ぷちレコードさんの登録情報 | |
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平均点:6.32点 | 書評数:242件 |
No.162 | 6点 | ハルさん 藤野恵美 |
(2023/06/15 23:18登録) 妻が早くに亡くなり、一人で育ててきた娘・ふうちゃんが今日結婚する。式場に向かう父の脳裏には、彼女の成長の過程で遭遇したいくつかの小さな事件の思い出が浮かぶ。ハルさんとは心優しいその父親の名前だ。児童文学で人気を博する著者が初めて大人に向けて書いた、ほのぼのとした連作ミステリ。 幼稚園の友達のお弁当箱から卵焼きが消えたこと、小学四年の夏休み、植物図鑑を眺めていたふうちゃんが翌日失踪したこと。謎にぶつかるたび、天国の妻が話しかけて名推理を発揮、ハルさんを助ける。娘の知らないところで交わされる夫婦愛、親子愛に満ちた会話が心温まる。いわゆる幽霊探偵のパターンだが、亡くなった妻を探偵役にすることで、夫婦の思いと謎解きの描写を両立させたところが見事。冒険好きなふうちゃんも非常に魅力的。 終盤の結婚式の場面では、ふうちゃんがなぜその男性を選んだのか、過去の親子の会話の中にヒントがあったと分かって胸を打つ。 |
No.161 | 6点 | ガソリン生活 伊坂幸太郎 |
(2023/06/15 23:08登録) 緑色の車デミオが語り手になっている。世界中で走り回っている車同士は、普段から会話をしており、ただそのことを人間のほうは気付いていない、という架空の設定が奇抜で微笑ましい。 ストーリーはデミオの持ち主である望月家の長男・良夫と小学生の次男・亨が偶然、元女優を同乗させるところから始まる。スキャンダルを追うマスコミに辟易している彼女を安全な場所へ運ぶ。ところが翌日、彼女は別の車で事故死する。本当に事故だったのか疑念を抱いた亨は、独自の調査を開始する。 明らかにライトミステリの体裁を取っているけれど、こめられた思想は深い。なぜ人はツイッターに夢中になるのか、マスコミを悪者扱いする考えは正しいのか、といった問題をさりげなく掘り下げる。つまり現在の様々なコミュニケーションを取り上げて、最も理想的な絆のありかたを探る小説なのだ。深い内容を易しく楽しく語るのである。 |
No.160 | 7点 | 追想五断章 米澤穂信 |
(2023/05/30 23:07登録) 叔父の古書店で店番をしている青年が、客に頼まれて奇妙なアルバイトを引き受ける。依頼人の父親が生前に書いた五つの短編小説を探し出す仕事である。 そのうち四編は古い同人雑誌などの載っているのが見つかったが、なぜかいずれも結末の一行を伏せたリドル・ストーリーになっていた。調査を続けるうちに、彼は未解決のまま終わった「アントワープの銃声」事件に行き当たる。二十二年前のその夜、依頼人の両親の間にいったい何があったのか。真相はその最後の一行に隠されている。 小説の中に別の小説を組み入れて、異なった時制の物語を同時進行させる手法は珍しくない。しかし、このように五編の「小説中小説」が緊密に組み合わさってひとつの物語を構成するミステリは、あまり無いのではないか。 |
No.159 | 6点 | 誓約 薬丸岳 |
(2023/05/30 23:00登録) バーテンダーが、ある老人と交わした約束の実行を迫られる話。その約束とは?実行とは? 殺人事件が起きて、濡れ衣を着せられて、謎を解いていくと意外な真犯人がいるというミステリではあるけれど、その興趣以上に少年の犯罪の告発と更生という問題を正面から捉えて、読者の善悪観を揺るがせにかかる。 ラストはいつものように温かいけれど、必ずしもすっきりしたものではない。非情な現実と長く厳しい人生を見据えているからだが、それでも作者の小説らしく、人の幸福と良き魂を願う思いは本作でも貫かれていて思わず落涙する人もいるでしょう。 |
No.158 | 7点 | 暗手 馳星周 |
