状が多分、ミステリ的な文脈ではメインディッシュで、その病気を踏まえてどう出会ったのかの伏線回収もポイントなのだろうけど、自分はそれらによって衝撃を受けもしてないし、また感動もしなかった。残念だ。多分読む年齢を間違えたんだろうなあ。
小出しに爽快感のある解決を出して引っ張っていってくれると嬉しかったのだが、そうでも無かったし、文章も特別うまくなかったし、完全にノットフォーミーだったという他ないか。


No.38 5点 プールの底に眠る
白河三兎
(2022/08/09 18:48登録)
読んだのは文庫本版。
自殺手前の少女と出会った高校生の恋愛小説と言う事で、心地よい文体の青春小説だったのだが、性格の悪い言い方をすると雰囲気小説だった。
ミステリっぽいところは、多分妻なり由利の名前なり主人公の弟に関する事なり、あとセミの家族の話とか由利の父の件とかなのだろうが、ちょっと驚く程度でそんなに必須な要素と思えなかったなあ。でも飽きさせずに読ませる良いフックになっていたような気もする。
文章の雰囲気が似ているからという理由だけで、自分は「ぼくと、ぼくらの夏」や「完全なる首長竜の日」と比べてしまったのだが、その辺に比べるとミステリ小説としては若干魅力に欠けるかなあ。


No.37 6点 綺想宮殺人事件
芦辺拓
(2022/07/17 18:18登録)
読んだのは単行本版。
面白かったっちゃあ面白かったが、なんというか主張が強いなあというのが作品のどの要素よりも印象に残った。
それこそ奇書にかぶれた者たちなんかが展開する、斜に構えたミステリ論や探偵論に挑む、これこそが探偵の使命である!という強い意志は好きではあるのだが、キャラ付けが軽すぎるあたりや後半で物語の形でなく完全に「主張」として書いてしまっている辺りがあまり好かない。ネットの内輪っぽいネタも多くない?
5番目の奇書という触れ込みを聞いて読んだのだが、いちばん近いのは虚無への供物だろうか? 作品としてちゃんと楽しめたかは微妙だけどこういう「強い」作品は好きなのでこの点数。


No.36 9点 ○○○○○○○○殺人事件
早坂吝
(2022/07/17 17:48登録)
ものすごくメフィスト賞らしい作品でした。今はそれしか言葉が出ないや…。

追記
読んだのは文庫本版。単行本とは結構改稿されてるんですってね。
トリックも勿論凄いなと思ったのだが、その匂わせ方というか、伏線の張り方がお洒落というか技巧派で素晴らしい作品だと思う。「その推理を何故しないのか」というのは、今まで読んだことが無かったかも。
そしてそれでは覆い隠せない程の下ネタの嵐も好き。やっぱりこれはメフィスト賞らしいわホント。
しかし久しぶりにこの手のトリックでしっかりと騙されてしまったなあ。


No.35 9点 ディスコ探偵水曜日
舞城王太郎
(2022/05/22 02:12登録)
読んだのは単行本版。デカい。厚い。
本当に面白かったんだけれどもここまで他人に薦めづらいのも珍しい。まだコズミックの方が薦めやすい。
でも推理合戦パートは本当に楽しめたし、人によっては酷い真実なのかもしれないが、それまでさんざん荒唐無稽な展開があったからか、主人公の推理もおかしいとは感じなかった。今思えばあの推理について「はぁ!?」とも言わず完全に受け入れていた時点で、相当魅入られていたなこの作品に。
下巻も続々と明かされる真実が面白かったし、セカイ系的な決着も好きだ。やりすぎだと思うけども、まあのっけからしてタイムスリップとか陰部から指が出てきたりとか自由過ぎたわけだしこれくらいやらなきゃこの厚さは楽しめんよなあ。
舞城の作品は5、6冊ぐらい読んでるが、多分これが一番面白かったと思う。


No.34 6点
F・W・クロフツ
(2022/04/10 19:54登録)
読んだのは文庫本版。背中にバーコード無いしこれすっげえ古い版なのでは。
刺激的な幕開けですぐに話に引き込まれたのだが、地道な捜査を丁寧に描いているので、正直読んでいる最中にややダレた。フェリックスの嫌疑を晴らすパートになってからが、この作品の本番だからかもしれない。とはいえそこまで話をテンポよく描いても、恐らくこの作品の魅力を大きく削ぐことになるのは私でも分かる。ままならないなあ…。
トリックは、カタルシスを感じられたわけではなかったが面白かった。小さく今になっては結構ベタな(入れ替わりとか郵便とか)トリックを積み重ねに積み重ね、強力なアリバイを作り刑事たちに勘違いを産み出している。メモりつつちょくちょく推理しながら読んだなら、なお楽しめたかもしれない。
あと事件と関係ない話だが、ロンドンとパリの間の荷物の運送の早さに勝手に驚いた。まあでも船あるわけだしそんなもんか。当時の主要な移動手段だったわけで。


