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ミステリの祭典

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ぷちレコードさんの登録情報
平均点:6.29点 書評数:265件

プロフィール| 書評

No.185 6点 オーデュボンの祈り
伊坂幸太郎
(2023/11/29 22:50登録)
コンビニ強盗をしてその逃走中に気を失った伊藤は、外界の交流を絶った孤島・荻島で意識を取り戻す。島には予知能力を持った喋るカカシ・優午が住んでおり、人々はその言葉を守って生活していたが、ある朝、優午は無残な姿になって発見された。未来を予知できるはずのカカシがなぜ殺されたのか。
孤島という外界から隔絶された空間の中で、殺人ならぬ「殺カカシ事件」が発生するという異色のファンタジーミステリ。荻島はゆっくりと時間が流れる優しい世界であると同時に、人間の悪意がむき出しのかたちで現れる場所でもある。カカシ殺しの真相を追う主人公は、思わぬ形で人間の罪を指摘されるというわけだ。
異世界もののミステリ性とテーマ性を高いレベルで融合させた作品。


No.184 8点 顔 FACE
横山秀夫
(2023/11/29 22:44登録)
D県警秘書課広報広聴係に転属した瑞穂は、記者クラブへの対応や防犯訓練の手配をしたり、犯罪被害者支援対策室で一般からの相談電話を受けたりの毎日。その中で、婦警という仕事の意味をもう一度見つめ直すことになる。
広報の仕事や、似顔絵捜査経験者ならではの視点を活かした謎解きが堪能できる他、本書の事件はどれも社会と女性の関りがベースにあるものばかりだということに注目。
警察という男社会の中、時にはマスコットとして、時には広告塔として、組織に利用されてきた婦警たち。彼女らが正当な評価を得るため、悪戦苦闘する様子には共感する人も多いはずだ。


No.183 6点 大聖堂の殺人 ~The Books~
周木律
(2023/11/17 22:41登録)
「堂」シリーズ完結編となる第七作は、北海道沖の孤島を舞台にした密室と連続殺人のミステリ。容疑者はいるが、その人物はヘリポートが壊れて孤絶した島の密室状況の巨大な大聖堂で犯行に及ぶことは不可能だった。
いかにも「堂」シリーズらしい大きな謎だが、本書の探偵役が挑む謎は、これだけではない。数十年前に同じ島で発生した連続殺人事件、いわゆるシリーズを通して読者に提示され続けた謎にも挑む。豪腕さと繊細さを堪能できる。


No.182 7点 鏡面堂の殺人~Theory of Relativity~
周木律
(2023/11/17 22:36登録)
シリーズ6冊目。奇妙な建物で起きる奇怪な事件を数学と密に絡めて語ってきたシリーズだが、今回の建物の使い方はひときわ鮮やかだ。
今作のモチーフである相対性理論が美しい物理トリックや学者たちの業と見事に一体となっているのである。シリーズとしての束縛がきつい中で、マンネリに陥るどころか更に進歩している点に感服するしかない。


No.181 7点 半席
青山文平
(2023/11/06 22:23登録)
この小説はホワイダニットの要素を強く押し出した連作短編集で、主人公は徒目付の片岡直人。彼の仕事内容は腑に落ちない事件を検め、事件を起こした人間が隠している真の動機を探ること。
表題作の「半席」は、八十九歳の重役・矢野作左衛門が釣りの最中に死んだ。関与が疑われているのは義理の息子である信二郎。果たして信二郎は事件に噛んでいるのか。
被害者である矢野作左衛門が最後に語り、事件を引き起こすきっかけとなった言葉を見た瞬間、身体に震えが走る。


No.180 5点 楊花の歌
青波杏
(2023/11/06 22:14登録)
一九四一年、日本占領下の福建省アモイ。カフェでウエートレスをしているリリーは、抗日活動家の楊のもとで諜報活動をしていたが、ある日、日本軍諜報員の暗殺を指示される。実行役は、琥珀色の瞳と手に彫られた蛇の入れ墨が印象的なヤンファ。二人は愛し合うようになるが、リリーは黙っていた。ヤンファが暗殺に失敗した時、彼女を殺せと命じられていることを。
四部構成だが、ヤンファの過去が描かれる第三部がダイナミックで詩的美しさに満ちていて圧倒的。暗殺犯の少女時代における精神と肉体の体験の一つ一つが、激動の時代の象徴として刻印されていく。ミステリ的な観点からすると、サスペンスや捻りは足りないが、日本統治時代を背景とした冷徹な諜報戦に巻き込まれた人々の対立と葛藤は、実に情感豊かに書き込まれていて忘れ難い。


