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ミステリの祭典

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ぷちレコードさんの登録情報
平均点:6.32点 書評数:242件

プロフィール| 書評

No.222 7点 あと十五秒で死ぬ
榊林銘
(2024/07/20 22:49登録)
撃った犯人と被害者の一瞬の攻防。推理クイズドラマの見逃した短い時間でなぜあんな結末に至ったのか。繰り返される車中の夢の意味。首の着脱が可能な島民が住む地で起きた殺人事件など異様な状況ばかりの作品集。
第十二回ミステリーズ!新人賞佳作の「十五秒」をはじめ、収録された四作全てが、「十五秒で死ぬ」という状況を核にした物語になっている。どれも厳しい制約がある趣向なのに、展開には大きな紆余曲折があり、ニヤリとさせられるオチまでついている。デビュー作とは思えない出来。


No.221 6点 スイッチ 悪意の実験
潮谷験
(2024/07/20 22:43登録)
心理コンサルタント・安楽是清が企画した心理実験、それは「純粋な悪意」をめぐる実験だった。参加者のスマホには「スイッチ」がインストールされ、押しても押さなくても報酬は手に入るが、押せば無関係な家族を破滅に追い込むという。押すメリットのないスイッチだが、実験の終盤で思わぬ事態が発生する。
まるでゼロ年代に流行した思考実験的デスゲームを彷彿させる設定だが、解決編では地に足の着いたロジカルな犯人当てが行われる。そのギャップ自体も本書の持ち味だが、推理の後に判明する犯人の動機、そしてこの実験の裏で起きていたことの真相が秀逸。


No.220 6点 火刑都市
島田荘司
(2024/07/07 22:36登録)
社会派推理の要素が強い重厚な捜査小説だが、社会派にありがちな生硬さがないのは、ヒロインをめぐる叙情的部分もさることながら、極めてトリッキーな奇想に裏打ちされていればこそだろう。
ヒロインの寒子が終章で「私は、東京が怖かったです。いえ、今でも怖いけど」と言うように、そういう哀しく弱い人間を異常な行為に駆り立てたという点で、巨大都市の魔性が炙りだされる仕組みになっている。本書は、一種の東京都市論でもある。


No.219 8点 りら荘事件
鮎川哲也
(2024/07/07 22:31登録)
秩父にある山荘に集まった8人の芸大生グループ。メンバーの間に複雑で厄介な人間関係が渦巻く中、トランプ札とともに男の死体が見つかり、学生たちは連続殺人事件に巻き込まれていく。
探偵の星影龍三が真相を語るや否や、複数の企みが絡み合う事件の構造が浮かび上がり唖然とさせられる。そしてこの物語に奥行きを与えているのが、若者たちの青春とその終焉のドラマだ。男女間の恋愛を巡る駆け引きと、芸術家としてのプライドの衝突。半ば狂乱的な学生たちの日々は、事件の解決とともに虚しい結末を迎える。優れた謎解き小説であると同時に青春小説としても優れている。


No.218 7点 危険な童話
土屋隆夫
(2024/06/26 22:27登録)
地道な捜査活動の合間に童話の詩句が挟まれ、その対比の妙は鮮やかな印象を残す。また童話がトリックと不可分の関係にあり、読者に対して大胆な手掛かりを提示する機能を果たしている。
容疑者は一人だけにもかかわらず、結末の直前まで犯人捜しの魅力を失っていない。これが画期的な点の一つだが、もう一つユニークなのは通常、アリバイ崩しは犯行時のアリバイを主張するのに対し、この作品では犯行後のアリバイが問題になること。その他、凶器消失など多くのトリックが散りばめられていて、そちらに目を奪われているいると、こうした構成上のトリックは見えにくい。


No.217 5点 午前0時の身代金
京橋史織
(2024/06/26 22:19登録)
女子学生を誘拐した犯人が10億円の身代金を要求するという事件を、被害者の法律相談に乗っていた新米弁護士の視点から描いている。
クラウドファンディングでの身代金要求という着想の妙に惹かれるのだが、それを実現するためのIT事業者の葛藤もスリリングに描いており、単に流行の素材を利用しただけで終わっていない。
誘拐事件を軸としつつも、次から次へと事件の様相が変化する展開もいい。最後の問い掛けも深く刺さる。


No.216 6点 失踪HOLIDAY
乙一
(2024/06/13 22:20登録)
中編の表題作と短編の「しあわせは子猫のかたち」の2編が収録されている。
表題作は、家出した大金持ちの一人娘が狂言誘拐を企てるものだが、人質のお嬢様に無理矢理、片棒を担がされる使用人のキャラクターが巧妙なミスディレクションとして機能している。
一人暮らしを始めた大学生が前の住人であった女性の幽霊と同居する「しあわせは子猫のかたち」でも、女性を殺害した犯人が特定される手筋は正当なパズラーの醍醐味に満ちている。