No.33 6点 クラインの壷
岡嶋二人
(2022/03/15 00:24登録)
読んだのは文庫本版。
自分の好みな現実とそうでないものがまぜこぜになっていく作品であり、結構楽しめた。筆致も読みやすいし、最終的にはこういう作品らしくほぼ全てが非現実なものとして終わってしまうのだが、その作中での推理や前振りはしっかりとしていて、普通のミステリとして楽しめた。メインヒロインが遷移するような話の構成も好きだ。昨今の同種の作品でもこういう展開はあまり見ない。
とはいえ、古臭いなと思うシーンも随所にあった。ミステリとしてもあくまで謎があり、探索があり、推理があり、前振りがあり…と言っただけで特別優れている部分があるようにも思えなかった。SFとしても特に凄いものを感じない。
もう少しこれが書かれた同年代の作品を読まなければ正当に評価は出来なさそうだ。今はこれくらい。


No.32 6点 淵の王
舞城王太郎
(2022/03/14 18:13登録)
読んだのは単行本版。
所謂エンタメ小説として見た場合の、ジャンルが全く分からなかった。この人の本だと毎度のことなのだが。一応ホラーミステリーと言う事でいいのだろうか?
何者か分からない恐らく生き物ではない何かによる二人称視点で話が進み、同様に何かわからない闇とそれが食い合ったりしている……ということでいいんだろうか?
その語り手の視点が「愛」、作中で異常な現象を起こしたりその「愛」を食ったりしている存在が、なんだろ? 「恐怖」とか「呪い」とかそういう奴なのだろうか……。何かの暗喩だと思ったのだが、何だと考えるとスッキリするのか分からない。
とりあえずちゃんと読めていないのは間違いなさそう。とはいえ楽しめて読めたので悪くなかった。特に第三章はよく分からないホラーなりに理論と推理が存在しており、第一章も身近にありそうな社会問題の描写に多少リアリティが感じられて程よく怖かった。第二章も青春物として自分は楽しめた。

考察してる方のページとか見てみると、なるほど後章の主人公という可能性があるのか。むしろ読み終わってから色々考える方が楽しめそうな作品っぽそう。


No.31 7点 アリバイ崩し承ります
大山誠一郎
(2022/02/17 03:02登録)
読んだのは単行本版。
普通にそこそこ面白い本格系の短編集だった。本格ものの短編の常として、かなり無理のある行動や極端な行動原理、ガバい警察の捜査などはあったが、それはもう「アリバイ崩し」という題名から構えていたことなので、特に気にならなかった。人によっては1本目の奴とか動機の説得力に欠けるように感じられるかもしれないし、3本目や最後のも納得するか否か人を選ぶような気もした。自分はまあフェアと感じられた。
真実やトリックの肝となる部分は既視感のあるものも無くはないが、どれも新鮮な気持ちで楽しめた。切り口というか見せ方というか、内在してるテーマが珍しいのかもしれない。そもそもここまで「どういう推理をするのか」を揃えた短編集も珍しい、と思う。キャラクター性や社会性みたなの他の要素を、無理やりねじ込もうとしてないのも好きだ。文章もこれくらい軽くて素っ気ない方がいい。ストレスフリーに読めたという点で、結構自分の中では点が高い。
でもやっぱり既視感はぬぐえない。かも。


No.30 5点 麻薬王の弁護士
トッド・メラー
(2022/02/14 22:33登録)
読んだのは文庫本版。
つまらなくはなかったが、とにかく話が入り組みすぎ。複数の犯罪者の司法取引について話を進めていく上、誰が誰を売るか等でそれらが絡みつつ、周辺の人物も金や名誉を狙って主人公の周りで暗躍し続けるので、厚さや日本とは違う司法制度、麻薬周りの情勢やそれに関わる国の文化、そして翻訳文特有の読みづらさも相まって話が追いづらかった。誰が誰を裏切り、誰の便宜が図られたのか、誰が誰を脅したいのか、幾度となく前のページを読み直すことになった。
ただ規模が広がり密度が高くなり続ける陰謀(論?)とコンゲーム、その中で懸命に「金」の為に頑張る主人公の姿は結構楽しめた。口と下半身の緩さの割に普通に情に厚いのも嫌いではない。というよりこの作品に出てくる人物が、話が話なだけにだいたい非情に見え、相対的に良い奴に見えているだけかもしれない。
ソンブラの正体も意外だった。書き方で完全に騙されたというか油断した。
事実関係と単なる推測が混ざり合う騙し討ちの世界に引きずられ、作者の騙し討ちを正面から受けてしまった。もう少し短くて読みやすてエピソード減らしてくれるとありがたいのだが。


