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ミステリの祭典

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ことはさんの登録情報
平均点:6.28点 書評数:254件

プロフィール| 書評

No.154 6点 黄泉の国へまっしぐら
サラ・コードウェル
(2022/10/24 00:30登録)
おもっていたよりユーモア成分が多かった。
若手弁護士グループが、素人探偵団として活動するという基本設定にはじまり、多くのシーンで、ほとんどシチュエーション・コメディのような状況設定になっていて、いかにもイギリスのユーモア小説と感じた。
ラストは、いくつかの情報が伏線として立ち現れ、なかなかミステリ的興趣がある。とくに、衒学のひとつと思わせるある要素が、伏線となるのは楽しい。
他作も、機会があれば読んでみたいと思っている。


No.153 7点 ダークルーム
近藤史恵
(2022/10/24 00:28登録)
近藤史恵の語り口はいいなぁ。どれもするすると読めてしまう。しかも、簡潔で映像的。
例えば、写真の現像についての説明では、こう。「現像されたフィルムを通して、光を印画紙に数秒あて、そのあと印画紙を現像液に浸けるだけで、鮮明な画像が浮き上がってくる」 作業をしている人の動きもイメージできないだろうか。
それに、少し気の利いた警句も交える。例えば、こう。「なにもわからなくなったとき、人が選ぶのはいちばん簡単なやり方だ。つまり、現状を維持すること」
ただし、プロットについては、多くは中盤でラストまでの展開が読めてしまう。あくまで「語り」を楽しむ作品と感じた。
個々の作品について、簡単にふれよう。
「マリアージュ」 解説でも触れているが、ラストの締め具合がよい。登場人物も、ほぼふたりしか出さず、焦点を絞っている。
「コワス」 これは完全にホラー。足音の使い方にセンスがある。
「SWEET BOYS」  短い描写で4人の登場人物がくっきりと浮かび上がっている。そのためプロットもすっきりとはいってくる。
「過去の絵」 これは失敗作だろう。日常の謎をメインに据えてしまったせいで、解決の魅力の無さが浮き彫りになっている。登場人物はとても魅力的で、前半、彼らが会話している部分はめっぽう楽しいだけに残念。
「水仙の季節」 これも双子が魅力的。ラストがみえてしまうのがもったいない。
「窓の下には」 子供の頃の心象風景が印象的な小編。
「ダークルーム」 主人公ふたりが魅力的。このふたりから、もっといろいろ話を展開できそうに思える。
「北緯六十度の恋」 これだけは、中盤で展開がよめなかった。これも主人公ふたりが魅力的。ラストシーンも印象的。1作選ぶなら本作。


No.152 6点 レアンダの英雄
アンドリュウ・ガーヴ
(2022/10/15 14:58登録)
読んでいて、初期の007(映画の方)を思い出した。
(本作の主人公の行動は、ほぼスパイといっていいのだが)スパイといっても、リアルなものではなくて、物語の中にしかいないような、のんびりした感じのスパイ。舞台は、現実にはなかなか行けないアフリカの島で、読者に観光気分を感じさせてくれる。相棒になるのは、(作中に細かな描写は少ないけど)美貌の女性。こう書いてみると、うん、やっぱり007ですね。
物語は、へんな寄り道なく、まっすぐ、すべるようにすすんでいく。するする読めて、一気読み。面白い。
とはいっても、展開は予想がつくし、心理描写には筆は割かれていないので、感動するほどではない。ポケミスで170ページと薄いので、2、3時間で読めて、「あぁ、面白かった」と読み終われる、佳作というところ。
ガーヴらしさとしては、ヨットの操船/行程に関してのデティールが細かいところ。多分、ここが一番書きたかったのだなと思う。あと、ラストのあっさりさは、やはりガーヴ。でも、このあと、主人公はどうするの?


No.151 6点 異人館
レジナルド・ヒル
(2022/10/05 01:41登録)
「秘密」というと大げさだが、「誰にも言わずにいること」といえば誰しも持っているだろう。本作の登場人物の多くは「秘密」をかかえていて、もちろんそれは簡単には話さない。話すとしても、駆け引きを行う。「ここまで知られたのなら、ここまで話そう……」。
ダルジールものでもそうだが、ヒルはこの駆け引きの描き方が、実にうまい。物語の後半、駆け引きの中で、それが少しずつ明かされていくところは、パーツがひとつひとつ組み上がっていくような構築感があって面白い。
それでも、ダルジールものと比べると、キャラクターがいまひとつ弱いかな。未読のダルジールものがあるならば、そちらをすすめます。
本作は、カソリックの歴史が背景にあって、イギリスの歴史の知識があれば、より楽しめそうなのだが、私にはそこまでの知識はなかったなぁ。直近の日本では、ちょうど「黒牢城」で荒木村重と黒田官兵衛のエピソードを取り込んでいるが、それと同程度にはメジャーな話なのかな?
あと、女性主人公が何度も父親の金言を思い起こすが、それがまるでダルジールの言葉のようで面白い。例えば「蹴られたら蹴り返せ、むこうが蹴ってくるのをやめるまで蹴り続けろ」(208ページ)。うん、やっぱりこれはヒルの味だな。


