◇・・さんの登録情報 | |
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平均点:6.03点 | 書評数:181件 |
No.121 | 6点 | 女性判事 ナンシー・テイラー・ローゼンバーグ |
(2023/06/11 20:36登録) ラーラは、十一年間検事を務めたのち二年前、判事に任命された。正義感の強いラーラは、厳格な判決を下すことで知られていた。刑期はなるべく長く、罪状は出来るだけ重くするという評判であっ学た。学生暴行殺人の控訴取り下げを認めた時から、身辺に次々と異常が起こり始める。 家庭の崩壊、暴力犯罪、幼児虐待、売春、性的倒錯といった米国の病める米国の社会を浮き彫りにするとともに、それを支えるはずの法制度の矛盾や法の執行者の不正という問題にも鋭くメスを入れた意欲作だ。 |
No.120 | 6点 | 殺人容疑 デイヴィッド・グターソン |
(2023/06/11 20:28登録) アメリカ・ワシントン州にある人口五千人の小さな島を舞台にした白人と日系人の二世代にわたる愛憎と自然の織り成す妖しい美しさを精緻なタッチで描いた文学作品である。 濃霧の中、一人の屈強な刺し網漁師カールが漁網の底から死体で発見された。死体の頭部には平らなもので強く打たれた形跡が見受けられた。 真珠湾攻撃の後の日系人の悲しい差別の現実を、作者は多数の資料を集め丹念に描いている。戦場で戦い、深い精神的な傷を引きずった登場人物の心理を深く掘り下げて描かれている。最後は偏見を捨てて正義とは何かを据えて行動する勇気は、アメリカの建国精神がまだ健在であることを思わせる。 |
No.119 | 6点 | ジェイムズ・ジョイス殺人事件 バーソロミュー・ギル |
(2023/05/15 19:23登録) ダブリン随一のジョイス学者コイル教授が「ブルームの日」祝賀の催しのあとで殺された。捜査に乗り出すのはダブリン警察殺人課マッガー警部。事件の鍵は「ユリシーズ」にありとコイルの友人たちはほのめかすが、そんな本など読んだこともない警部は独自の捜査を続ける。 十八の挿話で構成される「ユリシーズ」に準じて十八章から成る本書は緻密な推理小説だが、それに加えてジョイス論ベケット論をまくしたてるダブリンに知識人たちの道化じみた言動はなんとも秀逸で、あの都市特有の奔放な知的風土が醸し出す軽妙・皮肉な笑いは痛快極まりない。 |
No.118 | 6点 | 怪談 小池真理子 |
(2023/05/15 19:16登録) 七編の怪談を集めた短編集。衣服の持ち主を探しているうちに現実感覚を失う「カーディガン」、病死した妻と触れ合う「ぬばたまの」、息子の結婚式で出会った男が誰であるかに気づく「還る」の三作が特に見事。 人も霊もみな温かな感情を抱き、時に歓喜し、時に絶望する姿が切ない。実に怖く悲しく、時になぜか喜ばしい。 |
No.117 | 4点 | テイクオーバー スティーヴン・W・フライ |
(2023/05/15 19:10登録) 本書は、アメリカの現役金融エリートが、その豊富な知識と経験をベースに書き下ろした経済スリラー。専門用語を駆使し、しかもその仕組みをわかりやすく示しあたりは、さすが餅は餅屋というべきか。フリー・メイスンを想起させるハーバード大OBの秘密組織という着想も悪くない。ただ人物造形は類型的。また、あれだけ緻密な計画を推し進めた七人同盟の陰謀が、素人のファルコン一人によって振り回され破産するというのは、いかにも劇画的。 ダイナミズムに、リアリティがついていけない結果となったようだ。 |
No.116 | 5点 | 用心棒 デイヴィッド・ゴードン |
(2023/04/14 20:37登録) ニューヨークのストリップクラブの用心棒ジョーは、ハーバード大を中退したインテリ崩れで、元陸軍特殊部隊員。物静かだが腕っぷしはめっぽう強く、もめ事を鮮やかに解決してしまう。そんな出来すぎなタフガイが思いがけない事件に巻き込まれ、手に汗握る冒険活劇が繰り広げられる。 厳重に警護されたお宝を強奪するために様々な特技を持つメンバーが集まったり、敵同士であるFBIの女性捜査官と主人公にロマンスが生まれたり、昼日中のショッピングモールで追跡劇が展開したり。映画か何かで見たことがあるような場面が次々出てくる。 緊張感と脱力感のブレンドがいいさじ加減の痛快エンタメ小説 |