No.29 5点 ミステリー・アリーナ
深水黎一郎
(2022/01/05 04:41登録)
読んだのは文庫本版。
なんというか、ミステリ読者を皮肉った作品にも作家を皮肉った作品にもミステリというジャンルそのものを皮肉った作品にも読めつつ、あるいは逆にそれらを真正面から熱意と矜持を以って描こうとしているようにも読めた。暗喩が多いというわけではなく、むしろ非常に直接的にミステリ作家の苦悩や他ジャンル読者への愚痴、作品へのこだわりを書いているからこそ、逆にどう捉えるのが正解か迷うところである。作品内の推理合戦についても、そんな滅茶苦茶な推理が正解なわけないだろ、と思わせる作中人物の推理がちゃんと外れであるように見せかけたあと実は正解であったのだと明かされる辺りがまた、行き過ぎた読者への、または許容される範囲が広がり過ぎた本格ミステリの推理への賛歌にも苦言にも見えるのだ。どうにもこういう作品は何かメッセージがあるのではと疑ってしまう。
ミステリとしては15個もの解決可能性を持つという作品全体の仕掛けは非常に面白く、またその中の推理一つ一つがバカミスすれすれなのが個人的に好きだ。特に叙述トリック系の多さが良い。
とはいえ、小説として優れているかは微妙なところである。文章が非常に読みづらい。コミカルなシーンも邪魔だ。まあ大真面目な雰囲気に似つかわしくない推理が頻出するので、この雰囲気になるのは仕方ないのかもしれないが。あくまでも登場人物たちが架空の小説の推理を行うというストーリーなので、リアルでの話が動かない、退屈な作品なのも否めない。途中で一応、推理合戦を行っている真の理由が明かされたりもするのだが、それまでの間にもう少し作品内でのリアル世界に動きが欲しいものだ。
10点の部分と0点の部分の混在する作品だったので、間を取ってこの点数。


No.28 7点 完全なる首長竜の日
乾緑郎
(2021/12/15 06:11登録)
読んだのは単行本版。
はっきり言って「センシング」の設定が出たあたりで大オチは看破できた…というとちょっと盛っているが、少なくとも選択肢の一つとして浮上し、それが最も有力なまま、結局そのオチが待っていた。恐らく読書家を自認する大概の人間が、設定が出た時点で推測できただろう。特にSFにはこの手のオチの作品が多く存在している。また、「どーせこいつらできてるんだろう」と思った人物が本当に身体の関係を持っていたりと、それらの脇の隠された真実もありきたりな物だった。とにかくいろいろな面に既視感がある。誰しも一度は出会っているであろうと思うくらいには、私にとってベタな作品だった。近々で似たような作品を読んだというのもあるが。
その割に点数が高いのは、文章が非常に綺麗であることと、徹底的に読者である私を翻弄してくれたからだ。綺麗というか、透明感のある文章がかなり私に合っていて、すっかり惹きこまれてしまった。そしてセンジングの起床が時に入れ子のように描写されることで、この手の虚構と現実を行き来する作品によくある、酩酊感のようなものを覚えることができた。どこまでが真実でどこまでが非現実で、どこまでが「ストーリー」として厳然に存在している必要な小道具で物でどこまでがただの心象描写なのか、それらが分からなくなっていく感覚に、あまりストレスを感じずに浸られたのだ。これは個人的に非常にポイントが高い。そういう作品は妙に作り物地味過ぎていて入り込めなかったり、逆に引き込まれ過ぎて脂汗をかくほど疲労してしまう事もある。これはそのどちらも無く軽くサッと酔えたのである。微アル飲料のような小説だと思う。
あとは、ちゃんと主人公がオチに気付くきっかけが隠れているのも良かった。いや、隠れてはいなかったのだが素通りしてしまった。自分もまだまだだなあホント。ただの描写の不自然さでオチに持っていくのではなく、ミステリらしい比較的ロジカルな手がかりで主人公をこのオチに導くのはまあまあ珍しい気がする。まあミステリ小説という触れ込みなので、それくらいしてくれないとがっかりではあるのだが。
文章面とフェチに合うというだけで加点しすぎたかもしれない。先述の通りベタベタなので、ミステリやSFというジャンルの側面だけで見るなら、もっと低い点でも良いだろう。