No.150 5点 虚空から現れた死
クレイトン・ロースン
(2022/09/25 14:46登録)
すごい久しぶりのロースン。
中編2作の本書ですが、2作とも序盤の謎の盛り上げは尋常じゃない。「これ、どう説明つけるの?」と思わされる。
2作目は、序盤だけでなく、終盤まで不可解な事件が続発する。
けど、解決がなぁ。「そんなこと」という感じなんだよなぁ。「謎の演出は見事だが、解決の演出は考えられていない」という感じ。謎の演出に特化しているのは、ロースンが奇術師だからか?
だから、読み方としては、アトラクションを楽しむように、次々と起こる事件をおっていくのが吉でしょう。
謎の盛り上げが大きい分、解決にがっかり感を感じて、マイナス評価する人も多そう。私の評価は、謎の盛り上げとがっかり感で、プラスマイナスゼロとしておきます。
そういえば、ロースンの他の小説も、だいだいこんな感じだったなぁ。ただ「帽子から飛び出した死」だけは凄く面白かった印象が残っている。これは再読しようかな。


No.149 5点 鉄路のオベリスト
C・デイリー・キング
(2022/09/23 00:09登録)
「海のオベリスト」と間をおかずに読んでみた。
読んでいてまず気になったのが、捜査に関して実にゆるいこと。
死者がでる事件があるのに、鉄道の運行も止めず、新たに乗り込む捜査関係者も検死医がひとりとは、現代の感覚ではありえない。執筆当時の1930年代でも、同時期の他作品と比較するとありえないと思う。(「海のオベリスト」でも捜査に関してゆるかったが、それは「船上であるためにしょうがない」と思えた。本作では、しょうがないと思わせる状況がないので気になる)
そこを「お約束」として気にしなければ、大陸横断鉄道の旅を背景に、コージー・ミステリのような空気感で読める。
ただ、ネットで書いているひとも多いが、心理学/経済学の記述が、ミステリとうまく絡まないので邪魔に感じるし、真相も無理を感じる部分がおおく、あまりたかく評価はできない。
美点は、(事件現場捜査時に「奇妙に思えることがある」とだけ話して、具体的な内容は解決編まで伏せられている)主人公の最初の気づきで、なかなか「なるほど」と思わされた。xのxxxxのいい例だと思う。クイーンのいくつかの作例が思い浮かぶ。
「手がかり索引」も、「海のオベリスト」よりもこなれてはいるが、やはりこれも惹句以上のものではないかな。
とはいえ、プールがある(!)列車とか、(事件が起きても運行する!)数日にわたる車窓の風景など、(「海のオベリスト」と同様に)極めて映像的な作品で、ミステリ外の面白さはあるので、たまにはこんな作品もいいかな。


No.148 7点 甘い毒
ルーパート・ペニー
(2022/09/11 01:09登録)
いくつかのネット評などをみて、解決部分以外は読みづらいのかなと構えていたが、杞憂だった。会話主体の文章で、キャラクターもきっちり書き分けられ、ストレスなく読める。
第1部では、進行形でチョコレートの盗難/廃棄事件と、関係者の人間関係、過去の事件の説明などが淀みなくすすみ、不穏な空気が感じられるなか、一旦調査は終了する。第2部で事件がおきるが、ここでも事件は証言として伝えられて、会話が主体なので、スムーズに状況理解できる。終盤、ある事実が判明して、そこからいくつが重要事実が証言され、「幕間」を挟んで、解決編に一気になだれ込む。飽きさせない構成だった。
判明する事件の構図は、ありがちかもしれないが、かなり好き。
また、解決編であげられる「ありえないこと」は、「たしかに」と思わされるもので、そこから展開される推理は(唯一とはいわないが)実に説得力がある。クイーンの初期作と比べると、推理の意外性も、推理の強度もすくないが、”読者への挑戦”があることを納得するだけの説得力はある。
全体として、確かに、キャラクターの描き込みは深くなく、主人公の個性も乏しい。ドラマ的な盛り上げも少ないので、小説にドラマを求める人とか、ミステリ的ガジェットを求める人とかには、面白みは少ないのかもしれない。
しかし、「謎とその解決」を(段取りも含めて)楽しめる人ならば、楽しめるだろう。私は、シンプルに「謎とその解決」だけになっていることに、かえって好感をもった。
クラッシックな謎解きミステリの佳作として、おすすめできる。