No.115 | 5点 | ダウン・バイ・ロー 深町秋生 |
(2023/04/14 20:30登録) 強い者は富み、力を持たない者は見捨てられる、徹底的に弱肉強食を極めた非情な土地で、ぶっきらぼうな物腰の内に獣のような激しい意志を秘めた少女、響子の孤独な冒険が描かれる。とはいえ、次第に明らかになってくる事件の背景は、ほとんど紋切り型と言っていいもので、いつかどこかで読んだことのある物語や、いつかどこかで実際にあった事件を思わせ、必ずしも驚かされるようなのものではない。 だがむしろ、この驚きの欠如こそが、この小説の奇妙な魅力といってもいい。読後に残された既視感こそ、今現在の日本のリアルという気がしてくるのだ。 |
No.114 | 4点 | 埋もれた真実 ジェイムズ・ガブリエル・バーマン |
(2023/04/14 20:23登録) 超高級住宅地ホータケット・ベイの広大なカーヴァー邸で、一家四人の死体が発見された。最初は無理心中事件と思われたが、半年後、トニー・マクマーンという青年が殺人容疑で逮捕された。 確かに才能のきらめきが随所にみられるが、才気に走りすぎた感もあり、やや薄っぺらい印象。出口が見つからないトニーの心理の迷路と、弁護士バローロとのやり取りが、交互にカットバックされる構成は効果的。少年の切ない恋心が傷ついていく過程は細やかに描写されている。また、真実なんてものはない、あるのは物語だけだと豪語する弁護士バローロの存在も、シニカルな味割で面白い。だが、完成度の点ではいまだしの感がある。 |
No.113 | 6点 | 幻の標的 デイヴィッド・E・フィッシャー |
(2023/03/25 19:15登録) かつてCIAや外国の情報機関のために仕事をしてきたウォルター・ナーマンは、引退した現在では、その経験を生かして身辺警護に関するコンサルタント会社を営んでいた。そんな彼のもとを長年の友人であるクラウス・フォアシャーゲが訪れたのがすべての始まりだった。 スパイ小説の魅力の一つは、彼らが垣間見せるテクニックにある。暗殺術や尾行を巻く方法といった具体的なものから、独自の哲学やスパイであることの孤独感までも含めたある種の処世術のようなものに惹かれる。作者はそれをよく理解しているようで、ツボを押さえた安心して読むことが出来る作品に仕上がっている。 現役を引退した初老のスパイであり、強制収容所での経験によって閉所恐怖症になってしまっているナーマン、全身脱毛症のメルニック、妻が浮気をしているのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまったヘイガンといったような丁寧に描写された登場人物たちは十分魅力があり、そのことがきわどい話に小説としてのリアリティーを持たせることにもなっている。ラストがいささか弱く、尻すぼみの印象を与えてしまった欠点があるものの、それ以上に読み応えのある作品だ。 |
No.112 | 5点 | 目には見えない何か パトリシア・ハイスミス |
(2023/03/25 19:04登録) あらゆるミステリ作家の中でも心理分析に長けた一人である。作者は人間の心理と行為を可能な限り論理的な連関の中で描き出す。しかし、ぎりぎり最後の瞬間に論理による説明を放棄して、人間の心の底知れぬ不可解さへとジャンプする。その目くるめく飛躍が彼女の小説の醍醐味だ。 ミステリに限らぬ題材の幅広さと、この作者の人間理解を凝縮した形で楽しむことが出来る。冷徹な長編とは異なり、読者の心は温かさに包まれる。 |
No.111 | 4点 | 二人の大統領 全米震撼の7日間 J・C・バチェラー |