(2023/05/16 22:11登録) 犯罪者の内面を掘り下げて描いた圧巻のスリラーである。舞台となるイタリアの描写も興味深い。 「暗手」と呼ばれるプロの犯罪者・加藤昭彦は、サッカーの八百長工作を進めていた。だが、ある女性に出会ったことが切っ掛けで、彼の計画に暗雲が立ち込め始める。人の心を捨てたはずの男が、沸き上がる恋慕の思いに苦しめられる物語だ。終盤の非情な展開が読みどころである。 |
No.157 | 7点 | 名も知らぬ夫 新章文子 |
(2023/05/16 22:08登録) 作者は宝塚歌劇団出身という経歴を持つ乱歩賞作家。 8編を収録した本書では、主として女性の視点から人の心に中で殺意が成長していくメカニズムを描いている。 表題作は、長く音信不通の途絶えていた従兄に恋した女性が窮地にはまっていく話で、日常が悪意に侵食される過程には有無を言わせない凄味がある。 |
No.156 | 6点 | おまえの罪を自白しろ 真保裕一 |
(2023/04/28 23:13登録) 冒頭で三歳の幼女が誘拐される。犯人の要求が身代金ではなく政治家の祖父の汚職の罪の自白であるところが意表を突く。マスメディアを使ってスキャンダルを広める策略も、その指示をウェブサイトに書き込む周到さも現代の犯罪ならでは。今や日常茶飯事となった謝罪会見や身近なネットの脅威が臨場感たっぷりに描かれる。 さらに政治家同士と忖度や家族間の愛憎、警察との駆け引き、露になってゆく過去。やはり弱い者が犠牲になるのかと幼女の安否にハラハラドキドキで息もつかせない。しかも手の込んだ伏線が幾重にも張り巡らされているので、タイトルを逆手にとった鮮やかな事件の解決まで、これでもかと翻弄させられる。 随所に鋭い舌鋒が展開されるが、著者は単純な勝ち負けを良しとしない。ほろ苦い決着がそれを物語っている。 |
No.155 | 6点 | ホワイトラビット 伊坂幸太郎 |
(2023/04/28 23:05登録) 仙台駅近くの釣り堀にいることが多い泥棒で、伊坂作品ではお馴染みの「黒澤」が登場する長編。 仙台市の住宅街で発生した人質立てこもり事件に、依頼された空き巣の仕事中だった黒澤が巻き込まれてしまう。警察と犯人の駆け引き、窮地に追い込まれても機転が利く黒澤の策略、二転三転する物語から目が離せなくなる。 黒澤だけでなく、犯人、捜査員、人質家族とそれぞれの人物像が立ち上がってくる様を読んでいると、登場人物をストーリーに供するコマだけにしない著者の愛情が伝わってくる。端役まで人柄を実感させる技があり、それが小説に深みを与えている。 |
No.154 | 6点 | SINKER 沈むもの 平山夢明 |
(2023/04/15 22:26登録) 幼女を冷酷無残に切り刻む連続殺人事件が発生。捜査に窮した警察庁警備局は、児童殺害容疑で収監中の天才心理学者プゾーの助言を得ようとする。その見返りは、他人の意識に「沈む」ことで、その身体を操る超能力者ビトーを、プゾーと接触させることだった。 「羊たちの沈黙」をサイコ・ダイビング風にひと捻りしたような設定だが、さすがその道のエキスパートの手になるだけあって、細部にわたる猟奇的蘊蓄が半端じゃない。人間とはかくも残虐になれるものか、と暗澹たる思いに駆られるようなエピソードが詰め込まれているのだ。何よりも恐ろしいのは、それらの多くに紛れもない現実的裏付けがあることだろう。 |
No.153 | 5点 | ささやき 立原透耶 |
(2023/04/15 22:19登録) 音感ホラーとでも呼びたくなるような特異な着眼点が光る連作集で、全六編を収めている。 携帯電話、ベルやチャイム、サイレン、鈴の音、様々な人の声、雑踏の騒音。思えば現代社会は、何と多様で時には猥雑なまでの「音声」に満ち満ちていることか。そして、もしもそれらが超自然世界の媒介物と化すとしたら、世界はたちまちにして目に見えない恐怖に侵されることになるだろう。本書に通底するのは、そんな過敏なまでに研ぎ澄まされた「音声」に対する恐怖感である。 そうした感覚を忠実に伝えようとするあまりなのか、時に描写が饒舌に流れる点や、不用意な擬音語・擬態語の多用など、気になる点もあった。 |
