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ミステリの祭典

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びーじぇーさんの登録情報
平均点:6.23点 書評数:86件

プロフィール| 書評

No.6 7点 ジョーカー・ゲーム
柳広司
(2019/08/06 21:36登録)
D機関とは、昭和十二年、かつて優秀なスパイとして名を馳せた大日本帝国陸軍の上級将校・結城中佐の発案によって開設された、日本初のスパイ養成学校。この作品には、「魔王」とまで呼ばれた諜報の天才、結城中佐の育成するD機関の生徒たちが、東京、ロンドン、上海など各地で諜報戦を展開する五作の短編が収められている。
表題作「ジョーカー・ゲーム」では、機関の学生たちが天皇制の正統性と合法性の問題について意見を交わす場面があるが、これなどは実際に中野学校で見られた光景であるようだ。そういった実在のエピソードを盛り込みつつ、D機関の構成員たちは、思想統制が常態化していた時代の異物・・・「化け物」として造形されている。官僚組織としての軍隊との対比を強調したり、あらゆる言動や好意を時代の常識から逸脱させることで、存在そのものを特化している。
五つの物語には、それぞれ五人の異なるスパイが登場する。彼らの任務やおかれた状況はさまざまで、身分を偽り容疑者に接近するといったストレートな話から、囚われの身となった窮地からの脱出劇など、多角的にスパイの「日常」が活写される。とらわれない思考能力を唯一の武器に、彼らが事態と対峙するさまは、ちょっと尋常ではない緊張感を生み出している。これだけでも十分以上に鮮烈な読書体験となるわけだが、さらに作品全体に統一感を与え、ミステリとしての構造にも深く関わるのが「魔王」結城中佐。見えざるところから教え子たちを統制するその比類なき存在感は、やがて物語全体を包み込んでいく。


No.5 4点 綺想宮殺人事件
芦辺拓
(2019/08/06 17:33登録)
森江春策はある探偵の代理として、琵琶湖畔に聳え立つ綺想宮を訪れる。広大な敷地には時代も様式もばらばらな怪建築が建ち並び、その内部には、人類が生み出したありとあらゆる異形の発明・奇書が詰め込まれている。そして、そこに集う人間たちもまた、奇矯な怪人揃いだった。彼らから、死せる大富豪が未完成の綺想宮に込めた遺志を解き明かすように依頼された森江だが、推理する間もなく、連続猟奇殺人劇の幕が切って落とされた。
「黒死館殺人事件」の再建に、きわめて今日的な意味を見出した本書では、全篇に溢れかえる奇怪なペダントリー、異説怪説の洪水はひとつとして単なる雰囲気作りのガジェットなどではなく、全てミステリ的な必然性を持っている。しかし、それらの伏線はかえってそれら自身を無化し、ついには推理や探偵、本格ミステリ自体をも、ここ何年も本格ミステリを揺るがしてきた問題に、著者ならではの解答を突き付けた、問題作のひとつといえるでしょう。


No.4 7点 シューマンの指
奥泉光
(2019/08/06 17:18登録)
天才ピアニストの永嶺修人が、指を失って30年。私は修人の指が心霊手術で復活したとの噂を聞き、シューマンに魅せられた修人と過ごした高校時代の回想を始める。ピアノから遠ざかっていた修人が、奇跡のようなシューマンの「幻想曲」を演奏するのを聞いた日、私は、殺された女生徒がプールに投げ込まれるのを目撃する。
オカルトの秘術を使った指の再生、「幻想曲」が鳴り響く中で行われる殺人劇、悪魔と音楽をめぐる議論などの夢幻的な要素も濃厚だが、事件の謎はきっちりと論理的に解明されている。
殺人事件というよりも、シューマンの生涯や音楽論、私が天才の修人に抱く羨望と嫉妬が軸になっているので、芸術家小説、青春小説としても面白いが、謎解きの場面では、事件とは無関係に思えた記述が、実は重要な伏線になっていることが明かされるので、衝撃も大きい。緻密に構築された物語だけに、すぐに再読したくなる。