(2023/03/25 18:58登録) 膨大な情報量、多彩な登場人物、目まぐるしく変化する視点、そういった表現はともすれば誉め言葉に使用されるが、この作品に関しては、そこがマイナス要因になっていると言わざるを得ない。 舞台もホワイトハウス、メイン州、占領下のモルドヴァ、大地震のため廃墟と化したカイロ、と頻繁に変化しストーリーや人物関係が非常につかみづらい。状況を把握するだけで骨が折れてしまい、肝心の政治家たちによる権力闘争や駆け引きを堪能する余裕がなかった。アメリカの政治によほど興味のある人以外お薦めできない。 |
No.110 | 5点 | ヘルファイア・クラブ ピーター・ストラウブ |
(2023/03/11 18:46登録) 世代を超えて読み継がれ、今も多くの読者から人気を集めるファンタジー小説「夜の旅」。その作者ヒューゴー・ドライヴァーを見出した出版社「チャンセルハウス」社長の御曹司と結婚したノラは、寝室に血痕を残して行方不明となった友人の書棚にこの本を見つけた。「夜の旅」との関連を疑ったノラは、出版社の過去にまつわる謎を暴いていく。 文庫上下巻で千ページ近いというボリュームのなかで、謎が過去の彼方へ遡っていったかと思うと、現在進行形のサイコキラーの物語がシンクロしてきたりする。文学が人生を狂わせるというテーマを嫌というほど突き付けてくる。 |
No.109 | 6点 | 夜が終わる場所 クレイブ・ホールデン |
(2023/03/11 18:38登録) アメリカ中西部の小さな町で、少女の失踪事件が持ち上がる。少女の名はタマラ。無線で事件の発生を知った警官のバンクは、相棒を引っ張るように少女の家へと向かう。実は、バンクの娘ジェイミーも七年前に失踪し、行方が分からなくなっていた。やがて捜査が進み、意外な事実が浮かび上がってくる。タマラとジェイミーの事件には、共通する秘密が隠されていた。 作者は人間の心の内側に、残酷なまでに鋭い眼差しを向ける。過去と現在の事件がシンクロし、そこから浮かび上がってくるのは、心の奥底に闇を抱える人間の孤独な姿。現代社会に潜む病巣を見事に描き出している。 |
No.108 | 5点 | ロコス亭の奇妙な人々 フェリペ・アルファウ |
(2023/03/11 18:31登録) それぞれの短編には共通の登場人物が何人も登場するのだが、奇妙なのは同じ名前を持つそれらの登場人物たちが、共鳴し合うだけでなく同時に矛盾し合ってもいることだ。作品によって役割が変わったり、絶対にありえない形で結びついたりもする。作品内を自由に行き来する登場人物たちの複雑な関係を整理しようとしても、彼らは巧みにすり抜けかえって読者を困惑させる。 本書には、完結した確固たる世界は存在していない。あるのは絶えず流動し、不断に形を変え、読者の凝固した思考に亀裂を走らせ、内側から拡張させるような類のものである。 作品ごとの結びつきにとりとめがなさすぎるという非難もありそうだが、そこにはいくつものよじれた伏線が張られており、そうした作者のいささかマニアックな趣向を楽しめることもまた本書の魅力だろう。 |
No.107 | 6点 | 27 ウィリアム・ディール |
(2023/02/15 18:54登録) ドイツ怪奇映画のヒーローであった俳優ヨハン・インガソルは自動車事故で死亡した。その後、ドイツからアメリカに渡り、平凡な人間としてある町に住み着いた男がいた。暗号名をドイツ語で「27」、スワンというそのスパイは事故で死んだはずのインガソルであった。インガソルはヒトラーの私的な参謀であり、極秘情報組織の長であるヴィルヘルム・フィーアハウス教授によって見いだされ、ヒトラーの直接の命を受けたスパイであった。 ヒトラーの送り込んだ殺人機械インガソル。そして彼を追うアメリカの富豪フランシス・キーガンの一つの復讐劇に本書はなっているが、実際に追跡が始まるのはラストも終わりに近づいたところである。作者の意図はインガソルと特にキーガンとジェニーの造形にあったようで、回想シーンを多用して、キーガンの半生を見事に描写してみせる。キーガンの生涯を語ることにかなり分量を費やしただけに、インガソルを探せて対決するシーンには、それだけの重みが感じられる。 |