No.152 | 7点 | invert 城塚翡翠倒叙集 相沢沙呼 |
(2023/03/30 22:27登録) タイトル通り、犯人の視点から語られる3つの中編が収められている。緻密な計画で完全犯罪を狙った殺人者たち。事故や自殺として片づけられるはずが、霊能力を持つという奇妙な美女・ 城塚翡翠の登場によって事態は変わる。彼女はなぜか自分を犯人と見抜いて追い詰めようとするのだ。 城塚翡翠という特異なキャラクターもさることながら、犯人と対決し追い詰める過程のひりひりする緊張が忘れがたい。探偵と犯人の頭脳戦も、なぜ犯人が疑われるに至ったかの謎解きも、緻密な論理の快楽を堪能できる。 犯人を追い詰めるロジックと仕掛けは、時には読者も欺いてみせる。読み終わった途端に、表紙に戻ってみたくなる一冊。 |
No.151 | 8点 | 兇人邸の殺人 今村昌弘 |
(2023/03/30 22:19登録) デビュー作同様、本作でも閉鎖環境への考察が新鮮で、なおかつ行き届いている。営業中のテーマパークの一角にありつつも、そこだけは来園者の立ち入りが禁じられた兇人邸の特殊性が登場人物たちに強烈な焦燥感をもたらすし、読者にはサスペンスを与える。また、それが登場人物の思考の筋道にも影響を与え、事件の構造にも関わってくる造りも見事。 さらに密閉環境における事件解明のためのロジックが丁寧に作られている点にも好感を抱く。最終的に意外性に富んだ真相が明らかにされると同時に、犯人の悲哀も明らかになって胸を打つ。 |
No.150 | 7点 | 朽ちゆく庭 伊岡瞬 |
(2023/03/16 22:51登録) 中堅ゼネコン勤務の父は会社内でトラブルを抱え、税理士事務所に勤める母は上司と不倫関係をもち、不登校の中学生の息子は、近所の訳ありの少女と言葉を交わすようになり、やがて殺人事件が起きて世界は暗転する。 おぞましいまでの秘密の暴露がもつ切迫感、逃げ道のない閉塞感などは十二分にイヤミス的な救いのなさをもつ。見た目とは異なる真相を二重三重にして驚かせて予想外の結末へともっていく。そこには満足感と、もっと読みたくなる醜くも深い真実がある。 |
No.149 | 6点 | écriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅴ 信頼できない語り手 松岡圭祐 |
(2023/03/16 22:44登録) 東京都内のホテルで起きた大規模な火災により、作家と編集者たち計218人が亡くなった事件を追求する。 明快な謎解きも面白いが、慣れない探偵役をこなし、文学的問題に直面しながら成長していく23歳の女性作家の成長小説の部分に引き付けられる。「架空の物語を通じ、現実的に人を描くとは」何か、「理想に生命を与えるすべは」妄想ばかりでなく、自らの行動と実践にある。「真に人を知ればこそ、文学で人を表現する意義が生じうる」といたるところで真摯に事件と人生と文学に向き合い、気づきを得る。物語に厚みのあるシリーズだ。 |
No.148 | 5点 | 氷の致死量 櫛木理宇 |
(2023/02/26 22:21登録) アセクシャル(何者にも性的関心を持たない)の新任女性教師が、学園で起きた14年前の女性教師殺人事件の核心に迫る物語。 連続殺人鬼を絡ませて性、毒親、宗教など時代の精神をつくり上げるものを掘り起こしている。特にアセクシャルに焦点を合わせ、生と性の営みに関する見方を根底から覆して新鮮な印象を与える。 暴力的で殺伐としているが、どんでん返しが効果的に決まっている。かなりグロテスクな描写があるので、読者を選ぶ作品といえるでしょう。 |
No.147 | 5点 | 油絵は謎をささやく 翔田寛 |