No.27 6点 黙過の代償
森山赳志
(2021/12/14 17:10登録)
読んだのはノベルス版。
メフィスト賞作品の割には随分真っ当な話だった。主人公の騒ぎの巻き込まれ方や行動原理、あるいは韓国政治家側の持つ権力に日本マフィア側が対抗できていることなどがやや引っかかる人もいるかもしれないが、私にはむしろそれらもこの事件に眠る秘密が作った「運命」のように感じられて、作品を楽しむスパイスになっていた。これぐらいのご都合主義は許せてしまうくらいの「因果」というか。
秘密をめぐり裏切りや騙し討ちの続く展開も良いし、随所に挿入される日韓人および在日韓国人らのそれぞれに対する考えや行動も、登場人物らの危ない行動の動機付け以上の演出効果があった。作者の「社会性と娯楽性の両立した作品が書きたい」という目標は、無事達成されたと思う。
我が儘を言うならば、殺人者の出自や大統領の謎以外にもう一つ、こちらを引っ張る魅力的な謎が欲しかった。後は、少々主人公に味方するマフィア側も韓国の政治家たちも、武力的な側面においてやや便利に描かれ過ぎている点も気になる。また存命の人物の発言や直近の出来事に関する作者なりの解釈、随所に見られる過激な表現も人によっては引っかかるかもしれない。私はこれらが文庫化の弊害になったりしたのだろうかと、読中思ったりした。
同ジャンルにはもっとスピーディでエンタメとして面白い作品、もっとミステリとして魅力的な作品もあるので、点数としてはこれくらい。


No.26 4点 叙述トリック短編集
似鳥鶏
(2021/11/29 23:53登録)
読んだのはノベルス版。
多分冷静に読み返せば悪い出来では無かったとは思うのだが、題名や前書きでハードルが上がってしまっていた。故に楽しめなかったわけではないのだが、あまりよくない方向の肩透かしを食らい続けてしまった。もっとうまく騙して欲しかったし、もっと「ここで気づけたのに!!」と悔しがらせて欲しかった。強盗に巻き込まれる話は、このタイプのは初見だったのでちょっと膝を打ったのだが、それくらいだろうか。
なんというか、題名で叙述トリックと謳っているから許される出来、といった感じだろうか。自ら「叙述トリック」と宣言することでフェアさを補っているというか、いやもしかしたら若干補い切れていないというか。まあでもちゃんと解き明かそうと各編腰を据えて挑んだ読者には、「叙述トリックと宣言すれば叙述トリックを用いてもフェアな本格ミステリ足り得るだろう」という予想通りの作品になったのかもしれない。私には痒いところに手の届かない、欲しい工夫のない作品だった。意欲的ではあるのだが。
あとは、これは正直この手の実験作に対しては非常に野暮な意見だと分かっているのだが、小説としての出来に満足いかなかった。幾つかの篇から、どうにも社会派的な要素を詰め込みたいようだというのは伝わるのだが、それがあまりフェアを掲げる本格ミステリ的な内容にも、大きな事件の起きない日常系ミステリの雰囲気や文章にも合わなかった。「本格派」「日常の謎系」「社会派」の三つの要素を、いずれも遊離することなく入れるのは難しいと思われ、結果この作品は最後の要素が浮いて目に付くものになってしまった、と思う。連作短篇という器に、何もここまで無理に注がなくてもいいのでは。もしかして、実は書きたい方向の作品ではないのか。と、失礼極まりない邪推をしてしまうぐらいには浮いていた。
実験をするなら、それ単体で終わらせている作品の方が私には望ましい。そうした実験作の裏にも、テーマやメッセージが欲しい人には受けがいいのかもしれないが。でもどうせなら大長編で語れよなー。


No.25 7点 ユービック
フィリップ・K・ディック
(2021/11/22 02:27登録)
読んだのは文庫本版。
序盤のストーリーや設定に騙され、時間と超能力の絡んだ冒険ものなり本格チックなミステリものなのだろうかと思って読み進めていったが、途中から完全にどこまでが現実でどこまでが何者かによって創られたものなのか判然としない、現実感が揺らぐ難解なSFになっていた。とはいえ、ディックのSFはほとんど読んでいないが、割と「世界ってそうだったのか……」か「自分ってそうだったのか……」が話に絡むことが多いと私は思っているので、「安定のディックだなあ」としか思わなかったが。多分ファンであるほど驚かないのでは。
どこまでも不可思議な描写が後半続いていくが、誰を信じるべきかを主人公が考えたり、フーダニットの解決が序盤に登場した人物であったり、この事態を引き起こしてるのが誰なのか、動機は何なのかをそれなりに推理したりと、割と真っ当なサスペンスミステリをしており、ミステリ的な要素のみをこしとって考えても大変楽しく読めた。勿論SF的な設定やシャビーな近未来観も面白かったのだが、あくまでミステリとして考えるならこの点数。
SF小説としてはもっと高い点数を点けたい。贅沢に設定やガジェットをふんだんに盛り込んでいるからだ。そしてそれらが無駄でなく、ちゃんとサスペンスミステリとして面白くなるよう作用しているのだから凄い。

ところで「文庫本のあらすじを読んではいけない」という前評判を聞いていたので読まないように注意していたが、読了後読んでびっくりした。このネタバレは酷すぎるでしょ。

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