No.3 7点 叫びと祈り
梓崎優
(2019/08/06 16:52登録)
本書は雑誌記者の斉木が世界の各国で遭遇した奇怪な事件の数々を描いた連作短編集。
塩を求めて旅するキャラバンに同行していた斉木。無事、塩を手に入れた一行だが、帰路でキャラバンの長が不慮の死を遂げてしまった。そしてその死がきっかけとなり、ひとり、またひとりと殺されていく。見渡す限り一面の砂漠の中での連続殺人に何の意味があるのか。その連続殺人の真相を鮮やかに描き、謎解きを物語として見事に昇華させた「砂漠を走る船の道」は、選考委員の絶賛を受け、第5回ミステリーズ!新人賞を受賞。本書はその短篇に劣らぬミステリとしての瑞々しい知性を溢れさせた数々の作品が収められている。「白い巨人」の推理合戦の妙と微笑ましい結末、「凍れるルーシー」の合理精神と幻想的な終幕、「叫び」での異文化から導かれた終末的世界観の論理。
短編ごとに語りや雰囲気を変え、二度三度と読者を翻弄するその構成力は驚嘆に値する。そして昇華された物語たちをひとつに繋ぐ「祈り」は、ミステリとしての物語が持つ豊饒さをあらためて読者に問うている。


No.2 8点 悪の教典
貴志祐介
(2019/08/06 16:32登録)
教師となり高校で教鞭を執るサイコパスの日常を綴った小説。作者は、サイコパスが天才的な頭脳を持ち世渡り上手だったら現代社会においてどんな生活を送っているか。そして、その生活が破綻しそうになった時、周囲の人間相手にどんな行動に出るかという問いを設定し、徹底したシミュレートの末、なんともありえそうな物語を描きあげている。サイコパスを主人公にした小説は少なくないが、これほど奥行きを感じさせる作品はなかなかない。まさしく剛腕の産物。
上巻と下巻の強烈な転調も本書の大きな魅力。上巻の日常から一転、保身に走るサイコパスの行動がおぞましさに満ちた光景を生み出す。上下2巻のボリュームとそれに見合う熱量を備えた、国産ホラーの金字塔と呼ぶにふさわしい大作であり、先の展開の予想がことごとく覆されるサスペンスとしても一級品といえる。


No.1 8点 Another
綾辻行人
(2019/08/06 16:17登録)
怪奇幻想味の強い本格ミステリや、ミステリ的趣向を盛り込んだホラー・ショッカーをものしてきた著者が3年がかり、1000枚を要して完成させた本書は、都市伝説を巡る正攻法の学園ホラーに、ミステリ的な仕掛けを幾重にも構造として取り込んだ力作となった。
「What?」「Why?」「How?」「Who?」という、一般的な本格ミステリの発展史とは逆順に配置された四部構成の謎。とりわけその後半は、物語が進むにつれて推理の条件を増やしつつも、しかし、その依って立つ基盤自体もまた曖昧で頼りないがゆえにかえって混迷を深め、推理という行為の恣意性を炙り出す。ホラーであればこその効用といえるだろう。
学校内でだけ密かに語り伝えられ、逃げ場も根本的な解決手段もないまま、経験則から導き出された効果も曖昧な対症療法を重ねるしかない恐怖。そこには、世界への漠然とした不安を抱く少年少女たちの自意識が凝集した、学校という閉塞的な空間の特殊性が浮き彫りになる。子供にとって、学校とは世界から疎外された一方で、世界からの危険に晒される恐怖に満ちたサバイバルの場。そこで人外として暮らす異形の心理を、ある種開放的なものとして描き出し得たのもまた、ホラーであるがゆえ。器と手法が幸福に合致した、著者らしさの横溢するジャンル作。

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