No.106 | 4点 | ドリーマー ピーター・ジェイムズ |
(2023/02/15 18:46登録) 予知夢に怯えるヒロインの不安な心理に密着して展開されるオカルト・スリラーである。サイキックなムードをじわじわ盛り上げる手腕は堂にいったもので、特に全編の核心部分ともいうべき悪夢の描写など、なかなか怖い。 とはいうものの、「夢」をモチーフにして長丁場にわたり恐怖感を持続させるというのは、実のところ至難の業といってよい。本編の場合も、ややもすると描写が説明的で、時に弛緩した印象を与える部分が見受けられるのは惜しい。 |
No.105 | 5点 | 黒い鉤の記憶 トマス・マッコール |
(2023/02/15 18:41登録) 一九八八年の五月、ホリーネーム大聖堂の告解室で女性が告解中に銃撃された。事件を担当したのは片足の女警部ホノラ・カラムであり、被害者はメキシコ人女性エヴァ・ラミレスだった。ドアを貫通した銃弾を腹部に受けて、危うく命を取り留めたその女性には、銃撃される理由は特にないように思われた。 事件の発端となる告解室での銃撃事件と何者かに殺されたロシア人の老人との不可解な繋がり、そして数十年前の忌まわしい事件の真相、市長の犯罪を隠蔽しようとする上司の陰謀など、秀作になる要素が本書に詰め込まれている。主人公に片足の女性刑事を配し、キャラクターの造形もよく書き込まれているといえる。それでも物足りない気持ちがするのは、ストーリーが有機的に働いていない感じがするからである。また、書き込みすぎで余韻がないという印象を受ける点も否めない。 |
No.104 | 5点 | 架空取引 マイケル・リドパス |
(2023/01/29 20:16登録) 債券トレーダーとしての経験を持つ作者の処女作。 ここに描かれている日々これ戦いの熾烈な世界は、まさに現実そのもので、競争に敗れたトレーダーが脱落していくのも日常茶飯事である。タフでなければ一流のトレーダーにはなれない、厳しい世界がそこに存在する。 本書は、専門用語の多さに最初は戸惑うかもしれないが、主人公ポールを筆頭に、その上司でクールなハミルトン、ブルームフィールド・ワイスの営業マンでモラルのかけらもなさそうなキャッシュ・キャラハンなど、登場人物が実にいい味をだしている。 |
No.103 | 6点 | 繊細な真実 ジョン・ル・カレ |
(2023/01/29 20:10登録) 英国外務省の初老の職員が、新任の大臣から直々に奇妙な命を受ける。英領ジブラルタルで遂行されるテロリスト捕獲作戦に参加せよというのだ。 国家の大義と政治家の保身の欲望が結び付くとき、どれほど禍々しいことが起こりうるのか。廉潔というモラル、正義という倫理が現実と衝突して危うくなるとき、人はいったいどう行動すべきか。この問題を作者は、終始サスペンスの緊張が弛むことのない物語の中心に溶かし込み、くっきりした輪郭で造型された個性的な人物たちを動かしながら、小説という思考実験の装置によってぎりぎりのところまで追求してゆく。いっこうに衰えることのない筆力には、驚嘆の限りだ。 |
No.102 | 6点 | 悪夢の向こう側 スティーヴン・スプライル |
(2023/01/29 20:04登録) ハドソン総合病院の救急医療部の部長であり、二児の母であるエイミー・セントクレアがある日担当した心臓発作の患者が突然死んだ。患者の危険率は低く、処置も万全のはずだった。死ぬはずのない彼が死ぬのはおかしいように思えた。そして遺体を引き取りに来た、死んだ患者の娘は意外にも彼女の高校時代の後輩のシンシア・ヴァンクリークであった。 医学スリラーとしてはロビン・クックが有名だが、スプライルは彼になぞらえて、九〇年代のロビン・クックともいわれている。本作は医学ミステリ+サイコ・スリラー+ホラーといった感じを漂わせている作品で、キャラクターの造形が素晴らしい。本書の魅力は言うまでもなく、舞台描写の確かさや、不可解な出来事が次第に中心に向かって一つに収束していくストーリーテリングのうまさに支えられている。 |