No.179 7点 夏休みの空欄探し
似鳥鶏
(2023/10/23 22:35登録)
主人公は、会員が二人しかいないクイズ・パズル研究同好会会長の高校二年生ライ。夏休みが始まったばかりのその日、駅前の店で二人の姉妹が隣の席で暗号解読に苦心しているのを見る。
ライは数字だらけの暗号を盗み見てすぐに解いてしまい、解答を残して店を出るが、二人は追いかけてきて協力を求める。暗号はほかにもあるという。こうしてライは大学二年生の立原雨音と妹で高校一年生の七輝と知り合い、クラスの人気者であるキヨを交えて暗号を解いていくことになる。
キヨはライにとって敬遠する相手で、仲良くなることなどないと思っていたのに友情が芽生え、それぞれ姉妹とのほのかな恋心も育むようになる。暗号の問題を解くことがやがて恋心を解くことにもつながり、最終的には思いもかけない真相へと到達する。もの悲しくも温かな物語。


No.178 7点 録音された誘拐
阿津川辰海
(2023/10/23 22:23登録)
大野物産の御曹司でありながら家を飛び出して探偵事務所を開いている大野糺が誘拐される。大野の右腕ともいうべき山口美々香がたまたま大野家を訪ねていて、警察とともに事件を追求していく。
特徴的なのは美々香が飛び切り耳がよくて、微妙な音も聞き逃さないという点。しかも大野もまた名探偵的な推理力を持ち、誘拐犯と戦うのだが、この誘拐犯が極めて狡知に長けていて、探偵と犯罪者の頭脳戦が繰り広げられるからたまらない。
大野家の深い謎、美々香と家族の秘密などのサイドストーリーがメインストーリーを支えて劇的な展開を生み、度重なるどんでん返しに繋がるのがお見事。


No.177 7点 隠蔽人類
鳥飼否宇
(2023/10/10 22:42登録)
第一話の舞台は南米アマゾンの奥地。かつてアメリカの冒険家が一度だけ接触したというキズキ族を再発見しようと現地に向かった日本の調査隊の物語である。彼らはそれらしき民族との接触に成功し、調査も進めたが、とんでもないデータを検出してしまう。その後、首斬り殺人が発生し、という目まぐるしい展開の第一話は、消去法で殺人犯を特定していくミステリとして一応は決着するのだが、ラストが破壊的。
これをやって先が続くのかというほどなのだが、第二話であっさりと受け止め、密室を巡る謎解きに仕立て上げる。が、結末でまたも大いなる衝撃だ。第三話でクレッシェンドにクレッシェンドを重ね、第四話では驚愕の大ツイストが襲う。そして第五話の巨大なる衝撃。ホラ話って愉しい。


No.176 7点 沈黙法廷
佐々木譲
(2023/10/10 22:34登録)
絞殺された老人について捜査を進める警察小説のパートと、起訴されつつも無罪を主張する家事代行の女性の裁判のパートに大別できる。
前者においては、捜査の進展が丁寧に描かれるだけでなく、警視庁と埼玉県警での手柄争いや、他の不審死との関連、マスコミとの駆け引きなどが物語に奥行きを与え、後半においては、被告人のかたくなに閉ざされた心の変化が、裁判員裁判という制度とあいまって複雑な味のスリルを生じさせている。サイドストーリーとして全編を貫く青年の視点も、結末において見事に効果を発揮している。


No.175 6点 奇譚蒐集録 弔い少女の鎮魂歌
清水朔
(2023/09/27 22:37登録)
大正十二年、華族の四男で生物学者の南辺田廣章と若き書生の山内真汐は、琉球本島から二日以上かかる恵島を来訪した。この島では御骨子と呼ばれる少女たちが、洞窟で遺体から骨を抜く葬送儀礼に従事していた。
琉球や薩摩にも属さない歴史を持つ秘島、百年前に島を吹き荒れた大量虐殺、御骨子たちの肌に浮かぶ青黒い呪いの痣といったおどろおどろしい謎とともに、廣章主従の前に次第に明らかになってゆくのは、弔いを請け負う「祓い屋」にこき使われる少女たちの過酷な境遇。多方面にわたる知識を持つ廣章の明晰な推理によって謎に合理的に解明されるのか、それとも呪いは存在するのか、そもそも廣章主従は何のために島を訪れたのか。三津田信三の刀城言耶シリーズをもっとホラー寄りにしたような作風。