(2023/02/26 22:15登録) 日本文化史の准教授・小宮香織が教え子の実家にある絵の鑑定を依頼される。明治期を代表する洋画家・高橋由一が描いたとされる「隧道図」は、真筆の可能性があるものの地元の専門家から贋作と否定された。詳しく調べていくと、当時不可解な失踪事件などが起きたことがわかってくる。 本物か偽物かという視点だけでなく、油絵が封印している当時の時代背景を丹念にたどり、さらに新たに起きる殺人事件の謎を追っていく。現代と明治の二つのパートを並行させて捜査活動を描きつつ、謎の核心へと至り関係者一同の前で小宮山がすべてを解き明かす。 事件の真相はやや作りすぎのきらいがあるが、それでも明治史、美術史、真贋鑑定などの専門的な情報を巧みに盛り込んで読み応えがある。 |
No.146 | 6点 | 転生の魔 笠井潔 |
(2023/02/11 22:29登録) 2015年、動画共有サイトで安保法案デモを見ていた山科三奈子は、群衆の中に43年前に姿を消した友人のジンと瓜二つの女がいることに気づき、その捜索を飛鳥井に依頼する。 70年代に青春時代を送った若者が現代の日本の闇を体現する存在になるプロセスには、戦後史を問い直す視点がある。何より、探偵も依頼者も還暦を過ぎ心身の衰えと病気に苦しみながらも過去と向き合い、奇怪な謎を解こうとする展開そのものが、少子高齢化が進む日本の戯画に思えた。 さらに作中では、政治に無関心な日本人が増えた理由、左翼過激派とイスラム原理主義の接点といった社会思想も議論されていく。本書は、これまでの問題意識を小説で表現した到達点なのである。 |
No.145 | 6点 | 少女を殺す100の方法 白井智之 |
(2023/02/11 22:22登録) タイトルに偽りなく二十数人の少女が惨殺される5作品が収録されている。私立の女子中で1クラス全員が射殺され、執拗に顔をつぶされる「少女教室」は、現場の状況から丹念に推理を積み重ねて真相を導き出す終盤が圧巻。巨大なミキサーに入れられた少女たちが、脱出の方法を模索する「少女ミキサー」、金持ちに斡旋され、商品価値がなくなると殺される少女の死体処理をしている男を主人公にした「少女ビデオ公開版」は、着地点が見えない展開も、周到な伏線から浮かび上がるどんでん返しも鮮やか。 人間の尊厳が奪われた本書の少女たちは、紛争地域で無慈悲に殺されたり、大人の食い物になったりしている現実の少女と重なる。残酷な描写は深いテーマ秘めているのである。 |
No.144 | 6点 | 裁判員法廷 芦辺拓 |
(2023/01/28 22:16登録) 裁判員制度が導入されたある日。読者である「あなた」はある事件の裁判員に任命され、法廷に座っている。あなたはあなたの責任において、あなたの目の前にいる被告が有罪か無罪か、また刑の量定までをも判断しなければならない。 読者まで参加させる実験小説の趣があるとはいえ、中編三作の連作による法廷推理という構成は、やや地味かもしれない。しかし、連作という形式や、シミュレーション小説という形式そのものを逆手にとって、最後に驚きの仕掛けが用意されている。 ノスタルジックな雰囲気で、主人公をはじめとする登場人物たちが、みな正義を信じ法を順守し、奇怪な謎の裏に隠された真実を追い求めようとする姿勢を崩さない。異常者ばかり登場させるのに、いささか辟易していたミステリファンにおすすめ。 |
No.143 | 6点 | 毒よりもなお 森晶麿 |
(2023/01/28 22:10登録) 連続殺人犯は最初に明かされる。自殺サイトの管理人「首絞めのヒロ」ことヒロアキ。親に虐待を受け続けてきたヒロアキの心は「がらんどう」で、醜悪な感情しか詰まっていない。八年前に知り合っていたカウンセラーの美谷千尋は、殺人に手を染めていくヒロアキを救おうと手を尽くす。 ところが、最終盤に全てを覆す衝撃の展開が待っている。端役と思っていた人物が前面に出てきて驚きの告白をするのだ。張り巡らされた伏線が収斂していくのだが、読んでいて時空がゆがむような感覚に襲われた。 作中にある「狂気はそんな遠い場所にあるわけではない」という千尋の思いとも響き合い、今という時代の一断面を突き付けられる。ずしりと重い読後感が残る。 |