No.215 8点 ラットマン
道尾秀介
(2024/06/13 22:15登録)
主人公の姫川亮が関わる過去と現在の二つの殺人の構図を重ね合わせ、いずれの事件でも二重三重のどんでん返しが仕組まれている。
この作品で作者は、人間が何かを知覚する過程で前後の文脈が結果を変化させてしまう心理現象を持ち出し、時にはネズミに、時には人間に見えるラットマンの絵を引き合いに出す。だとしても、認知科学系とも従来の叙述トリック作品とも違い、むしろ同じ文章が複数の意味に読めるという手法を駆使したパズラーとして、もっと評価されてもいい作品だ


No.214 6点 蒲生邸事件
宮部みゆき
(2024/05/31 22:11登録)
二・二六事件のさなか、架空の人物・蒲生憲之陸軍大将の邸宅を舞台にした密室殺人事件がメインのテーマである。主人公は、二・二六事件の昭和十一年にタイムトリップしてしまった受験生の孝史。
孝史は予備校受験のため、蒲生邸跡地に建つホテルに泊まったばかりにタイムトリップに巻き込まれる。地方受験生のホテル探しで思わず見栄を張る父親など、相変わらず行き届いたディテールに感心。その父子の微妙な関係や、蒲生一族の確執、孝史と邸の女中・ふきとの愛情、タイムトラベラーの悲哀など、テーマが山盛りで楽しめた。


No.213 7点 動機
横山秀夫
(2024/05/31 22:04登録)
「動機」警察署で一括保管していた三十冊の警察手帳が盗まれる。タイトル通り、犯人の動機がキーワードになる。内部犯行だと確信した貝瀬は同僚を犯人と思うが、当然のように刑事部との軋轢がある。警察官の魂とも言われる警察手帳を背景に警察官という職業、そして警察官という人間に迫った傑作。
殺人の刑を終えて出所した男に再び殺人を依頼する電話がくる「逆転の夏」、大手の新聞社から地方紙の女性記者に引き抜きの話が来る「ネタ元」、そして年若い女を後妻にしていた裁判官が公判中に居眠りをしてから起こる「密室の人」。いずれもミステリに不可解な謎が組み立てられ引き込まれる。


No.212 5点 贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚
阿泉来堂
(2024/05/19 22:19登録)
インチキ霊媒師が霊現象にまつわる四つの事件に挑む物語。
あらゆる霊障・祟りを祓うと豪語する霊媒師・櫛備十三。しかし実は霊が見えるだけで、祓う能力などは特にない。彼の武器は調査と観察、そして洞察力。いわば「名探偵」的な資質の持ち主である。そんな男が助手の美幸に叱られながら、推理とハッタリを駆使して挑む。
殺人事件に遭遇した男の霊と対話して、事件の真相を解き明かす第一話をはじめ、ホラーというよりはミステリの色合いが濃厚な作品。後半も、強力な霊現象との戦いの裏側に驚きを仕掛けて見せる。霊媒師と助手の造形もさることながら、全体を通しての仕掛けも凝っている。小粒ながらも印象深い一冊。


No.211 5点 可制御の殺人
松城明
(2024/05/19 22:08登録)
表題作は、Q大学の大学院生・更科千冬が白川真凛を殺そうと決意するところから始まる。千冬は得意の道具を使って機械工学専攻らしい犯罪計画を立てる。いかにも倒叙もののようだが、犯罪の陰に黒幕あり。そこに関わってくるのが、真凛の知り合いの鬼界。
鬼界は、人を一つの制御システムとして捉えて操作する研究をしており、誰もその素顔を知らない謎の工学部性。どんでん返しの妙もさることながら、鬼界が千冬の犯罪にどう関わっているかがポイント。
「とうに降伏点を過ぎて」はQ大のサークル工作部からはみ出た連中の集まり、工作本部に鬼界も参加するが、その素顔というのが、という部活事件もの。
「二進数の密室」は前編に登場した工作本部の月浦一真の妹・紫音の身辺劇というふうに登場人物が連鎖していき、最終的に各編の謎を貫く全体が見えてくるという構成になっている。


No.210 5点 パレード
吉田修一
(2024/05/07 22:30登録)
疑似家族をテーマにしており、2LDKのマンションで共同生活する十八歳から二十八歳までの五人の男女の物語。
ここには日本的な離脱不可能な共同体ではなく、いつでも離脱可能な共同体が作り出され、住人のあいだに緩やかな共犯性を育んでいる。
ラストの突発的な事件も単に物語を締めるための苦しまぎれの結末ではなく、この疑似的な家に潜在する危うさの露呈であり、こうした危機への感覚は生々しく鋭い。


