死者は語らずとも ベルンハルト・グンター |
---|
作家 | フィリップ・カー |
---|---|
出版日 | 2016年09月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 3人 |
No.3 | 7点 | びーじぇー | |
(2019/12/06 20:12登録) ナチス政権下のドイツを舞台のメインに、元警察官のベルンハルト・グンターを主人公にしたシリーズの第六作。 本書は二部構成になっており、第一部は一九三四年のベルリンが舞台。警察を辞めてホテルの警備員となったグンターが、水死体で発見されたユダヤ人がボクサーに関する調査をはじめ様々な厄介事に関わっていく。第一作「偽りの街」の前日譚であり、正統的な私立探偵小説として第一部は楽しめる。 しかし、この小説の真価は第二部にある。なんと舞台は一九五四年のキューバへと飛び、それまでのプライベートアイ小説の雰囲気を打ち砕くような展開が待っているのだ。ジャンルの定型よりも、歴史に翻弄される人間を壮大に描くことを第一義とする著者だからこそできる技、と言おうか。CWAヒストリカル・ダガー賞を受賞したのも納得の出来栄え。 |
No.2 | 7点 | 猫サーカス | |
(2018/05/02 23:22登録) ナチスとその後の時代を生きる探偵を描いたシリーズの第6作。年代的には第1作よりも前、ナチス政権成立から間もない1934年の物語。ベルリンの五輪会場建設にまつわる不正をきっかけに、舞台は海を越えキューバにまで広がる。読み進むにつれて、ナチズムだけでなく新たなテーマが浮上する。野心に満ちた内容を、様式美あふれるハードな語り口で描き出している。 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2017/02/09 10:55登録) (ネタバレなし) 1934年のベルリン。殺人課の刑事を10年つとめたのちにベルリン刑事警察を辞めたベルンハルト・グンターは、今は市内の名門大手宿泊所・アドロンホテルの警備役として働く。ドイツは2年後のベルリン・オリンピックを控えて賑わうが、一方でナチスの権勢が増す中、ユダヤ人への理不尽な迫害も加速化していた。そんな折、ホテルには、アメリカの躍進中の女流作家ノリーン・シャランビーディスが宿泊。ユダヤ人でリベラルなジャーナリストでもある彼女は、祖国のオリンピック委員会の会長エイヴリー・ブランデッジが現在のドイツを<人種差別もない、オリンピック開催に適したクリーンな国>と判定したことに義憤を抱き、個人的に現状視察に来たのだった。そのノリーンと親しくなったグンターは、ユダヤ人であるがゆえに警察のまともな捜査も行なわれず放置されている、殺害されたらしいボクサーの情報を彼女に与える。ノリーンを依頼人として、哀れなボクサー<フリッツ>の捜査にあたるグンターだが、ホテルではもう一人のアメリカ人の宿泊客マックス・レルズが不審な言動を見せていた……。 やがて時は経ち、舞台は1954年のキューバへと……。 <旧世紀の探偵キャラクターで21世紀での復活がもっとも嬉しかった人物・マイベストワン!>のベルンハルト・グンターもので、シリーズ通しては6冊目。シリーズ復活以降としては3冊目の作品となる。文庫版で全700ページに迫る長大な物語は1934年のベルリンを舞台にした第一部と、20年後のキューバの場で語られる第二部で構成され、前者の方が約3分の2と長い。 ちなみに第一部はこれまで作者によって公開されたグンターの経歴クロニクルのなかでも初期の方の物語になる。(なおシリーズの概要(グンターの経歴)は本文中では527ページ、さらには巻末の真山仁の解説でも触れられるが、シリーズをきちんと読み返せば、これ以前の過去時制の挿話も何かあったかもしれない。) 内容に関してはとにかく第一部が濃密で、ボリューム感も絶大。登場人物も本書の巻頭では申し訳程度に、一・二部あわせて20人ほどの一覧表が列記されているが、実際にメモを取りながら読んだら名前の出てくる人物だけで100人に迫り、少なくともその3~4割は物語上で意味のあるキャラクターだったと思う。 そういう訳で読む方もパワーの要る作品ではあったが、そこはこの傑作シリーズのこと、事件は淀みなく流れ、随所に設けられた意外性の開陳の呼吸も申し分はない。まあほかの作家だったら、この辺はもう少しコンデンスにしてもいいのでは、という箇所など(たとえば、中盤、殺されたボクサー関連の工事現場に潜入捜査に赴くくだりの一部とか)も、小説としては十全な臨場感を以て語られるのだから文句にはあたらない。作者はよっぽど稿料のいい新聞などで本作を連載して、長々と物語を綴り、しかして出来たものには確かに実がある、という感じだ。(実際の書誌的な経緯は知らないが。) 第一部の予想外のクロージングから、第二部への転調ぶりも実に効果的。しかもその第二部の方は南米の現代の裏面史を語る一方、意外性に富んだミステリとしてもよくできている(個人的には、作品の大きな二つの仕掛けのうち一方は予想がついたが、もう一つには唸らされた)。第一部と第二部の絶妙なコントラストも確実に作者の計算のなかにあったのだろうし、そのなかで大小のダーティプレイに手を染めつつも「探偵」「元警官」そして「人間」としての矜持をギリギリ守ろうとするグンターは今回もとても魅力的。 あー、まだまだ書きたいことはあるけど、今回はこれくらいに。シリーズの続きもすごく気になる。早く次の長編を出して。 |