No.147 6点 海のオベリスト
C・デイリー・キング
(2022/09/04 23:16登録)
読み終わって振り返ると、「謎と解決」は、いまひとつ。提示された謎のうち、いくつかは途中で判明するし、それも「なぁんだ」というものもあるし、被害者の二人のうちの一人の扱いは「なんだかなぁ」という感じだし、途中でたたかわされる心理学による推理も「どうなの?」と思うし。
惹句として使われる「手がかり索引」は、初期クイーンの諸作の「手がかり」と比べると、圧倒的に薄味で、惹句以上のものではない。
逆に面白かった点は、銃撃戦のシーンや、「船が沈むかも?」というシーンや、飛行機が飛び立つというシーンで、舞台設定もあわせて考えると、極めて映像的な作品だといえる。
評判をきいて期待していた部分と、違う部分か楽しめた作品です。


No.146 6点 英国風の殺人
シリル・ヘアー
(2022/09/04 23:01登録)
解説に「戯曲が元」というような記述があって、たしかに舞台のようだった。各章、それぞれ1つの場で進行する構成は、舞台を見ている状況を思い描いて読むと、各章がイメージしやすいと思う。そのためか、全体の構成は見通ししやすく、謎やキャラクターの葛藤がすっと入っきて読みやすい。
クリスマス・ストーリーとして構想されていると思われ、雰囲気も良い。雰囲気の良さは翻訳によるものも大きいと思う。(英語がわかるわけでもないし、原書を読んだわけでもない、日本文からだけの感想だけれど)良い翻訳だと思う。
皮肉めいた状況や展開は、いかにも英国風のユーモアだなと感じる。解説で称賛されているのも、その点だと思う。
けれど、ミステリとしては、あまりみどころはないかな。真相として提示される内容も、矛盾のない仮説のひとつ以上に証拠がない。ある部分、意外ではあるが、それだけかな。
キャラクターも魅力があり、英国風のユーモアがある小説としては大いに楽しめるが、ミステリとしての楽しみとはベクトルが違う気がする。


No.145 7点 スティグマータ
近藤史恵
(2022/07/19 00:24登録)
「サヴァイヴ」「キアズマ」と変化球がきた後、今回は「サクリファイス」「エデン」と同じ白石の語り。ああ、私は白石の語りが好きだ、と気づかせてくれた。
「サクリファイス」「エデン」も白石の語りだったからよかったんだな。抑制が効いていて、基本的に冷静で、けれどときに熱くなる。熱くなっているるときも、語り口は冷静。ああ、この語りいいなぁ。白石の語りでの続編を早く書いてほしい。
とはいえ、「サクリファイス」「エデン」とプロットとして似すぎている点は気になる。次回作は別のプロットにしてほしい。
最後に、本作を読んだとき、めずらしい経験があったので書いておきます。
本作は、本屋の店頭で文庫化したのをみつけたのだが、そのとき「早速読もう」と思って読みかけていた小説は一旦止めて、買い求めた本作を読み始めた。読んでみると、途中で重要なキャラとしてヒルダという人物がでてくるのだか、読むのを一旦止めた小説が、なんと「ヒルダよ眠れ」だった。ヒルダなんていう名前を小説で読んだのは他に記憶に無いのに、たまたまその2作をこんな風に読むなんて、「いやいや、どんな偶然だよ」と唖然とした。


No.144 6点 キアズマ
近藤史恵
(2022/07/19 00:18登録)
「サクリファイス」シリーズ扱いだが、同じ自転車競技を題材にしている(同じ世界線の?)別キャラの話。シリーズとしていいのか?
「サクリファイス」シリーズとしては、疾走感に劣るので少し点は低い。(つまらなくはない)


No.143 7点 サヴァイヴ
近藤史恵
(2022/07/19 00:17登録)
「サクリファイス」での周辺キャラを主人公にしたサイドストーリー。
「サクリファイス」の世界が楽しめたなら、楽しめます。とはいっても、「サクリファイス」を読んでキャラを知っていないと、そんなに楽しめないかも、と思われるところはある。