No.209 10点 双頭の悪魔
有栖川有栖
(2024/05/07 22:25登録)
江神部長以下四人の推理小説研究会メンバーは、麻里亜の父から娘を連れ戻して欲しいと依頼され、木更村とは橋一本で繋がった隣村の夏森村までやってきた。しかし芸術の里の住人達はことさら外部の人間を警戒していて、麻里亜との接触も拒絶されてしまう。
物語は江神部長だけ潜入に成功した木更村と、陸の孤島となってしまった夏森村とで二元中継的に進む。木更村の方は有馬麻里亜が、夏森村の方は作者と同名の研究会員・有栖川有栖が、それぞれ語り手を務める。荒天のさなか、両方の村で時を置かず殺人事件が発生し、片やシリーズ探偵の江神が、片や残された研究メンバーが、物証と証言をもとに推理を積み重ね、論理的に犯人を限定していく。その詰め筋は、着実かつスリリングである。


No.208 6点 不老虫
石持浅海
(2024/04/23 22:34登録)
人類の脅威になるという寄生虫サトゥルヌス・リーチ(別名不老虫)が密かに日本に運ばれてくるという密告があった。農林水産省で防疫に従事する恭平と、米国から呼び寄せられた専門家が、その対策に奔走する。
不老虫が妊娠中の女性の子宮に宿るという設定はなかなかに良識を逸脱しているし、不老虫を退治するシーンはそこそこグロテスク。それはそれである種の魅力なのだが、それだけではない。密輸側と対策側の攻防という大きな枠組みがあり、ここで知恵比べが繰り広げられる。
相手の次の一手を読む様は、作者らしく理詰め。読者を選ぶと思うが、この世界観に馴染めれば楽しめるはず。


No.207 6点 理由
宮部みゆき
(2024/04/23 22:22登録)
バブル崩壊後に、寂しく取り残されたようなマンションに住む一家四人が、六月の台風のさなかに惨殺される。しかし彼らの身元を割る警察の作業は難航した。なぜなら、彼らはその部屋に住んでいたはずの一家ではなかったからだ。彼らの正体は、そして犯人は。                         
被害者一家を取り巻く人々にも家族がいる。その一つ一つを丁寧に描き分けようという作者の狙いは成功していて、それぞれの事情を追っていくのも面白い。


No.206 7点 ぼっけえ、きょうてえ
岩井志麻子
(2024/04/10 22:14登録)
舞台は、明治期の岡山の遊郭。売れ残り女郎が、客に対して語り始めた身の上話そのままの物語。言ってみればただそれだけの、非常に動きの乏しい小説なのだが、それがとにかく怖い。
女郎が語る貧しい農村での思い出話は、飢饉あり、間引きあり、沢で腐る水子ありと、身震いする材料に事欠かない。女郎の口から発せされる古くさい岡山弁が、陰惨な暗幕で覆ってしまう。怪談話において、方言がいかに強烈な演出効果を生み出すものかを思い知ることになる。


No.205 6点 麦酒の家の冒険
西澤保彦
(2024/04/10 22:08登録)
至って普通の山荘にもかかわらず、その中にはベッドが一つと九十六本のビールしか目立つものがない。一体この家は何なのか、という大掛かりだけれど確かに日常の謎という物語。
明らかに多すぎるビールは何のためのものなのか。そもそもこんな山荘の中にビールとベッドしか用意されていないなんて、どういう意図があっての配置なんだ、とこれだけで物語を牽引できる強力な謎。けれど、事件らしき事件は何一つ起こっておらず、ただ大量のビールがあるだけ。そこから始まるホワイダニットの推理合戦は、大変読み応えがある仕様になっている。


No.204 7点 青の炎
貴志祐介
(2024/03/29 22:14登録)
主人公の櫛森秀一は、17歳の高校生。母と妹の三人で平和に暮らしていたが、元父親の曾根が家族の前に現れ、再び家に居座り始めてから、家族の平和が崩壊し始める。
秀一は幸せな家庭を取り戻すために、曾根を葬る完全犯罪を計画する。仕掛ける側に視点があることで、キャラクターと読者の見据える先は合致し、スリリングな展開が味わえる。そして高校生の青春と孤独な殺人者としての苦衷 が、表裏一体となり流れ着く先にある結末が、愛と青春の物語であることは見逃せない。美しくも切ない感動作。


No.203 9点 大誘拐
天藤真
(2024/03/29 22:07登録)
刑務所を出所した三人組が、和歌山屈指の大富豪の老女を誘拐する話。しかし、気づけば老女に主導権が移り、身代金を釣り上げるなど犯人と被害者の立場が逆転する。
警察と丁々発止のやり取りが面白いだけでなく、老女の国家に対する思いなどが明かされ、単なる娯楽作品に終わらないところに作者の神髄がある。奇想天外なシチュエーションをベースに、ユーモア溢れる登場人物を配した本作は、読み直しても今なお古さを感じさせない。

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