No.174 6点 芙蓉の干城
松井今朝子
(2023/09/27 22:27登録)
歌舞伎の殿堂・木挽座の近くで右翼結社の幹部とその愛人の他殺死体が発見された。その前日、澪子は木挽座で観劇の最中、死んだ二人が真向いの桟敷席にいるのを目撃していた。この事件と歌舞伎座の世界に関連はあるのか。
前々年には満州事変、前年には五・一五事件が起こるという不穏な世相の中、一方では右翼や軍部のきな臭い人間関係、一方では梨園の浮世離れした愛情の世界が繰り広げられ、そこに接点が生じたことから惨劇が続発する。歌舞伎の芸という大の虫を生かすために小の虫の犠牲はどこまで許されるのか。
ねじれた動機により次々と殺めてゆく犯人の屈折ぶりもさることながら、笹岡警部が祖先と似た選択を迫られた時に下した決断の非情さには戦慄とさせられた。


No.173 6点 空を切り裂いた
飴村行
(2023/09/11 23:02登録)
一九九九年の七月、千葉県の海沿いの街を舞台に、互いに絡み合う五つの短編が不穏な世界を織り上げる。一時は文壇の寵児としてもてはやされながら、やがて忘れられた小説家・堀永彩雲。それぞれの人生に「歪み」を抱えていた人々が、堀永彩雲の小説に接することによって、何かが開花してしまう。
作者が得意とするグロテスクな描写は抑え気味に、奇異な小説に触れて不穏な行動に駆り立てられる人々の様子を描き出す。起きていることは陰惨なのに、各編の結末は不思議なことに爽快な解放感が漂う。


No.172 7点 雷神
道尾秀介
(2023/09/11 22:52登録)
埼玉で父と一緒に小料理屋を切り盛りする藤原幸人の一家が不幸に見舞われるシーンから始まる。四歳の娘・夕見がマンションのベランダの淵に置いた植木鉢が落下、それが原因で起きた事故で妻の悦子が亡くなる。
物語は本編だが、その十五年後、父の小料理屋を継いだ幸人のもとへ、娘の秘密ネタに金を要求する男が現れるところから動き出す。幸人は十五年前の事故の原因を夕見に明かしていなかったのだ。やがて脅迫者らしき男が店に来るに及んで、幸人はついに過去と向き合うことを決意。実は、彼はさらなる秘密を抱えていた。
冒頭の脅迫者の出現から、それを軸に話が動いていくのかと思いきや、次第に三十年前の羽田上村の事件へとスライドしていく。幸人たちによって羽田上村の人間関係が明かされていくあたりは、本格ミステリと社会派ミステリの読みどころを見事に融合させており、さすがと思わせる。


No.171 7点 お前の彼女は二階で茹で死に
白井智之
(2023/08/25 23:20登録)
「ミミズ人間はタンクで共食い」高級住宅街で乳児が水槽に落とされ殺される事件が発生、刑事のヒコボシが捜査に乗り出す。因縁深い被害者家族を相手に鋭い推理を進めるヒコボシ。
誰一人としてまともな人が出てこないが、中でも倫理の欠片もないヒコボシのキャラクターは強烈。グロテスクな設定てんこ盛りな反面、推理は理詰めで、特に冒頭ノエルが複数の相手の誰を襲ったのかで解決が変わってくる多重推理が素晴らしい。第二話は、樹海に接して対立する二つの村で、第三話は、山間の温泉宿で殺人事件が起きるといった具合に、作りは本格ミステリの王道を行く。変態設定とのギャップは天才的。