No.142 8点 エデン
近藤史恵
(2022/07/19 00:16登録)
「サクリファイス」と比べるまでもなく、ミステリ要素はほぼ無しです。ミステリを期待する人は読む必要はないかもしれません。
ただ、美点は「サクリファイス」と同様なので、「サクリファイス」が楽しめたら、本作も楽しめます。「サクリファイス」にあったミステリ的無理がない分、かえって本作のほうがまとまっているかもしれない。舞台も海外になって、スケール感が大きくなっていて楽しめます。
とはいっても、「サクリファイス」と楽しみの質が同じすぎるので、「サクリファイス」より採点は下にします。


No.141 9点 サクリファイス
近藤史恵
(2022/07/19 00:15登録)
他の人も書いているが、ミステリとしては無理を感じる。それは、ある人物の心理がまったく理解できないから。といっても、それは本作のポイントでないと言いたい。
ミステリとしてではなく、スポーツ小説として傑作だと思う。
文章は軽快で疾走感があり、エンタメ小説としては最高。自転車競技のルールや駆け引きもストーリーの中でスムーズに語られ、キャラも立っている。(青春というには年齢が高いが)青春小説としての雰囲気もある。夢中になって一気読みでした。
どのジャンル読みにも、遠慮せずにおすすめできる傑作です。


No.140 5点 孤独の島
エラリイ・クイーン
(2022/06/24 00:09登録)
再読。まったくクイーンらしくない話だが、それなりによかった印象がある。はたして再読でどう感じるだろう?
まず冒頭、悪役側から描かれるが、この悪役に魅力がない。設定は類型的で、知性が感じられず、げんなりしてしまった。
主人公が登場してからは持ち直すが、中盤の裏のかきあいも、いまひとつもりあがらない感じがした。とはいえ、クイーンらしい部分もある。なにしろ、主人公が考える。行動する前に、まず考える。ああ、これはクイーンらしいなぁ。まあ、そのために捜査小説の味がでてきて、サスペンスが弱まってしまっているところがあるかもしれない。
終盤には熱い展開があり、全体的には悪くない。初読時はこの終盤の印象がよかったんだなぁと納得。
「最後の一撃」より後のクイーン長編では、上位になりますね。
1つ小ネタ。主人公が登場の直後、映画の感想をいう場面がありますが、内容からすると、映画は「明日に向かって撃て」ですね。ディリンジャーは「ジョン・デリンジャー」(日本語ウィキペディアに記載あり)のことでしょう。本作も「明日に向かって撃て」も1969年の発表です。


No.139 8点 ブルー・シャンペン
ジョン・ヴァーリイ
(2022/06/19 01:04登録)
「プッシー」と「タンゴ・チャーリーとフォックストロット・ロミオ」以外は既読。この2作を目当てで読んだ。
「プッシー」
ちょっと切ないSF話。いい話だけど、これがヒューゴー賞/ローカス賞受賞はちょっとできすぎ。
「タンゴ・チャーリーとフォックストロット・ロミオ」
これはいい。
最初はどういう状況かわからない。説明抜きで現場の描写がされる。それから少しずつ、どこで、なにが起きていて、以前になにがあったのか、これからどうなりそうなのか、見えてくる。状況が見えてくるにしたがい、どんどん深刻さがわかってくる。そこからはスリリング。一気読み。最終盤はかなり深刻な状況なのに、描写は淡々としていて、これもヴァーリイの味だ。これが絶版か。残念。
解説の「あらゆる悲劇がTVカメラの眼でとらえられ(中略)提示される、今の現実の世界の苦さ」というのは秀逸。解説が書かれたのは1995年だが、これは今のほうが皮膚感覚でわかる。
また解説に、「ブルー・シャンペン」の続編とあるが、メインストーリーは「ブルー・シャンペン」と全然絡まず、バッハ以外にも共通の登場人物が登場して「ブルー・シャンペン」の後日談が近況報告のように少しあるだけなので、続編といっても、映画のシリーズ(007シリーズでQとかMとかは毎回でるといったような)ものの第2作というほどの感覚だろう。シリーズ第3作がないのが残念だ。
短編集全体としては、これも『逆光の夏』と同レベルのベスト盤といってもいい。個人的には「残像」がもっとも好きなので、『逆光の夏』を押すけれども。


No.138 7点 さようなら、ロビンソン・クルーソー
ジョン・ヴァーリイ
(2022/06/19 01:01登録)
短編集『逆光の夏』がよかったので読んでみた。〈八世界〉全短編2。
「びっくりハウス高価」
これは描写を楽しむ話だろう。ストーリーは好みではなかった。
「さようなら、ロビンソン・クルーソー」
書評済みなので略。本短編集のベストの1つ。
「ブラックホールとロリポップ」
メインの設定が途方もない。そこから展開されるサスペンスフルな1編。本短編集のベストの1つ。
「イーノイノックスはいずこに」
1巻の「歌えや踊れ」で説明された”共生者”の冒険譚。本作は「歌えや踊れ」の後のほうが”共生者”のイメージがわいていいかも。
「選択の自由」
”変身”がまだ日常になっていない時代の人々の戸惑いを描いた話。現在のほうが、より現実のジェンダー問題とつながるというのは、さすがの視点というべき。
「ピートニク・バイユー」
異世界での法の問題が面白い。
以上だが、レベルは高いが、やはり『逆光の夏』がベスト盤だったのだと思う。