No.170 6点 逢魔宿り
三津田信三
(2023/08/25 23:13登録)
作者自身の現実をディティールのみならず、作品の構造そのものに取りこんだメタ趣向の怪談連作。テーマやモチーフの枠組みを定めた作品集が多い作者だが、今回は知人から聞いた話という以外に縛りはなく、結果が張られた山中の奇妙な家屋に立て籠もり、押し寄せる怪から身を護る通過儀礼、死を予告する絵を描く子供、新興宗教の夜警、家を訪れる得体の知れない何か、とバラエティに富む。しかも最終話でこれらにある意味が与えられるのも作者らしい。
何らかの論理性は見出せても、怪異自体の解明、解決はされないまま底なしの不気味さを堪えて体験者や語り手、ひいては読者を引きずり込もうとする怪異譚。


No.169 7点 マザー・マーダー
矢樹純
(2023/08/10 23:34登録)
夫の給料減額などで生活不安に陥った主婦が稼ぎ口を求めてネットショップの手伝いを始めたことから被る受難。看護助手として働く一人暮らしの女が、半年前に死んだ別れた夫の隠し子だという若い男と顔を合わせることに。ひきこもりの自立支援施設の職員が、家族の依頼を受け当事者の引き出しに向かってみると、まさかの事態が。
こうしたエピソードに家から一歩も出ない謎めいた息子の恭介と、彼を溺愛するがあまりトラブルが絶えないモンスターマザーの美里、この不穏な母子の存在が何らかの形で絡んでくる構成になっている。
ミステリとしては、ある女性との不登校の原因となった校内の事件を意外な探偵役が解き明かす、「シーザーと殺意」が白眉。そして迎える最終話まで、連作ならではの趣向の先に訪れるおぞましさ。読み手を鮮やかに打ち抜く驚きと異形の母性に震える。


No.168 6点 IN
桐野夏生
(2023/08/10 23:25登録)
女性小説家のヒロインと編集者のダブル不倫を鋭い筆致で正面から描き出す。情熱、独占欲、嫉妬、憤り、打算、憎悪、執着。どんな恋愛にも付きものの感情の諸相を作者は生々しく定着する。
だが、ヒロインが目下書きつつある小説の中ですでに亡くなった作家の私小説「無垢人」の真実を追求するという二つの筋立てが絡み始めると、何処へ着地するか分からない魔術的なメタ小説の領分に入り込む。しかしここでも主題は恋愛であり、なぜ人間はこんなにも恋愛に取りつかれ、恋愛を小説に書こうとするのかという問いが浮上する。人間にとって最大の謎である恋愛をめぐるミステリ。


No.167 5点 栄光なき凱旋
真保裕一
(2023/07/30 22:31登録)
三人の日系二世を主人公にしている。日本軍による真珠湾攻撃で人生が暗転し、日系人たちが強制収容所に送られるなか、ある者は法廷の場で争い、ある者は語学兵として米陸軍情報部に入り、ある者はハワイの国防軍へ志願する。
日系人として逆境にありながらも、米国を祖国とみなすのだが、やがて両親が生まれ育ったもう一つの祖国への思いが強まる。二つの祖国があるゆえに、愛国心のありかは複雑となり考えさせられる。特に終盤、日系アメリカ人のみの軍隊、第四四二連隊の欧州での死闘を描いてテーマ把握を強くしている。


No.166 5点 いつかの人質
芦沢央
(2023/07/30 22:21登録)
三歳の時に連れ去られた宮下愛子は、ほどなく自宅に戻れたものの、その時の怪我で視力を失ってしまう。それでも、両親の庇護のもと、健やかに育っていた愛子だったが、初めて親の介助なしに友人同士で出掛けたアイドルのコンサート会場から、またしても何者かに連れ去られてしまう。折しも、それは十二年前、愛子を連れ去った犯人の娘で、今は漫画家となっている江間優奈が、夫の礼遠とともに宮下家を訪れた後のことだった。
愛子の誘拐事件を追う過程で、優奈が失踪していることが明らかになる。物語は、愛子を誘拐した犯人捜し、礼遠の優奈捜しを並行して描いていく。二つの謎がたどり着く先は、何処なのか。メインのストーリーはミステリなのだが、根底にあるのは、愛子と家族の物語であり、優奈と礼遠の夫婦の物語である。
とりわけ、端から恵まれたカップルに見えていた優奈と礼遠の、その実は「すれ違ってしまう愛」が息苦しいまでに迫ってくる。

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