No.137 7点 汝、コンピューターの夢
ジョン・ヴァーリイ
(2022/06/19 00:59登録)
短編集『逆光の夏』がよかったので読んでみた。〈八世界〉全短編1。
「ピクニック・オン・ニアサイド」
少年の冒険譚。ただし舞台は月。ほろ苦い青春物の味わい。
「逆光の夏」
書評済みなので略。
「プラックホール通貨」
遠い宇宙空間でのぎりぎりでの交流を描いた話。孤独感と切なさがいい。
「鉢の底」
『逆光の夏』の解説にあった「太陽系名所案内の趣」がもっともでている1編。
「カンザスの幽霊」
人体改造などの〈八世界〉の設定がひねって使われたサスペンス風味の作品。本短編集のベスト。
「汝、コンピューターの夢」
サイバーパンク風の、おかしいような怖いような1編。どこか既視感があるが、本作の発表が1976年ということを考えると(『ニューロマンサー』が1984年)、これが最初期の作で、以降、類似作が作られたのだろう。
「歌えや踊れ」
”共生者”という設定を掘り下げた話。”共生者”については、次巻でまた使用される話がでてくる。
以上だが、レベルは高いが、やはり『逆光の夏』がベスト盤だったのだと思う。


No.136 8点 悪魔を呼び起こせ
デレック・スミス
(2022/05/26 00:22登録)
再読。(いまひとつだった記憶だけで、完全に忘れていて、初読の感覚でした。犯人も仕掛も忘れていた。やはり、どんどん記憶を失っているなぁ)
結果……。いや、これよくできてるなぁ。傑作。
事件が起きるまでが案外長く、視点人物もぶらつきがあり(複数の人物の心理が3人称記述で行われる)読みづらく、少し退屈して「やはり、記憶どおり、いまひとつかな」と思ったが、読み終わってみると、事件が起きるまでの退屈な部分にも、いくつもの伏線がはられていて、唸らされた。もちろん、事件発生後にも、いくつも伏線がはられていて、うん、これはすごくよい。
推理の取っ掛かりになる情報は(解説にある通り)少しフェアでないが、そこからパタパタと展開される論法もかなり説得力があってよい。解決編では、正面衝突しそうな2つの乗り物がするっとすり抜けるイメージが浮かんだ。エピローグに相当するシーンも(ちょっとピント外れ感もあるが)微笑ましく好感。途中に挟まれる密室談義(ロースンの小説が、作品内では現実扱いになってるし!)も楽しい。
なぜ、昔の私は楽しめなかった? 思うに、密室の解法が”知恵の輪”のように丁寧に外していくもので、一読、インパクトに欠けたからかもしれない。そして、そのひとつひとつは、どこか既視感があったからかもしれない。また、xxxのxxがxxならxxxxできると思ったからかもしれない。
まあ、探偵も個性に欠けるきらいはあり、ストーリーは一本調子といった感じもある。しかし、逆に言えば、謎解きミステリとして不要なものは入っていないとも言える。
もう一度いうが、よくできている。これは好き。


No.135 6点 ジョン・ブラウンの死体
E・C・R・ロラック
(2022/05/14 19:04登録)
最近「エラリー・クイーンの事件簿1」を読んだが、その中の「消えた死体」が、そのまま「ジョン・ブラウンの死体」(ジョン・ブラウンという人物が殺される)だったので、思いついて、積読だった本書を読んでみた。
冒頭、盗作の疑いがある作品の話で目を引くが、これはすぐ背景になり、その後はムーア地方で地道に捜査の過程をおっていく。このあたりの読み心地は、クロフツにきわめて似ていて、それでいてクロフツより情景描写に味わいがある。
そして、終盤、盛り上げて締め。と、よく出来た作品だった。
私は好感だけど、捜査の過程をおっていく部分が、人によっては単調と思うかもしれないなぁ。また、会話は常に冷静な感じで、もっといきいきとしていれば、より面白かったと思う。
推理については、心理の推定が説得力があって、実によかった。うん、クラシカルな英国ミステリを読みたいなという人には、文句なしにおすすめできる良作です。

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